「こんな遺跡に、宝物が残っているのか?」
リウイは素直な疑問を口にした。
「地上の遺跡には残ってないわよ」
ミレルがそっけなく答えた。
この盗賊の少女は、口の悪さは三人のなかでも一番だが、さっぱりした性格なので、リウイの相手をするのも平気なようだ。
だからと言って、心を開いているわけではない。道具でも使っているような感覚で、リウイに接しているのだろう。
「街道にこれだけ近いんだもの。とっくの昔に荒らされているわ。もっとも、この規模じゃ、たいした物もなかったろうけど」
「だろうな」
それぐらいは、リウイにも分かる。
遺跡の大きさは小さな館ほど。王都の郊外にある養父カーウェスの屋敷のほうが何倍も広い。古代王国期の貴族である魔術師たちは、現在の王侯貴族とは比較にならないほど裕福だったから、この遺跡のかつての保有者は、おそらく身分も低かっただろう。
「それじゃあ、未探索の遺跡ってのはどこにあるんだ」
「それも、ここ」
盗賊の少女は意味ありげな笑みを浮かべると、遺跡をぐるりと見渡した。
「人里から近い遺跡にはたまにあることなんだけど、探し忘れってもんがあるのよ」
他の冒険者が探索した遺跡だから、何も残っていないとの先入観が働くのだ。そのために、とてつもなく大きな探し忘れが残されていることがある。
「この遺跡の場合は、地階へ通じる扉だったというわけよ」
そう言うと、ミレルは遺跡に足を踏み入れ、積み重なっている瓦礫の山のひとつに身軽に飛び乗った。そして片膝を着いて、足下の瓦礫を調べる。
「この下だわ」
そこには、盗賊にしか分からない印が書き残されていた。遺跡の情報をもたらした盗賊が、こっそり記したものだ。
「こいつをどければ、地下に通じる扉が出てくるはずよ。巧妙に隠されているから、分かりにくいとは思うけどね」
ミレルはそう言うと、足下の瓦礫を軽く踏みつけた。
裾の短い服を着ているので、高い場所に立ってそんな振る舞いをすると、下着まで見えてしまいそうだ。
「瓦礫の下に、隠し扉があったわけか」
何人の冒険者がこの遺跡を探索したのか知らないが、見つけ損なったのも無理はない。
「隠し扉を見つけた盗賊の話じゃ、隅の方だけが瓦礫に埋もれていなかったらしいわ」
隠し扉を叩いて調べると、その下に空間が広がっているような音が返ってきたらしい。それで、盗賊は隠し扉の向こうに地階へと続く階段があると推測したのだと、ミレルは説明した。
「なるほど……」
リウイは素直に感心した。
盗賊たちが人間離れした知覚力や技術の持ち主だということは聞いていたが、これほどとは思ってもいなかった。
「それにしても、よくこんな遺跡を調べに行く気になったもんだな」
「遺跡を調べたのはついでだからよ。この遺跡にやってきた冒険者たちは、別の目的があったの」
「別の目的?」
リウイは盗賊の少女に訊ねた。
「妖魔退治よ。赤肌鬼の一群が、この遺跡に住みついたんだって。ここに来る途中に村があったでしょ。食うに困って、そこの家畜を狙ったわけよ」
邪悪な大地の妖精であるゴブリンは、普段は人間の入り込まない山や森の奥で暮らしている。だが、彼らは繁殖力が強く、頻繁に部族分けを行う。新しい棲処が見つからず、人里近くに降りてくる群れもあるのだ。そして、人間とのあいだに騒動を起こすことになる。
辺境の村々では珍しくもない事件である。その程度のことで、いちいち王国から騎士が派遣されてくるわけではない。
昔は、村人たちが武器を取って自分たちの手で追い払っていたのだが、昨今は、冒険者の店を通じて冒険者が雇われることがほとんどだ。
それほど、冒険者は余りぎみなのだ。
