Part 01: 沙都子(高校生夏服): 梨花~! せっかくの夏休みですし、外出許可を取って海水浴に行きましょうですわ~! 期末テストの結果が戻ってきて、それなりの成績にほっと安堵していた私のもとへやってきた沙都子は開口一番、そんな提案を持ちかけてきた。 それを聞いた私は、二重の意味で嬉しかった。言葉の通り、沙都子から旅行に誘われて夏の楽しみがひとつ増えたということもあったけど……。 それ以上に歓喜を覚えたのは彼女の今回の成績が夏の補習を回避しただけでなく、外出ができるほど良いものであったという証でもあったからだ。 梨花(高校生): (素直に点数が良かったって言えばいいのに……変なところで気を遣うんだから) あえて直接的な言い方を避けて喜びを表してみせる沙都子に、私は内心で苦笑の思いを抱く。 以前とは異なり、沙都子の成績は飛躍的に向上した。教科によっては私のそれを上回ることもあるくらいだ。 ただ、テストの点数をおおっぴらに公言するのは周囲への自慢のように聞こえるかもしれない……と、最近は私と2人きりの時だけと決めているのだという。 梨花(高校生): (努力した結果なんだから、それくらいは堂々と誇ってみせてもいいのに……なんだか苦労人みたいな念の入りようよね) いずれにしても、沙都子の気持ちにそれだけの余裕ができたのだという事実は私としても大歓迎だったので、あえてそれ以上のことは突っ込まない。 そしてもちろん、それに対する私の答えはたったひとつしか存在しなかった――のだが……。 梨花(高校生水着): ……なんて、沙都子から誘われたはずなのにどうして私はここにひとりでいるのかしら。 目の前に広がる海を見つめながら、私は何度目かわからないため息をつく。 大勢のお客でごった返す海水浴場に、水着の女がひとりでぽつん状態……あの子を責める気は全くないが、さすがに愚痴のひとつくらいはこぼしたくなった。 ……出発の前日。沙都子は一部の教師たちから急な呼び出しを受け、学園寮の設備点検について資料の提出と会議への参加を要請された。 夏休み期間のため、本来であれば理由をつけて教師たちに処理を任せることもできたはずだが……事情を汲んで、彼女は受諾することにしたのだ。 沙都子(高校生夏服): 『もし、水道やら電気やらに不具合があれば休みを終えて寮に戻ってきた皆さんがお困りになってしまいますし……致し方ありませんわ』 沙都子はそう苦笑して、肩をすくめていたが……一部の教師たちの「裏」の意図は明らかだった。 梨花(高校生水着): (おそらくあの人たちは、生徒会に無理な仕事をさせた上であら探しをしようとしているのだろう……) その証拠に、前会長が一線を退いてから古株教師たちの生徒会に対する風当たりが強くなった。やたらと報告書を求めて、作業量も倍増した。 そして、それらを怠れば生徒会がやるべき仕事を放棄していると見なして……自治権をこのまま認めてもいいのか、と疑義を提案する算段に違いない。 悪辣と言えば、確かにその通りだろう。……ただ、生徒たちを厳しく管理するこの学園においてこれまでが「特殊」すぎたというのも、また事実だった。 梨花(高校生水着): (自由には相応の責任と義務が伴う……か。あの会長も、ずいぶんと面倒な置き土産を残していってくれたものね) そんなわけで、彼女から生徒会の業務と責任を引き継いだ私たちは……自由を守るために様々な制約や面倒を担うという矛盾を課せられている。 特に、大変な立場に立たされたのは沙都子だった。彼女は良くも悪くも、前会長が引退した現在では学生たちの象徴的な存在となっていたので……。 反動的な人たちから見れば、格好の攻撃対象。いわばアキレス腱としてつけ狙われることが自然と多くなっていた。 梨花(高校生水着): (本当に、あの子はよく頑張っていると思うわ。成績を維持した上で、生徒会の仕事もきっちりとこなさなければいけないのに……) とはいえ、打ち合わせやら資料の提出やらでへとへとに疲れた様子で寮に戻ってくる彼女を見ていると……さすがにこっちまで辛くなる。 実際、ほんの数日前……ベッドに制服姿のまま突っ伏していた沙都子を見かねて、私はたまらず言ってしまった。 梨花(高校生): 『沙都子……もういいのよ?たとえ生徒会から自治権がなくなったって、それは元通りになっただけなんだから』 梨花(高校生): 『それより私は、沙都子のことが心配だわ。