Prologue: 平成5年、某日夕方―― #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 待ち合わせの場所は、ここで合っている……のかな……? 置かれた箱に切符を入れ、誰もいない改札を通り抜けた私は駅舎の外へと出る。 何も悪いことはしていないのに、切符を確認するやり取りがないと違和感がものすごい。……せめて、自動改札機があればいいのに。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: といっても、ここで降りたのは私だけだもんね……。 乗ってきた各駅停車の列車内には他にもちらほらと乗客が座っていたけど、誰ひとり反応する気配さえなかった。 普段は意識されない、寂れた停車駅なんだろう。メンテナンスのことを考えると、今のままでもさほど支障はないのかもしれない。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ……っ……。 こみ上げてくる不安が息苦しさに変わって、私は思わず胸元をきゅっと握りしめる。 ……見知らぬ場所に来ると、いつもこうだ。最近はあまり出てこなくなった嫌な気分が、ぼんやりと形作りかけた……と、その時。 魅音(25歳): あっ……いたいた!夏美ちゃーん、こっちこっちー! 少し離れた場所から、私の名前を呼ぶ懐かしい声が聞こえてくる。 それに反応して顔を向けると、視線の先にかつて#p雛見沢#sひなみざわ#rで仲が良かった魅音ちゃんが大きくこちらに手を振っていて……。 その横には、長い髪を風になびかせた少し背の低い女の子……千雨ちゃんの姿があった。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 魅音ちゃん……千雨ちゃん! 安堵を覚えながら、私は2人のもとへ駆け寄る。彼女たちの背後にはここまで乗ってきたのか、黒塗りの乗用車が停まっていた。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: もしかして待たせちゃった?ごめんね、電車を1本乗り損なって到着がぎりぎりになっちゃったよ。 魅音(25歳): いやいや、私たちが早く来すぎただけだから全然気にしなくても大丈夫だよ。 魅音(25歳): それに、このあたりは電車で来るよりも車で直接向かった方が早いからねー。 魅音(25歳): 各停だと、落ち着かなかったでしょ?言ってくれたら近くまで迎えに行ったのに。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: あはは……年休を取る直前までいない間の業務の引き継ぎをやっていて、ちょっと出発の時間が読めなかったから。 魅音(25歳): そうなんだ……公務員ってのは大変だねー。1日休みを取るだけでも一苦労みたいでさ。 千雨: ……すみません、夏美さん。そんなお忙しい中、無理を頼んでしまって。 苦笑する魅音ちゃんの隣で、千雨ちゃんが申し訳なさそうに頭を下げてくる。 体育会系の出身らしく、年長への礼儀が行き届いた振る舞いだ。……物怖じした様子を見せないところに、自信のようなものを感じる。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: (この子とも、雛見沢では交流があった……んだよね……) 彼女の顔を見つめながら、私はそっと10年前の記憶を頭の中に呼び起こす。 ……すぐに浮かんでくる、いくつかの思い出。まだ中学生だった魅音ちゃんたちの中に紛れて、今の姿と全く同じ千雨ちゃんが……確かに、いた。 だけど、そこにはやはり実感らしきものがない。まるで無理矢理、後から書き加えられたような不快さがこみ上げてくるのを覚えて……っ……。 魅音(25歳): ……夏美ちゃん? ふいに魅音ちゃんに呼びかけられ、はっ、と私は我に返って息をのむ。 ……いけない。この千雨ちゃんは、何も悪くないのだ。悪感情を抱くのは筋違いだろう。 そう思い直した私は、大きく深呼吸して気持ちを静め……場の空気を変えようと努めて明るい口調をつくっていった。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 別に、謝らなくてもいいよ。今回の話は、私から協力したいってお願いしたんだから……ね? そう言って私は肩をすくめ、年長者としての気遣いを示してみせる。 ……無言で窺ってくる、千雨ちゃんの黒い瞳。なんとなく私の胸の内を見透かしているようで、居心地の悪さを感じたけど……。 それは自身の気の弱さが生み出した邪推だと勝手に解釈して、私はそっと視線をそらした。 魅音(25歳): とりあえず、現場に向かおう。こっちだよ。 駅から歩いて、ほんの数分。小さな田畑とちらほらと建つ住宅を抜けた先に、その「神社」は存在していた。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: こんなところに、古手神社の分社があったんだね……。 若干の驚きと意外な思いとともに、私は四方に広がる境内を見渡す。 古手神社の話は、一応おばーちゃんたちからこれまでに色々と聞いてきたつもりだったが……分社があるなんて、本当に初耳だった。 魅音(25歳): 実は、私も最近になって知ったんだよ。仮にも御三家の頭首代行を務めていたってのに、情けない話だねぇ。 そう言って魅音ちゃんは、ため息交じりに苦笑いを浮かべる。 すると、それを隣で聞いた千雨ちゃんは「いや……」と呟きながら首を振っていった。 千雨: この高天村……そして古手神社の分社自体、歴史が改変されたことで生まれた可能性がある。 千雨: だとしたら、2人が知らなかったのはそれが記憶に反映されていないから……ってことも考えられるんじゃないか? 魅音(25歳): あー……つまり、未来が変わったことに対して私たちの認識が追いついていないってわけか。 魅音(25歳): 理論としてはわかるけど、それって「世界」から自分が置いてきぼりにされたみたいで……嫌な気分だねぇ。 そんな会話を聞きながら、私は本社のそばにある社務所らしき建物に目を向ける。 すると、その中からひとりの巫女服姿の女性が出てくるのが見えた。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: あの女の人……ひょっとして絢花、ちゃん……? 千雨: ……夏美さんの記憶にも残ってましたか。今は「西園寺絢」さんという、本名に戻ってます。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ……西園寺、絢……。 千雨ちゃんから教えられた名前を繰り返しながら、私は改めてこちらへやってくる巫女服姿の女性をまじまじと見つめる。