「せっかく遺跡に行くんだから、探し忘れがあるかもしれないって、盗賊を雇って連れていったわけよ。その盗賊は見事にこの扉を発見したんだけど、雇い主の冒険者には、教えなかったのね」
そしてその情報を情報屋に売ったわけだ。
「それって詐欺なんじゃないのか?」
「よく分かったわね。冒険者が雇った盗賊の専門は詐欺師。だいたい臨時雇いの盗賊を信用するほうが間抜けなのよね」
ミレルがあまりにも平然と言ったので、リウイはそんなものかと納得してしまった。
騙されるほうが悪いと決めつけるあたり、可愛い顔はしているが、この少女もやはり盗賊なのだと思う。
「いつまでも、うだうだ喋ってんじゃない」
それまで無口だったジーニが、耐えかねたように声を上げた。
「わたしたちの前には、誰も開けたことのない扉がある。それで、十分だろう」
ジーニの隣では、メリッサが同感だというようにうなずいている。
(誰も開けたことのない扉か……)
リウイは心のなかで、赤毛の女戦士の言葉を繰り返した。
その言葉は、確かに魅力的だ。開かずの扉があれば、その向こうに何があるのか、冒険者ならずとも覗いてみたくなるのが人情というものだ。
「まったくだな。開ければいいだけだ」
「お分かりになりましたのね……」
メリッサが上品に微笑を浮かべて言った。
「それでは、扉を開けるために、その瓦礫をどけてくださいませんか?」
戦の神に仕える侍祭は、そう続けた。
従者の態度とは、とても思えない。信者の教育はしっかりしろと、リウイは戦神マイリーに文句を言いたくなった。
だが、瓦礫をどけなければ、隠し扉を開けることができないのは事実だ。そして他の三人は女性であり、リウイは体力にも自信がある。
「やってやるさ」
リウイは荷物をすべて降ろし、魔力の発動体たる〝魔術師の杖〟をその上に置いた。
身体を鍛えるためだと、思えばいいのだ。
リウイにとって、それはほとんど趣味だった。そして冒険者になったのだから、これまで以上に身体を鍛える必要がある。
リウイは瓦礫の山に登ると、ひとつずつ持ち上げて、脇に放り投げていった。
「頑張ってくださいませね」
メリッサが楽しそうに声をかける。
リウイは何も答えず、黙々と作業を続けた。
「わたしたちは、食事でもしよう」
赤毛の女戦士は他の二人にそう言うと、手頃な瓦礫に腰を降ろした。そして背負い袋を外して、なかから食料を取り出しはじめた。麺麭や果物、それから乾し肉といった保存と持ち運びの利く食料である。
ミレルが歓声を上げながら、乾し肉を掴み取った。懐に手を入れ、胸の脇に吊した短剣を抜き出すと、大きめに削って口に運ぶ。
「喉に詰まらせるなよ」
ジーニが呆れたように言う。
「子供扱いしないでよね」
口をもごもごさせながらも、ミレルはきっちり言い返した。
「肉ばかり食べていると、身体に悪いと言いますよ」
メリッサは窘めるように言うと、果物を手に取って、小型の短剣で丁寧に皮を剥いた。そしていくつかに切り分け、木製の小皿の上に乗せる。
ジーニが手を伸ばし、三切ればかりを乱暴に掴み取ると、口のなかに放り込んだ。
それを見たメリッサは微笑みを浮かべながら、次の果物の皮を剥きはじめる。
「やっぱり魔術師がいると便利よね」
黙々と作業を続けるリウイを横目で見ながら、ミレルがしみじみと言った。
持ち上げるには重すぎる瓦礫は〈軽量化〉の呪文を唱えてからどけているのに、気が付いたからだ。
「それにしても、一人で全部どけるつもりじゃないだろうな」
食事を取る手を休めて、ジーニがつぶやいた。
「男らしいところを、見せようとしているのでしょう。そのうち、疲れてこちらにやってきますわよ」
メリッサは無関心そうに、果物の皮を剥きつづけている。
