Prologue: #p雛見沢#sひなみざわ#rのあちこちでもあわただしい光景をよく見かけるようになった、年末のある日――。 年始行事の責任者代行をつとめる魅音さんにお手伝いを頼まれた私たちは、午後から古手神社の境内の清掃と雪かきを行っていた。 魅音(冬服): はー、うちの婆っちゃは人使いが荒くてまいっちゃうよ。毎度毎度、「これも次期頭首としての勉強だ」なんて言って、雑用を押しつけてきてさー。 レナ(冬服): あははっ、魅ぃちゃん。古手神社のお掃除は、雑用どころか大切なお仕事だよ。気持ちよく新年を迎えるためにもね……ん、しょっ。 そう話しながらもレナさんは、てきぱきと道具を使い分けて境内をきれいにしていく。 その手際の良さは段違いで、流れるように無駄がない。私なんて、割当ての半分も終わってないのに……。 魅音(冬服): 悪いね、レナ。それに、みんなもさ。年末の忙しい時期なのに、来てくれたおかげでほんと大助かりだよ。 一穂(冬服): ううん、気にしないで。私たちは特にやることもなかったから、この程度の作業はお安い御用だよ。 レナ(冬服): それに、お正月になったら雛見沢だけじゃなく、村の外からもたくさん参拝のお客さんが初詣に来るんだよね? レナ(冬服): だったら、いつも以上に神社をきれいにした方がみんなも喜んでくれると思うな。『一年の計は元旦にあり』……でしょ? 菜央(冬服): そうよね。……けど雪かきって、大変な作業なのね。東京だとここまで積もることなんてあんまりないから、毎年やってる雛見沢の人たちはすごいかも……かも。 魅音(冬服): まぁ雛見沢じゃ、冬の風物詩みたいなもんだよ。要は慣れとコツってやつだから、菜央もそのうち楽にできるようになる……って、ん? 美雪(冬服): うおぉぉおっ!!とりゃとりゃとりゃ、とりゃぁぁぁあぁっっ!! 美雪(冬服): どっせーいっっ! うおぉぉぉぉおぉ……! 一穂(冬服): すっ、すごい……!雪飛沫が、舞い上がってる……? 寒さに弱いはずの美雪ちゃんは、なぜかものすごい気迫を込めて雪かきに励んでいる。 その勢いたるや、以前富竹さんが披露してくれたあの除雪車さながらのパワーを彷彿とさせるほど……?いや、さすがにそれは言いすぎかな。 レナ(冬服): み……美雪ちゃん?もう1時間近く動きづめみたいだし、そろそろ休憩してもいいんじゃないかな……かな? 美雪(冬服): ぅぉおおおぉぉっっ!……いーや! 私はこのまま頑張るっ!身体を動かしてなきゃ、冷えて凍える! 美雪(冬服): 凍えるはイコール、死!だから止まらず、動き続けるのさっ! 美雪(冬服): おりゃぁぁああぁっっ!!残りはあと、何往復だぁぁぁぁあぁっっ? そう叫びながら美雪ちゃんは、雪かきという名の「暴走」を続けている。……なんていうか、その……怖い。 菜央(冬服): ……男子小学生みたいな発想と行動理念ね。脳みそまで筋肉なのかしら? 魅音(冬服): それに、あんなオーバーワークだと逆に汗かいて、冷えるのが早まるだけだと思うんだけどねぇ。 一穂(冬服): た、確かに……。 普段の美雪ちゃんは勉強もできて勘も鋭いのに、やっぱり寒さで思考が回っていないのだろうか? ……なんて失礼なことを考えていたその時、集会所の奥から梨花ちゃんたちがやってくるのが見えた。 梨花(冬服): みー。みんな、お疲れ様なのです。これを飲んであったまって、少し一休みをしてくださいなのですよ。 レナ(冬服): ありがとう、梨花ちゃん。何を持ってきてくれたのかな、かな? 沙都子(冬服): 集会所の台所をお借りして、お汁粉を作ってきましたのよ。さぁ、どうぞ召し上がってくださいませ。 そう言って沙都子ちゃんが、手ずからお汁粉を振る舞ってくれる。ほこほこと上がる湯気と甘い香りに、思わず口元がほころんでしまった。 魅音(冬服): さんきゅー、沙都子。ちょうど身体が冷えてきたところだから、ありがたくいただくよ。 羽入(冬服): あぅあぅ、どうぞなのです。僕が味見したから、とってもおいしく仕上がっているのですよ~。えっへん♪ 梨花(冬服): ……つまり羽入は、ボクたちよりも一足早くお汁粉を食べたので、もう満足ということなのです。 