と、西南は皇玉を見て、ある事に気付いた。
「もしかして、外で待っていたお客さんは……」
「はい、皇玉をご所望の方々です。いつもオーナーがお出でになると、長話をなさって行かれます」
つまり本来の持ち主が琥雪であると知らない者達が、老オーナーと知り合いになろうと必死なのだ。
「はあ、なるほど……」
先程、西南に刺さるような視線を送っていた客達が、琥雪の客だと知って、急に興味を無くしたように無視しだした事を思い出した。
「なんか、外で待っている人達が、ちょっと気の毒な感じが……。俺なんか、そこまで熱心というわけじゃないのに」
「初めて出たお給料で、お世話になった方々にプレゼントをなさるのでしょう?」
「なっ、何故それを?」
「この時期はそういうお客様が多いんです。午前中に見えられたお客様の半数はそうですし、私共としても、そういうお客様の方が嬉しいのです。このバザーの場にお店を開いているのも、ブランドでは無く、純粋に作品をお気に召してお買い上げいただくのが目的ですから」
琥雪はそう言うと、ちょっと表情を曇らせた。この店が抱えている職人の中には、その名前だけで売れる者達も多く、その職人が趣味や手慣らし、あるいは何かを作る時の試作品などをここで安く手に入れ、それを原型として高価な素材でレプリカを作ろうとする者達もいるのだ。
「はあ、なるほど」
「ですからぜひ、これは西南様にお買い上げいただきたいのです」
「わかりました………あっ、でもそんな貴重品、贈った後に着けて大丈夫かな?」
その心配は、運の悪い西南ならではだった。表で待っている金持ちそうなお客がいる以上、それがあまりに稀少な場合、身に着けて歩くのは危険な場合だってある。ましてや西南が関わった場合、その確率を上げてしまうおそれもある。
「皇玉はレプリカも多いので、大丈夫ですよ」
「そうなんですか?」
「ええ、いろいろなメーカーから出ているのですよ。……クスッ、しかも使用している素材も良い物を使っていますから、本物の皇玉よりはるかに高くつくんです。ちゃんと調べない限り、一見して真贋の違いは、普通の方には分からないと思います。もちろんこちらの本物には、ナノサイズでシリアルナンバーを付けていますし、一つ一つ特徴を記した台帳もありますが、それは公開していませんのでご心配なく」
「そうですか、よかった」
「では西南様、差し支えなければ、どのような方にプレゼントなさるかを、教えていただけますか? その方の好みや合う色などを決めるお手伝いができますから」
琥雪はそういうと、あらゆる企業の顧客リストへとアクセスを始めた。
× × ×
「ここで買い物をしていたのは間違いないようね」
霧恋と雨音は、色々な店に聞き込みをしつつ、辺りを見回しながら移動していた。
「そこ行く綺麗なお嬢さん方、何か買ってかない?」
と、店の奥から声をかけられた霧恋は、声の主を見て血相を変えた。
「わっ、鷲……」
思わず叫びそうになった霧恋だが、少女が唇に人差し指を当てたのを見て、咄嗟に口を塞いだ。
「山田西南殿をお探しかい?」
「ご存じなのですか!?」
霧恋は少女に近付き、小声で尋ねた。
「ああ、白毛のワウっ娘と一緒だったよ。ここに顔を出したのは一時間ちょい前だったけど、ついさっきも一人で歩いているのを見たから、まだそこら辺にいるんじゃない?」
「そうですか、ありがとうございます」
「なあ、霧恋」
先を急ごうとした霧恋を、雨音が呼び止めた。
「これ、ちょっと良さそうじゃない」
と、雨音が持っているのは、先程エルマが欲しがった溲瓶だった。
「なっ!?」
西南がよくそのお世話になったように、霧恋も、それで西南の下の世話をよくしたものだった。
「こいつにお酒とか入れて、クーラーで冷やせばいい感じじゃない?」
「バッ、バカ言わないで! これは……」
「ダハハハハ~~! ちなみにそいつは新品じゃなくて、使用済み!」
真っ青になって慌てる霧恋に、その少女は爆笑しながら言った。
「そんな物を売らないで下さい!」
「え~~~っ!? ちゃんと洗って殺菌済みなのに?」
「あんな物でお酒を飲みたいんですか!?」
