Prologue: ……そこはいかにもローカル的な、寂れた感じのホームだった。 私以外の人は誰も列車から降りることがなく発車ベルが鳴り終わるや、ドアはゆっくりと閉まっていく。 そして、乗ってきた電車が忙しなく次の駅へ走り出す様子を横目にしながら……私は踵を返し、大きく背伸びをした。 世界: はぁ……やっと着いた。意外に時間、かかっちゃったなぁ。 単純な距離だけならさほどでもなかったはずだが、とにかく線路がジグザグでずっと揺られっぱなし。おかげで想定していたよりも疲れた気がする。 都市部からそこまで離れていないのに、空白だらけの時刻表を見た時は何の冗談かと思った。あの本数で、鉄道会社は採算が取れるんだろうか。 世界: ……まぁ、いっか。私には関係ないことだしね。 そう……ここがどこだろうと、別にどうでもいい。私にとって大事なのは、ここで「誰と」過ごすかだ。 あの人と一緒に同じ時間を過ごせるのなら、近所の公園や道端でも楽園のように思うことができる。だからこそ私は、はるばるここに来たんだから――。 世界: ……うん? と、その時ポケットから着信音と同時に振動を感じて、私は「それ」を取り出す。 いつも肌身離さず持っている、2つ折りの携帯電話。開いて中の液晶画面を見ると、そこには「刹那」の文字と電話番号が表示されていた。 世界: あー……もしもし? さすがに無視を決め込むのは悪いと思い、私は通話ボタンを押して応対に出る。……案の定、あの子の不機嫌そうに低い声が聞こえてきた。 刹那: 『はぁ、やっとつながった……。さっきから何度も電話してるのに、全然出ないんだもの。さすがに心配したよ』 世界: ごめんごめん、ずっと電車の中だったから。けど、ちゃんと代わりにメールしたでしょ? 刹那: 『あとで連絡する、って一文だけでわかるわけないじゃない。せめて今どこにいるのか、書いておいてよ』 世界: えっと、それは……電車が遅くて退屈だったから、つい居眠りしちゃって。ごめんねー。 もちろん、それは嘘だ。さっきも言ったように電車の乗り心地は実に酷く、目を閉じる気分にもなれなかった。 連絡をしなかったのは、絶対に止められるとわかっていたから……そんな本音を隠しつつ、私は繰り返し「ごめんっ」と謝ってごまかした。 刹那: 『……まぁ、いいけどね。で、今はどこに? 迷ったんだったら迎えに行くよ』 世界: 幼稚園児じゃあるまいし、道に迷ったりしないっての。#p興宮#sおきのみや#rって駅に着いて、電車を降りたところよ。 刹那: 『興宮……って、何線の何駅?名古屋の市内に、そんなところってあった?』 世界: ううん。県境を越えた、ずっと先。電車に乗って……どれくらいかかったかな。えぇっと……。 刹那: 『……もしかしてそこ、隣の県?今日の自由行動は名古屋市内で回るように、ってしおりにあった注意書き、ちゃんと読んでた?』 世界: あれ、そんなこと書いてたっけ?あとで確認しておくねー、あははっ。 刹那: 『……今確認しなよ。5ページの下』 世界: まぁ、それはともかくとして……今朝になって、誠が私にメールをくれたのよ。 刹那: 『誠……って、伊藤が?』 世界: そうっ。2人きりで一緒に見て回りたい場所があるから、こっそり抜け出して来てくれないか、って。 刹那: 『……確か彼、今回の宿泊研修は欠席するって言ってなかった?急に風邪を引いて、行けなくなったって』 世界: うん。でも、今日になって体調が良くなったからひとりで電車に乗って追いかけてきたんだって。 世界: それで、せっかくだから2人きり人気のないところで会えないかって……ふふっ♪ 嬉しさが抑えきれず、ついつい笑みがこぼれてしまう。 なにしろ、最近は「ある事情」のせいで誠と過ごす時間がめっきり減ってしまっていた。あるいは避けられているかも、と心配したほどだ。 でも、そんなことはなかった。彼はちゃんと、想ってくれていた……それがわかっただけでも、私としては十分だった。 刹那: 『……あのさ、世界』 だけど、そんな思いとは裏腹に刹那は不審をありありにした声色で……私をたしなめるように返してきた。 刹那: 『そうやって浮かれて調子に乗りすぎて、あとでまた泣くことになっても知らないよ。明け方まで愚痴を聞かされるの、もう勘弁だから』 世界: もう、大丈夫だってば。二人っきりでちゃんと話をすれば、誠も私の良さに気づいてくれるはずだから……ね? 刹那: 『……前回も似たようなことを言ってた気がする』 世界: 前は前、今は今!そうやって混ぜっ返さないでよ。それに――、っ? と、そこで私は駅のホームの時計を見てあっ、と声を上げる。そして慌てながら、早口でまくし立てた。 世界: ごめん刹那、もうすぐ誠と駅前で待ち合わせることになってるの。 世界: なるべく早く戻るつもりだから、先生とみんなにはうまく言っておいてね!じゃっ! 刹那: 『あっ、ちょっと世界――』 私が呼び止める間もなく、世界との通話は唐突に切れてしまった。 刹那: もう……相変わらず世界ってば、勝手なんだから……。 文字通り「恋は盲目」な彼女の暴走ぶりに、私は呆れてため息をつく。 「彼」との関係が深くなって以来、世界はずっとこんな感じだった。はっきり言って、明らかに周りが見えていない。 最初のうちは、そんなに好きな相手だったら彼女を応援したいという気持ちも確かにあったけど……今では心配が半分、後悔が半分といったところだ。 刹那: それにしても……世界が言ってた興宮って、どんなところなのかな? 私はふと気になって、携帯電話のネット機能を使い検索を試みる。 するとトップ画面に、不穏な文字が浮かんでくるのが見えて……思わず息を呑んでその場に固まってしまった。 刹那: 興宮……ってまさか、あの『#p雛見沢#sひなみざわ#r大災害』が起きた場所の近く……っ? Part 01: #p雛見沢#sひなみざわ#r分校での午前中の授業は、いつも通りつつがなく終わり……。 お昼の弁当をつつきながら、私たちはもうすぐ放映されるTVドラマの最終回について盛り上がっていた。 魅音(私服): いよいよ、最終回の日が近づいてきたねー?先週は手に汗握る怒涛の展開の連続で、1時間があっという間に感じるくらいだったよ~! 一穂(私服): う、うん……でも、女の子たちは好きな人と幸せになりたいだけなのに、あんなふうに憎み合う関係になったのが……見てて辛いよね。 沙都子(私服): 辛いも何も、あぁなってしまったのは主人公の男性がはっきりしないから、でしてよ。 羽入(私服): あぅあぅ……沙都子がズバッと断言したのです。 沙都子(私服): だって、そうではありませんの!主人公が自分の好きな相手はこの人だー、と決めて大事にすれば、周りの女性も納得したはずでしてよ! 梨花(私服): 本当に誰か1人に決めたら、そうなるのでしょうか?他に相手がいてもいいと迫った子もいましたので、そんなに簡単には収まらないと思うのですよ。 菜央(私服): いずれにしても、片っ端から女の子に手を出すとか最低ね。あれは人間のクズよ、クズ。 魅音(私服): うんうん、その点については同意だよ。やっぱ男ってのは一途で、ストイックでないとさ。 レナ(私服): はぅ……でも、最初のうちは優しくて人当たりもいい感じだったから、裏に隠れていた本性がよくわからなかったんじゃないかな……かな。 そんな感じに、私たちはドラマの登場人物たちについてあれこれと講評をしながら、それぞれの見解をぶつけ合う。もちろん私も、その中のひとりだ。 最初こそ、役者さんが可愛いので観始めたものの……今では毎週ドラマの時間になると、お風呂もご飯も早めに終わらせてテレビの前で待機するようになった。 ただ、ちょっと刺激的なシーンが多くて……たまに美雪ちゃんや菜央ちゃんの背中に隠れては、テレビ画面をチラ見してしまうこともあるのだけど。 魅音(私服): それにしても、一穂がメロドラマにはまるってちょっと意外だよねー。実は、あぁいった愛憎劇に憧れがあったりするの? 一穂(私服): そ、そういうわけじゃないけど……ずっと観てたら、最後はどうなるのかなって気になって。はぁ、今から最終回が待ち遠しいよ。 