「よほどの馬鹿じゃないならね」
ミレルはあいかわらず、乾し肉だけを食べている。
ときどき、水袋に口を付け、革の味がしみた水を顔をしかめながら飲んでいる。近くに小川や湧き水があれば、美味しい水を汲んでこれるのだが、わざわざ探そうという気にはならない。
地上部分の広さから、地階があるといっても、その規模はたかが知れていると情報屋は語っていた。扉を開けさえすれば、僅かな時間で探索は終えられるはずだった。それゆえ、食料や飲料水は最低限しか持ってきていない。
(銀貨四千五百枚分は、お宝を見つけないとね)
ミレルは乾し肉をしがみながら思った。
それに加えて、自分自身の笑顔分だ。もっとも、それがどのくらいの価値があるのか、ミレルには分からない。銀貨五百枚を値切ったわけだが、それよりも高いのかもしれないし、安いのかもしれない。こればかりは自分で値打ちを決められるものではなく、他人に鑑定してもらうしかない。
ミレルは瓦礫をどける作業を続けている魔術師を盗み見た。
季節はまだ春だが、夏を感じさせる日差しが容赦なく照りつけるなか、魔術師は片時も手を休めようとしない。革鎧を外し、服も脱ぎ捨て、上半身は裸という格好である。鍛え上げられた肉体には汗が噴きだし、香油を塗りこんで闘技場に立つ、剣闘士さながらの姿だった。汗の臭いが漂ってきそうで、ミレルはちょっとした目眩を覚えた。
「あの男、いつまで続けるつもりなんだ?」
手早く食事を終えたジーニが、思い出したように魔術師を振り返り、そして言った。
「わたしたちへの当て付けなのかもしれませんね。疲れて倒れるまで、作業を続けるんじゃありません?」
もともと小食なので、メリッサも食事を終えていた。
だが、あいかわらず果物を切り分け、麺麭にはバターを塗り、細かく刻んで乾燥させた香草を振り掛けている。ほとんど無意識の作業だったが、音を上げて戻ってきたリウイに、差し出すつもりはあった。
不本意ではあるが、あの魔術師は勇者なのだ。
しかし、メリッサはまだ本心からそれを信じたわけではない。
勇者らしいところは、どこにもない。女性の前だというのに、平気で裸になる神経が分からない。精悍な肉体を誇示したいのかもしれないが、すべての女性が男の肉体に惹かれるわけではないのだ。それとも、男性の優位性を単に信じきっているのだろうか。
男性は女性より上位の生き物であるがゆえ、女性を敬い、守らねばならない──
そんな騎士道精神を、メリッサは嫌悪している。
家名を捨てたのは、騎士階級のそういった風潮が我慢できなかったからでもある。
「女性はただ美しく着飾っていればいいのです」
かつての婚約者の言葉が、耳に蘇ってくる。
オーファンにあるマイリー神殿の門を叩いたのは、女性の身でありながら、教団の最高位に就いたジェニ最高司祭に憧れればこそである。ジーニと出会ったときには、彼女こそが仕えるべき勇者だとも思った。
(それなのに……)
メリッサは、深く溜息をついた。
戦神マイリーは、魔術師リウイこそが真の勇者であるとの啓示を与えたのだ。
メリッサは一生をかけて、仕えなければならない。しかし、その男には英雄性の欠片さえ感じられないのだ。
(わたしには重すぎる試練かもしれない……)
メリッサは懺悔するように頭を垂れた。
そのとき、我慢しきれないというように、ジーニが立ち上がった。
「扉を開けてからが本番なのにな……」
そう文句を言いながら、リウイの所へ歩き、交替だと声をかけた。
瓦礫は半分以上、取り除かれていて、離れた場所に新しい小山を作っていた。
「もう少しで終わる。それまで休んでな」
作業の手を休めることなく、リウイは答えた。