「クックック、西南殿と同じ反応。そう言えば白毛のワウちゃんも、そっちの彼女と同じ使い方をしようとしていたんだよねぇ」
「お願いですから、あんな物を売らないで下さい」
「あれって、近くの病院の廃棄物なんだけどさ、西南殿も使ったかもしれない物だと思うと、ちょっとドキドキしない?」
「しません! そんなマニアックな趣味はありません」
「え~~~………柾木家ってのは真面目だねぇ、天地殿も阿重霞殿もそうだけどさ。もうちょっとこう……」
「雨音、さっさと行くわよ!」
霧恋は少女を無視するように、雨音から溲瓶を取り上げ、元あった場所に置くと、雨音を引きずるように店から離れて行った。
「ええっ? ちょっと霧恋!」
「西南ちゃんを捜すのが先でしょ! まだここらにいるらしいわ」
遠ざかる霧恋達と入れ替わりに、若い男女が溲瓶を手に取った。実はこのカップル、先程、雨音が溲瓶を持っているのを横目で見ていたのだ。人が興味を示す物は、普通より良く見えるものだ。
「すみません、これ下さい」
カップルの女性は、嬉しそうに溲瓶を持ち上げた。ちなみに、そのカップルの使用目的は雨音達と同じだ。
「毎度ありぃ~~~。ニャハハハ~~」
彼女は別に、意地悪をしてるわけでも、悪意があるわけでもない。この世界の人間が、地球の物を、どういう使い方をするかに興味があるだけだった。
× × ×
「せっかく面白そうな物だったのに……」
「そうね、確かに面白い物だったわよね」
ブツブツと文句を言う雨音を引き離すように、霧恋は早足で歩いた。
「今日の夕食に使おうかと思ってたのにさ」
「そうね、きっと西南ちゃんもアイリ様もビックリするでしょうね」
「何を怒ってるんだ?……いた! 西南だ!」
雨音の指さす数百メートル先に、今まさに転送ゲートに入って行く西南の姿を、霧恋も確認した。咄嗟に走り出そうとするものの、間に合うはずもなく、霧恋は転送先の特定を始めた。使っているゲートが分かっていれば、転送先の特定は一瞬だ。
「行くわよ!」
霧恋と雨音は同時に転送ゲートに向かって走り出した。数秒後にゲートに到達した二人は、転送先を指示した。だが……、
ピ~~~~! っと警告音が鳴り、転送は行われなかった。
「どうして!?」
「ダメだわ! 転送先のゲートが封鎖されてる!!」
「じゃあ、一番近いゲートへ!」
「それも封鎖されているのよ!」
「じゃあ走る!」
ゲートを飛び出した雨音は凄い勢いで走り出し、すぐさま霧恋も後を追った。
エルマはベンチに座ったまま、冷たい目で手にした拳銃を見つめていた。と、地面にまかれたエサをついばんでいた小鳥達が一斉に飛び立った。
「!」
拳銃を握ったまま、エルマは右手をポケットの中に突っ込んだ。
「すみません、遅くなりました!」
貴重品用のケースを手にした西南が、エルマに向かって駆け寄って来る。エルマは、無表情のまま西南を迎えるように立ち上がった。
「たくさん種類があって迷っちゃいました。アハハハ」
「…………」
「でもお店の人がアドバイスをくれて……」
「西南君……そのプレゼント……誰に渡すの?」
「えっ? それは……えっと」
「教えて……私が……渡しておいてあげるから」
エルマは懐の銃をゆっくりと取り出し、西南に向けた。
「!!」
黒光りする銃口を見た瞬間、西南の身体が硬直した。何か言おうとするが、言葉が出ない。ただカチカチと歯の鳴る音が伝わって来るだけだった。
「やはり、あの時のトラウマが残っているのね」
エルマの冷たい口調と目が、フラッシュバックでタラントの顔と重なる。
「あ……ああ……」
冗談だと、夢だと思いたかった。しかし皮肉な事に、西南の経験が、目の前の危機を本物だと告げていた。だが、次の瞬間、西南の歯鳴りが突如止んだ。西南の意志とは関係なく、西南の本能が動揺を急速に静めて行った。
そのきっかけとなったのは、そこにエルマと西南の二人しかいない事だった。つまり被害者は西南一人という事なのだ。リナミクスの時は、美兎跳を始め、クルー達が居た。彼等が傷付き、殺されるという恐怖があった。
(だが今回は自分だけだ……)
「命乞いも、逃げようともしないのね」
