Part 01: ……それは、偶然がもたらした邂逅なのか。あるいは私の知らない誰かの#p思惑#sおもわく#rによる奇縁なのかは、今でもよくわからない。 ただ、その出会いによって#p雛見沢#sひなみざわ#rにおける私の運命が一変したことだけは確かだった。 詩音(私服): あー……やっぱり、降り出してきちゃいましたか。もう少し早めに切り上げるべきでしたねー。 暗がりでも雲に覆われているとすぐにわかる空模様に、私はうんざりした気分で肩を落とす。 ここ最近、学校が終わればすぐにバイトの毎日だ。しかも業務が終わった後も店長の義郎おじさんに頼まれて、新商品の考案に付き合ったりしている。 一応、残業代としてかなり上乗せがあるのでありがたくはあるが……うら若き乙女を遅い時間まで引き留める無配慮には、鼎の軽重を問い詰めたい。 詩音(私服): 分校にも、顔を出せていませんしね……。沙都子をからかったりすることができなくて、そろそろ禁断症状が出てきそうですよ。 雛見沢分校で繰り広げられる、にぎやかな喧騒を思い出して……はぁ、とため息をつく。 魅音が率先して放課後に行っている部活は、どれも楽しいものばかりだ。一見幼稚なゲームでもやってみると意外に熱中して、飽きがこない。 それはおそらく、参加している全員がとにかく勝ちにこだわって真剣に挑み……知恵と工夫の限りを尽くしてくるからだろう。 さらに、罰ゲームで敗者が恥ずかしい目に遭うことで勝った者が満足感を得る一方、他の連中は次こそは、と闘志を燃やすのだ。 その程度も、いじめや嫌がらせにならないよう魅音が絶妙なところでさじ加減を行っている。……だからこそ、あと腐れのない清々しさがあった。 詩音(私服): 考えてみると、やっぱりお姉の方が「適性」があったってことなんでしょうね。私だと、やりすぎてしまうところがありますし……。 苦笑とともに、私は次期頭首に選ばれたのが魅音でよかった、と心から納得する。 双子として生まれ、ある時期まで同じ環境の下で育てられた私たちの大きな違い……それは、権力の使い方だろう。 私の場合、使えるものは何でも使って事を急ぐ。それが解決の近道であり、効率の高い手段だと考えているからだ。 しかし、魅音は違う。行使の前に「力」がもたらす効果と、周囲への影響をまず考えて……タイミングとベクトルを計算する傾向がある。 彼女が重視するのは「全員でなくとも、多数が納得できるかどうか」。つまり結果と同時に、経緯を重視しているのだ。 そのため、第三者的な立場である私からすればずいぶんまどろっこしい真似をしているようにも映って……つい苛々させられる時が何度もあった。 詩音(私服): 『あんな連中の意見、気にする必要なんてないと思いますけどねー。頭の固い年寄りたちに合わせていると、時間と手間がかかるばかりです』 寄合が終わり、遅々として進まない議事の内容を愚痴まじりに聞かされるたび……私はそう言って魅音の尻を叩いたものだ。 しかし、彼女はあえて反対意見を無下に切り捨てたりせず……説得するにはどうすれば、とさらに悩んで、考える。 もちろん、私の意見を聞き流したりもしない。いつも真剣に耳を傾け、参考にしてくれるのは素直に嬉しいし、やりがいを感じる。 要するに彼女は、調整型のリーダーなのだ。独断で決めて行動する私とは、姿勢が正反対。 しかし……いや、だからこそ今の魅音は鬼婆の代理ではなく、村の連中が頼るだけの存在になっているといっても決して過言ではない。 このままいけば、鬼婆が頭首の座を譲り渡すと正式に宣言するのもさほど遠い未来ではないだろう。……それが誇らしく、そして少し寂しい思いだった。 詩音(私服): さてと……その日が来たあかつきには、私はどう身の振り方を決めましょうかね。 もちろん、しれっと魅音の補佐役を務める選択肢もないわけではない。今の彼女との良好な関係ならば、汚れ役を引き受けることだってお安い御用だ。 あの子は本当に、「魅音」を頑張っている。そして、私も「詩音」であることを受け入れているので……何のわだかまりも存在しない。 ただ……懸念するのは、権威が2つに割れるに従って村の連中に「派閥」ができることだった。 先ほどの通り、私と魅音はタイプが違う。そのため権力が強くなるほど、方針の決定などで衝突や対立が生じることもあるだろう。 それが個人間で済めば、ただの姉妹喧嘩だろう。……だが、ここは雛見沢だ。 園崎家のブラフを本気で信じて、忖度した末に勝手な行動を起こす連中が出ないとも限らない……いや、きっと「出る」。 