Part 01: ……朧にも似たまどろみの中から意識を覚醒させて、私は自らの存在を当該の「世界」において顕現する。 田村媛命: …………。 田村媛命: む……少しばかり眠ってしまった#p也#sなり#rや。 そうひとりごちてから私は、大樹を中心にした周囲に目を向けて様相を眺め見る。 季節は春。桜と思しき花の香りがまだ残っていることから察するに、おそらく暦では4月の半ばといったところだろう。 田村媛命: ふむ……吾輩の目論見では、もう少し眠っていたつもりであったが。……とまれ、これはこれで良き#p哉#sかな#r。 これまでに幾星霜の時が流れ、過ぎていったが……自然の四季の中に現身を置くのは常に心地が良い。 生命の躍動する夏に、実り多き豊穣の秋。静けさの中で活を溜め込む冬、そして――。 田村媛命: 新しきものが所々にて芽生え、育まれる春……誠にもって清々しい也や……。 羽入(私服): ……め、……らひめー……! 田村媛命: こうして耳を澄ませていると、あたたかくざわめく木々の葉風の音が鳥の歌声に混じって、実に……。 羽入(私服): たーむらっ、ひめー!いたら返事をしてくださーい、なのですー! 田村媛命: えぇぇいいっ、騒々しい哉ッッ!! 徹底して無視してやろうと思っていたのだが、あまりにも静けさを打ち破るような大きな声にたまらず私は反応してしまう。 誰か、などと確かめる必要もなかった。この辺鄙な、四方に張り巡らした「結界」によって不可侵であるはずの場所に立ち入るやつといえば……! 羽入(私服): あっ……やっぱりいたのです、#p田村媛#sたむらひめ#r命。ご機嫌いかがですか、あぅあぅ♪ 田村媛命: たった今、甚だ悪くなった也や……! よりにもよってなんでこの時期にこのヤロウが図々しく顔を出してくるのか、と喉元まで出かけた罵声をなんとか飲み込む。 あぁ、春の陽気を満喫しようとしていた気分が台無しだ。同じ神の立場でなければ祟ってやりたいと本気で思う。 田村媛命: (っ……とはいえ、私が支配するこの「領域」にわざわざ力を用いてまで訪れたというのには、なにかやんごとなき理由があるかもしれぬ哉……) そう思い直して私は、わきあがりかけた憤怒をなんとか抑えて息を整え、神としての矜持を取り戻した上で角の民の長に向き直った。 田村媛命: ……して、此度はいったい何用哉。またおかしな異邦者か、異物でも現れた也や? 羽入(私服): あぅあぅ、ちょっと遊びに来ただけなのですよ。 田村媛命: ――帰れッッ!! せっかくだから真面目に対応してやろうと、仏心を出した私が阿呆だった……!身を翻して、「世界」移動の準備に入る。 羽入(私服): あぁっ?ちょ、ちょっと待ってくださいなのです!まだ話は終わっていないのですよーっ? 田村媛命: 聞く耳持たぬ哉! さっさと去ね!気安く遊びに来たー、などと神の身である尊き吾輩のことをなんと心得る也やっ! 羽入(私服): じょ、冗談なのです~!あなたもそろそろ神様ジョークを理解しないと、最先端の波に乗り遅れてしまうのですよ~っ? 田村媛命: そんな波に乗るつもりなど毛頭ない!だったら貴様は流されてしまえ、地平の彼方まで!! そう言って私は、裾にすがりついてくる不届き者を振り払ってやらんと歩みを早める。 しかし、角の民の長はあぅあぅと泣きながらもまるでスッポンのようにしつこく引き止めんと必死にしがみつき、その手を離そうとしなかった。 田村媛命: (えぇい、鬱陶しい……!ここ最近少しだけ優しく対応してやったら、すっかり気を許してつけあがりおって!) 田村媛命: っ……わかった、わかった哉!話だけは聞いてやる故、いい加減離す也や……! ついに私は根負けして足を止め、荒く乱れた息を整えつつ角の民の長に向き直る。 すると彼女は、あっという間に憎々しい笑顔へと表情を変え……実に厚かましく身を乗り出すと、私の手を取っていった。 羽入(私服): あなたに、お願いがあるのです。ぜひ、協力してもらいたいのですよ……! 田村媛命: また、吾輩に頼み哉……?角の民の長よ、そなたには同じ神としての自尊心や矜持はない也や? 羽入(私服): あったような気もしますが、できないことを無理にやってみてもできるわけがないので……できる相手に頼むのが一番だと考えたのですよ。 