Part 01: 魅音(私服): って……なんだい、こりゃ……?! ヨットが大海原へと漕ぎ出していくシーンの後、スタッフロールが流れるのを呆然と見つめながら……口をついて出た最初の台詞がそれだった。 確かに、先週放映された話の段階でも主要キャラたちの置かれた立場は最悪の一言で、悲劇は不可避としか思えない状況にあった。 だからこそどうやって事態を解決するのか、あるいは収拾をつけるのかを期待と不安の半々で最終回を待ち望んでいたわけなんだけど……。 魅音(私服): まさか全員が殺し合って、誰も幸せにならないバッドエンドとはねぇ……いや、こうなっても仕方がない展開だったから、当然の帰結か。 事前のプロモーション番組などで、「最終回は誰も予想できない衝撃のラスト!」と銘打っていたが、まさにその通りになった。 この展開にOKを出したTVスタッフのお偉方は、よほどの勇気と自信、覚悟があったのか……あるいは頭のネジが何本かぶっ飛んでいたか、どちらかだろう。 おそらく、こういった惨劇に耐性のない視聴者だとショックを受けて寝込んだり、あるいは激怒のあまりTV局に苦情を入れたりするに違いない。 げんに私も、一緒に見ていた詩音が「なんですか、これは……?!」と先にいきり立ってくれたから逆に冷静さを保つことができただけで……。 もしひとりで視聴していたら、きっとクレームの電話をかけていたと思う。明らかに不毛で、八つ当たりでしかないとしても。 魅音(私服): にしたって……いくら作り話のドラマとはいえ、とんでもないものをぶっ込んできたもんだね。 魅音(私服): ある意味でオバケとかの出てくるホラーの方が、よっぽど心穏やかに受け止められるってもんだよ。 詩音(私服): いえ、これはもうホラーと呼ぶべきじゃないですか?一番恐ろしいのはオバケより人間そのものだ、なんて誰かさんの格言でしたけどね……。 ひとしきり叫んで暴れたことで少しは落ち着いたのか、詩音はそういって大きくため息をつく。 幸いここは、客間から離れているので西園寺さんや清浦さんには騒ぎの声が届いていない……はず。 なんにせよ、最終回だけを見ても仕方がない、と詩音の提案で彼女たちを誘わなかったのだが……今となっては大正解だと心の底から思った。 魅音(私服): ただでさえあの子たちって、トラブルに巻き込まれた心労もあるだろうからね……結果オーライとはいえナイス判断だったよ、詩音。 詩音(私服): いえいえ。……それにしたって、実におかしな偶然もあったものですね。 魅音(私服): ……? 何か気になったことでも? 詩音(私服): お姉だって、気づいていたでしょう?私たちが助けたあの子たちの名前って……ほら。 魅音(私服): ……あー、そうだね。こういうことって、ほんとにあるもんなんだ……。 畳の上に広げた、新聞のTV番組表……。その「ある箇所」を示した詩音の指先に視線を落として、私は怪訝な思いを抱く。 そこにあったのは、さっきまで観ていたTVドラマのあらすじで……登場人物名がなんと、客人のあの子たちと全く同じだったのだ。 詩音(私服): そこまで珍しいお名前ではありませんし、可能性としてはないわけではありませんけどね。ただ……。 1人ならまぁ、話のネタになる程度だ。……だけど3人とも完全一致というのは、もはや奇跡に近い。 魅音(私服): (そういえば、彼女たちの会話の中に出てきた男の子の名前も……なんだったっけ、忘れた) もし、そいつまでこのドラマで滅多刺しにされた主人公と同じ名前だったとしたら……あるいは彼女たちの立ち位置も、同じなんだろうか。 そしてドラマの内容通り修羅場に巻き込まれて、この最終回のような結末を迎える……? 魅音(私服): (はっ……バカバカしい) 頭に浮かんだ嫌な想像を、私は首を振って苦笑とともに振り払う。 虚構は虚構、現実は現実だ。それをごちゃまぜにするのは、創作者たちの#p思惑#sおもわく#rにまんまと踊らされているというものだろう。 魅音(私服): くっくっくっ……なんだい、詩音?