梨花(冬服): よって羽入の分は抜きにして、ボクたちはおいしく楽しく、たっくさんいただきましょうなのですよ。にぱー♪ 羽入(冬服): あぅあぅあぅあぅ、僕だけ仲間外れはひどいのですよ~! 一穂(冬服): (2人のこんなやり取りも、もうすっかり慣れてきたなぁ……) 最初は仲が悪いのか、と心配したけれど……これも親愛(?)の証と分かった今は、むしろ和やかな気分で見守ることができていた。 一穂(冬服): 美雪ちゃーん。梨花ちゃんたちがお汁粉を持ってきてくれたから、一休みしよう……って、美雪ちゃんっ? 後ろから気配を感じて振り返ると、そこには先ほどまでのパワフルさが消し飛んでガタガタと震える、美雪ちゃんの姿があった。 美雪(冬服): さ、寒い……! ちょっと息をつくつもりで立ち止まったら、一気に冷え込んで……うぅっ。 菜央(冬服): ……はぁ、言わんこっちゃない。先にどこかで下着を着替えるか、汗を拭いてきなさいよ。 美雪(冬服): そ、そうするね……ぶるぶるっ……。 Part 01: 汗を拭いて戻ってきた美雪ちゃんにお椀を渡してから、私たちは手を合わせてありがたくお汁粉をいただくことにした。 一穂(冬服): いただきまーすっ。んんっ……このお汁粉、おいし~! 菜央(冬服): うん。それに、あったかくて……冷えた身体に染みてくる感じね。 美雪(冬服): いやー、おかげで生き返ったよ~!あっ梨花ちゃん、おかわりよろしくー! 一穂(冬服): は、早いよ美雪ちゃん……! 中のお餅はそれなりの大きさなのに、美雪ちゃんはまたたく間に平らげてしまう。その食べっぷりたるや、まるでクジラだ。 美雪(冬服): んー、うまいっ! 梨花ちゃん、もう一杯!次はお餅多めでよろしく~♪ 梨花(冬服): はいなのですよ、にぱー。 菜央(冬服): あんたね……あんまり食べ過ぎると、この後の夕飯がお腹に入らなくなるわよ。 美雪(冬服): 大丈夫っ。労働の後なんだから、これくらいの量は夕方までに消化されるよ!……っと、もう一杯いけそうだなー。 一穂(冬服): もう、美雪ちゃんってば……あれ? 遠くの方から声が聞こえてきたので目を向けると、屋台らしきものがいくつも組みあがっているのが見える。 掲げられた看板やのぼりには、お祭り定番の食べ物や、ゲーム……他にはお正月らしく、縁起物を扱っていることを示したものもあった。 一穂(冬服): 参道の方の準備も、順調に進んでるみたいだね。 魅音(冬服): そうだねー。#p綿流#sわたなが#rしほど多くはないけれど、お正月もいろんな屋台が出るみたいだよ。 レナ(冬服): あははは、楽しみだねぇ。よかったら参拝の後、みんなで「部活初め」をするのはどうかな、かな? 美雪(冬服): おっ、そいつはいいね。夏の時みたいに、みんなで勝負といこうか。手加減なしでいくから、覚悟しなよ~? 沙都子(冬服): をーっほっほっほっ! 望むところですわ!ただ、お気をつけあそばせ。冬の勝負は、寒さへの耐久力がモノを言いましてよ! 美雪(冬服): へっ……なんで? 魅音(冬服): そりゃ決まってるじゃん。輪投げとか射的とか……寒さでかじかんだ手元だったら、どう考えても狙いをつけにくくなるでしょ? 美雪(冬服): げっ? い、言われてみれば……! 魅音(冬服): くっくっくっ……こりゃ今回のビリ争いは、一穂と美雪になるかもねぇ~? 一穂(冬服): わ、私もビリ候補になってるの……? そう決めつけられるのは不本意だけど、昔から屋台系のゲームは苦手だ。 おまけにみんな、勝つためには容赦なく手段を選んでこないから、この調子だと狙い撃ちになるかも……はぁ……。 菜央(冬服): あ……けど、梨花たちは初詣だとお札とか、お守りとかを売ったりしてなにかと忙しいんじゃない? 梨花(冬服): みー、大丈夫なのです。夕方前に一度、新年の始まりの『寄進会』に巫女として参加しなければいけませんですが……。 梨花(冬服): それ以外の時間は、町会の人が手配してくれたボランティアさんに全部お任せなのですよ。にぱー。 菜央(冬服): だったらいいけど……って、『寄進会』?聞きなれない言葉だけど、どんなことをやるの? 