Part 01: 入江: ……ぐあッ……………。 入江が苦悶の声を漏らす。その体は、水晶を思わせる巨大な結晶に封じられ、身動きひとつ出来ずにいた。 入江: ……梨花……さん……。どうして…………。 謎の少女: 申し訳ないわね。私、梨花じゃないのよ。 謎の少女: どうせ消すカケラ。別のカケラには引き継がれない記憶。 入江: ……君は……一体……、ぐぅ……! ベルンカステル: 名乗ってあげるわ。私の名はベルンカステル。 ベルンカステル: ……これ以上、苦しみたくなかったら、私の話を聞いてくれないかしら? 入江: この……入江京介、……痛めつけられて従うほど……、甘い人間では……ありませんよ……ッ。 ベルンカステル: ニンゲンの身で感じることの出来る様々な苦痛を与えているのだけれど、どうもお前は、痛覚を刺激されれば刺激されるほど意固地になるタイプのようね。 ベルンカステル: このやり方では吐かないことがわかったわ。今回はこれで十分。 パチンとベルンカステルが指を鳴らすと、入江を封じた結晶が砕け散る。 入江を砕いた訳ではない。……今回の挑戦というゲーム盤のカケラを砕いて消したのだ。 ベルンカステル: ……はぁ……。面倒臭い仕事だわ。 ベルンカステルの表情は一見すると穏やかだ。だが、尻尾は所在なく先端をプルプルと震わせている。 ベルンカステル: 普段なら、もうとっくに飽きて、さようならだけれど、………。 ベルンカステル: ……仕方ないわ。リターンも大きいもの。 両手の手の平を近付けると、そこに再び、青く透き通ったカケラが現れる。 ベルンカステルは再び、ゲーム盤を広げる……。 入江診療所の裏にある職員通用口に、小さな人影が歩み寄る。 古手梨花だ。……いや、その瞳にはニンゲンが宿すはずの輝きがない。そして小さな指が、呼び鈴のボタンを押す。 ベルンカステル: ……古手なのです。 名乗ると、すぐにパタパタと駆けてくる音がして、扉を開けてくれた。 入江: さぁ、どうぞ、入って下さい。今の体調は? ベルンカステル: ……今はちょっとだけ、落ち着いていますのです。 入江: とにかく、診察室へ。今、下の施設でも診察機械の準備をさせています。 女王感染者の古手梨花が、何だか眩暈がして、あり得ないものが見えたり聞こえたりする、などと言い出せば、入江は深夜であろうとも対応する。 地下には何人かいるだろうが、とにかく診療所内に入江がひとりでいてくれれば、いくらでもやりようはある……。 入江: ……ふぅむ。表立っての異常はありませんね。 入江: 下の準備が終わるまで、寛いでいて下さい。何か飲み物でも作りましょう。 ベルンカステル: ……いいえ。その必要はないわ。 入江: え……? ぅわッ。 ベルンカステルは、自身を中心にしたカケラの太陽系を生み出していた。 それは、ただ見るだけならば美しい光景だっただろう……。 だが、……そのカケラのひとつひとつに、入江を苛む苦難の記憶が結晶しているとわかれば、美しいなどとは到底言えはしない。 入江: こ、これは……?! 梨花さん……?! 入江の体はふわりと浮かぶ。もがけども、自分の意思ではどうにもならない。これは鎖なき束縛なのだ。 ベルンカステル: 前回はあんたに、物理的な苦痛を与えることで、その意思をへし折ってやろうと思ったのだけれど。 ベルンカステル: それには耐えられることがわかった。だから今回はその角度を変えるわ。 ベルンカステル: 精神的な苦痛ならばどうかしら?今度は少しは堪えてくれるかしら……? 入江: ……これは一体……。まさか、私は幻覚を見ている……?! ベルンカステル: 幻覚でも結構よ。でも、あんたが今から味わう心の痛みは、幻だろうと現実だろうと、その痛みは変わらない。 入江: 心を……落ち着けるんだ……。4秒呼吸法を………。 