「そのエルフに困ることがあるとすれば、木に登って、枝を切り落としたことしか考えられないんだから」

「……そうだな」

 いろいろと反論を考えてみたが、リウイにもほかに思い当たるふしはない。

 エルフ族は森のようせいであり、森の木々のしゆしやと言われている。

「この木の枝を切ったら、困るわけでもあるのか?」

 リウイはこんわくぎみのエルフ娘に、そうたずねてみた。

「オレは、別にこの木をらせるつもりはない。こんなにしげっているんだ。少しぐらい枝をはらったほうが、木のためにもいいぐらいだろう?」

 勝手なくつとは承知しつつ、リウイはそう主張した。

 彼が選んだかしの木は、じゆれい五百年をえる古木だけに、みきは太く、枝の張りも堂々たるものだった。枝を十本ばかり切り落としたところで、とても枯れるようには見えない。

「枯れたりはしないでしょうけどね……」

 エルフ娘は、思わせぶりな言い方をした。

「言いたいことがあるなら、はっきり言ってくれ。オレは理由があって、樫の古木の枝を必要としているんだ。できれば、さっさとませて、この森から出たいと思っている」

「……分かったわよ」

 エルフのむすめためいきをひとつついてから、かくを決めたように話しはじめた。

「その木は……、いえ、このあたりの木のほとんどは〝いにしえの者の木〟なのよ。わたしたちの集落では誰かが死ぬと、死体を地面にめて、そこになえを植える習慣があるの。ようせいは死んで、せいれいに生まれ変わるとされているから」

