Part 01: 羽入(巫女): なんてことがあって、今回の部活もすごく大いに盛り上がったのです。とっても楽しかったのですよ、あぅあぅ~♪ 田村媛命: ……左様#p也#sなり#rや。なにはともあれ、そなたが満足しているのであればひとまず喜ばしきこと#p哉#sかな#r。 羽入が持ってきた『酒まんじゅう』とやらをぱくりと口に含んで咀嚼しながら、私は当たり障りのない返事をする。 ヤマもオチも、意味さえあまり感じられないような角の民たちの日常話。いつ聞いても似た話ばかりで、特筆すべき印象的な内容は無に等しかったが……。 ほんの少し前までは言葉どころか、声さえ聞くのも厭わしかった相手との会話につき合っていることがなんとも奇妙であり、自分自身でも不思議だった。 田村媛命: (吾輩も、ずいぶんと気が長くなったもの也や……) 角の民の長の話は感情が入りすぎてとりとめがなく、大半を軽く聞き流しているので……あとになって何の内容だったかと尋ねられても、まず答えられない。 それでも、彼女を拒んで追い返すこともなくなすがままにこうして耳を傾けているのは……。 田村媛命: まぁ……自然の万物が日常にて奏でる音楽みたいなもの哉。 羽入(巫女): あぅあぅ……?音楽がどうかしたのですか、#p田村媛#sたむらひめ#r命? 田村媛命: ……いや、何でもない也や。吾輩の独り言故、気にせずが善きと知り給え。 こんな雑音を、雅な調べと同格に扱うのはかの存在に対しての最大級の侮辱だ。……血迷った感想も甚だしいと後悔が押し寄せる。 ただ、……どういうわけか愛着を感じて失うのは惜しいと思ってしまうあたり、私の価値観は狂い始めているのかもしれない。 羽入(巫女): あっ……そういえば最近、面白いドラマが始まってクラス内でも話題になっているのです。 羽入(巫女): 僕も梨花や沙都子と一緒に観ているのですが、ハラハラドキドキの連続で目が離せないのですよ~。 田村媛命: ふむ……それはどんな内容の話也や? 羽入(巫女): ある高校生の男子と女子が結婚して、一緒に暮らし始めるところからが導入なのです。 田村媛命: ……ずいぶんと早期の決断哉。戦前戦後の頃ならばさておいても、この時代においては珍しい也や。 田村媛命: いや、その前に親が反対して然るべき哉。創作の話とはいえ、そのあたりは如何也や? 羽入(巫女): もちろん、お互いの両親から大反対されたのです。ただ、2人がそんな生活を送ることになったのはある事情がありまして……えっと……。 田村媛命: 高校生の男女が結婚して、同棲する話……。 なんとなくだが、聞いた覚えがある。そう思って私は角の民の長が説明しようとするのを途中で遮り、先回りしていった。 田村媛命: 確か、偽装結婚……双方とも家庭に曰くがあって、好いた関係でもなくそうせざるを得なかった……也や? 羽入(巫女): えっ……そ、その通りなのです!どうしてあなたがそれを知っているのですか? 田村媛命: ……偶々也や。時々「てれび」とやらの内容が電波となって、吾輩のところにも伝わってくる哉。 ……以前彼女にも話したことがあったが、私は『鬼樹』と呼ばれる霊能を宿した木々を介して情報を波動によって飛ばしたり、受信したりすることができる。 その際、この地の民が娯楽として使っている「らじお」や「てれび」の電波が混線して……図らずもその内容を受け取ってしまうのだ。 田村媛命: (まぁ、吾輩が好むのは「どらま」「ばらえてぃー」ではなく歌番組なのだが) 映像を見なくても、美しい演奏と歌声に耳を傾けていると……心が洗われる気がするので、実は結構気に入っていたりする。 人間たちの文化に対しては、多少距離を置いて接する姿勢は今もさほど変わっていないが……私も音楽に関しては相応の敬意と愛着を抱いていた。 羽入(巫女): あぅあぅ、なるほど……つまり田村媛命は、国の放送受信料を払わずにテレビ番組をただで視聴しているのですね? 田村媛命: 人聞きの悪い言いがかりは止める也や!まるで吾輩が乞食か犯罪者みたいな云われよう哉! 羽入(巫女): 冗談なのですよ。