ベルンカステル: 今からお願いすることに、首を縦に振ってくれれば、それで終わるわ。 ベルンカステル: 今週の日曜日にある、北条沙都子への特別検査を中止しなさい。 入江: な、なぜ……?! 沙都子は、入江機関が確認している中で、最も重度の#p雛見沢#sひなみざわ#r症候群の患者だ。 女王感染者である梨花と常に寄り添っていることが出来るという奇跡的環境が症状を安定させている。 そんな彼女を研究することは、雛見沢症候群を解明する上で、梨花に並ぶほどの重要な意味を持つのだ。 入江: 特別検査とは言っても、危険性はほとんどありませんッ。もちろん絶対にないとは言い切れませんが、それでも、 ベルンカステル: 絶対の魔女以外に“絶対”の言葉を使える者はいないわ。 入江: 危険な検査ではないんです!もし、沙都子ちゃんの身を案じて中止しろと仰っているならば、それは誤解です! ベルンカステル: 私はすでに命じているわ。中止するのを嫌だというならば……、 入江: ぅあッ!!! ………んんんん……ッ、これは……! ベルンカステル: 辛いでしょう? 掻き毟られるでしょう?あんたの人生の、辛く悲しい思い出を凝縮した結晶よ。 ベルンカステル: あんたが、沙都子への特別検査を中止すると返事するまで、たっぷりと味わわせてあげるわ。 無数の、入江の艱難辛苦の日々を結晶化したものが、次々に入江に浴びせかけられる。 それらは、入江が医者になろうと志し、苦労した日々の思い出に始まり……。 おそらく脳内の腫瘍を原因とする父の人格変容。幸せな家庭の崩壊……。 入江: んぐぐぐ……、ぐぅぅ……、父さん……母さん……ッ、……ぐぐ……ッ。 ベルンカステル: 辛いでしょう? 悲しいでしょう?私のお願いを聞いてくれればすぐに終わる。 入江: だからこそ……、お断りします……ッ。 ベルンカステル: 何ですって……?よく聞こえなかったわ。もう一度、 入江: くッ……、や、……やめませんよ、特別検査は……! 入江: この入江京介……、あの辛い日々や悲しい日々があったからこそ、ここに居る……ッ。 入江: 脳の病気が理解されず……、患者の人格が蔑まれ、関わる人々の誤解が悲しい連鎖をもたらす……。 入江: そんなことはもうたくさんだ!私だけでもうたくさんだッ! 入江: 気分も性格も感情も、脳が作り出すもの……!それが健康でなくなれば、歪むのは当然のこと!! 入江は願う。脳の病が正しく理解され、そして治療され、患者の人格が誤解されたり貶められたりすることのない世界を。 そして雛見沢症候群が生み出す悲しみに満ちた悲劇が、二度と繰り返されない為に! だからこそ、北条沙都子と北条悟史の兄妹を、必ず回復させ、悲しみの連鎖に終止符を打つと誓った……!! 入江: この入江京介ッ、……悲しい日々や辛い日々を思い出させてくれた貴女に感謝しますッ! 入江: 胸にこの痛みがある限り!!初心を忘れることは絶対にありません!! ベルンカステル: ……なんてこと。かえって、火をつけてしまったわ。 入江: 特別検査は絶対に必要なものなのです!彼女の為にも、雛見沢症候群克服の為にも、絶対に中止などしませんよおおぉおッ!! ベルンカステル: ……こいつ……、一見、軟弱そうに見えて。ここまで頑固な男だとは思わなかったわ。 肉体に苦痛を与えても駄目。精神に苦痛を与えても駄目。 どうすれば今度の日曜日の特別検査を思い留まらせることが出来るのか……? ベルンカステル: あぁ、……もうッ。 バリバリバリ。不機嫌に頭を掻き毟る。 もう、本当に面倒臭い……。イライライラ! あぁ、ダメダメ、腐っては駄目……。猪突猛進の力押ししか出来ないんじゃ、バカラムダと同じになっちゃうわ。 ベルンカステル: ……えっと、4秒吸って、4秒止めて、4秒吐く、だったかしら。 入江: えぇ、そうです。吐いたらまた4秒止めて、また4秒かけて大きく吸います。 