6「序章・その一 バカの壁」
────エルマが西南暗殺を実行する前日。
「だめですね、お頭」
コマチの捜査は一向に進展が見られなかった。コマチの持つあらゆる情報網にもほとんど引っ掛からないのだ。
「クソッ! タラントの奴め……」
「思った以上に、ガードが堅いです。タラントのバックというのは、こちらの予想以上に奥が深いようですね」
「気に入らないな……ん?」
と、その時、コマチの秘密回線にアクセスして来た者がいた。
「誰だ!?」
『それを説明している暇は無いの。タラントに捕まったフオ・バルタからの伝言よ』
それは若い女の声だった。
「な、何!?」
『タラントをダイ・ダルマーに足止めして、以上よ』
「お、おい!」
だがコマチの問いに答える事なく、通信は遮断された。
「逆探は?」
「ダメです。どちらにしろこの短時間では……」
「そうか……今の通信、どう思う?」
「フオ・バルタとか言ってましたが」
オペレーターの言葉が終わるやいなや、コマチはリョーコの副官との直通ラインを開いた。コールが一つ鳴り終わる間も無く、リョーコの副官は通信に出た。
『コマチ様? 何か分かりましたか?』
「フオ・バルタという名を知っているか?」
『なっ!?』
「急ぐ、また後でな」
副官の一瞬の表情変化で、コマチは先程の通信が本物だと判断した。
「タラントの足止めといっても……どうします?」
「そうだな……あのバカに役立って貰うか」
× × ×
豪華な内装の独房の中で静竜は、じっと座禅を組んで瞑想をしていた。
『調子はどうだい』
静竜のナノマシンを通し、コマチが話しかけて来た。あの一件以来、時折情報交換をしているのだ。
『私はいつも絶好調だ! ワハハハハ!!』
『……最近、連れ去りは起こっているか?』
静竜のハイテンションに、コマチの言葉が一瞬途切れる。多少慣れたとはいえ、静竜との会話には気力がいるのだ。
『ああ、何度かな。腹立たしい話だ。いい加減そちらで何とか出来ないのか?』
『あんたが、何とかしてみる気は無いのか? GPなんだろ?』
コマチの口調は少し挑発的だった。
『何だと!?』
『ここにはここのルールがあってね』
『フッ、好き勝手に生きている海賊共も、組織となると不自由なものなのだな』
『そういう事だ』
『いいだろう。ここで大人しくしているのにも飽きていたところだ! どこかの星の歌にもあった───自由は向こうから来ない。だから、自分で行くんだね。一日一歩、三日で三歩、三歩進んで五歩戻る───とな!』
『……ん? それでは前進しないのではないか?』
『目的地が後ろにあれば問題なかろう、ハハハハ~~~!!』
と、静竜は勢いよく立ち上がって、目の前にあるドアに突進して行った。
『こら! ちょっと待て! すぐにこちらの手の者が……』
ドアを開けて、武器を渡す。とコマチが続ける間も無く、
「ハッハッハ! 静竜キィ~~~ック!!」
ドガァアア~~~~ン
轟音を立ててドアは吹き飛んだ。と、警報が鳴り始める。
『このバカ! いきなり警戒されるような事を!』
『ハッハッハ! 奇襲だ奇襲!』
× × ×
「じ、人選を誤った……」
自艦のブリッジでコマチは頭を抱えていた。
「何を考えているんだ、あのバカ! こちらの計画が台無しだ! おい、急いで奴に武器を渡して、他の奴らを牢から……」
「お頭!」
「どうした?………ん??」
オペレーターの声に、モニターに視線を移したコマチは、監視部屋へ突入した静竜が、監視員を叩きのめし、警報を切ったのを見た。次に静竜は隠しロッカーから大量の武器を取り出すと監視システムを破壊し始めた。
「……一応、考えてはいるのだな。ちょっと感心したぞ」
「ただのバカでは無さそうですね」
× × ×
『ワハハハハハ』
静竜は今までの鬱憤を晴らすように暴れていた。それは散歩に出かけられる嬉しさで狂喜乱舞する犬のようだった。
『ワハハ! ワハハハハハハァ~~~~~~!!』
『まったく無茶をする……それにしてもタラントめ、そんな重装備の武器を隠しておくなんて……』
『ハッハッハ! 慎重、狡猾というのは、裏を返せば臆病者というわけだからな!』
× × ×
「奴は……何者だ?」
中央本部の会議室のソファーで、ダ・ルマーは笑みすら浮かべ、静竜の映ったモニターを見つめていた。少し離れた対面には、緊張した面もちで立つ、タラントとその部下の姿もあった。
「コマチ・キョウが捕らえたGP艦の艦長と聞いてますが」
ダ・ルマーの前方、両脇に控えている側近の一人が口を開いた。
「ほう。GPの人間か……なかなかやるではないか」
ダ・ルマーは興味深げに身を乗り出した。
「確か、あの場の管理者はタラント……お前だったはずだな」
もう一人の側近の言葉に、タラントの拳は固く握りしめられ震えていた。
「も、申し訳ありません!」