……それにしても田村媛命は、ここにいながらテレビ番組も観ることができたのですか。長らく相対してきたのに、全然知らなかったのです。 田村媛命: そなたに教えたのは、今回が初めて也や。「てれび」などについての話題がなかった故、あえて語るべき必要を感じなかった哉。 羽入(巫女): では、そういったことも打ち明けてくれるくらいに仲良くなったということなのですね?それはそれで嬉しいのですよ、あぅあぅあぅ~♪ 田村媛命: っ……か、関係が改善されたわけではない也や!今は停戦をしているのみで、吾輩が心を許したなどと考えるのは浅慮だと弁え給えっ。 そう言って私はぷい、と顔を背け、残ったまんじゅうを口の中に放り込む。 どうも、今日はいらぬことを口走ってしまう。もしかしてこの和菓子に含まれた酒の成分が、私の自制心を緩ませているのか……? 羽入(巫女): あぅあぅ……?結構たくさん持ってきたはずなのに、もうおまんじゅうがなくなってしまったのですよ。 羽入(巫女): 僕の手作りの酒まんじゅう、気に入ってもらえて嬉しいのですよ~♪ 田村媛命: なっ……差し入れてきたこれらは、そなたが作ったものだった也やっ? 確かに……市販のものにしては、やけに素朴な味だと感じていたが……。 というか、このまんじゅう……職人ではなく素人の感覚で作ったのであれば、酒の成分がかなり残っていたのでは……? 田村媛命: ……っ……! ……まずい。よりにもよって角の民の長の前で酔い潰れるなんて、神としての威厳に関わる。 そう思って私は、身体の中から酒精らしきものを追い出すべく精神を集中させて――。 田村媛命: っ……今のはっ……? まるで「てれび」の電波が私の波動に触れて火花を上げるような……痺れにも似た、刺激。 と、それと同時に意識がどこかへと吸い込まれる感覚がして、私の視界はやがて闇の中へと包まれていった……。 Part 02: 田村媛命(スケバン): ……ぇ……な、ななっ……? 閉じていた目を開けるや、私は瞬きを繰り返す。 目が乾いていたとか、埃が入ったとかではない。……視界に入ってきたものが、あまりにも予想外のものだったからだ。 田村媛命(スケバン): こ、これは……いったい、何が起きている#p也#sなり#rやっ? 周囲に広がる異様な光景に、私は言葉を失って呆然と立ち尽くす。 普段から慣れ親しんでいる、木々や茂みが広がる聖域……とは明らかに違っている。鳥の声も枝葉のざわめきも、全く聞こえてこない。 その代わりにあるのは、人工的な大きな建造物……確かあれは、学校の校舎というものではなかったか? というか、建物に描かれた文字だか暗号だか読み取れぬ彩りは、お世辞にも美しいとは全く思えぬもので……。 田村媛命(スケバン): ま、まさかこれは……「かの者」の精神汚染による、干渉……?! 『一穂たち3人だけでなく、他にも#p雛見沢#sひなみざわ#rにて生活を営む者までもが突然異世界に意識を飛ばされた』――。 角の民の長から、そういった話を聞いたとの報告を何度か受けている。いったい何者の手によって、そんな不思議現象が起こされているのかと訝っていたが……。 まさか神である私までもが自らの身をもって正しさの証明をさせられるとは、さすがに思ってもみなかった。 と……その時だった。 一穂:スケバン: あ……姐さんっ!やっぱり来てくれたんですか? 田村媛命(スケバン): は……?神であるこの身に向かって、いったい何を――。 動揺を悟らせまいとことさら威厳をひけらかし、傲然と振り返った私は……その人物の顔を見て大きく目を見開いて固まる。 一瞬、服装が違っていたので誰かと思ったが……目の前に立っているのは間違いなく私の「御子」、公由一穂本人だった……?! 田村媛命(スケバン): か……カズホっ?そなたがなぜ、ここに……?! いや……それよりも異質なのは、彼女の格好だ。身にまとっているのは私の記憶にある私服でも、学校の制服でもない。しかもしかも……! 田村媛命(スケバン): か……神衣ではないっ?どうして吾輩の衣装が、カズホと同じものになっている也や?! 自身の身なりを眺め見て、私は悲鳴に近い叫び声を上げてしまう。 