「前々から危ない人造人間とは思っていたが……」
絢子があきれる。
「こ、これは計算しての行為なのか?」
淑恵が聞くと、ころねがうなずいた。
「当然です。効率のよいゲームオーバーを目指しているだけです。こちらに任せて頂ければ、簡単に
「し、しかし、私にも責任がある。できるならばこちらに任せていただきたい」
淑恵は言った。
しかし、ころねは首を振る。
「それならば、なおさらあなた以外の生徒は先に帰ってもらうべきです。お二人をこちらでさらっていくという手もありますが?」
そして、ころねは、ちら、と絢子の顔を見た。
「ここでさらわれておけば、いやらしい服を着て阿九斗さんの前に出ることになるわけです。このゲーム、子孫のルールもありまして、男女が一晩を同じ部屋で過ごすと、ゆうべはおたのしみでしたね、とメッセージも出るという……」
絢子は、ぼんっと
「ば、ば、
「しかし、ちょっと想像しましたね?」
「え、ええい! からかうな!」
「ともかく、こちらは
ころねは杖を振るった。そこから光線が発せられた。
「危ない!」
淑恵が絢子をかばった。が、その光線は、淑彦と絢子の身体を
「な……!」
痛みに淑恵と絢子はうめく。
――ゲームでも痛いのか。
淑恵は思う。そして、彼女はころねが何をしたのか理解できた。これは
そして、淑恵と絢子は意識を失った。
○
ここで時間はわずかに戻る。
ころねの襲撃に、真っ先に逃げ出して校舎に入ったのは
――ゲームとはいいますけれど、殺されるのは気分がよくありませんし、あの淑彦とか言うのの言動にも不自然なところがありますわ。これは少し生き残って調べてみないといけませんわね……。
校舎の構造は変わっていないが、その中身はずいぶんと変わっている。教室は作戦室や武器庫になっていた。
――武器庫……。都合がいいですわね。
不二子は後ろを振り返って声をあげた。
「武器がありますわ! 皆さん、手にお取りになって!」
そして不二子はずらりと並んでいる槍や、無造作に積まれている
逃げ込んできた生徒たちが次々と武器を手に取る。武器庫は雑然としはじめた。と、
「こっちは魔道書が積んである! 使える
――そういえば、自分のクラスを確認していませんでしたわ。
不二子は自分のスクリーンを開いた。
クラス:薬師
レベル:1
HP:5
筋力:8
魔力:15
兵力:0
――兵力、なんてのもありますのね。ろくに説明はありませんでしたが、ころねのあれを見れば、何が出来るかは
一人、こっそりと裏切りを決意した不二子である。
――となると、皆のレベルを上げて、強化し……阿九斗様に
そう算段を立てた不二子は、隣の魔道書の部屋に行くと、自分に使えるレベル1の魔法をみつくろい、
「
次々と賛同の声があがる。
「そうだな。それが我々にとって一番得なことだ」
「もう少し遊べるしな」
「いずれにせよ、感覚がリアルすぎて殺されるのが
「二、三人にわかれて逃げるとするか」
生徒たちは次々と書庫、武器庫を出て行く。
「お姉様!
不二子を
「ええ。一緒に逃げましょう。準備はよろしくて?」
そして、不二子たちは固まって部屋を出た。
「お姉様! 早く!」
女生徒が不二子の手を引く。
しかし、不二子は逃げながらも別のことを考えていた。
――わたくしの考え通りなら……ちょっと楽ができるはずですわ。
不二子は一緒に逃げる三人の顔を見た。彼女たちはこの事態に本気で
――ということは、この子たちの判断力も落ちているはずですわね。
不二子は内心でほくそ
「あなた方、先にお逃げになって!」
不二子は声をあげた。
そして、三人を先に走らせる。彼女らは、不二子の方を心配そうに振り返ったが、もう一度、不二子が声をあげると、再び前に顔を向けた。
そのタイミングを不二子は
「ふっ!」
鞭を戻し、剣をからめ
そして、不二子はその鞭の戻る勢いを殺さず、からみついた剣を、逃げていく女生徒の背中に向けて放った。
「きゃああああ!」
背中に深々と剣を
――思った通り。
不二子はほくそ笑んだ。
他の生徒も、死んだ女生徒も、オーク兵が殺したのだと思っているだろう。
――プレイヤーを殺して得られる経験値はかなりのものですわ!
