第章 争いの森



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「信じられませんわ」

 ごうしやきんぱつをした女性しんかんが、そのかみはげしくらすように顔を横にる。

「信じられねぇよ!」

 がら盗賊シーフの少女がそれにあいづちをうつ。

「信じられないな」

 長身の女戦士もそれに応じて、せまのなかにただ一人いる男をにらみつける。

(オレだって、信じたくないさ)

 その男、オーファンじゆつギルドの正魔術師ソーサラーリウイは、三人の女性たちの言葉に心のなかで答えた。

 もう何度、その言葉を聞いたか分からない。

 だが、彼女たちが、そう言いたくなるのは当然かもしれない。

 リウイたち四人は、今、とらわれの身であった。〝争いの森〟の名で呼ばれるここターシャスの森で、よりにもよって森のようせいエルフ族の集落になんきんされているのだ。

 争いの森が危険であることは、リウイも承知していた。だが、その危険はようじゆうそうぐうする可能性があるからだと思っていた。

 しかし、リウイたちはそれら魔物どもとはまったく出会うことなく、森のおく深くまで無事にやってくることができた。

 じゆれい五百年をえるかしの古木を探すのが、目的である。そして、その枝を魔術師ギルドに持ち帰って、魔力の発動体たる魔術師の杖メイジスタツフを作ってもらわなければならない。

 そうしないとリウイは、魔法を使えない魔術師のままである。加えて、魔術師の杖は、魔術師にとってあかしのようなものなのだ。魔術師の長衣ローブを着て、魔術師の杖を持っていてこそ、世間の人々はその人物を魔術師と認識してくれる。つえのない魔術師など、けんを持たないのようなものなのだ。

 杖の材料となる樫の古木を探しだして、枝のひとつを切り落としたまでは、すべて順調だった。

 そして、その木がえていた場所が、エルフたちのせいでなければ、問題は何もなかったにちがいない。

 だが、そうであったから、問題が起こったわけである。ジーニたちが言うように、まさに信じられないことではあるのだが……


 リウイがひとつめの枝を切り落としたしゆんかん、悲鳴にもた声があがった。

 エルフ語だったので、何を言ってるのか、リウイにはさっぱり分からなかった。

 エルフ語は、魔術師にとって学ぶべき言葉のひとつだ。だが、優先順位はそれほど高いわけではない。

 何と言ってもひつなのは、上位と下位ふたつの古代語。これが理解できないようでは、あやつすぐれた〝資質〟があっても、魔術は使えない。

 リウイはおさなころから、ようであり魔術師ギルドの最高導師でもあるカーウェスから教わっていたこともあり、古代語の読み書きは行える。

 そして、今は、アレクラスト大陸の東方で使われている言葉の読み書きを習っているところだ。それを習得すれば、その次あたりに、エルフ語か大地のようせいドワーフ族の言葉を勉強しようとリウイは思っていた。

 だが、今はまったく話ができない。

 エルフ語と分かっただけでも、められていいぐらいだった。

「とても残念なことに、わたしはエルフ語を話すことができません」

 かしの古木の枝の上にまたがったままの姿勢で、リウイはゆいいつ知っているエルフ語で答えた。

 だが、声の主は姿を現さなかった。続く言葉も聞こえない。

 木の下では、ジーニたち三人がけいかいしながら、周囲をうかがっている。彼女たちにも声の主を見つけられないようだ。

 ふんから、彼女らのなかにもエルフ語に通じている者はいないことが分かる。

「今のは、エルフ語だ。どこかに森の妖精エルフかくれているんじゃないか?」

 リウイは樹上から三人に向かって、声をかけた。

「エルフ語ですか? まさかダークエルフではないでしょうね」

 一瞬だけ、リウイにせんを向けて、せんしんマイリーにつかえる女性しんかんメリッサが不安そうな表情を見せた。

「可能性はあるな……」

 女戦士のジーニが背中にくくりつけてあるきよだい大剣グレートソードをはずしながら答える。

「ダークエルフだって!」

 リウイはつい大きな声を出してしまった。

 じやあくなエルフ族であるダークエルフは妖魔のなかでも、もっともごわい相手だ。せいれいほうじゆくれんしているし、戦いの技能にもけている。そして、暗黒神フアラリスのゆえか、魔法に対して強いたいせいを持っているのだ。