美雪(私服): んー……最終回がどうなるか、早く知りたいの? 一穂(私服): え? あ、うん……美雪ちゃんは知ってるの? 美雪(私服): まぁねっ。あのドラマって、実は最後に……。 菜央(私服): ……止めなさいよ、美雪。物語のネタバレは、ドラマを楽しんでる人に対して最大かつ最悪のマナー違反なんだから。 美雪(私服): それはわかってるんだけどさ……菜央、ちょっと来て。 そう言って美雪ちゃんがお箸を持ったまま、菜央ちゃんを連れて教室の隅へと移動していく。 なんだろう、と思って顔を向けてみたけど……その話し声は小さくてよく聞き取れなかった。 美雪(私服): いや……みんなはあれこれ予想してるけど、1週間待ったドラマがとんでもないラストを迎えたら結構ダメージが大きいと思うんだよ。 美雪(私服): 魅音たちはまぁ、いいとしても……耐性のない一穂があの最終回を予備知識もなく観るのは、ちょっとどうかなってさ。 菜央(私服): どうかなって……あたし、あのドラマって一度も観たことがないから知らないんだけど、実際最後はどうなるの? 美雪(私服): ネタバレは最悪のマナー違反なんだよね?だから詳しくは言わないよ。 菜央(私服): ……さっきの仕返し? 意地悪ね、あんたって。 美雪(私服): あははは、冗談だって。衝撃のラストだけど、確かに見応えがあるから菜央は楽しみにしてていいと思うよ。 美雪(私服): ただ……あのドラマを録画してた社宅のお姉さんが、私たち社宅の子どもを集めて上映会をやったんだけど……最終話を観た全員が、ラストで凍りついてたくらいでさ。 美雪(私服): でも一番怖かったのは、ビデオが終わった後に真顔で泣いてたお姉さんだったかな……いや、あれは本当に怖かった。トラウマになりかけたよ。 菜央(私服): ……その人って、なんでそんな過激なドラマをあんたたちに観せたのよ。 美雪(私服): なんか後から聞いたら、当時の彼氏と揉めてたらしくてさ。自分とドラマの登場人物を重ねて久しぶりに観たいけど、1人だけだと取り乱しそうだから、って。 菜央(私服): つまり……あんたを含めた子どもたちは道連れ?不憫な話ね。 美雪(私服): んー、普段は優しい人なんだけど……子どもが見たらショックを与えるかもしれない、って判断ができないくらいに追い詰められてたんだろうね。 美雪(私服): まぁ、その後は彼氏と別れて違う人と結婚して幸せそうだから、終わり良ければでよし、だけどさ。 菜央(私服): よしにしていいの、それ?……あんたって妙なところで寛容なのね。 菜央(私服): でも、それを聞いたら美雪の言う通り一穂に観せていいものか、迷ってきたわ。……さて、どうしたものかしら。 美雪(私服): 観るのはやめろ、とはさすがに言えないから。とりあえず最終回の日はショックに備えて、お米をたくさん炊いておいてあげようよ。 菜央(私服): 夜食の準備もしておくべきでしょうね……。 一穂(私服): ……? えっと……。 さっきから、美雪ちゃんと菜央ちゃんが私の方を見て、心配そうな顔をしている。……何の話をしているんだろう? 一穂(私服): (もしかして、あのドラマ……そんなに怖い終わり方になったりするのかな……?) なんてことを考えていると、梨花ちゃんがとてとてと教室隅の2人に歩み寄っていくのが見えた。 梨花(私服): ……みー? もしかして美雪は、あのドラマの先の展開を知っているのですか? 美雪(私服): えっ? いや、それは……こうなったら面白いだろうな―、って勝手な予想を一穂に話そうとしただけで……。 ……梨花ちゃんに何を言われたのか、美雪ちゃんは苦笑いをしながら視線を泳がせている。 すると、菜央ちゃんが呆れたようにため息をつきながらぺしんっ、と彼女の腕を軽く叩く様子が見えた。 菜央(私服): ほんと、口が軽いわね……今度ミシンで唇の両端を縫い付けてやろうかしら。 美雪(私服): あ、あははは……ごめんちゃい。 そんなやり取りの後で話を終えたのか、美雪ちゃんたちが何事もなかったかのようにこちらへと戻ってくる。 ……結局、何の話をしていたんだろう?ここで聞いていいものかわからなかったので、とりあえず今は黙っておくことにした。 美雪(私服): とりあえず……あのドラマはどうやったらハッピーエンドになるのか、考えてみるのもいいかもね。レナたちは、どう思う? レナ(私服): うーん、あの展開だとみんなが納得できる、幸せな終わり方をするのは難しいんじゃないかな……かな。 魅音(私服): 確かにそうだね……でも、なんとか納得できる形に収まってくれるのをおじさんは期待しているよ。 魅音(私服): いずれにしても……同じ男の子を好きになった2人の女の子が自分の想いを伝えて取り合うってのはやっぱ、見ていて結構きつい感じだね。 魅音(私服): しかも、あの子たちはそういうことがなかったら普通に仲良く過ごしていたかもしれないだけにさ……。 そう言って魅音さんは、大きくため息をついてみせる。……どちらかというと主人公の男の子よりも、それを取り合う女の子たちに共感を覚えているようだ。 魅音(私服): そういや、前に美雪が言っていたよね。あのドラマって、女の子同士があそこまで仲違いする必要があった? ってさ。 沙都子(私服): えぇ、確かに。そんな話をされてましたわね。 魅音(私服): で、その話を詩音にしたら……「美雪さんはお子ちゃまですねぇ。仲違いってのは、なるべくして起こり得るものなんです」。 魅音(私服): 「恋愛絡みの事象に、必要かどうかなんて関係ない。疑問に思うこと自体がナンセンス、順序が逆ですよ」……とか、したり顔で言っていたよ。 美雪(私服): お、おぅ……言葉の意味はよくわからないけど、とにかくすごい自信だね。 魅音(私服): いや、私も聞いていて意味が理解できなかったんだけど……どう思う? 美雪(私服): んー、どう思うかと聞かれたら……そういうものなのかなぁ、と返すしかないね。 美雪(私服): 次に詩音に会うまでに、何かうまい答えを考えておくことにするよ……自信ないけどさ。 魅音(私服): あっはっはっはっ! まぁ恋愛に関して詩音は一家言ありというか、口達者なやつだからね。勝てると思わないほうがいいよ。 魅音(私服): 詩音はさ、「恋は戦争なので、勝ち取った方が勝利。友達との関係がどうだ、相手の気持ちがなんだの……」 魅音(私服): 「なーんてことをうだうだ言っている時点で、その恋にはもう負けたも同然なんです」とか言っちゃうやつだしね。 魅音(私服): あの子はドラマに出てくる女の子の立場になったら、全力で好きな子を手に入れようとするだろうね……私は無理かな。特に、相手がレナだったらさ。 レナ(私服): はぅ……?魅ぃちゃん、それはどういう意味なのかな、かな? 魅音(私服): だって私は、好きな男の子と付き合うことができても友達と仲違いなんてしたくないし。恋と友情だったら、友情を優先したいよ。 レナ(私服): うん、そうだね……。レナも魅ぃちゃんと、もしあんな感じになったりしたら……って考えたくはないかな、かな。 魅音(私服): あっはっはっはっ、それはないって!万一にでもレナと同じ男の子のことが好きになったら、私は喜んで身を引かせてもらうつもりだからさ。 レナ(私服): そ、それはあんまりだよ……!だったらこの先、魅ぃちゃんが誰かを好きになったらレナはその子のことを考えないようにするね。 魅音(私服): くっくっくっ……無理しなくてもいいって。でも、レナのその気持ちだけで嬉しいよ。大人になってからも私たちは、変わらず親友でいようね。 レナ(私服): うんっ! 美雪(私服): いや……実際にそういう状況になってみないと断言なんてできないと思うけど……おーい、話聞いてる? 美雪(私服): ダメだ、聞こえちゃいないや。 沙都子(私服): レナさんと魅音さんの友情はともかく……あのドラマの展開だと好きな人と結ばれたとしても、結婚生活が長続きするとは思えませんわね。 菜央(私服): 確かに。男の方は家庭を持った後でも、浮気を繰り返すと思うわ。 