「前々から危ない人造人間とは思っていたが……」

 絢子があきれる。

「こ、これは計算しての行為なのか?」

 淑恵が聞くと、ころねがうなずいた。

「当然です。効率のよいゲームオーバーを目指しているだけです。こちらに任せて頂ければ、簡単にぜんめつエンドをむかえることができるかと思います」

「し、しかし、私にも責任がある。できるならばこちらに任せていただきたい」

 淑恵は言った。

 しかし、ころねは首を振る。

「それならば、なおさらあなた以外の生徒は先に帰ってもらうべきです。お二人をこちらでさらっていくという手もありますが?」

 そして、ころねは、ちら、と絢子の顔を見た。

「ここでさらわれておけば、いやらしい服を着て阿九斗さんの前に出ることになるわけです。このゲーム、子孫のルールもありまして、男女が一晩を同じ部屋で過ごすと、ゆうべはおたのしみでしたね、とメッセージも出るという……」

 絢子は、ぼんっとばくはつてきに顔を赤くした。

「ば、ば、鹿もの……! そのようなこと、するわけが……!」

「しかし、ちょっと想像しましたね?」

「え、ええい! からかうな!」

「ともかく、こちらはしゆくしゆくとゲームを進めます。おさないのなら、お二人を主人公としてゲームを進めましょう。他の生徒を始末します。少していてください。起きたら、おうの城を目指されますように」

 ころねは杖を振るった。そこから光線が発せられた。

「危ない!」

 淑恵が絢子をかばった。が、その光線は、淑彦と絢子の身体をいつぺんつらぬいた。

「な……!」

 痛みに淑恵と絢子はうめく。

 ――ゲームでも痛いのか。

 淑恵は思う。そして、彼女はころねが何をしたのか理解できた。これはめいしようではない。気絶させるだけのいちげきだ。

 そして、淑恵と絢子は意識を失った。


     ○


 ここで時間はわずかに戻る。

 ころねの襲撃に、真っ先に逃げ出して校舎に入ったのはだった。

 ――ゲームとはいいますけれど、殺されるのは気分がよくありませんし、あの淑彦とか言うのの言動にも不自然なところがありますわ。これは少し生き残って調べてみないといけませんわね……。

 校舎の構造は変わっていないが、その中身はずいぶんと変わっている。教室は作戦室や武器庫になっていた。

 ――武器庫……。都合がいいですわね。

 不二子は後ろを振り返って声をあげた。

「武器がありますわ! 皆さん、手にお取りになって!」

 そして不二子はずらりと並んでいる槍や、無造作に積まれているけんなどの武器の中から、現実にも使い慣れているむちを選んで腰に結んだ。

 逃げ込んできた生徒たちが次々と武器を手に取る。武器庫は雑然としはじめた。と、となりの部屋からも声が聞こえてくる。

「こっちは魔道書が積んである! 使える職業クラスやつはこっちへ!」

 ――そういえば、自分のクラスを確認していませんでしたわ。

 不二子は自分のスクリーンを開いた。


クラス:薬師

レベル:1

HP:5

筋力:8

魔力:15

兵力:0


 ――兵力、なんてのもありますのね。ろくに説明はありませんでしたが、ころねのあれを見れば、何が出来るかはいちもくりようぜん……。意地でもレベルを上げなければなりませんわね。遊びは遊びですけれど、出来るだけ経験を積んで、現実にも活かし……何より阿九斗様にも今まで以上に強くなっていただかないと。

 一人、こっそりと裏切りを決意した不二子である。

 ――となると、皆のレベルを上げて、強化し……阿九斗様にたおしていただく。そういう計画で行きましょう。

 そう算段を立てた不二子は、隣の魔道書の部屋に行くと、自分に使えるレベル1の魔法をみつくろい、わきかかえた。そして、大方の生徒たちの準備が整ったのを見て、声をあげた。

みなさま! どうせ、このとりでは落ちますわ! 裏口からばらばらにジャングルに逃げましょう! そこでレベルを上げ、おのおのが軍勢を集め、魔王を倒す時が来た時に、のろしを上げて再会をいたしましょう!」