 もしも、リウイが古代語魔法のじゆもんとなえたとしても、とてもではないが、その耐性をうち破ることはできないだろう。もっとも、今は魔法を使えないから、情けない話ではあるが、それは心配しなくていい。

「ダークエルフかぁ、妖魔がくう森だものね」

 とうぞく少女のミレルがくちびるをなめながら、胸のわきかくし持っている短剣ダガーを、じなのように取り出した。

 彼女の頭上にいたこともあり、しゆんかんてきではあるが、リウイには彼女の胸のふくらみがまともに見えてしまった。上から見ても、やはり彼女の胸は豊かとはいえない。

「そこから、飛び降りられるか?」

 顔を上げて、ジーニが声をかけてくる。

「無茶を言うな!」

 リウイは彼女にりかえした。

 つえにするのにごろな枝を取るため、身長の何倍もの高さを登っていたのである。ここから飛び降りたら、をするのは目に見えている。打ち所が悪ければ、死んでも文句は言えない高さなのだ。

つうの魔術師なら、落下制御フオーリングコントロールの呪文が使えるのだがな」

 ジーニがあざけるように笑う。

(それが使えるなら、こんな森になど入っているものか)

 リウイはぜんとしたが、言い返すのはやめておいた。

 理由はともかく、彼女たちには「ついてきてもらっている」のである。もしも、きようあくじゆうにでも出会っていたら、魔法の使えない今の彼には勝てるはずがないのだ。

 これまでは危険な生き物にそうぐうしなかったわけだが、それはただ運がよかっただけなのかもしれない。

 もしも声の主が本当にダークエルフだとしたら、その幸運もこれまでと言えるだろう。それどころか、もっとも出会いたくない相手に出会ったことになる。

(だとしたら、じようだんじゃないぜ)

 リウイは心のなかで悲鳴をあげた。

 こうげき魔法でねらわれるか、弓矢が飛んでくるか、姿のかくしようのない今のリウイは、かつこうひようてきである。まっさきに狙われるのは目に見えている。

 木の下では、ジーニたちが姿勢を低くしながら、声の主を探し求めている。だが、あいかわらず見つけられないようだ。

「あいつに弓でもってくれないかな? そしたらどこにひそんでいるか分かるのに……」

 そう話しかけるミレルの声が、やけにはっきりとリウイの耳に聞こえてきた。

「魔法なら炎の矢フアイアボルトとかね」

「それこそ、勇者にふさわしいこうですわね……」

 ミレルの言葉に、メリッサが無責任な発言をした。

「勇者ってのはおとりなのか?」

 リウイはうめいた。

 そんなことで勇者とたたえられても、彼にとってはまったく不本意だった。

 しかし、飛び降りることもできないし、隠れようもないリウイには、攻撃されたらまったくたいしよのしようもない。

 しかたなくかくを決めて、リウイは精神を集中させた。魔法にたいこうするためでもあるし、飛んでくる矢に対する用心のためでもある。

 簡単にはくたばらないぞ、と自分をしつする。リウイがよく行く裏通りのかんらくがいでは、殺しても死なない男と、められているのかけなされているのか分からない評判をもらっているのだ。

 だが、最初に一声あげただけで、声の主はまったく姿を現そうとしない。そのはいすら殺している様子だった。

おそうつもりなら、はやくしやがれ!」

 まんできず、リウイは大声で呼びかけた。

「……分かったわよ」

 リウイの呼びかけにこたえたように、りゆうちような西方語が返ってきた。

 そして、左手の方にあった一本の木から、ひとかげがひとつふわりと地面にい降りた。

 羽根がはえているかとまごうようなかろやかなちようやくだった。

 その人影が飛び降りた高さは、リウイがいる高さと同じか、それ以上はあった。

(そんなことをされると、オレの立場がないんだが……)

 リウイは内心、うらめしく思った。

 ジーニたちがどう思ったかは、ように想像できた。

 メリッサなど、そんな高さも飛び降りられないなんて、それでも勇者なのですか、と、心のなかでさけんでいるだろう。

「人のことを勝手にダークエルフ呼ばわりしないでほしいわ」

 地面に降り立った人影は、そうこうしながら、リウイたちのほうにゆっくりと歩いてくる。

「なんだ、つうのエルフじゃない」

 ミレルが胸に手を当てながら、ほっとあんの息をらした。

 彼女の言うとおり、姿を現したのは、森のようせいエルフであった。

 ささの葉のような形をした細くて長い耳、ほとんど銀色にしか見えないきんぱつこしのあたりまでび、がらきやしや身体からだのうりよくしよくふくで包んでいる。腰には小剣シヨートソードをつるし、弓とづつかたにかけている。早春のいずみの水の色をしたひとみが、みするようにリウイたちに向けられている。