噴きだしていた汗は完全に乾いていて、埃と塩で肌が白くなっていた。さすがに呼吸は荒いが、疲れたような表情はしていない。
「それに、いちばん下にある大きな瓦礫は、軽量化の魔法をかけないと動かせない。いくら、あんたが力持ちでもな……」
「そのときには、おまえに手伝ってもらうさ」
ジーニは憮然とした顔で答えると、瓦礫を持ち上げはじめた。
「一般的に言えば、こいつは男の仕事だぜ」
リウイはいちおう、そう言ってみた。
だが、赤毛の女戦士からの返事はなく、ただ突き刺すような視線が返ってきただけだった。誇りを傷つけられたと、思ったのかもしれない。
(まあ、そうだろうな)
リウイは苦笑を浮かべた。
一般的に言うなら、傭兵も女の仕事ではないのだ。冒険者も、同様である。
「二人で片づけよう。そのほうが早く終わる」
リウイはそう提案すると、ジーニの返答も待たず、作業を再開した。
やはりジーニは何も言わなかったが、今度は突き刺すような視線も向けられなかった。
(それなら、好きにやらせてもらうさ)
リウイは心のなかでつぶやくと、瓦礫を除く作業を再開した。
ミレルとメリッサもやってきたが、作業には加わらない。
猛然と作業を続けているジーニとリウイの姿を見ていると、そんな必要をまったく感じなかったからだ。
「あの二人って、どこか似ているよね」
両手で頬杖をつきながら、ミレルがメリッサに呼びかけた。
「似ているって、体格とか?」
メリッサが訊ねる。
「それもあるけど、性格なんかもね」
「そうかしら……」
メリッサは首を傾げた。
リウイの性格がまだ分からないから、何とも答えようがない。しかし、ミレルの勘の鋭さを、メリッサはよく知っている。
メリッサが考えに考えたすえに導きだすような結論を、この少女は一瞬のうちに、言葉にしてしまうときがある。
幼い頃から、社会で揉まれたからだろう。人の心を感じ取れないようでは、生きてゆけなかったのかもしれない。
それにもかかわらず、ミレルはまっすぐな性格をしている。いつも笑顔を浮かべているし、思ったことは素直に口にする。
メリッサはふとした愛おしさを覚え、背中からミレルを抱きしめた。
「どうしたのよ、メリッサ?」
ミレルはくすぐったそうな声を上げたが、逃れようとはしない。
いかにも貴族の令嬢らしく、気品があって落ち着いた性格のメリッサに、ミレルは憧れにも似た気持ちを抱いている。実の姉のように接してもらうと、貧しい生まれや育ちを一瞬でも忘れることができるのだ。
冒険者でいるかぎり、メリッサとも、ジーニとも仲間でいられる。
しかし、リウイという異分子が入ってきたことで、彼女らとの関係が崩れてしまうかもしれない。
ミレルはそれを恐れている。
(悪い男じゃなさそうだけど……)
メリッサの温もりを感じながら、ミレルはリウイに視線を向けた。
大きな丸い目が、細剣の刃のように細く鋭くなる。
リウイが邪魔者だと分かったら、そのときは躊躇しない。〝猫〟でもなく、〝穴熊〟でもなく、〝蛇〟として行動するつもりだった。
7
瓦礫が全部、取り除かれたのは、それからまもなくのことだった。
次は自分の出番とばかり、ミレルが石床にへばりついて、隠し扉を探しはじめた。
(〝狐〟のクインシーが見つけたんだもの)
床を叩き、かたまった土埃を短剣で削る。床の上に水を流して、それがどう流れ、どこに染みこんでゆくかを追いかける。
「あった、あった」
ミレルは明るい声を上げると、短剣で石床に線をつけていった。その線は、やがて巨大な正方形を形成してゆく。
「いい子だ」
ジーニがミレルの頭を撫でようとした。
「だから、子供扱いしないでよって」
ミレルは言い返し、ジーニの腕を邪険に払いのけた。