 次々と賛同の声があがる。

「そうだな。それが我々にとって一番得なことだ」

「もう少し遊べるしな」

「いずれにせよ、感覚がリアルすぎて殺されるのがいやだぜ」

「二、三人にわかれて逃げるとするか」

 生徒たちは次々と書庫、武器庫を出て行く。

「お姉様! いつしよに逃げましょう!」

 不二子をしたこうはいたち三名が不二子の元に走ってきた。にっこりと微笑み、不二子はうなずく。

「ええ。一緒に逃げましょう。準備はよろしくて?」

 そして、不二子たちは固まって部屋を出た。

 ろうにまで混乱はおよんでいた。とうそつのとれていない生徒たちは、入り口を閉ざすタイミングを見誤ったのだ。ころねの魔物の軍勢が廊下で生徒たちと剣を合わせていた。ごうけんげきかんだかい音が耳に痛い。

「お姉様! 早く!」

 女生徒が不二子の手を引く。

 しかし、不二子は逃げながらも別のことを考えていた。

 ――わたくしの考え通りなら……ちょっと楽ができるはずですわ。

 不二子は一緒に逃げる三人の顔を見た。彼女たちはこの事態に本気でおびえているようだった。無理もない。感覚は非常にリアルなのだ。

 ――ということは、この子たちの判断力も落ちているはずですわね。

 不二子は内心でほくそむ。他の生徒たちと違うルートを不二子は選んでいた。この廊下を走っているのは、不二子たちだけだ。だが、一ぴきのオーク兵が追いすがってきている。一緒に逃げる三人には戦うという意志はないらしい。

「あなた方、先にお逃げになって!」

 不二子は声をあげた。

 そして、三人を先に走らせる。彼女らは、不二子の方を心配そうに振り返ったが、もう一度、不二子が声をあげると、再び前に顔を向けた。

 そのタイミングを不二子はのがさなかった。オーク兵に向かって鞭を振ると、剣のつかに見事にそのせんたんをからみつかせる。

「ふっ!」

 鞭を戻し、剣をからめる。

 そして、不二子はその鞭の戻る勢いを殺さず、からみついた剣を、逃げていく女生徒の背中に向けて放った。

「きゃああああ!」

 背中に深々と剣をき立てられた女生徒が倒れる。そして、すぐに剣を残して塵へと変わっていった。

 ――思った通り。

 不二子はほくそ笑んだ。

 他の生徒も、死んだ女生徒も、オーク兵が殺したのだと思っているだろう。

 ――プレイヤーを殺して得られる経験値はかなりのものですわ!