そうなれば村は二つに割れ、魅音が目指す村を一体化して立て直すという理想に支障をきたすだろう。 詩音(私服): そう……トラブル回避を第一に考えたら、私は将来的にも雛見沢に留まるべきではないんですよ。 魅音は、「そんなことはない」とでも言って私を引き留めようとするかもしれない……。 だけど、彼女が必死にひた隠すであろう「危惧」は誰に言われるでもなく、私が十分に自覚していた。 詩音(私服): まぁ、そう考えると来年の高校受験なんてのはまさに絶好の機会なんでしょうけどねー。……あ、ルチーアだけは死んでもお断りですが。 詩音(私服): ……。でも……。 私が、今もなお雛見沢でやり残していること……それに一区切りをつけないことには、どうしても地元を去る気にはなれない。 この村を離れてしまうと、「彼」のことはきっと村人たちの口の端に上らなくなる。そしてあるいは、私自身の記憶からも……。 そうなると「彼」は、本当に死んだことになってしまう。……それが悲しくて、辛い。なにより私が、受け入れられない事実だった。 詩音(私服): えぇ……わかっていますよ、もう可能性としては限りなくゼロに等しいってことくらいはね。 詩音(私服): でも……それでも私は、……っと? 考え事をしていたことと傘のせいで、歩道を塞ぐように邪魔っけに停まっていたバイクに気づくのが遅れて、ついそれを突き飛ばしてしまう。 しかも運悪く、駐輪が不安定な坂道であったことも手伝ってか……その隣の、さらに隣のバイクもまるでドミノ倒しのように続いて倒れていった。 詩音(私服): ……あっちゃぁ……。 やってしまった、と後悔を覚えると同時に私は既視感を抱く。 確か以前、これと似たようなことがあった。だからもし、それを踏襲するのであれば……。 不良A: んだてめンなろぉおおぉおおおッ!!すったるぁ、おるぁあッ!! 背後からとても聞き覚えのある声が聞こえ、振り返るとそこにはいかにもガラの悪い3人組が薄汚れた傘をさして立っていた。 Part 02: 瞬く間に私は、汚い身なりの3人の男たちの手で襟首を掴まれ……薄暗い路地裏へと引きずり込まれた。 不良B: をるぉんったら、ぅッってん場合じゃえぇんあぞぉぉお!! 不良C: ごらあッ!! んまってンら、なしツくとぉッんじゃねえぞおおぉおおッ!! ……まるでテープレコーダーのように、同じような台詞が再生される。おかげで怖さより、可笑しさの感情が勝っていた。 詩音(私服): (この展開……「あの時」と同じですね) 忘れもしない、「彼」……北条悟史くんと私が初めて出会った日の記憶が蘇る。 あの時の彼は、震えながらも私のことを守ろうとして不良たちの前に割って入り、蛮勇を奮ってくれたのだ。 詩音(私服): (……ただ、あの時点では悟史くんって、私のことをお姉と間違えていたんでしたっけ。まぁ知らなかったんですから、当然なんですけど) その後、真実を知ったことで照れたように笑う悟史くんの顔は、今でもはっきり覚えている。 それがなんとも可愛らしくて、おかしくて……私はつい、くすっと吹き出してしまった。 不良A: あああぁぁんんッ?なに笑っでんだぁあ、でメおるぁあッ?! 詩音(私服): ……いや、別にあんたたちのことを笑っていたわけじゃないんですけど。 思い出に浸ることも許してもらえないのか、と私は不快な思いで眉をひそめる。 さてと……ここは、どうやって切り抜けるか。謝ったところで逆効果は明白だし、逆に居直ってみせても相手は怯まないだろう。 周囲へ助けを求めようにも、この時間の上に雨だ。大声を出したところで応援が駆けつけてくるとはちょっと思えない。 あとは護身用に携行しているスタンガンだが……この雨に濡れた手で扱うと、自分にも放電が回ってくる恐れがある。 詩音(私服): (こんなことなら、店を出る前に葛西を迎えに呼んでおけばよかったですね……ん?) 落ち着いて状況を整理してから、はたと気づく。 ひょっとして、今の私……結構大ピンチ?退路も塞がれて、逃げることもほぼ不可能……?! 詩音(私服): あ、あの……修理代でしたら、今から人を呼んでちゃんと払いますので……機嫌を直してもらえると嬉しいかなー、なんて……あははは……。 不良B: ふん……ほおぉお、そうじゃのお。金がなかったら、……なぁ? 不良C: そがい言うんなら、しゃあんなぁ!!体で払ってもらうっしゃあなぁあ?! 不良A: こんの女、よぉ見ると結構イケてるもおなぁ……!