メリッサとは違って、ジーニにはいつもからかうような感じがある。馬鹿にされているわけではないと知っているが、言わせっぱなしにしておくつもりはない。
「開け方は分かるの?」
メリッサが訊ねた。
「調べれば分かると思うけど、せっかく魔術師がいるんだもの。開錠の呪文を唱えれば一発よ」
そう言って、ミレルはにっこりとリウイを見つめた。
(人使いの荒い奴らだな)
リウイは思ったが、彼女の言うことにも一理あるので、呪文を唱える準備動作をはじめた。〈開錠〉の呪文は、魔法で封じられていないかぎり、あらゆる開閉物を開けることができる。
「今日の魔法は、これで品切れだぞ」
リウイは言った。
肉体的な疲れはさほどでもないが、瓦礫をどけるときに何度か〈軽量化〉の呪文を唱えていたので、精神的にはかなり消耗していた。
消耗しきった状態だと、呪文を唱えても発動する確率はかなり低くなる。ひどいときには意識を失ったり、死ぬときさえあるのだ。
魔法とは魂を削って魔力を発生させる行為であると、昔の大魔術師が言い残しているが、魔術師ならば誰もが、その言葉を実感しているだろう。
「こんな小さな遺跡だもの、たいした障害もないはずよ。魔法生物が護っているぐらいじゃない」
ミレルが気楽に言った。
(それは、それでおもしろくないけどな)
リウイは内心、思いながら、〈開錠〉の呪文を完成させた。
次の瞬間、石臼を回すような音が響きはじめ、正方形の扉が、複雑な動きを見せながら開いていった。
そして現れたのは地階へと続く階段だった。その先には、魔法文明で栄えた古代王国の遺跡が手つかずのまま残っている。
「さ、降りるぞ」
火を灯した松明を片手に、ジーニが先頭に立って降りてゆく。その後に、ミレルとメリッサが続く。リウイはいちばん最後だった。
(そう言えば、アイラからあれを借りていたな……)
リウイはふと思い出して、腰に巻いた小袋から、魔法の宝物をひとつ取り出した。
〝四つの眼〟と名付けられた魔法の眼鏡である。冒険に出るときに、アイラが貸してくれた魔法の宝物のうちのひとつだ。
──あたしには必要な物なのだから、絶対に持って帰ってきてよ。
彼女の言葉を、リウイは思い出していた。
必要な物なのなら、貸さなければよさそうなのだが、彼女は強引だった。共犯者にしたいのか、と疑ったほどだ。
この魔法の眼鏡は、禁断の宝物庫に封印しなければならないほどの危険な代物だ。視線だけで人を呪殺する邪眼の魔力が備わっているからである。
だが、視力拡大や暗視、透視の魔力も持つこの魔法の眼鏡は、間違いなく冒険の役に立つ。宝物の力を借りることにやや抵抗はあるものの、冒険に不慣れなあいだはそれも仕方がないだろう。
眼鏡をかけ、暗視の魔力を発動させるための合言葉を唱えると、リウイの視界が赤っぽく染まった。
松明の炎が異様にまぶしく感じられたが、薄暗い所などは、はっきりと見える。
なるほど、これなら暗闇でも行動に不自由しないだろう。
リウイは眼鏡の魔力を実感しながら、三人の女性たちに続いて、階段を降りていった。
「何か、臭うな……」
先頭を歩いていたジーニが、そうつぶやくと、鼻をひくひくさせた。
「埃の臭いじゃないのか? 古い書物にはよくそういう臭いがするぞ」
リウイが声をかけた。
「素人が知ったかぶりをするんじゃない。この臭いはそんなもんじゃない。獣の臭いさ。それから、腐敗臭……」
「屍人がいるんじゃないかな? 不死生物を操るのが得意な魔術師が、古代王国にはいたんでしょ」
ジーニの言葉を聞いて、ミレルが意見を述べた。
「死霊魔術師の館ってか? だったら、いろいろ覚悟しないとな」