ベルンカステル: すーーー……。………………はーー………。 よし。頭がスッキリしたわ。もう1回リセットしてやり直しよ。 力技で通用しないなら、やり方を変えるまでよ……。 Part 02: 入江診療所の裏にある職員通用口に、小さな人影が歩み寄る。 古手梨花だ。……いや、その瞳にはニンゲンが宿すはずの輝きがない。 そして小さな指が、呼び鈴のボタンを押す。 女王感染者の古手梨花が、何だか眩暈がして、あり得ないものが見えたり聞こえたりする、などと言い出せば、入江は深夜であろうとも対応する。 ベルンカステル: ……古手なのです。 名乗ると、すぐにパタパタと駆けてくる音がして、扉を開けてくれるのだ。 そして診察室で二人きりになり、ベルンカステルの魔力によって入江を捕え、私は拷問の限りを尽くすのだ。 今週、北条沙都子が受けることになっている特別検査が、中止される運命となるように。検査が実行される運命を砕く為に。 しかし、入江はベルンカステルの予想を遥かに超えて、手強い相手だった。 どのような苦しみにも責めにも耐え、それどころかますますに頑強に拒んでくるのだ。 ベルンカステルは、ついにある種の屈服を受け入れ、……入江攻略の為に、彼のカケラ世界を鑑賞した。 そこまでしなくても、適当に虐めてやれば、簡単に屈服できると思っていたのだ。 だが、恥を忍んで鑑賞する……。 ベルンカステル: ……驚いたわ。入江という男。……こんなに面倒な人生を……。 ……ベルンカステルは、興味のないニンゲンを侮り過ぎる。 当然だ。魔女に限らずニンゲンだって、ボーリング場でピンの一本一本に、原材料から製造の工程に思いを馳せる者などいるわけもない。 ベルンカステル: ……まさか、悲しみと努力に半生を捧げるような生き様をしていたなんてね……。 ベルンカステル: なるほど……。#p雛見沢#sひなみざわ#r症候群を克服する為に欠かせない特別検査とやらを止めさせようとすることは、……何が何でも拒否するという訳ね……。 端役に過ぎないと馬鹿にしていた駒に、これだけの辛く重厚な人生があったとは……。 その末に彼が得た、心の強さは、到底、見下せるようなものではなかった……。 ベルンカステル: ……悔しいけれど、簡単な相手じゃないことはわかったわ。 ベルンカステル: なら、どういう手で行く……? ぅぅぅぅ………。 私は奇跡の魔女、ベルンカステルよ。……どんなサイコロだろうと、出せる目ならば絶対に出せる。 私というサイコロに、入江を屈服させる出目はあるの?なければ、私にはどうしようもない……。 ベルンカステル: ……いや、まだ、あの手が………。 ベルンカステル: これしか、ないのね……。 ベルンカステル(メイド): ……古手なのです。 名乗ると、すぐにパタパタと駆けてくる音がして、扉を開けてくれる。 入江: さぁ、どうぞ、入って下さい。今の体調ッ、……チョ、………?! ベルンカステル(メイド): みぃ♪ こんばんはなのですよ、入江。 入江: こ、ここ、……これは、梨花さん……、な、何の冗談なのですか……ッ?!?! ベルンカステル(メイド): 早く中に入れて欲しいのですよ。誰かに見られたら困ってしまうのです。 入江: そそッ、そうですね……ッ!しし、診察室に行きましょうッ、色々な意味で……!! ど……、どうよ。私は、力でゴリ押しするばかりじゃないのよ。押して駄目なら引いてみることだって出来るんだから……。 入江: そ、そうか、わかりましたよっ。これは部活の罰ゲームですね?! 入江: 今日の部活に負けてしまった人は、メイド服を着て私に会いに行くという、そういう罰ゲームなのでしょう?! ベルンカステル(メイド): ……みぃ。ボクはメイドさんなので、ご主人様にお茶を淹れるのです。 入江: いッ、いやいや、お茶なら私が淹れますッ。