不二子はレベルがひとつ上がっていた。武器を持たぬオーク兵に、鞭を複数回打ち込み、これを倒す。
そして、平気な顔をして逃げた生き残りの二人に合流した。
「
「ええ、しかし、一人、オーク兵の投げた剣に貫かれたみたいで……」
「悲しむことはありませんわ。
不二子はにっこりと微笑んだ。
○
「三百五十七人を殺してまいりました」
城に戻ったころねは阿九斗の前にかしこまった。
「すごい! すごいね、ころねちゃん!」
玉座に
「めちゃくちゃ悪の軍団みたいだから、やめようね、そういうの」
阿九斗はぼやく。
「まぁ気分です。気分」
ころねはそう言ってから、
そこには
「ずいぶんひどいね。でも、生徒の死体はない、か」
「はい。あくまでゲームの
ころねは水晶玉を下げて、代わりに大きめのスクリーンを空中に開いた。
「そして、これが皆様の
「恨み?」
阿九斗はスクリーンを

「まぁ、生きているならいいけど……」
阿九斗は
「あちらのゲームの掲示板がこちらでも
「一部?」
「全体像と数値データだけは見えている模様です。掲示板で確認しました」
「本の中に入ったときと同じか。あのときも
阿九斗はうなずいた。
「さて、では、残党を
ころねが立ち上がる。
「おい、また
「一度はじめた
さらに物騒なことをころねが言うが、それをけーなが制した。
「待って。ちょっと変だよ?」
「変?」
阿九斗が振り返る。
「ゲームの内容がちょっと変わっているかも」
けーながスクリーンを覗きながら手招きをする。
「どこが変わっているって言うのさ?」
「うん、あのね。最終目的が魔王を倒すことだったでしょ? それが、
ころねが開いたスクリーンを指さした。そこには、確かにクリア条件が記されていた。
「誰かがゲーム内容を変えている……。そういうことになるのか。不確定要素があると言っていたが、それが動きはじめたということになるのか」
阿九斗が不安の声をあげた。
ころねがそれを見てうなずいた。
「それでは、一刻も早く虐殺をしましょう。
「それほど生き生きした君を見たのははじめてだよ……」
阿九斗はぼやいた。
○
一方、こちらは現実世界である。
「ボクの学校をどうしようってんだ?」
いや、事情は聞いている。生徒が誰もいなくなったと聞いて学校に帰ってみれば、どこからかぱらぱらと生徒が現れてきたのだった。しかも、彼らはゲームに取り込まれていたとふざけたことを言っていた。
「しかし、仮想異空間を使用したとすれば、
「うが」
「どちらかといえば、集めた情報の裏付けが取れたというところぎゃ。仮想異空間に魔王を
三役が生徒会室でうなるリリィをなだめるように言った。
「ゲームと仮想異空間が関係あるとすれば、このゲームの開発者を調べて見るのがいいんじゃないっすかね?」
乗りかかった船、というか、完全に巻き込まれてしまったというか、生徒会室に入っていたヒロシが、マナスクリーンを見ながら言った。
「開発者?」
興味なさそうにマナスクリーンを覗き込んだリリィだったが、その名前を見て、はっとする。
「淑彦? 淑彦……。カンナが追っていたのは、
「そうだぎゃ。今回の事件に
「そりゃゲーム内に淑彦がいるからだ!」
わかった、とリリィは立ち上がる。
「どうするんだぎゃ?」
「
リリィは勢い込んで言った。
「そんなえらく物騒なことを……」
ヒロシが心配して言うと、その手をがっし、とリリィが
「え?」
「お前も来い! どうせこの件に関係しちまってるんだからな」
「うわ、ちょ、ちょ、
しかし、ヒロシの
○
「う……む……」
絢子は目を覚ました。
そして、すぐに自分がどのようにして気を失ったかを思い出し、がば、と起きあがる。現実のそれと
「これは……」
絢子が見たのは荒れ
「く……。これが敗戦というものか。ゲームとわかっていてもあまり気分のいいものではないな。それに、こちらが主導権を握れないというのも」
横で倒れていた淑彦が顔を起こした。
「確かに気分の良いものではないが、頭を
絢子は笑いかけた。
ほ、と感心したように淑彦が目を見開く。
「すごいな。服部さん、と言ったっけ。戦い慣れているのだね」
「女性に言う
絢子がわざと
「失礼した。そうだな。格好の良い言い方をさせてもらえれば、私はあなたの気高さに打たれたんだよ」
淑彦の笑みが、なぜか絢子にはまぶしく見えたのは、その顔立ちのせいだけでなく、心の
――男に好感を持ったのは……二人目か。