 不二子はレベルがひとつ上がっていた。武器を持たぬオーク兵に、鞭を複数回打ち込み、これを倒す。

 そして、平気な顔をして逃げた生き残りの二人に合流した。

だいじようでしたか、皆さん!」

「ええ、しかし、一人、オーク兵の投げた剣に貫かれたみたいで……」

「悲しむことはありませんわ。しようげきてきな光景かもしれませんけれど、ゲームはゲームですもの」

 不二子はにっこりと微笑んだ。


     ○


「三百五十七人を殺してまいりました」

 城に戻ったころねは阿九斗の前にかしこまった。

「すごい! すごいね、ころねちゃん!」

 玉座にすわる阿九斗の肩にもたれたけーなが手をたたいて喜ぶ。

「めちゃくちゃ悪の軍団みたいだから、やめようね、そういうの」

 阿九斗はぼやく。

「まぁ気分です。気分」

 ころねはそう言ってから、すいしようだまを阿九斗の前に突き出した。

 そこにはとうかいした校舎と、れた校庭、そしてオーク兵の死体が映し出されていた。

「ずいぶんひどいね。でも、生徒の死体はない、か」

「はい。あくまでゲームのはんちゆうで済んだということです」

 ころねは水晶玉を下げて、代わりに大きめのスクリーンを空中に開いた。

「そして、これが皆様のうらみの声です」

「恨み?」

 阿九斗はスクリーンをのぞき込む。それはネットのけいばんだった。



「まぁ、生きているならいいけど……」

 阿九斗はみような気持ちになってため息をつく。

「あちらのゲームの掲示板がこちらでもえつらんできるようです。向こうからもゲームの中は一部見えているようです」

「一部?」

「全体像と数値データだけは見えている模様です。掲示板で確認しました」

「本の中に入ったときと同じか。あのときもせんぱいは物語の全体像が見えていたみたいだったからね。ともかく、外のデータが入ってくるのはありがたいな」

 阿九斗はうなずいた。

「さて、では、残党をりますか」

 ころねが立ち上がる。

「おい、またぶつそうなことを……」

「一度はじめたぎやくさつは、全員を殺すまで終わらないのです」

 さらに物騒なことをころねが言うが、それをけーなが制した。

「待って。ちょっと変だよ?」

「変?」

 阿九斗が振り返る。

「ゲームの内容がちょっと変わっているかも」

 けーながスクリーンを覗きながら手招きをする。

「どこが変わっているって言うのさ?」

「うん、あのね。最終目的が魔王を倒すことだったでしょ? それが、せいはいを手に入れることになってるんだよ」

 ころねが開いたスクリーンを指さした。そこには、確かにクリア条件が記されていた。

「誰かがゲーム内容を変えている……。そういうことになるのか。不確定要素があると言っていたが、それが動きはじめたということになるのか」

 阿九斗が不安の声をあげた。

 ころねがそれを見てうなずいた。

「それでは、一刻も早く虐殺をしましょう。わきもふらずに虐殺をしましょう。虐殺に専心しましょう」

「それほど生き生きした君を見たのははじめてだよ……」

 阿九斗はぼやいた。


     ○


 一方、こちらは現実世界である。

「ボクの学校をどうしようってんだ?」

 げんな声をリリィはあげた。

 いや、事情は聞いている。生徒が誰もいなくなったと聞いて学校に帰ってみれば、どこからかぱらぱらと生徒が現れてきたのだった。しかも、彼らはゲームに取り込まれていたとふざけたことを言っていた。

「しかし、仮想異空間を使用したとすれば、なつとくもできるでありんす」

「うが」

「どちらかといえば、集めた情報の裏付けが取れたというところぎゃ。仮想異空間に魔王をふうじる計画があるというそれの」

 三役が生徒会室でうなるリリィをなだめるように言った。

「ゲームと仮想異空間が関係あるとすれば、このゲームの開発者を調べて見るのがいいんじゃないっすかね?」

 乗りかかった船、というか、完全に巻き込まれてしまったというか、生徒会室に入っていたヒロシが、マナスクリーンを見ながら言った。

「開発者?」

 興味なさそうにマナスクリーンを覗き込んだリリィだったが、その名前を見て、はっとする。

「淑彦? 淑彦……。カンナが追っていたのは、淑恵だったな」

「そうだぎゃ。今回の事件にかんしているのはちがいないと思われるぎゃ。しかし、データはすべて消去されていたし、今は行方ゆくえ不明で……」

「そりゃゲーム内に淑彦がいるからだ!」

 わかった、とリリィは立ち上がる。

「どうするんだぎゃ?」

じようきようしようしかないが、それならそれでおどしがかけられる! 関係者をあたって、ちょいとげようじゃないか」

 リリィは勢い込んで言った。

「そんなえらく物騒なことを……」

 ヒロシが心配して言うと、その手をがっし、とリリィがつかんだ。

「え?」

「お前も来い! どうせこの件に関係しちまってるんだからな」

「うわ、ちょ、ちょ、かんべんしてくださいよ、会長!」

 しかし、ヒロシのこうは見事に無視された。


     ○


「う……む……」

 絢子は目を覚ました。

 そして、すぐに自分がどのようにして気を失ったかを思い出し、がば、と起きあがる。現実のそれとちがい、ゲームにおける目覚めはすっきりとしたものだった。頭痛も何もなく身体も実にスムーズに動く。