どうじゃこの後……むげへへへへへへ!! 詩音(私服): (ちょっ……マジですか、こいつら?冗談は顔とおかしな服装だけにしてくださいって) こういう場面でお決まりの下卑た笑いを醜い顔に浮かべながら、男たちは近づいてくる。 ……こうなったら、是非もなしだ。相打ちにならない程度に出力を絞って怯ませた上で、人通りのある場所まで逃げるしかない。 そう思って私は覚悟を決め、せめてもの気休めに濡れた自分の手を拭ってから背中にひそませたスタンガンを握り締めて――。 雅:           ――やめなさい。 詩音(私服): ……へっ……? 一瞬、幻聴かと思って耳を疑う。 ただ、それが私だけの勘違いでなかった証拠に3人組は「あぁんっ?」と一斉に振り返った。 雅: …………。 路地の入口付近に立っていたのは、女の子だった。私と同い年くらいで、華奢な体形のシルエット。 ……だから、私は安堵よりも緊張を抱く。下手な正義感でのこのこと乗り込んできた、哀れな鴨ネギにしか見えなかった。 詩音(私服): っ……に、逃げっ……! 被害が広がらないよう、必死に叫ぼうとするが喉がひきつってうまく声が出ない。 情けない話だが、この時私は久々に恐怖を感じてしまっていたようだ。だから思い出すのが嫌で、記憶も曖昧になっている。 ただ、はっきりと覚えていることといえば……。 雅: ここから去りなさい。黙っていなくなりさえすれば、私は何もしない。 不良A: あああぁぁんんッ、んだデメぇはぁっッ!すったらん、いきがっでんなぁああんっ!! 雅: ……叫ぶな。耳が腐る。 不良A: んなぁぁッ――?! 今度は耳ではなく……目を疑った。 なぜなら、その子が手に持つ薙刀のようなものが鋭く振るわれたかと思うと……。 怒声を浴びせて息巻いていた男のひとりは、糸の切れた操り人形のようにどう……と声も上げることなく倒れてしまったからだ。 不良B: なっ……ななな、なぁぁぁああんんっ?! 不良C: ひっ、ひいいいぃぃぃいいっっ?! 雅: 警告はした。……だから選んだのは、お前たちよ。 不良B: て……ててて、てめぇッ――? 不良C: た、助け……ッ――! 詩音(私服): ――っ……?! ひとりは無謀にも立ち向かい、もうひとりは形勢の不利を悟って逃げようとしたが……ほんの数秒の間に、それぞれが同じ運命をたどる。 そして、雨と泥にまみれた男たちはピクリとも動かなくなり……私はただ呆然と、その一連の流れを見つめるしかできなかった。 詩音(私服): …………。 まだ信じられない思いで、私は目の前に立つ女の子の姿をまじまじと見つめる。 確かに、助けてもらった。彼女がいなければ、私は最悪の展開すら覚悟せざるをえなかった。 だけど……それにしても「彼女」はどうして、こんな凶器を街中で持ち歩いているのか……? 詩音(私服): えっと、助けてくださったのはすごく感謝していますけど……あなたは、いったい何者ですか? 雅: …………。 詩音(私服): あの……もしもし?そこで黙ったまま立っていられていると、私はどうしていいのかわかんないんですが……? 雅: ……園崎、詩音……。 詩音(私服): えっ……? 雅: あなたの、……力を借りたい。 Part 03: 詩音(覚醒): いやいや……ほんっと、懐かしいですねぇ……!あの時にあんたと出会ったおかげで、「今」のこの私があるわけですから……ッ!! そう言って私は、血が煮えたぎるかと思えるほどの憎悪と憤怒を込めて……目の前に立つ「彼女」を睨みつける。 ……思えばすべて、こいつが発端だった。 私がずっと、求めてやまなかった……同時に決して叶うことがないと諦めかけていた願いへの道を、こいつは「提示」してきたのだ。 詩音(覚醒): ……正直、十中八九騙されていると思っていましたよ。 詩音(覚醒): まぁ失望する覚悟はしていましたし、嘘と判明した時点であんたを八つ裂きにでもしてやるつもりでした……でも……ッ! ぎりっ、と奥歯をかみしめて、私はさらに一歩、また一歩と踏み出す。 全身に負った傷、そして流れる血による痛みはもはや……意識の端にも浮かんでこなかった。 ただ、明確にあったのは……目の前の「やつ」に対して抱く、焼けただれるほどの「殺意」だけだった……! 詩音(覚醒): これが……あんたに従った結果……っ?だったらまだ、騙されたほうがマシだった!よくも、こんな外道の片棒を担がせやがって……ッ! 雅: …………。 これだけ叫んで怒鳴りつけても、「彼女」は動じた様子もなくただ……私を冷ややかに見つめている。 