第章 それは愛ゆえに



    1


 白馬にまたがった一人のが、ファンのまちおおかつしていた。しろがねいろかつちゆうの胸にはラムリアース王国の一角獣ユニコーン紋章エンブレムが、初夏の日差しをびてさんぜんかがやいている。

 かみ白金プラチナひとみ蒼氷色アイスブルーはだ新雪バージンスノーのごとく。くちびるべにをひいているかのように赤い。

 大路を行きうファンの街の人々は、申し合わせたように騎士をり返ってゆく。そして、絵画のなかから出てきたような騎士の美しさに息をのみ、騎士の性別がいずれかと首をかしげる。

 しかし、騎士のほうはといえば、街の人々には目もくれない。馬のづなにぎりしめ、まっすぐに前を見つめている。

 やがて、騎士は一けんの酒場の前で馬を止めた。しんちような動作で地面に降り立つと、愛馬を馬小屋につなぎ、そこに用意されていたと水とをあたえる。そして、自身は店のなかに入っていった。

 ひるどきということもあり、店は混雑していた。食事をしている者がほとんどだが、酒を飲んでり上がっている一団もある。

 しばらくのあいだ店内をわたして、ようやく騎士はすみのほうに空席を見つけた。客のすきをぬいながら、そのテーブルへと移動する。

「よろしいでしょうか?」

 テーブルにならんですわっていた二人の先客に、騎士はれいただしく声をかけた。

 一組の男女だった。二人とも長衣ローブを着て、テーブルのわきにはつえを立てかけている。そのうちの一本はまだ真新しく、木のかおりがただよってきそうな感じがした。

 二人はじゆつなのだ。つるぎの国とうたわれるオーファンではあるが、りつな魔術師ギルドがあることを、騎士は知識として知っていた。

「もちろんですわ、ラムリアースの騎士様」

 魔法の宝物マジツクアイテムらしき眼鏡めがねをかけた女性が、微笑ほほえみながら答えた。

 となりにいるおおがらの魔術師はあいそうにうなずく。

 リウイとアイラの二人だった。

 彼らは魔術師ギルドのせきどうであるフォルテスから、魔術師ギルド所有の古代書の解読を命じられ、一晩がかりでその要約レジメを書きあげたところだった。

 そして、導師の悪口を言いながら、おそい朝食を取っていたのだ。

「失礼ながら、今のわたしは自由騎士の身分なのです」

 アイラの言葉に、騎士が決意に満ちた表情をかべて言った。

ちかいを果たすまで、国には帰らぬつもりでおります」

 そうなのですか、とあいづちを打ちながら、

だれもそんなこと聞いてないわよ)

 と、アイラは心のなかでそうつぶやいた。

(自意識じようか、それとも精神的なしゆつきようね)

 その時点で、アイラは騎士本人には関心を失った。しかし、彼が身に着けている武具には、ひどくきようをそそられた。

「……よいけんに、よろいをお持ちですね」

〝四つの〟というめいあたえられた魔法の眼鏡に手をかけながら、アイラは言った。

 金属わくにはめられたふたつの水晶クリスタル硝子ガラスがきらりとかがやく。

「お分かりですか?」

 たちまち、騎士の顔に得意そうな表情が広がった。

「鎧のほうは大地のようせいの手になる真銀ミスリル製。の形状から、ヤスガルン山脈はサウザー集落の品とお見受けいたします。そして、剣は古代王国の末期、りよくとうの建造以降にきたえられたほうけんですね。つかにはめこまれた黒水晶がそのあかし。おそらく、強い魔力がされていましょう。魔力の付与者は〝動かざる者〟エル・アラメイン……」

 アイラは剣と鎧をこうに見ながら、すらすらと言葉をならべた。

「……おつしやるとおりです」

 騎士はおどろきを通りし、ほうけたような表情になった。

 女性とまごうようなたんせいな顔だちをしているだけに、その表情はひどくけていた。二人のやりとりを見るとはなしに見ていたリウイは、笑いをおさえるのに苦労しなければならなかった。

 ほこり高いのことだ。少しでも笑おうものなら、それこそけつとういどんでくるかもしれない。

(理由もないのに、戦うことはない)

 いくらてつけで気が立っているとはいえ、リウイにもそのぐらいの分別はある。

 もっとも、そのものごしや体格を見るかぎりでは、この自由騎士はそれほど強そうには見えない。けんり回そうとしたら、かえって身体からだのほうが回るのではなかろうか。

 いくら剣やよろいりつであっても、それを満足にあつかえるかどうかは別問題なのだ。

(それにしても……)

