2 ゲームの世界に行こう
「あーちゃん。ファンタジーっていいよねぇ」
いきなりそう言ったのは、けーなである。
何の
「何を言っているのかよくわからないんだけど」
ベッドに半身を起こした阿九斗は、勝手に人の部屋に入り込んでごはんを食べている赤毛の少女という異常事態には
「ファンタジーだよ。あーちゃん。
もっしゃもっしゃと米を食べながら断言するけーなである。
「
阿九斗は首をひねった。
しかし、けーなはしゃもじを立てて左右に
「ちちち。そうじゃないのですよ、あーちゃん。ファンタジーは異世界からやってきた勇者と、
「まぁ、それは現実にはいないか」
阿九斗はどこか
「自分たちの
よいしょ、と高い位置にある
「それはそうなんだけどね。大方、また昔の本でも読んだんだろう」
阿九斗が言うと、けーなは首を横に振った。
「違うのですよ。
最近はよくゲームの話を聞く、と阿九斗は思う。
――そういえば、あの子の連絡先は聞いていなかったな。ゲームでもやってみれば見つかるかもしれない。
「どんなゲームがあるんだい? 興味はあるんだけど、僕はまだやったことがなくて」
「やってみたのはこれだよ」
けーなはマナスクリーンにゲームを表示した。制作者は
「ほら、これ、お米みたいに面白いんだよ」
けーなは言って、少し操作してみせた。この時代のゲームは、映像は立体だが、ストーリーや内容自体は大昔から進化していない。人間が楽しいと思う要素がそうそう変化するわけではないというわけだった。
「お米みたいに面白いってのがなんだかわからないんだけど……。
「やだなぁ。お米は面白いよ?」
「……い、いや、ともかく、どんなゲーム?」
阿九斗がマナスクリーンを
「戦争物っぽいけど?」
「うん。だけど、別に指揮官になる必要とかないの。さらわれたお姫様になって、さらわれているだけで、軍隊が助けにきてくれるから」
「さらわれているだけで、って表現がすごいけど、まぁゲームだからか……。ん? それって、自分がさらわれたせいで勝手に戦争が起こるってこと?」
「そうだよ」
「そういうのが面白さなのか」
なんとなく
「朝からゲームの話をしにくるというのもすごいですね」
ころねが言うと、思い出したようにけーなが手を
「そうだ! 実は、生徒会長さんが、今日は朝早くからいないんだって。だから、あーちゃんが仕事するようにって言いに来たんだよ」
「三役の人たちがいるんじゃない?」
「それが、三役さんたちも、全員。それどころか、ヒロシくんまでかりだされているんだよ。なんか昨日の夜のうちに呼び出されてた」
「そういうことならしょうがないな。何があったのか知らないけど」
阿九斗は立ち上がり、
「でも、なんで君がそれを伝えに来たの?」
「ゲームで
「……そう。寝なくて
「うん。ご飯食べたら少しくらい寝なくても大丈夫なんだよ。それに、
「相変わらずずいぶん自由だね……」
それからけーなを外に出し、阿九斗は
と、いきなり背後から声をかけられた。
「こんな風に性的に
「うわ!」
振り
「そ、そういえば君に出て行ってもらうのを忘れていた」
「もはや
「なにを下らないことを……。それにいつも着替えの時は自分から出ていってくれてるじゃないか」
「それがですね、先程の話で気になることが」
普段ならからかう以外の
「気になること?」
「はい。職務上、
「そりゃあ……
阿九斗は事態の深刻さを
「はい。ですから、気をつけてください。こちらでも、出来る限りのことはしますので」
「ありがとう。なるほど、それが会長が動き出した理由ってわけか」
阿九斗はそう言って寝間着の下を脱ごうとし、ころねがじっと見ていることに気づいた。
「……つい脱ごうとしてしまったよ。少しの間、出ていてくれないか?」
「いえ、あなたのそばをひとときも
ころねは真顔で言った。
しかし、阿九斗もさすがに長い付き合いなので、これが
「だから、やめようよそういう冗談は……」
○
一方、早朝から行動を開始していたリリィは、帝都大学の科学研究棟近くの路上であんパンと牛乳を手に、
今、その部屋には明かりが
「人のいない今のうちに
リリィはつぶやいた。
「え? 事前に許可とってるんすよね? 今、殴り込みって……」
疑問を
「許可を取っていたら隠れて見張りなどするか。最初から殴り込むつもりだ。三役が周辺の調査をしている。周囲の
「い、行くって……?」
「もちろん、強引に中に入って、中に居る奴をぶん殴ってから話を聞く。そういうことだ」