万一、メイドさんの美しい肌が火傷するようなことがあってはなりませんッ。 ベルンカステル(メイド): 水筒に入れてきたから大丈夫なのです。お茶請けにスコーンも持ってきたのですよ。にぱ~☆ 風呂敷の中から水筒やティーカップを取り出し、机の上に並べていく。 入江は頬を抓ろうとしては、もし本当に夢だったなら絶対に醒めたくないと、指を震わせて躊躇している。 いや、指を震わせるのは躊躇なのか、さもなくば理性との戦いなのか……。 ベルンカステル(メイド): さぁ、ご主人様。召し上がれなのですよ、にぱ~☆ 入江: ふ、ふおおおぉおおぉお!!入江京介、メイド道に生きてきて、一片の悔いなし……ッ!!! ベルンカステルは満面の笑みで給仕をしているように見えるが、……尻尾はブルブルと痙攣して毛が逆立っている。 しかし、プライドを捨てた北風と太陽の太陽作戦は効果抜群のようだった……。 ベルンカステル(メイド): ……入江。今週の沙都子の特別検査なのですが。中止にすることは出来ないですか? 入江: いえいえ、それは出来ません。沙都子ちゃんの治療の為にも、とても大切な検査なのですから☆ ベルンカステル(メイド): どうしてやらないといけないのですか?どうして今週にやるのですか……? 入江: えぇ。私は今週でも来週でもよかったのですが、鷹野さんが今週でないと困ると言われて。 ベルンカステル(メイド): え? 何の話……? 入江: はい。機材とスタッフの都合で、今週か来週のどちらかでやらねばならなかったのですが、鷹野さんだけ都合がつかないということで。 入江: 私としては、むしろ来週の方が都合がよかったんですがねぇ……。 ベルンカステル(メイド): ……中止させるのは難しいが、……なるほど……それなら……。 入江: おや、私としたことが、ほっぺにクロテッドクリームが付いてしまいましたね。 入江: さぁ、メイドさん!私のほっぺのクリームを、その小鳥のように小さな舌で、ぺろりと舐め取って下さいぃいぃぃ!! ベルンカステル(メイド): するわきゃねえだらッ!!こンのゲロカスがああぁあああッ!!! ベルンカステル: ……はぁ、はぁ、はぁ……。この大ベルンカステルが、使い魔のような真似をするとは……ッ。 まぁ、とにかく……。入江から興味深いことが聞けたわ。 入江の、雛見沢症候群を克服し北条沙都子を救いたいという気持ちの強さは、絶対にさえ通じるものがある。 なるほど、航海者の力を以てしても、中止させることはかなり難しいようだわ……。 でも、入江は面白いことを言っていた。……今週でなく、来週でもよかった……? なるほど……。それでも確かに、“今週の特別検査”は中止に出来たことにはなるわね……。 特別検査を中止にではなく、来週に延期させる。これならば可能そうだ。 そしてそれは、依頼の“今週の特別検査を中止させる”とも矛盾しない……。 ……くすくすくす……。 ベルンカステル: ……たまにはこういうのも退屈はしないわね……。 ベルンカステル: それに、……どれほどカケラの海を彷徨っても、得ることの難しい素晴らしい宝と引き換えなのだから……。 ふふ……。苦労すればするほど、手に入った時の喜びもひとしおという訳かしら……。 この私に、ここまでの苦労を強いてでも求めさせるもの。……くすくすくす………。 物語を遡る。 ベルンカステルにものを頼むのは並大抵のことではない。頼むこと自体は出来るが、彼女が途中で飽きて投げ出してしまうからだ。 ベルンカステルのやる気を、最後まで維持できるのは、アウローラか、さもなくば相当の珍しい対価を用意された時……。 ベルンカステル: このベルンカステルを働かせようというの?そんなことの為に私を呼び出したの……? 梨花: ボクなりに精一杯やったのですが……、どうしても無理なのです……。 