うつむき、歯を食い縛って屈辱に耐えるタラントに、さらなる追い打ちがかかった。
「こ、これは!?」
驚く側近の見ているモニターには、タラントの隠し部屋に入って行く静竜の姿が映っていた。
「タラント、これはどういう事だ?」
「おのれ!」
側近の言葉に、タラントは咄嗟に銃を引き抜き、部下の一人に向かって発砲した。頭部を吹き飛ばされたタラントの部下は、声を上げる間もなく倒れた。
「貴様! ここを……」
「ほお、お前はあれを知らなかったというわけか?」
側近の言葉を遮るように、ダ・ルマーは笑みを浮かべたまま言った。
「誓って!」
「だが、それらを監督する立場の不祥事には変わりはないぞ」
「承知しております」
「タラント。あの者、私の元に連れて来るのだ。殺さぬようにな」
「はっ!」
タラントはダ・ルマーに深々と一礼をすると、慌てて部下を引き連れて会議室を出て行った。
「おのれ~~~っ」
会議室を出るなり、タラントは怒りを残った部下を殴る事によって発散させた。顎を砕かれ部下は床に膝をついたが、その部下にとっては、いきなり銃殺されるより遥かにマシな事だった。
「タラント様!」
転送ゲートをくぐり、指揮のため自艦に戻ったタラントに、副官が血相を変えて駆け寄って来た。
「本星、衛星軌道上にある研究施設で反乱が起こり、フオ・バルタ達が例の物を奪って脱走を!」
「何だと!」
報告の内容が、よほどの緊急事態なのか、タラントの表情が狼狽へと変わった。
「脱走の際に、研究ブロックは自爆システムで、ファントムを追い込んだブロックごと破壊されました」
報告する副官の手は、処刑の恐怖に震えていた。だがタラントの方にも、その余裕はなかった。すぐさま現場に駆けつけたいが、静竜捕獲はダ・ルマーの勅命だ。自分の管理ブロックの騒ぎを部下に任せ、ダイダロスを発進させる訳にはいかないのだ。
「私はここを動けん。向こうの処理はお前に任せるが、責任者は今すぐ処刑しろ!」
それはせめてもの憂さ晴らしだった。
「はっ!」
副官は、タラントの気が変わらぬうちに、急いで転送ゲートへ駆け込んだ。
「どうした! まだコントロールは戻らんのか?」
このステーションの研究責任者は、真っ青な顔で、部下に怒鳴り散らしていた。ここの惑星には、タラントの私設研究所があり、フオ・バルタ達研究チームは惑星軌道上にある研究ステーションでファントムと呼ばれるアストラルを持つAIプログラムの駆除を行っていた。そのフオが別棟で保管されていた、ある物を奪い、脱走を図っていた。
「ダメです! 護衛艦、全艦コントロールを奪われたままです!」
フオ達の脱出の際、この惑星近辺をパトロールしていた護衛艦が、突然、コントロールを奪われ、地上基地や宇宙ステーションの迎撃システムを破壊し出したのだ。
「もういい! 乗員に構わず全艦撃沈させろ!」
「第一研究棟、自爆回避出来ません! 自爆します!」
モニターに映る宇宙ステーションの一部が光に包まれ、次の瞬間、避難のため切り離していた、責任者達の居る中央ブロックにも、大型破片による衝撃が伝わる。
「第二から第八までのブロックが大気圏へ突入していきます!」
第一研究棟の爆発で軌道が逸れ、目の前の惑星へと巨大なブロックが落下して行く。だが地上基地からの高出力砲撃で、研究棟は次々と爆破、軌道変更が行われていった。
「全ブロック破壊確認、基地への直撃はありませんが、爆発の余波と落下物、一部残った護衛艦の攻撃で追撃艦の発進が遅れています!」
「おのれフオの奴……。ファントムはどうなった?」
「爆発寸前まで、檻は正常作動していましたし、移動は確認されておりません。第二棟の爆発で消失した模様です」
「まあいい。結果的にはファントムの駆逐に成功したのだ。…………だが、よりにもよって、フオにあれを持ち出されるとはァ~~~!」
研究責任者は奥歯が砕けるほど、強く歯を嚙み締めながら、爆発の影響が薄れるのを待った。
「一部追撃艦発進可能となりました!」
「すぐに発進させろ! 奴らを逃がすな」
「了解!」
オペレーターに指示を出した研究責任者は、一段落つき、大きく息を吐きながらイスにもたれ掛かった。緊張から解放された研究責任者は、ようやくある事に気付いた。
「だが……待てよ……。フオ達はどうやって脱出した? ここのコントロールを奪ったとしても、地上基地までコントロール下に置くのは不可能だ。たとえそれがあの白眉鷲羽の弟子だとしてもだ。それに他のブロックの落下も、よく考えれば不自然だ……………まさかファントムは!」
研究責任者はハッと顔を上げ、地上の基地を見つめた。
「そうか、そういう事か!」
その時、中央コントロールセンターへ衛兵がなだれ込んで来た。
「何事だ!?」
「タラント様の命だ! この失態の責任を取ってもらう」