「これは……」

 絢子が見たのは荒れてた校庭だ。すでにころねの率いる軍勢は退去した後だった。校舎もざんくずちている。そして生徒たちはどこにもいない。

「く……。これが敗戦というものか。ゲームとわかっていてもあまり気分のいいものではないな。それに、こちらが主導権を握れないというのも」

 横で倒れていた淑彦が顔を起こした。たんせいな顔が肉体的な痛みではない苦痛にゆがんでいる。その気持ちは絢子にもよくわかった。自分のせいで多くの生徒たちが死んだことをいているのだ。

「確かに気分の良いものではないが、頭をえなければ次は来ない。まぁ、それこそ今回はゲームだし深刻になることもないのだろう?」

 絢子は笑いかけた。

 ほ、と感心したように淑彦が目を見開く。

「すごいな。服部さん、と言ったっけ。戦い慣れているのだね」

「女性に言うことではないと思うが」

 絢子がわざとねてみせると、淑彦はようやく笑みを見せた。

「失礼した。そうだな。格好の良い言い方をさせてもらえれば、私はあなたの気高さに打たれたんだよ」

 淑彦の笑みが、なぜか絢子にはまぶしく見えたのは、その顔立ちのせいだけでなく、心のなおさをうかがわせるくつたくのない表情と、心からの褒め言葉のせいだったろう。

 ――男に好感を持ったのは……二人目か。

 絢子は、ふと、そう思ったが、あわてて首をって表情に出ぬように努めた。

「あ、ありがたく受け取っておく。そ、そうだ、何人くらいげられたのだろう?」

 その言葉に、淑彦がスクリーンを開く。

「……かなり殺されているな。三百ほどか。ものの見事にやられたものだ。設定の限界に近い効率の良さだと思う。指揮はパラメーターで補えない部分がある。じゆんすいにプレイヤーのうでだ」

「それはすごい」

 絢子はむしろ感心して声をあげた。ころねのせんとう指揮能力は人造人間だとわかっていてもあこがれるものがある。

「だが、それならそれで問題はない。あの人造人間がゆうしゆうなら、より多くの生徒を現実に戻してくれるということでもあるし」

「しかし、うちの生徒は戦いには慣れている。散り散りになってジャングルに逃げったようだ。かれらはゲームのクリア条件として魔王を殺すことを望むだろう」

「それなら、私たちも行こう」

 淑彦は立ち上がった。

「行く? 行くって?」

 絢子は戸惑った。

 淑彦はうなずいて説明する。

「ジャングルに。かくれる場所はそこしかない。うまく戦えるようにしばらく経験をめるしかないよ。それにモンスターが武器を落とすこともある。装備もそろえないと。先程、ころねという人造人間に言った通り、ルールを無視した何者かがひそんでいる。それを調べないことには、下手なことはできない。だから、ゲーム世界を自由に歩き回るために、経験とアイテムが必要だ」

 そう言って、淑彦はジャングルに先に立って入っていった。

 絢子はしゆんじゆんする。

「え……? ちょっと……」

「どうした?」

「い、いや、二人だけになってしまうということか?」

「仕方ないじゃないか。協力してやっていこう。それに私はあなたに尊敬に似たものをいだいている。大丈夫だよ」

 淑彦は屈託なく笑う。

「そ、そうだ。それはそうなんだ。ああ、わかった。そうだよな」

 絢子は戸惑った。

 ――屈託がないのはいいが……。男女二人きりだとわかっていないような態度はどうなのだろう? いや、ゲームだからということなのか? それとも……。

 絢子はもちろん、淑彦=淑恵ということを知らない。

 ――ええい、きんちようしている場合か。しんてきな相手なのは間違いないのだし。

 絢子は先に立つ淑彦の後を追った。


 それから日暮れまでは、淑彦の指導で狩りを行うことになった。

「ほ!」

 淑彦に借りたたんけんで、ジャイアントバットを斬り落とす。ジャイアントバットは、甲高い声をあげて死体をさらした。いずれ死体も消えるのだろうが、プレイヤーと違ってしばらく死体が残るのが、この世界のモンスターであることの証明だ。そして、死体の横に時折、アイテムが出現することも。

