Part 01: 昨夜は、胸の内で高鳴る鼓動が鎮まらなかったせいなのか……なかなか寝つけなかった。 レナ(私服): お味噌汁は……こんな感じかな。あとは……、っ……。 布団をたたんで着替えを終え、朝ご飯の準備をしながら気持ちを切り替えようとしてみたけど……。 気がつくと嫌な想像が頭の中に浮かんで、胸の奥がぞわりとする。 #p雛見沢#sひなみざわ#rに戻ってきて以来、魅ぃちゃんたちとあちこちへ足を運んで、いろんなことをして遊び回った……けど……。 今日の夜、古手神社で行われる#p綿流#sわたなが#rしの村祭りはその中でも格別で、重要なイベントになる予感がある。 なぜなら去年、そのお祭りの直後に殺人事件が起きて……沙都子ちゃんの兄、悟史くんが行方不明になったからだ。 レナ(私服): 綿流しのお祭りの日に、1人が死んで1人が消える。 レナ(私服): (魅ぃちゃんから聞いた話だと、去年だけじゃなく一昨年も、その前の年も……4年続けておかしなことが起きているらしい) それは、偶然やこじつけで片付けるにはあまりにも深刻で、一致しすぎていて……聞いた後はしばらくの間、寝るのが怖くなってしまったほどだ。 レナ(私服): ……っ……。 いけない。お医者さんからも気持ちを明るく努めるように、って言われているのに、つい暗いことを考えてしまう。 こういう時に使いなさい、と渡された薬はちゃんと手元にある……けど、あまり飲みたくない。 確かに薬を飲めば、胸がつかえそうな重い憂鬱さは多少楽になる……気がする。 でも、それ以上に何か大事なものが私の中から奪われたような感じがして……自己嫌悪に陥りそうになってしまうのだ。 だから当分、薬には頼りたくない。少なくとも環境が劇的に改善された今は……。 レナ(私服): 自分の力で……なんとか……。 とはいえ、綿流しのことを考えるとどうしてもそこにまつわる神様のことを考えずにはいられなくなる。 『オヤシロさま』……この雛見沢の守り神であり、村の人たちから篤く信奉されている土着の神様。 お稲荷さんやお地蔵さまのように、親しみをもって敬われている存在だけど……私は以前、その神様からの声を聞いたことがある。 『雛見沢に帰れ』……オヤシロさまは確かに、私に向けてそう言った。 そして、家族が不幸になったのは故郷を捨てたことが原因なのだと私を厳しく戒めたのだ……。 ……ただ、その話をお医者さんたちに話しても怪訝な反応を返されるだけだった。 必死に訴えかけた時に、横に立っていたお父さんが浮かべた表情は……正直もう、思い出したくもない。 そんな中でも唯一真面目に聞いて、単なる慰めではなく理知的な助言をしてくれたのは診療所の看護婦の鷹野さんで……。 鷹野: 『……お友達には黙っておいたほうが良いわね。理解はしてもらえると思うけど、それはかえって彼女たちに重荷を背負わせることになるから』 彼女はそう言って、他言することのデメリットを私に説明してくれた……。 レナ(私服): はぅ……重荷、ですか……? 鷹野: そうよ。魅音ちゃんに沙都子ちゃん、一穂ちゃんたち……みんな優しくて思いやりのある、良い子たちよね。 鷹野: だからもし、あなたが神様の声を聞いて不安を抱いていると知ったら、なんとか力になろうとしてくれると思う。 鷹野: ただ……そうやって『オヤシロさま』の恐ろしさを意識するようになったら、今度行われる綿流しのお祭りを心から楽しめなくなるかもしれないわ。 レナ(私服): あっ……。 鷹野さんの指摘は、至極もっともだった。そして、そんな大事なことを考えもしなかった自分の身勝手さがとても恥ずかしくなった。 魅ぃちゃんはお祭りの運営に関するお仕事で、ここ最近はずっと忙しく過ごしている。 打ち合わせが深夜に及ぶこともあるそうで、昼間は眠たそうにあくびをしていることもしばしばあった。 沙都子ちゃんは悟史くんがいなくなった後、ずっと落ち込んでいたけど……ようやく元気になって、今度の屋台対決では絶対優勝する、と意気込んでいた。 梨花ちゃんは羽入ちゃんと一緒に、奉納演舞の練習にいそしんでいる。きっと大変なんだろうけど、弱音を口にしない。 そして、今年雛見沢にやってきた圭一くん、一穂ちゃん、美雪ちゃん、菜央ちゃん……あの4人は初めての綿流しを楽しみにしている。 そんな空気を、私ひとりのわがままで暗く沈んだものにしてはいけない……。 レナ(私服): ……わかりました。