3 魔王とせいはい行方ゆくえ



「……通信ユニットそのものが向こうにあれば、中との通信が可能というのは幸いだったな。腕だけをこちらに送り込んだのは正解だった」

 2Vツー・ブイは、へびに変異していた。正確には2Vがはなした人形の腕が蛇に姿を変えていたのである。

 切り離した腕には、それだけで活動できるように通信ユニットが埋め込まれている。情報収集時に、手の入るところであればどこでもとうさつ等を行えるように備え付けられている機能だ。

 蛇はジャングルに潜み、よしと生徒たちの状況を見張っていた。ごく目立たない緑色の蛇は、この世界によくんでいた。

「どうやら、あのおじようさんはこの世界にうまくげ込んだつもりだろうが、こちらもお嬢さんに教えていないこともある。情報が本当なら、この仮想異空間には、我々よりもずっと前に潜んでいた者がいるはずだ……。さて、そいつがこの空間にどんな影響を与えているか……。そして、こちらはそいつにだれよりも早くたどり着かねばな……」

 2Vはつぶやいた。

 最初からこの世界に潜んでいた者。それがこの世界に不確定要素として関係してくるはずだ。

「そいつのことを、もう少し調べておかなくては……。幸い、まだメギス神の神官どもは誰も気づいていないようだしな」

 そう独り言をらしつつ、2Vは意識を現実世界の人形に移した。2Vのよく使用する特徴のない顔立ちの男だ。今、人形はメギスしん殿でんの資料室にいる。専用たんまつがいくつかあるのみの部屋だが、そこからのみアクセスできるファイルがあるのだ。

 2Vはどうりようの研究者がかつて見たことがあるというファイルを探していた。初代の魔王について記されたものだ。

 しばらく時間はかかったものの、2Vはいくつかの関連するファイルを見つけた。そこにはかんたんすべきことが記されていた。

「これは……! 思った通り……。いや、予想以上か……!」


     ○


「従ってくれとは言いにくいですが、万が一の危険がないように諸注意を述べさせていただきたい」

 淑恵――ここではよしひこ――が、そう声をあげた。

 校庭に多数いる生徒たちは、それを聞いているのかいないのか、かなりざわついていた。不安半分、気楽なゲーム感覚半分。いずれにせよ、とてもうわついている状態だ。

 ――まいったなぁ。みんなには安全に現実に帰ってもらって、私は2Vの行方とさんを探さないといけないのに……。

 そこで淑恵はスクリーンを開いて、現在の状況をかくにんする。

 じようきようかくにんといってもプログラマの特権というか、自分で作った世界なのだから当然だが、プログラムを直に調べる。

 そこで淑恵は、ころねが気づいたのと同じく、ゲームの法則に従っていない者が仮想異空間の中にいることを知った。

 ――2V? いや、あれも私と同じように取り込まれたのだから、ちがうか。まして、あいつは腕だけ……大したことはできないはずだよね。すると、まさか、この仮想異空間に最初から誰かがいた……? ともかく、これは危険だな。それとみなが接触すれば、殺されてしまう可能性もある……!

 淑恵は慌てた。だが、それでも生徒たちを前に説得力を保てるような物言いが出来るとは思えない。

「困ったな。だんじように上がって指示を出すなどして良いものか……」

 淑恵はつぶやいた。必要なのだからしなければならないとは思うが、軍を指揮するような力量が必要なこうだ。自分のような人間には厳しいだろうというのがかのじよの正直な思いだった。

「知識的にはあなた以外にできないとは思うが?」

 じゆんが淑恵のつぶやきを聞いていたのか、そう耳打ちをしてくる。

 ――え?

 淑恵は、はっとしてそちらを向く。絢子が自分を元気づけるように微笑んでいた。

「し、しかし、私は部外者である上に、人の上に立ったこともない。言うことを聞いてくれるだろうか?」

「そういうことならば、私が代わって言葉を発してもいい。そうでなくとも、手伝いはさせてもらう」

 絢子が言った。

 ――いい人だな……。助けてくれるなんて。今は苦しい時だから、本当に助かるよ。

 淑恵は安心して微笑ほほえむ。

 ――えっと、お礼をしないと……。今は男だから……おとゲーのキャラっぽいがおで。

「そう言ってもらえると素直にうれしい。こううれいは無用ということか」

 ――って、言うとカッコイイかなー?