「ナイフか。自分でかせいだものには違いない。借りた短剣は返す」

 絢子はナイフを逆手に構えて振った。

「それに、これは良くむ」

「君はにんじやだからね。なるべくスハラ信者風の日本刀があるといいんだけれど。あと少し倒して、巻物が使えるレベルまで行こうか」

 それからも淑彦の指導で、絢子はレベルを上げた。

 やがて日が暮れる。

「ゲーム内時間の一日は、現実では一時間ほどになる」

 キャンプを張りながら淑彦が説明した。小さな模型のようなものを投げると、テントとがジャングルの空き地に出現する。

「便利なものだ」

 絢子は感心して焚き火の横に座った。

「ところで、レベル上げはけいぞくするとしても、明日はどうしたらいい?」

 そう聞くと、淑彦はスクリーンを開いて地図を出し、その中央を指さした。

「ここに強力な武器がある。守っているモンスターも強いけれど、ちょっとしたコツみたいなもので低レベルでも倒す方法がある。それをやってみよう……。あれ?」

「どうした?」

 淑彦は深刻な顔をしていた。何かがおかしい、というように首を振る。

「ゲームの目的が変わっている。聖杯を探すこと、だって?」

「ゲームを改変できるのか?」

「もちろん改変は可能だ。だが、それは中に入ってしまった私にはできない。可能なのはゲーム外の者だ。が、それも当然ながらプロテクトがかかっている。そうでないなら……。私が言っていた不確定要素が関係しているはず、だ」

 淑彦はあごに手を当てて考えこんだ。

「気をつければいいのだろう? そこまでなやむことはない。それに、まだ事故も起きていないようだ」

 元気づけるように絢子は言った。

「本当に君のりんとした精神には勇気づけられる。近しく出会えたのが君で良かった」

 やわらかい声で淑彦は言った。

「な……褒めすぎだ、と言ったぞ」

 絢子は、ぷい、と顔をらした。

「いや、本当だ。私はそれほど心を開くのが得意ではなくてね。いつも正直でいようと思ってはいるのだが、友人も多くはない」

「なんと答えていいか困るようなことを言うな。……わかった。しばらくは一緒にいなくてはいけないのだ。こちらも素直に話は聞くようにする」

 淑彦のまっすぐな物言いに、照れながらも絢子は応じた。

「助かる。元々は、この仮想異空間でコミュニケーションのすべてをまかなえぬかと考えて作った技術なのだ」

「コミュニケーションのすべてを?」

「そう。純粋なコミュニケーションだよ。肉体をはなれてすべてを自由にできる空間があれば、人はもっと楽に生きられるのではないか、とね」

「失礼。そつちよくに言って、難しい話は苦手だ」

 絢子は苦笑いをして首を振った。

 淑彦はさびしそうに微笑ほほえんだ。

みたいなものだよ。つまらない話で申し訳なかった。もう寝よう」

 焚き火を離れ、淑彦はテントの幕を開ける。

「ちょ……」

 絢子は赤くなって手を振った。

「……寝ようって、ひとつのテントで?」

 その言葉に、淑彦は軽く首をひねった。

「寝たいの?」

「ば、鹿っ、そんなわけあるか!」

 絢子は声を少し大きくする。

 それでも淑彦はさらに首をひねった。

「それは、そうだよね。せまいもの。……ああ!」

 ぽん、と淑彦は手を叩く。

「君の装備にもキャンプはあるんだよ」

「え?」

 絢子はポケットをさぐる。確かに淑彦が投げた模型のようなテントがあった。これを投げれば同じように焚き火も展開されるのだろうが……。

 ――私をなんだと思って……。

 むなさわぎにも似た不快感が絢子にわき起こってくる。

「寝るぞ」

 絢子は自分のテントを展開してもぐり込んだ。そして、中にあったぶくろにくるまると、あじけない天幕を見つめた。

 ――ああ、もやもやする……。この感じ……。そうか、あいつが私にあたえる感じと似ているんだ……。

 絢子は阿九斗の顔をおもかべてしまい、独りテントの中で寝袋ごとごろりと転がって身を丸めた。

 ――そういえば、二人、どこか似ているような……。ひょっとして、私は、そういうタイプに弱いとか……。

 絢子はそれから一晩ばかり悩むことになった。


     ○


 ――危ない橋をわたることにドキドキするタイプじゃあないんだがな。

 ちようてきに笑ったのは2Vである。

 危ない橋は渡らない。それは、ポリシーをえて習慣化した行動に組み込まれていた。危険な行動は人形が行い、情報がれそうになった時にはばくする。人形のこうにゆうすら人形で行っており、さらにはいつぱんで使用されるモデルを主に使っていたから、足が付くこともなかった。

