覚悟を決めたように顔をあげ、コンラッドはそう叫んだ。
「決闘?」
あまりにも唐突であったので、その言葉が何を意味するのか、リウイは一瞬、理解しそこねた。
コンラッドは不器用な手つきで、鎧の篭手を外し、その下に着けていた綿入れの手袋を脱いだ。そして、リウイに向かって、それを叩きつける。
手袋はリウイの胸に当たって、ゆっくりと足下に落ちていった。
「わたしは、貴公に決闘を申し込むぞ。いずれが真の勇者か、戦の神に問おうではないか!」
リウイは地面に落ちた手袋を、呆けたように見つめた。実際、頭が麻痺したような気分だった。
「……どうしてオレが、あんたと決闘なんてしなけりゃならないんだ?」
ようやく、コンラッドの言葉の意味を理解して、リウイは悲鳴にも似た声をあげた。
「決まっている。それは愛ゆえに、だ」
「愛って、言われてもな……」
彼のほうには、そんなものないのである。
ところが、だ。
「その決闘、お受けいたしましょう」
リウイの腕を抱えている女性が、静かに言った。
「お、おい?」
勝手に決めるな、とリウイは叫ぼうとしたが、その叫びはメリッサの刃のような視線によって情けなくも封じられてしまった。
「コンラッド、あなたが勝てば、わたしはあなたとともにラムリアースに帰りましょう。しかし、この人が勝てば、二度とわたしに近づかないでください」
メリッサは、婚約者にそう言ってから、
「よろしいですわね、勇者様」
と、リウイを見上げた。
よろしいわけがなかった。
だが、それを言わせない迫力が、メリッサにはあった。
「決闘は七日後の正午。場所はこの場としましょう」
コンラッドは勝手に日取りを決めると、踵を返して立ち去ってゆく。
(待て! 待ってくれ!)
リウイは心のなかで叫んだが、もちろんその声が、彼に届くはずがなかった。
予想もしなかった展開に、彼は心が灰になった気がした。
「決闘だとさ」
ジーニがにやにやと笑いながら言った。
「決闘ねぇ」
ミレルも楽しそうな顔である。
「ええ、決闘ですわ」
メリッサが決意を秘めた顔で、彼女たちに応じた。それから、思い出したように、抱えこんでいたリウイの腕を離す。
「決闘ですって」
アイラもジーニたちの真似をして、リウイに声をかけた。
「勘弁してくれ……」
リウイはその場で頭を抱えたくなった。
どう考えても、リウイには決闘に応じる理由がない。
いくらひ弱に見えても、相手は大国ラムリアースの騎士なのだ。剣術の訓練ぐらいは受けていよう。リウイのほうはと言えば、剣を買ってから、まだ一月も経っていない。魔術の研究の合間を縫って、我流で振りまわしているだけなのだ。
(死ぬかもしれないな)
リウイは目のまえが真っ暗になってゆくのを意識した。
4
それほど広くない部屋のなかには、がらくたにしか見えないような代物と、埃臭い古代書が散乱している。
ここは、オーファン魔術師ギルド、女性魔術師アイラの私室である。
部屋のなかにいるのは、部屋の主の女性とリウイの二人。
戦の神の神殿から帰ってきて、ギルド内の食堂で夕食を食べたあと、そのままアイラの部屋にやってきたのだ。
アイラは部屋の片づけをしながら、さりげなくリウイの様子を観察している。
魔法仕掛けの椅子に腰をかけて、彼は部屋の一点に視線を向けている。その表情がほとんど一瞬ごとに変わっていた。感情を司る精神の精霊たちが、彼の心のなかで、輪になって踊っているような印象である。
「それで、どうするの?」
部屋の片づけを一通り終えてから、アイラはリウイと向かいあうように椅子に座った。
もちろん、彼女が座っている椅子にも魔力が付与されている。
リウイが座っている椅子は、合言葉を唱えると、腰を降ろしている者を拘束する魔力が付与されている。アイラのほうの椅子は合言葉によって、木の魔法像に姿を変えるのだ。
「どうするも、こうするも」
決闘に応じるしかないだろう、とリウイは憮然として言った。
