Part 01: 千紗登: いやーごめんね、暁。渋滞につかまって、迎えに来るのがちょっと遅くなっちゃったよ。結構待ちくたびれたんじゃない? 暁: いや、そうでもないさ。このあたりは風景として良いスポットが多いから、見ていて飽きなかったよ。 千紗登: あっはっはっ、あんたは相変わらずだねー。あれだけ海外でも高い評価をもらっているのに、まだ絵を描き足りないってのかい? 暁: 別に俺は、誰かに認められたくて絵を描いているわけじゃないからな。 暁: ただ、頭に浮かんだ描きたいものを描いて1枚でも多く自分の絵の中にとどめたい……それだけさ。 千紗登: おぅおぅ、さすが今をときめく新進気鋭の画家さんは、言うことが違うねぇ~。 千紗登: 実はあんたのファン、うちの病院スタッフにも結構いるんだよ。色紙を預かってきたから、よかったらあとでサインを書いてもらってもいい? 暁: 芸能人じゃあるまいし……まぁ、いいけどさ。 暁: にしても、大病院の次期理事長さまがパシリをやらされているとは世も末だな。……大丈夫か、お前のとこの病院? 千紗登: 心配ご無用!うちはアットホームをモットーにした、ほっこりな職場環境が売りだからねー。 千紗登: それに経営の方は、守さんがガッチリと見てくれているから……私はこうして、元カレとドライブデートを満喫しているわけさ~♪ 暁: ……誰が元カレだ、人聞きの悪い事を言うな。そういうジョークは嫌いだと、前にも言わなかったか? 千紗登: くっくっくっ……やっぱり暁は暁だね、安心したよ。 千紗登: 久しぶりに会ってもその様子なら、向こうで女遊びとかはしていないみたいだねー。 暁: するわけないだろ。俺にはちゃんと、夏美が……。 千紗登: 名声、金……そして、時間。ちょっとしたことで人の心は、簡単に変わっちゃう。 千紗登: けど、あんたが軽薄なバカ野郎でなかったとしても、そういう誘惑に惑わされてほしくない……。夏美の友達として、私はそう願っているんだよ。 暁: ……大丈夫、変わらないさ。俺にとって夏美は今も昔も、大切な存在だ。たとえ、元に戻らなかったとしてもな……。 千紗登: ……。そう言ってくれて、ほっとしたよ。 暁: チサの方こそ……ずっと付き合ってくれてありがとうな。俺たちのために、こうしていつも……。 暁: 言い続けてきていい加減しつこいかもしれないが、お前には世話になりっぱなしだ……申し訳ない。 千紗登: あー……ほんっとしつっこいねー、暁も!別にあんたへの貸し借りなんて考えていないし、私が好きでやっているって何度言えばわかるのさ? 千紗登: 私はねー、あの子があんたの女房だから面倒を見ているんじゃない……。大事な友達だから、こうしているだけなんだよ。 暁: そうだったな……悪い。今の言葉は、忘れてくれ。 千紗登: ……んー、そうだね。綺麗さっぱりと忘れるには、もうちょっと刺激の強い何かが必要だねぇ……あ、そうだ。 千紗登: 実は今度、うちの病院の系列が厚生省の肝いりもあって外資と提携しながら、新薬の開発を手伝うことになってさ。 千紗登: で、その日本法人の偉いさんが大の美術コレクターで……あんたの絵があるとすっごく機嫌が良くなると思うんだけど、どう? 暁: おい……それって賄賂じゃないか?俺は嫌だぞ、悪事に加担するのは……! 千紗登: あははっ、大丈夫! これはただのプレゼントだよ。そもそも入札談合の最中だったらまだしも、本決まりの相手に賄賂なんて送ったりしないって。 千紗登: それに、立場的にはこっちの方が上だしねー。高野製薬と天秤にかけている現状なんだから、んなもん要求してきたら蹴っ飛ばしてやるっての。 暁: そういうことなら……わかったよ。なるべく早いうちに一枚仕上げるから、できた時に連絡する。 千紗登: さんきゅー! おっし、これで関係強化に貢献~!理事会にも大きな顔ができるってもんだよ~! 暁: ……来年の就任が確定しているってのに、今さら得点を稼ぐ必要があるのか? 千紗登: まぁ、そのあたりは跡継ぎならではの面倒臭さってやつでね~。多少はできるアピールも必要なのさ。 暁: ……。それはそうと、チサ。夏美の具合は……その……。 千紗登: 元気だよ。ちょくちょく会いに行っているけど、少なくとも悪化しているような傾向は見られない。 千紗登: 最近は警察の連中も、収穫なしと思ったのか顔を出さなくなっているしね。……まぁ、来たところですぐに叩き出してやるんだけどさ。 暁: ……そうか。 千紗登: あと……ちょっとだと、私は思っている。