死霊魔術の系統には、ミレルが言うとおり、不死生物を創造したり、操ったりする魔法がずらりとそろっている。そして、吸血鬼や首なし騎士をはじめ、不死生物のなかには、強力な魔物も少なくはないのだ。
リウイは全身の血が騒ぐのを覚えた。
「メリッサ、ミレルと順番を替わってくれ。ミレルは背後に気を付けて、いざとなったら魔術師を護ってやれよ」
「はいはい」
ジーニが出した指示に、ミレルは戯けた声を上げながらもすぐに従った。
メリッサとリウイを先に行かせ、隊列のいちばん後ろにつく。
「不死生物が相手なら、メリッサの魔法が何よりの援護になるわ。あいつらには毒も利かないし、おまけに急所もない相手だから、あたしじゃあまり役に立たないのよ」
ミレルは笑いながら、リウイに話しかけた。
「そう言えば、神聖魔法には不死生物を退散させる呪文があったな」
「そういうこと。ところで、どうしてそんな変な物、つけてるのよ。ずいぶん、間抜けな顔になってるわよ」
(好きに言ってくれ)
反論する気にもなれず、リウイは心のなかでそう答えておいた。
アイラにはよく似合っていたが、それは女性だからだろう。この宝物の魔力付与者も女性で、自分が使うために創ったのだ。
似合わないのも無理ないかもしれない。だが、実用的であるのも間違いないのだ。
階段を降りた所は、ちょっとした空間になっていて、正面奥の壁には、両開きの扉が備えつけられていた。
「いるとしたら、この奥だろうな」
ジーニがつぶやきながら、扉を慎重に押し開けようとした。
だが、びくりとも動かない。
「鍵がかかっているのかもしれないわね」
それを見たミレルが、あわててジーニの所に駆け寄る。その際に、
「大丈夫だとは思うけど、いちおう後ろには気を付けといて。階段から何か降りてきたら、大声を上げるのよ」
と、リウイに言い残した。
「分かった、後ろに気を付けてればいいんだな」
リウイはうなずきながら、何かが来たらオレが倒してやるさ、と心のなかで付け加えた。
彼の腰には、出発の日に買ったばかりの真新しい長剣が吊されている。
リウイは背後を振り返り、秘密の扉から続く階段を見つめた。
そして、気が付いた。
(あれは?)
階段の両脇にもちょっとした空間があり、その奥にも扉らしき物が備えつけられているのだ。
松明の明かりでは奥まで届かなかったので、ジーニたちは見落としたのだろう。だが、リウイは魔法の眼鏡に暗視の魔力を与えていたので、はっきりと見ることができた。
(オレの役目は後ろを気を付けることだったよな……)
リウイは自分にそう言い聞かせながら、扉の方に歩み寄っていった。
そして、取っ手を無雑作に掴み、押し開けてみる。
扉は簡単に開いた。
すると──
「ギャィィィ」
と、奇怪な声が響き渡った。
扉の向こうには、ちょっとした広さの部屋があった。そのなかに、子供ぐらいの大きさの生き物が数十匹、蠢いていたのだ。
奇声を上げたのは、その生き物たちだ。
同時に、部屋のなかから鼻が曲がるかと思うような悪臭が漏れだしてくる。
(ジーニが言ってたのは、こいつらの臭いだったんだな)
予想もしなかった出来事に、リウイは一瞬、我を忘れたが、その生き物の正体はすぐに思い出した。
「赤肌鬼!」
ミレルの言いつけを守ったわけではないが、自然に大声が出た。
「馬鹿野郎! 勝手なことを」
ジーニの怒声が背後から聞こえる。
「下がってください」
メリッサの声が続く。
「なんで、こいつらがいるんだ!」
リウイは、魔術師の杖を構えた。そのときには、長剣を持っていることもすっかり忘れていた。
リウイは階段の下まで後退し、次々と飛び出してくるゴブリンを迎え撃った。
ゴブリンどもは、小剣や短剣を手にしている。想像していたよりも俊敏な動きで、武器を突き出してくる。
