Part 01: 2002年6月―― 美雪: っ、……はぁ、はぁ、……はぁっ……! 美雪: 早く、見つけなきゃ……!でなきゃ、この「世界」でも……! ……信号が、赤に変わった。駅への横断歩道の手前で立ち止まり、私はふと周囲を見渡してみる。 千雨: …………。 4年に一度の、サッカーの世界大会。その決勝戦が横浜のスタジアムで行われることもあって、駅の中央広場は大勢の人で溢れかえっていた。 あちこちで、レプリカのユニフォームを着込んだ外国人の姿が見える。彼らは歓声を上げながら踊ったり騒いだりして、実に陽気な様子だ。 ……信号が青に変わる。流れをせき止めるのも悪いと思い、向きを前に戻して再び歩き出した。 男の子: おかーさん、信号変わったよ~♪ 母親: こら、あんまりはしゃがないの。……もしもし、あなた?もうすぐ電車に乗るから、着くのはたぶん――。 男の子: ねー、今日の試合はどっちのチームを応援するの?ユニフォームが白い方? それとも黄色いチーム? 私のすぐ横を、小さな男の子が走り抜ける。そして携帯電話で会話中の母親に振り返りながら、急げとばかりに手を引っ張っていた。 ……危ないな、と感じるのは余計なお世話か。それでも横断歩道を渡る時くらいは、ちゃんと手を引いてもらいたいものだ。 男性: 今日の試合のチケット、ちゃんと持ってるか? 女性: ちょっと待ってね。えーっと……。 今追い抜いていったカップルも、サッカー観戦か。みんな笑顔で、あたたかく……幸せな雰囲気に見える。 よく見ると旅行バッグを抱えたり、カートを転がしたりして移動する人が結構いる。外国人だけでなく、日本人もだ。 この試合を見るために、遠征してきたというわけか。……明日は月曜日のはずなんだが、有休を消化して上京してくるとはよほどのサッカー好きなのだろう。 千雨: (……いい気なもんだな) 八つ当たりだとは理解しながらも、つい、皮肉めいた思いを抱いてしまう自分が情けなくて……はぁ、とため息をつく。 サッカーがそこまで好きじゃないこともあるが、一緒に盛り上がることのできる友達が「いない」私にとっては、ただの好カードのひとつでしかない。 昨日と今日、そして明日の内容が大きく変化するような予定などは……特になし。来年の今頃も、きっとほぼ変わらないだろう。 彩りも、味気もない世界――それが、あの時に自分が選んだ道。 だけど私は、その選択が正しかったと証明するものを……まだ見出すことができていなかった。 千雨: ……けほっ。 喉がいがらっぽく感じて、軽く咳が飛び出る。 今日の天気は晴れ模様だが、その分空気が乾いている感じだ。 そのせいか、周囲の人々もよく見るとむせるように咳をこらえたり、鼻を赤くしたり……中にはマスクをしている人の姿も見える。 千雨: (そういえば、新型の風邪が海の向こうで流行ってるって言ってたな……) 朝の出勤間際に背中へぶつけられた、母からの小言を思い出す。 とりあえず喉だけでも軽く潤しておこうと、私は駅前の自動販売機の立ち並んだ一角へ足を運んだ。 駅前のロータリーを横切り、人の流れを避けながら赤いロゴの目立つ1台の前に立って……ポケットから小銭入れを取り出す。 そして、ノンシュガーの紅茶のボタンを押すと赤いスチール缶が取り出し口に転がり落ちてきた。 アナウンス: 『さぁ! いよいよ決勝戦が横浜で行われます!勝つのはどちらか! ぜひとも歴史的な光景をその目に焼き付けましょう!!』 やや熱い缶を取り上げたその時、ロータリーに停車したラッピングトレーラーからTVでもおなじみの人の声が聞こえてくる。 巨大な看板状の壁面に描かれているのは、むくつけき……という表現がぴたりとはまるようなサッカー選手たちの躍動する姿。 どこの国の代表なのかはユニフォームですぐ思い出せたが、誰が誰かまでは覚えていない。 大音響で流れているBGMも、CMか何かで聞いたことがある。……とはいえ興味がない私にとっては、ただの雑音だ。 まして、生ならともかく録音したものを流しているだけでは……有難味もない。 だから、ほとんどの人たちは関心もなさげに顔を向けるどころか足も止めず、それぞれがおしゃべりや携帯プレーヤーに没頭していた。 千雨: ……ぁち。 