他の子たちのことを気遣ってあげられるのはあなたのいいところだけど……でもっ……』 ……同じ生徒会の一員として、決して告げるべきではない言葉だと理解している。無責任だと誹られるのも、承知の上での発言だ。 それでも私にとっては、沙都子が第一だった。彼女を傷つけてまで守るべき矜持や覚悟など、塵芥程度の価値でしかなかった。 沙都子(高校生夏服): 『梨花、……』 だけど、沙都子は疲れ切った表情ながらも眼光には力を宿して……ゆっくりと笑顔で、首を振っていった。 沙都子(高校生夏服): 『会長さんは、人をよく見ているお方でしたわ。ですからきっと、私であればやり遂げられると見込んでくれたんだと思いますの』 沙都子(高校生夏服): 『それに、会長さんは途方もない変人でしたけど……少なくとも私はあの人のおかげで、この学園に残っている。そして梨花と、こうして仲良く話ができている……』 沙都子(高校生夏服): 『そのご信頼に応えてこそ、会長さんにご恩返しができるというもの……だから私は、頑張るのですわ』 梨花(高校生): 『沙都子……』 その時、私は……思った。いや、思い出した。 北条沙都子とは、想像もできないほど頑固で信念が強くて……そして心優しい女の子だということを……。 梨花(高校生水着): ……。あれが、沙都子の本来の姿なんでしょうね。 嬉しさと少しの嫉妬、そして憧憬を胸に抱きながら……あの時見た沙都子の素敵な笑顔を、頭に思い浮かべる。 どんな困難が目の前に立ち塞がろうとも、しぶとく乗り越えていく……不屈の強い心。そして、生気に満ちた行動力。 もしかすると、会長はあの子のそんな潜在能力を見いだしたからこそ、目をかけていたのだろうか。そして、信じていた……。 梨花(高校生水着): ……私は、どうだったのかしら。 これまでを振り返って、私は沙都子のことを本当の意味で信じてあげられていたのか……少し、自信がなくなる。 あの子のことは、ずっと守りたいと思っていた。……いや、私が守らなければいけないと信じて心に決め、覚悟もしていたつもりだった。 その一方で、私は沙都子が強くなることを信じて期待していたのかと問われると……答えが出せない。ひょっとすると、望んでさえいなかった……? 梨花(高校生水着): ……っ……。 恐ろしい考えがふと自分の頭の中に浮かんできて、夏の暑さの中にもかかわらずうそ寒さを覚えてしまう。 もし……もしもだ。沙都子が力を得て強くなり、あえて守る必要もない存在にまで成長したら……私はどうすればいいのだろう。 そして、いつの日か何かの目標を得て今の環境を離れていこうとした時……私は心から彼女のことを祝福して、応援できるだろうか……? 梨花(高校生水着): ……やめましょう。考えたところで、詮のないことだわ。 私は大きく深呼吸して、おかしな方向へと傾きかけた思考を止める。 そして、気分を変えようと思って海原へと視線を向けると……。 梨花(高校生水着): ……? あれは……。 少し離れた砂浜から海辺にかけて、何やら奇妙な建物のようなものが浮かんでいるのが視界に入ってきた――。 Part 02: 梨花(高校生水着): これって、水上アスレチック遊具……よね。なんでこんなものが、こんなところに……? 見覚えのあるアトラクション設備に、私は思わず近づいてその全容を確かめる。 水の上に浮く、空気マットなどを用いたフロート。滑り台や坂……その他にも飛んだり登ったり、つかまったりする器具がたくさん設けられていた。 梨花(高校生水着): ……懐かしいわね。魅音の海の家でバイトをした時に見かけたのと同じものかしら? 確か、一般参加で私たちの仲間の何人かが飛び入りで挑戦したものの、実に惜しいところで賞金獲得を逃した……のだったと思う。 あの時は、念願の海水浴場に来たということでつい浮かれて……ゲームに参加したあの子たちに、とんでもない無茶振りをしてしまった。 梨花(高校生水着): 沙都子たちと旅行したいから絶対に賞金を取ってきてくれ……なんて、ずいぶん無理な相談をしたものね。 おかげで、惜しくも最後で失敗した※※にはものすごく真剣な顔で謝られた。一緒にいた※※など、ぼろぼろと涙を流していた。 私としてはあわよくば叶うといいな、と最初から身のほどを越えたお願いのつもりだったので、あんなに謝られてむしろ戸惑ってしまった……。 梨花(高校生水着): 私たちのために、必死で頑張ってくれた……それだけで十分だったんだけどね。 