梨花(私服): みー……相手の女性もそうですが、生まれてくる子どもはきっと苦労するのですよ。 一穂(私服): そ、そうなんだ……。 菜央(私服): ……で、沙都子や梨花はどうなの?もし同じ人を好きになったら譲るのかしら、それとも……? 梨花(私服): みー。ボクはそもそも、男性を好きになるという感覚がよくわからないのですよ。 梨花(私服): ……ちょっと憧れる、くらいならわかりますですが。 沙都子(私服): 私も、それと同意見ですわ。……まぁ梨花が誰かを好きになりそうなことがあれば、私は全力でそれを阻止してみせる心積もりですけどね。 沙都子(私服): 梨花とお付き合いしたいなら、私の渾身のトラップ108を乗り越えてからにしていただきましてよ~! 美雪(私服): ……おぅ、ここに面倒くさい小姑がいるよ。 梨花(私服): みー。ボクも沙都子とお付き合いしたい人が現れたら、相応しい人なのかきちんと見極めたいと思うのですよ。 菜央(私服): 顔を見た瞬間に、失格の烙印を押しそうね。 美雪(私服): ……ここに面倒くさい小姑パート2。 美雪(私服): あー、なんか喋ってたら、ドラマに出てたレモンカスタードケーキを食べたくなってきたよ。#p興宮#sおきのみや#rのケーキ屋さんにあるかな? 一穂(私服): そうだね。放課後になったら、見に行ってみる? ドラマが切っ掛けで始まった。それぞれの恋愛観や将来の話。 それはとても盛り上がり、私たちはお昼休みが終わるまで楽しくお喋りに興じていた……。 Part 02: 刹那: ……やっと着いた。けど、世界は……? もう遅いと思いつつもわずかな期待を込めて、私は改札を飛び出すと駅前の周囲に目を向ける。 知らない景色に、知らない人々。……孤独感が否応なく私の胸の内に襲ってきて、どうにも不安が抑えきれない。 刹那: ほんと、私……何をやってるんだろう。 自分でもこの行動がバカバカしく思えて、大きくため息をつきながら肩を落とす。 ……私の本来の役目は、クラス委員として名古屋での宿泊研修のまとめ役を行うことだった。 だけど、世界を連れ戻すために同じグループの子に適当な理由をつけて名古屋を離れ……電車を乗り継いで、こうして#p興宮#sおきのみや#rにやってきている。 この埋め合わせは、ケーキを奢ってもらう程度では全然収まらない……戻ったらどんな償いをさせようかを考えながら、私は駅前を歩き回った。 刹那: 駅員さんにも確かめたから、ここで降りたのは間違いないと思うんだけど……。 刹那: まさか、#p雛見沢#sひなみざわ#r村になんか行ったりしてないよね……? のどかな光景にもかかわらず、ゾッと怖気を覚える。 見知らぬ土地を訪れたという不安もさることながら、私を緊張と焦燥感に駆り立てていたのは……旧・雛見沢について母親から電話で聞いた内容だった。 #p清浦舞#sきようらまい#r: 『あら……どうしたの、刹那?今は確か、学校の宿泊研修で名古屋にいるはずよね。もしかして、何か忘れ物でも?』 刹那: ううん、そうじゃなくて……お母さん。以前、うちのお店の控室にバイトの子が忘れていったオカルト雑誌を読んだ時に言ってたよね。 刹那: 昭和の頃に雛見沢村ってところで、大災害があったって。あの場所って今、どうなってるの? #p清浦舞#sきようらまい#r: 『うーん、私もニュース番組で軽く紹介してるのを見ただけだから、詳しく知らないけど……』 #p清浦舞#sきようらまい#r: 『つい最近は火山性の有毒ガスが収まって、封鎖は解除されたそうよ』 #p清浦舞#sきようらまい#r: 『ただそのせいで、誰も住まなくなった廃村を心霊スポットみたいに訪れる人がいたりして、問題になってるみたいね』 #p清浦舞#sきようらまい#r: 『噂では、そのまま行方がわからなくなった人もいたとか……』 刹那: っ……? そんな危険な場所に、世界は伊藤と2人だけで……!? #p清浦舞#sきようらまい#r: 『えっ……刹那、今なんて言ったの?世界ちゃんがなんですって?』 刹那: ごめん……もう切る、あとで連絡するからっ! そして訪れたのが、この興宮だった。もっとも、以前の雑誌の記事を思い出す限りだと隣村が廃墟ということで、人の姿はほとんど絶え……。 いずれ地図上から消え去る予定だ……との、はずだったんだけど……? 刹那: ……どういうこと?この町……普通に人が、暮らしてる……。 行き交う人や車の姿を見て、呆然とする。……とりあえず、困惑の思いを引きずりながらも本来の目的を思い直して、私は歩き出した。 ……雛見沢に入ってから、どれくらいの時間が経っただろうか。 歩くうちに、戸惑いと混乱は収まるどころか……ますます増大する一方だ。 もしかして夢でも見ているのかと思い、何度頬をつねったかわからない。……そのたび痛くて、頭がおかしくなりそうだった。 誰もいない道を歩く私の視界には、遠目に農作業に勤しむ村人たちの姿がちらほらと目に入ってくる。 幻……などでは決してない。だとしたら、幽霊……なわけがないか。 刹那: ここって……雛見沢村、なんだよね……? 声をかけるには距離がありすぎるので、ただ見つめるだけに留める。 いや……いざ呼びかけて、ここは雛見沢だと答えを聞くのが怖かったのかもしれない。 ひょっとして別の村に迷い込んでしまったのか、と私は足を止め、地図ソフトを立ち上げて現在地を確かめようとする。 ……けど、電波状況は「圏外」。こんな山奥の村だったら致し方ないのかもしれないが、それがますます不安を呼び……恐怖さえ覚えつつあった。 刹那: ……。やっぱり、駅まで戻ろう。電話が使えないんじゃ、意味がないし……。 そう、わざわざ言い訳っぽく口に出している行為そのものが自分に余裕がなくなっている証拠だと悟った次の瞬間――。 ツクヤミ: 『……ッ……』 刹那: …………え……? やっぱり私は、夢でも見ているのだろうか。 だって、突然目の前に見たこともない異形の怪物が出現しているなんて……そんなの、夢でしかあり得ないじゃないか。 ツクヤミ: 『ガァアアアア………!』 まして、それが1つじゃなくて2つ、3つ、4つと時間の経過とともに増えて……。 私の方へ迫ってくるなんて、嘘でしょうッ……!? 刹那: っ……ぁ……あぁ……っ!! 予想もしていなかった展開に、私は逃げるどころか恐怖のあまりその場で腰を抜かしてしまう。 ツクヤミ: ガァアアアア………! 倒れた獲物を、黙って見過ごす肉食動物はいない。 そう……倒れた私は、ただの獲物。見逃されるはずがなかった。 怪物の群れが容赦なく、襲いかかろうとしてきて……! 刹那: ひっ……いやああああああっ! 刹那: ――えっ……!? 覆い被さられて真っ暗になった視界が、一瞬にして……晴れた? ショートカットの少女: だっ、大丈夫ですか?! 崩れ落ちる、バケモノの向こう――青空と私の間にあったのは、ショートカットの女の子の姿だった。 そして彼女の隣には、もう2人……見たことのない女の子がいる。 ショートカットの少女: 危ないから、下がっててください! 長髪の少女: こんな真っ昼間から、人里に出てくるなんて……TPOって言葉を、その身をもって教えてあげるわ! 片結びの少女: 甘い物前の運動にぴったりじゃん。まさに、飛んで火に入る夏の虫……覚悟しなよ! そんな言葉とともに少女たちはポケットから取り出した「カード」を武器に変え、怪物たちに立ち向かっていく。 ただ、信じがたい光景を目の当たりにした私は、思考の限界を迎えてしまって……。 刹那: な、なんなの、ここは……!? それを最後に、私の視界は再び揺らいで……。 自分が地面に倒れた、と理解した直後、さっきとは違う闇に放り込まれてしまった――。 Part 03: 刹那: っ……あ、……? 意識を取り戻した時に視界に入ったのは、3人の女の子たちだった。 私を取り囲んでいたバケモノは、もう姿形もない。まるで全てが幻だったかのようだけれど、倒れた時にすりむいた手のひらの痛みが現実だと訴えている。 ショートカットの少女: えぇっと、安心してください……さっきの『ツクヤミ』は、全部倒したので。 刹那: ……『ツクヤミ』? 