 しかし、今はわずかに怯えつつたんまつれている。

 最高レベルのセキュリティに対してハッキングをかけなければならないのである。そして、そのためには、どうしてもマナの固有しんどう――つまり2V本体の個人にんしようが必要なのだった。要するに、『CIMOサイモエイト』としての2Vの自己証明をすることで、神の深層まで降りようというのである。

 ――CIMO8の権限では大司祭のレベルまでは降りられない……。そこから先はハッキング……と。

 そのレベルの深層まで潜るのには理由がある。

「大司祭でもあの記述には気づいていないだろうさ……。どうでもいいデータだったのだからね。だが、それが本当なら……」

 2Vは独り言を漏らしながらマナスクリーンにいそがしく触れた。

 本体は血色の悪い少女である。細い腕もあしも無造作な白の服につつみ、人形だらけのうすぐらい部屋でひたすらに端末を操作するかのじよは、ある種の美しさに満ちていた。

 ――心底からに行動をしたことのない自分が、こうしてギークのように端末を叩いているなんてお笑いだな。手も痛ければ、も痛い。まさか、こんなことに夢中になるなんて思ってもみなかったさ。

 2Vの目の前のマナスクリーンに文字が流れ出す。メギス神の深層にたどり着いたのだ。

「大司祭がプログラム書き換えの際にしか潜らない領域……」

 2Vはつぶやく。

《大司祭と認証しました。操作を選んでください》

 大司教、つまりメギス神の言葉を伝える人造人間の声がする。どうやら見事にだまされてくれているようだ。

ふういんされている魔王のデータを参照したい」

りようかい。データは閲覧のみです。端末からは自動で消去します》

「一度見れば十分だ」

 2Vはマナスクリーンに流れ出した情報を、必死に眼球で追い、おくした。

 そして、一度の閲覧ですべてを脳に叩き込むと、そくに通信を切って、出来る限りこんせきを消す努力をした。

 一通りの作業を終えた彼女は、やがてこらえきれぬ、という風に笑いはじめた。

「へ、へへ……ふふ……。ははは! まさかここまでのものとはね。こいつはいい。私の理想がすべてある。そんな幸運に出会えるなんて、一度だって考えたことはなかったな。こんなに簡単なことだったなんて……。あるいはひようけと言ってもいいのか……」

 2Vの声は当初は冷静だったが、さすがに興奮が混じりはじめる。

 血色の悪いほおをそれでも不気味なほどのピンクに染めながら、2Vは再びマナスクリーンを展開、今度は淑恵の作ったゲームのセキュリティを破る。

「だが……これは行けるな。あいつが中に居るんだ。それならいくらでも危ない橋を渡ってやるのもいいか。ふん、このねんれいになってつうの人々がどうして日々を楽しく暮らしているかわかった気がするとはね。そうか、下らないことにもこんな風に興奮していたんだろうさ。まったく、どうしょうもないね」