ベルンカステル: ……あんたも航海者の魔女に準じる力を持っているでしょ。それで無理ってどういうこと。 梨花: ………情けないのです……。 ベルンカステル: ……あぁ、あんたは溺れ掛けだったっけ。 溺れ掛けとは、航海者の魔女たちの言い回しだ。カケラからカケラに渡ることを航海と呼ぶが、その負担は魔女ごとに異なる。 カケラを渡る力を持ちながら、その負担に耐え切れず、カケラの海に沈みかけている者を指して、溺れ掛けと呼ぶ……。 梨花: ……ボクは魔女を気取ったところで、……所詮はニンゲンなのです。 ベルンカステル: 知ってるわ。……あんたは、ニンゲン以外の部分を全て追い出して、私を作ったんじゃない。 ベルンカステル: あんたは雛見沢で友人たちと楽しい毎日。……私は友人など誰もなく、退屈の病から逃れ続ける日々。 ベルンカステル: 私の苦しみは全部あんたのせいじゃないの。 梨花: …………みぃ……。 ベルンカステル: ……まぁ、恨んでも仕方ないわ。そうでなければ、私は生まれないのだから。 ベルンカステル: それに、あんたに呼び出されるなんて、貴重な経験だから。……退屈の病を癒すには丁度いいし。 ベルンカステル: ……せっかくだから、付き合ってあげてもいいわ。でも、タダでは御免よ? 梨花: もちろん、わかっているのです。そこは抜かりないのですよ。 梨花は大きく膨らんだ手提げ袋をドンと置くと、その中身を見せる。 それは……、大きな梅酒の瓶だった。 ベルンカステル: ……へぇ……? これは……? ベルンカステルの表情は変わらないが、尻尾がピクンと動く。 梨花: ……ボク入魂の、秘伝の激辛キムチ漬け梅干しなのです。 梨花: ワサビにマスタードに黒コショウにその他色々、たくあんに塩辛、煮干しに大福も漬け込んであるのです。 ベルンカステル: ……あんたとはネガとポジのような関係だけれども。……味覚だけは同じなのよね。 梨花: ……香りを、ちょっとだけ嗅いでみますですか? ベルンカステル: これを、瓶ごとくれるのよね? 瓶の蓋を開けると……、梨花とベルンカステルにとってのみの、芳醇な深みある香りが広がった。 ベルンカステル: 気に入ったわ。それで、私にさせたい仕事というのは? ベルンカステル: ……羽入に頼めず、私にわざわざ頼みたい仕事というのは何なのかしら……? 梨花: 実は……、沙都子が今週、受けることになってしまった特別検査なのですが……。 Part 03: 私にはどうでもいいことだけれど。とにかく古手梨花は、今週に予定されている北条沙都子の特別検査を中止させたいらしい。 恐らくだが、その検査が原因で、何か北条沙都子に良からぬ未来が訪れるのだろう。 くすくす。皮肉な話ね。北条沙都子を救いたいという入江の絶対の信念が、その特別検査に抗うことを困難にしている。 古手梨花のことだ。入江に特別検査を思い留まるように説得し、それで駄目なら沙都子と逃亡でも試みたのだろう。 だが、そのいずれもうまく行かず、正攻法を諦め、手段を選ばない私に頼んできた……、というところか。 ベルンカステル: ……くすくす。でも、古手梨花。あんたは私に、こう依頼したわ。 ベルンカステル: 北条沙都子の、今週の特別検査を、中止させろと……。 今週の特別検査は中止にしてあげるわ。……ただし。それは、来週には行われることになるんだけれどね……。 北条沙都子がどうなろうと、私は知ったことじゃないの。くすくすくす………。 さて。特別検査とやらは鷹野の都合で今週になったらしい。 鷹野の都合がないならば、入江は来週の方が都合がよいと言っていた。つまり、鷹野を何とかすればいいのだ。 鷹野(ナース): るんる~ん♪ らんらんらんら~ん♪ 鷹野(ナース): は~。どこかに失踪させても誰も気にしないL5発症者がいないかしらぁ。 ベルンカステル(メイド): ……さすが魔女の卵ね。