 そう内心で思っていた淑恵だったが、その微笑みを見た絢子は、ぷい、と顔をらした。

「そういう意味ではない。あなたのことを信用していない、と言っているのだ」

 ――あら、あんまり効かなかったか……。いや、そんなことで落ち込んだりしている場合じゃないってば。

「それではえんりよ無く発言させていただく。心配事が減ったということは確かなのだし」

「う……む。わかっているならばいい」

 絢子は口ごもりつつ言った。

 そして淑恵は演台上にあがった。

「皆さん、聞いてしい。このじようきようを作り出した者として、改めておびする。その上で、まずはご協力を願いたい。そして、私がこのように演台に立つことを許していただきたい。いや、指示を出すから従えというわけではない。私が言いたいことは、私を信用せずとも、皆がしんちように行動すれば、状況を楽しみつつ安全に元の世界に帰れる」

 淑恵に注目が集まる。皆ひとまずは話を聞いてみようという気にはなったようだ。

せいちようありがとう。大まかな説明は先にした通りだ。いや、そこすら信用してもらわずともかまわない。皆さんが協力してここをけ出すことを願っているのみだ。そのため、中心となって指揮をとるのは、彼女に任せようと思う」

 淑恵は、そう言って絢子を指さした。

 生徒たちは、おお、と声をあげた。そして、口々に賛同しはじめる。

はつとりさんなら問題はないか」

「彼女、おう戦争のとき、だいかつやくだったそうじゃないか」

「魔王との関係もいろいろ言われているが……あの戦争で戦った人だからな」

 絢子は驚きに口をO字に開いたが、淑恵が手をし伸べたのを見て、壇上に上がる。だが、淑恵の手をにぎることはなかった。

「確かに、この人を信用するのは、もう少し自分たちで動いてみて結果を見てからだ。それまでは、我々はたがいにあらそわず、慎重に、ただ力と経験を求めるために戦おう!」

 絢子の声に、皆、気合いの入った声をあげた。

 それを見た淑恵はいたく感心した。

 ――かっこいい人だなぁ。私はこういうことできないから感心するよ。

「君はしんらいされているのだね」

 淑恵は感心のあまり、思わず絢子の耳元でささやく。

「そ、そうか……? そうでもないぞ……」

 絢子は顔を赤らめ、口ごもった。

 ――けんそんしているんだな。

 と、淑恵は絢子のかたに左手を置き、右手を高く差し上げた。その手の先の空間に、大きな地図が浮かび上がる。それは、この世界の大陸の姿だった。

「これがこの地の姿だ。彼女の指揮でこの地をたんさくしよう。経験を積めば、自らの軍勢が手に入り、自分は何もせずとも探索が可能になる。平和に楽しみつつ、現実世界でもかせる経験を手にして帰還しよう! しかし、何が起こるかわからない。一丸となって行動することが確実な……」

 淑恵は、ふと言葉を切った。

 地響きのようなすさまじい音が聞こえてきたからである。

 それはジャングルの向こうからひびいてきていた。校庭にいた全員がそちらに顔を向ける。

 つちけむりがジャングルの上に立ちのぼっていた。その土煙が段々と近づいてきている。

「こ、これは?」

 絢子が聞いてくる。

 しかし、当の淑恵も土煙にはとうわくしていた。

「ま、まさか、あなたにもわからない事態が?」

 絢子が驚きに目を見開いた。

 ――こ、ここはみんなを安心させないと……。多分、これは軍勢だから、それを用意できるのは、魔王側……。

「い、いや、さすがに行動が早すぎることに驚いただけだ」

「早すぎる?」

「あれだけの軍勢を指揮できる者は、魔王側にしかいない。だが、それがこの数時間で行動を開始するなど、じんじような判断力ではない。まだルールも把握していまいに!」

 淑恵はきようがくの声をあげた。

 が、それ以上、何を言ったらいいのかはわからない。立ち尽くしていると、絢子が声を張った。

「全員、戦闘に備えろ! これは魔王の軍勢だ!」

 その声で、淑恵もはっとした。

 ――ゲームとわかっていても……実際に身体感覚をともなうと、こんなにも何もできないんだな、私は。

 しかし、落ち込んでいる場合でないことには、さすがに淑恵も気づいている。あらためて生徒たちの状況を確認する。

 生徒たちの総数は五百名。

 彼らとて、『コンスタンじゆつ学院』の生徒である。彼らの戦闘能力はもちろん一流だ。精神的にもおくすることはない。だが、彼らは、号令に応えてそれぞれ得意の武器や、魔術を使用しようとして、ここが現実世界でないことに改めて気づくことになっていた。

「あ……あれ? おれとくしゆ警棒……?」

「ナイフはあるけど……マナがこもっていない!」

「強化ほうが使えないぞ!」

 生徒たちはほぼ空身で校庭に立ち尽くしていることになった。しかも五百人固まって。

「こ、これではいい的ではないか!」

 絢子が慌てて淑恵を見やった。

 淑恵は考えをまとめるのに必死になっていた。

 魔王がめてきたというなら、もしかしたら阿九斗が直接来ているかもしれない。彼は頭が良さそうだったから、生徒たちを一刻も早く解放しようとしているのだろう。そうであれば、話をする余地がある。そして、ここで生徒が全員死んでしまっても、それはそれで問題が解決したということになるのかもしれない。だが、気になるのは不確定要素が確実にあることだ。それがどのように働くか判明するまでは、生徒たちがこの中で死ぬことはなるべくであればけたい。