プルタブを上げて軽く一口啜ってみた私は、予想外の熱さに思わず、舌を引っ込める。 バイクグローブがつけっぱなしだったので、中身の温度を計りかねていた。……うっかりホットを選んだ、私の手落ちなのだが。 千雨: ん……? その時、ポケットにしまいかけた携帯電話が軽く振動して、メロディが流れてくる。 それを聞いた私はメールボタンを押し、着信フォルダを開いた。 届いていたメールは2通。1つはスパムで、もう1つはさっきまで話をしていた盟友……園崎魅音からのものだった。 内容はおおかた想像がついていたので、あまり見入ることなくざっと流し読む。 それでも最後あたりの一文に目が止まって、私は思わず吹き出してしまった。 千雨: 気を落とすな、か。……それは、こっちの台詞だっての。 そして笑いが引っ込むとともに、……送ってきた相手のことを思うと痛ましさが再び、こみ上げてくる。 絵に描いたような不幸だった。それなりの会社で要職に就き、穏やかな生活を送っていたというのに……実家での不幸。 組長として暴力団を率いていた父親が、襲撃を受けて暗殺されてしまったのだ。実行犯は、敵対勢力の鉄砲玉だという。 そのせいで、魅音は実家が反社であることを会社に知られてしまって……やんわりと、だが断固とした態度で退職を勧められた。 千雨: (最近、暴対法がまた厳しくなったからな。身内にいれば、カタギでも関係なしか……) 会った時こそ元気そうにしていたが、それが強がりと見抜けないほど付き合いが浅い関係ではない。 それなのに、励ましの言葉も見つからない。……歯がゆかった。 千雨: そういう意味では、今の私はまだましか……。 ややぬるくなった中身を一息に飲み干してから、ふうっとため息をつく。 突然の捜査の打ち切りと、捜査本部の解散。上層部からの命令でそうなったが、その理由についての説明はほとんどなし。 あまりの理不尽さに、部下たちの何人かは刑事部のお偉方、そして指令を下したと噂される警備部公安への談判も敢行したそうだが……。 その願いや訴えは一切届かず、逆に越権行為だと叱責される始末だった。 千雨: ……。なぁ、美雪。 空を仰いで、ここにいない親友に呼びかける。それが本人にも届かない、実に無駄な行為だと理解はしていたが……。 千雨: お前が昔望んだ通り、私は警察に入ってやったぞ。で、お前の代わりに色々と捜査はしてみたが……。 千雨: ……そろそろ、限界だよ。お前のやろうとしてたことは、こんなにも面倒でイカれた連中を相手にすることだったんだな……。 失踪した親友――赤坂美雪に成り代わって刑事になったものの、得られたものは何もなく……むしろ無力感にさいなまれる毎日だった。 …………。 美雪: どこだ……どこにいる……?早く、見つけ出さないと……! Part 02: 美雪(私服): ――どうしても一度、確かめてみたいことがあるんだ。 時間軸を越えてかかってきた、#p田村媛#sたむらひめ#r命からの連絡。普段通りの問いかけを半ば強引に遮ってから、私は切実な想いを込めてお願いしてみることにした。 美雪(私服): あのさ、田村媛命。キミ……じゃなかったあなたは、人の意思を波動に変えて場所を、あるいは時間をも越えて転送する方法を見つけた……って言ってたよね? 美雪(私服): それって、私たちが今ここにいるように過去に向けてだけ?……その気になれば、未来へ飛ばすこともできたりしないの? 一穂(私服): み、美雪ちゃん……?いったい、何をしようというの? 美雪(私服): ごめん一穂、あとで説明するから少し黙ってて。……で、どう? 可能か不可能かなら、どっち? 田村媛命: 『…………』 考え込むような息づかいが聞こえてから、しばらくの間……沈黙が続く。 さすがに無茶なお願いだろう……よくわかっている。そして、断られることも承知の上だ。 そしてもう一度、念のために問いかけようと口を開きかけた……その時だった。 田村媛命: 『……可能#p也#sなり#rや』 田村媛命は、私が期待薄だと半分以上諦めていた方で返答してくれた……! 美雪(私服): ほ……本当にっ?だったら一度、私を未来へと送ってみてよ! 田村媛命: 『未来へと赴いて、そなたはどうする#p哉#sかな#r?』 