その手には、あの日不良どもを鎧袖一触に叩きのめした大薙刀……。 ……おそらく、私ひとりが立ち向かったところで物の数ではない、とでも思っているのだろう。 詩音(覚醒): (そうですか、そうですか……だったら、目にもの見るがいいッッ!!) 詩音(覚醒): 悪いですが、ただではくたばりませんよ……! 詩音(覚醒): ドブネズミにも、意地とプライドがあることをしっかりあんたの身体に刻み込んでから……もろとも地獄の底に引きずり込んでやるッッ!! そう宣言して私は『ロールカード』を手に取り、渾身の力を込めて自分のみぞおちに突き刺す。 詩音(覚醒): ぐっ……ぅ……くく、くくくく……っ! 詩音(覚醒): くくくくくく、くけけけけけけけけッッ!! 灼けるような激痛に意識が遠のき、視界が暗闇に包まれかけるが……瞬く間に目の前が朱に染まっていく。 そして、急速に痛みが引くと同時に全身の血流が脈を打って昂り、おかしくて面白くてたまらない愉悦に似た感情が膨れ上がってきた……! 詩音(覚醒): ぶち殺してやる……覚悟しろやぁぁぁあぁッッ!! 怒声とともに私が両手を差し出して振るうと、掌から波動による鞭の形状をしたものが生み出されて――勢いよく目の前に打ち出される。 それはまるで、烈風のように荒れ狂って空を斬り裂き……大蛇が咢を開くがごとく「彼女」の身体に襲いかかった。 雅: ……っ……!! その双撃に飲み込まれる直前で、「彼女」は大薙刀を振るって一閃、二閃と斬撃を放つ。 波動の鞭は縄を切るように寸断されて、地面へと落ちて消える……がッ! 詩音(覚醒): だったら……こいつでッッ!! 私は再び波動の鞭を顕現させると、今度は左右から挟み込むようにして攻撃を繰り出す。 詩音(覚醒): はああぁぁぁぁあぁッッ!! 雅: っ……ふんッ……!! さしもの「彼女」も余裕で受け止めることが難しくなったのか、地面を蹴ってその場からひらりと飛びあがった。 ……しかし、それこそが狙うところ。宙を舞って動きの自由を失った「彼女」の姿に思わずほくそ笑むと、私は――! 詩音(覚醒): ――もらったああぁぁッッ!! 渾身の力を込め、その懐にめがけて跳躍した……! 詩音(覚醒): ぐっ……ぅ……?! 生身では考えられないほどの高みに達した、自分の超常的な脚力の反動を受けて……全身が引きちぎられるような感覚にとらわれる。 ……だけど、それでいい。この痛みこそが、裏切ってしまった人たちに対するわずかながらの償い……そして……! 詩音(覚醒): (この私に、最低最悪の道化を演じさせた「こいつ」に対する……意趣返しだァァァッッ!!) 雅: ……っ……?! 私の玉砕覚悟の突進を迎え撃つべく「彼女」は、やや不安定な体勢から大薙刀を前へと振りかざす。 その刃は私の脇腹を裂き、途端に痺れにも似た感覚に続いて全身に激痛が広がった……けど……ッ! 詩音(覚醒): 地獄に落ちろ……私と一緒になァァァッッ!!! …………。 私の意識は、……そこで途絶えた。 悟史: ……魅音? おぉい、魅音ってば。 魅音(私服): えっ……な、ななっ……?! 魅音(私服): あ、あなたは……さ、さと……悟史、くんっ……?! 悟史: どうしたんだい、魅音。なんだかぼんやりしていたみたいだけど、どこか体調でも悪いの? 魅音(私服): …………。 魅音(私服): っ、……ぅ……うぅぅっ……!! 悟史: ちょっ……ど、どうしたの魅音っ?急に泣き出したりして、僕が何か変なことでも言っちゃった?! 魅音(私服): ……ぃ、いえ……すみません……じゃなくて、ごめんね。 魅音(私服): なんか、ここで居眠りしていたら変な夢を見ちゃってさ……。他のみんなには言わないでよ、ねっ? 悟史: う、うん……といっても、話すような相手は沙都子か礼奈くらいだと思うんだけど……。 魅音(私服): あー、ダメダメダメ!あの2人にも内緒、絶対に!もし言ったら、たとえ悟史でも承知しないよ?! 悟史: む、むぅ……わかったよ。今のことは僕と魅音だけの秘密ってことで。 魅音(私服): そうそう、2人だけの秘密っ!……おぉ、なんか官能的な響きがしてやらしさ炸裂だね~、くっくっくっ! 悟史: へ、変な言い方しないでよ……!それじゃ僕はこのあと買い物があるから、また明日ね。 魅音(私服): うん……また、明日……。 …………。 魅音(私服): 守ってみせる……絶対に……。 魅音(私服): そして、今度こそ私は……をッ……!!