魅音(冬服): あー、それはどっちかというと園崎家が主催になって進めるやつだから、私が説明するよ。 魅音(冬服): 『寄進会』ってのは、要するに競売会みたいなものだね。オークション、って言ったほうがいいのかな。 魅音(冬服): #p雛見沢#sひなみざわ#rと#p興宮#sおきのみや#rの人たちが持ち寄った骨董品とか、古手神社の秘蔵品とかを出品して、競売にかけて……その売り上げを神社の建物の維持とかに使うんだよ。 一穂(冬服): そうなんだ。確かに寄付よりも、そっちの方が色々と盛り上がって楽しくなりそうだね。 梨花(冬服): ボクも、家のガラク……神様のご威徳をみんなにおすそ分けすることができて、ホクホクなのですよ。 美雪(冬服): ……今、「ガラクタ」って言いそうになってなかった、梨花ちゃん? 菜央(冬服): そもそも「ホクホク」って、こういう時に使う言葉じゃないわよね……。 一穂(冬服): あ、あはは……。ちなみに今年は、古手神社のどんな秘蔵品を出品する予定なの? 梨花(冬服): みー、これから選ぶところなのです。神社の裏にある古い倉庫の中から、面白……価値の高そうなものを見繕うのですよ。 美雪(冬服): ……ねぇ、本当に大丈夫なの?価値よりも、ウケ狙いで選んだりしてない? 沙都子(冬服): をーっほっほっほっ!ご心配には及びませんわ~。ちゃんと私も梨花のお手伝いをしておりますので! 一穂(冬服): …………。 沙都子ちゃんには申し訳ないけれど、それを聞いても安心どころか不安しか感じられないのは、私だけだろうか……? 梨花(冬服): あと、喜一郎から『とっ散らかっている倉庫をいい加減整理しなさい』と怒られてしまったので、みんなにも手伝ってもらいたいのですよ。 一穂(冬服): ……おじいちゃんが?うん、わかった。そういうことならもちろん喜んで――。 美雪(冬服): ええっ? ちょっと待ってよ。さすがに、そっちの手伝いまでただ働きってわけにはねぇ……。 頷きかけた私の言葉を遮って、美雪ちゃんはちゃっかり見返りを引き出そうと交渉を試みる。が……。 梨花(冬服): ……みー。 羽入(冬服): あぅあぅ……。 沙都子(冬服): ……美雪さん? 美雪(冬服): な、なにっ?3人揃ってその無駄に圧のある笑顔は、どういうつもり……?! 梨花(冬服): ……美雪。お汁粉は、おいしかったですか? 美雪(冬服): えっ? あ、うん。おかげさまで――って、まさか……?! 沙都子(冬服): おいしく召し上がってくださいましたわよね?……たっぷりと、4杯も。 美雪(冬服): し、しまった……! やけにお餅を大盤振る舞いしてくれるんだなー、って思ってたけど、それってつまり……?! 羽入(冬服): 労働と報酬は、等価交換なのですよ。あぅあぅ。 一穂(冬服): あ、あはは……。 ……なるほど。美雪ちゃんの反応を予想して、先手を打ったというわけか。さすが梨花ちゃんたちだ。 菜央(冬服): まぁ……もともと引き受けるつもりだったから、あたしは異存ないわよ。 一穂(冬服): うん、私も大丈夫。お汁粉のおかげで、あったまったしね。 美雪(冬服): ちぇー。あわよくば、部活初めでピンチになった時の交換条件にしようと思ってたのにさ~。 一穂(冬服): そ、そんなこと考えてたの……? 梨花ちゃんたちといい、美雪ちゃんといい、本当にこの人たちって抜け目がなさすぎる……。 梨花(冬服): みんな、快く引き受けてくれてありがとうなのですよ、にぱー♪では、ボクについてきてくださいなのです。 Part 02: 梨花ちゃんに従って神社の裏側に回り、私たちは秘蔵の品が納められているという倉庫の前にやってきた。 梨花(冬服): ここが倉庫なのです。よいしょっ、っと……。 ギギギと鈍い音がして、古びた扉が開いていく。そして足を踏み入れた途端にぶわっと埃が舞い、思わず私たちは顔をそむけた。 一穂(冬服): なっ……なに……?! ゲホゲホと軽くむせながら、薄暗がりの倉庫の中に視線を戻す。 あちこちで乱雑に積みあがっている、無数の木箱や段ボール箱。これは倉庫というよりも……むしろ……。 