もしかして、TVドラマの登場人物たちが画面を飛び出してこの#p雛見沢#sひなみざわ#rにやってきた――。 魅音(私服): なんてことが起こった、とでも言うつもりかい? 詩音(私服): まさか。確かに昨今は不思議が常識、なんでもアリがこの村の日常になりつつありますが……。 詩音(私服): 現実と虚構をごっちゃにするほど、私は妄想に溺れたりなんかしませんよ。サンタを信じる幼子じゃあるまいしね。 魅音(私服): あっはっはっはっ、それを聞いて安心したよ。んじゃ、もういい時間になってきたことだしそろそろ休むとしよっか。 魅音(私服): ……なんだったら詩音、今夜は私と一緒に布団を並べて寝てあげてもいいけどー? 詩音(私服): はっ……! 冗談はやめてください、お姉。あの程度でブルって怖がるほど、私は根性なしじゃありませんよ。 魅音(私服): くっくっくっ、それもそうだよね。んじゃ私、ちょっとお手洗いに行ってくるから。 …………。 詩音(私服): それにしても……あの「西園寺」という名前……。 詩音(私服): 確か、どこかで聞いたような気がする。でもいつ、どこで……? Part 02: ……幸せの絶頂だった気分を奈落の底に叩き落としたのは、ずいぶん遅くかかってきた「彼」からの電話だった。 魅音(スクールデイズ): えっ……ど、どういうことっ?今夜のクリスマスは一緒に過ごすって、ちゃんと約束したよね?! かっ、と頭に血が上っていくのを感じながら、私は受話器に向かって怒鳴りつける。 これまでにも、何度か「彼」は約束していたことをうっかり忘れたりすることがあり……そのたびにだらしなさをなじったり、たしなめたりしたものだ。 ただ、そのたびに「彼」は土下座をする勢いで「ごめん」「もうしないから」と平謝りするため、仕方なく許してきたのだけど……。 圭一: 『……。それは、そのっ……』 何故か今回は、申し訳ないという思いこそ伝わってくるものの……謝罪の言葉や言い訳もなく、私の怒りを受話器の向こうで受け止めている。 ……いや、そうじゃない。おそらくこれは、何かうまい言い逃れがないかと考えあぐねているのだろう。 電話に出たのは、しつこく呼び出し音が鳴るからやむを得ず出たという態度が口調や声色からもありありと出ていて……。 できればさっさと切ってしまいたい、という卑怯な目論見が電話越しからも透けている感じだった。 魅音(スクールデイズ): ※※……お願いだから、少しは自覚を持ってよね!私とあんたは付き合っているんだから、クリスマスくらいはそれらしく過ごして当然でしょっ? 圭一: 『わかっている……わかっているさ、一応……』 魅音(スクールデイズ): 一応、ってどういうことっ?私との付き合いだから仕方なく、だとでも言うの?! そうがなり立てながら……私は内心で、「彼」の気持ちが自分から遠ざかっているのを理解する。 まぁ、それも当然だろう。これまで私は、世話焼き女房という振る舞いを見せながら……一方では価値観を押し付けて「束縛」してきた。 最初は、色々と先に気遣って手配してもらえたので「彼」も楽に感じて、甘えきっていたが……徐々にそれが、窮屈に感じてきたのかもしれない。 ただ……だからといって私は、それを止めることができなかった。 なぜなら、この自分の持ち味以外で勝負してもあの「彼女」に勝てる気がしなかったから……。 魅音(スクールデイズ): とにかく……今からでもいいから、こっちに来てよ。せっかく作った料理が冷めて、美味しくなくなっちゃうじゃない。 圭一: 『……別に、作ってくれって頼んだわけじゃ……』 魅音(スクールデイズ): なっ……そんな言い方はないでしょっ?こっちは※※に喜んでもらおうと思って、一生懸命に――! 圭一: 『……だからっ、それは迷惑だって言っているんだよ!』 魅音(スクールデイズ): なっ……?! 逆ギレ地味に激しい言葉をぶつけられて、身構えていなかった私は驚きのあまり言葉を失う。 これまで「彼」は、どんな時でも私に対して言葉を荒らげて言い返すことがほとんど……いや、全くなかったと思う。 