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: (あの子は確か……10年前に会った時は「古手絢花」という名前で、古手家の頭首を務めていた……はず) 「はず」と付け加えたのは、記憶が曖昧だからだ。これは単純に10年という歳月によって彼女の印象が薄らいだせいなのか、あるいは……? #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: そろそろ、来られる頃だと思っていました。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: ……そちらが千雨さんに代わって「世界」を移動してもらう役目を担った方ですか? #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: あ……はい。藤堂夏美、です。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 結婚したので姓は変わりましたが旧姓は公由……私のこと、覚えていますか? #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: …………。 絢花ちゃん……いや、「絢」さんは目を細めながら、じっと私を見返してくる。 ……私を、覚えていないのだろうか。それとも、実際には会っていないので不審な思いを抱いているのか……。 黙ったままの彼女の表情からは、そのどちらも読み取ることができなかった。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: ……。公由……。 と、ふいに小さな声で……絢さんが呟く。 だけど彼女は、それ以上何も言及することなくくるりと踵を返して……。 絢: ……こちらです。 そう告げて、境内の奥へと進む。その背中を追って魅音ちゃんと千雨ちゃんが歩き出したので、私もそれについていった。 そして案内されたのは、変わった注連縄が飾られた場所だった。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 円形の注連縄って……初めて見た気がする。 魅音(25歳): だろうね。……ましてこれが、過去の「世界」を訪れるための門になるなんて今でも私は信じられないよ。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: …………。 魅音ちゃんの苦笑を横で聞きながら、私は目の前に掲げられた注連縄を見つめる。 千雨ちゃんから聞いた話が事実なら、彼女はここを通って10年前の雛見沢を訪れ……かつての私たちと会ったのだという。 ……まともに聞けば、おそらく信じなかっただろう。だけど私の記憶の中には、今の姿と全く変わらない千雨ちゃんが……確かに存在している。 だから、どういう理論で何の力によるものかはさておいたとしても、ここから別の「世界」へ移動するという不思議現象については……。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: (とりあえず、受け入れるしかないんだよね……そして……) 今回は、千雨ちゃんではなく……私が未来、あるいはここではない「世界」を訪れるということになる。 それが2人から私に託された、協力の内容だった。 千雨: 10年前の雛見沢に戻り、過去に起きた謎の原因を調べて解明する……そう考えて私は行動に移してきた。 千雨: だけど……その行為によって生まれる問題点に気づいたんだよ。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 問題点……? 魅音(25歳): うん。千雨が過去に戻るたびに未来が変わり、真相がさらに複雑になるということだよ。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: つまり……本来いるはずのない人物が過去を訪れることで、その内容が変化する。それに従い、未来も変わってしまう……。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 理屈としては、当然のことだと私もわかるよ。でも、それって千雨ちゃんから私になっても同じことなんじゃない? 千雨: えぇ、私もそう思いました。……だけど、絢花が言うには夏美さんならばあるいは、という可能性があるんだそうです。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ?……どうして、私なら大丈夫になるの? #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: これは、私の推測ですが……千雨さんだと美雪さんたちとの接点が強いことで、『因果律』が影響を受けてしまうのだと思います。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: ですから、千雨さんが過去の「世界」への干渉を続ければ続けるほど、さらに謎が深まるという悪循環が生まれるのでしょう。 魅音(25歳): 同じ理屈で、10年前の雛見沢に自分自身がいる私が行くのは……論外の御法度。 魅音(25歳): ……で、夏美ちゃんに相談することにしたんだよあんたなら私たちとの接点が比較的少ないし、『因果律』……? が変わらないかもしれないからね。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: そうかもしれないけど……私も10年前の雛見沢にいたことが何度かあったから、自分自身と出会う可能性もある……よね? 千雨: もちろん、ゼロじゃないです。……けど、魅音よりはその確率が低いと思います。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: …………。 すごい暴論というか……無茶な話だと思う。それは私自身も、よくわかっているつもりだ。だけど……。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ……わかった。何ができるかわからないけど、やってみるね。 そう決意したのは、暁くんの件があったからだ。元々の記憶では雛見沢を訪れたことのない彼が、あの場所のことを知っていた……。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: (もし、彼が雛見沢のことに興味を持ち始めたら村に伝わる鬼の話……そして、#p綿流#sわたなが#rしにまつわる生け贄のことを知るかもしれない……) その結果、分流とはいえ雛見沢出身の私に対して悪感情を持つ可能性が……ある。否定できない。 私はずっと、自分があの村の人間であることを暁くんに隠してきた。今後も打ち明けないつもりだし、もし彼に吹き込むような輩がいたら、私は……っ……! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ……っ……! いや……それは本当に最悪中の、最悪の場合だ。今のところは大丈夫のはずだし、心配はいらない。 だけど、今回の「世界」の改変によって暁くんが知ってしまう可能性は高まってしまった。その事態だけでも、絶対に変えなければ……! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: (私がこんな身勝手なことを考えているなんて、きっと魅音ちゃんたちは想像もしていないよね……?) だから、彼女たちの役に立つ情報があれば少しでも持ち帰ってくるように心がけよう。……それがせめてもの償いにはなるはずだ。 そう決心して、私は注連縄の前に立つ。 そして大きく足を踏み出し、大きな輪の中へと全身をくぐらせた……。 Part 01: #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ……、ぅ……っ……! 浮遊感を抱いていると意識が一瞬遠くなって、再び感覚が戻ってから私は恐る恐る目を開ける。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ……ぁ、……? そして、自分が芝生らしき地面の上に寝そべっていることを理解しながら、身体を起こして周囲を見渡すと――。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ここは……って、ええっ? 予想外すぎる光景に、私は大きく目を見開いて絶句する。 空がどこまでも大きく広がり、浮かんでいるのは雲……と、大きな島。 昔読んだ絵本(ガリバー旅行記)に出てきたような、空飛ぶ島が現実になって視界の前に姿を見せていた……。 じゃ、なくて! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: どっ……どどどどどっ、どこなのここはぁぁぁ――ッッ?! てっきり#p雛見沢#sひなみざわ#rのどこかへと行くものだと思っていたので、完全にパニックになって叫び散らしてしまう。 明らかに、私が今目の当たりにしているものは雛見沢のいずれでもない……。 というより、現実の「世界」であっても絶対にありえない場所としか思えなかった……! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: (だ、だって……島が浮いているんだよっ?あんなの、世界各国のどこにもないよねッ?!) ひょっとして、これは夢……?そう思って私は、自分の頬を強くひっぱたく。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 痛っ?……じゃあやっぱり、夢じゃない……? #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: だとしたら……もしかして、失敗っ?元々行く予定だった雛見沢じゃなくて、全然違う「世界」に飛ばされた……?! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: そ、そんな……!こんなところにいきなり連れてこられて、私は何をすればいいの……?! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: だ……誰かいませんかー?魅音ちゃん千雨ちゃーん、絢さーんっ! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 神様でも、悪魔でもいいからぁぁ!お願いだから、元に戻してー?! 必死に叫び、喉が痛いくらいの大声で呼びかけて……私は救助と帰還を訴えかける。 だけど……どんなに待っても返事は、ない。周囲には山すらないので、山びこも返ってこなかった。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: も……もしかしてあの2人、こうなることがわかって私を送り込んだ……ッ? あまりの事態に邪悪な感情がわき上がりかけたが、すぐに我に返ってそれを胸の内から追い払う。 そもそも、魅音ちゃんや千雨ちゃんと再会したのは数日前だ。怒らせるようなことをした覚えもないし、彼女たちが誰彼構わず陥れるほど邪悪だとは思えない。 まして、10年越しの恨みと憎しみを抱かれるほど彼女たちに酷い何かをしたことなんて、ありえない。そんなことを言い出したら、私の方がよっぽど……! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ……っ……?! 忘れかけていた過去の記憶が脳裏をよぎり、私は締めつけるように苦しくなった胸を押さえる。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: はぁ、はぁ、はぁ……っ……! そしてしゃがんだ姿勢のまま身体を上下させ、高鳴る動悸を静めるように大きく息を吐き……吸ってを繰り返して……。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: っ、……はぁ……。 ようやく落ち着きを取り戻してから、私は顔を上げ……困惑だけは抱きつつもその場から立ち上がった。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: とりあえず、ここがどこなのかを確かめないと、だね……。 なけなしの勇気を振り絞るつもりでそう呟きながら、私は少し離れた先に見える丘らしきところを目指して歩き出す。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: (高いところから見渡せば、見えなかったものが見えるようになって情報の解像度が上がる……だったっけ) 誰が教えてくれたのかはもう忘れたが、その格言に従ってとりあえず「丘」へとたどり着くことができた……が……。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: なっ、……え……これって……?! 足下に広がる反対側の景色を見て、私は言葉を失う。……丘だと思っていた場所は、なんと岬だったのだ。 いや……岬という表現は正しくないかもしれない。なぜなら眼下に見えるのは、海ではなく……。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 雲……ううん、空っ……? #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: じゃあ、この島も……空の上に浮かんでいるってこと……?! 同じ海でも「雲海」が広がっている様子を確かめた私は……呆然と、その場に立ち尽くす。 