急速に動揺が静まって行く西南を見て、エルマは悲しげにため息をついた。
──何かを手に入れるとすぐにそれを失ってしまう……それに慣れすぎているのね。
以前、美希の不幸があった時、西南を寮へ送り届けた別れ際を、エルマは思い出した。そしてその後ろ姿を見送りながら、今と同じような大きなため息をついたのだ。
──西南君は……ただ生きているだけ。何か大きなものを欠けさせたままで、人として生きていないんだ。
エルマが感じた西南の中に空いた穴は、多くの出会いとふれあいによって埋められて行った。だが人の本質は変わらない……いや、西南に確率の偏りがある限り、その穴を埋めようとしたものはすぐに欠け落ちてしまうのだ。
(今、私がそれをしている)
西南のポッカリと空いた穴を埋めてあげたいと願ったエルマが、僅かに埋まった穴を広げようとしているのだ。
「あなたが、ただのGP隊員だったら……こんな事にならなかったのに」
エルマは呻くように言った。
「〝ただの〟だったら、俺、宇宙にも上がってないし、エルマさんや他のみんなにも出会えてません」
「でも……少なくとも、私が貴方に銃を向ける事は無かったわ!」
「エルマさんにそんな事させて、すみません。でも俺……運がわるいから……」
西南はゆっくりと俯き、悲しげに言った。それは自分の運の悪さに嘆いているのではなく、人に迷惑をかける事へのものだった。
「……西南君」
「でも俺、やっぱりここに来て良かった。悲しい事もあったけど、本当に楽しかった。生きてるって……本当に思えた。俺、それだけでも……」
「バカ!!」
エルマは堪えきれずに叫んだ。そして次の瞬間、エルマの身体に異変が起こった。
「そんな事…………、言っちゃダメよ」
エルマの声が途中で変化する。
「……え? リョーコさん??」
西南の目の前で、エルマはリョーコ・バルタへと姿を変えたのだ。
「私も…………西南君達との生活……楽しかったのよ。出来ればずっと……ずっとあのままでいたかった……」
リョーコの目からは大粒の涙がこぼれていた。
「私にとっても、ここが……私らしく生きていられる場所だったんだわ」
リョーコ艦の自室で、西南達と写した写真を見ながら泣いた意味を、ようやくリョーコは気付いたのだった。
「……だけど!」
リョーコは拳銃を両手で構える。
「だけど……」
西南を撃たなければ、リョーコのクルーや家族が危ない。
「だけど……」
自分が自分らしく生きられる場所と、ポッカリ空いた穴を埋めてあげたいと、渇望にも似た想いを抱いた少年。
「どうして! 何故、逃げてくれないの!」
そう叫ぶリョーコ自身、西南が逃げない事を確信していた。
リョーコをまっすぐ見つめる西南の姿は、あの時の後ろ姿と同じ、空虚なものだった。西南がようやく積み上げた、他人から見ればほんのちっぽけな幸せを奪い、空虚さのまま彼の人生を終わらせる────その時、リョーコが感じたものは、罪悪感などという生易しいものではない、それは慟哭にも等しかった。
─────リョーコ・バルタ! 急げ!
無情にも監視者からの生体通信が、時間切れを告げた。
「くっ!」
正直、このまま時間を引き延ばし、西南を監視しているはずの誰かが気付いてくれる事を、リョーコは願っていた。しかしこれ以上無駄に引き延ばせば、裏切りと認識され、クルーとその家族が処刑されるかもしれない。
(それは!…………だけど……でも……でも、でも、でも、でも、でも、でも、でも、でも、でも、でも、でも、でも、でも、でも、でも、でも
)
銃を持つリョーコの両手の力が緩んだ。
「……でも、やっぱりダメ」
切なげに微笑んだリョーコは、西南も、クルー達も無事に済む方法を選択した。
「リョーコさん!」
西南から少し距離を置きつつリョーコは持っていた銃を、自分の頭に押し付けた。
─────何をする!?
案の定、監視者もリョーコの行動に戸惑っていた。
「ごめんね……」
リョーコが引き金を引こうとしたその時、けたたましいサイレンの音が聞こえ、
「西南! 見つけたわよっ!」
そう叫びながら一台のミニパトカーが土煙を上げつつ、西南とリョーコの間に突っ込んで来た!
