「……なるほど」

「ふたつめ。この世界で死んでも、元の世界に帰るだけです。逆に言えば、死ねばもどれるということです」

「え?」

 さすがにその言葉には皆、おどろいた。

「それを信用するのは難しいな」

 皆、口々にそのようなことを言い出し、首をひねった。

 ――確かにそれは信用できないよなぁ……。ええと、どうすれば……。そうか!

「このあたりに動物は? 学院で飼育していたりするものがいれば」

 淑恵が聞くと、生徒の一人が校舎のはしを指さした。そこにとりがあったのだが、今は無くなっている。が、そのあたりににわとりがうろうろしていた。

「あれ? 小屋は無くなっているのに、鶏はいる……」

「あの鶏を見ていてください」

 淑恵は鎧に差してあったたんけんを抜くと、それを鶏に向かって投げた。するどい切っ先の短剣は、鶏の首を一発で両断する。

「なんてことを!」

 女生徒たちは悲鳴をあげて目を覆ったが、しっかりと鶏の姿を見ていた者は驚きの息をもらした。

 首を飛ばされた鶏は、その首も、二歩ほど走ったどうたいも、まるで映像が消えるかのように、かすかにぶれて消えてしまったのである。

「え?」

 驚きの声が周囲からあがる。

 淑恵は内心でほくそんだ。

 ――ふぉおお! さすがゲーム。短剣投げなんて普通は当たらないはずなのに、ばっちりだよ。いやぁ、あわててて気づかなかったけど、やっぱりゲームに入るのって思ってたよりいいかも……。いや、今は説明を続けないと。

「一方、この中で生み出された動物は……」

 淑恵は、一度は鶏の血にひたされたが、今は汚れひとつ無く輝いている短剣を拾うと、ジャングルに目を向けた。そしてそこにうろついている動物を見つける。うさぎだった。

「あの兎ですが」

 淑恵は再び短剣を構えた。

「えー? 可愛かわいい兎じゃん。つかまえればいいの?」

 兎の近くに居た女生徒が、兎に歩み寄った。

 赤い目をくりくりとさせ、耳をぴんと立てた兎は、可愛い仕草でその女生徒に歩み寄ってきた。

「危ない!」

 淑恵が短く言い放った。

「え?」

 女生徒は戸惑う。

 と、兎がんだ。

 ぴょん、などという可愛らしいものではない。明らかに女生徒の殺害を意図したのど元への一直線のちようやくだった。

 しゃああああ!

 かいな叫びごえを漏らした兎の口からは、鋭い短刀のようなきばが生えている。

「きゃああ!」

 女生徒は顔を手で覆った。だが、兎はのど元をねらっている。さればけいどうみやくいちげきで切断されてしまうだろう。

 しかし、女生徒の身体に兎が跳びかかるより一瞬早く、淑恵の短剣がその首をはね飛ばしていた。

 どさり、とふたつにぶい音がした。兎の首と胴体が別れて地面に落ちていた。その切り口から垂れた血が地面にみていく。地面に刺さっている短剣にもあぶらいていた。

「消えない……?」

 女生徒がつぶやく。

「これは首り殺人兎。これでゲームということがわかっていただけたと思います。そして、ここでの死がどういう意味があるかということも。この死体もしばらくしたら消えますが、取り込まれた生き物よりはずっと長く死体が残ります」

 淑恵の説明に、絢子が口をはさんだ。

「しかし、戻るためには死んで見せろと言うのも問題があると思うが……。うそであるとまでは言わないが、うまくいかないこともあるだろうし、もちろん精神的なていこうもある。もう少しましな方法はないのですか?」

 その答えを淑恵が少し考えている間に、髪の長い美人が口を開いた。

「確か、仮想異空間では、そこでの予定をかんすいすることもだつしゆつの条件だったような」

 不二子である。先程も鋭いことを言っていた、と淑恵は感心した。

「そうですね。ゲームを終えることも脱出の条件になるでしょう。では、まずは簡単にゲームのルールを説明します。ここでは、皆さんの性格に応じて配役が決められます。ここで戦い、勝利すると、経験値が溜まり、レベルがあがります。そして、ここが仮想異空間の有効活用実験たるゆえんなのですが、ここで身に付いたせんとうや魔術のスキルは、現実に戻っても身に付いたままだということです。脳が行動パターンを覚えますので。自転車に乗れるようになったら二度と忘れないようなものです」