このことは、みんなには黙っておきます。 鷹野: えぇ、それが賢明だと思うわ。辛いかもしれないけど、わかってあげてね。 鷹野: 友達以外に相談なら……例えば、お父さんは? レナ(私服): お父さんは、その……彼女ができたみたいで。今、すっごく楽しそうなんです。 レナ(私服): ようやく元気になってくれたので……今は、ちょっと相談しにくくて。 鷹野: ……そう。けど、医療職の端くれとしてはその悩みは放置しておけないわね。 鷹野: 私に専門的なカウンセリングはできないけど、その方面に詳しいお医者さまや病院を紹介してあげるわ。……この程度しか力になれなくて、ごめんなさい。 レナ(私服): そんなことないです。とても心強いですし……それに、嬉しいです。 レナ(私服): 今までは、その……レナの話をちゃんと聞いてくれる人がいなくて、どうしたらいいかわからなかったから……。 鷹野: ……そう。確かに医療系の人間は千差万別だから、そういう人もいるかもしれないわね。 鷹野: でも、安心して。私は言葉にした以上、ちゃんと責任を取る。無闇にたらい回しにしたりしてあなたを傷つけるようなことはしない……約束するわ。 レナ(私服): ……ありがとうございます、鷹野さん。 鷹野: いいのよ。できれば、早めに話をしてもらいたいけど……。 レナ(私服): あ、じゃあ綿流しが終わったら……いいですか? 鷹野: ……えぇ、もちろん。でも、綿流しが終わるまで少しあるわね。それまで不安な気持ちを抱え続けるのは……。 鷹野: あぁ、そうだ。これ、よかったら読んでみて。 レナ(私服): これは……ファイル? 鷹野: 私が『オヤシロさま』について独自に調べてまとめたスクラップ帳よ。眠れない夜の、暇潰しくらいにはなると思うわ。 レナ(私服): あ、ありがとうございます……でも、いいんですか?とても大切なものなんじゃ……。 鷹野: レナちゃんなら、預けられるわ。あなたなら、きっと大切にしてくれるでしょう? レナ(私服): ……! は、はい。ありがとうございます。 年季の入ったスクラップ帳を受け取り、そっと大切に抱きしめる。 あなたを信用している……。そう伝えてくれたことが、何よりも嬉しくて。 だから私も、この人のことを信じてみようと心から思っていた……。 Part 02: 一穂(私服): わ、わぁー……!すごいすごい! 屋台がいっぱい! レナ(私服): はぅ~♪とっても嬉しそうだね、一穂ちゃん。 魅音(私服): ちょっと一穂、屋台は逃げないからちょっと落ち着きなって。人も増えてきたし、はしゃぐと転ぶよー? 菜央(私服): 屋台が逃げる……?もし逃げるとしたら、どんなふうになるのかしら。 圭一(私服): ……足が生えるとか? 沙都子(私服): 屋台に足が生えるところなんて、想像したくありませんわね。 美雪(私服): すね毛とか生えてたら嫌だなぁ。 梨花(私服): ……あまり想像したくないのですよ。 魅音(私服): あっはっはっは!足を生やして逃げる可能性はゼロだけど、祭は終わりの時間があるからね~。 魅音(私服): そんなわけで、全力で遊び倒すよ!綿流祭……え~と、何人だ? 魅音(私服): 綿流祭八凶爆闘だね!! 梨花(私服): みー。今年の#p綿流#sわたなが#rしも、楽しく過ごすのですよ。 レナ(私服): はぅ~、もちろんだよ~! 魅音(私服): んじゃ、さっそく部活と行こう!えーっと、まずは……。 一穂(私服): あれ? あの屋台……って、なんだろう? レナ(私服): えっと……『おみくじたこ焼き』? 圭一(私服): ふぉおごごおおおおお~~!! 魅音(私服): はーい圭ちゃんが大アタリ~! 美雪(私服): おぅ……アタリにはマスタードがぎっしりって言ってたけど、本当に溢れんばかりに入ってたとはね……。 レナ(私服): だ、大丈夫、圭一くん?! 魅音(私服): 口の中が火事みたいだね……口直しにこのまま、かき氷の早食い競争にいっちゃう? 圭一(私服): にふぅふーふぁーっ! 沙都子(私服): 今、なんて言いましたの? レナ(私服): 二重苦だー……かな? かな? 梨花(私服): ……今かき氷を食べたら、マスタードでお口はピリピリ、氷がキンキンで頭がズキンズキンになってしまうのです。 菜央(私服): さすがにこのまま対決を続けるのは前原さんに悪いし……ちょっと小休止しない? 菜央(私服): あたし、りんご飴食べたいわ。 