決闘相手の名前は、コンラッド。隣国ラムリーアスの騎士である。もっとも今は自由騎士という身分で、オーファンにやってきている。ある誓いを果たすことが目的だった。
その誓いとは、戦神マイリーに仕える女性神官メリッサを連れて帰ることである。なんでも、コンラッドと彼女は婚約者どうしであったらしい。
それが不服で、メリッサは貴族令嬢たる身分を捨て、戦神の教団に入信したようだ。
コンラッドによれば、彼自身の名誉回復のためではなく、「愛ゆえに」彼女を迎えにきたらしい。
そこまでは、よくある話とまではゆかなくても理解可能な範囲だ。問題はその先である。
なぜ、コンラッドと決闘しなければならないか、だ。
「愛ゆえに」という理由などでは、リウイは納得するわけにゆかないのだ。
「無視すればいいじゃない?」
まるで、リウイの心を見透かしたように、アイラが話しかけてきた。
「そんなことをしようものなら、我が愛すべき従者に確実に殺されるな」
「だったら、そのまえに、わたしがあの女を殺してあげるわ」
「アイラ……」
彼女の場合、冗談とも本気ともつかないから恐ろしい。彼女が愛用している魔法の眼鏡〝四つの眼〟には呪殺の魔力が秘められているのだ。
「売られた喧嘩から、逃げるのも癪だしな」
「あの女性神官が勝手に買って、あなたに押しつけただけじゃない」
「それでも、売り物はオレの手のなかにあるわけだろ」
会話の論点がずれているのに気づいて、二人はしばし沈黙し、互いに見つめあった。
「意外に律儀なのね。それとも、本心はあの女性を渡したくないんじゃないの?」
アイラは咳払いをひとつしてから言った。
「それはないな」
リウイは即座に答えた。
「オレのほうを振り向かないような女には、興味がないんだ。言い寄ってくる女から、いちばんの女を選ぶのが流儀なんでね」
「贅沢な流儀ねぇ。世の男たちに聞かれたら、刺されるわよ」
アイラが呆れたように言った。
「ここだけの話だけどな。昔、刺されたことがある」
リウイは笑って答えた。
しかし、流儀というやつは、そうそう変えられるものではない。
言い寄ってくる女性だけが、リウイにとっては女性で、そうでない女性は人間として見ることにしている。
たとえばメリッサは、リウイにとって冒険仲間なのだ。ジーニやミレルも同様。彼女らにいちいち異性を意識していては、一緒に冒険などやっていられるものでもない。
「でも、男と女の関係って難しいものよ。嫌いだと思っているのは、好きになるのが恐いからってこともあるしね……」
「経験談か?」
「そう思う?」
アイラは思わせぶりに微笑んだ。
「思わないな。そんな時間があったら、魔法の宝物の目録でも眺めているに違いない」
「ひどい言いようね」
アイラは憤慨したように言った。
「わたしは今、どこで何をしているのかしら?」
「この部屋で、オレと話をしているな」
「そうよ。男と女が二人っきりで……」
アイラはそう言うと、わざと緩慢な動作で眼鏡を外した。それから、目を閉じながら、リウイに顔を近づける。
「昨晩もそうだったぞ。この部屋で、くだらない古代書を読まされていた」
「そう言えば、そうだったわね」
アイラはくすっと笑って、姿勢を戻した。そして、魔法の眼鏡をかけなおす。
(案外、鈍感なのよね)
いつも女性からはっきりとした意思表示を受けているためだろう。口説かれることにしか慣れていないのだ。それとも、精神的な恋愛感情には意外に未熟なのかもしれない。
愛しているとか、抱いてとか言わないと、この魔術師は意思表示と受け取らないのだろう。
(でも、それはわたしの流儀じゃないのよね)
アイラはかるく微笑んだ。
「理由なんてどうでもいい。とにかく、オレは決闘に応じてやる」
リウイはふたたび論点がそれかけていたのを修正してそう言った。
女のことぐらいで、決闘に及ぼうとする根性が気にくわない。だいたい嫌われているのに気づかないというのは、自意識過剰だからだ。その性根を叩きなおしてやる、とリウイは思った。
