と、夢乃達は雨音と霧恋の腕を摑み、ズリズリと廊下を引きずっていく。
「ああああ、別に見たくないし、そんな才能いらないから!」
「フフッ、こちらの彼女はムチの方が似合うかしらね?」
「ああ、それは合ってるかもな。なんたって鬼教官殿だし」
この状況の中、雨音はアッケラカンと言った。
「雨音! いえ、私もそちらの趣味はありませんから~~!」
雨音を睨む霧恋に、側にいた女性が嬉しそうに抱き付いた。
「わあ、こちら鬼教官殿ですって」
「すてき……いっぱい、シゴいて欲しいわぁ」
いっその事、脅迫的な雰囲気の方が、雨音も霧恋も反撃をし易かったのだが、女性達の妙に友好的な雰囲気に、すっかり毒気を抜かれてしまい、二人は転送ゲートへと引きずり込まれた。
「キャ~~~! お願い、勘弁してェ~~~~ッ!」
× × ×
「お待たせしましたお客人、こいつがNB先生に渡していただきたいデータです」
強面の男は、一緒に連れて来た女性の掌にある、真っ黒い二センチ角のキューブを指さした。
「キューブの上に手を乗せて下さい」
男に言われるまま、西南は掌をキューブの上に乗せた。と、そのキューブが西南の掌にめり込み始めた。
「うわっ!?」
「おや、こいつは初めてですか? 大丈夫ですよ、身体の中に入っているんじゃなく、表面に張り付いて拡がってるんです。そいつはナノ単位にまで薄くなります。見えないのはそのせいですよ」
「はあ……」
掌や腕を見つめたり、触ったりしてみるが、そこにキューブらしき物があった痕跡は、まったく確認出来なかった。
「あとはキープログラムに触れれば、再構築されます」
男の言葉を証明するかのように、キューブを持っていた女性が、西南の掌に自分の掌を近付けると、スッとキューブは形を成した。
「キープログラムはNB先生が持ってますから、今のようにしていただければ」
「分かりました……でもこのデータって……」
西南は、そのデータの中身が気になった。さすがに非合法な物を持ち歩くのは、立場上問題だからだ。
「ああ、心配いりませんよ。個人的な趣味のデータで、万が一バレてもお客人に迷惑をかけるような類の物じゃありませんから」
西南の表情を察し、強面の男は笑いながら言った。と、掌をかざしてた女性がスッと西南の手に指を絡めて来た。
「ねえ、お客さんも、どうせなら遊んでいかない?」
「こらこら。こちらさんはそういうお客じゃない。幼生固定をしているんじゃなくて、正真正銘、未成年者なんだぞ」
そう言うと、強面の男は子猫でもつまみ上げるようにその女性を引き離した。
「ったく……では、先程のゲートから外へ。転送先は先程とは別の場所になりますのでお気をつけて」
「フフッ、じゃあ大人になったらいらしてね♡」
「ハハハ……」
西南はキューブが再び見えなくなったのを確認すると、強面の男が指示したゲートに入って行った。
「あ~~あ、行っちゃった。本物の若い子だったのに、店長の意地悪!」
西南を見送ったその女性は、口を尖らせながら言うと、名残惜しそうに転送ゲートの方を見ていた。
「ハッ! あのお客人、噂じゃ極上の美女と同居してるって話だ。お前なんかじゃ、役不足ってもんだ」
「ひどい、店長!」
「ハハハハ、それに……あんな姐さんと一緒なら、尚の事だ」
強面の男はモニターを起動して言った。
「ん?………ありゃりゃりゃ」
モニターを覗き込み、啞然となる女性の目の前には、霧恋に逆襲を喰らって縛られている同僚三人の姿があった。
「う~~~ん。この姐さん、うちにスカウトしたいくらいだな」
「うわ……♡ねえねえ私も参加していい?」
その女性は身体をくねらせ、目を輝かせた。
× × ×
「はあ、やっと終わった」
西南はリストに全てチェックが入ったのを確認すると、崩れるように、小さな広場にあるベンチに座った。
「……まったく……NB先生だって? 冗談抜きで今度、エルマさんに頼んでメモリーの精密スキャンした方がいいな」
「あら? 私がどうしたの?」
「えっ?」
急に声をかけられ、驚いて顔を上げた先には、西南を見つめるエルマの姿があった。
「はあ、えらい目にあったわ……」