聞いたことがない生き物の名前だ。……いや、そもそもあれは生き物だったのだろうか。 思い出すのもおぞましく、私はぶるっ……と悪寒に身を震わせた。 一穂(私服): あ……すみません、私、公由一穂と言います。こっちは美雪ちゃんと菜央ちゃん。 美雪(私服): どーも! 赤坂美雪でーす! 菜央(私服): ……鳳谷菜央です。 髪を片方だけ結んだ女の子が愛想よく微笑んで……彼女たちより小さな長髪の女の子が、無愛想に頭を下げる。 一瞬、怒っているのかとも感じたが……これは人見知りをしているだけだと、すぐに理解する。 なぜなら私も、以前はこんな感じで誤解を受けることがあったからだ……。 刹那: ……清浦刹那。 名乗りながら考える。状況は全くわからない、わからないけど……。 つまり、さっきのバケモノは、彼女たちが倒した……? 美雪(私服): っ……清浦……? 一穂(私服): ? どうしたの、美雪ちゃん? 美雪(私服): あ、いや……なんでもない。 刹那: それで……えっと、あなたたちは……? 美雪(私服): んー……それを尋ねるってことは、キミってこの村の人間じゃないようだね。 美雪(私服): っていうか、中学生?私たちは中3なんだけど、中2? 中1? 刹那: ……高1だよ。 いきなりタメ口で話をされたのは不快だったので、少しだけ剣呑な口調でそう答える。すると、 美雪(私服): わっ……そうだったんですか?すみません、てっきり年下だと思っちゃって……失礼しました! 刹那: ……いいよ。いつものことで、慣れてるから。 ため息交じりに返しながらも、慌てて敬語に改めた彼女の態度に思わず口元がほころんでしまう。 少し生意気だけど、素直なところは好感が持てる。それに、無条件に助けてくれたことから考えてもきっと悪い子じゃないのだろう。 美雪(私服): とりあえず、怪我はしてないみたいですけど……よかったら近くの診療所まで連れて行きましょうか? 刹那: ううん、平気。……そんなことより、この村はどこなの? 美雪(私服): えっと……#p雛見沢#sひなみざわ#r村です。 刹那: なっ……? 「やはり」という納得も若干あったけど……「まさか」の驚きがそれを遥かに凌駕し、その名を聞いた私は息をのんで言葉を失う。 雛見沢……やっぱりここは、雛見沢……!?だけど確か、あの村はもう、今は……ッ!! 刹那: そ……そんなわけがない……!だって、雛見沢村はずっと前に、災害で……ッ! 美雪(私服): …………。 思わず口走った私の言葉に、彼女たちは全く困惑するような素振りを見せない。 それどころか、むしろ納得した表情を浮かべ……互いに顔を見合わせていた。 菜央(私服): ……。どうやらこの人って、また別の「世界」から飛ばされてきちゃったのね。 刹那: 別の、「世界」……? 一穂(私服): あの……落ち着いて聞いてください。とても信じられないと思いますが、実は……。 驚く清浦さんに、私と美雪ちゃんが手早く説明を行う。……ただ、それに対する反応は当然と言うべきか、ほとんど拒絶に近いものだった。 刹那: じゃあ……じゃあ、なに!? 刹那: 今、私がいるここは昭和58年の「世界」……大災害が起こる前の「世界」だってこと!? 美雪(私服): ……はい、そういうことになります。 刹那: し、信じられない……っ!そんなこと、ありえないよ!! 美雪(私服): そう言われても、これは事実なので……理解はできなくても、受け入れてください。 刹那: 無茶言わないで! だいたい、ここが過去であなたたちがその時間軸の人だって証拠はどこにもないのに、なんで断言できるの!? 美雪(私服): んー……詳しい理屈はややこしくなるから省略しますが、実は私たちも10年後の1993年からここに来たんですよ。 刹那: せ、1993年っ……!? もはや理解の限界なのか、刹那さんはパニック寸前……いや、パニック状態に陥ったような表情で目を白黒とさせている。 ただ、無理はないと思う。私だってこの「世界」を訪れた時は、状況を受け入れるのにかなり時間がかかったのだから……。 刹那: ちょ、ちょっと待ってよ……。いきなりそんなことを言われたって、どう受け止めたらいいのかわかんない……! 菜央(私服): 気持ちはわかります。こんなこと言われても、混乱して当然だと思います。 菜央(私服): けど……とりあえず、事実だけは受け入れてください。そうじゃないと、こっちも話が進められないので。 刹那: ……。わかった……。 菜央ちゃんの言葉に、清浦さんは納得できない様子ながらも……渋々と言った感じに頷いてくれる。 それを見て、少しほっとした。彼女が信じてくれないと、どうやっても話を進めることができないからだ。 一穂(私服): あの、清浦さん。大災害云々はともかくとして……雛見沢に来た目的を聞いてもいいですか? 刹那: 私は……雛見沢に行った友達を連れ戻しにきたんだよ。西園寺世界って言うんだけど……知ってる? 美雪(私服): 西園寺……? 刹那: 知ってるの!? 美雪(私服): あ、いえ……たぶん、知らないと思います。すみません。 菜央(私服): ……偶然の一致って、あるものなのね。ただ、そんな名前の人とはまだ会ってません。 刹那: そう……。 清浦さんが、目に見えて肩を落とす。よほど大切な友達なのだろう……落胆を隠しきれない姿が痛々しい感じだ。 美雪(私服): で……その西園寺さんは、本当にこの雛見沢に来てるんですか? 刹那: ……わからない。私たちと同じクラスの伊藤誠っていう男の子に誘われて、#p興宮#sおきのみや#rから近くを見て回るって話してくれたけど……。 刹那: 私と同じように、この「世界」に来てるかどうかは……。 一穂(私服): 伊藤、誠……。 なぜだろう……どこかで、その名前を聞いた覚えがある。でも、それが誰だったかは……。 一穂(私服): えっと……その伊藤さんって、西園寺さんの彼氏……なんですか? 尋ねると、清浦さんは暗い顔で首を左右に振った。 刹那: ううん……違う。彼には他に、桂言葉っていう名前の付き合ってる子がいるから。 美雪(私服): ……っ……?! 菜央(私服): 美雪、これって……?! 私の隣で、美雪ちゃんと菜央ちゃんが声を上げながら顔を見合わせている。……いったい2人は、何に驚いているのだろう? 一穂(私服): あ……すみません。私、変なことを聞いちゃったみたいで……。 刹那: 別にいいよ。それに、実は世界ってずっと前から彼のことが好きで、彼もまんざらじゃなくて……。 一穂(私服): は……? 刹那: ……本人は、彼氏だって言い張るかもね。 美雪(私服): …………。 菜央(私服): つまりは、二股男ってことですね。……リアルで人間のクズじゃないですか。 一穂(私服): な、菜央ちゃん……?! 菜央ちゃんの物言いがあまりにも辛辣に聞こえたので、さすがに失礼だと思った私は慌ててたしなめる。 ……だけど、清浦さんはそれに対して怒るどころか逆に「……その通りだね」と肯定しながらさらに続けていった。 刹那: あと実は、二股じゃないんだよ。私の知ってる範囲内だけでも、3、4、5……もっとか。 菜央(私服): さらにクズっ? 刹那: そしてストライクゾーンは、上下左右に制限なし。幼女でも人妻でも、とにかく手当たり次第。 菜央(私服): ド外道っ!! 刹那: さらに可愛ければ、性別を問わない時も……。 菜央(私服): 人間失格でしょっ?!死ねばいいのよそんなやつはっ! 美雪(私服): まぁまぁ、落ち着いてよ菜央。清浦さんも、あんまりからかわないでください。この子ってその手の話に、敏感なんですから。 刹那: ……別に冗談でも、大げさでもないんだけど。むしろまだ、小さめに言ってるつもりだよ。 美雪(私服): いや、できればフィクションにしておいてもらいたかったんですが。……でも、これで確定したね。 そう言って美雪ちゃんは、怒りに息を荒げる菜央ちゃんの肩をぽんぽん、と叩いてなだめる。 彼女はなおも不服そうに顔をしかめていたが、しばらくして落ち着いたのか……はぁぁぁ、と大きく息をついてからいった。 