絢子は、ふと、そう思ったが、
「あ、ありがたく受け取っておく。そ、そうだ、何人くらい
その言葉に、淑彦がスクリーンを開く。
「……かなり殺されているな。三百ほどか。ものの見事にやられたものだ。設定の限界に近い効率の良さだと思う。指揮はパラメーターで補えない部分がある。
「それはすごい」
絢子はむしろ感心して声をあげた。ころねの
「だが、それならそれで問題はない。あの人造人間が
「しかし、うちの生徒は戦いには慣れている。散り散りになってジャングルに逃げ
「それなら、私たちも行こう」
淑彦は立ち上がった。
「行く? 行くって?」
絢子は戸惑った。
淑彦はうなずいて説明する。
「ジャングルに。
そう言って、淑彦はジャングルに先に立って入っていった。
絢子は
「え……? ちょっと……」
「どうした?」
「い、いや、二人だけになってしまうということか?」
「仕方ないじゃないか。協力してやっていこう。それに私はあなたに尊敬に似たものを
淑彦は屈託なく笑う。
「そ、そうだ。それはそうなんだ。ああ、わかった。そうだよな」
絢子は戸惑った。
――屈託がないのはいいが……。男女二人きりだとわかっていないような態度はどうなのだろう? いや、ゲームだからということなのか? それとも……。
絢子はもちろん、淑彦=淑恵ということを知らない。
――ええい、
絢子は先に立つ淑彦の後を追った。
それから日暮れまでは、淑彦の指導で狩りを行うことになった。
「ほ!」
淑彦に借りた
「ナイフか。自分で
絢子はナイフを逆手に構えて振った。
「それに、これは良く
「君は
それからも淑彦の指導で、絢子はレベルを上げた。
やがて日が暮れる。
「ゲーム内時間の一日は、現実では一時間ほどになる」
キャンプを張りながら淑彦が説明した。小さな模型のようなものを投げると、テントと
「便利なものだ」
絢子は感心して焚き火の横に座った。
「ところで、レベル上げは
そう聞くと、淑彦はスクリーンを開いて地図を出し、その中央を指さした。
「ここに強力な武器がある。守っているモンスターも強いけれど、ちょっとしたコツみたいなもので低レベルでも倒す方法がある。それをやってみよう……。あれ?」
「どうした?」
淑彦は深刻な顔をしていた。何かがおかしい、というように首を振る。
「ゲームの目的が変わっている。聖杯を探すこと、だって?」
「ゲームを改変できるのか?」
「もちろん改変は可能だ。だが、それは中に入ってしまった私にはできない。可能なのはゲーム外の者だ。が、それも当然ながらプロテクトがかかっている。そうでないなら……。私が言っていた不確定要素が関係しているはず、だ」
淑彦は
「気をつければいいのだろう? そこまで
元気づけるように絢子は言った。
「本当に君の
「な……褒めすぎだ、と言ったぞ」
絢子は、ぷい、と顔を
「いや、本当だ。私はそれほど心を開くのが得意ではなくてね。いつも正直でいようと思ってはいるのだが、友人も多くはない」
「なんと答えていいか困るようなことを言うな。……わかった。しばらくは一緒にいなくてはいけないのだ。こちらも素直に話は聞くようにする」
淑彦のまっすぐな物言いに、照れながらも絢子は応じた。
「助かる。元々は、この仮想異空間でコミュニケーションのすべてをまかなえぬかと考えて作った技術なのだ」
「コミュニケーションのすべてを?」
「そう。純粋なコミュニケーションだよ。肉体を
「失礼。
絢子は苦笑いをして首を振った。
淑彦は
「
焚き火を離れ、淑彦はテントの幕を開ける。
「ちょ……」
絢子は赤くなって手を振った。
「……寝ようって、ひとつのテントで?」
その言葉に、淑彦は軽く首をひねった。
「寝たいの?」
「ば、
絢子は声を少し大きくする。
それでも淑彦はさらに首をひねった。
「それは、そうだよね。
ぽん、と淑彦は手を叩く。
「君の装備にもキャンプはあるんだよ」
「え?」
絢子はポケットを
――私をなんだと思って……。
「寝るぞ」
絢子は自分のテントを展開して
――ああ、もやもやする……。この感じ……。そうか、あいつが私に
絢子は阿九斗の顔を
――そういえば、二人、どこか似ているような……。ひょっとして、私は、そういうタイプに弱いとか……。
絢子はそれから一晩ばかり悩むことになった。
○
――危ない橋を
危ない橋は渡らない。それは、ポリシーを
しかし、今はわずかに怯えつつ