霧恋と雨音は、先程、西南が座っていたベンチにフラフラ~~っとやって来ると、崩れ落ちるように座った。
「いやあ、霧恋にあんな特技があるとは思わなかったよ。縛り方もムチの使い方も堂に入ったものじゃない」
「……じ、GPの捕縛術の応用よ」
と言い訳をしてはいたが、少なくとも手際を見れば、実際に何度か経験があるのは明白だった。
「ムチは?」
「ムチって本来、武器なのよ!…………昔、いろいろな武器の使い方を教わった事があるから、ってだけの事よ」
「なァ~~るほど、さすが鬼教官殿。ムキムキの男共だけでなく、ムチムチのお姉様方にも大評判ってわけね」
「あのね!」
「さっきの連中、全員、トロンとした目で『あああああ、もっとぉ』とか言ってたしねぇ……さすが瀬戸様、アイリ様の後継候補、鍛え方が違うわ」
雨音の言う後継とは、もちろん彼女達の悪評の部分だ。
「誰が後継候補よ! 怒るわよ!!」
「まあ夢乃の言う通り、私の知らない霧恋を見ちゃったなぁ」
「あああああああああ……」
霧恋は恥ずかしさのあまり耳まで真っ赤になると、ヘナヘナっと脱力し頭を抱えた。
「大丈夫、大丈夫! 西南には内緒に…………あっ、西南!……とエルマ?」
「えっ?」
霧恋は顔を上げ雨音の指さした方向を見た。そこには仲良く並んで歩く、西南とエルマの姿があった。
「う~~~ん……あそこの秘書軍団は秘書長以下、まともな人間揃いだから、エルマもそうだと思い込んでいたけど……」
雨音はまるで、老練の刑事が容疑者を睨み付けて推理をしているような感じで、腕を組み、右手で顎を撫でていた。
「そんな、まさか……エルマが西南ちゃんの相手?」
「そもそもアイリ様は、アカデミー理事であると同時に、アカデミー最高の頭脳にして、最高の趣味人、アカデミーの栄誉と同時に悪評の象徴でもある哲学士なんよ! そしてエルマはその私設秘書!…………これは、ちょっと油断したかもね」
「もしかして昨夜、急にアイリ様がいらっしゃったのは……」
「今日の買い物に関係あるかもな。下着、怪しげな玩具、怪しげな風俗」
「そんな……まさか三人で!」
「フッ、何やら核心が見えて来たな」
雨音はニンマリと笑みを浮かべた。
「もしそうだとしたら、私……西南ちゃんのご両親になんと言ってお詫びすれば……」
「ほら、落ち込むのは後にしろよ、見失うぞ!」
へたり込む霧恋を、強引に立たせると雨音は西南達の後を追った。
× × ×
「なるほど初月給プレゼントか……」
「……まさかエルマさんに、こんな所で出会うなんて思いもしませんでした」
「大丈夫よ、他の人には内緒にしておくから。それに何を買ったかを知らなければ、何が貰えるかを想像して、十分楽しめるものね」
「ハハハハ……プレッシャーだなぁ……」
西南は困ったように頭を搔いた。そんな二人の背後には、雨音と霧恋が付かず離れずついて来ていた。
「ねえ西南君。もし買う場所が決まっていないなら、以前、アイリ様に教えていただいた穴場があるんだけど、どうする?」
「えっ? 穴場、ですか? まあ昨日一晩、ネットで探してある程度は決めてあるんですけど……」
「本当にいい場所は、ネットになんか載って無いものよ」
「わかりました。じゃあ、お願いします」
「と、なると……西南君、そこまでは遠いから転送ポッドを使いましょ!」
エルマは通りの脇に設置された転送ポッドへ、西南を引っ張り込んだ。
直後、バシュッと転送される。
「西南ちゃん!!」
「エルマめ、気付いてやがったか?……この一級刑事をなめんじゃないわよ!」
「元、二級でしょ!」
「こんな時にそんな事どうでもいいっしょ! 気分の問題よ、気分の! それより転送先を割り出さなきゃ!」
「ちょっと待ってて!」
霧恋は転送ゲートの管理システムにアクセスし、転送先の割り出しを始めた。だが繁華街だけあって転送ゲートの場所も使用者も多い。そして転送ゲートの使用が一度だけとは限らなかった。
「根気よく行くしかないわね」
「西南君、こっちよ」
いくつかの転送ゲートを利用し、最後のゲートから出て来た場所は、リング上部にある閑静な住宅街だった。そこから数分ほど移動すると、ハイウェイの上にある大きな公園へ出た。そして公園の遊歩道を突き当たりまで行くと、エルマは横道へと入り、屛の方へと走り出した。