「エルマとデートだなんて、どういう……」
窓から上半身を乗り出し、雨音は西南に向かって怒鳴った。だが反対側のドアからエルマの方を見た霧恋からは、驚きの声が上がった。
「あなた、リョーコ・バルタ?」
「チイッ!」
リョーコは咄嗟に拳銃を霧恋達に向けて発射した。
「クッ!」
その一瞬前、雨音はミニパトを移動させ、銃弾を避けつつ西南をガードした。と、近くのゲートからGP特殊部隊一個小隊が飛び出し、リョーコへと銃を向けた。
「リョーコ・バルタ! 投降しろ!」
隊長の言葉を無視し、リョーコはガーディアンを起動させつつ特殊部隊へ発砲した。
「気をつけろ、奴の搭載しているのはSクラスだ!」
リョーコのガーディアンは、アイリが支給したものだったため、いかに特殊部隊とはいえ、苦戦を余儀なくされた。だが終わりは唐突に訪れた。
ギャイン! リョーコのガーディアンが、ある隊員のガーディアンを貫いた瞬間、故障でもしたのか、突如、消失してしまったのだ。
リョーコ確保を目的としていた隊員達の引き金は、その瞬間に止まったが、撃ち出されてしまったエネルギー弾を止める事は出来なかった。
ジュッ!────対ガーディアン用に調整されたエネルギー弾は、リョーコの上半身を一瞬で蒸発させた。
「見ちゃダメ!」
それを見せまいと霧恋は西南の頭を抱えた。
「……リョーコさん」
西南が知る事が出来たものは、リョーコの下半身が倒れる、ドサッという音だけであった。
× × ×
現状維持と検証が行われる中、雨音はアイリを睨み付けながら向かい合っていた。
「これは、どういう事です?」
雨音は後方で霧恋に寄りかかって呆然としている西南に配慮し、小声で言った。
「とりあえず、あれに乗って。霧恋ちゃんと西南君もね」
そう言うとアイリは、後方に降りて来た装甲トレーラーへ歩き出した。
車内に入り、両側の壁に設置された長椅子へと座った西南達の前に、リョーコの遺体を入れた袋が、担架に乗せられて運び込まれて来た。
「アイリ様!」
遺体と西南を同乗させる無神経さに怒る霧恋だったが、アイリは何も言わずに発進を命令した。
装甲車が浮かび上がり移動を始めた時、西南は無言のまま、買い物ケースの中から一つの包みを取りだした。
「それは?」
霧恋の問いに、西南はゆっくりと口を開いた。
「初めての給料を貰って、お世話になった人達にお礼をしたくって……」
「もしかしてあのバザーに行ったのは……」
「何か買うならあそこがいいって、エルマさんが教えてくれたんです」
「そうだったの……でも……」
少し口籠もる霧恋の前で、西南はもう一つ、包みを取りだした。
「そっちは?」
「これはエルマさんので、こっちはリョーコさんのです」
西南は二つの包みを、ジッと見つめたまま言った。
「西南ちゃん……?」
「……リョーコさんは……瀬戸様の次に、俺の事、仲間にならないかって、誘ってくれたんです。俺の事、必要だって言ってくれた人だったんです。もちろん、海賊はいけない事だって言って……」
溢れ出す涙で西南は言葉をつまらせた。そして大きな深呼吸をし、再び話しだした。
「……………その……以前、霧恋さんが教えてくれましたよね。捕まった後の再犯率は少ないって」
「それは海賊の事?」
「……捕まえたら、海賊を止めてくれって、渡そうかなって思ってたんです」
「西南ちゃん……」
「俺、何を言ってるのかな?……よく分からないや」
西南は乱暴に涙を拭うと、ゆっくりと立ち上がり、リョーコの遺体の上へ二つの包みを置こうとした、が───
ゴソゴソ、っと遺体の袋が急に動いた。
「うわあああああああああああああああ
」
「きゃあああああああああああああああ
」
西南達三人は、腰をぬかさんばかりに驚き、床に倒れ込んだ。
「何!? なに? 何、なに、ナニ何なになに何ナニ何なに何ナニ何なに何これ
」
ゴソゴソ動いている遺体袋を指さして、雨音は大声で叫んだ。
「あの……実はね」
驚く西南達を、アイリは少し気まずそうな表情で見ていた。