 淑恵のその説明に、察しの良い生徒たちは喜びの声をあげはじめた。

「そいつはいい。一週間、ここであの兎みたいのをたおし続ければ、現実には中々練習場も確保できない戦闘用魔術も習得できるってことか」

 ――これならゲームを楽しんでもらえそうだ。

 淑恵は喜び、うなずく。

「それでは、現実世界でネットを見るようにマナスクリーンを展開してみてください」

 淑恵がそう指示した。

 皆、生徒手帳からマナスクリーンを展開する。と、そこには各自のパラメーターと、ゲーム内で使用するコマンドが記されていた。

「そこにパラメーターと、ルールに関係するコマンドが表示されます。へんこうがあるかも知れませんので、行動するときは注意を。個人でNPCの軍勢を指揮できるのがこのゲームのとくちようです。これもレベルが上がると増えますので、役立ててください」

 淑恵が言うと、不二子が疑問を口にした。

「それでゲームのクリア条件は何ですの?」

「このゲームでは、クリア条件は魔王を倒すことです」

 淑恵がそう口にしたしゆんかん、周囲のふんが変わった。

「魔王を?」

「倒す?」

 生徒たちがざわつく。

「そういえば、紗伊阿九斗がいない」

けーなと、ころねもいない」

 生徒たちが周囲を見回しながら声をあげる。

 ――妙な反応があるけど、彼は魔王だからきらわれていたの……かな?

 性格に応じてゲーム世界での配役は決まっている。ということは、こちらの魔王は阿九斗ということになるだろう。

 淑恵は妙な方向に話が流れていくのを感じるが、周囲の雰囲気はさらに危険な方向へと向かっていく。

「いいね! ここを抜け出すためには、おうを倒せばいいってことか! ごろのうっぷんが晴らせるぞ! もちろん、魔王を倒すと経験値がばっちり手に入るんだよな?」

「しかも、死ぬことにリスクはなし、か。あえて死ぬことはないが」

 その認識が生徒たちの間に広まり、ざわめきが喜びのかんせいに変わりはじめる。

 ――あれあれ? 妙なことになったぞ……。ええと、どうしよう……。なんとかこの場をまとめないと……。

 淑恵は慌てる。気がかりな2Vの存在もある。彼が不確定要素となって、何が起こるかはわからない。

 ――それでも最終手段としては、この鎧があるけど……。リセットスイッチとしての役にしか立たないだろうなぁ。なんとか生徒たちをまとめて、全員を生きたまま元の世界に帰さなくちゃ……。

 淑恵は着ている鎧に手をわせた。これが仮想異空間せいぎよ装置の今の外見だった。


     ○


「どうやら、人間の意志で世界が変化する要素があるようです」

 ころねがマナスクリーンをながめながら言った。

「前もそうだったね。本の内容をある程度は僕らで変化させることができた」

 阿九斗はうなずいた。

「このゲーム世界で適した配役があたえられ、それを完遂することで外に出られる。それも前と同じですね」

 ころねはマナスクリーンを展開することを早めに思いついていたので、そこのマニュアルに目を通すことで、淑恵が説明したようなことは、ほぼあくしていた。

「適した配役ねぇ……」

 阿九斗はぼやいた。

 今、阿九斗、ころね、そして、けーなが居るのは、どことも知れぬきよだいな城の大広間である。中はうすぐらく、中央後方にあるごうしやな金の玉座と、そこからびる赤じゆうたんばかりがやたらと目立っている。