頭の中身は、とっくにニンゲンを辞めてるわ。 鷹野(ナース): あら……、梨花ちゃんじゃない。……素敵な格好だけど、どうしたの? ベルンカステル(メイド): メイド服ならいつでも遊びに来ていいと入江が言ってくれましたので、遊びに来たのですよ。にぱ~☆ 鷹野(ナース): 可愛いけれど、そんな格好だと、いつ入江先生に鬼隠しにされるかわからないわよ? うふふふ。 さて……。鷹野三四だが、どういう角度から攻めるべきか。 頑固さと絶対の意思という意味においては、このゲーム盤において、最も強力な駒と言い切れる。 入江でさえ手こずらされたのだ。ましてや鷹野となれば、一筋縄で行けるとはとても思えない……。 ゲーム盤は何度でもリセットできるのだ。古手梨花と違い、私の心は擦り切れたりはしない。 まずは情報収集として、世間話から始めてみるか……。 ベルンカステル(メイド): ……みぃ。今週にある、沙都子の特別検査とは何なのですか? 鷹野(ナース): あぁ、……くす。 鷹野(ナース): ……本当に、大した検査じゃ、ないのよ?ふふふふ………。 鷹野は、乾いた瞳を細め、微笑みを装いながら言う。 ……ふふん。どうやらなかなかに、大した検査のようね……。 ベルンカステル(メイド): その特別検査は、来週じゃ駄目なのですか?今週は沙都子と遊ぶ約束があるのです。 鷹野(ナース): くす、ごめんなさいね。今週の日曜日は沙都子ちゃんの為にも検査をさせてくれるかしら。 鷹野(ナース): ふふふ……。沙都子ちゃんはどんな反応を見せてくれるのかしら……、本当に楽しみにしてるんだから。 その瞳の色は、まさにマッドサイエンティストのそれだ。いやいや、全裸戦人をオットマン代わりにしていた時のベアト並に邪悪な瞳だ。 ベルンカステル(メイド): ……ねぇ、鷹野。貴女のお楽しみを邪魔するつもりはないの。 ベルンカステル(メイド): でも、私の都合もあって、今週に検査が行われるのは困るのよ。 鷹野(ナース): あらあら。何か沙都子ちゃんと、よっぽど大切な用事があったのかしら……? ベルンカステル(メイド): あんたと私が、どちらも何も失わずに得を出来る方法は、特別検査を来週に延期すること。 ベルンカステル(メイド): そうすれば、来週の特別検査は、あんたが存分に楽しめるように、一切の邪魔が入る奇跡が存在しなくなることを奇跡の魔女として宣言してあげるわ。 鷹野(ナース): え? 何? 何の話かしら……??? ベルンカステル(メイド): 特別検査を来週にずらしなさい。お楽しみを1週間、我慢するくらい出来るでしょう? 鷹野(ナース): …………いいえ。 鷹野(ナース): ごめんなさいね。……それは出来ないのよ?沙都子ちゃんの特別検査は、今週に行ないます。 鷹野の中で、何かのスイッチが入ったのを感じる。 ……なるほど。入江以上の強い意思で、……どうしても今週にやりたいらしい。 まぁ、逆だったら私もそう言うかもね。 お楽しみがもう目と鼻の先というところで、唐突に、あと1週間我慢しろと言われたら、アウアウローラであっても顔面を引っ掻いてやるところだわ……。 ベルンカステル(メイド): 逆に考えて?どういう取引があったら、来週にすることを納得してくれるのかしら。 鷹野(ナース): 悪いけれど。……どんな飴をぶら下げられても、これだけは譲れないのよ……? ベルンカステル(メイド): 飴とは限らないわ。納得したくなるほどの鞭だって、用意できるんだから……。 鷹野(ナース): ほっほっほ……。梨花ちゃん、今日はどうしたの……?それは何かの漫画のセリフなの……? 鷹野(ナース): お姉さんを挑発しても無駄よ?今日に辿り着く為に、どれだけの辛酸を舐めて来たことか、あんたにはわからないでしょう。 ベルンカステル(メイド): ……どうもそのようね。