『ああっ! もう、ええ加減、ここから出してぇな!』
袋の中から聞こえたのはNBの怒鳴り声だった。
「ええええええええ!!」
戸惑う西南達の目の前で、アイリは袋の封印を外した。と、中からリョーコの下半身が立ち上がり、その表面がパール色へと変わったかと思うと球体へと変化した。
「あ~~~、えらい目に遭うたわ……。もっと訓練せえっ、てあのボンクラ共に言うといて、アイリはん! もうちょっとでコアに当たるところやったんやで!」
「え、NB? 何でお前が???」
西南は飛び上がるように立ち上がった。
「旦さんの所に、霧恋はん達が強奪したミニパトで、突っ込んで来た時にな、亜空間迷彩で潜んでいた珀蓮はんと翠簾はんがリョーコはんを確保、ワイと入れ替わったんや」
「じゃあリョーコさんは?」
「もちろん無事よ」
「よかった……」
アイリの言葉に西南は安堵のため息をついた。
「とりあえず、どういう事か説明していただけますか?」
西南とは対照的に、表情を引き攣らせながら霧恋と雨音は、隙あらば飛びかかろうという体勢でアイリを睨んだ。
「え~~~、説明と言っても……」
アイリは少し離れた場所に避難しながら、可愛らしい声で言った。
「そもそもアイリ様はエルマがリョーコだって、いつから知ってらしたんですか?」
「それはもちろん、採用する時からよ。GPへのスパイ侵入ルートやら草の割り出し、後はこちらの情報をうまく、リークするとかね」
「では、ずっとエルマを泳がせていた……というわけですか?」
「アハハハハ、まあそういう事」
アイリの言葉を、霧恋は複雑そうな表情で聞いていた。
「ねえ霧恋ちゃん。もともとこの計画が立てられた当初はね、NBが身代わりになるのは西南君の予定だったのよ」
「当初というのは、私達が同居を始める時ですか?」
「うん♡」
「つまり、早い段階でエルマに実行命令が出ていたら、NBが西南ちゃんの身代わりになっていたと?」
「その心配は、あまりしていなかったんだけれどね。ダ・ルマーギルドからすると、その頃の西南君は、そこまで重要視するような人間じゃなかったし、アカデミー理事長の秘書に送り込んだスパイを、その程度の事に使う訳ないしね。それにリョーコ・バルタの行動原理からしても、暗殺なんて手を使うはずがないもの」
「しかし先程は……」
「ようやくダ・ルマーが重い腰を上げたんでしょうね。西南君ほどの確率の偏りなんてのは、オカルトの類だもの。でもこちらの重要度は最初から最高レベルだから、ね」
「つまり護衛が強固で西南ちゃんに近付けない。だからエルマにその役を……」
「たぶん強引に押し付けた奴がいるんじゃないかしら? エルマを使い捨てにするんだったら、それこそ私や瀬戸様クラスじゃなきゃ割が合わないわ。スパイとはいえ、私はエルマの事は気に入ってたし、西南君の側に置いておけば、いろいろと考えてくれるんじゃないかってね」
「その為に西南ちゃんを使ったと?」
NBが身代わりになるといっても、絶対では無い。西南の場合、それがうまく行かない確率は高い。
「西南ちゃんとエルマ、いえリョーコ・バルタを天秤にかけたと、判断してよろしいのですか?」
霧恋は不機嫌そうな表情でアイリを睨んだ。それはアイリにとって、リョーコ・バルタの重要性がかなり高い事を意味し、西南をそのための道具に使われたも同然だからだ。
「あら、瀬戸様の女官が四人では不満なのかしら?」
「!! それは……」
それは護衛として破格の人員だった。あくまでNBの身代わりは、万が一の場合に対処するものだったと、霧恋は渋々納得した。だがもう一つ、霧恋には疑問が残っていた。
「リョーコ・バルタにそこまでこだわる意味は何ですか?」
瀬戸が西南を高く評価をしている事は確かだが、アカデミーというこちら側のテリトリー内にもかかわらず、珀蓮達四人が護衛に付くというのは、あまりに大げさすぎるのだ。しかもNBをリョーコ・バルタに偽装させて死んだと見せかけたのも不自然、それに火煉と玉蓮は何処にいるのか?