「それで、勝てるの?」
「勝負は時の運だからな。しかし、あの騎士は見るからに弱そうだ。なんとかなると思っている」
「騎士のほうは、ね……」
アイラはつぶやき、問題は別のところにあるんだけどな、と心のなかで続けた。
もっとも、リウイにそれを言ってもしかたがない。それはむしろ、彼女が解決すべき問題であった。
「決闘の相手は他でもないあの騎士なんだぜ? 運が良ければ、勝てるさ」
リウイが怪訝そうな顔になった。
「最近、運が落ちてきたとか、言ってなかったっけ?」
アイラの指摘に、リウイはうっとなる。
「あの女たちと出会ってからな」
実は、彼女たちも、同じようなことを言っているのだが、もちろん、リウイは知る由もない。
アイラは適当に相槌を打ちながら、理由はともかく、あなたの運の悪さは本物よ、と心のなかでつぶやいた。
(だって、あなたが戦うのは、あの騎士じゃないんだもの)
リウイの顔には、不安など影も形も感じられない。度胸が据わっているのか、楽天家なのか、あるいは両方なのだろう。
「遺言でもあれば、聞いておいてあげるけど……」
アイラは冗談めかして言った。
しかし、冗談にならない可能性が実は高いのだ。
「そんなものはないな。オレには財産もなければ、守るべきものもない」
「寂しい人生ねぇ。あなたも、魔法の宝物でも集めてみたら?」
それはそれで寂しい人生だぞ、とリウイは思ったが、あえて指摘はしなかった。
「ま、決闘の日まで、剣の稽古でも積んでおくさ」
「あなたには、それしかできないものね。わたしのほうも、わたしにしかできないことをやるとするわ」
「いったい、何をするんだ?」
リウイが訊ねる。
「魔法の宝物の買い出しよ、決まっているじゃない」
アイラは澄ました顔で答えた。
訊くんじゃなかった、とリウイは後悔した。
そして、彼はアイラに別れを告げ、彼女の部屋を後にした。それから先の話は、遠慮するにこしたことはないのだ。
昨晩は徹夜だったので、リウイもさすがに眠気を覚えていた。剣の稽古は明日からするとして、今夜するべきは疲れを残さないために寝ることだ。
そして、リウイはそれを実行した。その日はたっぷりと睡眠を取り、翌日から魔術の研究もそっちのけで、剣の稽古に打ち込んだのである。
そうして、さらに五日が過ぎたとき、リウイの耳にひとつの噂が飛びこんでくることになる。
ファンの街の宿屋に五人の野盗が押し入り、宿泊していたラムリアースの騎士によって逆に成敗されたというものだ。
街中が、その噂でもちきりになった。
リウイの決闘は、明日に迫っていた。
5
「聞いたか?」
姿を現すなり、女戦士のジーニが声をかけてきた。
彼女の後ろには、盗賊少女のミレルと戦の神に仕える神官戦士メリッサの姿もある。
「聞いたよ……」
ふてくされたように、リウイは答えた。
魔術師ギルドの裏庭で、彼は剣の稽古をしているところだった。もっとも、他人が見たら、どう思うかは知らない。
まったくの我流で剣を振りまわしているだけだからだ。
リウイは上半身、裸という格好である。鍛えられた筋肉は鋼のようで、上気した肌には汗が滝のように流れている。
もうすぐ夏だ。
「あの騎士が、五人の賊を倒したんだって」
リウイがその話を聞いたのはちょうど昼時だった。リウイとは同期の魔術師ダリルとギルド内の食堂で会って、彼から街の住人たちのあいだで騒がれていたその噂を教えてもらったのだ。
そういう噂には、リウイが関心があるだろうと気を利かしてくれたのだ。
リウイが冒険者の一団に加わったことを、同期の魔術師たちはすでに知っているし、歓迎してもいる。古代王国時代の遺跡から、研究材料を持ち帰ってくることに、期待しているのだ。
彼らは暗黙の了解で、宝物はアイラに、古代書は自分たちで分配することに決めているようだ。
ジーニたちの同意さえ得られればだが、リウイもそのつもりでいる。
自分だけの研究材料にしようなどという考えはかけらもない。