それは、なんだかんだ言って私のことを尊重して、優しく受け止めようと容認してくれているからだと思っていた……信じていたのだ。 ……だけど、実のところ「彼」はただ我慢して不満を抱えていたということなのか? こんなにも私が、「彼」のことを優先して何よりも、誰よりも尽くしてきたというのに……! 圭一: 『とにかく……今夜は、こっちで過ごすから。お前はそっちで、なんとかしてくれ。それじゃ――』 魅音(スクールデイズ): ま……待ってよ、※※っ!そんなに来るのが面倒だったら、今から私がそっちに行って――?! レナ: 『……※※くーん♪そろそろ準備ができたから、こっちに来てー』 魅音(スクールデイズ): なっ……今の声って、まさか?! 圭一: 『……っ……』 私の問いかけに答えることなく、無慈悲にもあっさり……電話は、切れる。 受話器の向こうからむなしく響く……ツー、ツーと回線が途絶えた音。 それをしばらく聞いてから私は受話器を置き、ふらふらとリビングへと向かって……そして……。 魅音(スクールデイズ): ……っ……!! テーブルの上に並べていたクリスマスのご馳走を怒りのままに振り払い、次々にぶちまけていく。 ほんの少し前まで、ひとり悦に浸るほど綺麗に盛り付けていたそれらはことごとく床の上で無惨な姿になり……。 呆然とその中にぺたん、と座り込むと、どうしようもなく自分が惨めに思えて……悲しさが押し寄せてきた。 魅音(スクールデイズ): どうして……?どうしてだよ、※※……ッ!! こんなに想っていたのに……いや、想っていたからこそ「彼」に裏切られたことが憎くて恨めしくて呪わしい……! そして今、私の胸の内で怒りと悲しみが混ざりあい燃え上がって生まれた感情……それは……。 全てを消し去ってなかったことにしたいという、黒い「殺意」だった――。 魅音(スクールデイズ): ……殺してやる。 魅音(スクールデイズ): 殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる……ッッ!! 魅音(スクールデイズ): みんなみんな、私の前から消してやる!!全部この手で、ぶっ殺してやるぁぁあぁっっ!!! Part 03: 詩音(私服): あー……それで起きた今になっても、そんな酷い顔をしているってわけですか。 詩音(私服): 災難と言えば確かにその通りだとは思いますが、それにとばっちりで付き合わされる私の身にもなってもらいたいものですねぇ……。 魅音(私服): っ……ごめん、詩音……。私もまさか、あそこまでダメージを食らうとは思ってなかったからさ……。 詩音が代わって用意してくれた朝食を前に、私は鼻を啜り上げ……一向にわいてこない食欲に、大きくため息をつく。 まさに、最悪の夢見だった。目が覚めた時はぼろぼろとこぼれる涙が止まらず、恐怖のあまりに高鳴る鼓動が抑えられなくて……。 たまらず、恥も外聞も投げ捨てて私は詩音が寝ていた部屋に押しかけ、夜が明けるまでずっと慰めてもらっていたのだ……。 詩音(私服): ……夜中にお姉が部屋に飛び込んできた時は、驚きすぎて心臓が止まるかと思いましたよ。悲鳴を我慢した自分を褒めてやりたいくらいです。 魅音(私服): っ……本当に、ごめん……。 詩音(私服): まぁ、いいですよ。お姉は寝る前、自分で強気に振る舞っているつもりでいたのかもしれませんが……。 詩音(私服): 実を言うと私、お姉は結構ダメージ食らっているとなんとなく感じていましたからね。 魅音(私服): えっ……そ、そうだったの? 詩音(私服): はい。だってお姉って、恋愛に関しては基本的にお子ちゃまじゃないですか。圭ちゃんとだって、一向に進展がありませんし。 魅音(私服): っ? い、今は圭ちゃんのことって関係がないでしょっ……? 詩音(私服): ありますよ。もしうまくいくだの、玉砕するだのの結果を経験していれば、あれが「ありえない」話だとすぐにわかったでしょうしね。 魅音(私服): ど……どういうこと……? 