「ま、待て! まだ完全に逃げられた訳じゃない! それにファントムが……」
研究責任者がそこまで言った時、衛兵達は銃を構え、一斉にそこに居た研究者やオペレーターに向けて発砲した。
彼等の悲鳴や怒号は、あっと言う間に銃声と破壊音にかき消された。
「よし、ここを爆破して我々はフオ追撃に移る! 急げ!」
衛兵達が出て行った後、イスに倒れ込んでいた研究責任者の手がぴくりと動いた。そして彼は息も絶え絶えに閉じ行く目で、発砲での破壊を免れた小さなモニターに映る地上基地を見た。
「……あそこだ……あそこにファントムは……居る……」
その言葉が終わると同時に、中央コントロールセンターは白い光に包まれた。
薄暗い『水鏡』のブリッジでは、オペレーターの女官一人と水穂、そして瀬戸がブリッジ中に浮かんだモニターを見ていた。
「フオ・バルタ氏の保護を確認」
オペレーターの報告に、水穂は安堵のため息を吐き、瀬戸の方へふり返った。
「瀬戸様、これで全員の保護を確認しました」
「フフッ、誰に助けられたか知れば、さぞ驚くでしょうね」
「……それにしても脱出艦が撃沈されたのは残念です」
フオが脱出に使った艦は、座標データが一部欠落していた上、一定の場所への超空間ジャンプしか出来ないように設定されていたのだ。それはタラント基地の位置特定が出来ないようにするためであり、フオ自身はおろか基地にいるタラントの部下達でさえ、基地の位置を特定するための情報は、全て規制されていた。基地へ来た艦は全て、視覚フィールド内でしか行動は出来ず、基地を中心とした独自の座標を使って移動させられていた。
「まさか脱出艦の座標データメモリーが、外壁に設置されているなんてね。しかも座標データの入ったデータロムはジャンプ後、自動で爆破廃棄されるなんて、まったく徹底した情報隠蔽だわ。もっとも、だからこそ、今まで隠し果せて来たんでしょうけど」
フオ・バルタの脱出艦は、ジャンプ後に待ちかまえていた海賊艦に攻撃を受けたが、タラント基地から定位置間ジャンプの座標先が、数十パターンの中からランダム選択するようになっていたおかげで、敵は分散配置をしなければならなかった。そのためなんとかランダムジャンプへ移行し、結果、脱出艦は破壊されたものの、フオ達は脱出に成功、バラバラに民間の定期航路を利用しつつ、追っ手の追撃をかわしている途中で、瀬戸の手の者に助けられたのだ。
「フオ氏のデータから、タラント基地の候補宙域は、約三十万から八万に絞り込めました」
「大した進展だわ」
オペレーターの報告に、瀬戸は苦笑しながら言った。
「しかし、あれを回収出来なかったのは残念です」
瀬戸の表情とは対照的に、水穂は苦渋の表情で、モニターを見つめた。
「仕方ないわ。あの荷物を持ったままでは、逃げ切れなかったでしょうしね。でも水穂ちゃん。物は考えようよ。二万年の年月を経て、タラントに回収されたあの子の存在を知る事が出来、尚かつ敵の手から奪取されて、どういうルートになるかは分からないけれど、樹雷へと戻って来る可能性がある、とね」
「それにしても、民間の宅配を使うなんて……」
「やっぱり着払いなんでしょうねぇ」
困惑気味の水穂に、瀬戸はアッケラカンと言った。
「瀬戸様!」
「物が物だけに、すんなり到着出来るとは思えないし、そうなったら宅配の人にも正規料金だけ払って『はい、お終い』なんて出来ないでしょう? でもそうなると林檎ちゃんが絶対文句を言うでしょうし…………。でもそっか、物が物だけに、主計から経費は出るかな……」
「どういう心配をしているんですか!」
「だってこの前、アイリちゃんの失敗で、霧恋ちゃんに怒られたばかりだしぃ」
まるで親に怒られた子供のように、瀬戸は口を尖らせ、ジト目になった。
「西南君に、あんな物を買わせるからですよ! だいたい私だって『躾をしっかりして下さい』って霧恋ちゃんに怒られたんですからね」
「ふん! これで林檎ちゃんにまで文句を言われたら、悲しすぎるわよ」
と、瀬戸は気持ちを落ち着けるかのように、イヤリングを撫でた。それを見て水穂の表情が和らいだ。
「クスッ、もうお着けになってるんですね」
「ん? ああ、このイヤリング? そうね、まさか西南殿にこんな物を貰えるなんて思いもしなかったわ。水穂ちゃんはブローチにしたのね」
水穂の胸には、樹雷風彫金が施された台に付けられた皇玉が輝いていた。
「え? エヘヘヘ……」
西南の初月給のプレゼントというだけで、くすぐったいような嬉しさがあるのに、皇族ですら持つ者が少ない皇玉をプレゼントされたのだ。水穂は、その嬉しさをどう表現して良いのか分からず、極々素直に、小さな子供のように笑った。そして瀬戸も同じ事を思っているのだろう、とろけるような笑みを浮かべた。
「フフフ……では、少し休みましょうか。状況は?」
瀬戸はオペレーターに向かって声をかけた。