少し、あんたを鑑賞させてもらうわ。 鷹野は宙に浮かび、その胸の中からいくつものカケラが溢れ出す。そしてそれは、鷹野を中心に渦を巻き始めるのだ。 それらのひとつひとつには、鷹野の幼少時代の不幸や、その後の辛い日々、そして神になる為の決意の日々が結晶している……。 ベルンカステル(メイド): ……さすがは大駒ね。これは、入江以上に厄介よ……。 鷹野(ナース): あなたは外見は梨花ちゃんだけれど、……どうも中身はそうではないみたいね……? 鷹野(ナース): これが幻覚なのか白昼夢なのかわからないけれど。……どこでだろうと、私の意思の強さを試すつもりならば、例え神の挑戦であっても受けるわ……ッ。 ベルンカステル(メイド): ふん。……駒の分際で調子に乗って。いいわ、軽く遊んであげようじゃない……ッ。 ベルンカステル(メイド): みぃ~、にぱ~☆鷹野ぉ。意地悪しないで欲しいのですよ? ベルンカステル(メイド): 特別検査を来週に延期してくれたら、祭具殿の特別プライベートツアーにご招待なのです☆ 鷹野(ナース): 特別ッ、……プ、プライベートツアああぁ……?! 鷹野の絶対の意思とやらに、特大の亀裂が走った音がした。 しかしさすがは鷹野。後ろ足で踏ん張り、この程度ではダウンしない。 鷹野(ナース): で、でもねぇ、私……。祭具殿の中を見学できるだけじゃ、ちょっと刺激が足りないかしら……。 ベルンカステル(メイド): プライベートツアーは、おみやげ付きなのですよ。お帰りの際にくじ引きで、出た番号の祭具が、なんとお持ち帰りできちゃうのです。 鷹野(ナース): さ、……祭具をッ、お持ちッ帰りッ……?! ベルンカステル(メイド): あんなものからこんなものまで。古文書に巻物、怪しい拷問道具に拘束具、何が当たるかお楽しみなのですよ。 くじに細工をして、祭具殿掃除用の箒とちりとりが当たるようにしとけばいいわ。 とにかく、鷹野には効果が覿面なようだ。もう一押しか? まだ粘るとは大した根性だわ。 鷹野(ナース): ら、来週に特別検査を延期するだけで……、プライベートツアー……。……ぐぐ……ッ。 鷹野(ナース): で、でも……、来週はダメなの、絶対にダメ………。 鷹野の目が、ちらりと、デスクの卓上カレンダーを見たのを見逃さない。 ベルンカステル(メイド): ……みぃ? 来週の日曜日に“ジロウさん”と書いてありますのですよ? 鷹野(ナース): ああぁああぁあぁ、み、見ないでええぇえぇえ……!!! 鷹野は顔を両手で覆いながら、真っ赤になってぷるぷる震えながらしゃがみ込む。 鷹野(ナース): 来週の日曜日は、ジロウさんが来てくれることになってるの……。だから絶対に予定は入れられないのよ……。 鷹野(ナース): この日が訪れるのを、何週間も前からずっとずっとずっと指を折って楽しみに待ってきたんだから……。 鷹野(ナース): やっと来週というところまで来たのに、……それを失うなんて、私には無理よぉ……。 ベルンカステル(メイド): ……な、なんと乙女チックな理由で……。 ではあるが、恋も愛も、宇宙を生み出せる強力な元素だ。軽んじることは出来ない。 ベルンカステル(メイド): …………そうだわ。この手を試す価値はあるわね。 ベルンカステル(メイド): 駄目で元々。失敗しても、ゲーム盤はリセットするから誰の記憶にも残らない……。 ベルンカステル(メイド): 鷹野三四。今から私の言う通りにしなさい。うまく行けば、あんたにも得のある話になるわ。 富竹: あぁ、もしもし。代わりました。 富竹: 珍しいねぇ、鷹野さんがこっちに直接、電話を掛けてくるなんて。 鷹野(ナース): 『……あの……ジ、ジロウさん……、お願いがあるんだけど……』 富竹: 何だい?もちろん、出来ることなら何でも聞くよ。 