 見たところ、若い女性であった。もっとも、エルフ族のちよう寿じゆはよく知られているところだから、実際のねんれいは想像もできない。

 いずれにしても、うわさで聞くとおりの美しい姿だった。

 肉体を持ちながら、よくできた絵画やちようこくを見ているような気持ちにさせられる。れ日に照らされていることもあり、エルフのむすめにはげんそうてきふんさえただよっていた。

 いろいろな意味で女性には慣れているリウイであったが、さすがに息を飲んで、その姿にしばし見とれた。それから、きんちよういて、ゆっくりと木から降りはじめる。

 どうやら最悪の事態はけられたようだ。

 エルフの娘は、リウイたちから十歩ぐらいのところまでやってくると、そこでぴたりと立ち止まった。

けいかいしているようですね」

 メリッサがひとりごとのようにつぶやく。

「なにしろ初対面だからな」

 リウイは最後の高さを飛んで、地上に降り立つと、求められてもいない答を返した。

「分かりやすい説明ですこと」

 冷ややかなせんとともに、メリッサが皮肉っぽく返した。

(もっとも、答が返ってくるだけましかもな)

 神のけいとやらで、メリッサにとってリウイはつかえるべき勇者である、はずだ。

 だが、彼女はよほどのことがないかぎり、リウイに話しかけない。それどころか、視線さえあわそうとしないのである。

 こういう態度のじゆうしやを仕えさせていた勇者が過去にいたとしたら、お目にかかりたいものだ、とリウイは思う。

 もっとも、自分自身が勇者だとは考えてもいない。魔術師はけんじやと呼ばれることこそあれ、勇者には絶対なれないのだ。

 たとえば、オーファン王リジャールがじやりゆうたおしたとき、ようであり魔術師ギルドの最高導師アークメイジであるカーウェスとマイリー教団の最高司祭ジェニの二人がいつしよに戦った。だが、竜殺しドラゴンスレイヤーの勇者とうたわれているのは、リジャール一人であり、あとの二人はそれを助けたということに世間ではなっている。

 だが、竜をたおすには、どう考えても魔法の力が必要だ。カーウェスとジェニというだい魔法使いルーンマスターがいればこそ、リジャールのくんげられたはずである。

 だが、民衆は戦士にのみしようさんを送る。

 魔法はむべきじやじゆつであり、正義のけんのためにくしてこそ、正当とされる。

 それが、剣の時代になってからの民衆の意識なのだ。魔法が世界を支配していた時代に、魔術師たちのれいにされていたことの反動である。

 たいして適性があるとは思えないが、リウイとて世間の目から見れば魔術師であることに変わりない。どのようなぎようを成し遂げようと、勇者とは呼ばれないはずだ。

 もっとも、リウイが勇者であるとのけいをメリッサにもたらしたのは、人ならぬ神である。神が何を基準に勇者に選んだのかは想像もできない。

 だが、正直に言って、自分にそんな資質があるように思えない。メリッサがゆめでも見たのではないかと思うことがあるぐらいだ。

 だが、そのおかげでリウイは念願のぼうけんしやになることができた。ジーニたちから、できるかぎりのことを学んで、一人前の冒険者となりたい。

 特に、戦士として、ジーニには負けぬようになりたいと思う。そのとき、リウイは魔法戦士の名で呼ばれることになるはずだ。

「……困るのよ」

 エルフのむすめは、リウイたちから十歩ほどのところで立ち止まったまま、どう話を切り出そうかと、かなりの時間、迷っていた。そして切りだしてきたのが、その言葉だった。

「困るんだってさ」

 ミレルがごとのように言って、リウイの背中をして、いちばん前に進ませた。

「何が困るのかぐらい聞いてくれよ」

 盗賊だけに、ミレルはこうしようごとには慣れているはずだ。リウイはたのんでみたが、彼女は相手にもしてくれない。

「あんたが聞くのがすじというものよ」

 ミレルは冷たく言った。