特に意識することなく、全く覚えのない服装にさせられたのはあの角の民どもが設けた査問会……もとい、罰ゲーム会場に閉じ込められた時以来だ。 では、再び私は角の民どもに捕らわれた……?しかし最近は、地上世界に対していわれなき憤りをぶつけられるようなことをした覚えはないのだが……? 一穂(スケバン): ど、どうしたんですか姐さん……?何かおかしなことでもあったんですか? 田村媛命(スケバン): あったのではなく、ありまくり#p哉#sかな#rッ!どうしてこのような状況になったのか、神として説明を求める也や!! 一穂(スケバン): 神……? 何を言ってるんです……?あなたはこの学校に巣くう悪を成敗する、『スケバン戦士』じゃないですか! 田村媛命(スケバン): は……はああぁぁぁああぁっっ?! わけのわからない称号でそう呼ばれ、私はもはや動揺を隠す余裕もなくなって素っ頓狂な声を上げてしまう。 『スケバン戦士』……?なんだその、こじらせた男子中学生が使うような名前はっ? 少なくとも私が、一穂に対してそんなふうに名乗ったことは一度もない。というか、神として名乗るわけがないッ! 田村媛命(スケバン): (い……いや、ちょっと待て。その称号、どこかで聞き覚えが……?) そうやって、記憶の中を調べようとしたその時……校舎の入口の方から4つの人影が、こちらへとゆったりとした足取りで向かってくるのが見える。 殺気はある……だが、身体から常に放たれている「波動」のおかげで強さの度合いの推測ができる。 少なくともあれは、どれも私の敵ではない。だからこそ私も、やや頭の中が混乱しながらも……その接近を余裕を持って待ち構えることができた。 一穂(スケバン): ……来ましたよ、姐さん!あいつらがこの学園のボス四天王です! 田村媛命(スケバン): ……また面妖な称号が出てきた也や。いったい何が四天王と……ななっ?! やってきた4人が何者かを確かめた私は、驚くよりも呆れた気分で口をあんぐりと開く。 全員知っている……どころではない。明らかに彼らは、一穂と同じように雛見沢とゆかりのある連中だった……! 沙都子(コスプレ制服): あらあら……をーっほっほっほっ!これはまた、かわいらしい刺客さんがやってきたものですわねぇ……? 圭一(コスプレ制服): へへっ、たとえ相手が女だろうと俺たちは容赦しねぇぜ……覚悟しなっ! 梨花(コスプレ制服): みー。遊んであげるのですよ、にぱー♪ 悟史(コスプレ制服): え、えっと……みんな、穏便に……ね? 4人のうち3人は好戦的な態度で挑発し、残り1名は止めようとするものの発言力が底辺なのか一顧だにされていない。 いったい何が起きているのか、正直わからない。だが……。 田村媛命(スケバン): ……そこまで申すのであれば、相手してやる哉。ただし手加減はできぬ故、そのことを理解しておくが善きと知り給え……! 一穂(スケバン): 行きましょう、姐さん!この学園の治安を守るため、私も力を貸します! 田村媛命(スケバン): っ……その呼び方は止め給え、カズホ。なんとなく身体がむずがゆいというか、調子が狂ってしまう也や……。 一穂(スケバン): は……はい……? Part 03: 田村媛命(スケバン): ……もう、終わり#p也#sなり#rや?そろそろ身の程を知るが善きと知り給え。 圭一(コスプレ制服): ぐっ……な、なんて力と技だ……! 沙都子(コスプレ制服): 四人がかりでも、鎧袖一触……?私たちとは格が違いすぎましてよ……! 梨花(コスプレ制服): みー……降参なのですよ、きゅー。 悟史(コスプレ制服): ……むぅ。だから僕は、止めた方がいいって言ったんだよ……。 私と一穂の波状攻撃を連続して食らい、ダメージと疲労を負った4人組はあえなくその場に倒れたまま……白いハンカチを振ってみせる。 ……私としては児戯にもならぬ、単純作業。しかし一穂にとってはそうではなかったのか、興奮したように私へと迫っていった。 一穂(スケバン): す、すごいです……さすがは姐さん!『スケバン戦士』最強とのお噂は、嘘ではなかったのですね! 