気分を変えようと思い、冗談めかしてリウイは言った。
「吟遊詩人が謳う英雄物語じゃあるまいし、そんなことがあってたまるか」
馬鹿にしたように、ジーニが鼻で笑った。
リウイはむっとしたが、この状況を招いたのは、全面的に自分の責任なので、文句のひとつも言い返せない。
「武器は取り上げられたけど、荷物はあるもの。いざとなれば逃げだせるとは思うけどね」
だけど、森のなかでエルフに追いかけられるのは嫌だな、とミレルは続けた。
彼女が言うとおり、武器こそ取り上げられたものの、他の荷物は牢屋がわりのこの小屋に、一緒に投げこまれている。
そしてミレルの荷物のなかには、盗賊の七つ道具などもあるのだ。
(そういえば、アイラから魔法の宝物を借りていたな……)
ほとんど忘れかけていたことを、リウイは思いだした。出発のときに、強引に持たされた魔法の宝物である。
森妖精の外套、道標の小枝、妖魔の呼び子という名の三つである。姿隠しの能力や方向探知の能力、妖魔の召喚能力をそれぞれ魔力として秘めている。
これまで一度も使う機会はなかったし、今の状況でも役立ちそうにない。
──工夫しだいだと思うけどな。
アイラの言葉が思い出される。
魔法の宝物をどう使いこなすかは、所有者の知恵しだいだそうだ。
(やっぱり使えないぞ)
ここにはいないアイラに向かって、リウイは呼びかけた。
「とにかく、できれば話し合いで片をつけたいな。このまま裁かれるのを待つなんて、我慢できない」
リウイは三人に向かって呼びかけた。
「やってみればどうだ?」
ジーニが冷ややかに言って、小屋の入口に、視線を向ける。
それと同時に扉が開いて、例のエルフ娘セレシアが姿を現した。
「オレたちをどう裁くか、決まったのか?」
リウイは、彼女に訊ねた。
「わたしたちには法律なんてないし、妖魔たちならともかく、人間に聖なる木を傷つけられたなんて前例もない事件だしね。今、集落の長老たちが相談しているわ」
「よくも騙しやがったな!」
ミレルが殺気を漂わせなら、セルシアに怒鳴った。
裏街言葉ということもあり、こういうときの彼女は本当に迫力がある。
「そのぐらいに罵倒してくれたほうが、気が楽だわ。その男みたいに、信じてくれた人を騙すのはちょっとね」
セレシアは申し訳なさそうに言って、リウイから視線をそらした。
「良心が痛むとでもいいますの?」
メリッサが感情を抑えた声で言った。
その言い方をしているときの彼女が、いちばん恐ろしいことは、すでにリウイは承知済みである。
「いにしえの者の木を傷つけられたままだと、わたしが責任を問われるもの。騙したのは悪かったとは思うけど、あなたたちを捕らえるには、他に方法がなかったのよ。戦って、勝てる人たちだったらよかったんだけど……」
「だったら、容赦なく殺していたわけか?」
ジーニが、低い声で言った。
まるで怒りに燃える狼が、唸り声をあげているようだ、とリウイはふと思った。
「そのときには、枝を切るまえに警告して、追い返していたわ。そうしたかったんだけど、怖くてね。よりにもよって、わたしが見張りについているときに、人間がやってくるなんて思いもしなかったわ」
「その人間のなかに、簡単に騙されるような馬鹿な男がいてよかったな」
「ええ、本当によかったわ」
リウイの精一杯の皮肉にも、悪びれることなくセレシアは言った。
「でも、嬉しかったわ。わたしたちの種族のことをあんなふうに思ってくれていたなんて。最良の友人とか言うわりに、人間ってけっこうわたしたちエルフに偏見を持っているものだから」
「どこが偏見なのよ!」
ミレルが間髪を入れずに、言葉を挟む。
「残念ながら、オレだってエルフに対しての認識を変えたぜ」
騙されたほうが悪いのだから、恨みごとを言うつもりはない。
だが、こういう仕打ちをうけてなお、エルフに対する幻想を捨てないでいたら、それはただの阿呆だ、とリウイは思う。
「それは、残念だわ……」
セレシアは寂しそうな笑顔を見せた。
人間の男なら、騙されてもいいと思うような笑顔である。だが、本当に騙された身では、そこまで思い入れはできない。
(ここのところ、どうも女運が悪いな)
リウイは思った。
小鬼に呪われたような気分だった。
きっかけは、もちろん、ジーニたち三人に出会ったことだ。
アイラ一人に振り回されていた頃が、夢のように思える。