田村媛命: ……左様哉。 もっともらしい言い分のように聞こえて結局のところ私に頼るだけではないか、と私は頭を抱えたくなってしまう。 こいつ……私にとって宿敵であり、仇敵だったよな?なんでこんなやつをこれまでずっと警戒してきたのかと、むしろ自分の過大評価ぶりが情けなく思えてきた。 田村媛命: で……角の民の長。吾輩にどんな頼み事を持ってきた哉? 羽入(私服): はい。実は……。 Part 02: 田村媛命: ……天気、とな? 羽入(私服): そうなのです。天気予報によると、例の相談をした演劇発表会は雨とのことでしたので……。 羽入(私服): できればあなたの力で、その日を晴れにしてもらいたいのですよー。 田村媛命: いや、角の民の長……そなたはひょっとして、吾輩がどういう神なのか存じておらぬ#p哉#sかな#r? 田村媛命: 吾輩は、この地において自然における豊穣を願い、祈りを捧げる神#p也#sなり#rや。故に、天候を左右する術などは有しておらぬ哉。 羽入(私服): あぅあぅ……つまり、力がないと……? 田村媛命: ……その申し方は止める也や。まるで吾輩が神の力がないと謗られているようで、甚だ不本意かつ腹が立つ哉。 羽入(私服): ……そうなのですか。農作物の豊穣を司るあなたであれば、もしやと考えたのですが……。 田村媛命: 況してや……演劇であれば、屋内でやるもの也や。何故晴天を望む哉? 羽入(私服): 天気が崩れると、見に来るお客の数が極端に減ってしまうのです。雨になると、外出するのが億劫になって……。 羽入(私服): ですがみんな、たくさんの人に観てもらいたくて頑張っているので……せめてこういう時くらいは協力したいと思ったのですよ。 そう言って角の民の長は、露骨にがっかりした様子で肩を落とす。 ……なんだか、非常に居心地が悪い。私が悪いわけではないどころか無関係だというのに、まるで期待を裏切ってしまったみたいではないか。 というか、なんで私にそこまで期待する?神様が万能でないことは、自身がこれまでのことで痛いほどわかっているはずであろうに……。 田村媛命: あー、その……角の民の長よ。 ……とはいえ、ただ突き放すだけでは神としての沽券にも関わる。そう思って私は、彼女に持ちかけていった。 田村媛命: 鬼ヶ淵の地には、かつて数多くの神が宿を構えて住んでいた也や。……そのことはそなたも、まだ覚えている哉? 羽入(私服): あぅあぅ……はいなのです。でも、それがどうかしましたか? 田村媛命: 宿があったということは、即ち彼らと交信する術が残っている可能性がある也や。……吾輩の言うこと、これで理解できた哉? 羽入(私服): ? えっと、ごめんなさいなのです……。 察しの悪いやつだ。……答えをそのまま出しては、また私が助けるかたちになってしまうではないか。 田村媛命: (神として花を持たせてやろうというのに……って、なんで吾輩がそこまで気を遣う必要がある也やっ?) 放っておけないという慈愛的な思考に加えて、彼女の神としての立場を慮って僭越を避けようとした今の自分の呟きに、我ながら驚きを隠せない。 どうも昨今、#p雛見沢#sひなみざわ#rでの騒動に関してこの角の民の長と交流する機会が増えて以来……私たちの間で何かが狂ってしまっている。 ただ、そんな動揺と困惑を見抜かれるわけにもいかず私は平静を装うと、さらに言葉を繋いでいった。 田村媛命: つまり、この地では他所にて祈りを捧げるよりもかつての住まいであったところを媒介とすることで、神への申し出が強く届くかもしれぬということ哉。 田村媛命: だとすれば、あとは想いの強さ次第……その実現のため、長自らによって動くが肝要也や。よくよく理解するが善きと知り給え。 羽入(私服): あっ……な、なるほどなのです!つまりてるてる坊主を吊るして全員で願うよう提案すれば、その思いが天気の神様に通じるかもしれないのですねっ? 田村媛命: てるてる坊主ごときが媒介として善きかは知らぬが……そういう理解でも問題はない哉。疾く疾く進める也や。 羽入(私服): ありがとうなのですよ、#p田村媛#sたむらひめ#r命ー!