「そうなのよ」
ミレルが目を丸くしながら、進みでてきた。
「盗賊ギルドで確かめてきたけど、噂は本当だったわ。賊を成敗したのは、間違いなくコンラッドとかいう騎士よ。今は王城に招かれ、リジャール王と謁見しているみたい」
「感謝状でも、送られるんだろうさ」
リウイは面白くもなさそうに、鼻を鳴らした。
さすがの彼も、気分が荒んでいる。今の彼は、刑の執行を明日に控えた死刑囚のような立場なのだ。
「賊は皆殺しだったそうよ」
ミレルは、盗賊ギルドで仕入れてきた追加情報を話した。
「全員、急所に一撃を受けて死んでいて、検死を行ったオーファンの騎士は、あまりにも鮮やかな手並みに感嘆したらしいわ」
「……容赦のない性格なんだな」
それだけ実力差があれば、殺さずに捕らえることもできただろう。
いかに決闘とはいえ、リウイは相手を殺す気はなかった。そして、相手も同じだろう、と気楽に考えていた。
どう考えても、命までかけて、女性を取り合うなんて馬鹿げている。女性など、いくらでも代わりがいるのだ。
しかし、ミレルの話を聞いて、あの騎士が同じ気持ちでいるという考えを、リウイは捨てた。決闘を受けたからには、殺されても文句は言えないのだ。もちろん、殺したほうも罪に問われることはない。
「まったく信じられません」
青ざめた顔をしたメリッサが言った。
「些細なことでも魔術で解決するしか知らなかったあのコンラッドが、いったいどんな修行をしたものか……」
「あんたごのみの騎士になって、よかったじゃないか?」
リウイは皮肉を言った。
メリッサは、何も言い返さない。ただ、死ぬほど嫌そうな顔をしただけだ。
(哀れな奴だ)
リウイはあの騎士に同情したくなった。しかし、そんな奴に殺されるかもしれない自分は、もっと哀れだろう。
「手遅れだとは思うが、今から鍛えてやろうか?」
ジーニが声をかけてきた。
彼女にしては、精一杯の好意と言える。
「いや、遠慮しておく。あんたと稽古をしたら、身体がぼろぼろになりそうだ」
ジーニは苦笑を浮かべたものの、文句は言い返さなかった。そういう教え方しかできないことを、彼女は認めているのだ。
「なんか欲しい物とか、してほしいことがあったら言ってね。なんだって盗ってくるし、やってあげるから」
ミレルが申し出てくる。
「だったら、お願いだ……」
リウイは哀れみの表情を向けてくる盗賊の少女に言った。
「優しい言葉なんかかけてくれるな。まるで、オレが死ぬと決まったみたいじゃないか?」
「そうじゃないの?」
ミレルはきょとんとした顔をする。
リウイは頭を抱えたくなった。
「安心してください。あなたが死んだら、わたしも後を追います。不本意ですが、ともに喜びの野に参りましょう」
メリッサが覚悟を決めたように言った。
〝喜びの野〟とは戦の神の教えで、勇敢なる戦士が死後に赴くという冥界である。
(どう安心しろって言うんだ!)
リウイは心のなかで魂の叫びをあげた。
そして、死んだら星になろう、とひそかに決意した。
知識神ラーダの教団では、死んだ者は夜空に輝く星になると説いているのだ。
魔術師のはしくれでもあり、リウイはいちおうラーダを信仰している。もっとも、一年に一度、ささやかな寄進を行うだけの信仰であったが……
星になれば、女性に振り回されるようなことはあるまい。間違っても双子星にだけはならないぞ、と心に誓う。
「そう言えば、いつもの同僚の姿が見えないな」
ジーニが突然、話題を変えて言った。
「いつも一緒にいるわけじゃない」
リウイは不機嫌に答えた。
いつもの同僚というのは、アイラのことだろう。
自分の後釜として、彼女を冒険の仲間に誘うつもりなのかもしれないと、リウイはなげやりな気持ちで思った。
もともと、ジーニたちは女性の精霊使いか魔術師を仲間に誘うつもりだったのである。メリッサが〝神託〟なるものを受けなかったら、リウイなどを仲間に迎えようとはしなかったはずなのだ。