「な、何を……」
阿九斗は顔を赤くして声を上げたとき、淑恵は「ふぉおお!」と声をあげた。
「おおお、傷が治っていくよ!」
淑恵が阿九斗の頬に指を
「すごいねぇ、リジェネ標準装備ってやつ? それにしてもすごいなぁ。ねぇ、これって生まれつきのものなの?」
「どうやら生まれつきのようだよ。僕は人より頑丈にできているらしい」
「すごいなぁ、興味深いなぁ」
淑恵は目を
「照れるよ。
「おおお、失礼。いやぁ、興奮しちゃって。お
淑恵は顔を
「したことないなぁ。いろいろ
阿九斗は聞いた。と、淑恵は大きくうなずいた。
「そりゃあもう! 最近
「それって、どういう意味?」
「どう
「そうなんだ。それは一度やってみるべきなのかな」
「そうだよ。絶対そう」
淑恵は強く断言した。
「それはいいことを聞いたな」
阿九斗はうなずく。それを見た淑恵は、
「いいねぇ、感心してくれた人は君がはじめてだよ。
「引く?」
「いやね、男の子から声をかけられるでしょ? お話しようっていうから、ゲームの話するでしょ? そうしたら、段々遠ざかっていくわけよ。ほんとに段々と
妙に熱意のこもった口調で自分の
しかし、阿九斗は力強くうなずいた。
「わかるよ。僕も昔、バイト先や中学でそうだった。女の子から話しかけられて、しばらく話していると〝こんな人だとは思わなかった〟って言われるんだよ」
「ふぉおお! いいね、わかってくれる人ははじめてだよ! ねぇねぇ、君、名前なんて言うの?」
淑恵は身を乗り出す。
「紗伊阿九斗」
阿九斗が言うと、その手を勝手に淑恵は握った。
「
「いいけど、いつ
「明日から一週間くらいぶっ通しはどうかな? 仕事をやりながらでもできるから大丈夫大丈夫」
淑恵は
しかし、この点においてのみは、阿九斗も常識人であった。
「いや、それは僕には難しいかな。授業とか、生活が
そう聞かれて、淑恵は、ここに来た目的を思い出していた。曽我けーなの血が、仮想異空間の変異に必要だから採取に来たと言うわけにはいかない。それ自体、
「一時的に看護師の手伝いをしている、というところかな。
阿九斗は感心した様子で淑恵の顔を見返した。
「失礼、同じくらいの
「海外で大学を出たんだよ。そのため司祭として働く資格はないんだけどね。再入学も
「
阿九斗は感心したように目を見開いた。
淑恵は照れ笑いをする。
「よしてよ。学校を面倒だと感じる者はこの国では優秀じゃないことになっているでしょ。いや、海外でも優秀ではないかなぁ。結局、自分の好きなことしかしたくないというのは、どこであっても
「好きなことって、ゲーム?」
「それもあるけど、面倒なことが
淑恵がそう言いながら頭をかく。
「そういう感じは少しわかるな。あれだよね? 本来、意味がないようなことに
阿九斗が言うと、ますます淑恵は目を輝かせた。
「君、ますます〝これだ!〟って感じがする人だよ! そうなんだよね、そういう理由のない親密さが嫌いなんだよ。理由があるならいいんだけどさ。犯罪とか
「そういえば、他人を傷つけようっていうのは、今みたいに物が足りないわけじゃない世界では、要するに他人の反応を見たいっていう親密さだね。わかるよ」
阿九斗が納得してうなずく。
ますます淑恵の言葉は
「わかってるねぇ! だから好奇心は強くても、世間話ができなくってさ。
「それもわかるな。つまり、それって……」
それから淑恵と阿九斗は熱心に話し合った。淑恵にとってそれははじめての経験だったし、阿九斗にとってもそうだった。
二人は時間を忘れていたらしい。やがてチャイムが鳴ったとき、はっとして周囲を見回し、顔を見合わせて笑い合った。
「いやぁ、君、良かったよ。社交辞令じゃなく、今度また
「ありがとう。僕も楽しかった。それじゃあ、急がないと」
淑恵と阿九斗は
二人はそれぞれ別の方向に歩きはじめ、それからしばらくしてお
――いや、問題ないか。すぐ会えるような気がするし。なにしろ、こんなに気になる人ははじめてだしねぇ。何かあるよ、これは。
淑恵はそう考え、ひとり満足げにうなずいた。
○
《会長、
妙ななまりのある口調での念話が届いた。