 と、リウイは思う。

 アイラのかんていがんは知っているつもりだったが、実際に見せつけられると、改めて感心させられる。

(もっとも、常識はずれではあるけどな)

 アイラの場合、ほうもつに関する知識や鑑定能力は、学問のはんえている。それにいのちをかけていると言って、ごんではないのだ。

 そのとき店員がやってきて、騎士に注文を取りにきた。

「軽い食事に、いつぱい、お願いしたい」

 騎士は言って、店員が運んできた冷たい水でかわいたのどうるおした。

 アイラは自分の鑑定が正しかったことで満足したらしく、リウイに向き直ると、フォルテスどうの悪口を再開しはじめた。

 神経質なこの次席導師は、若い魔術師たちのあいだでは何かと評判が悪い。ちょっとしたことですぐにおこりだし、いんけんばつあたえるからだ。

 リウイたちが徹夜で古代書を読まねばならなかったのも、ろうだんしようしているのをとがめられたからだ。

 会話の内容が魔術には関係のない話であったためきんしんだとしつせきされ、魔術師ギルドのそうくさるほどまっている未解読の古代書の要約レジメを作れと命じられたのである。

 そうしておけば、必要なときに必要な書物をように見つけだすことができるのは確かだ。しかし、古代書のすべてが役に立つものとはかぎらない。

「……どういう死体が屍人ゾンビーに適しているとか、冥王犬ヘルハウンドえさには何がいいかなんて書物を読んで、いったいどんな意味があるのかしら?」

「オレが読んだ貴族の日記なんか、食べ物のことしか書いてなかったぜ。それもものばかり。書いたやつは、美食家のつもりでいるみたいだけどな……」

 リウイたちはそんな会話をわし、くだらぬ古代書をしつけたフォルテスに対し、ようしやのないこうげきを続けた。

 そのあいだに、自由は運ばれてきた料理をもくもくと食べ、リウイたちより先に食事を終えた。そして店員を呼び、銀貨ガメルかんじようはらう。

 それから、ゆっくりと立ち上がると、リウイとアイラにかるく一礼した。

じやをいたしました」

「こちらこそ、目のようをさせていただきましたわ」

 そうあいさつを返し、アイラは魔法のけんとドワーフ製のよろいに向かって、心のなかで別れの挨拶を送った。

「邪魔をしたついでにおたずねしたいのですが、マイリーしん殿でんがどこにあるか、ご存じありませんか?」

「マイリー神殿……ですか?」

 アイラはおどろきの声をあげ、リウイと顔を見合わせた。

「驚くようなことではないでしょう」

 アイラのはんのうに、騎士はしんがいそうに言った。

「……申し訳ありません」

 げんそこねぬよう騎士にあやまったが、彼女が驚いたのにはもちろんわけがあった。

 二人はまさにこれからマイリー神殿に行くつもりだったのである。

 リウイたちは騎士に、神殿まで案内しようと申し出た。騎士はその好意をなおに受け、二人にしやを表した。

「感謝されるようなことじゃ……」

 社交れいで、リウイは騎士に答えた。

 だが、まさに感謝されることではなかったと、リウイはすぐ後に、身をもって知ることになる。


    2


「……人生とは戦いなのです」

 神殿のれいはいじよに集まっている信者たちに向かって、せんしんマイリーにつかえるしんかん戦士メリッサはゆっくりと語りかけた。

 ゆうな動作と、知性あふれる語り口で、彼女は信者の人気が高い。

 集まっているのはかくてき、若い年代の男がほとんどだ。彼女自身は気づいていないが、彼らの大半は、メリッサが説教に立つときをねらって、神殿に礼拝に来ているのだ。

 いくさかみの教義をき、じゆつの訓練をほどこし、や病気をわずらっている者にはじゆもんをかける。そして、神殿を運営してゆくために必要なしんを受けるのだ。

 ファンのまちのマイリー大神殿において、さいの地位にあるメリッサは一月に一回ほど、この職務にいている。いや、就かねばならない。

「……戦いといっても、戦場でのそれを意味しているのではありません。生きてゆくためにはさまざまな試練があり、それに立ち向かうこともまた戦いにほかならないわけです。そして、だいなるマイリーしんは、りきな我らに勇気をおさずけくださいます……」