高さは、よくわからない……とりあえず、どんなに高いビルや塔よりも遥か上空だということだけはわかる。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: (旅客機の窓から見える景色が、確かこんな感じだったような……) なんてことを考えた瞬間、……目眩のような感覚。私は吸い込まれていきそうな誘惑を振り払って、とっさにその場へと座り込んだ。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: と……とりあえず、人を探さなきゃ。こんな場所でも、誰かいる……よね……? 確証なんてあるはずもないのに、私は自分に言い聞かせるようにそう呟く。――と、その時だった。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: えっ……? なんとなく見上げた視線の先に、動く影。鳥……にしては、少し大きめに映る。 いや、……あれはまさか、馬……っ? #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ……じゃない!羽の生えた天馬……ペガサスっ?! 目を凝らすと、間違いなくそれは白い天馬の群れだった。しかもその背にはそれぞれ、人が乗っている……?! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: お……おぉ~いっ! 人の姿を見て取った私はすぐさま立ち上がり、大きく手を振って合図を送る。 まるで飛行機のように、颯爽と大空を駆け抜けていく集団……それを追いかけ、懸命に走った。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ま……待ってぇ~……!!私を、助けてくださーいぃぃっ……!! ……が、その集団は気づかなかったのか声をかけても、手を振っても止まる気配がない。 私の走る速度ではとても追いつけず、ぐんぐん離されて……やがて、見えなくなってしまった。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ……どうしよう。このままじゃ、何もできないよ……。 思わず泣きそうになって、私はその場にへたり込みかける。……と、 一穂:アリス: えっと……あの、どうかしましたか? #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: えっ……? ふいに呼びかけられた私は、はっ、となって振り返る。 すると、目を向けた先には3人の女の子たちが奇妙な衣装(?)を身にまとって立っていた。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: あ、あなたたちは……?! その顔を見た瞬間、私はかつての記憶から名前を思い出す。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 一穂ちゃん……?それに美雪ちゃん、菜央ちゃん……?! そう……衣装こそなぜか奇妙だったが目の前に立っていたのは、雛見沢で知り合ったあの年下の友達だった。 Part 02: #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: っ、……よかった……! 見知った子たちの顔を前にして、私は気の緩みから思わず涙ぐんでしまった。 一穂(アリス): っ? だ、大丈夫ですか……? 嗚咽をこらえながら声を詰まらせる私を見て、一穂ちゃんは心配したのか慌てて駆け寄ってくる。 ……姿はともかく、記憶にあるままの彼女だ。それが嬉しくてほっとして、また涙が出てしまう。 一穂(アリス): えっと、その格好……あなたはここの、空の部族の人じゃないんですか? #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: っ……空の、……部族……? 聞き慣れない単語を持ち出されて、私は目元を拭いながら彼女たちを改めて見直す。 一穂ちゃんは身にまとったドレスの背中に、大きな剣を背負っている……?他の2人も、それぞれ武器を携行した姿だ。 まるでファンタジー映画などに出てくる、冒険者のようないでたちで……さっきまではなかった違和感がこみ上げてきた。 美雪(白うさぎ): あの……お姉さん。どうして、私たちの名前を……? 美雪(白うさぎ): ねぇ一穂、この女の人とどこかで会ったことがあったっけ? 一穂(アリス): う、ううん……菜央ちゃんは? 菜央(マッドハッター): あたしも覚えがないかも……かも。ごめんなさい、失礼ですがどちらの方ですか? そう言って、怪訝そうな表情で3人は尋ねかけてくる。 ……あぁ、そうか。今の私は28歳だ。つまり彼女たちが知るはずもない姿なので、誰かだなんて見当もつかないのだろう。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: わ、私は……。 私は名乗りかけて、……すぐに口をつぐむ。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: (ここは、#p雛見沢#sひなみざわ#rじゃない。でも、彼女たちがここにいるとすれば私がいる可能性もある……?) そう考えた私は、とっさに思いついた名前を告げていった。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: み、美夏……です……。 美雪(白うさぎ): 「ミナツ」……どういう字を書くんですか? #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: え、えっと……。 私は芝生の一角に見つけた土の地面に、指で自分の名前を書き綴る。 もしここが異世界だったら、漢字を見せてもわからないかもしれないという懸念がちらと頭の片隅をよぎったが……。 3人は地面を見下ろすと、あっさりと「なるほど」と納得してくれた。 美雪(白うさぎ): 美しい夏と書いて美夏さん……ですか。私の名前は雪ですから、逆ですね。 美雪(白うさぎ): もっとも私は冬が苦手だから、そっちの方が生まれた季節的にも合ってたかなー、なんて。 菜央(マッドハッター): こら。そんなことを言ったら、名前をつけてくれたご両親に失礼でしょう? 菜央(マッドハッター): あたしは、自分の名前がこれでよかったと思うわ。一穂だって、そうでしょう? 一穂(アリス): えっ? う、うん……。 にこやかに笑いながら、3人は会話を交わしている。どうやら彼女たちは、このへんてこりんな世界でも変わらず仲良しのようだ。 菜央(マッドハッター): あ……それはそうと、どうしてあたしたちの名前をご存じだったんですか。美夏さんとは、初対面ですよね? #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: そ、それは……。 