田村媛命(スケバン): ……その呼び方は止める#p哉#sかな#r。聞くたびに力が抜けて、己の存在を消し去りたくなる也や……。 一穂(スケバン): ……そ、そうなんですか?私はすごく、かっこいいと思うんですが。 田村媛命(スケバン): ……正気か?以前からそなたの感性を疑問視していたが、此度改めてそれを確信した哉……。 価値観の違いの間に生まれた穴と溝は、そう簡単に防がれるものではない。 ただ、誰かに迷惑をかけたわけでもないので追求するのは非常にややこしいと感じた私は、それ以上突っ込まないことにした。 一穂(スケバン): さぁ姐さん、一緒に戦いましょう!悲鳴を上げる力もなく救いを求めてる、か弱き人々のためにっ! 田村媛命(スケバン): ……だから、崇高に唱えるその目的に服装があまりにも合致していない也や……! たまらずそう叫んで抗議すると、私の視界が今度は光へと包まれて――。 ……目を開けると、視界に映る世界は、元の鬼樹の杜に戻っていた。 羽入(巫女): あぅあぅ、#p田村媛#sたむらひめ#r命……?どうしたのですか、おーい。 田村媛命: ……っ……?! 羽入(巫女): 何があったのですか?急に黙り込んだと思ったら、呼びかけても全然返事をしてくれなくなって……。 羽入(巫女): あなたの気に障るようなことを言ってしまったのかと思って……すごく心配したのですよ。 田村媛命: ……別に怒ったわけではない也や。ただ少々、面妖な波動を受け取って情報の整理に手間取っただけ哉。 田村媛命: それにしても、まさか「どらま」と同じ妄想が頭の中に浮かんでくるとは……迂闊也や。 羽入(巫女): あぅあぅ、ドラマと同じ……どんな内容だったのですか? 田村媛命: それは、……。 羽入(巫女): えっと……つまり不良の姿をした女子学生が学校に潜入して、悪と戦う……? 羽入(巫女): そしてパートナーとして一穂が、あなたのことを「姐さん」と呼んで慕っていた……。 羽入(巫女): ……田村媛命。それはもしかして、あなたの願望なのですか……?だとしたらドン引きなのです。 田村媛命: 断っっじて違う!吾輩は「御子」のことを、そのように見なしたことは金輪際全くもってなかった也やっ! 羽入(巫女): あぅ……でも、僕はそんなドラマを観たことがないのです。少なくとも#p雛見沢#sひなみざわ#rでは、どのチャンネルでもやっていなかったのですよ。 田村媛命: そんなはずはない哉……!吾輩は確かに、その「どらま」の影響でしばし妄想を見せられた也や! 羽入(巫女): でも、魅音が読んでいたコミックにはそれと似た内容の話があったのです。タイトル名は……あぅあぅ……。 …………。 田村媛命: ……確かに、題名は角の民の長が今申したものと同じ哉。なれど、まだ「どらま」になっていない……? 田村媛命: いや、そんなはずはない也や!確かに吾輩は、映像としてその物語を――、っ? そこではたと、ひとつの可能性に思い至る。 この鬼樹を通じて私は、一穂たち3人が未来にて存在する「私」によってこの「世界」へ送られてきたことを「神」として把握していた。 ただ、それ以上の詮索はあえて行わずにいる。なぜならば、たとえ未来の自分自身に対してでさえ「神」の#p思惑#sおもわく#rに対しての干渉は御法度だからだ。 田村媛命: (だが、先ほど見せられた「妄想」……あれは現在の情報から構築されたものではない。おそらく……未来における、吾輩の記憶也や) 田村媛命: (だとしたら吾輩は、自分でも気づかぬうちに未来からの情報を手に入れているということ哉。そして、それを可能にしたのは……) 田村媛命: (一穂たちを送り出した未来の「神」……つまり、吾輩自身の思惑によるもの。だが、いったい何のために……?) 田村媛命: (不干渉の信念と理をねじ曲げてまで、この「世界」で未来の吾輩は何をさせたいのか……?) 田村媛命: ……よかろう。吾輩が何を考えているのか、突き詰めてみる価値は十分にありそう也や。くっくっくっ……! 羽入(巫女): こ、今度は笑い出した……?なんだか怖いのですよ、あぅあぅあぅ~!