 メリッサは戦の神の教義を説きつづける。

 だが、今日の彼女はどこかしら気のけたような表情であり、声だった。

〝争いの森〟ターシャスから帰ってからというもの、メリッサは毎日、こんな様子であった。

(まだかたが痛い……)

 十日ほど前、リウイにつかまれたところは、ちょっとしたあおあざになっていた。だいぶうすれてきたが、その痣がときどき痛んだような気がするのだ。

 そして、痛みとともにかいいっぱいに広がる魔術師の顔が思いだされる。こうふんしたようなかんの表情を、そのとき、彼はかべていた。

 それまで、生理的ともいえるけんかんを覚えていたはずの顔だ。しかし、あのときはか、そんな気分にはならなかった。むしろ、彼といつしよに喜びを分かちあいたいというしようどうさえ覚えた。

(どうして、そんな気持ちになったのでしょう?)

 それが分からなくて、メリッサはファンのまちに帰ってからも、まったく気分が落ち着かなかった。

 こんわくしている自分に驚き、またはらたしくもあった。

 先ほど、行った武術なんのときにも、彼女は集中力をいていて、けい相手に戦鎚ウオーハンマーを当ててしまいそうになった。

(人生は戦い……)

 信者に向かって、マイリー神の教えを語り聞かせながら、彼女は思った。

 今の自分がまさにそうであった。

 試練に直面し、それと戦わねばならない。しかも、その試練は、神からあたえられたものなのである。

(ですが、神よ。あの魔術師が、勇者だとはどうしても思えないのです)

 魔術師のくせにおおがらで、きんにくかたまりのような体格をしている。ひんばんで、行動には洗練さのかけらもない。

 外見の美しさだけで判断して、森の妖精エルフだまされた。そして、危機をだつしゆつするためには、おぞましいようさえ平気で利用し、そのことを反省している様子さえない。

(そんな男が、どうして勇者たりえましょうか?)

 メリッサはその問いを何度、神に投げかけたか分からない。

 だが、答は返ってこない。

 それを見つけだすことがなんじの使命だと言わんばかりであった。

 勇者からもっとも遠いところにいると思われる男に、えいゆうせいを見いだす。

 マイリー神の教義を思えば、これほど宗教的な命題はないと言えるかもしれない。だが、りき従僕しもべにしかすぎない自分に、その命題をき明かすことができるだろうか?

 メリッサには、まったく自信がなかった。

 ゆいいつ、可能性があるとすれば、リウイ自身が心を入れえ、別人のごとく変わることだけだと思っていた。

 メリッサはそれを望んでいた。あの魔術師が変わらなければ、自分が果たすべき役割は何もないと。

 だから、彼と目を合わそうとしなかったし、身体からだれられるなどもってのほかだった。彼が変わろうとしないのが悪いのだから、それでも許されると思っていた。

 しかし、エルフ族にとらわれたとき、額が触れるかと思ったほどのきよで、リウイと見つめあった。そしてあざが残るほどに強く、かたつかまれた。

 それなのにけんするどころか、いつしよに喜んでもいいと思いかけたのだ。

 その理由が分からない。だから、メリッサは混乱しているのだ。

「真の勇者とは……」

 彼女の説教は、マイリー教団がれつしたせいなる勇者の話にきていた。

 聖勇者の話をするとき、メリッサはいつもとうすいしたような気分になる。

 それら真の勇者にあこがれて、そのかたわらにいる忠実なるじゆうしやになりたくて、彼女はマイリー教団に入信したのだ。

 しかし、なぜか今日は気分が乗ってこない。彼女がいちばん好きな聖勇者の話をしようと決めていたのに、だ。

「真の勇者とは……」

 メリッサは同じ言葉をふたたびり返す。

 れいはいじよに集まった信者たちは、期待に満ちた顔で、続く言葉を待っている。

 聖勇者について語るときの彼女がもっともりよくてきだというのが、彼らのいつした意見なのである。

 いつもは高貴でせいふんをしているのだが、そのときばかりは声に熱が入り、ひとみうるんだようになる。その表情がたまらないと、彼らはしん殿でんからの帰り際によく話しあっている。

「真の勇者とは……」

 メリッサは三度、言った。

 だが、どうしてもその先が続けられない。顔もせがちになって、声からも力が失われた。額には、あせさえにじみはじめる。