7「序章・その二 逃げろや逃げろ」
改装を終えた『守蛇怪』は、テストのために宇宙空間を航行していた。
「じゃあ、後はよろしくお願いします」
「了解であります艦長!」
アランは直立不動で敬礼をした。彼等は見事な軍人としての立ち振る舞いを身につけて帰って来た。だがライアンのしごきがよほど凄まじかったのか、目には表情はなく、寝ている時でさえ、直立不動の姿勢で仰向けとなっているのだ。
シートをすぐ下のブロックで止めた西南は、いつもみんなが集まっている食堂へと向かった。
霧恋達はそれぞれ読書や会話を楽しみつつも、全員がイヤリングやネックレス、腕輪にして身につけている皇玉を、慈しむように撫で、あるいはその輝きに見とれていた。
「あっ、艦長。ご苦労様です」
霧恋の声に、全員が立ち上がり敬礼をした。
「お茶でもどうですか?」
「じゃあ、いただきます」
西南がイスに座ると、雨音達はその周りに集まるように座った。彼女達全員の身に着けている皇玉が、西南から見えていた。
「気に入っていただけて、よかったです」
「私もね、GPに入って初めての給料で、親父とママに贈り物をしたの。まあ私は親父とは、あれだろ……だからちょっとした独立宣言みたいなものだったんだ。でも、この前ママが、贈った物を親父がいつも身に着けているって教えてくれて、正直、何が嬉しいのかよく分からなかったの。だけどいざ貰う側に立つと、こんなに嬉しいものなのか、ってちょっとビックリしてる」
雨音の言葉に、西南は照れくさそうにうつむいた。
「どうぞ艦長」
霧恋は西南の前にお茶の入ったカップを置くと、西南の向かいに座った。
「普通の贈り物でも嬉しいのに、まさか皇玉が貰えるなんて……。本物を見たのなんて、瀬戸様のイヤリングくらいだもの」
「柾木の皇妃様は、お持ちじゃないの?」
「もちろんお持ちだけど、近くでちゃんと見た事はないもの。それがこんな間近で、しかもあれだけ大量に見るなんて、まず絶対に有り得ないもの」
喩えて言うなら、シーラカンスが築地の市場で並んでいるマグロのように、大量に並べられているのを見るような感じだ。本当に幻なのか分からなくなりそうだった。
「俺は……真球だっていうのを、二百個くらい見せてもらいました」
「好きな人間が聞いたら卒倒しそうな数ね。美兎跳様なんか、ご本人より息子さんの美咲生ちゃんの方が驚いて、『本当に良いんですか?』なんて連絡が来たくらいだもの」
霧恋は、西南から初月給のプレゼントを貰って、一番喜んだ者の一人だった。だが、西南が皇玉を譲られた裏に、林檎の口添えがあった事を確信していた。以前、林檎を箱詰めにして送り返した時の、ちょっとした意趣返しをされた感があり、複雑な思いだった。
「それにしても、よく分からないのは……なんでNBにまで皇玉を?」
雨音達は、皇玉をボディに埋め込んだNBの方を、不思議そうに見た。
「ワイは一番、旦さんの面倒を見とるんやで、当然やがな」
NBの声は、嬉しそうに弾んでいる。
「西南、いや艦長にとって、NBって牝認識なのか?」
「いや、別に牡牝は関係ないんですけど……。琥雪さんが、俺にもどうか? って言ってくれた時、なんかNBそっくりのがあったから、つい……」
「あっ、やっぱりそうなの? 似てる似てると思ったけど」
雨音はNBの皇玉を見て吹き出した。それはNBとそっくりの色合いをしていて、まるでNBのミニチュアのようだった。雨音だけでなく、霧恋達も釣られて笑い出した。
「可笑しない!………と言うても、確かにこれじゃ、目立たへんな」
と、NBは表面の色を変えた。すると皇玉もそれに影響されて色を変えた。
「あら、なかなか綺麗ですわね」
玉蓮は感心したように言った。
「ほんまか?」
NBは次々と表面色を変化させて行き、その度にNB皇玉は虹のように色を変化させて行った。
「そう言えば、NBの皇玉は単純な色調に見えて、内部の分子配列とかが複雑で、光の加減や種類で、結構おもしろいように変わるって、琥雪さんに聞いた覚えがありました」
「へえ、本当に皇玉っていろいろなパターンがあるよな。確かに樹雷ならでは、って感じだよな」
と、その時、食堂内に第一レベルの警戒音が鳴った。
『艦長、救難信号をキャッチしました!』