美雪(冬服): えっと……ゴミ捨て場? 一穂(冬服): み、美雪ちゃん!せめて思うだけにして、言葉には出しちゃダメだって……! 美雪(冬服): いや、思ってる時点で一穂も十分失礼でしょうに……。 菜央(冬服): っていうか、なによこれっ?どれがどれだか全然わからないくらいに積み上がってるじゃないの! 一穂(冬服): それに、この空気……うっぷ、埃っぽい……かび臭い……! 魅音(冬服): ……えっと、梨花ちゃん。私も、倉庫の中を見るのは初めてなんだけど……ここを掃除したのって、どれくらい前? 梨花(冬服): みー。ボクの覚えている限りでは……いえ、覚えていませんです。にぱー。 美雪(冬服): それって、物心つく前からってことだよね?何年どころか、もしかして何十年にも渡ってほったらかし……?! 確かに、そこまで放置し続けていたら喜一郎おじいちゃんが梨花ちゃんに掃除しろ、と苦言を伝えたとしても当然だろう。 さっきの美雪ちゃんじゃないけれど、ここの掃除の対価がお汁粉1、2杯ではちょっと割に合わないような気がする……。 レナ(冬服): お、お掃除のしがいがあるね……あははは……。 魅音(冬服): 掃除どころか……業者でも文句つけて帰るか、追加料金を思いっきり請求してくるレベルだね。なんで今まで放っておいたのさ? 梨花(冬服): みー。お掃除をしようとは何度も考えたのですが、年に一度しか開けないことと、中を見た瞬間に心がくじけてしまったのですよ。 菜央(冬服): まぁ……一人だと、そうなるわよね。でも、みんなでやればなんとかなるかも……かも。 美雪(冬服): はぁ……そうだね。引き受けた以上は是非もなし、さっさと始めるとしよっか。 レナ(冬服): うん。まずは、中にある収蔵品とかをいったん全部外に出してから……埃を払ってきれいにするのが先かな、かな? 魅音(冬服): 多少面倒だけど、中途半端よりはいいかもね。よーし、それじゃ分担を決めるよ~。 沙都子(冬服): 埃がすごいようなので、マスクも必要ですわね。あるいはハンカチかタオルで、口元を覆って……。 美雪(冬服): いや、ハンカチはやめよう。押し込み強盗になったみたいで、なんかヤダ。 そんなことを話し合いながら私たちは、倉庫の掃除にとりかかっていった。 はじめこそ大量の箱を前に圧倒されかけたものの、少しずつ運び出していくうちに倉庫の中が見えて、おおよその目途が立ってきて……。 数時間もしないうちに、埃とかびだらけだった壁や床は、それなりに元の色がわかるくらいに綺麗になっていった。 菜央(冬服): ふぅ……これなら、村長さんたちが見に来ても恥ずかしくない感じになりそうね。 レナ(冬服): うんうん、ばっちりだよ。菜央ちゃん、いーっぱい頑張ってくれてありがとうね♪ 菜央(冬服): ぁいっ?べ、別に……こんなの、当たり前のことだから……。 梨花(冬服): みー、みんなありがとうなのです。それじゃボクたちは、汚れた雑巾とバケツを洗ってくるのですよ。 羽入(冬服): あぅあぅ、僕もお供するのですよ。 魅音(冬服): よーし、それじゃ収蔵品を中に運び込むよー。壊れものも結構あるはずだから、慎重にね。 そして私たちは、運び出した時とは逆の流れで木箱や段ボール箱を中に運び込む。 菜央ちゃんが置き場所をメモしてくれていたおかげもあって、さっきよりも速いペースで作業は進んでいった。 魅音(冬服): うん、順調順調っ。やっぱ大勢でとりかかると、あっという間だね~。 美雪(冬服): ただ、さすがにこれだけの量があると一苦労だよ。やっぱり、お汁粉以外の見返りも要求しよっかな……おっととっ? するとその時、木箱のひとつを持ち上げた美雪ちゃんの持ち方が悪かったのか、十字に結ばれていた紐が緩んでふたが開いてしまう。 そして、中から「何か」が転がり出てくるのを見た私は、はっと息をのんだ。 一穂(冬服): 危ないっ……! 慌てて手を伸ばそうとしたものの、距離がありすぎてとても届かない。 地面に落ちたら、壊れちゃう……?そう思って身をすくませた――次の瞬間だった。 圭一:冬服: ――おっとっ? 突然、大きな影が横から飛び込んでくるのが視界の隅に入ってきて、私は顔を上げる。 