「リョーコ・バルタは、海賊からもGPからも人気があるもの。それがこちらの仲間になってくれる意味は大きいでしょ?」
「…………それでも……」
そう言いかけた霧恋に、雨音が割って入った。
「それにしてもリョーコ・バルタのパーソナルなんて、よく入手出来ましたよね?」
「えっ? まあ、私くらいになれば、いろいろな資料映像からだって作れるわ」
「なるほど。さすが哲学士」
雨音も霧恋もアイリの表情変化を見逃さなかった。少なくともリョーコ・バルタのパーソナルが、アイリ製で無い事は確かだった。
「こりゃ、思ったより裏は深そうだな」
小声で言う雨音に霧恋は小さく頷いた。二人はリョーコ・バルタについてこれ以上追及するのは無駄だと判断した。
「アイリさん。これからリョーコさんは、どうなるんですか?」
「全て彼女次第ね。だけど、西南君はどうなって欲しいか決まってるのよね?」
スッと、アイリは手を差し出した。
「俺は………」
西南は一瞬、戸惑ったが、持っていた二つの包みをアイリに手渡した。アイリはそれを大事そうにリュックの横ポケットに入れた。
「あ、そうそう。リョーコちゃんの事で思い出したんだけど、コマチ・京経由で、静竜君から西南君に通信があったそうよ」
「俺に?」
「……『貴様には負けん!』だそうよ」
「えっ? どういう意味でしょうか?」
不思議そうな西南の後ろで、すぐさまその意味に気付いた霧恋と雨音は、呆れ顔でこめかみを押さえていた。
「ダ・ルマーギルドに入っちゃったらしいのよねぇ……静竜君のお父様も身代金が浮いたって喜んでたし……」
「ええっ!?」
「……雨音の言う通りになっちゃったわね」
「アイリ様ァ、今度あのバカに遭遇したら、問答無用で撃沈しちゃっていいですか?」
「いいとも! アハハハハ~~~」
「わ、笑っている場合ですか!?」
そう言う西南の横に、寄りかかるようにアイリは座った。
「いいじゃない。人間には職業選択の自由があるんだからぁ。たとえそれがバカの選択だとしても、それを尊重しなくちゃ。大丈夫! 心配しなくても、海賊になったとしても天南特例は適用されるから、遠慮無く撃っちゃいなさい」
「エエッ!?」
「それより西南君。私にもあるんでしょ? 初月給のプレゼント♡」
「えっ……まあ、もちろん。その……霧恋さん達にも」
アイリから視線を逸らすように、西南は霧恋達の方を見た。
「そ、そんな気をつかわなくても……でも、うれしいわ……」
頰を赤らめ、視線を下に落とす霧恋の顔を押し退けるように、雨音が怪訝な顔で割り込んで来た。
「ちょっと待った! そのプレゼントって、まさかあのバザーへ行く前に買った奴じゃないでしょうね?」
「ああっ!!」
霧恋も西南のあの買い物を思い出し、立ち上がった。
「えっ? バザーに行く前って……まさか!?」
せっかくの良い雰囲気が、一気に土砂崩れを起こし始めた。
「西南! 下着だの、大人の玩具だの、怪しげな場所だのに、何の用だったんだ!?」
「いや、あれは、全部NBが……」
雨音の気迫に西南は思わず、白状してしまった。どちらにしろ雨音達に現場を見られていた以上、隠し通すなど出来はしない。
「NBィ?」
「だ、旦さん、内緒やって約束したやんか! 噓つきィ!」
「プレゼントの事を内緒にする代わりに、買い物をして来いって約束だろ? 物はちゃんと貰って来た! だいたいあんな変な所だとは聞いてないぞ! 凄く恥ずかしかったんだからな!」
「NB……あなた……」
霧恋が鬼教官の顔で迫る。
「ちゃうちゃう! あれは全部他の人に頼まれて、なあアイリはん」
「あっ、こら! ずるいぞこの小娘!」
今、NBを操作しているのはキルシェだ。
「アイリ様……」
あっと言う間に真犯人は割れ、アイリは岸壁ならぬ、トレーラーの奥の壁に追い詰められた。
「違うわよ! あの品を頼んだのは私だけじゃないわ!」
「洗いざらい……吐いてもらいますよ、アイリ様」
逃げ出すアイリに、霧恋の手が猛獣の顎のように迫った。
「キャ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
」
霧恋に捕まった哀れなアイリは、GP本部へ移動するGP艦に着艦後、まるで肉食獣に捕らえられた獲物のように、装甲トレーラーから艦内の取調室へ引きずられて行った。
「助けてェ!!」
必死で叫ぶアイリだったが、霧恋の形相に恐れをなし、特殊部隊の猛者達ですらアイリを助けようとはしなかった。