1 どっきり健康しんだん



 は健康診断に良い思い出はない。

 もちろん、転入時の健康診断の場で将来の職業が魔王と判定されたことがを引いているのである。

「今回は、ちでってのもみような話でやんすよねぇ」

 下着姿で保健室に並んでいると、となりに立っていたヒロシが言った。

「確かに気になるよね」

 阿九斗も応じた。

 どういうわけか、当日の朝になっていきなり健康診断があることが告げられたのである。生徒たちはまどいつつも検査を受けている。最初は男子からで、今のところ列のちゆうまでがしゆうりようしたところだ。

「採血があるのか」

 阿九斗の前の生徒が、医師にみぎうでを預けていた。注射で試験管半分ほどの血を採られている。

「アニキ、注射苦手なんすか?」

 ヒロシがニヤニヤしながら聞く。

「そりゃ、痛いからね」

 真顔で返す阿九斗である。

 そういう答えを予測していなかったヒロシは、さすがにぼうぜんとした。

「アニキって、確か自分から高温プラズマに飛び込んだり、自分のうで引きちぎったりするキャラですよね?」

「痛いものは痛いんだよ」

「えー?」

 そうこう言っている間に、阿九斗の番が回ってきた。差しだした腕に注射針がさると、阿九斗は痛そうな顔をした。

「い、痛いんすか?」

 ヒロシが聞く。

「痛いよ」

 たんたんと阿九斗が答えた。

 そんな小学生のようなやり取りはあったものの、男子の健康診断そのものは何事もなく終了した。

「いや、何もなくて良かったよ。最近、いろんなことがありすぎて、急な健康診断なんて、何かたくらみがあると思ってしまうようになってしまったよ」

 服を着た阿九斗は、女子の検査の待ち時間に外に出て、ヒロシと時間をつぶしていた。

「確かに、アニキがらみだと事件が起こってもおかしくないっすよね。いや、むしろ起きないとなんか足りないっていうか」

「否定できないのがいやだなぁ……」

 阿九斗は肩をすくめた。

 と、その時、阿九斗は校舎裏にしんひとかげを認めた。ヒロシに目配せをすると、彼もそれを認めてうなずいた。

「やっぱり何か起こるっすね」

じようだんじゃない。でも、放っておくわけにいかないしね」

 人影は、こそこそと隠れるように移動していた。校舎裏のしげみから、校舎の柱のかげへ。どうやら二人組だ。

 阿九斗とヒロシは二人組の人影に見つからぬように移動を開始する。

 二人組は、どうやら姿を隠すためのめいさいマントを使用しているらしかった。完全に姿を消すことはできないものの、マントが周囲の色を感知して、それに近い色に変化するというアイテムだ。

「あっしが回り込むっす。アニキはあっしがあいつらをおどかしてから、どーんとやってもらえれば」

 ヒロシが耳打ちする。

「どーん、とやるのはどうかと思うけれど、まぁ、げられないようにしてから話を聞くべきだとは思うから、それでやってみよう」

 阿九斗はうなずいた。

 ヒロシが大きく校舎裏の茂みを回り込んで反対側へ移動。そして、遠くから阿九斗にうなずいて見せると、タイミングを計って、じゆつによるサイレンの音を立てる。

「うわぁああ!」

 驚いて声をあげたのは、迷彩マントをかぶっていた二人組である。あわててヒロシとは逆方向に走り出す。校舎を模していたマントの色がずれ、彼らの身体の位置をおぼろげながらも映し出す。

 二人組は逃げだそうとしたが、その前に立ちはだかったのが阿九斗だった。

「待て。逃げるな。何者なんだ?」

 いきなり目の前に現れ、短く言い放った阿九斗を見て、二人組は慌てた。完全に我を失ったと言ってもいい。

「う、うわぁあ! 出たぁあ!」

 二人組は悲鳴を上げて、予告もなく阿九斗に魔術のこうだんち放った。

ちくしよう!」

 阿九斗は反射的に手を上げた。かれの悪いくせといえばそれまでなのだが、りよくの制御が下手なことには定評がある。しかも、性格的にこうげきされた際にはぼうぎよするよりも、より強い攻撃で打ち消そうとしてしまうタイプである。

 その結果……。

 すさまじい光とともにばくはつおんが周囲にひびわたった。二人組の放った魔術の光弾を阿九斗の放った光弾が吹き飛ばしたのである。さらに阿九斗の光弾はそのまま勢いを殺さず二人組に向かって行く。

 ――しまった……!

 阿九斗は二人組を傷つけまいと、とつに光弾の力を周囲に散らす。

 二人組は顔をおおった。その二人の身体を中心にリング状になったエネルギーが、二人組の横を通過して行く。

 校舎のへきめんにリング状のエネルギーがはじけた。

 二人組は顔を覆ってしばらくこうちよくした。そして痛みがないことに気づくと、自らの身体に傷のないことをかくにんし、胸をろす。

 阿九斗もほっとした。どうやらをさせずに済んだようだ。

「驚かすつもりはなかった。だけど、迷彩マントを使うなんて……」

 が、そう言いかけた阿九斗は、言葉を止めた。地鳴りのような妙な音に気づいたからだ。

 ――え? なんだ……?