ただ、そんな想いを彼女たちから受け取ることができたおかげで、その夜も、次の日もずっと……本当に楽しくて、幸せな時間を送ることができた。 あの時のことは、今もなお鮮明に覚えている。特に、私に慰められながらも謝り続けていたあの子の泣き顔は……ずっと……。 梨花(高校生水着): ……。えっ……? 懐かしさに口元がほころびかけた、その時。ふいにこみ上げてきた小さな違和感が……急に勢いを増し、私の思考を支配していく。 ……「あの子」とは、誰だったのだろうか。レナではない、魅音でもない。詩音や羽入、まして沙都子とも……違う。 だとすると、圭一か……?いや、あのバイト兼海水浴の旅行に同行した男性は詩音の付き人の葛西だけだ。 確かにあれは、両方とも女の子だった。だけど、その名前がどうしても……思い出せない。顔もおぼろげで……ぼんやりと霞んで……。 AD: どうぞ、ご覧くださーい!ただいまこちらでは、新番組に出演してもらう一般の参加者さんを募集中でーす! そこへ、おそらくTV番組のADさんだろうか若い男の人が周囲へと呼びかける声を聞いた私は……思わず息をのんではっ、と我に返る。 今の台詞……そしてこの感じには、覚えがある。確かあの時も、こうやって一般の飛び入り参加を募っていたはずだ。 でも、新番組……?このアトラクション企画は、私の地元近くの海水浴場で以前収録が行われていたものと違う番組なのか……? 梨花(高校生水着): っ……あ、あの……すみません。 たまらず私は、プラカードを掲げているそのADさんのもとへと駆け寄る。そして、愛想良く笑顔を向けてくれた彼に疑問をぶつけていった。 梨花(高校生水着): この、海上アスレチック遊具を使った収録って……今回が初めてになるんですか? AD: はい、そうですよー! 記念すべき第一回目なので、一般の方々にも賞金と参加賞を出させてもらいます!見事クリアしたペアには、なんと100万円! 梨花(高校生水着): ……っ……。 やっぱりそうだ。賞金まで……全く同じ額。そしてよくよく見てみると、遊具の構造まで私の記憶の通り……のようにも感じられる。 だけど……これは、どういうことだ?まだ小学生だった頃に行われたゲーム番組が、どうして今になって……しかも、新番組で? わけがわからず私は、困惑のまま頭を抱え……砂の上でふらふらと後じさる。 ただの偶然の一致……そういうことも、あるかもしれない。でも、そうじゃなかったら……? 沙都子(高校生夏服): 梨花……梨花? 梨花(高校生水着): えっ……?! と、その時。背後から呼びかけてくる声にようやく意識が向いて、私はぞっとした寒気を覚えたまま勢いよく振り返る。 すると、そこにいたのは……驚いた表情で目を丸くした、沙都子だった。 Part 03: 沙都子(高校生夏服): いったいどうしましたの、梨花……?こんなに暑いのに、顔が青ざめておりましてよ。 梨花(高校生水着): さ、沙都子……どうして、ここに? 沙都子(高校生夏服): どうして、とはご挨拶ですわね……。梨花をひとりで待たせておくのは悪いと思って、急いでここに駆けつけて参りましたのよ。 そう言って沙都子は、心外だとばかりに少し口をとがらせながら腰に手を当てる。 確かに彼女の顔はやや上気して、前髪は汗ではりついている。駅からここまで、一息に走ってきたのかもしれない。 梨花(高校生水着): 急いで……って、仕事は? 沙都子(高校生夏服): もちろん、全て片付けてやりましたわ。まぁ、実にいいタイミングで会長さんに手伝っていただけたおかげですけど。 梨花(高校生水着): 会長……って、前会長が……? 沙都子(高校生夏服): えぇ。お礼にお土産を買っていきませんとね。とはいえ、この海水浴場の売店で名産品など取り扱っていましたかしら……? 梨花(高校生水着): ……会長、よく残っていたわね。確か終業式に会った時は、海外へ行くって大きなトランクを抱えていたはずなのに。 沙都子(高校生夏服): なんでも、虫の知らせがあったそうですわ。本当にあの方は地獄耳というか、千里眼というか……底が知れないところがありますわね。 梨花(高校生水着): …………。 苦笑しながらもあの人への憧憬を含んだその笑顔に、私は胸の内にちくり……と痛みを覚える。 ……わかっている。沙都子の台詞に複雑な思いを抱いてしまうのは、私の劣等感にも似た気持ちがそう感じさせているのだろう、と。 