リリィの言葉に、さすがにヒロシも
「ちょ、じゃあ、なんであっしを連れてきたんすか!」
「そうか。それを話していなかったな」
今気づいた、という顔でリリィはうなずいた。
「実は、あの
「え、あの大和望一郎の……」
ヒロシは言葉に
以前、ヒロシが使っていた対
「だから、キミを呼んだ。戦力と言うよりは、キミが何か知っている、あるいは向こうがキミに何か
「え? あっしは何も知らないっすよ?」
「それも知っている。何かのきっかけで思い出すことがあるかもしれない、程度の意味だよ。そして、キミが期せずして彼らにとって重要な存在であった場合、
リリィの声に冗談めかしたところが
「ちょ、ちょっと、それ、冗談っすよね?」
「まさか。
完全に目が
「い、いや、それってただの
「私怨で何が悪い。計画阻止など考えてもいないぞ」
「え……?」
「計画というのは、仮想異空間に
「そ、それを阻止しないんですか?」
「知ったことか。彼の個人的な問題だ。多数の生徒が安全ならボクにとっては何も問題はないんだよ」
リリィがそう言い切ったとき、念話が入った。
《会長、後ろは
「よし。ボクが
リリィはそう答えてから、あんパンと牛乳のパックを投げ捨てた。そして、ヒロシの手を引き、歩きはじめる。
「ちょ、ちょっと、会長、心の準備が……」
「待っていられるか。とっとと行かないと人が集まってきてえらいことになる」
リリィはヒロシの手を引きずり、
帝都大学は
ヒロシとしては、何か反応を期待されているのかと思ったが、その返答を待たずにリリィが
「な、なんすか会長!」
しかし、その言葉にはリリィは答えなかった。蹴り破るや、すぐに室内に突入していたからである。それはとても大学の研究室に入るときの動きではなかった。テロリストの隠れ
リリィは室内に姿勢を低くして転がり込むと、
「なんだと……!」
リリィは予想外のことに顔を
室内は、明かりが点いているにもかかわらず、誰もいなかった。
隠れる場所があるわけではない。
「
リリィは念話で三役に確認を入れる。と、三役からのきょとんとした声が返ってくる。
《は? 何も起きていないでありんすよ?》
《うが》
《
「よく調べろ!
リリィが
身構えるリリィだが、それはマナスクリーンの光だった。どうということはない顔立ちの男――つまり2V――の顔が映し
「貴様!」
リリィは
《いや、ご苦労、ご苦労、おちびちゃん。残念だが、いろいろこちらにはわかっていたんで、先手を打たせてもらったってわけ。こちらはもう動いているよ。一歩
2Vの言葉が終わらぬ前に、リリィは後方に向かって
《すると面白いと思ったんだけど、
からかうような2Vの声が
「こ、こんド
リリィは
「ひぃいい! やめて! 会長! 落ち着いてくださいっす!」
○
「こんなやり方で大丈夫なの? なんかおかしくない?」
淑恵は聞いた。
「いや。まぁ、うまく行っているよ」
2Vは答えた。
淑恵も2Vも、準備が終わり
リリィの予想以上の速度でプログラミングを
「向こうがこちらの本気度を見誤ったってことさ。こっそり動いていても政府プロジェクトには違いないってことさね」
「そういうバックアップがあって好きな研究ができるというのはありがたく思うべきなんだろうけどねぇ。でも、どうしてわざわざ学校まで来なくちゃいけなかったわけ? 仮想異空間の制御実験なんでしょ?」
「はは。そういえば、説明していなかったね」
2Vは笑い声をあげる。そして、『コンスタン魔術学院』の校庭を指さす。今、校庭では朝礼が行われている。淑恵と2Vがいるのは、以前、ここで大規模な
「彼を
2Vが指さしたのは、校庭全体でなく、演台の上に立っているただ一人の少年の姿であった。それを改めて確認した淑恵が驚きに目を見開く。
「彼を? 彼とはこの間、会話をしたばっかりだよ?」
「会話をした? 知らないのかい? 彼が
こともなげに2Vは言う。
「ふぉおお! 驚いた。そうなんだ。ん? 彼を封じ込める?」
ぴくり、と淑恵が
「そうさ。仮想異空間に封じれば、彼も
2Vはにやりとした。
「こ、殺す?」
「そういうことさ。政府プロジェクトなのはそういうわけでね。騙したみたいになって申し訳ないが、君も犯罪者になったりはしないから、安心して続けておくれよ。一度くらいは殺人の片棒を
淑恵はショックに顔を手で
「そ……そういう考え、納得できないなぁ。ねぇ、考え直すってわけには……」
「そうもいかない。
淑恵は