美雪(私服): きまってるじゃんか、解答の先読みだよ!将来的に何がどうなってるのかを確かめることで、今の私たちがどう動くべきかがわかるようになる……。 美雪(私服): その可能性を探るのだって、大事なことでしょ? 菜央(私服): ……美雪。ひとつの案としてはわからなくもないけど、それって……。 田村媛命: 『その<世界>では未来人であるそなたらが、#p雛見沢#sひなみざわ#rに足を踏み入れて調査にあたっている。……にもかかわらず、成果は芳しくない也や』 田村媛命: 『さらに未来を覗いたところで、結果は変わらぬ哉。消費する力に見合わぬ徒労であると弁え給え』 美雪(私服): んなこと、やってみなきゃわからないでしょ!それに――。 美雪(私服): ……馬鹿にするかもしれないけど、夢で見たんだよ。元の「世界」に戻って、何もできずに過ごしてたら周りでとんでもないことが起きて……。 美雪(私服): 何もできないまま、私は死んじゃうんだ。血まみれになって……そして……ッ! 田村媛命: 『…………』 田村媛命: 『可能、と申したが……あくまで理論上の話哉。実際の成功率については保証など一切できぬ上、長時間の個体保持も困難の極み也や』 田村媛命: 『ゆえに、失敗する覚悟も当然含めた上……移動させるのは短時間のみ。実験として臨むことを約束し給え』 美雪(私服): うん……わかった。ありがとう。 美雪(私服): それと、田村媛命。もしできるなら、行き先の未来について要望があるんだけど……。 …………。 田村媛命: 『……できるかどうかは、吾輩も保証できぬ。それでもというならば……好きにし給え』 通話が切れて、……私は受話器を置く。そして振り返ると、心配そうな顔をした一穂と菜央が私のもとへ駆け寄ってきた。 一穂(私服): み、美雪ちゃん……本当に、未来に行くつもりなのっ? 美雪(私服): うん。今のままだとじり貧だし、できることがだんだん限られてきたからね。 美雪(私服): 何かができる、とはとても言えないけど……何かを変えるきっかけくらいには、なると思う。 一穂(私服): 変えるきっかけって……だったら、私たちも! 菜央(私服): ……やめておきなさい、一穂。ここまで覚悟を決めてるんだから、水を差すのは美雪に失礼よ。 一穂(私服): な、菜央ちゃん……! 菜央(私服): その代わり……美雪、必ず成功させなさい。そして収穫無しでも絶対文句なんて言わないから、無事に帰ってくること。……いいわね? 美雪(私服): わかった。……ありがとう、菜央。 …………。 美雪(私服): もし、私がこのまま元の「世界」に戻らなかったとしたら……。 美雪(私服): あの悪夢の惨劇がどうなるのか……その事実と、背後にある「真実」をほんの少しでも掴んでおきたいんだ。 Part 03: 千雨: …………。 ぽっかりと胸に穴が開いたような、空虚感。……私は、こんなことをするために警察官になったのか。 私は、力が欲しかった。正しいことをやり遂げるために……そして、自分にとって大切な人を守るために。 だが、誰かを守るため自分の信念をねじ曲げて正義の維持を放棄する必要があるのならば……この力は本当に、善といえるのだろうか? アナウンス: 『栄冠を掴むのは、はたしてどちらか!勝利を願うそれぞれのサポーターたちが、スタジアム内へと入っていきます!』 アナウンス: 『おそらく彼らは、信じているのでしょう!自分たちの応援する国こそが最強だと……!そう、信は力なりなのです!』 千雨: ……はんっ。 軽薄で中身のないその台詞をせせら笑いながら、私は空になったスチール缶を近くのゴミ箱に叩きこむ。 千雨: 信じることが力、か。……バカバカしい。 それが真実なら、今の不条理の多くが少しも改善されずに残り続けて……それどころか悪くなる一方なのはなぜだ。 何の根拠も働きかけもなく、状況が好転することなどありえない。神頼みだの、愚の骨頂だ。 それなのに、最低限の努力すらしてこなかった連中に限って、超常的な幸運にすがりつこうとする。 また、そうすることで自己満足、あるいは現実逃避に浸って心の安定を求めようとするのだから……嘲り笑わずにはいられなかった。 