そのうちのひとつが、リウイの太股に突き刺さった。激痛が走ったが、そう深い傷ではないことはすぐに分かった。
「よくもやりやがったな」
その瞬間、リウイの頭のなかで何かがプツリと切れた。
獣の咆哮にも似た雄叫びを上げると、群がってくるゴブリンたちに、魔術師の杖で殴りかかっていった。
ゴブリンたちは武器を持ってはいても、その使い方は知らないも同然だった。もっとも、それはリウイも同様だったが……
「これは戦いじゃない、喧嘩だ!」
リウイは自分にそう言い聞かせた。
そして喧嘩なら、誰にも負けない自信があった。
8
「まったくおまえには呆れかえるよ」
ジーニが不機嫌そうに言った。
狭い部屋には、赤肌鬼の死体が散乱している。そのほとんどを倒したのは、リウイだった。
魔術師の杖が折れるまで妖魔どもの頭を叩きつぶし、杖が折れた後は素手で戦い、それでも三匹のゴブリンの息の根を止めた。
「負けなかったんだから、いいじゃねぇか」
戦いの興奮がまだ収まっていないので、リウイも乱暴に言い返した。
彼は数か所、傷を受けていたが、いずれも軽傷だった。ジーニと剣の稽古をしたときに負った傷のほうが、よほどひどいと思う。
「勝ち方が問題です!」
メリッサが声を震わせながら抗議の声を上げた。
「ゴブリンごときを相手に、なんという無様な戦い方ですか? 妖魔どものほうが、よほどうまく武器を使っていましたわ。あなたときたら、杖や拳を振り回すだけ。わたしの目には、食人鬼が暴れているようにしか見えませんでした。これが勇者の戦い方だとしたら、わたしは、わたしは……」
(不本意なんだろ?)
怒りのあまり言葉を失ってしまったメリッサに代わって、リウイが心のなかで答えてやった。
勝手に勇者に祭りあげておいて、勝手に失望されても迷惑なのだが、彼女にとっては信仰の問題だから指摘しても無駄なのだ。
「そんなことより、未探索の遺跡になんで赤肌鬼が棲んでいるんだ? まさか、古代王国時代から生き残ってたなんて言うんじゃないだろうな」
「誰もそんなこと言わないわよ」
ミレルが元気のない声で言った。
「たぶん、どこかに抜け穴か何かがあるんでしょうね。ゴブリンが棲みついてるぐらいなんだもの、きっと他の冒険者だって、見つけているわ。探索しても、めぼしい物は残っていないと思う」
「間抜けな冒険者の尻拭いをさせられたってわけだ。ゴブリンの棲処が地上の遺跡だけだと思いこんでいた馬鹿な奴らのな」
ジーニが頬に描かれた呪払いの紋様をなぞりながら溜息をつく。
「もう帰りましょう。ゴブリンの巣穴なんかに、これ以上、いたくはありませんわ」
メリッサの言葉に、誰も反対する者はなかった。
もとからの悪臭にゴブリンたちの血の臭いが混じり、部屋のなかの空気は耐えがたいまでになっていた。
ジーニを先頭に、四人は地上への階段を昇った。そして古代王国の遺跡を後に、ファンの街への帰路につく。
街道を歩くあいだジーニたち三人は終始、無言だった。ときおり思い出したように溜息を漏らすだけ。
リウイはしかし、彼女らの元気のない背中を見ながらも、意外に落胆していない自分に気づいていた。
冒険の結末はあっけなかったが、予想外の展開もあり十分に刺激的だった。
初めて開けた扉の向こうには、また次の扉があったと思えばいい。それを開きつづけることが、冒険者という稼業なのだと思う。
「けっこう楽しいもんじゃないか」
リウイは街道を吹き抜ける風に向かって、話しかけた。
もちろん、風は何も答えず、草原を波立たせながらただ駆け抜けてゆく。もうすぐ春も終わりだ。
今年の夏は暑くなるな、とリウイはふと思った。