ほんの少しのきっかけで、きっと良くなるって……。 千紗登: だから、私たちが急かして無理をさせないようにそれまで見守ってあげなきゃ。……でしょ、暁? 暁: あぁ……そうだな。夏美はずっと、つらい目に遭って……色々と傷つけられてきたんだ。 暁: せめて俺たちだけでも味方になって、彼女を信じてやらないと可哀想だよな……。 千紗登: ……うん。 千紗登: さて、着いたよー……って、あれ?どうしてうちの施設に、こんなにたくさんのパトカーが……? 暁: まさか……警察の連中、また夏美をっ? 千紗登: いや、そんなはずはないって!あれからもう10年も経っているんだから、今さら捜査に進展なんてあるはずが……、っ? 看護師: あっ……佐伯さん!大変です、特別室の藤堂さんが……ッ! 千紗登: っ、夏美がどうしたのさっ? 看護師: スタッフが目を離した隙に、屋上へ……!そこから……うぅっ……!! 千紗登: 嘘っ……そんなッッ……?だってあの子の病室は施錠されて、出入りなんてできるはずが……?! 暁: 夏美……夏美ぃぃぃっっ!!! …………。 夏美: 大丈夫……きっと会える、また……会える。 夏美: そう……ひぐらしのなく頃に……大好きなあの人と出会って……そして……。 Part 02: 美雪(私服): プールバー……? 灯: 叔父さんの友達がやってる店で、広報センターのすぐ近くにあるんだよ。大学を卒業する直前までそこでバイトしてたんだ。 千雨: プールバー……って、あれだろ?プールの側にある、酒が飲めるスタンドみたいな? 美雪(私服): あぁ、ハリウッド映画で水着のお姉さんが椅子に座ってる側にあるやつだよね。そんな店あるんですか……流石ザギン。 灯: うーん、ちょっとおしい。私が働いていたのは、ビリヤードを楽しみながらお酒が飲めるお店なんだ。 灯: ビリヤード、わかるかい? 美雪(私服): ボールを棒で突いて穴に落とすゲーム、ですよね? 灯: それはビリヤードの中でも、ポケットビリヤードと呼ぶ遊び方だね。 灯: ポケットビリヤード用の台には穴があって、その穴はボールが床まで落ちないようボールが貯まる仕組みになっているから、プール、って呼ばれているんだよ。 灯: ちなみに穴のないビリヤード台もあって、そっちはキャロムビリヤードと呼ばれてるんだけど……どちらかでもやったことあるかい? 美雪(私服): いえ……映画とかドラマでしか見たことないです。 千雨: 昔、映画の影響で流行ってたらしいな。ビリヤード。やってる人のこと、ハスラーって言うんだったか? 灯: あぁ……それはそれで間違ってはいないけど、あまり外で気軽に言わない方がいいだろうね。 千雨: なんだ? 間違ってないんだろ? 灯: 間違ってはいないけど、ハスラーはビリヤードで賭けをしているプレイヤーのことを指すんだ。 灯: つまりハスラーとギャンブラーは人によっては同異議で……純粋に、そう呼ばれると不快になる人もいるんだ。実際、お客さんの中にいたからね。 美雪(私服): (麻雀は賭けで呼び分けとかしないけど、ビリヤードは呼び分けるんだ……) 美雪(私服): 気をつけます……けど、普通に遊んでる人は?プレイヤー、でいいんですか? 灯: うん。どちらかわからない場合はプレイヤーと呼ぶといい。相手がハスラーだった場合も、プレイヤーと呼ばれて不快になることは考えにくいからね。 千雨: わかった。覚えとく……で?あんたはそこで何やってたんだ? 灯: お客さんに呼ばれたらビリヤードの対戦相手をして、お客さん同士で対戦する場合はレフェリーを務めたり……でも、基本的にはバー業務が主な仕事だったよ。 灯: お酒作ったり、料理したり。 美雪(私服): お酒を作るって……えっと、シャカシャカしたりしてたんですか? 灯: そう! シェイカーでシャカシャカとカクテル作ったりしてたんだ。 美雪(私服): (……映画やドラマでしか見たことない世界だ) 灯: 今着てるこの服、実はバイトの時制服代わりにしてたやつなんだ。適当な着替えがなくて、奥から引っ張り出してきた。 千雨: あー……言われてみれば、確かにそれっぽいな。 灯: よかったら、今度元バイト先に行ってみないかい?常連さんメインの緩いお店で、姉さんや南井さん、広報センターのみんなもよく来てくれたんだ。 灯: そうだ、センターのみんなとはもう会ったかい? 美雪(私服): 何人かとお会いしました。比護さんって眼帯の方と、毬野さんって若い方、喜舟さんって大柄な人と、河上さんって細い方と、あと方言のおじさま……。 