菜央(私服): そうね……フィクションだったからまだ寛容に受け止めることができてたんだって、実際に身をもって体験した気分よ。 菜央(私服): とにかく、女性を弄ぶような男は最低!ありとあらゆる苦痛とともに地獄に落ちればいいのよ。美雪だって、そう思うでしょ? 美雪(私服): んー、まぁ私の彼氏が浮気なんてしたらグーで殴るけどさ。……いや、射殺かな。でも伊藤さんって人は、私の彼氏じゃないからね。 美雪(私服): 恋愛観なんて人それぞれなんだと思うし、他人が口を挟むのは野暮だよ。本人たちが納得ずくなら、それはそれでいいんじゃないかな。 刹那: ……もしそうだったら、私もこんなに苦労したりしないんだけどね。 一穂(私服): ? 清浦さん、何か言いましたか……、あれ? 彼女の言葉を聞き返そうとした時、私のポケットの中でかすかに音が鳴り響くのを感じる。 一穂(私服): ひょっとして……。 ポケベルを手に取ると、その液晶画面には#p田村媛#sたむらひめ#rさまからの連絡を示す9で始まる番号が表示されていた。 美雪(私服): 田村媛からの連絡……? 一穂(私服): うん! ごめんなさい清浦さん、少し待っててもらってもいいですか? 刹那: い、いいけど……。 一穂(私服): ありがとうございます! 私は頭を下げて、踵を返す。そして、一番近い公衆電話を探そうと周囲に目を向けてみたけど……。 菜央(私服): ちょっと、一穂。この辺りに、公衆電話なんてないわよ。 美雪(私服): あー、そうだった。どうする? 雛見沢まで戻る? 一穂(私服): う、うーん……。 どうしよう。時間をかけてでも、清浦さんと歩いて行くべきか……。 そう考えあぐねて視線を迷わせていた私は、ふと地面に転がっているものを見つけた。 一穂(私服): あ、あれ……? 石じゃない……人工物だ。そして、手のひらサイズの細長い「それ」をあえて何かに例えるなら……? 一穂(私服): これって……? 電話の受話器が、一番近いような気がした。 Part 04: 一穂(私服): これって、トランシーバー……ですか?でも、電話みたいにボタンがある……変わってるね。 刹那: トランシーバーじゃなくて、携帯電話だよ。……って、知らないの? そう言って驚く清浦さんの説明を受けて、ようやく私たちは「それ」が電話であることを理解する。 美雪(私服): そうか、清浦さんは私たちより未来の人なんだ。だったら、もしかして……? 美雪ちゃんは私から「それ」を受け取ると、じっと見つめた後で清浦さんの方へ振り返っていった。 美雪(私服): すみません、ちょっとこれ借りてもいいですか? 刹那: 使うのは、別に構わないけど……。 美雪(私服): ありがとうございます!それじゃ、早速……! 同意を得るや、美雪ちゃんは私のポケベルに表示された番号をプッシュし始める。 そして、彼女が「携帯電話」なるものを耳に当てる動作を見て……清浦さんはため息まじりに言った。 刹那: たぶん、使えないよ。さっき見た時はここだと圏外だって表示されてたから、駅の近くまで移動したほうが……って。 美雪(私服): あっ……つながった!もしもし#p田村媛#sたむらひめ#r、聞こえる? 刹那: えっ……!? 田村媛命: 『……聞こえる#p也#sなり#rや。面妖な回線から連絡をしてきたせいで、繋ぐのに余計な苦労がかかった#p哉#sかな#r』 刹那: な、ななっ……圏外なのに、ありえない!デタラメ言って、からかわないでよ! 美雪(私服): でも、繋がってますよ。ほら、聞いてみてください。 刹那: そ、そんなはずが……って、もしもし? 田村媛命: 『……止める也や。御子でもないそなたが神である吾輩と口を利こうなど、甚だ不遜な行いだと知り給え』 刹那: ……嘘っ……!? 「携帯電話」から田村媛さまの声が聞こえてきて……清浦さんは愕然と目を見開く。 確かに、おかしな番号に電話をかけて繋がるのだから驚いても当然だろう。……そんな彼女に菜央ちゃんは、同情を込めた声で補足していった。 菜央(私服): えっと……理解できないことばかりで大変だと思いますが、とりあえず慣れてください。なんでもありだと思わないと、疲れるだけですよ。 刹那: そ、そうみたいだね……。 一穂(私服): それで、田村媛さま……どうしたんですか? 田村媛命: 『伝えておくべきことは、他でもない哉。そなたらのいる<世界>に、またしても異物が紛れ込んでいる気配也や』 一穂(私服): 異物ですか? それって……。 その言葉を聞いて、そっと清浦さんに目を向ける。……異物呼ばわりされたのを知ったらきっと怒ると思うので、彼女には内緒にしておこう。 田村媛命: 『その影響があってか……そなたらがゴミ山と呼ぶ場所に、妙な力の集まっている也や』 田村媛命: 『疾く疾くその源を有する者を探り当て、可能ならば排除するが善しと知り給え』 一穂(私服): えっ、排除って……ぁ。切れちゃった。 とにかく今の電話のことを伝えなければと顔をあげると、青い顔をした清浦さんと目が合った。 刹那: ねぇ……今、「排除」って聞こえたんだけど……排除するものって、まさか……? 一穂(私服): えっ? あっ、それは……! 美雪(私服): あー、大丈夫です。田村媛が言った「排除」は、穏便に元の世界に帰ってもらえ……くらいの意味です。 菜央(私服): あの神様、単語がいちいち大袈裟なんです。気にしないでください。 刹那: そ、そう……。 清浦さんの強ばった肩から、力が抜ける。……私たちの言葉が足りなかったせいで、余計な不安を抱かせてしまった。反省しよう。 一穂(私服): 大事な友達なんですね。 刹那: うん……とても大切。 一穂(私服): じゃあ、早く見つけましょう。私たちも、頑張りますから! さしあたって私たちがまず向かったのが、田村媛様が『妙な力の集まっている場所』と呼んだ、いつものゴミ山だった。 刹那: これは……。 美雪(私服): 不法投棄された粗大ゴミの山です。私たちの友達は、宝の山って呼んでますが。にしても、誰もいないね……。 菜央(私服): 手分けしてそのあたりを探し回ってみましょう。危険だから、清浦さんは一穂と一緒に動いてください。 一穂(私服): よ、よろしくお願いします。 刹那: うん……こちらこそ。 それから私たちは二手に別れ、ゴミ山のあちこちを見て回った。 刹那: こんなところに、世界が来てるの……?無事でいてよ……お願い……っ。 清浦さんはおぼつかない足取りながらも、必死に友達を探し続ける。もちろん私も、くまなく周囲に注意を払って……。 …………。 でも、どれだけ探しても人の姿どころか影すら見つからず……仕方なく私たちは出発地点へ戻ることになった。 美雪(私服): ダメだったね……そっちはどうだった? 菜央(私服): 誰もいなかったわ……一穂たちも、収穫はなかったみたいね。 刹那: …………。 一穂(私服): げ、元気を出してください清浦さん。きっと見つかりますよ! 刹那: ……っ……。 落ち込む清浦さんを励まそうと声をかけるけれど、空虚な言葉しかかけられず……自分の無力さに胸が痛む。 一穂(私服): 田村媛さまはここって言ってたけど、違ったのかな?でも、他に探せる場所は……。 一穂(私服): えっ……?! 大きな廃トラックが捨てられた奥の方で何か影が動くように感じ、私はふと目を凝らす。 菜央(私服): どうしたの? 一穂(私服): しっ……ちょっと待ってて……。 そう言い残して私はひとり、瓦礫の山をそっと渡り歩いて廃トラックに近づく。そして慎重に、荷台の向こうを覗き見ると――。 一穂(私服): なっ……?! 倒れた女の子に馬乗りになり、その子に凶器を振り下ろそうとする女の子の姿が視界に飛び込んでくる姿を前に――凍り付いた。 一穂(私服): なっ……何をしてるんですかっ?! 長髪の女の子: ――っ……。 馬乗りになっていた泥と細かい傷で覆われた長髪の子が反射的に振り返り、私と目が合った。 彼女は我に返ったような表情に変わると、即座に飛び退き……まるで野生動物のようにゴミ山の向こうへと駆け去っていく。 一穂(私服): ま、待っ……! 