(オレも一生、独身かもな)
養父カーウェスがそうであったことを思い出す。
(さすがに爺さんは、賢明だぜ)
「とにかく食料と水を差し入れしておくね。評決がどう決まるかは分からないけれど、それまではおとなしくしていて。わたしにも責任があるから、できるかぎりの弁護はしておく」
セレシアは言った。
「涙が出るほど嬉しいな」
ジーニが乾いた笑い声を響かせる。
「そう言えば、あなたは先ほど、妖魔はともかく人間は初めてだ、とか仰ってましたわね。参考までにお聞かせねがいたいけれど、聖なる木を傷つけたら、妖魔の場合はどう裁いていたの?」
メリッサがエルフ娘に問いかけた。
彼女は一瞬、強ばったような表情をした。それから苦笑を浮かべながら、
「知らないほうがいいと思うわ」
と、答えた。
「けっこうな答ですわ」
メリッサがさらに感情を殺した声で、うなずいた。
「あなたたちは人間だもの。妖魔たちよりも賢明だと、わたしは信じている。だけど、長老のなかには、愚かな人間は妖魔より性質が悪いと主張している人もいてね。その意見のほうが優勢なのよ。あなたたちが、妖魔たちとは違うことを示せればいいのだけど……」
そして、セレシアは幸運神に祈りでも捧げていてと言い残し、去っていった。
「ありがたい忠告だわ」
そう吐き捨てて、ミレルはセレシアが出ていったばかりの扉に、手近に置かれていた木製の杯を投げつけた。
乾いた音がして、木製の杯は扉から跳ねかえり、丸太が並んだだけの床に落ちて、二度、三度と不規則に弾んだ。
「悪い予感がしますわ」
メリッサがジーニたちに向かって、微笑みながら言った。
「試練の時がきたのかもしれませんわ」
「そうかもな」
「そうかもね」
ジーニとミレルが、それぞれ応じた。
「木の枝をひとつ切っただけなんだぜ?」
思いもかけない展開に、リウイは呆然となった。このままだと、本当に殺されるかもしれないのだ。
「あの女が言ってただろ。エルフには法がないって」
「高貴な妖精の考えることなど、わたしたちには分からないものですわ」
「盗賊ギルドより厳しい掟よね」
ジーニたち三人が口々に言った。
そして、
「おとなしくなんてしていられない」
それぞれ語尾は違っていたが、そう声を重ねた。
(心話の呪文でつながっているみたいだ)
リウイは場違いな感想を抱いた。
一緒に冒険をしていると、これほどまで息が合うものなのだろうか。
「暴れて何とかなるのか?」
殺されるかもしれないと思った瞬間、リウイは不思議に意識が冷めてゆくのを自覚した。恐怖はまったくない。ただ自分の考えが甘かったせいで、ジーニたちを危険に巻き込んでしまったことに猛烈な後悔を覚える。
「エルフたちは精霊魔法を使う。弓矢の腕だって達者なものさ」
ジーニが薄笑いを浮かべた。
「おまけに多勢に無勢だしね」
妙にさっぱりした顔で、ミレルが言う。
「人生は戦いだと、偉大なるマイリー神は申しておられますもの」
と、メリッサ。
「勝手に覚悟を決めるんじゃない!」
自分がすべての元凶であるとは承知しつつも、いや、だからこそ、リウイはジーニたちに向かって怒声をあげた。
「暴れて何とかなるのなら、オレだって喜んで一緒にやる。だが、そうじゃないなら、認めることはできないな」
「他に手があるとでもいうのか? エルフたちの慈悲にすがるなんてのは、わたしたちの流儀ではないぞ」
ジーニが怒りの視線をたたきつけてくる。
「もちろんだ。それはオレの流儀でもない。だから今、その手を考えているんだ」
「そんなのあるわけないわ」
ミレルが、馬鹿にしたようにつぶやく。
「あきらめるな!」
リウイは、必死になって説得した。
あきらめたら、考えは何も浮かばなくなるものだ。絶望するのは、最後の最後でいい。
「そう言えば、わたしたちが妖魔たちとは違うことを示せればとか、あのエルフ女性は言ってましたわね……」
「そうか妖魔! それだ!!」
リウイは快哉の叫びをあげ、反射的にメリッサの両肩を掴んだ。
「な、なにを……」
なさいますの、と続けようとした言葉を、メリッサは飲み込んだ。リウイの迫力に圧されたように、声が続かなかったのだ。
「それだ! それだ!」
リウイは興奮したように叫びつづける。
メリッサの言葉をきっかけに、頭のなかで渦巻いていたものが見事にひとつにまとまった感じだった。