 そして、そこにこしける阿九斗はつめのついたてつこうやら、とげのついたかたてやらのそうしよく過多な格好である。つまりは、絵にいたようなラスボスのスタイルだ。

「あーちゃん、格好かつこいいねぇ」

 はしゃいでいるのはけーなである。けーなはローブ姿で、どうやら神官といったぜいである。

「おひめさまが良かったのにな。でも、とらわれのお姫様だと、助けに来るあーちゃんが魔王じゃ変だもんね。これは仕方ないかなぁ」

 けーなはマナスクリーンを展開し、自分のパラメーターを表示させた。


クラス:神官

レベル:10

HP:20

筋力:6

りよく:18

兵力:10000


「兵力?」

「このゲームは、自分の指揮する軍隊を持てるゲームだったでしょ?」

 けーなは指を鳴らした。すると、広間に鎧の上に白いマントを羽織った神官兵たちが並んでひかえる。

「なるほど、戦争ごっこか」

 阿九斗はなつとくしてうなずいた。そして、同時にいやな想像もしてしまう。

「つまり、みんな、僕を倒しに来るわけね」

「そうでしょうね。ところで、つうはレベル1からスタートでしょう? 我々は敵方として初期からゆうぐうされているのでは?」

「そういえばそうなのかな」

 ころねの言葉に、阿九斗は自分のマナスクリーンを開いてみる。


クラス:魔王

レベル:99

HP:9999

筋力:25

魔力:25

兵力:200000


「全部最高値だね」

「人間の限界筋力と魔力は18に設定されているそうです」

 けーなところねが阿九斗のパラメーターをのぞき込んで言った。

 阿九斗としても複雑な気持ちである。

「これだけ強いと、みんないっぺんにかかってくるんだろうな。でも、なおに倒されれば、簡単にゲームが終わるんだよね? それでいいんじゃないかな」

「えー? だよ、もっとゲームっぽく楽しまないと」

 けーなは文句を言うが、阿九斗にとっては聞く義理はない。

「駄目だよ、一週間過ぎたら、みんな危ないことになるかもしれないんだから。出来る限り早く負けるほうがいい。なんなら、この場で自殺しても……」

「ちょっと待ってください」

 ころねが阿九斗を制した。しんけんな声だった。いや、いつも真剣と言えば真剣な声なのだが、今の声にはせつぱく感がある。

「どうしたのさ?」

「内側から調べられるはんで出来る限りのデータを参照したのですが、少し、危険な要素があるようです」

「危険な?」

「はい。どうやらみっつの要素がこの世界にえいきようを与えています。それらが干渉して、プログラム以外の結果が出ることが予想されます」

「みっつの要素?」

「ひとつは、曽我けーな。つまりあなたです」

 ころねはけーなを指さした。けーなはきょとんとしている。

「あたし?」

「どうやら、仮想異空間への干渉は、あなたのマナの固有しんどうによって可能になっています。おそらく、あなたは意志ひとつでルールを改変できる立場にいる」

「ルール改変? そんなことしないよ。だって、このゲーム、あたしが知ってるゲームだもん」

 けーなは笑いながら言う。が、阿九斗はころねの言葉に納得した。

「そうか、本に入ったのも、けーなの力がきっかけだった。今回、すんなりと世界に入れたのも、けーなが最初から知っているルールが元になっているからなのか」

「おそらくは」

「とはいえ、それなら安全じゃないか。けーながちょっとゲームを楽しんだら、やっぱりここを出てしまえばいい」

「いいえ。ふたつ目の要素。これは仮想異空間制御装置そのものがこの世界に持ち込まれていることです」

「普通、そういうものは外に置いておくんじゃあ……」

「はい。何らかの手違いがあったのでしょう。これでは制御装置そのものに制御装置が干渉できることになります。場合によっては、何も制御できないという取り返しのつかない事態になるでしょう」

「それも深刻だけど……まだあるのかい?」

 阿九斗は息をのんだ。どうやら、気楽なゲーム体感というわけにはいかないらしい。

「みっつ目。仮想異空間内に、ルールに従わない存在がいます」

「え? あるわけないだろう。だって、ルールに従って仮想異空間を発生させたんじゃないのかい?」

「原因はわかりません。しかし、データをすべてぶんせきした結果、従っていない者がいます」

「わかった。それがいるとしよう。どんな不都合があるんだい?」

「細かい不都合は予測不可能です。ただ、一番大きな不都合は、ルールに従わない存在によって、危害を加えられた者は、ゲームとしてでなく、本当にダメージを受けてしまうであろうことです」