千雨: ……はぁ。 愚痴ばかり言っていても仕方がない。そう思って私は踵を返し、職場へ戻ろうと改札口へ向かって歩き出した。 千雨: ……うん? ふと、絶え間なく人々が流れる雑踏の中に少し奇妙な動きを見つけて、私は足を止める。 歩き続ける群れの中でもひときわ速い動きで、わずかな人の隙間をすり抜けながら駅前の広場を走り回っている、1人の姿。 その顔は見えない。ただ背格好から少年か、あるいは若い女の子……にも辛うじて見える。 そして、何度も人ごみの中に現れては隠れ、また現れるを繰り返しているが……。 その進む向きは右へ、左へと忙しく変わり……目的地が定まっていなかった。 千雨: (……何か、探しているのか?) もっとも、たとえば時間ギリギリに約束の場所へ来た人などはそういうものだから、別に珍しいというほどではない。 とりあえず、お目当ての人か物が見つかることを無責任に願いながら踵を返し、ロータリーへの道を戻って駅前の交差点に近づいた――。 美雪: ――逃げてっっ!!! 千雨: ――っ?! その時、喧騒の中でもはっきり聞こえるほどの大きな叫び声が響きわたって……反射的に私はその方向に振り返る。 千雨: なっ……?! ……どういうことだ?!こんなところに、なんで「あいつ」が……?! 千雨: お、お前……どうして?! 美雪: 逃げて、千雨っ!!みんなも、早く逃げてぇぇっっ!! 女性: ……なぁに、あの子? 男性: なんだろ? 今日、ドラマのロケでもあんのかな。 あまりにも場違いで、明るく賑わう空気に似つかわしくないほど切羽詰まった悲痛な叫びに、それを聞いた人々はみな、困惑して顔を向けた。 だけど、……それだけ。その子の言うとおりに逃げることもなく、歩く速度を上げたりもしない。 それどころか足を止め、彼女が何者か確かめようと目を凝らす人までいる。そして私も、その中の1人に過ぎなかった。 千雨: に、逃げろって……いったい……? 男性: っ、げほっ、……ごほごほっ! 女性: ん? どうしたのマサ、風邪でも――。 男性: げふ、げほげほっ――ごほッッ!! いきなり、すぐ近くを歩いていた人の激しく咳き込む音が聞こえた、――次の瞬間。 思わず顔を振り向けた私の目の前で、びちゃっ、と、粘り気を帯びた液体が大量にその人の口から地面に吐き出される。 それは、赤黒く濁った、鉄さびのような臭いをまとっていたが、……あまりにも予想外な上に、日常の光景には「ありえない」代物で。 ……見慣れているはずの私ですら、それが血液だと気づく、いや理解するのに時間がかかってしまった。 女性: ちょ、ちょっとマサっ?!しっかりして――、っ?! 作り出された血の池の中へ沈むように崩れ落ちた男性に、恋人らしき女性が血相を変えて駆け寄るが……。 二度、三度と肩を揺すってから、真っ青な顔が驚愕に凍りつく。 動かない。……ぴくりとも。ほんの数秒前まで話をしていたはずの人が、完全に物言わぬ骸と化していた……っ! 女性: ……きゃあぁぁあぁっっ!!! 絹を引き裂くような、ヒステリックな金切り声。……が、それが途切れるよりも早く違うところで、別の咳き込む音が聞こえて――。 母親: ごほっ、げほっ――ごぼッッ!! 男の子: おかーさん、おかーさんっっ!! 倒れた女性に、必死で呼びかける小さな男の子。……さっき見た親子だ。 しかし、母親はすがりつく息子に応えるどころか、血まみれになって息すらも途絶えていた。 しかも、異変をきたしたのはこの、連絡橋の上の二人だけではなかった……! 男性B: ぅぐ、……げほげほ、げはッッ!! 女性B: ごほっ、……ぐ、ぶふッッ!! 男性C: げほっ、っぐ……がふッッ!! 見下ろした先の駅前では、通行人たちが激しく咳き込み……その口から大量の血を吐き出すや、次々に倒れてゆくさまが広がっている。 まるで操り人形たちが一斉に、その糸を切られたような光景。 人々は遠目にもわかるほどの血の海の中にばた、ばたっと崩れ落ちて、……うずくまったまま息絶えていった。 男性D: な……なんなんだ? 何が起こってるんだ?! 女性C: だ、誰か救急車……は、早くっっ!! やがて、ざわめきとうめき声は徐々に大きくなる悲鳴と泣き声にかき消されて、あたりは一面、叫喚のるつぼと化す。 