――どうしよう……。いや、まだ方法はあるかも……。これなら、一発逆転できるかもしんない。冷静になろう、冷静に……。
「わ、わかったよ。
「そういうことだ。まぁ、ご協力ありがたいことさね」
2Vは
「
「その通り。下手なことはしないことだ」
「そりゃ、
淑恵は持ち込まれた仮想異空間制御装置にかがみ込んだ。
装置は五十センチ四方ほどの立方体で、キーボードとモニターのついた制御装置が側面に
「一度でも会話した相手を殺すのの片棒を担ぐってのはどんな気持ちだい?」
2Vは意地悪く聞く。
さすがに淑恵は
「彼には共感するところがあったからつらいよ。でも、彼もある程度はわかってくれると信じるなぁ」
「ふぅん。なるほど。何をわかってくれるかはさっぱりだが。そうとでも思わないとやってらんないってことか。まぁいいさ。気持ちを
「それは同感だねぇ。でも、結局の所、人はしたいことしかできないようになっているんじゃないかな。ちょっとしか話していないけど、彼とはわかりあってるんじゃないかって気がする。だから、彼のしたいこともなんとなくわかるんだ。つまりさぁ、彼なら何とか乗り切っちゃいそうな気がするんだよ。チャンスさえあれば」
「チャンス? 何を言っている?」
「ふふん。こういうことなのだよ」
淑恵は
「な、何を!」
2Vが珍しく狼狽した。淑恵が何を考えているのか、この策略に
「何をって? 装置を起動したんだよ。これから周囲の人々と物品を仮想異空間へ転送しちゃうんだ。言っておくけど、あんたの言った指示そのものは守ったよ」
淑恵は言った。仮想異空間制御装置は作動しており、低いうなりをあげている。
「周囲の人々と物品だと!」
2Vはその異常な言葉に驚き、淑恵を
「もう遅い」
淑恵はつぶやいた。
2Vの伸ばした手は淑恵を捕らえることはできなかった。すでに2Vの視界も
「学院全体と、私、そしてこの制御装置そのものをメギス神の展開した仮想異空間に転送する」
「装置そのものを……!
「確かに、装置は外部に置かれてこそ装置。だけど、内部に持ち込まなければ、あなたに操作されてしまうでしょ? それにあなたの考えていない要素も盛り込んでおいたからね。あっちでは私が有利になるように、私のゲームプログラムを世界制御のプログラムとしたから。そうすれば彼がなんとかしてくれる。そう信じてるよ」
淑恵は冷静だった。装置を抱きかかえた彼女の姿も〝下〟へと沈んでいく。
「ちぃ! この
2Vは伸ばした右手の
そして、2Vは右手を装置に向かって投げた。淑恵はそれに気づき、装置を手で覆い
「手だけはそちらへ行くぞ!」
2Vは
そして、周囲の世界は、ものの見事に〝あちらへと沈んだ〟。
○
装置が起動する少し前のことになる。
阿九斗は演台に立ち、どう言ったものか
今日は全校生徒を前にしての朝礼である。そして、生徒会長も三役もいないため、代役を
この『コンスタン
「今週の標語は、校内の美化につとめよう、ですが、これを単純に
阿九斗は代役を務めることを宣言した後、そう切り出したのだったが、思えばこれがまずかった。ただ方針を伝えるより、その背景にある思想についての自らの
「……
阿九斗は自分の話していることであるのに、
「常識を疑えってことか?」
「いや、固定化した精神システムと言っているのだから、これは一度、
「……なるほど。さすがに魔王と言われるものの演説は違うな」
――いや、そうではなく……。
阿九斗は
「精神のシステムとは何か? これは人間の認識についてのことを言っています。精神的な負担を軽減するため、人は物事を単純に認識するようにできている。
生徒たちはさらにざわつく。
「狂気ではなく、積極的に社会システムを
「アナーキズム! それを朝礼で!」
「しかも代役だというのに!」
――あっれー?
阿九斗はさらに言葉を
「……いや、
「すげぇ、朝礼を総決起集会にするつもりだ!」
「新しい時代のための闘い……
「代役だから
生徒たちの
――まいったな。なんとか
「静かに! 騒ごうともこれは正論! すなわち、天の道に
それが
「な……!」
「きゃああ! 何これ!」
「魔王の力か!」
「ひ、ひぃい!
悲鳴が校庭に満ちる。だが、その悲鳴まで飲み込んで学院は空間そのものの中へと沈み続けた。
――この感覚は……!
阿九斗には覚えがあった。これは、あの時、本の中に入ったのと同じ感覚だった。
――ということは?
――な、なんなんだ、じゃあ、これは……!