灯: 方言は戸佐さんだね。ちなみに毬野、喜舟、河上の三名は南井さんに三馬鹿と呼ばれている仲良しトリオだ。 美雪(私服): ……三馬鹿? 灯: かつて彼らがお店に来てくれた時、話の流れで南井さんに寝起きドッキリを仕掛けたらどうなるかって話になってね。 美雪(私服): どんな話の流れ方したらそうなるんです? 千雨: 会話の流れが荒れすぎだろ。ドレーク海峡か? 灯: 広報センターのみんなで慰安旅行に行った際、寝こけて朝になっても起きて来ない三馬鹿が南井さんに過激に叩き起こされたお返しと……。 灯: 南井さんをびっくりさせてみたいという私の単純な希望が合致した結果だよ! 美雪(私服): (逆恨みと好奇心の悪魔合体……) 灯: 実行を任された私は、リコーダー、ハーモニカ、オカリナ、ピアニカ、パンパイプ、尺八、ホイッスル、おもちゃのトランペット、ピロピロ鳴る笛……。 灯: などなどを手に、早朝南井さん宅へ強襲をかけた! 千雨: なんで口で鳴らすやつばっかなんだ? 美雪(私服): ヤマタノオロチでも引き連れてたんです? 灯: ご自宅にお邪魔して、寝てる南井さんの隣で準備を進めていたら……ふっ、と。寒気がしてね。 灯: 振り返ると、布団の中には爛々と輝く2つの目が! 千雨: 普通に目を覚ました南井さんだよな、それ。 灯: まずいと思って逃げようとしたが、伸びてきた右手に襟首を掴まれ、気がつけばあっという間にお布団の中! 灯: 逃げられないよう腰を右足でロックされ、頭頂部をアゴでぐりぐりゴリゴリと……! 灯: ……うん、あれは痛かった。つむじからハゲるかと思った。あと南井さん怖かった。すごく怖かった。 美雪(私服): (姉の上司になにしてるんだろう、この人) 灯: そのまま姉さんがお呼び出しされ、お詫びとして大盛りで有名なお店にご飯を食べに行ったら、たまたまプロレス団体ご一行と遭遇してね。 灯: いろいろあって彼らに気に入られて事務所に案内された結果、南井さんはさまざまなプロレス技を伝授されることになり……。 灯: 毬野さんと喜舟さんと河上さんは壮絶な復讐を受けた。実行犯の私よりキツいおしおきだった。すごかった。いや、本当に……うん。 美雪(私服): まぁ……実行犯より、首謀者の方が刑が重いですし。 灯: その通りだよ、よく知ってるね。……という感じで、お店も広報センターもとても楽しい所だよ! 美雪(私服): ……そうですか。 美雪(私服): (今の話をどう受け止めていいかわからない……!南井さんが大変だったことしかわからない……!) 美雪(私服): でも私たち、未成年ですよ? 灯: 浅い時間なら大丈夫だよ。カクテルにはノンアルコールのモノもたくさんあるんだ。アルコールが苦手なお客さんのために練習したからね! 千雨: それジュースだろ。 灯: ノンアルコールカクテルだよ。 千雨: 何が違うんだ? 灯: 名前が違う。 美雪(私服): (つまりすごーくおしゃれなジュースってことか……菜央は興味ありそう。オシャレなの好きだし。一穂は……意外にビリヤードとか上手いかも?) 美雪(私服): …………全部。 灯: ん? 美雪(私服): 全部終わったら、お邪魔します。 灯: 待ってるよ! 千雨: 元バイトなのに、そんな約束勝手にしていいのか? 灯: マスコットみたいな元バイトだからいいのさ! 美雪(私服): (いいのかなぁ……?) Part 03: 比護: 『……電話の具合が悪くて、聞こえなかった。もう一度言ってくれると助かる』 灯: あのね、ひーさんは幽霊を銃で撃つことは可能だと思う? 比護: 『……どうやら、本気で言ってたみたいだな』 灯: もちろんだよ!……で、どう思う? 比護: 『……。定義次第……だろうな』 灯: なるほど、確かに定義確認は大切だ。 灯: 前提として、射手は幽霊の大本となる人間を知っており、発言内容から当人以外が該当人物を騙ったことは考えにくいと思われる。 灯: 痛覚はあったようで着弾後痛がる姿を見せたが、途中から意思疎通が不可能になり……。 灯: そして幽霊が該当する一番の可能性として思い至った理由だが……該当の人物が消えたんだ。それこそ煙のように、跡形もなく。 灯: その前に、着弾後当該人物の形状が変化したんだが……私としてはどう解釈するべきか迷っているので、これについては参考程度に聞いて欲しい。 比護: 『……幽霊の元となる人間の死亡は、確定か?』 灯: 不明だが、前例に近い出来事があったらしい。