誰も彼も、何が起こったのか理解できない。疑問を抱く余裕すらない。さらに――。 男性D: なっ、……う、うわぁあぁぁっっ!! 突然、道路をゆったりと進んでいたはずの乗用車のひとつが進む方向をぐにゃり、とねじ曲げる。 そして何人かの人をなぎ倒しながら、広場の植え込みへと突っ込んで止まった。 千雨: ちょっ、……なんなんだっ?! 美雪: っ! 待って千雨、ダメだっ! 慌てて私は階段を駆け下り、エンジンが止まらないまま車輪が回転し続けている事故車に近づく。 その後ろをパーカー姿の女の子が追いかけてきたが、かえりみる余裕もない。 そして、運転席を側面からのぞき込み……声を失う。 千雨: なっ……?! 美雪: ……っ……! 内側から真っ赤に染まった、フロントガラス。 ドアを開けてみると、喀血した運転手は額をハンドルに突っ伏した姿勢で、完全に絶命していた……っ! 通行人A: ぎゃ……ぎゃぁああぁぁっっ!!! 通行人B: ひっ、ひぃぃいぃぃっっ!!! はじめこそ、周囲の人たちは気遣うように倒れゆく人々を見やっていた。 だが、……その異常な事態に恐怖と混乱が肥大化して、膨れ上がってゆく。 逃げろ。逃げなければ。とにかくこの場から少しでも早く、少しでも遠くに逃げなければ――! 男の子: おかーさーん!起きて、ねぇ、おかぁさぁぁんっ!! 通行人C: た、助けてくれぇぇっっ!! 通行人D: ま、待ってくれ! 待って……がふッッ!! 大人も子どもも、男も女も、老いも若きもみな半狂乱になって叫び喚きながら、人々は散り散りになって逃げ出す。 親にすがりついて、泣きじゃくる子供たちを省みることもない。それどころかその途上でも、彼らの多くが咳き込むと同時に喀血し、 ばたばたと吐き出した血の地面に倒れてゆく。……無事に視界から消えることができた者は、本当に数えるほどだった。 千雨: ……い、いったいこれは……なんなんだっ?! ほんの少し前まで楽しげに賑わっていた駅前広場が、……妬ましさすら覚えるほどに幸せに満ちた日常の光景が、地獄絵図と化していく。 聞こえてくるのは、この場から逃げることも忘れて取り残された、子どもたちの泣き声。 ……漂ってきた空気の中には、鉄さびが混じったような生臭く不愉快な臭い。 これが映画なら席をたつか、幕が下りるのを待てばよかった。 そして夢なら、目が覚めるその瞬間までこらえていれば忘れることができた。 だけど、……これは間違いなく、現実。そして空想でも錯覚でもない、ありのままの事実だった。 千雨: ……ぅ……っ! 喉の奥からきな臭さがせり上がってきて、とっさに口元を抑える。足ががくがくと震えて、必死に踏みとどまろうとしても、……力が、入らない。 千雨: な、なにが……何が起きてるんだっ?! 千雨: それに、どういうことだ美雪っ?お前がなんで、生きて……?! この事態は……そして「こいつ」は、いったいどうして――。 千雨: ……ぐっ……?! その時。いきなり前触れもなく、私は自分の身体に異変を覚えて、胸元を押さえる。 痛い。苦しい。……熱い。焼け爛れるような激しい痛みが胸の中からわき上がってきて、どんどん膨らんでゆく。 そして、次の瞬間――。 千雨: げほごほっ、――がはッッ!! ぱんっ、と風船が弾けるような感覚を喉の奥に覚えた途端、口から大量の血がごぼごぼっ、とあふれ出していった。 美雪: 千雨っ! しっかりして、千雨っ!! 千雨: ぐっ……ぅ……? 急激に、……視界が深くて暗い闇の中に閉ざされてゆく。 なにが、起こった……。いったい今、何が起きているんだ……?! 美雪: ……っ、千雨……! 物言わなくなった、はるかに年上の親友……千雨の身体をその場に横たえて、私は顔を上げる。 #p田村媛#sたむらひめ#r命の力で未来へと飛び、自分が失踪した後の「世界」を訪れた私は……ある事実に行き着いた。 そして……図らずも、「真実」を知ってしまったのだ。これまでの惨劇、悲劇……そして「世界」の終わりに必ず関わってきていた、「彼女」の存在を……ッ! 美雪: お前か……全部、お前の仕業だったのか!!よくも……よくもぉぉぉおおおぉぉっっ!! …………。 そこで私の意識は、ぷつん……と切れた。