旅立ちのまえに、同期の女性魔術師アイラが言った言葉がまざまざと思い出される。
──工夫しだいだと思うんだけど。
魔法の宝物を手渡すとき、彼女はたしかにそう言った。どう応用するかは、冒険者であるあなたがたしだいだ、と。
そして、彼女から借り受けた魔法の宝物は、今、リウイたちの手元にあるのだ。
「気でも狂ったんじゃないか?」
ジーニとミレルが顔を見合わせる。
「オレたちが、妖魔とは違うってことを、エルフたちに教えてやろうじゃないか!」
リウイは力をこめて言った。
どうすればいいかは、完全に頭に浮かんでいた。
そして、リウイはそれを実行してみせた。
「奇跡って起こるものなのね」
セレシアが感慨をこめて言った。
「妖魔たちの襲撃なんて、いったい何十年ぶりかしら。それも、あれだけの数となると、わたしが生まれてからは記憶にないわ」
いったい何百年生きているのやら、とエルフ娘の言葉を聞いてリウイは思った。
彼女が言うとおり、あの後、エルフの集落に突如、妖魔たちの来襲があった。
閉じこめられていた部屋を脱けだし、リウイたちはエルフを助けて、妖魔たちを相手に奮戦した。
武器は取り上げられていたから、またも素手で妖魔たちと戦うはめになった。もっとも、今のリウイは、剣を持つより、素手で戦ったほうがはるかに戦力になる。
何匹もの妖魔が、彼によって叩きのめされていった。
もちろん、ジーニたちも格闘術は心得たものだ。リウイに劣らないほどの活躍で、妖魔たちを次々と倒していった。
エルフたちは、彼ら四人のあげた戦果については、さほど評価しなかった。
それよりも、この混乱に乗じて逃げようと思えば逃げられたところをそうしなかった。それどころか、自分たちを罰しようとしていた者を助けたことを高く評価した。
「この人間たちは、エルフのことを高貴な妖精であると言ってくれました。そして、このような目にあったというのに、その考えを変えなかったのです」
セレシアが長老たちにそんな説得をし、リウイたちは罪を許され、放免されることが決まった。
樫の古木の枝も(アイラの要求どおり小枝つきで)もらいうけ、リウイは旅の目的をみごと果たした。
そして、セレシアの道案内を受けて、ターシャスの森の出口に、ようやくやってきたところだった。
「これから先は、あなたがた人間の世界だわ」
目の前に広がる起伏のある草原をまぶしそうに見つめて、セレシアは言った。
「助かったよ。おかげで、無事に帰り着くことができそうだ」
リウイは彼女に礼を言って、白く繊細な手を取って、握手をした。
「わたしにも責任があるもの。そんなことはいいのよ」
セレシアはそう言って、わずかに顔を赤らめた。
「それじゃあ、さよならだ」
リウイは森の奥へと帰ってゆくセレシアに別れを告げた。
「さよなら。また、お会いしましょ」
最後にそう言って、彼女の姿は木々のなかに消えた。
「また会いましょ、だって?」
エルフ娘が消えてから、たっぷり十回ほど呼吸してから、ミレルが不機嫌そうにつぶやいた。
エルフの集落からの帰路、ジーニたち三人はむっつりと黙りこんでいた。リウイにとっては不気味な沈黙だったが、彼自身の気分は上々だった。
乱暴とも思える計略だったが、予想していた以上の結果になったからだ。
リウイたちは晴れて放免となり、目的の物も手に入れた。
妖魔の襲撃は、もちろん、セレシアが言ったような奇跡ではない。妖魔の呼び子を吹き鳴らして、リウイが呼び寄せたのだ。
妖魔の跳梁する森だけあって、まさに霊験あらたか、何百という妖魔が集まってきた。
激しい戦いで、エルフたちにもかなりの犠牲者が出たが、そんなことはリウイは塵ほどにも気にしていない。
あのままだと、死んでいたのは自分たちのほうかもしれないのだ。
それに、争いの森の名は、妖精と妖魔とが古来より激しく戦ってきたことに由来する。
妖魔との戦いは、エルフたちにとって、避けられぬ運命なのだ。その時期が少々、早くなっただけだと思えば、良心も痛まずにすむ。
「ファンの街へ帰ろうぜ。しばらくは森なんて見たくもない気分だ」
リウイはジーニたちに呼びかけると、春の日差しを浴びる草原に向かって、悠然と歩きはじめた。
その後ろ姿を、ジーニたち三人はしばらくのあいだ見つめていた。そして溜息まじりに顔を見合わせてから、
「信じられない……」
と、声を重ねた。
もちろん、語尾はそれぞれ違っていた。