「淑彦さんと淑恵さんが同一人物であるかどうかは、調査すればわかるはず。神殿の通信データを照合してみればよろしい。ここでならば、それができるはず」

 リリィは言った。英彦は、必要ない、と首を横に振った。

「いや、調べるまでもないだろう。ある程度まではこちらもわかっていたことだ」

「ある程度まで?」

「娘がネットで研究活動をしていること、だ」

「計画の関与については?」

「それも知っていた。しかし、学院を巻き込んでこのようになっていたことははじめて知った。それをしらせに来たということは、どのような取引を望んでいるのかね?」

 英彦は、すでにあきらめにも似た心境になっているのか、それとも別の考えがあるのか、そう言って表情を消した。

 リリィは、にやり、と笑う。

「計画のしゆぼうしやの情報を出して頂きたい。それがあれば、学院へのもろもろのこと、我々の内々で処理いたしましょう」

「コードネーム2Vのことか……。わかった。出来る限りのことはしよう」

「やけに話が通じますね。少し裏があるのかと疑いたくもなりますが」

「何かたくらんでいるわけではない。私自身、気に入らなかった。計画自体が。そういうことだよ……おや、見たまえ」

 英彦がマナスクリーンをリリィに向かって滑らせた。そこにはかくにんを進めていた淑恵の使用端末のログが表示されていたのだが、その端末が現在使用中だったのだ。

「端末が使用されている……!」

 リリィは息を飲んだ。

「淑恵がそこにいる……ということはないだろう。接続している場所が違う。ハッキングだ」

 英彦が言った。

「ということは……そいつが2V……!」

 リリィの表情が変わる。

 その顔を見た英彦が、リリィに向かってうなずいた。

「その可能性は高いな。娘のためだ。取引については安心したまえ。れんらくさきを教えておいてくれ。ずいそちらに情報を送ろう。君はその接続の現場に行きたいのだろう?」

「……ありがたい!」

 リリィは頭を下げるや、大司祭室をけ出して行った。


     ○


 翌日も、順調に絢子のレベルはあがって行った。

「コツみたいなものはつかめてきたかな」

 絢子の武器も日本刀に変わり、最初からレベルの高かった淑彦もいくつかレベルがあがり、かなり強力なモンスターであってもコンビネーションでたおせるようになってきていた。

「この分なら、マップ中央にいっても大丈夫だろう」

 複数体のバグベアーを倒したところで淑彦がそう言った。

「あの強力な武器があると言っていた?」

「そう。おうを倒すのに有効なけんだ。このゲームでは最強の武器だよ」

「そういうものなら、みんなねらっているんじゃないのか?」

「守っているかいぶつが強力だから、コツを知らなければ倒すのは難しい。それを伝えられずにみなが散り散りになってしまったのが残念だ」

「剣の取り合いになってしまうよ、うちの生徒だと」

 絢子が言うと、淑彦が笑った。

「ははは。争いごとがゲームにまで持ち込まれるのは、悲しいことととらえるべきか、争いを楽しんでいる者がいるのだから良いことだととらえるべきか迷うね」

「争いをせいぎよするのが武だと学んだ」

 絢子としては何気なく発した言葉だったが、淑彦はいたく感心したようだった。

「なるほど。ほかの宗派の考えも学んでおかないといけないね。けいちようすべき意見だ。いや、君個人がらしい考えを持っているということなのかもしれないが」

「ま、毎度、そのようなことを真顔で……」

 じようだんめかしたが、それでも顔を赤らめたがおで絢子は顔をそらした。

 ただの二日だが、自然に会話ができる程度にまでは二人は馴染んでいる。

「本気で言っているから真顔なだけなのだが」

「そ、その話はもういい。それより、その武器のある場所というのは……」

 絢子が言うと、淑彦は前方を指差した。

「実を言うと、もうそちらには向かっていた。あれがそうだ」

 前方には岩山がそびえていた。

「ということは、あの山頂か」

 絢子は岩山を見上げた。

 ふもとまで近づいてみると、岩山には一応だが道のようなものがある。その上方は岩に打ち込まれたくさりを伝って行かねばならぬ場所もあるらしい。

「この道で強力なモンスターにおそわれるのか。それは厳しいな」

 絢子がそうつぶやくと、淑彦は大丈夫だと笑った。

「山頂には火口がある。そこには狭いながらもまた道がある。そこをうまく逃げられれば、反対に相手を狭いところで行動不能にできる。そういうやり方だ」

「なるほど。うらわざというやつか」

 絢子は納得し、狭い道に足をれた。

 山道は険しかったし、山頂に近づくに従って足場はないに等しくなったが、絢子はさすがに高所には強い。手こずっている淑彦の手を引きさえして、頂きへと向かう。

「火口の周囲の道は、円になっている。そして、その一部が狭い。あそこだよ」

 火口をぐるりと囲む周囲数百メートルの道をわたせる場所に来たとき、淑彦がある一点を指さした。そこは確かに人が一人、やっと通れる程度の道だ。

「火口の中に、剣はある。そこに降りる道を行くと、守護モンスターにうことになる」

 淑彦の解説に、絢子はうなずいた。

「そして、火口をまわる道にもどって、あの狭い位置までゆうどうする、と」

「そういうこと。左回りで逃げる。そこさえ間違えなければだいじよう

 淑彦はけ合った。

 そして、二人は火口へと降りる道を進んだ。

 数十メートルも下ると、池にまった水のようにようがんが満ちている水際にとうちやくする。

「熱気は立ちのぼっているが……溶岩にどうやって入るんだ? それに、どこにも剣がないが?」

 あしもとに真っ赤な溶岩を見つつ、絢子が聞くと、淑彦は逃げる準備をするように促す。

「守護モンスターを倒すと、溶岩がなくなる。さて、出てくるぞ」

 その言葉が終わるか終わらないかのうち、溶岩の湖の中央が、下からふんすいでもき上がったかのように、もこり、と盛り上がった。そのけた岩の噴水は、すぐに勢いを増し、溶岩の飛沫しぶきを吹き上げながら十メートル以上の高さにまで成長した。