アランの報を聞き、西南以下ブリッジ担当のオペレーター達は上へ、待機者は食堂で命令を待った。
× × ×
守蛇怪前方にある小型シャトルの格納庫に、脱出時の爆発による傷で、ボロボロの救命脱出艇が収容された。
コクピットの開閉口は歪み、開けるのに少々の時間を要したが、幸い、頑強に作られた内部の破損は無く、搭乗員も無事だった。生命維持活性剤を投与された搭乗者の男は、担架に乗せられて運ばれる最中に意識を取り戻した。
「う……こ、ここは……?」
「GP所属、守蛇怪の中です。私はこの艦の艦長で山田西南といいます」
「GP艦!」
男はスーツに同化していた小箱の封印を解き、震える手でそれを西南に差し出した。
「奴らは、この箱を狙っているんだ!」
「喋らないで下さい」
火煉の制止も聞かず、男は身を乗り出すようにもう一方の手で西南の腕を摑んだ。
「急いでくれ……奴らが来る。これを……一刻も早く瀬戸様に……」
「瀬戸様!?」
西南が箱を受け取ると、男は解放されたかの様に担架にくずおれた。
「急いで医務室へ!」
× × ×
男を医療室に運び込んだのを見届けた西南は、ブリッジへと戻って来た。
「心配いらないわ。衰弱しているけど、命に別状はないから」
モニターに映し出された、医療カプセルの中に入れられている男を、心配そうに見つめる西南に、霧恋は優しく言った。
「そうですか……良かった」
西南が艦長席に着くと、霧恋の他に、雨音も近寄って来た。
「珀蓮、小箱の中身は分かったの?」
オペレーター席では、アランの他に、珀蓮と翠簾がいろいろな情報を集めているところだった。
「最高度の封印装甲がされていますので、中身が何かまでは……受領書も、暗号で記入されているために読めません」
「とにかく宛先は樹雷の瀬戸様って事は確かね」
「脱出艇は、民間輸送会社の所属、5002337…………いけない!」
と、いきなり翠簾が叫ぶ。
「艦艇登録データバンクが監視されています!」
「もしかしてこの箱を狙ってる連中!?」
雨音と霧恋は素早く持ち場に着き、守蛇怪を戦闘態勢へと移行させる。
「艦長! 警戒レベル3の発令を!」
「警戒レベル3へ移行! 超空間ジャンプ用意!」
西南の言葉と共に、艦内に警報が鳴り、隔壁が次々閉鎖されて行く。
「で、どうするんだ艦長? その小箱」
「どうするって……頼まれちゃいましたしね。うん! 配達しましょう!」
西南は少し迷っていたが、すぐに決断した表情で言い切った。
「そう来なくちゃ! GP宅配便としては、頼まれた荷物は運ばなくちゃね」
「願わくば、その荷物が着払いになっていますように」
雨音と霧恋が軽口を叩き合っていた時、
「前方から高出力反応、多数!」
とアランが叫んだ。
「来たぞ!」
「ジャンプ可能まで120秒!」
目の前に次々とジャンプアウトして来た海賊艦は、すぐさま守蛇怪を捕捉し、攻撃を仕掛けて来た。
「何だ!? 数が多過ぎるぞ!」
事前予想をしていたとはいえ、かなり近い位置からの攻撃に、全て対処するという訳には行かず、守蛇怪は数発の直撃を食らった。
「直撃5! しかし外部装甲に異常はありません!」
「直撃で異常なし? って、なんだありゃ??」
守蛇怪の艦体にはベットリと、ペンキのような物が付着していた。ブリッジにいる全員が、それを不審に思ったものの、戦闘中、しかも超空間ジャンプへの移行中とあって、それを採取分析する余裕も時間も無かった。
海賊の猛攻を、高い旋回能力と霧恋の腕でかわしつつ、守蛇怪は海賊艦の包囲から離脱した。
「障害クリア! 超空間ジャンプ、ロード完了!」
「超空間ジャンプ!」
西南の号令と共に、守蛇怪は超空間へと消えた。
「ちっ! 反応が早いな。さすが噂通りだ」
海賊艦のブリッジで、艦長のガズラは悔しそうに顔をしかめた。ガズラ率いるこの海賊艦隊は、ダ・ルマーギルドの中でも精鋭中の精鋭だった。
「こちらの監視を見破っていたようです。でなければ我らの奇襲を、あそこまでかわす事などできません」
「艦も高性能、それに腕も確かだな……こいつは、ちょいと手こずるかもしれんな」
「念のために、初手からあれを撃ち込んで正解でしたね」
「よし……狩りの始まりだ」
ガズラは、守蛇怪の消えた空間を見つめニヤリと笑った。