さすが神格を保ち得ているだけのことはあるのです! 羽入(私服): この御礼は必ず、終わった時にさせてもらうのですよ~! そう言って角の民の長は、満面の笑みを浮かべて童女のように飛び跳ねながら去っていった。 田村媛命: ……やれやれ、やっと帰った哉。ようやく騒々しさの源が消えて、清々した也や……。 そう言って私は、力の源である鬼樹に背を預けて大きくため息をつく。 ふと見上げると、確かに差し込む陽の光が弱い。吹き抜けてくる風からも若干湿り気を覚えるので、おそらく雨の到来が近いのだろう。 田村媛命: 人の子たちの一瞬のために、神の御計らいにて定められた理を変える……か……。ずいぶんと俗世にまみれたもの哉、角の民の長よ。 自分でも憎まれ口だということを重々理解した上で、私は苦笑とともに抱いた思いを言葉にして吐き出す。 至高の存在より、神である者が与えられた使命……それは、地上における万物の推移を公平かつ平等に「見守る」ことだった。 力があるゆえ、私たちの介入により多大な変化が生じる。それは地上において善き結果だけでなく、反対の事象も起こし得る諸刃の剣だ。 全ての者にとって善き影響を及ぼすことができれば、確かに万々歳ではあるのだが……そんな奇跡などは滅多に存在しないし、少なくとも私は見たことがない。 つまり、どれだけ多くの者……大多数の者が幸せを享受したとしても、ごく少数の不幸人は生まれてしまう。 なればこそ、神は「見守る」立場であることを望まれる。それこそが公平かつ平等を保ち得るもっとも確実で絶対の手段だからだ……。 田村媛命: されど、角の民の長……そなたは神にして神にあらず、律を外れた存在也や。ゆえに自由であり、人にも介入する……。 田村媛命: 本来であれば、吾輩が力ずくでもその過ちを止めて神の座に引き戻すが必定であり、正しき裁き哉。事実吾輩は、かつてその使命に基づいて動き、そして……。 苦い思いとともに……私は、「記憶」を思い起こす。 いや……その「記憶」は、元々は私の中に存在しない「はず」のものだった。 ……だと言うのに、角の民の長から奇妙な「物語」を聞かされて以降、己の中にて泡のように浮かびあがってきたのだ。 思い出したと言うにはあまりにも唐突で、それでも鮮明に映像となって現れたこの「記憶」らしきものに名前を付けるとしたら……。 歪な可能性……有るはずのない「妄想」といったものだろうか――。 Part 03: 黒衣の女: あーっはっはっはっはっはっ!!どうした……どうした、#p田村媛#sたむらひめ#r命っ! 黒衣の女: この程度の力で、我を倒せると思ったかっ?はっ……笑止! 貴様ら神の座におわす存在はそのように増上慢だからこそ見誤るのだッッ!! 田村媛命(闇ドレス): ぐっ……ぅ……!! 嵐のような黒い刃の猛攻に、私は障壁を張りながら上下左右に飛び退り、かろうじて直撃をかわし続ける。 それでも、紙一重で回避というわけにはいかず手足、肩には無数の切り傷が刻み込まれて……障壁となる波動もそろそろ、限界を迎えようとしていた。 田村媛命(闇ドレス): っ……いい加減、自らの存在を受け入れる#p哉#sかな#r!これ以上の悪あがきはそなたにとっても無益でなく、有害として残ることに成り果てる#p也#sなり#rや! 黒衣の女: 黙れッ! それがどうしたというのだ! 黒衣の女: 無益? 有害っ? 何が悪い?!悪が悪として生きるのは、当然のことではないか!! 田村媛命(闇ドレス): なっ……※※……?! 黒衣の女: 己が神となるため……自らの一部を悪として切り離したのが、我……っ? 黒衣の女: そのような増上慢、そして身勝手がどうして神であれば許されるっ?なんで悪のみが、無用と切り捨てられるのだ?! 黒衣の女: 光あれば陰が生まれるように、善と悪は本来より表裏一体のものではないか!切り離すことなど、理からの逸脱だ! 黒衣の女: そのような歪かつ矛盾な行為だからこそ、此度の混乱と崩壊を招いたのだ! 黒衣の女: 故に人を滅ぼすは、神の落ち度によるもの!その咎と罪を受け入れ、自ら地に落ちて命を落とした者どもに詫びるがいいッッ!! 田村媛命(闇ドレス): ……そなたの気持ち、わからなくもない哉。