Part 01: 圭一(私服): ……いいのか、千雨ちゃん?言っておくが俺は素人だから、力の加減なんてできねぇぜ。 千雨: 加減なんて必要ない。怪我を負わせるくらいでかかってこられたほうが、こちらも存分にやれるしな。 千雨: それと、変なところを触っただの言ってあとで訴えたりもしないから、安心しろ。……まぁ、触れたらの話だが。 圭一(私服): へっ……そこまで言われたんじゃ、退くわけにもいかねぇよな。 圭一(私服): んじゃいくぜ……おらぁああぁぁぁっっ!! 千雨: ――っ……。 美雪(私服): 前原くん……?おーい、生きてるかーい? 美雪(私服): ……返事がない。ただの屍のようだ。 圭一(私服): いや、生きているって!勝手に殺さないでくれよな、ったく……いてて……! 千雨: おい、無理して起きようとするな。下手に動くと関節だの筋だのを痛めて、かえって怪我に繋がりかねんぞ。 圭一(私服): ぅおっ、マジか……?にしても、文字通りコテンパンにやられちまったな。 千雨: いや、結構粘ったほうだ。武術の心得がないって言ってたわりには、受け身もしっかりできていたしな。 圭一(私服): はぁ……年の差がひとつしか違わねぇやつに褒められても、正直微妙な気分だぜ。 千雨: ふむ……女相手に、って言わなかったのも褒め言葉に付け加えてやるよ。 千雨: うっかりでもそういったことを口にしてたら、もう2度、3度はぶん投げてやったところだ。 圭一(私服): いやいや、この#p雛見沢#sひなみざわ#rで生活していて女性がか弱き存在……だなんて偏見を持つのは、タブーを通り越して現実無視ってやつだぜ。 圭一(私服): なんせ俺の周りの連中は、まともにやり合ってもかなわねぇ強者揃いなんだからよ。 レナ(私服): はぅ、圭一くん……それはさすがに言い過ぎなんじゃないかな、かな。 魅音(私服): 全くだね。乙女に向かって失礼すぎるよ、圭ちゃん。 詩音(私服): ……なんてことを言っていますが、お姉。ガチで圭ちゃんと一騎打ちになった場合、負けると本気で思っていますか? 魅音(私服): いや、全然。ボコボコのギタギタにして、私を敵にしたことの後悔と絶望を遺伝子の記憶情報に焼き付けてやるよ。 圭一(私服): いや魅音、そこまでやるのかお前はっ? 詩音(私服): で、レナさん。もし圭ちゃんが梨花ちゃまや羽入さん、菜央さんを泣かせたりした場合、あなたならどうしますか? レナ(私服): あははは。圭一くんがそんなことをするわけないから、その仮定は無意味だよ~。でも……。 レナ(私服): 億が一、兆が一そんなことがあった時は……とりあえず八つ裂きにしてからお仕置きかな、かな。 圭一(私服): いや、八つ裂きにされてからお仕置きって意味わかんなさすぎて、マジ怖ぇえよ!! 梨花(私服): みー。ちなみになぜ、今の質問の中に沙都子が泣くようなことがあった場合が入っていなかったのですか? 詩音(私服): ……くすくす、決まっているじゃないですか。もしもそんなことがあったらレナさんが動く前に、私が圭ちゃんを拷問の末に処刑するからです♪ 圭一(私服): 可愛く笑いながら一番やべぇことを言っているぞこいつはっ?! 沙都子(私服): をーっほっほっほっ! つまり圭一さんは、私たち女性陣に少しでも暴力を振るおうものならすなわち死が待っているということでしてよ~! 梨花(私服): みー。それだけでなくボクたちも、ねつ造した証拠を揃えてしかるべきところに申し出た上で、涙ながらに訴えるのですよ。 圭一(私服): ねつ造ってどういうことだ、おいっ!……羽入、お前は俺の味方だよな?俺が濡れ衣を着せられても助けてくれるよな?! 羽入(私服): あ、あぅあぅ……僕は暴力なんて振るいませんし、圭一が酷いことをするなんて思っていないのですよ。 羽入(私服): ですが……全員が圭一の敵になるというのなら、僕は断腸の思いで渾身の力を込めて、あなたに石を投げさせてもらうのですよ。 圭一(私服): 苦渋の選択だと言いながら、どうして力だけは思いっきり入っているんだよぉぉ?! 千雨: ……あー、確かにこういう力関係だったら女性蔑視なんて考えは欠片も思いつかんってわけか。前原、お前も苦労してたんだな……。 圭一(私服): う、うぅっ……そんな思いやりの言葉をかけられたのはあんまりねぇから、弱った俺の心にしみこんでくるぜ……。 美雪(私服): ……念のために言っておくけど、前原くん。そういう優しい言葉をかけた子が、キミをついさっき思う存分に叩きのめしたんだよ。 美雪(私服): 満腹で殺気が失せた霊長類最強に、気まぐれで情けをかけられてるだけってことをくれぐれも間違えないようにね。 千雨: ……あおるのは止めろ、美雪。