一穂(私服): (……じゃなくて、今は倒れてる人の安否確認だ!) 私は、逃げていった人を追いかけるのを止めてトラックの荷台によじ登り、倒れていた女の子へと飛びついた。 一穂(私服): だ……大丈夫ですか?! 短い髪の女の子: う、うぅっ……。っ……こ、ここは……? 苦しげにうめきながらも、女の子がゆっくりと目を開ける。 美雪(私服): どうしたのさ、一穂!今、なんか逃げていったみたいだけど! 菜央(私服): くっ、ここ歩きにくい……!よくあれだけ、身軽にひょいひょい移動できたものね。……で、何か見つけたの? 一穂(私服): そ、それが……。 少し間を置いてやってきた美雪ちゃんたちに、私は抱きかかえた女の子の顔を見せようとして――。 刹那: なっ……! 遅れてやって来た清浦さんは、その子を見て驚愕に大きく目をむいていった。 刹那: せ……世界っ!? Part 05: 刹那: ……大丈夫、世界っ!? 世界: な、なんとか……ちょっとあちこちが痛いけど……うっ……。 刹那: っ、よかった……。 気丈に笑顔を見せる女の子に駆け寄って、清浦さんはうっすらと目に涙を浮かべる。 おそらく彼女が、探していた西園寺さんなんだろう。……とにかく、2人が再会できて本当によかった。 美雪(私服): あの……さぞかし混乱してると思いますが、何が起きたか教えてもらっていいですか? と、そんな2人を気遣いながらおずおずと、美雪ちゃんが問いかけていった。 世界: えっと……あなたたちって、誰……?刹那の知り合い? 菜央(私服): 知り合ったのは、ついさっきです。詳しい説明は省きますが、あなたを探す手伝いを清浦さんにお願いされたので……。 世界: ……そうなの、刹那? 刹那: うん。ここに私が来ることができたのも、この子たちが案内してくれたおかげだよ。 世界: そうだったんだ。……ありがとう、助かったわ。 美雪(私服): いえいえ。それより、さっきは何者かに襲われてたみたいでしたが……何があったんです? 世界: っ……えっと……。 美雪ちゃんの問いかけに対して、西園寺さんは困ったような顔で周囲を見渡し……再び顔を戻していった。 世界: ごめんなさい……ここに来てからのことを、ほとんど覚えてないみたいなのよ。 世界: それに、さっきは不意をつかれて後ろから倒されたから、相手の顔も……。 菜央(私服): ……そうですか。 一穂(私服): ……っ……。 刹那: それにしても……なんで世界は、こんな村はずれの場所に? 世界: ……誠からメールがあったのよ。『ダム工事現場のところで待ってる』って。 世界: それで村の人から場所を聞いて、ここに来てみたんだけど……。 美雪(私服): ……どう考えても怪しすぎる連絡だよね、それって。なりすました犯人が人気のないところに誘い出した後、その人を殺して目的を果たすってパターンだよ。 菜央(私服): あの……西園寺さん。あなたに危害を加えようとする人に心当たりって、誰かいたりしますか? 世界: ……わからない。でも、いるとしたら「あの子」かしら……。 美雪(私服): 「あの子」って……誰ですか? 世界: ……でも、そんなはずはない。だって彼女は今日、宿泊研修で私たちのクラスと一緒のところに行ってるはずだもの。 刹那: ……いなかった。 世界: えっ……? 自問しながらも、すぐに否定して納得しようとしていた西園寺さんの言葉を遮り……清浦さんが続けていった。 刹那: ここに来る前に、確認した。……あの子の姿は、どこにもなかった。 刹那: だから、もしかしたら彼女も世界たちを追いかけてきたのかな、って思って……心配して……。 一穂(私服): あの……「あの子」っていったい誰のことですか?ひょっとして、私がさっき見た――、っ? そう言って私が確認しようとしたその時、再びポケベルから着信音が鳴り響く。 一穂(私服): ……これは、#p田村媛#sたむらひめ#rさまから?あのっ、清浦さん……。 刹那: いいよ。使って。 一穂(私服): ありがとうございます……! 素早く携帯電話を渡してくれた彼女に感謝しながら、浮かんだ番号を携帯電話に入力する。 呼吸を整え、耳に押し当てると同時に――。 田村媛命: 『急いで、分校に向かう#p也#sなり#rや……!』 挨拶もなく、田村媛さまの焦ったような大声が耳を突き破る勢いで刺さってきた。 田村媛命: 『先程申した、あしき源を持つ者がそなたらの<世界>に影響を及ぼし始めている#p哉#sかな#r!』 田村媛命: 『早く止めぬと、そちらの世界に存在する者たちまで精神が侵されて狂気化する可能性が高い也や……!』 一穂(私服): えっ? つ、つまり分校に行けってことですか?! 田村媛命: 『#p然#sしか#rり! 急ぐ哉!』 ぶつっ、と音を立てて通話が途切れる。顔をあげると、声が聞こえていたのか険しい表情の美雪ちゃんたちが私を見ていた。 美雪(私服): 確か今日は分校って、レナと魅音が残って何か作業するとか言ってなかったっけ……? 菜央(私服): 急ぎましょう! レナちゃんが心配だわ! 一穂(私服): う、うんっ! その後まもなくして分校に到着し、勢いのまま駆け込んで中に入った途端――。 一穂(私服): ひっ……! ……背中の産毛を逆さまに撫でられような気配に、思わず悲鳴が上がった。 美雪(私服): 中にやばいのがいるのは、確実みたいだね……西園寺さんと清浦さん、外に出た方がいいですよ。 刹那: ……あなたたちに丸投げってわけにはいかない。邪魔はしないから、一緒に行かせて。 世界: 私も何があったか、この目で確かめたいの。 美雪ちゃんに促されても、2人は出る気配がない。……彼女たちも相当、腹に据えかねているのだろう。 菜央(私服): ……わかりました。私たちの後ろから、離れないでくださいね。 菜央ちゃんの声を聞きながら……私たちは背中に彼女たちをかばいつつ、分校の廊下を慎重に歩いていった。 美雪(私服): これって『ツクヤミ』の気配……?だとしたら、この中にあしき源とやらを持ってるやつが……?! 嫌な予感を覚えながら、私たちは気配の流れのもととなっている教室の前へと辿り着く。 背筋を凍らせるような気配を感じながら、私はそろりと扉の取っ手に手をかけた。 一穂(私服): じゃ、開けるね……1、2……。 一穂(私服): 3! かけ声とともに開け放った、教室の中では……。 圭一: た、助けてくれぇっ! 一穂(私服): 前原くん……と、レナさんに魅音さん……?! 最後の方は、微妙に声が上擦ってしまう。 教室にいたレナさんと魅音さんは、夢でも見ているようなうつろな表情で……。 美雪(私服): えっと……なんで、前原くんの腕を2人で引っ張り合ってるの? ……どういうわけか、前原くん「で」綱引きをしていた。 圭一: し、知らねぇ……!2人に分校に呼び出されて来てみたら、突然こうなったんだよ! レナ: あははは。ねぇ圭一くん、レナと魅ぃちゃんのどっちを選んでくれるのかな、かな……? 圭一: っ……い、いや……そんなことを聞かれても、俺は……っ! 魅音: もちろん、私だよねぇ……?あぁ、別に答えなくてもいいからちゃんと態度で示してくれると嬉しいなぁ……? 圭一: ぐっ……おおおおぉぉぉっっ……?! 魅音: あと……どっちもってのはナシだよ。部活ルールに則って、1位を決めてくれないとさ……くっくっくっ……! 圭一: た……助けてくれぇぇ……!! 恐怖に引きつった表情の前原くんを見て、私たちは慌てて駆け寄ろうとする。しかし……。 レナ: 圭一くん~、今日は二人っきりで宝探しに行こうよ~。それでそれで、かぁいいものをいっぱい見つけようね~♪はぅ~♪ 魅音: くっくっくっ……ダメだよ~、圭ちゃん。今日はおじさんと1対1で、ボードゲーム対決をするんだからさ……。 圭一: い、いや……そのどちらにも喜んで付き合うから、せめてどっちかは日程をずらしてくれると……って、おごぉぉぉおおおぉっっ?! レナ・魅音: 「「選んでよ……圭一くん(圭ちゃん)……」」 そう言ってレナさんと魅音さんは、綱引きよろしく前原くんの腕を引っ張り続ける。 