「つまり、はかみたいなものか?」

 エルフ娘の言葉に、リウイは少なからずどうようした。リウイのやろうとしていたことは、ひようぬすんだようなものだ。

「そういうことよ。ここは、わたしたちの部族にとってせいとも言うべき場所なの」

 そう言うと、エルフ娘は、地面に落ちている木の枝に視線を向けた。

 それは、リウイがたった今、切り落とした一本だ。

「切ってしまったのね……」

 うらめしそうな顔をして、エルフ娘は言った。

「あ~あ、知らな~い」

 ミレルがちやすような笑い声をあげる。

 ジーニとメリッサは顔を見合わせ、これみよがしにためいきをつく。

「知らなかったとはいえ、悪かったな」

 リウイには、そう言うしかなかった。

「いえ、わたしも木を切るまえに声をかければよかったのだけど……」

 そして、エルフ娘は、切ってしまったのね、ともう一度だけり返した。

「だから、悪かったって」

 広い森のなかを探し回って、ようやく見つけだしたかしの古木だが、エルフたちの聖地とあってはしかたがない。また別の場所を探すだけだ。

「これは返しておく。と言っても、もうおくれかもしれないがな」

 リウイは地面に落ちている枝を拾いあげ、エルフ娘のほうに投げてよこした。

 そして、しやざいと別れの言葉を述べ、その場から立ち去ろうとする。ジーニたち三人もしようかべながら、彼に続こうとした。

「待って!」

 あわてたように、エルフ娘はリウイたちを呼び止めた。

「まだ、何か?」

「この周辺は、わたしたちの森。人間は、りようですら立ち入らないわ。勝手に歩きまわられては困るのよ」

「わたしたちの森って、言われてもな……」

 エルフ娘の言い方は、かなり強い調子だった。

「木を切りたおしたり、ものろうというわけじゃない。木の枝をほんの少し、持って帰りたいだけなんだぜ」

「だったら……」

 エルフ娘はうつむいて、いつしゆん、何かを考えるような態度を見せた。それから、顔をあげると、明るい笑顔を浮かべた。野の花がつぼみを開かせたようなせいな笑顔だった。

「だったら、わたしたちの集落にくるといいわ。集落にもどれば、樫の古木の枝ぐらいいくらでも分けてあげられる」

「そいつは助かる……」

 リウイはまんめんの笑顔で、彼女に答えようとした。

 だがそのとき、だれかがリウイの足をばした。三人のなかであしくせが悪いのは、もちろん、ミレルに決まっている。おまけに盗賊だから、この少女は手癖も悪いのだ。

「なんだよ?」

 リウイは後ろをり返り、がらな盗賊の少女を見つめた。

「いかにも、って感じがしない?」

 リウイにだけ聞こえるように、ミレルはささやいてきた。

「いかにもって、何がだよ」

 つられてリウイも囁き声で応じる。

「決まっているでしょ。あのエルフ女の申し出よ。十日ほどほうっておいた食べ残しのなべふたを開けたみたいだわ」

すごいたとえだな」

 思わず想像してしまい、リウイは顔をしかめた。さぞかしそうぜつにおいがするだろう。

「心配ないさ」

 リウイは笑って、彼女の言葉を否定した。

「エルフ族は高貴なようせいぞくだ。人をだましたりはしない」

「どういうこんきよでそう言い切るわけ?」

 ミレルは、信じられないというように目をぱちぱちさせた。

「オレだって、いちおうけんじやだからな。エルフについてはいろいろ知っているさ。じやあくでないからこそダークではないエルフなんだ」

 自信満々で、リウイは言った。

 エルフに会うのは初めてだが、多くの書物にそう書かれている。ちがいはないはずだ。

「限りなくダークにちかいエルフのうわさなんかも聞いたことあるんだけど」

「それは人間の世界に出てきたエルフだろ? おおかた集落からついほうされでもしたんじゃないか。森でらしているエルフの言葉は、信用して間違いない」

 リウイはそう断言した。

 ミレルはあきれたというようにかたをすくめて、

「そこまで言うんなら、あんたの好きにしな」

 と、きすてた。

「森のなかを勝手に歩きまわられたくないから、しかたなく言ってるのよ。わたしたちだって、あなたたちにはさっさと出ていってもらいたいから」

 リウイとミレルとのひそひそ話を不安そうに聞いていたエルフむすめだったが、二人の話が終わったとみるや、付け加えるようにそう言った。

(しかたなくと言っているところが、かえって信用できる)

 リウイはそう判断して、

「このまま森を歩きまわるのも危険だし、エルフたちにもめいわくがかかるんだそうだ。ここは、彼女の申し出を受けようじゃないか」

 と、ジーニたちに呼びかけた。

「……勇者様の、お言葉でしたら」

 不服そうな表情を見せつつも、メリッサが初めてじゆうしやらしい台詞せりふを言った。

 自信に満ちたリウイの態度を見て、少し見直してくれたのかもしれない。

「ま、命までは取られることはないだろ」

 ジーニはしようしようという感じでうなずき、ミレルも無言で首を縦にった。

「よしっ、話は決まった」

 リウイは会心のみをかべ、あんたについてゆく、とエルフ娘に言った。

 彼女のような美しい妖精を疑うなど、なんて心の寒い女たちだと内心、思いながら。

 そして、自らの名前を名乗り、ジーニたちを順にしようかいしてゆく。

「わたしは、セレシアよ」

 エルフ娘はそう名乗ると、かろやかな足取りで森のなかを歩きはじめた。エルフ族の集落に向かって……


 そして、彼女の集落に着いて、リウイたちを待っていたのが、今のじようきようというわけだ。

 四人はそうしたエルフ族の戦士たちに取り囲まれ、武器を取り上げられ、せままるなんきんされてしまったのだ。

 せいなる〝いにしえの者の木〟をきずつけたというつみに問われて……

 そして、その罪がどれくらい重いのか、リウイたちには、知るよしがなかった。


    2


「信じられない」

 こそちがっていたが、またもジーニたち三人の声が重なった。

 まるで本物の姉妹のようなぜつみようさだ。

「だから、それはもう分かったって」

 かんべんしてくれ、とリウイは心のなかでたましいさけびをあげる。

 どうしてエルフたちは、男と女を違うに入れなかったのだろう、とせつじつに思う。

 今の状況は、リウイにとってごうもんされているも同じだった。

「あたしたち、どうなるのかな?」

 ミレルが心細そうな顔をして言った。

「殺されることはない、と思う……」

 自分の言葉にさほど自信がなさそうに、ジーニは答える。

「高貴なようせい様の考えることは分かりませんもの」

 メリッサの言葉は、いつものようにつうれつだ。

「書物には、そう書いてあったんだよ」

 今となっては弁解にもならないが、リウイはいちおう言っておいた。

「でしたら、あなたが正しい書物をお書きくださいませ。森の妖精エルフをむやみに信用すべからず、とね」

「そうするよ」

 それから、エルフの高貴さをたたえた書物すべてにしゆひつを入れてやる、とリウイはひそかにちかった。

「ああ、だいなるせんしんマイリーよ。あなたのおろかな従僕しもべは、たまわりました試練を果たすこともなく生命いのちを終えるやもしれません」

 そのときにもおをもって〝喜びの野〟にむかえ入れてくださいませ、とメリッサはこれみよがしにいのりの言葉を続けた。

(行くなら、一人で勝手に行ってくれ)

 あいにく、リウイはまだ死ぬつもりはない。だいたい枝を一本、切ったぐらいで、いくらなんでも殺したりはしないだろう。

つみほろぼしのために、何か試練をさずけられたりしてな」