そもそも、最強を名乗るなど冗談でもおこがましい。雛見沢に来てから、それを痛感させられたよ。 レナ(私服): は、はぅ……? どうして千雨ちゃんは、レナの顔をじっと見つめてくるのかな、かな……? 美雪(私服): ……なるほど。自分のことは、自分が一番よくわかってない典型ってやつだね……。 圭一(私服): ……。なぁ、千雨ちゃん。折り入って、頼みがあるんだが。 千雨: ん……? なんだ、改まって。 圭一(私服): この短い間だけでもいいから、千雨ちゃんの知っている武術を教えてもらえないか、ってさ。 千雨: は……? 圭一(私服): もちろん、一朝一夕で覚えられるような簡単なものじゃないとよくわかっている。 圭一(私服): だから、本当に基礎的なものだけで構わない。……頼む、この通りだ。 千雨: …………。 千雨: わかった。その代わり、手加減はしないぞ。 圭一(私服): あぁ、もちろんだ。よろしく頼む……いや、お願いします。 美雪(私服): …………。 Part 02: 千雨: よし……今日の稽古は、このくらいにしておこう。あまり根を詰めてやりすぎると、怪我の元になって本末転倒だからな。 圭一(私服): っ……あ、ありがとう……ございました……。 レナ(私服): はぅ……圭一くん、大丈夫?全身が汗でびっしょりだよ。 圭一(私服): あぁ……すまねぇな、レナ。そこにあるタオル、取ってもらっていいか? レナ(私服): うん、わかった。はい。他に何か、冷たいものでも持ってきた方がいい? 圭一(私服): あぁ……そうだな。正直喉がカラカラだから、あると嬉しいぜ……。 菜央(私服): そう言うと思って、事前に麦茶を沸かして井戸水で冷やしておいたわ。今頃はちょうどいい塩梅になってるはずよ。 圭一(私服): ははっ、そいつはありがてぇ……。頼んでもいいかレナ、菜央ちゃん。 菜央(私服): うん。すぐに持ってくるから、そこで横になって待っててね。 千雨: ……たいしたもんだな。最初の頃はついてくるだけで精一杯だったのに、ある程度組み手の形になってきた。 千雨: お前のことを、正直見誤ってた。決してお世辞じゃなく、見込みがあると思うぞ。 圭一(私服): へっ……超一流って俺が思っている相手にそう言ってもらえると、誇らしい気分になるぜ。 圭一(私服): とはいえ、千雨ちゃんは同じ稽古をやって息ひとつ切らさず汗もかいていないんだから……とても自惚れる気にならねぇけどな。 千雨: ……さすがに汗はかいてるぞ。今日は暑いしな。 千雨: まぁ、なんだかんだで10年以上……小さかった時から鍛練を重ねてきた。その貯金がまだ残ってるだけだ。 圭一(私服): へへ……なるほどな。継続は力なりって、やつか……。 千雨: にしても……前原。お前はどうして、そんなにも強くなりたいんだ? 圭一(私服): ……? 俺は別に、そんなことを考えて練習をしていないぞ。あくまで今度のヒーローショーの見栄えを良くしようと思って、それで……。 千雨: 嘘だな。超一流というのは過大すぎる評価だが、これでもそれなりに稽古をしてきた端くれだ。 千雨: 練習に対する姿勢を見れば、そいつがどうなりたいのかくらいはすぐにわかるんだよ。 圭一(私服): ははっ……さすがだな、千雨ちゃん。まぁ確かに最初は、今度のイベントの役に立てばと思って相談を持ちかけたんだ。けど……。 千雨: けど……なんだ? 圭一(私服): ……千雨ちゃんは、俺が想像していたよりもずっと強ぇやつだったからさ。その秘訣を少しでも盗みたいと思ったんだ。 圭一(私服): 俺にとっては、今後絶対に必要になるスキルだからな……。 千雨: 前原……お前、何かと戦うつもりなのか? 圭一(私服): あぁ。そいつは人じゃねぇし、そもそも俺が相手になるかも怪しいくらいにとんでもねぇ存在だ。 圭一(私服): だけど……決めたんだ。そいつの顔面にこぶしを渾身の力を込めて叩きつけて、痛みはなくても驚きで顔をゆがませてやる、ってな。 千雨: なるほど……奇遇だな。実は私にも、そうしてやりたいやつがいる。 圭一(私服): へへっ、そうなのか?千雨ちゃんがそこまで敵意をぶつける相手だ、よっぽどの腕が立つ野郎なんだろうな。 千雨: ……あいにく野郎じゃなく、女だ。そして強いとか、そういうレベルじゃない。 千雨: ただ……言葉が通じないなら、力で訴えることも時には必要だと思う。平和的にはほど遠い考え方だがな。 圭一(私服): そっか。……願いが叶うことを、祈っているぜ。 千雨: あぁ、お互いにな。 千雨: ……あと、ひとつ教えておく。格闘においては、どれだけ『サキヨミ』ができるかが重要なことだ。 圭一(私服): 『サキヨミ』……ってのは、なんだ? 千雨: わかりやすく言うと、相手の動きを予想することだな。 