大岡裁きの場合、先に離したほうが本当の母親……になるけれど、ここで決めるのは母親ではなくどちらと遊ぶかだ。 となると、両方とも離すわけがない。ただ……。 美雪(私服): えっと……なんていうかさ。思いっきり修羅場な状況のわりに、争ってる内容がなんだか……いつもと変わんなくない? 一穂(私服): そ、そうかな……そうかも……? 美雪(私服): で……私さ、思ったんだよ。女の子の友情って、しょせん男の子への恋の前では無力なのかなって。 美雪(私服): 仲良くなりたい女の子の好きな男の子に好きだって言われたら、その女の子とは絶対に仲良くなれないのかな……ってさ。 美雪(私服): でも……争う必要はないよね。争う前に、ちゃんと決めないから駄目だったんだ。 美雪(私服): そうだよ、ちゃんと自分の気持ちを伝えればよかったんだ。ちゃんと考えて付き合えないなら付き合えないって、はっきり言わないから……だから話がこんがらがって……! 一穂(私服): み、美雪ちゃん……あの、何を言って……? 美雪(私服): と、いうわけだからっ……!頑張れ前原くん! ハッキリするんだ! 圭一: いや、ハッキリってなんだよっ?俺の身体をハッキリ2つにわけろってことか?! 美雪(私服): 私が言ってるのは、どっちと付き合うかどっちとも付き合わないかだけど……。 美雪(私服): 前原くんを2つにわけるのが一番平和なら、それもアリだと思う! 圭一: あるわけねぇだろおおおおぉぉぉっっ?無理無理無理、変形合体ロボじゃあるまいし絶対に無理いいいぃぃぃィ!!! 前原くんが前後左右に頭を振る姿は、前にテレビで見たノリノリな曲に合わせて頭を振る観客のようだ。……いや、そんな冗談を言っている場合じゃないけど。 圭一: 頼む美雪ちゃん、無理言うな思い出せお前は常識的な子だ!ぐわぁぁ俺の身体がもう持たないというか割ける割けちゃうああぁぁぁダメぇぇぇえええぇぇっ!! 一穂(私服): ま、前原くん大丈夫?! 圭一: 大丈夫に見えるのか一穂ちゃんこれがっ?君もなんだかんだ言って楽しんでいないかああぁぁあっっ?! ギチギチと聞こえる、謎の音はたぶん、前原くんの肉体があげる悲鳴だ。……あ、やっぱり私、少し楽しんでいるのかもしれない。 圭一: 割ける! 割けちゃう! 真っ二つになる!牛裂きにされるイデデデデデデデデデデデ!!!! 一穂(私服): ま、前原くーんっ?! ただ……そうなってしまっているのは、レナさんと魅音さんが前原くんを巡って争う内容が、とても子どもっぽいからだろう。 けど、お互い引っ張る力が強すぎるせいで前原くんは拷問にでもかけられたような悲鳴をあげている。 私に聞こえているのに、レナさんと魅音さんに聞こえていないはずがない。 ……なのに、前原くんが痛がっても2人は離そうとしない。普段の2人なら、離しているはずなのに……どうしてっ? 一穂(私服): ひょっとして、2人ともおかしくなってる……?! 菜央(私服): 何のんきに分析してるのよ、当たり前でしょっ! 菜央(私服): ちょっと美雪!こんなイカれた状態で前原さんにどっちにするか迫っても、正しい判断なんてできるはずないじゃない! 菜央(私服): というかレナちゃんも魅音さんもまともじゃないわ!早く2人を正気に戻さないと……、なっ? 私も菜央ちゃんも、大岡裁きに気を取られてしまった。 だから……気づくのが遅れた。 謎の少女: …………。 教室の隅に、見知らぬ女の子がうつろな瞳で佇んでいたことに。 争う彼らの姿を見守るかのような場所に位置取る彼女の顔を見て……西園寺さんがひっ、と喉を震わせた。 世界: か、桂さん……? 一穂(私服): 桂さんって、西園寺さんを呼び出した人ですか?! 言葉: …………。 私がそう言うと、桂さんと呼ばれた彼女はすっと顔をあげる。そして――。 言葉: ……つまらないです。 短く、そう告げた。 刹那: な、何を言って……。 言葉: ……みんな、素直になるべきなんです。相手の気持ちを考えて譲ったりすれば、あとできっと悔やむことになるんですから……。 言葉: だって、好きな人は譲りたくないでしょう?好きな人には、自分だけを好きでいてほしいでしょう? 言葉: なのにどうして、彼女たちはまだ相手の気持ちに遠慮してるんでしょうか。 言葉: 自分の気持ちより、競争相手の友達のほうが大事なんて……そんなわけ、あるはずないのに。 言葉: もっと、もっと、私の言葉を彼女たちに届ければ……彼女たちは本当の気持ちを、心の中を、お腹の底を、見せてくれるんでしょうか? 言葉: どうすればみんな、根っこは同じだって……私はおかしくないって、証明してくれるんでしょう? 言葉: 私は……普通。普通に、恋をしてるだけ。 言葉: みんなと……同じです。だからみんな、私の気持ちがわかるはず。 言葉: わかったら……私の恋を、認めてくれますよね。応援して、くれますよね? 言葉: 他の誰よりも私が、一番だって。 歌うような言葉とともに、桂さんの身体の周囲に嫌な気配が一気に膨らみ、爆発的に広がっていく……! 一穂(私服): うっ……こ、これは……?! 菜央(私服): あんたが、レナちゃんと魅音さんをおかしくした元凶……田村媛が言ってたあしき源ってこと?! 美雪(私服): もうなんでもいいからはっきりして!他人の恋の巻き添えなんて、ウンザリだっ!! 一穂(私服): 美雪ちゃん、しっかり!いつもの美雪ちゃんに戻って! と、焦って振り上げた手のひらが……美雪ちゃんの頬にクリーンヒット。 美雪(私服): めぎゅっ! 想像以上の手応えと、スパーンという快音が教室に響き渡った。 美雪(私服): はっ! あ……あれ、私……? 一穂(私服): 美雪ちゃん、大丈夫?! 菜央(私服): あんたもレナちゃんたちみたいにおかしくなってんじゃないわよ! 菜央(私服): またそうなる前に、桂さんを倒すわよ!いい? 次、あの人に当てられて変になったら本気でブッコロがしてやるから、覚えてなさい!! 美雪(私服): い、いえっさー! 菜央ちゃんの勢いに飲まれたのか、美雪ちゃんは武器を構え……私も構える。 言葉: …………。 相対する桂さんは薄く微笑んでいるけれど……その笑みに、とても余裕は感じられない。 むしろ……私にはなぜか、寂しそうに見えた。 一穂(私服): 大丈夫です……あなたも、すぐ助けますから! Epilogue: 言葉: ぁ…………。 最後の一撃を打ち込むと同時に、崩れ落ちる桂さん。その身体から、平たいもの……黒い「カード」が弾かれたように飛び出してきた。 刹那: なに、あれ……。 世界: あれって……桂さんにとり憑いてたもの……? 一穂(私服): おそらく……やっぱり桂さんも、『ツクヤミ』に操られてたみたいですね。 世界: っ……どういうこと? 菜央(私服): さっきまでの桂さんのおかしな言動は全部あの黒い「カード」のせいってことです。 圭一: いってぇ! 盛大な転倒音に振り返ると、ひっくり返った前原くんがいて……。 彼を挟むようにきょとんとした表情で佇むレナさんと魅音さんが、互いに顔を見合わせていた。 レナ: はぅ……ここって……? 菜央(私服): レナちゃん! 魅音さん!よかった、元に戻ってくれたのね! 魅音: あれ、私たち……って、圭ちゃんは何をしているの? 圭一: う、腕……俺の……俺の腕、ちゃんとついているか? 魅音: ……大変だ、圭ちゃん!腕が2本しかついていない!! 圭一: う、うわーっ! レナ: はぅ……圭一くん、元々腕は2本だよ? 圭一: ……はっ?! 黒いカードを拾っていた美雪ちゃんが、3人のやりとりを見て苦笑いを漏らす。 美雪(私服): ボケとツッコミをやれるくらいには、元気そうで何よりだよ。……桂さん、大丈夫? 言葉: こ、ここは……? あなたたちは?あれ、私はこんなところで何を……? 世界: 桂さん! 不安そうに周囲を見渡す桂さんに、西園寺さんと清浦さんが駆け寄ってきた。 言葉: 西園寺さん……清浦さん? 刹那: ……とりあえず、無事でよかった。でも、どうして桂さんがここに? 言葉: 私は、その……誠くんから連絡があって、ここに。一緒に回りたいところがあるからと……。 