ただ……それでも私は、やっぱり沙都子が……。 梨花(高校生水着): ……ごめんなさい、沙都子。やっぱり、私も残ったほうがよかったわね。 沙都子(高校生夏服): はぁ……私がこの経過を話せば、きっと梨花はそう言うと思いましたわ。 沙都子(高校生夏服): ですが、あの資料は分担で片付くものではありませんでしたし、会議の出席も私だけ。2人いたところで、効率は変わりませんわ。 沙都子(高校生夏服): 会長さんに手伝っていただいたのは、一部の教師陣に対抗するための根回しのみですわ。……どんな手段だったのかは秘密ですけどね。 梨花(高校生水着): …………。 沙都子(高校生夏服): それに、勘違いしないでくださいまし。私は、梨花がここで待ってくれているからこそ……最後まで頑張ることができましたのよ。 梨花(高校生水着): っ、どういうこと……? 沙都子(高校生夏服): これさえ片付けば、梨花と一緒に海水浴を楽しむことができる……そう考えただけで、いつも以上にパワーが湧いてきましたわ。 沙都子(高校生夏服): テストの時も、同じ。私がいい点を取れば、梨花が他の誰にも見せないくらいの笑顔で喜んでくれる……。 沙都子(高校生夏服): 私にとっては、何よりのニンジン効果……あ、いえ。ニンジンは正直に言うと今でもまだ苦手でしたわ。言い換えましてよ。 沙都子(高校生夏服): ニンジンでなかったとしたら……ケーキ?ですが、ケーキにもたくさんの種類がありますわね。チョコレートにクリーム、フルーツ、あとは……。 梨花(高校生水着): ……くすっ。 腕組みして、真剣に悩み始める沙都子の様子がおかしくて可愛くて、思わず吹き出してしまう。 沙都子は変わった……けど、変わらない。今もなお私のことを慕って一番に考えてくれる、最高の幼なじみで大切な友人だった。 沙都子(高校生夏服): あぁっ? 梨花、見てくださいまし!以前見た海上アスレチックが、ここでも設置されておりましてよ! 梨花(高校生水着): あ、沙都子……あれは……。 沙都子(高校生夏服): ここで会ったが百年目……いえ、5年目くらい!あの時に参加できず煮え湯を飲んだリベンジを、ここで果たす時ですわ~!! そう言って沙都子は、エントリーの受付係がいる大きな看板のところに向かって駆けていく。 なるほど……違和感を抱いてついあれこれと考えてしまった私と違って、沙都子は真っ先にそう思ったというわけか。 あのポジティブさは、私も見習うべき……いや、そんなに難しく考えるのではなく、まず私はあの子の背中を追いかけよう。 そうすればきっと、私も自然と前に進んでいられるような気がする……たぶん。 そんな思いとともに、私もまた海上アスレチックの参加に思いを馳せて沙都子と頑張ろうと意気込むのだった。 …………。 なんて感じに楽しんで、騒ぎ合いながら……私たちは久しぶりの海を満喫した。 そして……その日の夜。私は夢を見た。あの海上アスレチックを楽しんだ、昼の記憶だ。 ただひとつ違っていたのは……一緒に進む沙都子が今の年齢のそれではなく、小学校時代の姿をしていたことだった。 沙都子(水着): 頑張ってくださいまし、梨花……!そこをクリアすれば、ゴールでしてよ! 梨花(高校生水着): え、えぇ……わかっている、わっ……? 沙都子の声援に後押しされて、私は浮き石状態になったフロートを乗り越えていく。 別に落ちてもいいが、大きなタイムロスになる。そう思って慎重に、バランスを保とうとして……。 梨花(高校生水着): ……っ……? ふいにフロートが波に揺られて、ぐらり、と身体が傾きかけたが……その不安定さは、すぐに収まる。 そして振り返ると、水の中に入った沙都子が私の乗ったフロートを押さえて、しっかりと落ちないように支えてくれているのが見えた。 沙都子(水着): 大丈夫ですわ、梨花……!何があっても私が守ってみせますので、安心して進んでくださいまし! 梨花(高校生水着): ……ありがとう、沙都子!それじゃ、どんどん行くわね……! 頼もしい親友の支えに心強さを感じながら、私はまた一歩、もう一歩と突き進んでいく。 ……そうだ。これからも沙都子と一緒にお互いを支えて、支えられながら……前に進もう。 あの子となら、大丈夫。きっと何でも、どんな困難だって越えられるはずだ。 いつでも、いつまでも、ずっと……私は……。