されど、その鬱憤と理不尽を弱者にぶつけたところで、残るものは空虚のみと知り給え。 田村媛命(闇ドレス): いや……※※よ。実はそなたも、理解している哉?その上で憎しみにすがり、自らの存在を保とうと――。 黒衣の女: 黙れといったのが、聞こえないかああァァァッッ!! 田村媛命(闇ドレス): ぐっ……ぅぅああぁああぁっっ?! 叫びとともに、黒き衣の「彼女」の放った衝撃波が真正面に迫り……防ぐこともかわすこともできず、私の身体は砕け散った障壁とともに闇の業火へと包まれる。 …………。 やはり……共に歩むことはできないのか……?神であることを奪われてもなお、神であることに固執しようとする彼女には……もはや……っ! 黒衣の女: っ……見たか、自称神なる存在よ!この地において、我の力は絶対……そして、至高!何人として敵うはずなどありはせぬ! 黒衣の女: この上は、我がこの地の神となりて愚かで惰弱な虫けらどもを支配してやる……!くっくっくっ……あーっははははははっっ!! …………。 田村媛命(闇ドレス): ……もはや、是非も無し……哉。 黒衣の女: なっ……?! 田村媛命(闇ドレス): この手だけは、吾輩……いや、私も使いたくはなかったのだが……やむを得ぬッ! 黒衣の女: きっ……貴様は、なぜ……まだ生きているっ? 田村媛命(闇ドレス): 大地にて眠りにつき、来るべき時までその傷を癒やさんとする私の現身のひとつよ……。 田村媛命(闇ドレス): 今こそ蘇り、目覚めて……私の剣そして盾となりて、顕現せよッッ!!! 黒衣の女: なっ……そ、それは……竜……?! 黒衣の女: バカな、あり得ない!!この地にそんな怪物が存在していたなど、「あやつ」は言っていなかった!! 田村媛命(闇ドレス): ……っ……! その一言で、私は全てを「理解」する。 ……やはり、ここでもか。この世界の理、そして構造を破壊せんと企む「黒幕」が、彼女を唆して……ッ!! 田村媛命(闇ドレス): あり得ないと申せど、これが唯一で絶対の現実。そして――。 田村媛命(闇ドレス): そなたの永遠の眠りも……また、絶対だッッ!! 黒衣の女: ぎゃ……ぎゃああぁあぁぁああぁっっっ!! 黒衣の女: 消えぬ……我は、絶対に滅びぬ……!いずれまた、貴様らの監視の目が緩んだ隙にこの世へと舞い戻ってみせる……! 黒衣の女: その時まで、せいぜい己の力に自惚れて神として増上の蜜に浸っているがいい……!あははははは、あーっはははははははっっ!! 田村媛命: …………。 目を閉じると……業火に包まれて消し炭と成り果てながらも、最期まで嗤い続けていた彼女の顔が今もなお浮かんでくる。 記憶の中では、私が神の力を限界まで解放したのはあの時だけだ。……ゆえに願わくば、悪夢の続きが存在しないで欲しいと心から願っている。 いや、それ以上に角の民の長が創作の話として受け止めているあの「物語」は……。 私としても全てが虚構の存在であり、最初から存在し得ないものである……と思いたかった。 田村媛命: 角の民の長……そなたはおそらく、知らぬまま哉。あの「世界」が、ほんのわずかにでも事実として存在する可能性があったかもしれぬなど……。 田村媛命: なれど、それが最良也や。記録には存在しない「世界」……記憶を有しているのは、神の立場でも、もはや私しか存在しないゆえに。 しかし、私の中で記憶が存在し続ける以上存在は完璧に否定できず……あの悪夢は、私の中にいまだ「可能性」として残り続けている。 それを思うと、辛く……身を引き裂かれる思いだった。 田村媛命: いっそ神格を捨てて、人の世に堕ちれば……かような辛き思いも忘れられるかも知れぬ哉。されど、吾輩は……。 羽入(私服): 田村媛命~! そんな私の思考をまたしても打ち破るように、遠くから声が聞こえてくる。 駆けてくる彼女の表情は、やはり忌々しいまでに明るくて……そして心安らぐほどの笑顔に満ちていた。 羽入(私服): あぅあぅ、ありがとうなのです!あなたの助言のおかげで、行われる本番は晴れになりそうなのですよ~! 田村媛命: ……それは重畳也や。なれば角の民の長よ、精々励むが善きと知り給え。 羽入(私服): はいなのです!終わったら必ず、ここへお礼に来るのですよ~!