 淑恵は考えをまとめ、努めて大きな声を出す。

「校舎の中へ! 軍勢は私がなんとかする!」

 そうさけぶと、絢子が淑恵を見てうなずいた。

「私も行こう」

 絢子は演台から飛び降り、当惑している生徒たちの列の間を抜け、校庭のはしに向かって走り始めた。

「私も!」

 淑恵もそれに続いた。そのさらに後ろから、ナイフなどのあり合わせの武器を手にした生徒たちも続く。

 ジャングルの向こうからせまってきた土煙はまるで移動する巨大なかべのようにこちらに迫ってきていた。地響きのような音も耳を覆うばかりのとどろきとなっている。

 そして、ある者は逃げまどい、ある者は淑恵に続きはじめた生徒たち総勢五百名の、その目の前で、ジャングルがぱっくりと割れた。

 ジャングルの木々をみつぶし、出現したのは巨大なサイである。体高は五メートルはあるだろう。本来、もうじゆうではないサイが、きようぼうな光をその真っ赤な目に宿し、馬にも似た速力でとつしんしてきたのである。

「ごははははは! 魔王軍が一番やり! 魔将軍ころね! 魔王の命により貴様らを皆殺しにきた!」

 サイの上に備え付けられたくらの上におう立ちしているのは、じゆつの装束をまとったれんな少女であった。彼女――もちろん、ころね――は、表情ひとつ変えずに皆殺しを叫んでいた。

 これには淑恵に続いた生徒たちも突進を止めた。

「うわ!」

「あ、ありゃあ何だ!」

「やばいぞ、こりゃあ……」

「ゲームったって、無理ゲーじゃんかよ!」

 生徒たちは悲鳴をあげた。

 淑恵も絢子もさすがに前進を止める。

「か、彼女は?」

「ころねだ。人造人間のかんいん。ここの名物生徒である紗伊阿九斗をかんしている」

 淑恵の問いに、短く絢子が答えた。

「知り合いなのか?」

「そうだ」

「それならよかった。話ができるかもしれない」

「話が通じるかな? ここでは彼女は敵側に回っているってことだろう? こういうとき、ノリノリになるのがころねだからな」

 絢子はまどいながら言った。

 そして、その通りになった。

「話し合いではない! 皆殺しと言ったのだ!」

 ころねの無感情な、それだけにきようを感じさせる声が響く。

 サイ――モンスターのベヒーモス――にまたがったころねの差しだしたつえから、緑色の光線がほとばしった。そのいちじようの光が、ばやく逃げる生徒たちの間をとおり抜ける。そして、いつしゆん後、その通過した線上に凄まじいばくはつが起こる。生徒たち数人が宙にばされた。

「ぎゃああ!」

「ひっぃいい!」

 そのうち二名が空中でちりとなって消えた。ゲームにおける死亡である。

「……まだシステム通りか」

 淑恵は胸をなで下ろした。

 そして、ころねに向かって声をあげる。

「待て! このゲームには不確定要素がまぎれ込んでいる!」

 すると、ころねは、その言葉には思ったよりも素直に応じた。ベヒーモスを淑恵たちの前に止め、二人を見下ろす。

「わかっています。ですから、生徒たちを早く現実に返そうと皆殺しをしているのです。こちらでもデータを調べさせていただきました。さきほどの演説からするに、あなたがこのゲームの制作者ですか」

「そうだ。あなたは、すると、ゲームのルールに従っていない何者かがいるのもわかっているのか」

 ややほっとする淑恵である。

「はい。しかし、人間は不便ですね。殺されれば素直に元の世界にもどれるのに、ていこうをするなんて」

「いや、普通、あれはこわがる」

 思わず絢子はつぶやく。

 と、ころねはそれを聞いてうなずいた。

「しかし怖がられているというのは都合がいいですね。逃げる者は効率よく殺せます」

 ころねは腕を組み、堂々と言い放つと、手に持った杖を振った。と、ベヒーモスが開いた道から、配下のものたち――ゴブリンやオークたち――が次々と走り出てきた。ころねが指揮するNPC軍勢一万人のうち、半数の五千である。彼らは画用紙にインクをこぼしたときのように、あっという間に校庭を端から黒く染めていく。

 彼らは残った淑恵と絢子の横を走り抜け、逃げていく生徒たちを背中からりつけていった。

「うわぁああ!」

「いやだぁああ!」

 悲鳴とともに、次々と生徒たちが塵になる。

「男は殺せ! 女はおかせ!」

 無表情、無感情にころねは叫ぶ。