それが、男の子――しかも、私たちがよく知っている「彼」だとわかったのは、振り返ったその目と合ってからだった。 圭一(冬服): ったく、あぶねぇな……!けど、地面に落ちる前にキャッチできてよかったぜ。 そう言って彼――前原くんはにやり、と笑って手に取った鏡、のようなものを掲げてみせる。まさに、ナイスタイミング。 どうしてここに彼がいるのか、という疑問はさておき、最悪の事態を回避できたことに私は、ほっと大きく息をついて安堵した。 魅音(冬服): ま、前原圭一……? 何しに来たのさ、ここは部外者立入禁止の場所だよっ! 圭一(冬服): おいおい、そうとんがるなっての。実は今度の正月に、親父の知り合いの屋台を手伝うことになったんだけど……。 圭一(冬服): 忙しいから、代わりに出店申請書を責任者に提出してきてくれって、そこのおやじさんに頼まれたんだよ。ほらっ。 魅音(冬服): ……っ……。 相変わらず前原くんには当たりが強い魅音さんは、その書類をひったくるようにして受け取る。 ただ、私たちもこのやり取りには慣れっこになってきたので……肩をすくめて苦笑するしかなかった。 魅音(冬服): はいはい、確かに。責任者代行として、この書類は預かったよ。用が済んだらさっさと帰りな、しっしっ。 圭一(冬服): へへっ、頼んだぜ。っと……ついでに、これも返さねぇとな。えーっと、こいつは鏡か? 一穂(冬服): この鏡……両方に鏡面があるみたいだね。普通の鏡って、映るところは片方だけだと思うんだけど……。 レナ(冬服): ……言われてみれば、そうだよね。これ、どうやって使うのかな、かな? 前原くんが差し出してくれた鏡が気になって、私とレナさんはよく調べようと覗き込む。すると、 魅音(冬服): あー、もう!そんなこと気にしたって、しょうがないでしょ?ほらっ! さっさと作業に戻る! 前原くんに近づく私たちが気に入らなかったのか、苛立った様子の魅音さんが鏡をひったくろうと手を伸ばしてきた。 ――が、その時。 圭一(冬服): っと、危ねぇなぁ……って、ななっ?! 魅音さんが取り上げた鏡の表に前原くん、裏にレナさんの顔が映ったかと思うと――突然鏡から、光が放たれる。 圭一(冬服): うわっ……?! レナ(冬服): きゃぁぁあぁっ?! 一穂(冬服): こ、この光はなんなの……うぅっ?! そのあまりの眩しさに、思わず私たちは悲鳴を上げて目を閉じてしまった。 Part 03: 一穂(冬服): ……。う……ぅうっ……。 光が収まったのを感じてから、私たちは恐る恐る目を開けて周囲を見回す。 美雪(冬服): な……なんなの、今の光……っ? 一穂(冬服): わ、わからないよ……。それより、レナさんたちは……あっ? そして視線を下に落とすと、前原くんとレナさんが床にぐったりと倒れ込んでいるのが見えた。 一穂(冬服): ま、前原くん……?! 魅音(冬服): ちょっ……レナっ! 私と魅音さんが同時に駆け寄り、それぞれを慎重に抱き起こす。 幸いなことに、何度も呼びかけるまでもなくその動作だけで2人は目を開けてくれた。 レナ・圭一: う、ううん……? 魅音(冬服): 大丈夫、レナっ?頭とか打った? どこか、身体に異常はない?! レナ?: あぁ……なんともないぜ。へっ、お前に心配されるなんてな……こりゃあ、明日は雨か? 魅音(冬服): は……はぁっ……?! 一穂(冬服): 前原くん、しっかりして!私たちのこと、わかる? 圭一?: う、うん……はぅ、びっくりしたよー。あの光、いったいなんだったのかな……かな? 一穂(冬服): ……。え……? 一穂(冬服): (なんだか、ものすごい違和感……。というか、これって……?!) 美雪(冬服): えっと……2人とも、おかしくない?その……口調とかが、いつもと違って……? 菜央(冬服): れ、レナちゃん……? 沙都子(冬服): ど、どういうことですの……? 私たちが戸惑っていると、前原くんとレナさんはお互いの顔を見るや唖然、とした表情で呟いた。 レナ?: ……あれ?なんで俺が、そこにいるんだ? 圭一?: はぅ……。どうしてレナが、こっちを向いているの?