さっきは嬉しくてつい名前を呼んでしまったが、迂闊な行動だったと後悔する。 とはいえ、いきなり言い訳が思いつかない。どうやって説明すればごまかせるものかと、下を向きかけた……と、その時。 一穂(アリス): あ、もしかして……。 何か思い当たることがあったのか、ふいに一穂ちゃんが口を挟んでいった。 一穂(アリス): どこかの町で、噂を聞いたんですか?私たちって、魔王を倒すために冒険の旅をしているから……。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: は……魔王? 冒険の旅……?! 出来の悪い冗談としか思えないその言葉に、相づちを打つこともできず唖然としてしまう。 だけど、彼女はもちろん横の2人も笑顔ながらも呆れることなく、むしろ大真面目に胸を張りながら言葉を繋いでいった。 美雪(白うさぎ): んー、そっか。噂が広まるのは、結構あっという間なんだねー。 菜央(マッドハッター): そりゃ、魔王退治を公言するにはあたしたちって年齢が若すぎるでしょ?おまけに全員、女の子だし。 美雪(白うさぎ): それに加えて、今のところ魔王どころか下っ端のドラゴンさえも倒せないような弱小パーティーだもんなー。 一穂(アリス): あ……でも、魔王を倒せばきっとみんなも認めてくれるよ!そのためにも頑張らないとね! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: …………。 否定するのも肯定するのも判断が難しすぎて、私は3人の会話に何も返すことができない。 とりあえず、ここが私の知っている雛見沢とは絶対に違うこと……それだけは確かだった。 美雪(白うさぎ): あ……すみません、こっちの話ばかりで。ちなみに美夏さんも、冒険者だったりするんですか? #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: わ……私は、そういうのじゃないよ。というか、気がついたらこんなところにいてわけがわからないっていうか……。 菜央(マッドハッター): わけがわからない……?よければ、お話を聞かせてもらってもいいですか。何かお力になれるかもしれませんので。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: う、うん……。 そう言って私は、自分がここに来た経緯を語って聞かせる。 はっきり言って、荒唐無稽の極みだ。この話を信じてもらえること自体が異常だし、相手の正気を疑ったほうがいいだろう。 …………。 だけど、彼女たちは素直なのか……それとも大変失礼だけど、変わっているのか。 私の話を疑うことなく、ありのままに受け入れてくれた。 美雪(白うさぎ): ……んー、なるほど。にしても、不思議なことがあるもんだねぇ。 菜央(マッドハッター): ここじゃない「世界」が他にもあって、そこから移動してきた……。ずいぶんとファンタジーな話にも聞こえるわ。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: あなたたちとこの世界の有様の方が、よっぽど不思議でファンタジーなんだけどな……。 一穂(アリス): えっ……あの、何か言いましたか? #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: あ、ううん。別に……。 思わずツッコミを呟いてしまったけど、せっかく好意的に捉えてくれている彼女たちに嫌な思いをさせるわけにはいかない。 そう思って私は、なるべくにこやかな表情で3人に話しかけていった。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: あの……もしよかったら、この「世界」のことを教えてもらってもいい? 美雪(白うさぎ): もちろん構いませんよ。えっと……。 美雪(白うさぎ): まず、ここは『空の国』です。ヒナミザワは火・水・風・地・空といった部族が支配する5つの国で構成されているんですよ。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ……ヒナミザワ?この世界も、雛見沢って名前なのっ? 美雪(白うさぎ): えっ? あ、はい……そうですけど。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ……っ……! 驚きの事実を聞かされて、言葉を失う。つまり私は、同じ雛見沢でも全く別の「世界」に飛ばされてしまった……? #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: (……って、そう考えてもいいの?) 今の説明だけでは、それを確定させられない。とにかく情報を集めて、この「世界」からの脱出方法を探るべきだろう。 菜央(マッドハッター): とにかく、こんな場所をひとりで歩いてると危ないわ。早く引き返さないと、魔物がいつ現れてもおかしくは――、っ? そう言って、なにげなく少し離れた岩山へと目を向けた菜央ちゃんは……突然緊張をみなぎらせて、身構える。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ど、どうしたの……? 菜央(マッドハッター): みんな、注意して! 来るわ……! その警告の意味に対して尋ねようとしたその時、私たちの前に巨大な図体をした怪物たちが姿を現した……! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: なっ……あ、あれって何なのっ?! 美雪(白うさぎ): 魔物たちだ……!こっちの騒ぎを聞きつけて、集まってきたのかっ? 一穂(アリス): 美夏さん、私たちの後ろに!あなたのこと……守ります! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ま、守るって言われても……! 彼女たちの勇姿に頼もしさを感じるよりも現状の把握だけで精一杯の私は、とにかくただ成り行きを見届けるしか術がなかった……。 Part 03: 美雪(白うさぎ): っ……一穂、菜央!そっちに何匹か行ったから、よろしくっ! 一穂(アリス): 了解! はぁああぁぁぁぁっっ!! 菜央(マッドハッター): いい加減うっとうしい……燃えなさいッ!! 可愛い見かけとは裏腹に、一穂ちゃんたちは凄まじい戦闘力で魔物たちを倒していく。 ……だけど、敵の数はかなり多い。おまけに戦う術のない私を守りながらなので、かなりの苦戦を強いられている様子だった。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: (何もできない……!私、この子たちの足手まといになっている……!) その情けなさと申し訳なさが、今すぐ逃げ出したいという恐怖を……辛うじて押しとどめている。 