りんご飴屋の店主: へいらっしゃい! 好きなの選んでいいよっ! 沙都子(私服): うーん、えーっと……私はこちらにしますわ! 菜央(私服): いいわね、いかにもりんご飴って感じのまるまるとしたフォルムで。 菜央(私服): あたしは……これにしようかしら。 梨花(私服): みー……レナ、ボクが食べるりんご飴を選んでくれませんですか? レナ(私服): え? レナが梨花ちゃんのを?どれがいいかな……じゃあ、これっ。 圭一(私服): え……それでいいのか?よーく見ると表面がボコボコしていて、あまり綺麗な見た目とは言えないようなんだが。 梨花(私服): いいのですよ。ボクはこのりんご飴にするのです。 一穂(私服): えっ? えっ? ……えっ? レナ(私服): どう、梨花ちゃん。おいしい? 梨花(私服): ……みー。レナが選んだりんご飴は、りんご自体がとても甘くておいしいのですよ。 レナ(私服): ふふっ、よかったぁ。 沙都子(私服): ん、んっ……んー……こちらはマズいとまでは言いませんが、なんと言うか……相応の味ですわね。 菜央(私服): そう言うものでしょ、屋台のりんごって。でも、こういうチープなのがいいじゃない。 魅音(私服): おっ、菜央ちゃんは発言がお嬢様だねぇ。 美雪(私服): ……いや、魅音がそれを言う? レナ(私服): よかった……でも、ちょっとドキドキしちゃった。食べてみるまで本当においしいかわからないから。 梨花(私服): みー。レナの目利きをボクは信じてるのですよ。 レナ(私服): あはははは、ありがとう梨花ちゃんっ。 沙都子(私服): そんなに味が違いますの? 梨花(私服): では沙都子、ボクのりんご飴を一口食べてみますですか? 沙都子(私服): いただきますわ……あむっ。ん……んんっ?確かにこっちの方がりんごがおいしいですわね。 沙都子(私服): でも、どうしていかにも綺麗な見た目のりんご飴より、ボコボコりんご飴の方がおいしいんですの? レナ(私服): あのね、甘いりんごって果汁がたくさん詰まっているの。でも果汁って水分だから……。 圭一(私服): つまり熱い飴をりんごにかけると、熱で内部の水分が反応して表面に気泡ができる……ってことか! 沙都子(私服): むむ……それは知らないとわかりませんわね。 菜央(私服): おいしいりんごの見分け方って表面の色で判断するけど、りんご飴は飴自体に色がついてるから判断難しいのよね。 菜央(私服): でも、なるほど……さすが、レナちゃんね。 菜央(私服): それにしても、あたしたちの後に買ったのってレナちゃんと同じように気泡の多いりんご飴を選んで買ってるみたいだけど……? 沙都子(私服): 失敗は最先端を進む者の定めでしてよ。これも経験と思って……。 一穂(私服): わ……わぁあああっ?! レナ(私服): えっ? 菜央(私服): なに、どうしたのよ一穂。叫び声なんてあげて。 一穂(私服): あ……その、ちいさい子が走ってきてぶつかって、うっかり、りんご飴が落ちちゃって……。 美雪(私服): おぅ、砂だらけ……。 菜央(私服): さすがにそれ、食べるのはやめなさいよ? 一穂(私服): うぅっ、まだちょっとしか食べてなかったのに……! 沙都子(私服): 一穂さんは本当にのんびり屋ですわねぇ。 梨花(私服): のんびりとはちょっと違う気がするのですよ。 レナ(私服): 一穂ちゃん。レナのりんご飴、よかったらどうぞ。 一穂(私服): え? えっ? で、でもこれは……。 レナ(私服): レナ、ちょっとお昼食べすぎちゃったみたいなの。この後の分、お腹空けておかないとだから……はぅ。 レナ(私服): ちょっと食べちゃったやつだけど、ちゃんと甘くておいしいと思うよ。 一穂(私服): あ、あ……ありがとうレナさんっ!私、大事に食べるねっ! 魅音(私服): 大事にちまちま食べてたら、またちびっこミサイルに突撃されて落としちゃうよー? 一穂(私服): だっ、大事に素早く食べるっ! 美雪(私服): 喉に詰めないよう気をつけてね~。 一穂(私服): ううっ、き、気をつけることが多い……! 沙都子(私服): りんご飴を食べるだけ……ですわよね? 圭一(私服): そんなに気をつける必要があるのは、世界広しと言えど一穂ちゃんくらいだろうな~。 菜央(私服): ……レナちゃん? レナ(私服): え……? なぁに、菜央ちゃん。 