というか……。 レナ・圭一: 俺とレナ、入れ替わってる――っっ?!(レナと圭一くん、入れ替わってる――っっ?!) 一穂(冬服): えっ……えぇぇぇえぇっっ?! 騒ぎを聞きつけて戻ってきた梨花ちゃんと羽入ちゃんに、私たちは事の経緯を話す。 それを聞いて鏡を確かめた梨花ちゃんは、「……みー」と呟いて保管していた巻物のひとつを紐解き、私たちにその内容を読み上げてくれた。 梨花(冬服): その鏡は、古手家伝来の秘宝のひとつ。簡単に言うと、鏡面に映し出された2人の意識をそれぞれ入れ替えることができるのですよ。 羽入(冬服): あ、あぅあぅ……っ!説明は簡単かもしれませんが、起こった現象自体はとんでもないことなのですよ……。 一穂(冬服): じゃ、じゃあ……レナさんと前原くんって、ほんとに中身が入れ替わっちゃったの?! 普通なら、にわかに信じがたいこと……だけど、『ツクヤミ』と戦ってきている現状を考えたらそんな不思議現象が実際にあっても、おかしくない。 つくづく、はた迷惑というか……厄介な理に支配された世界だと、私たちは再認識するしかなかった。 圭一(レナ): はぅぅ、そんなぁ~!そんな危険すぎる道具が倉庫にあったなんて聞いてないよぉ~! 圭一(レナ): どうしよう、魅ぃちゃーん?レナ、どうしたらいいのかな、かなぁ~?! 魅音(冬服): や……やめろ気持ち悪いー!その顔で、レナみたいな甘ったるい猫なで声を出してるんじゃなーい! 反射的に飛びのいた魅音さんは、青い顔のままファイティングポーズをとって前原くん(レナさん)に殴りかかろうとする。 その寸前で、巧みに背後に回り込んだ美雪ちゃんが彼女を羽交い絞めにしたことで、なんとか凶行は未然に防ぐことができた。 美雪(冬服): 待って! ちょっと待って、魅音!身体は前原くんだけど、中身はレナだからっ!殴っちゃだめ! 落ち着いてっ!! レナ(圭一): そうだぜ、魅音。こういう時こそ、クールにならなきゃな。 レナ(圭一): まぁ、こういう経験はめったにできるもんじゃねぇんだから、せいぜい楽しむとしようぜ、なっ?あーっひゃっひゃっひゃっ!! 菜央(冬服): いーやーぁー! レナちゃんの顔で、そんなセンスゼロの下品な笑い方しないでー!! 菜央ちゃんは菜央ちゃんで、この世の終わりを迎えたように取り乱して、頭を抱えている。……私も、今見たものは記憶から抹消したい気分だ。 沙都子(冬服): か、カオス……ですわ。 そう、沙都子ちゃんがひきつった表情で漏らした言葉は、そのまま私たちの感想だった。 一穂(冬服): それで、梨花ちゃん……元に戻る方法はないの? 梨花(冬服): みー、簡単なのですよ。裏山の奥にある湧き水を飲んで鏡を洗えば、のろ……効能は消えてしまうのです。 美雪(冬服): ……梨花ちゃん、今「呪い」って言おうとしなかった? ほんとにこれ、神様の道具? 梨花(冬服): にぱー。 一穂(冬服): ……とにかく、元に戻すことが最優先だね。さっそくその湧き水のところへ行こう。 Part 04: 一穂(冬服): っ……あの、梨花ちゃん。結構歩いたと思うんだけど、まだ着かないの? 梨花(冬服): もうすぐなのです。あとはこの山道を真っ直ぐ進めば、目的の場所なのですよ。 梨花ちゃんの案内に従って、私たちは湧き水のある泉へと向かっていた。 ただ、その山道は少し……いやかなり険しく、私たちは途中で何度も足を取られたりして転びそうになったくらいに、結構歩きづらかった。 レナ(圭一): ふぅっ……こりゃあ、骨の折れる山道だな。みんな、ちゃんとついてきてるかー? 圭一(レナ): う、うんっ。このくらいの積雪なら、なんとか進め……わ、わわっ……? レナ(圭一): ――っと? おいおい、大丈夫か?雪の固まり具合にばらつきがあるから、気をつけて歩かねぇと危ないぜ。 圭一(レナ): わ、わかってるけど……。レナ、この身体にまだ慣れてないからいつもより歩きづらくて……ふぅ……。 そう言って前原くん(レナさん)は足を止め、息をついて呼吸を整える。 今の彼女(?)は自分じゃない身体を動かしているので、力加減が難しいのだろう。それが男女の違いともなれば、なおさらだ。 