ここは『コンスタン魔術学院』の生徒会長室である。当然ながら念話を受け取ったのも生徒会長だ。
「油断するな。相手は人形だからな。どこでどう逃げられるかわからん」
《こちらも目として
「見失ったら殺す」
簡潔に、しかし本気度だけは高くリリィは言った。
《勘弁して
美智恵は会長に命じられて2Vの追跡をしているのである。日暮れの街に飛んでいてもそれほど気にならない蝙蝠は、
「2Vの
リリィはそう意気込んでいた。
計画を知ったのは最近である。リリィの父はメギス神の司祭であり、2Vが淑恵に働きかけた『計画』の情報を手に入れることのできる立場にあった。2Vはメギス神殿に展開する仮想異空間を使用するつもりであったから、どうしてもメギス神殿の協力を必要としていたのだ。それに、そもそもが
そして、その計画の内容――けーなの
今のところは2Vは見事に罠にかかってくれている。
《会長、建物に入りましたえ》
美智恵がそう報告した。
「中まで追いかけられるか?」
《努力はしますえ。えー、建物は
「意地で研究室まで割り出せ!」
《意地で……。まぁ、がんばるでありんすよ……》
美智恵はしばらく頑張ると言い残して念話を切った。
「さて……。もう一方の女の方はどうなったかな」
リリィはつぶやき、念話を再度接続した。マナスクリーンに、今度は野性的な顔立ちの少女の姿が映る。
《あ、会長。紗伊阿九斗と話し込んでいた女ですが、さして苦労もなく自宅がわかりましたぎゃ》
そう言ったのは、
「ありがたい。だが、そちらは裏の職業に従事しているというわけではなかったからな。正体さえ割れれば住所は特定できる。問題は怪しい行動がなかったかどうかだ。紗伊阿九斗とは何を話していたんだ?
《そんなことはないようだったぎゃ。どうも本当に初対面だったみたいだぎゃ》
「じゃあ、
《そうだと思うぎゃ》
「……あいつは目立つしな。そもそもターゲットに事前に
リリィはつぶやき、目つきを厳しくした。
○
《データさえあれば十分かい?》
2Vが聞いた。
「できそうだよ。人体の固有波動というものは、
淑恵は言った。2Vがけーなの血液を運び込んだ研究室へ、自宅から通信を行っている。仮想異空間へ転送する装置は研究室に置かれているのだが、その調整は淑恵が行っているというわけだ。
「けーなを
淑恵の声からは、喜びのようなものが感じられた。それに気づいた2Vが聞く。
《それにしても、君がどうして仮想異空間を変質させることにこだわっているのか聞いてもいいかい》
「思う通りに世界を変えられるなら、人はそこでだけ暮らしても良いんじゃないかと思って。楽に暮らせるよ。栄養補給というかエネルギー供給については研究しないとだけど、そこは自動化できる公算が大きいしねぇ」
淑恵は自室の机にいくつも展開したマナスクリーンに忙しく指を這わせながら、答えた。
プログラムを
「つまり、人間が脳内をさらけだして生きていける空間があれば、逆に親密さのない生き方も可能になるよね。それこそが人間らしい生き方と言えるのかもしれないんじゃないかって。そゆこと」
淑恵の言葉は、2Vに向けられたもののはずだったが、やがてそれは独り語りに似た何かへと変化していく。
「いやぁ、ホント、私はこの実験をありがたく思っているよ。これまでみんな私の研究には注目しても、ほとんど誰も私の主張は無視してきたからねぇ、気持ち悪いとか不健全とか言われて。仮想異空間でどのようなことが可能になるかわかれば、ゲームみたいな暮らしができるわけだからね。とりあえず、仮想異空間を変質させるのに法則性を
淑恵はさらにプログラミングのスピードを上げた。
《それはそれは》
そう言った2Vは、独りほくそえんだ。
今、
2Vは淑恵と自分の
――しかし、脳内の何かを実現することは、この現実世界でも可能だがね。そういうことをわかってないんだから、不健全だって言われる。
そういった意味では、二人の考えは
――どうせ手に入れるなら、仮想異空間の楽園なんてつまらない。現実世界で、神無き世界の姿無き王として君臨することだけが人生の
2Vは、これから淑恵を裏切ることになる。淑恵には、嘘の計画を伝えていたからだ。