「それは……危ないね」

 阿九斗は言われていることの深刻さに気づいた。

 どこかにひそむルール無視の者が、もしも生徒や自分をおそい殺した場合、それが元の世界へのかんでなく、本当の死を意味するかもしれないのだ。

「そのルール無視の存在は……どこにいるんだい?」

「わかりません。捕捉は不可能でしょう。そもそも悪意を持っているかどうかもわかりません。している事故は起こらない可能性も高いです。ですが、万が一、悪意を持っていた場合、生徒たちはゲームと信じながら殺されてしまうことになります」

「わかった。どちらにせよ、お楽しみの時間はないな。やっぱり、すぐにこの世界を出ることを検討しないと」

 阿九斗は玉座からこしを浮かせようとした。が、ころねがそれを制する。

「ですから、駄目なのです。ゲームのルールでは魔王は自殺しない。つまり、あなたが消えても、プログラムが作り出した存在、いわゆるNPCが魔王になるでしょう。あなたは良くても、ほかの生徒には危険が残ったままです」

「ああ、そうか」

「ですから、いずれにせよ、早めのゲームのクリアが一番安全でしょう」

「じゃあ、ぼくに出来ることはほとんどないじゃないか。あまり抵抗せずに殺されることくらいか」

「いいえ、もっと簡単な方法が」

「簡単な方法? そんなものあるわけない」

 阿九斗は首を横にった。が、ころねは真顔で阿九斗に告げる。

みなごろしです」

「は?」

「皆殺しによる完全勝利。魔王側から軍勢を率いてしゆつげきしゆうげきしてくるぼうけんしやたちを全員殺してゲームオーバーを狙うのです」

「ちょ、ちょっとそれは……」

 阿九斗もさすがにしりみする。

「何をおそれているのです。時間が経過すればするほど不確定要素が増えます。それに相手のレベルも上がります。すみやかな死を与えることこそが全員の安全につながるのです」

 ころねはたんたんと言った。

 確かに正論だった。どこにも論理にすきはないように思える。

「でも……」

「デモもストもありません。まだ未熟なうちに冒険者をるのです。血の雨をらせましょう。いや、らえて一しよに集め、めにするのも効率が良いでしょう。とにかく効率よく殺すことだけが重要です。それが最終解決です」

 ころねは、ぐい、と阿九斗に向かって顔を突き出した。そのは真剣だった。もっとも、いつも真剣にはちがいないのだが、今回はさらに本気度が増している。

「……ひょっとして、殺したがってない? ゲームだと思って」

「まさかそんなことはありません。あ、全員をがけに追い込んでから牛の群れをけしかけ、牛の暴走とともに下に突きとすのも効率がよい上にそうかんだと思います」

 そう言ってから、ころねは阿九斗の前にひざまずいた。

「ご命令をいただければ、このしようぐんころね、反逆者どもを血祭りにあげて差し上げます」

「……いや、君、意外と楽しんでるだろ」

 阿九斗は迷ったが、悪ふざけの部分を別にすれば、確かにころねの言う通りにするのが安全そうだった。

「わかった。任せるよ」

「ありがたき幸せ。必ずや魔王に勝利をお届けいたします。らしきかな魔王! 悪に栄光を!」

 ころねが手を突き上げると、けーなも喜んでそれに呼応した。

「悪に栄光を!」

「悪に栄光を!」

 と、さらにそれにこたえる声があった。いつのまにか、黒い鎧の軍勢と、しゆうあくじゆうたちが広間をおおくしていた。かれらがあらしのようなうなり声を張り上げ、ひびきを立てんばかりに足を踏みならし、うでを振り上げていたのだ。

「悪に栄光を! 悪に栄光を! 悪に栄光を! 悪に栄光を!」

 ――これはまた……ゲームとはいえ、えらいことになったなぁ……。

 阿九斗は内心でぼやいた。