一穂(冬服): レナさ……前原くんの方こそ、平気なの?感覚がいつもと違って、疲れたりしない? レナ(圭一): んー、まぁ確かに違和感はあるけど……要は慣れとコツってやつだな。言葉ではうまく説明できねぇけどさ。 魅音(冬服): …………。 レナ(圭一): ほらっ、掴まれよ。この辺りは支えになりそうな木が少ねぇから、俺が先に行って手を貸してやるぜ。 圭一(レナ): け、圭一くん……でも……。 レナ(圭一): 遠慮することはねぇって。これはお前の身体なんだから、手を触れたって別に気持ち悪くなんかねぇだろ? レナ(圭一): 妙なことに巻き込まれたのはお互い様だし、ここは一時休戦といこうぜ、な? 圭一(レナ): ……。うん、ありがとう。 最初こそ戸惑っていたものの、前原くんの優しいあたたかさを感じたのか……レナさんはその手をおずおずと掴んで、再び歩き出す。 魅音(冬服): ……っ……。 そんな2人の様子を、すぐ後ろで進む魅音さんが複雑そうな表情で見つめていた。 美雪(冬服): へぇ~。悪い評判とかも聞いたりしたけど、前原くんって結構いいやつじゃん。 美雪(冬服): 魅音もそう思わない?そんな苦虫かみつぶしたような顔してないで、見たままを評価してやりなよ。 魅音(冬服): ……はんっ、どうだか。あぁいう野郎は、裏で何を企んでいるかわかったもんじゃないっての。 美雪(冬服): あ、そ。まぁ、キミが本気でそう思ってるのなら私はこれ以上言わないけどねー。 魅音(冬服): ……ふんっ……。 ……そして、浮かない表情をしているのは魅音さんだけではなかった。 菜央(冬服): ……。はぁ……。 美雪(冬服): ……ん、どうしたの菜央?いつもだったら、レナのそばについて離れないのに……そんな後ろでいいの? 菜央(冬服): なんか、今は頭が混乱しそうだから……元に戻るまで、こっちにいるわ。 一穂(冬服): あ、あはは……。 まぁ……あんな「男らしい」レナさんの姿は菜央ちゃんにとって、どう評価していいのかわからないものなんだろう。 ただ、さすがの彼女も山歩きが続いたせいで顔に疲労の色が出始めているようだ。 一穂(冬服): ……じゃあ、菜央ちゃん。今日は私が、手を握っててあげよっか? 菜央(冬服): えっ? べ、別にあたしは、そんなの……。 一穂(冬服): 何かを掴んでるほうが、安心できる時ってあるでしょ? 遠慮しないで、ほら。 菜央(冬服): ……。うん……。 そう言って私がその小さな手を掴むと、菜央ちゃんはやや頬を赤く染めながらそっと握り返してくれた。 ……そして、10分ほどたった後。 梨花(冬服): お待たせしましたのです。ここの泉が、レナと圭一にかかった呪いを落とす聖なる泉なのですよ。 美雪(冬服): ……ついに言い切ったね。今、はっきりと「呪い」って言ったよね? 沙都子(冬服): はぁ……ようやくですわね。そうとわかれば善は急げですわ……って、ななっ? ツクヤミ: ギャアアアアアアアー! 一穂(冬服): ツ、ツクヤミ……! やはり、簡単に終わらせてはくれないのか……泉の奥から巨大な図体をした『ツクヤミ』が群れをなして姿を現し、こちらへとやってきた。 レナ(圭一): へっ……いわゆる予定調和、お決まりのパターンってやつか。 レナ(圭一): だが、悪ぃな。さっさと片づけて、元に戻らせてもらうとするぜ! 圭一(レナ): うんっ! みんな……お願い!レナたちに、手を貸してっ! 沙都子(冬服): …………。 圭一(レナ): ど……どうしたの、沙都子ちゃんっ?一緒に戦ってくれないのかな……かな?! 沙都子(冬服): い、いえ……。お2人が悪いわけではないのですが、どうにも気合が入りづらいですわね。 梨花(冬服): ……みー。頭ではわかってはいても、やっぱり気色悪いのですよ。 羽入(冬服): あ、あぅあぅ……!と、とにかく2人を元に戻すために、頑張るのですよー! 魅音(冬服): そ……そうだね。気を取り直して、みんな行こうっ! 魅音さんの言葉を合図に私たちはそれぞれ武器を出現させ、『ツクヤミ』に立ち向かっていった。 