だけど、このままだと全員が危なくなる。だったらいっそ、私が……っ! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: み……みんな!私のことはいいから、自分の身を守って! 一穂(アリス): ……美夏さんっ? #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: あなたたちは、自分のことを第一に考えて!私は大丈夫……だからっ……! 美雪(白うさぎ): そうはいきません!一般人を危ない目に遭わせて自分たちだけ助かろうなんて、冒険者の名折れですよ! そう言って美雪ちゃんは、私に襲いかかろうとした魔物の前に立ち……武器をふるって、その場に叩き伏せる。 だけど、休む暇もなく次々に魔物たちが押し寄せて……菜央ちゃんの放つ魔法の弾着も、もはや目の前近くにまで迫っていた。 菜央(マッドハッター): っ……このままだとじり貧よ!なんとか打開策を……あっ? 菜央ちゃんの視線が空へと移動し、つられた私が顔を向けると……こちらへと複数の影が飛来してくるのが見える。 それは、私が先刻見かけたものの気づかずに去っていってしまった……あの天馬の群れだった。 一穂(アリス): 空の部族の、『天馬隊』だ……助かった……! レナ(部族): あの子たちを助けるよ!全員……かかれぇぇえぇぇっっ!! 先頭の天馬に乗っていた少女が、剣を振るって魔物の群れへと突撃していく。 ただ、その姿を見て……私は思わず、唖然と呟いていた。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: あれって、レナちゃん……? 『天馬隊』と呼ばれた人たちの加勢によって、魔物たちの群れは一掃された。そして――。 レナ(部族): 大丈夫ですか?どこか怪我とか、していませんか……? 心配そうに話しかけてきた女の子は、やはりレナちゃんと瓜二つの容貌……いや、まさに本人そのものだった。 レナ(部族): はぅ……ごめんなさい。隊員の子から、地上に誰かがいたようだとあとで報告があったんですが……。 レナ(部族): この後に行われる会談のことを考え込んでいて、対応が遅れてしまいました。申し訳ありません……。 美雪(白うさぎ): あ、いえ……それでも来てくれて、助かりました。 美雪(白うさぎ): えっと、失礼ですが……あなたは確か、空の部族のレイナ姫ですよね? レナ(部族): はい。ですが、ここではレナと呼んでください。王女が天馬隊の長を務めていることが噂になると、色々と面倒なことになりますので。 菜央(マッドハッター): そうよ。レナちゃんは王女だとか隊長とか関係なく、レナちゃんなんだから♪ そう言ってなぜか、菜央ちゃんは胸を張っている。 どういう経緯と関係なのかは知らないが、彼女とレナちゃんはこの「世界」においても仲良しの設定のようだ。 レナ(部族): ここで冒険者のあなた方とお会いできたのは、運命の巡り合わせかもしれません。……どうか、レナたちと一緒に来てもらえませんか? 一穂(アリス): 一緒にって……あの、何かあったんですか? レナ(部族): あった、というよりもこれから起きる……といった方が正しいかもしれません。 レナ(部族): 詳細は移動しながらお話ししますが、数日前に復活した魔王が進軍を開始したという報告がもたらされたのです。 美雪(白うさぎ): なっ、魔王軍が……だって……?! 衝撃の事実をレナちゃんから聞かされて、3人の冒険者たちも色めき立つ。 が、そんな中私はひとり蚊帳の外というか話についていけず、内心ため息をついていた……。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: (魔王だの、王女だの……なんなの、この世界は……?) 一穂(アリス): ご一緒することに異存はありませんが……どちらに行くつもりですか? レナ(部族): ヒナミザワで生活する、他の4部族のところです。彼らを説得して、魔王軍を討伐するための連合を立ち上げるのです。 菜央(マッドハッター): ということは風と水、火と地のところね。あ、でも風はともかく、他の3部族とはあまり仲が良くないって噂で聞いたけど……。 レナ(部族): それでも……これは部族単位ではなく、大陸そのものが滅ぶかもしれない危機です。 レナ(部族): それを防ぐためには、諸々の遺恨を忘れて団結するしか道はないと考えています。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: (……いくらなんでも、急展開過ぎでしょ?) 深刻な事態に陥りつつあるという話を聞いても……私の思考と感情が、それを受け入れてくれない。 本当に、どうしてこうなった……?これが夢であればと何度も繰り返し願ってはみたけど、現実とも思えない現実は……あまりにも残酷だった。 レナ(部族): ことは急を要します。まずは風の部族まで向かいますので、皆さんもご同行をお願いします。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ちょっ……ま、待って!魔王討伐って言われても、私は関係ないよ!そもそも戦うことだってできないんだから! 情けない、無責任だと蔑まれるのを覚悟の上で(そう言われること自体が納得できないけど)、私は流されるままの状況に対して抵抗を試みる。 だけど、一穂ちゃんはそんな私の思いに気づいているのか気づかないのか……安心させるように、にこやかに笑って言った。 一穂(アリス): わかってます……美夏さん。別の世界から来たあなたを巻き込もうだなんて、私たちは全然考えてません。 一穂(アリス): ただ、他に立ち寄る時間的余裕もありませんので……移動中に安全な場所を見つけたら、そちらへあなたを送り届けるというのは、どうですか? #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: そ、それならいいけど……。 いずれにしても、この「世界」で頼れるのは一穂ちゃんたちしかいない。 そう考えて私は、渋々ながらも半信半疑の思いで彼女に従うことにした……。 一穂(アリス): ……そんな場所、あるかどうかはわかりませんが。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: えっ? 一穂ちゃん、今何か言った……? 一穂(アリス): な……何も言ってませんよ!あ、あははは……。 Part 04: その後、レナちゃんのあてがってくれた天馬に乗って私たちが到着したのは……。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ここが……風の部族の、集落……? 爽やかな風が舞い、草原がどこまでも広がって……。 あちこちに穀物を粉にするためなのか、大きな風車のそびえ立つ牧歌的なさまがいくつも視界の中に映し出される。 ……何より、ここは大地が広がっている。それだけでとても安心ができるというか、抱き続ける違和感を少し軽くしてくれた。 レナ(部族): 空の部族の集落ほど空は広くありませんが、ご覧の通り風のもたらす豊かな恵みによって栄えているところです。 レナ(部族): 空の部族と風の部族は長らく友好関係を結んでいる同盟国なので、交渉もさほど難しくはないと考えています。 美雪(白うさぎ): んー、地面があると安心できるね。空の大陸って眺めは絶景なんだけど、どうにも落ち着かなくてさ。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: あははは……それは同感。それはそうとあなたたちは、どうやってあの浮遊島に移動したの? 菜央(マッドハッター): あたしの浮遊魔法で運んだのよ。1人ならまだしも、3人の身体をあの高さまで飛ばせるのは結構大変だったわ。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 菜央ちゃんって、そんなこともできるんだ……。 考えてみれば、私が知る#p雛見沢#sひなみざわ#rでも菜央ちゃんは年下ながらもすごい存在だった。服の仕立てに、料理のレシピの考案……。 特にデザインや絵画は、素人の私が見ても驚くべき才能の持ち主だったと思う。絵描きの暁くんとは、きっと気が合うことだろう。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ……っ……。 大人げないとは理解しつつも……じわり、と黒い感情がわきあがりかけてしまう。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: (もし……万が一この「世界」にも彼がいたら、菜央ちゃんには近づけないようにしないと……) と、そんな邪な思いを抱いたその時、遠くから何かが飛んでくる気配。目をこらすとそれは、巨大なドラゴンだった。 一穂(アリス): ど……ドラゴンっ?どうしよう、私たちの力だけだと歯が立たないよ……! 美雪(白うさぎ): とにかく、下がって!美夏さんは私の後ろに……! レナ(部族): いえ……大丈夫です。あれは敵ではありません。 笑顔でそう告げるレナちゃんの言葉通り、ドラゴンは私たちの前にふわりと着地し……恭しく、私たちの前に跪く。 そして、背中から特徴的な高笑いを上げながら……小さな女の子が、軽やかな仕草で飛び降りてくるのが見えた。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: (あ……やっぱり……) 高笑いからなんとなく予想できたが……その女の子は、沙都子ちゃんだった。 沙都子(部族): をーっほっほっほっ!誰かと思ったらレイナ姫……じゃなかった、レナさんではありませんの。 沙都子(部族): 今日はお祭りでもないのに、こんな場所まで何のご用件でして? すでに気心の知れた関係なのか、沙都子ちゃんは友達と会ったような口調だ。 と……それに対してレナちゃんは膝を折り、お見事と思えるほどの敬礼の姿勢をとって彼女に言葉を返していった。 レナ(部族): 空の部族の王女……レイナ。こたびは風の部族の長にご相談すべく、貴国へまかり越しました。 レナ(部族): どうか世界の平和を守るため、皆様のお力をお貸しください。 沙都子(部族): ……どうやら、尋常ならざる内容のようですわね。私は長の代理ですので、どうぞ話してくださいまし。 そう言って態度を改めた沙都子ちゃんに、レナちゃんは魔王軍の侵攻が近いことを説明する。 すると彼女は、私と3人の冒険者に対して不審の目を向けながら応えていった。 沙都子(部族): レナさんの申し出に対して文句を言うつもりはありませんけど……本当に大丈夫なんですの? 沙都子(部族): よりにもよってこんなぽっと出の冒険者を対魔王軍に参加させて切り札にしようだなんて、正気の沙汰とは思えませんのよ。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: (き、切り札って……いつの間にそんな話になったのおおぉぉぉぉおおっっ?!) 正直、天馬に乗って移動している間は完全に上の空だったから……一穂ちゃんたちが何の話をしているのか全然、聞いていなかった。 ということは、必然的に一緒にいる私もその危険な任務に同行することになる……?! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: か……一穂ちゃん!確かあなた、途中で安全な場所があったら私をそこに送ってくれるって言っていたよねっ? 一穂(アリス): えっ? あ、はい……でも……。 レナ(部族): 魔王が復活した今、この世界のどこにも安全な場所はありません。……お気の毒ですが、戦うしかないのです。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ま、待って待って!前にも言ったけど、私は冒険者じゃないよ!だから、戦うことなんてできないんだから! 菜央(マッドハッター): じゃあ、ここに置いていきましょうか?この先戦渦が広がれば、きっとただじゃすまなくなると思うけど。 美雪(白うさぎ): 美夏さん……元の世界に返りたいんですよね?だったら、この世界を守り抜くしか他に道はないと思いますよ。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: む、むちゃくちゃだ……! 決して騙すつもりはなかったと思うけど、ほとんど騙されたに等しい今の状況を理解して……私は頭を抱えながらその場にしゃがみ込む。 と、そんな私の困惑と驚きをよそに沙都子ちゃんは何かを思いついたのか、にやり……と笑みを浮かべていった。 沙都子(部族): レナさんがそう仰るのであれば、まずはあなた方の力とやらを試させてもらいましてよ。私の相棒、レッドテッペーと勝負してくださいまし。 一穂(アリス): ど、ドラゴンとっ?私たちの今の力じゃ、3人がかりでもさすがに……! 沙都子(部族): はぁっ?誰がそんな野蛮なことを申し上げましてっ?私だって御免でしてよ! 沙都子(部族): 勝負内容はこのレッドテッペーと飛行競争をして、先に戻ってきたほうが勝ちというものですわ。 沙都子(部族): あなた方は……そうですわね。代表の1名がレナさんの愛馬、ケーイチに乗ってではいかがですの? 一穂(アリス): い、いきなり競走って言われても……。 美雪(白うさぎ): だよねー。そもそも私って、乗馬経験がないからさ。 菜央(マッドハッター): あたしもよ。一穂はどうかしら? 一穂(アリス): わ、私も全然……美夏さんは? #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: えっ? まぁ、地上を歩く馬だったら少しだけ乗ったことがあるけど……。 ……思い出す。あれは暁くんとの新婚旅行で、憧れのイギリスを一緒に訪れた時のことだ。 とある牧場を訪れた時に、彼と一緒に体験乗馬をして広い草原をかけた時はすごく気持ちがよくて……。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: (手綱さばきも素敵だったな……暁くん。まぁ、さすがに馬と天馬は全然違うけど……) 美雪(白うさぎ): あるの? じゃあ、決まり!代表は美夏さんで決定ー! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ……えっ? 菜央(マッドハッター): 美夏さんが経験者で、助かったわ。ドラゴン相手だとかなりのスピード勝負になると思うけど、頑張ってね。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ちょっ……だ、だから私があるのは、地上を走る馬に乗った経験だけで……! レナ(部族): 貴女の勇気……しかと受け止めました。癖の強い悍馬ですが、あなたにお貸しします。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: みんな、ちゃんと話を聞いていたぁぁっ?天馬はないってはっきり言ったでしょぉぉぉー?! が、そんな抵抗もむなしく……というよりも、全く聞いてもらえず。 「雉も鳴かずば打たれまいに」の言葉通り、うっかりの失言のせいであれよあれよという間に馬上の人にまつりあげられてしまった……! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: むむむむっ、無理だってばぁぁぁあぁっっ!空を飛ぶなんて絶対に無理無理、無理ぃぃぃ!! 美雪(白うさぎ): それじゃ、準備もできたことで……。 一穂・美雪・菜央: 「「……逝ってらっしゃい、美夏さん(ちゃん)」」 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 漢字が違うううぅぅぅぅううぅぅっっ!!んきゃぁああああぁぁぁぁあぁぁっっ?! Epilogue: ……そして、数分後。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: お、終わった……っ……! ドラゴンとの勝負を終えた私は、ぐったりと地面にへたり込む。 ほんの短い時間のはずなのに、時間がものすごっっく……恐ろしく長く感じた。これって、ウラシマ現象とでも言うのだろうか。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: わ、私……まだ、生きてる……?! 震える手足を見つめながら、私は本気で涙ぐんでしまう。 あれは、絶対に馬の速度ではなかった……ほぼ飛行機、それもジェット機の類いだ。 手綱ではなく、馬の首にしがみついているだけで精一杯。……首がもげるかと、何度思ったことか。 と……そんな私のそばに来た沙都子ちゃんは、悔しさも見せずに高笑いとともに称えていった。 沙都子(部族): をーっほっほっほっ!空の部族でも最速の駿馬とうたわれるケーイチに乗って、振り落とされませんでしたわね! 沙都子(部族): それだけでも大殊勲、いえ大敢闘でしてよ~! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: さ、最速の駿馬だなんて……聞いていないよ……ッ! おそらく……誰が乗っていても勝っていた。私なんて、彼にとってはただの重しでしかなかったに違いない。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: しっ……死ぬかと、思った……!あんなの、私の知っている乗馬じゃない……! おそらく今の私は顔面蒼白で、とても勝者とは思えない形相をしているのだろう。もちろん、勝った実感なんて微塵もない。 が……それでも勝負は勝負。私が勝った結果として、風の部族は魔王討伐に協力することになった。 沙都子(部族): まぁ、レッドテッペーでは相手にならないと思っていましたわ。 沙都子(部族): それでも逃げずに立ち向かってきたあなたの勇気こそ、賞賛されて然るべきものでしてよ。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 勇気じゃなくて、強引に押しつけられただけなんだけど……! 美雪(白うさぎ): よーっし! この調子で地の部族と火の部族、そして水の部族にも協力を取りつけに行こう! 美雪(白うさぎ): ……あ、ちなみにそれぞれでまた違う勝負をふっかけられると思うけど、その時はよろしくね、美夏さんっ♪ #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: い、嫌だよ!こんな目に遭うのはもう、こりごりなんだからー!! 胸の前で大きくバッテンを作って、拒否の姿勢を貫く。 ……しかし、私は知らなかった。この世界においてそのジェスチャーは――。 美雪(白うさぎ): おぅ、「私に任せて」……か。美夏ちゃんって意外に、豪胆だねぇ。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ……えっ? 菜央(マッドハッター): 戦う能力はないって言ってたけど、その心意気は大したものよ。ぜひ、あたしたちにも協力させて。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: えぇっ?あの、私はそんなこと、一言も……?! 一穂(アリス): えっ……でも、今してますよね?胸の前で大きく「クロスマーク」を。 一穂(アリス): それって「私に任せて」とか、「かかってきなさい」とかの挑発ポーズだったと思うんですが……違ったんですか? #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: そ、そそそそそ、そんなわけないじゃない!私の「世界」だとこれは、断固拒否の意味で……!! 沙都子(部族): をーっほっほっほっ、よろしくてよ!新たな勇者一行の誕生を、ここに宣言いたしますわ~! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: しないでよ! ねぇ、ちょっと!私の話を聞いてええぇぇぇえぇぇっっ?! そして……夜。 水の部族の国にある海岸そばで星空を見上げながら、ひとり物憂げな表情を浮かべる女の子がいた。 月明かりに照らし出されたのは、黒髪。……それは、梨花だった。 梨花(部族): そっか……あの子が、連れ戻しに来たのね。 そして彼女は背を向け、館に引き返しながら一人呟いていった。 梨花(部族): ……帰るわけにはいかない。たとえ、あの子を……してでも……。 …………。 羽入(巫女): 梨花……。