 その疑問はすぐに解消された。

 校舎のかべが、二人組の方にたおれてきたのである。リング状になったエネルギーの当たった位置にれいにひびが入っていた。壁を円形にくりぬいた形になってしまったわけだ。

「うわぁあ!」

 二人組は飛びのいた。

 壁が倒れ、ずん、と低く重い音が響く。二人組も阿九斗もあまりのことに言葉を失ったが、それだけで終わりではなかった。

 阿九斗の眼前に何人ものはだかの少女が出現した。

 いや、正確には出現したわけではなく、女子の健康診断会場の壁をぶち抜いてしまっただけだ、と阿九斗が気づくまで、しばらくの時間が必要だった。そして、何が起こったかにんしきするまで時間がかかったのは、裸の少女たちも同じだった。たっぷり五秒ほど硬直して、前も隠さずにしげもなくたいをさらす。

「そうか……のぞきだったんだ……」

 それを見て、阿九斗は二人組が何をしようとしていたかに気づいた。だが、それはこんな時に言う言葉ではなかった。

「きゃあああああああああ! いやぁあああ!」

 何層にも重なった悲鳴が周囲の空気をふるわせた。様々な物が阿九斗に向かって飛んできた。阿九斗はそれを手で防ぎつつ、あやまろうとするが、それをひときわ大きな声がさえぎった。

阿九斗ぉ! 貴様、よくも毎度毎度ぬけぬけと!」

 裸の上に急いで上着だけ羽織った少女が、にぎった木刀の切っ先を阿九斗に向けていた。はつとりじゆんこである。

「いや、これには事情が……」

「壁をこわすほどだいたんな手法で覗きをやることに何の事情があるか!」

「話を聞いてよ。ぼくは覗きをしようとしたんじゃなく……」

「さっき自ら〝覗きだったんだ〟と言ったばかりではないか! 壁を壊すほど興奮して、覗きという目的すら見失った者の独白だな、あれは!」

「だから、覗きは僕じゃなく……」

 阿九斗は周囲を見回した。しかし、じようきようを説明してくれそうな二人組はもうどこかへ逃げった後だった。ヒロシですらそこにはいなかった。

「あれ? いなくなってる……」

「何をとぼけたことを言っているか!」

「とぼけていないよ。ここにいたんだって……」

「問答無用!」

 絢子は木刀を振るった。阿九斗はそれを避けることができなかった。魔力の乗った木刀はばくはつとともに阿九斗を空高く吹き飛ばした。


     ○


「採血を一番最初にしたのはあやしまれるような気もしたけどねぇ」

 そう言ってよしは看護師の格好のまま校庭を歩いている。

 そのかたわらには、白衣の医師が歩いている。特徴のない顔立ちからするに、これは2Vツー・ブイの人形だ。手に持ったトランクを軽くたたき、にやりとする。

「あとは逃げればいいだけなのだから、問題ないでしょ。目的のものは手に入ったんだ」

けーなの血、かぁ」

 淑恵はつぶやいた。

「こんなタイミング良く健康診断が行われるとはね。簡単にコトが進んだものだ。では、これはこちらで持ち帰ってサンプルは後で送るんでよろしく」

 2Vが言うと、淑恵はうなずいたが、ふと後方を見やる。爆発音を聞きつけたのだ。

「何かあったのかな?」

 淑恵は気にするが、2Vは首を振った。

「いけないね。こういうときは目的以外のことは気にしないものさ。いや、といっても、あなたは曽我けーなの顔が見たかっただけだったっけ。ホントにうまこんじようが強いなぁ」

 2Vは少し考えた後にうなずいた。

「私はこのまま帰りますんで、ご自由に。とはいえ、だれに聞かれても本当の目的はかないようにたのみますぜ」

 そう言われた淑恵はうなずいて爆発音の方に向かって歩きはじめた。

 こうしんが強い淑恵である。それがかのじよの知性を支えているのだ。やがて彼女が校舎裏で発見したものは、彼女の好奇心を十分に満足させるものだった。

 体中からけむりを立ちのぼらせている長身の少年が茂みの中に倒れていたのである。

「つまり、どういうことが起こってこうなったのかな?」

 淑恵は阿九斗を見下ろしながら言った。

 阿九斗は顔をあげた。

「……説明すると事情が複雑になるんだ。ともかく僕は身体には問題ない」

 そう言って阿九斗は立ち上がった。細かい傷がいくつも身体についている。額からは絵にいたように一筋の血が流れている。

「それでだいじようとは、やせまんとしか思えないけどねぇ?」

 淑恵はもっともなことを言った。が、阿九斗は首を横に振る。

「当然そう思うだろうけれど、本当に身体ががんじようにできているんだ」

「本当に?」

 淑恵は着ていた白衣を破いて、阿九斗にしゃがむように手で示した。

「服を破くことはないんじゃあ……」

 阿九斗は戸惑った。が、淑恵は何事もなかったようにうなずく。

「白衣は道具にすぎないからねぇ。そもそも私のものじゃあないんだよ。気にしなくていいから」

「聞いてみれば合理的な話だね」

 阿九斗はなつとくしてしゃがむ。そして改めて淑恵の顔を確認した。

 一見したときは気づかなかったが、顔立ちはかなり整っている。気づかなかったのは、各パーツに派手なところがなかったからだろう。地味ながらじっと見続けて良さに気づく、そういう顔だ。

 それほど手入れされていないかみにゴーグルをひっかけている。マナスクリーンはどこでも展開できるのだから、わざわざそういうとうえい装置を使っている人も少ない。それが彼女の性格を表しているようだった。自分用にカスタマイズした多機能なものを使うのがりゆうなのだろう。そう思うと、彼女のいかにも文学少女といったたたずまいも理解できた。

 淑恵は阿九斗のほおに破いた白衣の布をあて、血とよごれをぬぐってから、ぐい、と顔を阿九斗の顔に近づけた。

「と……」

 阿九斗は思わず顔を引いた。

「動かないでくれる? よく見えないんだよねぇ」