その前例人物は既に死亡していたか、あるいは死亡と同等扱いだった。 比護: 『銃撃の定義は?』 灯: 射手は引き金を引いた自覚があり、#p弾丸#sタマ#rは発射済みだ。 灯: #p薬莢#sケース#rは元より発射済みの#p弾丸#sタマ#rも地面にめり込んでいるのを回収したが、肉眼で見る限り血痕は付着していないようだが……。 比護: 『宅配、使える?』 灯: ホテルに頼めば使えると思うが、大丈夫かい? 比護: 『毬野に頑張ってもらう』 灯: ゆぷぃ……今日中に送るよう手配しておくよ。それで、ひーさんの見解を聞きたいんだが。 比護: 『……私見しか出せない』 灯: 私見で十分だよ。 比護: 『…………』 比護: 『銃で人を傷つけられるのは、引き金を引いて高速で発射された弾丸が人体に命中し、肉体を損傷させるから、と認識した上で考えると……』 比護: 『幽霊の定義が肉体が存在しないことなら、どうやって損傷させたのかより、何を損傷させたのか……が、気になる』 比護: 『その何か次第では、銃で幽霊を損傷……幽霊を撃つことも可能、かも……しれない』 灯: なるほど。この問題を解決するには、もっと厳密に幽霊の定義を定めるべきか。 比護: 『逆に幽霊の定義が確定すれば、その定義によっては銃で幽霊を撃てた説明も出来る……と、思う』 灯: なるほど……ありがとう。参考になった。 比護: 『何が起きたか、まだ聞かない方がいいか?』 灯: そうだね……自分でも起きた出来事を説明しにくい。正直、自分でも白昼夢の出来事じゃないかと思うようなことばかりだったからね。 灯: でも相談してよかったよ。前に姉さんが、ひーさんはどんな話でも頭ごなしに否定せずちゃんと考えてくれる所、いいなぁって褒めてたよ。 比護: 『…………他に、何か言ってなかったか?』 灯: ふふふ……それを聞く前に、こちらの質問にも答えてもらおう。渡米している間に姉さんを下の名前で呼ぶという私との約束は成功したかい?! 比護: 『それどころじゃなかった』 灯: あ、うん。そうだったね……ごめんなさい。 比護: 『いいよ』 灯: ありがとう! しかし、将を射んと欲すればまず馬を射よ……とはよく言うが、将を射ち損ねたら馬を何頭射っても意味がないのでは? と思うがどうだろう?! 比護: 『……がんばる』 灯: がんばって! #p秋武麗#sあきたけうらら#r: 『ただいまー、お弁当買ってきたよ……あれ、まだ電話中だった?』 比護: 『そっちは終わった。これはあーちゃん』 灯: あっ、姉さん帰って来た? かわってかわって! #p秋武麗#sあきたけうらら#r: 『……もしもし、あーちゃん?』 灯: あーちゃんだよ! #p秋武麗#sあきたけうらら#r: 『お姉ちゃんだよー。留守電聞いたよ。2人と合流できてよかったね』 灯: そのことなんだが、後で電話かけ直すから赤坂くんたちと直接話してもらっていいかい?あの子たち、私が本当に妹なのか疑ってるみたいなんだ。 #p秋武麗#sあきたけうらら#r: 『疑ってるのについて来てくれたの?』 灯: うん……けど、こちらとしては素直に助かった。この状況で言えることを全て言ってしまった場合、逆に言えないことが際だってしまうからね。 #p秋武麗#sあきたけうらら#r: 『秘密を隠すには秘密の中……か。でも、疑いながらでもついてきてくれたなら、大人としてちゃんと安心させてあげないとね』 #p秋武麗#sあきたけうらら#r: 『こっち、すぐお弁当食べちゃうから……そうだね。20分くらい経ったら、かけなおしてもらえる?』 灯: わかった! じゃあまた後で! 灯: ……さて。 灯: 昭和58年に来訪した平成5年の人間が複数いたとして……詩音先輩が殺してでも止めなければと脅威を覚えたのは、やはり赤坂くんかな? 灯: いや、未来人全員脅威的だった可能性はあるか。なんにせよ、詩音先輩が赤坂くんを甘く見ていたとは思えないな……。 灯: あの子に住み着く獣と詩音先輩の鬼は、さぞや食い合わせが悪かっただろう。 灯: …………。 灯: おそらく赤坂くんは、無自覚ながら既に何かしらの答えを出している。 灯: 自覚に至れないのは、構築した答えに確信が持てないか、確信出来るだけのピースが足りず、答えを答えと認識できていないか……。 灯: 自らが出した答えを受け入れるだけの、覚悟がまだ決まっていない……か? 灯: ……まぁ、いいか。 灯: 彼女が解きほぐすために手をかけた糸束の中に、あの子に繋がるものがあることに賭けようじゃないか。