Epilogue: 無事に『ツクヤミ』の群れを倒した後、私たちは改めて泉のほとりに足を踏み入れ、湧き水があふれている岩場へと近づいた。 一穂(冬服): ……それで、どうやれば前原くんとレナさんは元に戻るの? 梨花(冬服): みー。では、2人ともこの湧き水を飲むのですよ。そして、自分の顔を頭の中に思い浮かべながら鏡を洗うのです。 圭一(レナ): わかった、やってみるよ。 レナ(圭一): そうだな。んじゃ、まずは俺からだ。うぉっ、さすがに冷てぇっ……! 2人がそれぞれ梨花ちゃんの言う通りにすると……まもなく既視感のある光が鏡から発せられて、前原くんとレナさんの身体を包み込む。そして、 圭一(冬服): ……ん?おおっ、これは……。 レナ(冬服): はぅぅ……。あっ……この感じ……! 美雪(冬服): どうやら、2人とも無事に戻ることができたみたいだね。 レナ(冬服): はぅ~、よかったよぉ。一時はどうなることかと思っちゃった……。 圭一(冬服): いやー、びっくりしたなぁ。もし入れ替わったままだったら明日からどう過ごせばいいかって、マジ焦っちまったぜ。 レナ(冬服): ……。圭一くんは、やっぱりレナの身体だったら嫌だったのかな……かな? 圭一(冬服): いや、そういう意味で言ったんじゃねぇよ。山道を歩いてても、全然疲れなかったし……なかなか悪いもんじゃなかったぜ。 圭一(冬服): 逆に、レナが疲れたってことは俺の身体が弱ぇってことかもしれねぇしさ。すまねぇな、迷惑をかけちまってよ。 レナ(冬服): ……。圭一くん……。 圭一(冬服): よし……決めた! 明日から俺は、トレーニングをしてパワーアップに励むぜ!次に入れ替わった時、面倒をかけないようにな! レナ(冬服): ……あはははっ。じゃあレナも、圭一くんに負けないように頑張るよ~! 美雪(冬服): いや……もうこんなトラブルはごめんだって。もうおかしな神具とかはないよね、梨花ちゃん? 梨花(冬服): にぱー♪ ……この笑顔はどう解釈していいのか、判断に迷ってしまいそうだ。 菜央(冬服): レナちゃん……!よかった、元に戻ってくれて……っ! レナ(冬服): 菜央ちゃん、心配かけちゃってごめんね。 本気で心配していたのか、涙目の菜央ちゃんがレナさんの胸に飛び込んでいく。その小さな身体を、彼女は優しく包み込んだ。 魅音(冬服): …………。 と、そんな中……魅音さんが複雑そうな表情を浮かべながら、前原くんのところへ歩み寄る。そしてしばらく黙ってから、顔を上げていった。 魅音(冬服): ……変なことに巻き込んじゃって、悪かったね。もとはと言えば私が、鏡を無理やり取り上げたせいでこんなことになっちゃったわけだから、その……。 圭一(冬服): ははっ、いいって。俺も結構、面白かったしな! 圭一(冬服): なんだったら今度は、お前と身体を入れ替えてみるってのも面白ぇかもな?どうだ魅音、んん~? 魅音(冬服): こ、このっ……!調子に乗るな! こらーっ! 圭一(冬服): はははっ、そのこぶし丸見えだぜっ! 殴りかかろうとする魅音さんのグー攻撃を前原くんは笑いながらかわす。そしてくるりと踵を返し、手を大きく振り上げた。 圭一(冬服): んじゃ、俺はこの辺で退散するとすっか。この貸しは、新年のどこかで返してもらうぜ! 圭一(冬服): せいぜい、何かうまいもんでも食わせてくれることを期待してるからな~!てなわけで、よいお年を! 一穂(冬服): あはは……前原くんもよいお年を、ね。 魅音(冬服): べーっだ! もしそんなことがあってもあんたには唐辛子入りおはぎを口の中に詰め込んで、怪獣みたく火を吹かせてやるっての! 魅音(冬服): おとといきやがれってんだ、ふんっ! 首を掻っ切るしぐさで応える魅音さん。少し離れたところでそれを見ていた私たちは――。 沙都子(冬服): まぁまぁ、仲がよろしいですこと。 梨花(冬服): みー。魅ぃは素直になれないお年頃なのですね。にぱー☆ 羽入(冬服): あぅあぅあぅ、梨花ぁ、聞こえるのですよ。黙っているが吉なのです。 一穂(冬服): あはは……確かにそうかも。 とはいえ、物騒にも見えるやりとりも私たちにはじゃれ合いのように見えて、微笑ましく感じるのだった……。