○
「これは、仮想異空間の内部ですね」
「違いありませんわ。わたくしは入ったわけではありませんけれども」
不二子は寄ってきた女生徒たちをなだめていた。阿九斗よりもよほど
その言葉に、泣いていた女生徒たちは、顔をあげて不二子を見た。
「お姉様、ご存じですの?」
「ええ。これは、おそらく、転送などに使われる仮想異空間。以前、そのような現象に直面したことがありますわ」
不二子は周囲を見回した。
『コンスタン魔術学院』は、森の中にあった。それまでも自然の広大な
「どうやら、この学院ごと転送されたらしいですわね」
不二子は絢子に目配せした。絢子もうなずく。
「しかし、
絢子は校舎を指さした。
それは確かに校舎だった。だが、その
「
校舎に窓はほとんどなく、開いている窓も上部のいくつかだ。それも
「かつて……つまり第一次魔王戦争のときの
絢子が言うと、周囲の生徒が騒ぐ。
「それじゃあ、時間を
と、それを不二子が否定した。
「いいえ。それならば、城塞の中には人がいなくてはならないはず。時代を越えたわけでなく、何らかのルールの下、改変された世界にいると考えるべきですわ。それが仮想異空間というもののはず」
「ルールの下に改変された世界?」
女生徒の疑問に、不二子はうなずいた。
「ええ。つまり、ここは、お話の中の世界とか、ゲームの中の世界と考えるのがよいと思われますわ!」
不二子が以前の経験を
と、不意にそれに答える声があった。
「その通り。そこから先は私が説明します。そして、お
不二子たちは
ジャングルを抜けてきたとおぼしきその少年は、
長い
「私は淑彦。話を聞いてください」
○
淑恵は、自らの身体の変質に
仮想異空間ではそう変化するように調整しておいたからである。
――まさかのために、ゲームデータをロードしておいて助かった……。
2Vの手から
――さて、ゲームのルールはおいおい思い出していくとして、私がどうすべきなのかを整理しないといけないねぇ。
淑恵は、2Vの計画にどう
阿九斗を守るべく仮想異空間に逃れた。そして、その制御装置もこの手の中にある。外からは
――でも、向こうでゲームのプログラムを改編されたら、まずいことになるかもなぁ。でも、根本的な改変は、学院の生徒が結果的に人質になるから不可能なはず。
さすがの2Vも、無差別
――となると、目的は魔王との
考えをまとめてから、淑恵は生徒たちの前に出ることを決意した。後のことを考えれば、計画そのものの真実は教えられないが、巻き込んだ責任はとらなくてはいけないだろう。
――でも、基本的には安全なはずだよね。なにしろ、ゲームの設定が世界を支えているんだし。そして、デザインしたのは私だから、誰より世界のことをわかっているし……。
「ええ。つまり、ここは、お話の中の世界とか、ゲームの中の世界と考えるのがよいと思われますわ!」
ジャングルを抜け、校庭に出たとたん、
――ふぉおお! もう
淑恵は感心し、前に一歩踏み出した。
そして、男としてどうやってしゃべるべきか考えていなかったことに気づいた。
――あ、しまった。音声ではチャットしてなかったしなぁ。どうしゃべるのが男っぽいんだろう? ええと、あれだ。
乙女ゲー、というのは、女の子が美男子との
「その通り。そこから先は私が説明します。そして、お詫びしなくてはならないこともあるのです」
自分の声が完全に男のそれになっていたことには戸惑ったが、いかにも乙女ゲーの登場人物のように声が響いたことに淑恵は満足する。
「私は淑彦。話を聞いてください」
淑恵は言った。
「説明? お詫び?」
一斉に生徒たちの質問が飛んできた。いくつもの視線が淑恵に注がれる。直に話すことはそれほど得意ではないが、違う顔を使っている今ならばなんとかなるはずだ、と淑恵は胸を張った。
「これは、仮想異空間の制御実験です。本来、もっと小規模で実験をするつもりだったのですが、
そう言うと、あちこちから
淑恵は恐怖に顔を
「待て。落ち着いて話を聞くべきだ」
そこに生徒たちを制する声が割り込んできた。言ったのは、ショートカットの
「
絢子と名乗った少女は、淑恵にうなずいた。淑恵は絢子に
「ありがとう」
が、絢子は顔を
「……それがお詫びしなければならないことです。しかし、安心してください。これは体感ゲームの制御実験です。これから話す諸注意さえ守って頂ければ、危険はありません」
「諸注意?」
「つまり、ゲームのルールです。まずひとつめ。ゲーム内時間で一週間以内に元の世界に帰らないと、あなたは本当に死んでしまうかもしれません」
「ええ? それじゃあ、危険はないなんて言えないじゃないか!」
「し、失礼。これは安全のために言っているだけです。これまでも人間が仮想異空間内部にとどまっていられるのは一週間が限界だったはず。今回の場合は制御できているから、おそらくそれ以上とどまっても安全ですが、外から食料を持ってきているわけではありません。ゲーム内での一週間は、現実では十数時間に相当するはず。皆さんの肉体は、その程度しか