世界: それ、私と同じじゃない……!だったら、誠はどこに? 言葉: わ、わかりません……。#p興宮#sおきのみや#r駅に着いて、#p雛見沢#sひなみざわ#r村に向かって歩いていたら急に意識が遠くなって……。 言葉: いつの間にか……ここにいたんです。 菜央(私服): じゃあ、桂さんも伊藤さんとは会ってないってこと? 言葉: は、はい……。 魅音: なになに、なんの話? レナ: はぅ……何がどうなっているのかな? かな? 美雪(私服): えーっと……彼女たちは伊藤さんって男の子を探してるそうなんだけど、2人は会ったりしてない? 魅音: うーん……なんか記憶が曖昧だけど、会ってないと思う。レナはどう? レナ: はぅ、レナも……。 菜央(私服): じゃあ、伊藤さんはどこに行っちゃったの? そう言って、みんなが顔を見合わせた……直後だった。 一穂(私服): わっ……?! 刹那: ……いいよ、使って。 ポケットの中でポケベルが鳴り響くと、私がそれを取り出すより早く清浦さんが携帯電話を差し出してくれた。 一穂(私服): あ、ありがとうございます。 受け取った携帯電話にポケベルに表示された番号を即座に入力し、耳に当てる。 一穂(私服): あ、もしもし……#p田村媛#sたむらひめ#rさまですか……? 田村媛命: 『吾輩#p哉#sかな#r。皆、無事#p也#sなり#rや……?』 一穂(私服): は、はい。大丈夫です。 開口一番に安否を聞いてきた田村媛さまに、珍しいという感想を抱く。 一穂(私服): (そんなに心配してくれてたのかな?それくらいに、怖い気配が強かったとか?) 一穂(私服): なんとか、元凶らしき『ツクヤミ』を倒すことができました。でも、あとひとり男の子が見つかっていなくて……。 田村媛命: 『男子……?』 田村媛命: 『こちらで感知できた異物は3名で、全員が女子哉。他にはそなたら以外、誰も存在しないはず也や』 一穂(私服): えっ? じゃあ、伊藤誠さんはいったいどこに……? すると田村媛さまは、しばらく黙った後で……。 田村媛命: 『……しばし待つ哉』 それだけ言って、気配ごと消えてしまった。 一穂(私服): (待てと言われたからには、待つしかないよね) そう思った私は、ふと顔をあげて。 世界&言葉: 誠は見つかったの!?(誠くんはどこにいるんですか!?) 一穂(私服): ひっ!? 間近に迫る西園寺さんと桂さんの鬼気迫る表情に、分校に踏み込んだ以上の恐怖を感じて……後ずさる。 一穂(私服): ま、待ってください! 今、探してもらってて……!た、田村媛様、どうですか?! 見つかりましたか?! 田村媛命: 『…………』 世界: どうなのっ? 見つかったの!? 言葉: 彼は無事なんですか!? 一穂(私服): ……わ、わわわっ! 刹那: ちょっと、やめなさいよ。この子にあたっても仕方ないでしょ。 世界: でも、誠が……! 一穂(私服): いいい今、一生懸命探してくれてますから……!! 早口に弁明している間も、冷や汗が止まらない。 彼女たちが誠さんのことを案じているのはわかる。わかるけど……。 一穂(私服): (なんだろう、この鬼気迫る威圧感……) 気を抜いたら、私なんてぺちゃっと軽く押しつぶされそうだ。 一穂(私服): (こ、怖い……!) 恋する乙女ふたりを前に私は震える手で携帯電話を握り直すと、電話口に向かって叫んだ。 一穂(私服): 田村媛さま、お願いです! 早く……! 田村媛命: 『見つけた也や……』 待ちに待った電話口からの声は、どこか呆れたような響きが籠もっていた。 田村媛命: 『……そこにいる女子たちが本来存在していた「世界」を検索したところ、興宮駅でそれらしき人物を発見した哉。……この者が探しているという男子也や?』 その台詞とともに携帯電話から着信音が聞こえ、慌てて耳から離すと液晶画面にパッと写真が表示される。 そこには知らない、けど優しげな男の子が浮かび上がっていて……。 横から覗き込んできた西園寺さんがそれを確かめるやぱっ、と明るい表情になった。 世界: 誠……! 無事だったのね、よかったぁ……。 魅音: えっ、なにこれ。小型テレビ……? レナ: 動いてないから、テレビというより写真じゃないかな? かな? 美雪(私服): おぅ……携帯電話って、こんなことできるんだ。 菜央(私服): ちょっと荒れてるけど、個人の判別はできるわね。 刹那: ……けど、いったいどこにいたの?私が駅についた時には、伊藤の姿なんてどこにもなかったはずなんだけど……。 田村媛命: 『腹でも壊したのか、御不浄に籠もりきりだった哉。……おかげで気色の悪いものを見せられて、実に業腹也や』 一穂(私服): あ、あははは……。 行方不明だと思っていた伊藤さんが無事だったことがわかって、私たちは胸をなでおろす。 田村媛命: 『数日ほど後に元の「世界」へと戻る門を興宮駅に開くゆえ、それに乗じて戻るがいい哉。時間のズレも修正しておく也や』 一穂(私服): ありがとうございます、田村媛さま……ぁ。 お礼を言い切る前に、通信が途切れた。 言葉: ……つまりそれまでは、帰れないってことですか? 世界: じゃあ、これからどうしよう?さしあたって、今夜は……。 刹那: 野宿、しかないよね……はぁ。 不安そうに顔を見合わせる3人に、えーっと、と魅音さんが声をかけていった。 魅音: なんか、色々と関わりがあったみたいですし……よかったらうちに来ませんか?ご飯と布団くらいなら、ご用意できますから。 言葉: ……いいんですか? よく覚えてませんが、私、みなさんに凄く迷惑をかけてしまったみたいなんですけど……。 魅音: いいですいいです、困った時はお互い様ですって!レナ、夕飯作りを手伝ってくれる? レナ: もちろん! お客様のために、たっくさん美味しいもの作ろうね! 笑い合う魅音さんとレナさんを前に、美雪ちゃんが安心したように微笑む。 美雪(私服): よかった、揉めてたこと覚えてないみたいで。……あんな不毛な争い、忘れた方がいいに決まってるけどさ。 美雪(私服): いつか3人の関係に結論を出す時が来ても、本人たちだけで答えを出さないと意味がないよね。他人の余計な茶々もお節介もなしで、さ。 菜央(私服): だから、あたしもそう言ったじゃない。覚えてないの? 美雪(私服): ごめんごめん。なんか私も、あの時は頭がぼーっとしてさ。妙なことを口走っちゃったみたいだし……。 圭一: よくわからねぇけど、俺も飯食ってっていいか?なんか妙に疲れて、腹減った……。 美雪(私服): おぅ、お疲れ様。 ポンポン、と美雪ちゃんが前原くんの肩を叩く。 菜央(私服): とにかく、これで一件落着ね。 一穂(私服): そうだね……。 頷きながら、桂さんの背中を見る。 言葉: ……よかった、誠くんが無事で。 誠さんのことを心から心配していたのだろう。安心したような彼女に、私は妙な引っかかりを覚えていた。 一穂(私服): (操られていた桂さんに影響を受けたのは、魅音さんとレナさん……美雪ちゃんもちょっと受けてた) 逆に私と菜央ちゃん、前原くんも無事。この差はなんだろう……いや、それ以前に。 一穂(私服): (操られてた桂さんは、何がしたかったんだろう) 桂さんに尋ねても答えがないことはわかっているけれど、なんだかとても……ひっかかる。 そして、1人の男の子を巡る2人の女の子の対立。 分校での状況は、あのドラマとよく似た構造を……まるで意図的に作り出そうとしていたようだった。 一穂(私服): (なんだろう……上手く言えないけど) 一穂(私服): (まるで、仲間を増やしたかったみたい) 愛する人を手に入れるために別の誰かを傷つけることを誰かに肯定させたかったみたい……なんて。 でも操られてたんだから、あれは桂さんの本心じゃないはずだ。 西園寺さんを殺そうとしたのも、操られていたせいで……桂さんの、本心じゃ、ない。            その……はずだ。           そのはず……だよね?          そうじゃなかったら……。 一穂(私服): (誰かを好きになるって……なんて恐ろしいことなんだろう……)