詩音(私服): 言ってしまうと……怖い話が怖いと感じるのは、実は「ありえなさそうで、ある」ではなく「ありそうで、ありえない」内容だからなんです。 詩音(私服): お姉。これはあくまでも例え話なので、別に照れたり恥ずかしがったりしないで聞いてもらいたいのですが……。 詩音(私服): 圭ちゃんがこの先、お姉と交際したとして……あのドラマに出てきた男の子みたいになるとあんたは思いますか? 魅音(私服): えっ……そ、それは……。 魅音(私服): ……ないね。絶対に有り得ない。圭ちゃんはあんなふうに、いい加減な態度や言動をするようなやつじゃないよ。 詩音(私服): くすくす……断言しましたね。まぁ、私もお姉と同意見です。圭ちゃんは不器用で、お子ちゃまではありますが……。 詩音(私服): 少なくとも、自己保身のために相手を傷つけて平気でいられるような性格ではないと思います。 詩音(私服): で、もうひとつお聞きしますが……あんな感じに優しいけど優柔不断な相手を、お姉はこの先好きになると自分で思いますか? 魅音(私服): うーん……こればっかりはめぐり合わせと縁だから、絶対って答えはちょっと出せないけど……。 魅音(私服): ……ただ、もしクリスマスの夜にあぁいったことをするようなやつだったとしたら、私はその時点で、ごめんだね。 魅音(私服): 二度と連絡を取らないで赤の他人になるか、気の済むまで殴って罵って……おしまいにするよ。 詩音(私服): そういうことです。つまりお姉は、まかり間違ってもあぁいった状況になることはないってことですよ。 詩音(私服): だから、さっき言った「ありそうで、ありえない」お話が受け入れられないし、本能的に拒絶反応を示す。現実っぽいTVドラマだからこそ、なおさらに。 詩音(私服): その結果が嫌悪と、恐怖ってわけです。……なんだかカウンセリングみたいな口上ですが、理解してもらえましたか? 魅音(私服): 詩音……あんた、どうしてそんなことを……? 詩音(私服): 以前、監督の机の上に置いてあった心理学の本を退屈しのぎに読んでいたら……そういった理屈がもっともらしく書かれていまして。 詩音(私服): 小難しい内容でしたが、なるほどと思える箇所も結構ありましたので……これを機会に本腰入れて読み漁ってみるのもありかもですねー。 魅音(私服): …………。 詩音(私服): あと、創作のキャラに対する考察になっちゃいますが……もしかしたらあのドラマの子たちって、主人公の男の子が浮気しそうなやつだと信じていなかったのかもです。 詩音(私服): 浮気するはずがない……なんだかんだ言って自分のことを大切にしてくれる優しい人だから、裏切られることなんて、あり得ない。 詩音(私服): そういう思い込みがあったからこそ、いざ裏切られた時に恐怖と絶望を感じたんでしょう。……でなきゃ最初の時点で、ポイしていますよ。 魅音(私服): ……そうかもね。確かに言われてみると、私の好きになるような子がそこまで不誠実なことをするわけがない……。 魅音(私服): そういう自信……というかうぬぼれがあると、いざそうなった時にショックが大きくなって恐怖が増すってことか。 魅音(私服): はぁ……なんか、急にバカバカしくなってきたよ。あんな「ありえない夢」に振り回されるなんてさー。 詩音(私服): くっくっくっ……!まぁ、そういうところがお姉ってお子ちゃ……いえ、乙女ってところなんでしょうね。 魅音(私服): ……わざと言い直しているんじゃないよ。結局バカにしているくせに。 詩音(私服): いえいえ、そんなことは。……それよりもほら、早く食べてください。いつまでたっても片付きませんので。 魅音(私服): うん、わかったよ。……本当にありがとね、詩音。 詩音(私服): これくらいは、お安い御用です。でもまぁ、どこかで埋め合わせをしてもらうってのも悪くないかも知れませんねー……くすくす。 …………。 詩音(私服): 現実ではない「ありえない話」に怖がったり、悲しんだり……か。 詩音(私服): 人のことは言えないよね、私も……。