千雨: 将棋の棋士は、数百手まで先を読む。格闘も同じで、相手の動きを観察して次にどう対処するかを考えるんだ。 圭一(私服): ……千雨ちゃんは、そんなことを考えながら動いていたのか? 千雨: いや、考えるよりも早く一連のパターンで身体が動くように仕込んでる。種類は数えたこともないがな。 千雨: だから、初めのうちは自分の得意なパターンを組み上げておくんだ。そして相手の動きを見て、スキが見えた瞬間にその中へ誘い込む……。 千雨: 1回限りの一撃必殺だが、効果はあると思うぞ。 圭一(私服): な、なるほど……。ちなみに、相手がそのスキを出さなかった時はどうするんだ? 千雨: 出してくるまで、ひたすら耐える。決して相手のペースにあわせず、自分のペースを維持して……流れを引き寄せる。 千雨: 要は、諦めないってことだ。……勝機は必ず、一度は訪れる。どんな相手であってもな。 圭一(私服): ……わかったぜ。っと千雨ちゃん、あともう少しだけ……いいか?忘れないうちに、身体に叩き込んでおきてぇんだ。 千雨: あぁ、わかった。……そら、かかってこい。 圭一(私服): 行くぜぇぇ……おりゃぁあああぁぁっっ!! Part 03: 圭一(キャスト): くそっ……まさか取り囲まれちまうとは、油断したぜ……! 詩音: 『あぁっ……K1、大ピンチ!このまま悪人たちに屈してしまうのか~?!』 子どもA: がんばれー、K1! 負けないでー! 子どもB: あんな怪人たちなんて、まとめて倒しちゃえー! 美雪(私服): 『……なんて言われてるけど、どうする怪人A?いっそ台本に逆らって、袋叩きにしちゃおっか』 千雨: 『そんなことしたら、全部ぶち壊しだろうが。っていうか、ヒーローの殺陣指導だけじゃなく敵の着ぐるみまで私たちがやるとはなぁ……』 菜央: 『はぁ……あたし、ステージの上に立つんだったらプリンセス・レナちゃんの付き人が良かったわ』 なんて感じに私たちは、マイクがないのをいいことにひそひそと不満をぼやき合う。 パレードの合間に行われることになったヒーローショーの主役はもちろん前原が演じて、姫役のレナを救う段取りになっていた……が……。 悪の怪人役を頼む予定だった劇団員へのオファーが、うっかり明日からということに詩音が直前になって気づいてしまい……。 彼女から土下座せんばかりに拝み倒された結果、急遽私たちが怪人役を引き受けることになったのだ。 菜央: 『暑い……動きづらい……。サウナに入ってる時ってこんな感じかも……かも』 美雪(私服): 『だねー……というわけで、千雨。私と菜央はもう立ってるだけで精一杯だから、キミだけが頼りだ。あと、よろしくー』 千雨: 『ふざけるな……!私だって着ぐるみで戦うなんて今回が初めてだし、金輪際やるつもりはないんだぞ?!』 菜央: 『はふぅ……着ぐるみって、こんなにも大変な仕事だったのね……』 菜央: 『あたし、次からショーを見に行く時は怪人さんたちも応援することにするわ……』 美雪(私服): 『んー、それはいい心がけだねー。演者さんたちも励みに感じてくれると思うよ。まぁもっとも……』 子どもA: くたばれ怪人、さっさと負けろー! 子どもB: お前たちなんか嫌いー、べーっだ! 美雪(私服): 『……とりあえず今は、私たちにも愛のご声援があってもいいと思うんだけどな』 千雨: 『あぁ、同感だ。……さて、そろそろ見せ場だ。前原、打ち合わせ通りに頼むぞ』 圭一(キャスト): あぁ、わかった。……けど、大丈夫か千雨ちゃん? 千雨: 『任せておけ。お前こそステップを間違えて躓いたりするなよ?ドジを踏んだらショーが全部台無しになるぞ』 圭一(キャスト): へっ……! ここまでお膳立てしてもらってしくじったりしたら男が廃る……じゃない、ヒーローの名折れだぜ! 千雨: 『……寸前で言い換えたな。まぁいい。行くぞ――!』 詩音: 『おぉっ? ここでK1が反撃だ!負けるなK1、会場のみんなも応援してー!』 子どもA: いけー、K1! 子どもB: 頑張れー!! 圭一(キャスト): ……ありがとな、みんな!この声援を力に変えて……喰らいやがれぇぇ!! 千雨: 『……ごはぁぁあぁっ?!』 詩音: 『決まったー、必殺K1パンチ!悪人たちが一斉にダウンだー!!』 圭一(キャスト): どうだ……どんなやつが相手だろうと、正義は勝つ! 美雪(私服): はぁ……なんとか無事に終わったね。大丈夫、千雨? かなりきつめに前原くんのパンチをもらってたみたいだけど。 千雨: あぁ……問題ない。思ってたよりも衝撃があって防ぎきれなくて、受け身を取り損ねそうになったがな。 …………。 千雨: ……やっぱりたいしたもんだよ、前原。お前も願いが叶うこと……祈ってるぞ。