最高レベルのセキュリティに対してハッキングをかけなければならないのである。そして、そのためには、どうしてもマナの固有
――CIMO8の権限では大司祭のレベルまでは降りられない……。そこから先はハッキング……と。
そのレベルの深層まで潜るのには理由がある。
「大司祭でもあの記述には気づいていないだろうさ……。どうでもいいデータだったのだからね。だが、それが本当なら……」
2Vは独り言を漏らしながらマナスクリーンに
本体は血色の悪い少女である。細い腕も
――心底から
2Vの目の前のマナスクリーンに文字が流れ出す。メギス神の深層にたどり着いたのだ。
「大司祭がプログラム書き換えの際にしか潜らない領域……」
2Vはつぶやく。
《大司祭と認証しました。操作を選んでください》
大司教、つまりメギス神の言葉を伝える人造人間の声がする。どうやら見事に
「
《
「一度見れば十分だ」
2Vはマナスクリーンに流れ出した情報を、必死に眼球で追い、
そして、一度の閲覧ですべてを脳に叩き込むと、
一通りの作業を終えた彼女は、やがて
「へ、へへ……ふふ……。ははは! まさかここまでのものとはね。こいつはいい。私の理想がすべてある。そんな幸運に出会えるなんて、一度だって考えたことはなかったな。こんなに簡単なことだったなんて……。あるいは
2Vの声は当初は冷静だったが、さすがに興奮が混じりはじめる。
血色の悪い
「だが……これは行けるな。あいつが中に居るんだ。それならいくらでも危ない橋を渡ってやるのもいいか。ふん、この
そして2Vはにこやかにプログラムを改変し〝
「初代の魔王……つまり、そいつは、当時の世界のシステムを
○
リリィに連れられて来たヒロシは、どこにやってきたのかに気づき、さすがに息をのんだ。メギス神の
例外もあるが、神殿であっても
とはいえ、リリィが入り込んだのは、一般人が立ち入り禁止の地である。事務員や、神職のものが勤務している場所である。
「い、いいんですか? こんなところ……」
ヒロシはおどおどして言ったが、リリィは首を振った。
「問題ない。秘密の話とアポは取ってある」
「なんだ、それは良かった」
「一方的に」
リリィはぽつりとつけ加えた。
「ちょ、なんですか、それは……!」
ヒロシは慌てるが、リリィは
「今から行くから部屋にいろ、と、メールを送りつけた」
「それだけ?」
「それ以上、何が必要なんだ?」
「……いえ、それならそれで良いですけど。
「大司祭」
「うわ! ちょっとかんべんしてくださいっす!」
「相手が
リリィは笑い飛ばしたが、一般職員がいる通路はともかく、最上階の特別エリアに入る
「ここを通るには許可が必要なんだ」
警備員は言った。
「ひ、す、すいませ……」
ヒロシは
「
「司祭の……」
警備員はリリィの自己
「白石司祭の娘さんでも、許可が必要です。少なくとも臨時発行のゲストパスが」
「どうだっていいさ」
リリィは素っ気なく言った。そして、自らの右
警備員二人が動き、ぞわ、と緊張した空気が流れる。
しかし、そこに割って入った声があった。
「いいんだ、通してくれ」
その低く、
「大司祭……」
警備員が敬礼して
現れたのは、木多
「ご理解いただき
リリィは
が、英彦はリリィとヒロシを奥に通した。
そして、警備員に話が聞こえなくなるまで廊下を進むと、口を開いた。
「娘の失態と聞いた。それを使ってこの私を脅すとは、さすがにあの白石の娘だな」
「血とは言いたくありませんがね。
「父親というのは娘のことを心配するものなのだ。君の年齢ではわかるまいが」
「残念ながら
リリィの物言いは、先程からヒロシの
大司祭室に入ると、英彦はデスクの向こう側に回り込み、二人に
「
リリィは、まず一言だけ告げた。
それは、英彦の
「それに、淑恵が関係していると言いたいのか?」
「そうです。そして、そこには彼女の作ったゲームソフトが関係している。どのようなきっかけでそうなったかはわかりませんが」
リリィは英彦に向かって自ら展開したマナスクリーンを
鳥籠計画という名の、魔王を仮想異空間に封じ込めようという計画が動いていること。
その仮想異空間がメギス神が
計画に淑恵の仮想異空間研究が関係しているらしいこと。
そして、学院が事件に巻き込まれてしまったこと。
「淑恵さんは個人的に
リリィはスクリーンにゲームの映像を映し出した。そこには淑彦のデータが表示されている。