菜央(私服): 大丈夫……? レナ(私服): えっ? 菜央(私服): りんご飴、一穂にあげちゃったから。お腹空いてないんじゃなくて具合が悪いんじゃないかと思って。 レナ(私服): ううん、大丈夫だよ。ただ、うっかりお昼食べ過ぎちゃったの……はぅ。 菜央(私服): そう? ならいいんだけど……。 梨花(私服): …………。 Part 03: 圭一(私服): おぉ……なんて言うか、幻想的だな。 美雪(私服): 綿を川に流す光景って、こんなに綺麗なんだね……。 魅音(私服): ふふん、でしょでしょ~。 沙都子(私服): どうして魅音さんが偉そうにしていますの? レナ(私服): はぅ……だって、大好きな景色を誰かに認めてもらうのって、嬉しいもん。 レナ(私服): レナもわかるよ。レナがかぁいいって思ったものをかぁいいって褒めてもらうの、すっごく嬉しいから。 魅音(私服): レナも好きでしょ、この景色。 レナ(私服): うん、大好き! 圭一(私服): この景色はともかく、レナのかぁいいはなかなかどうしてレベルが高いからな……なるべく肯定してやりたいけどさ。 一穂(私服): あ、あはは……。 みんなと一緒に、綿が流れる川を眺める。 松明と月明かりに照らされた綿は、やがてひとつ、またひとつと篝火はおろか月明かりの届かない夜の闇の中へ消えて……。 梨花(私服): ……レナ。 レナ(私服): えっ……? 気がつけば、側に梨花ちゃんがいた。 梨花(私服): 何か、困っていることがあるのですか? レナ(私服): ……っ……。 突然そんなことを尋ねてきたものだから……驚いて、呼吸が止まるかと思った。 梨花(私服): 何か困ったことがあるなら、相談して欲しいのですよ。 レナ(私服): は……はぅ。そんなに悩んでいるように見えるのかな? かな? 梨花(私服): ボクには、そう見えるのですよ。 レナ(私服): …………。 一瞬、考える。……#p綿流#sわたなが#rしへの不安。『オヤシロさま』に感じる恐ろしさ。 それを相談したら、楽になれるだろうか。でも……。 鷹野: 『……お友達には黙っておいたほうが良いわね。理解はしてもらえると思うけど、それはかえって彼女たちに重荷を背負わせることになるから』 ……そうだ。鷹野さんだってあぁ言ってたじゃないか。 梨花ちゃんは、『オヤシロさま』の巫女。『オヤシロさま』を敬い、大切に思っている。 そんな梨花ちゃんに……言えるわけがない。 りんご飴の時だってそうだ。彼女は、私を信じてくれている。 私は、そんな梨花ちゃんを大切にしたい。彼女が大切にしている『オヤシロさま』も……。 レナ(私服): (……大事にしたい。だから) レナ(私服): はぅ……大丈夫だよ、梨花ちゃん。 精一杯の笑顔で、平気だよとアピールする。 でも……梨花ちゃんの顔の顔は変わらず曇ったままだった。 梨花(私服): みー……ボクじゃなくてかまいません。魅ぃでも沙都子でも、圭一でも……。 梨花(私服): ひとりで悩まず、相談してほしいのですよ。 レナ(私服): うん、わかった。悩んだ時は、相談するね。 梨花ちゃんには相談できない。でも……大丈夫。 レナ(私服): (お祭りが終わったら、鷹野さんに相談するから) 梨花(私服): …………。 なおも梨花ちゃんは、何かを言いかけて。 一穂(私服): レナさーん! 梨花ちゃーん! 呼ぶ声に顔をあげると、こちらに向かって手を振る一穂ちゃんたちが見えた。 レナ(私服): みんなのところ、行こっ。 梨花(私服): ……はいなのですよ。 2人並んで川辺を歩きながら……不意に。 レナ(私服): (今、梨花ちゃんがあげた、相談相手の中に……) レナ(私服): (一穂ちゃんと美雪ちゃん、菜央ちゃんの名前が……出なかった) ただの考えすぎかもしれない。 そう思うと同時に、わずかに感じ取ったささやかな違和感が小骨のように残って……。 ……でも、それはすぐに忘れた。 綿流しから一夜明けた翌朝。富竹さんが遺体で見つかり、鷹野さんが消え……。 ……ある偶然足を踏み入れた喫茶店で、とある男女の会話を耳にしてからは。 男: 律子、お前#p雛見沢#sひなみざわ#rの旦那の調子はどうなんね。ほら、だいぶゼニ持っとんと聞かされてるん。なんぼ取れそうなんや? 女: 別れた奥さんのすっげー慰謝料あるからねぇ。搾り取ろうと思えばいくらでもっ。       その会話が、私の生活を……一変させた……。