鷹野(ナース): 『……来週じゃなくて、………今週、来れない……?』 鷹野(ナース): 『……ジロウさんが来てくれるのをね……?もう、ずっとずっと待ってるの……』 鷹野(ナース): 『でも、もう待ち切れないから……無理………』 鷹野(ナース): 『ねぇ、ジロウさん……。前倒しにして、今週に#p雛見沢#sひなみざわ#rに来てくれることは出来ないのかしら……』 鷹野がこんなにも切ない声を聞かせてくれるなんて、想像も出来ない。富竹の両耳から勢いよく蒸気が噴き出す。 富竹: いッ、いいとも鷹野さん!!富竹ジロウ、君が呼べば空だって飛んで参上するさッ!! 富竹: い、今すぐ支度をするよ! 待ってて、すぐに行くッ!! 入江: えぇ?! 特別検査は今週がいいと言っていたのは鷹野さんではありませんでしたか? 鷹野(ナース): ごめんなさい……。逆に今週の方が都合が悪くなってしまって……。 入江: 元々、私やスタッフの都合は来週の方が助かりますので、問題はありません。 入江: という訳ですよ、梨花さん。沙都子ちゃんにも、そのように伝えていただけますか? 梨花(私服): みぃ! 了解なのです☆ ベルンカステル(メイド): ……いいの? 中止じゃなくて延期だけれど。 梨花(私服): 問題ないのです。来週なら、沙都子がどうなろうと知ったこっちゃないのですよ。にぱ~☆ 梨花(私服): ……これが約束の報酬よ。受け取りなさい。 ベルンカステル(メイド): ふふっ、また漬けたら呼びなさい。背中くらい掻いてあげてもいいわよ。 ベルンカステルと梨花は、互いに目も合わせずに、瓶の受け渡しをする。 そして、特製梅干しの瓶の重さに満足げに微笑むと、ベルンカステルは姿を消すのだった……。 沙都子(私服): えっ? 今週の特別検査が来週に延期になった……?それは本当なんですの、梨花? 梨花(私服): はいなのです。これで沙都子も、みんなと一緒に参加できますのですよ。 羽入(私服): ……梨花。やっと会えました……。しばらくの間、妙な力のせいで姿を現せなかったのですよ。 梨花(私服): 別に問題はなかったわ。あんたは役立たずだったし。 羽入(私服): それは酷いのですよっ。僕は、まだ幼い梨花と沙都子には、あんな危険なイベントに参加するのは良くないと言っただけなのですっ。 そう。運命を変える戦いならば、羽入に力を借りるのが一番早かったはずなのだ。 しかし、羽入は力を貸さなかった。今週の特別検査を来週にずらしたいという梨花の願いに、力を貸さなかった。 その理由は……、 沙都子(私服): これで私も、土曜日の激辛やきそば、食べ放題大食い大会に参加できますわー!! 梨花(私服): 特別検査があると、前日から絶食なので、沙都子は参加出来なかったのです……。 沙都子(私服): これで梨花も一緒に参加できますわね!私に気を遣って、あなたが参加を見送ると言い出して、申し訳なく思っていましたのよ。 羽入(私服): あうあうあうー!! 激辛やきそば食べ放題大食い大会!何と邪悪な響きでしょう!! そんな大会は二人にはまだ早過ぎるのですよー!! 梨花(私服): ……ふっふっふ。あんたが協力してくれないから、私の秘蔵の梅干しを手放すはめになったんだからね。 梨花(私服): 当日は、私の味覚を通じて、あんたもたっぷり、激辛やきそばを味わってちょうだい。 羽入(私服): そんなの酷いのですよぉ~~!!あうあうあぅ~~!!! ラムダデルタ: ぶえッ、ゲホゲホゲホ!! 何これッ、辛ぁぁい!! ベルンカステル: ……この味がわからないんじゃ、あんたとの縁もそう長くはなさそうね。 ラムダデルタ: ど、どういうことぉ?!食べればいーんでしょー?! うううぅう、辛ぁあぁい!! ベルンカステル: ……これ、なかなかの逸品よ。古手梨花。……またいつか、会いましょ。何かのなく頃に。