 そして2Vはにこやかにプログラムを改変し〝わな〟をけはじめた。

「初代の魔王……つまり、そいつは、当時の世界のシステムをかいするために生み出された存在……。そして、今でもそれは十分に通用する……!」


     ○


 リリィに連れられて来たヒロシは、どこにやってきたのかに気づき、さすがに息をのんだ。メギス神のしん殿でんである。

 例外もあるが、神殿であってもはい殿でんまではいつぱんじんの立ち入りが可能になっている。内部にらくせつを設けたり、その周囲にちょっとしたはんがいを築くことも多い。

 とはいえ、リリィが入り込んだのは、一般人が立ち入り禁止の地である。事務員や、神職のものが勤務している場所である。

「い、いいんですか? こんなところ……」

 ヒロシはおどおどして言ったが、リリィは首を振った。

「問題ない。秘密の話とアポは取ってある」

「なんだ、それは良かった」

「一方的に」

 リリィはぽつりとつけ加えた。

「ちょ、なんですか、それは……!」

 ヒロシは慌てるが、リリィはすずしい顔だ。

「今から行くから部屋にいろ、と、メールを送りつけた」

「それだけ?」

「それ以上、何が必要なんだ?」

「……いえ、それならそれで良いですけど。だれに?」

「大司祭」

「うわ! ちょっとかんべんしてくださいっす!」

「相手がえらいからって何を怯えることがあるか」

 リリィは笑い飛ばしたが、一般職員がいる通路はともかく、最上階の特別エリアに入るとびらの前には、警備員が二人立っていた。

「ここを通るには許可が必要なんだ」

 警備員は言った。

「ひ、す、すいませ……」

 ヒロシはあやまりかけたが、リリィはゆうの表情で警備員に歩み寄り、その顔を見上げて、にや、と笑った。

しらいしむすめだ」

「司祭の……」

 警備員はリリィの自己しようかいおどろきの表情を見せたが、すぐに警備の職にく者に特有の無表情になると、右手を差しだした。

「白石司祭の娘さんでも、許可が必要です。少なくとも臨時発行のゲストパスが」

「どうだっていいさ」

 リリィは素っ気なく言った。そして、自らの右こぶしを左手ででて、にたり、とする。

 警備員二人が動き、ぞわ、と緊張した空気が流れる。

 しかし、そこに割って入った声があった。

「いいんだ、通してくれ」

 その低く、やさしげな声は、おくの方からひびいてきていた。

「大司祭……」

 警備員が敬礼してこうちよくした。

 現れたのは、木多ひでひこ白髪しらがの交じる頭をきっちりとセットした実直そうな男である。しかし、見る人が見れば、その目にはこわいものが宿っていることがわかる。きようにも似た自意識の強い光だ。

「ご理解いただききようしゆくです」

 リリィはこしをかがめる正式のあいさつをした。女性なのでぼうをとる必要はないが、大きいサイズのいきな帽子をがぬことと、さきほどまでの態度を合わせると、実にふざけた対応にも思える。

 が、英彦はリリィとヒロシを奥に通した。

 そして、警備員に話が聞こえなくなるまで廊下を進むと、口を開いた。

「娘の失態と聞いた。それを使ってこの私を脅すとは、さすがにあの白石の娘だな」

「血とは言いたくありませんがね。いまだになぐいにも応じてくれる父ですから」

「父親というのは娘のことを心配するものなのだ。君の年齢ではわかるまいが」

「残念ながらあとぎを気にするほど年を食っておりません」

 リリィの物言いは、先程からヒロシのきもを冷やしっぱなしだった。今のところ英彦は笑っているからいいのだが。

 大司祭室に入ると、英彦はデスクの向こう側に回り込み、二人にすすめると自分も座った。そして、マナスクリーンを開き、リリィに話してくれ、とうながす。

とりかご計画」

 リリィは、まず一言だけ告げた。

 それは、英彦のまゆをぴくりと動かすだけの効果はあった。

「それに、淑恵が関係していると言いたいのか?」

「そうです。そして、そこには彼女の作ったゲームソフトが関係している。どのようなきっかけでそうなったかはわかりませんが」

 リリィは英彦に向かって自ら展開したマナスクリーンをすべらせ、仕入れた情報と、そこから推測したことをかいちんして見せた。

 鳥籠計画という名の、魔王を仮想異空間に封じ込めようという計画が動いていること。

 その仮想異空間がメギス神がぼうぎよ用に使用している空間であること。

 計画に淑恵の仮想異空間研究が関係しているらしいこと。

 そして、学院が事件に巻き込まれてしまったこと。

「淑恵さんは個人的についせきさせていただきました。しようは出ないものの、この件への関与は疑いありません。そして、淑恵さんがこの中にいることが何よりの証拠」

 リリィはスクリーンにゲームの映像を映し出した。そこには淑彦のデータが表示されている。