「溶岩が……! その下から何かが……」

「あれがイフリート。追ってくるぞ」

 淑彦が先に立って走り出した。絢子も後を追う。

 走りながら振り返ると、十メートル以上の人型の存在が溶岩の中にちらりと見えた。そいつが溶岩の中を歩いてくる。黒くげた人型の何かの周囲に溶岩がまとわりつき、それがひっきりなしにほのおを吹き上げている。

「ゲームとわかっていても、こうして見るとすさまじいな……」

 絢子はかんたんした。

 身長十メートル強の炎のじんだ。そのはくりよくきようたんに値する。

 イフリートはゆっくりと絢子たちに近づいてくる。いや、ゆっくりとした動きではあるのだが、はばが違う。絢子は走っているのに、あっという間にイフリートは背後までせまってきていた。

「急ごう」

 冷静に淑彦は言い、絢子を先に行かせた。今は坂道を登っているからイフリートと速度はかくだが、へいたんな火口周辺の道に入れば、わずかにイフリートには先行できるだろう。

 絢子はイフリートとのきよを保ちつつ火口周辺の道に入った。そして、九十度道を曲がり、さらに走る。

 が……。

「逆だ! そっちじゃない、左回りだと……」

 淑彦が声をあげる。

「え?」

 絢子は足を止めた。振り返ると、淑彦は少し離れた位置にいた。そして、すでに二人の間にはイフリートが割って入ってきているところだった。

「しまった……!」

 よく考えれば、絢子は〝左回り〟という言葉の意味を誤解していたことに気づいた。このあたり、きちんとしているように見えてドジな絢子である。

 しかも、イフリートは絢子の方に向けて前進を開始していた。

「うわっ……!」

 こうなると、絢子は前方に向かって走るしかなかった。

だ。そっちに逃げると、道がれていてうまく走れない。追いつかれることになる」

 淑彦はそうイフリートの後ろからてきしたが、すでにこうなってしまった以上はどうしようもない。

「ど、どうすればいい?」

 絢子が慌てて聞く。

「後ろからえんするが……そもそもイフリートは標的を追い続けるように出来ている。なんとか戦ってもらうしかない」

 こんなじようきようでもきわめて冷静に淑彦は言った。

「な、なんとか……ね」

 絢子は振り返ると、迫って来るイフリートに向かってび、その勢いのまま胸部に日本刀のいちげきを与える。

「当たった!」

 そして、再び後方へ跳んで戻り、こうげきの成果を確認しようとイフリートを見上げる。

「……な!」

 しかし、イフリートのしんげきを止めるだけの攻撃ではなかったようだ。溶岩と炎に包まれたきよたいが何事もなかったかのように前進してくる。

にぶいため攻撃をけるのは苦手だが、たいきゆうりよくは高い。そして……」

 淑彦が何事か言いかけたが、そのしゆんかんイフリートが、手を大きく広げ、胸を張り、天に向かってえた。と、そのほうこうとともに胸に無数のりゆうじようの盛り上がりが出現する。

「何だ?」

 絢子はまどう。

「……攻撃は無数のたまを飛ばす。これを避けるのは困難だ」

 淑彦がそうつけ加えたときには、すでに絢子の周囲に無数の燃える岩が降り注いでいた。

「うわぁああ!」

 絢子はそれでも左右に飛び、降り注ぐ岩を避け続ける。が、あまりにも数が多かった。

「ちょ……これは……まだ止まらない……!」

 悲鳴をあげる。

 燃える岩のひとつが絢子にちよくげきした。

 吹き飛び、さらに岩をらい、地面にたたきつけられる。そして、ようやく燃える岩の雨がんだ。

「いけない……」

 淑彦が回復ほうを使った。

 絢子は即座に立ち上がるが、状況は好転していない。

「ど、どうすれば……」

 絢子は淑彦に聞いた。再び冷静な声が返ってくる。

「私が背後から攻撃を続けているが、イフリートが倒れるまで、五回は今の攻撃を受けなくてはならない。そして、絢子さんは完全回復した状態でないと、一撃で死ぬはず。しかし、私の回復魔法はあと三回しか使えない」

ぶんせきはわかった。かわし続けなければいけないんだな」

「その通り。しかし、そこは反射神経の問題だけでなく、ゲーム的にシビアな問題もある。数値が足りなければ、反射神経の問題でなく岩を喰らってしまう」

「どうしようもないってことか?」

 絢子は慌てる。

 すでにイフリートは、燃える岩の発射態勢に入っている。

「いや……! ひとつだけ方法があった!」

 淑彦が、これで大丈夫、と安心したように声をあげる。

「何だ?」

 期待を込めて絢子が聞く。

 が……。

「服を脱ぐんだ! 全部!」

「は……?」

「だから、服を脱ぐんだ。ぜんになるんだ!」

 淑彦がり返した。

「ちょ……今がどんな時かわかっているのか!?

 絢子がる。