「あっ、やってるやってる。西南君、あそこよ」
エルマは屛から乗り出すように、下の方を指さした。エルマの横に駆け寄った西南が見たものは、ハイウェイの中央に沿って造られた、幅が百メートルほどの長細い公園に並ぶテントや露店、大型小型の車を使った大規模なバザーだった。
「へえ、こんな所があるんだ」
「じゃあ行きましょう」
エルマは西南の手を引いて、屛の横にある階段を降りて行った。
「掘り出し物を見つけるなら、絶対ここよ。中古やジャンク品も多いけど、引退した職人や技術者、一般人のハンドメイド、中には現役一流メーカーの職人が、趣味で作った物もあるのよ」
「へえ、凄いんですね」
「ここにはプロのバイヤーだって仕入れに来るほどだから、西南君の探し物はきっと見つかるわ」
「でもこれだけ沢山のお店があると、どれにしようか迷っちゃいそうですね」
「そうね…………でも、まだ時間はあるわ」
エルマは何かを吹っ切ったように、西南を引っ張って目の前の、ぬいぐるみがたくさん置いてある雑貨店に向かった。
人形や小物類を楽しそうに選んでいるエルマを横目に、西南は色とりどりのぬいぐるみの中から一つを取り上げてマジマジと見つめた。
「ぬいぐるみか……確実に喜んでくれそうなのは美兎跳さんだろうけど……瀬戸様のような人に贈るには微妙、というかアカデミーに来て何をやってるの? って言われそうだよなぁ」
霧恋くらいつき合いが長ければ、好きな傾向とかが分かるので、無難そうなぬいぐるみを選ぶ自信はあった。
「いや、まてよ。それ以前に……」
そこにあるぬいぐるみ達は、当然地球の動物を模した物ではない。瀬戸の船の中で見たヤツや、こちらに来てからの映像で見た物もあるが、ほとんどがどんな動物がモデルとなった物なのか見当もつかない。
「下手に嫌いな動物とか選んだら事だものなァ……ん?」
ふと、手に持ったぬいぐるみに、縫い目が見えない事に気付いた。結構細かな形状の物にも、まったく縫った跡も見られず、潰した感触も柔らかくすぐさま元の形へと戻り、しかもほんのりと暖かさも感じるのだ。
「へえ、こう言った物にも凄い技術が使われてるんだなァ」
「何かいい物は見つかったかしら?」
「ぬいぐるみは、ちょっと難しいかなぁ、って……」
「フフッ、そうかもね。じゃあ次に行きましょう」
「昨日色々調べてて思ったんですけど、俺ってつくづくこういう事と無縁だったんだなあって」
「すぐに決めなくてもいいんじゃないかしら。一通り回ってみて、ゆっくり考えて決めたらいいのよ」
エルマはニッコリ笑ってそう言った。
洋服──靴──小物──食器──化粧品。
玉石混淆の中、エルマは確実によさそうな店を判断して、入って行った。本来、西南の予算で買える物は、どうしても大量生産の規格品となってしまう。しかし穴場と言うだけあって、ここではハンドメイドの出来の良い品が格安の値で売られていた。
エルマは手慣れた風に、店の人とちょっとした世間話をして、商品情報や他店の情報を入手しては移動を繰り返した。そのおかげで男性に贈る物は全て揃ったし、女性へ贈る物の大まかなプランがまとまって来たのだった。
× × ×
「あっ!」
と、西南はあるテント張りの店で足を止めた。そこにはなんと、地球の品々が並べられていたのだ。
「おや、お兄さん。何か気に入った物はあったかい?」
頭に大きなスカーフを巻き、大きなサングラスをかけ、藍染めのはっぴを着た少女がパイプイスに座ったまま声をかけて来た。
「あっ、これなんか面白そう」
と、商品を眺めていたエルマが、何かを手に取り眺めている。
「ねえ西南君、これ、お茶とかお酒を入れるのにいいんじゃないかしら? ワインクーラーに入れて冷やすのに丁度いい形よね」
「えっ?……って、それっ!」
と、西南は思わず声を上げた。にこやかにエルマが持っていたのは、なんと溲瓶だったのだ。それは病院の常連、西南にとって見慣れた懐かしい物だった。
「いや、エルマさん……それは……」
「ダハハハハハハ~~! うん、確かにいい使い方だ」
その少女は、子供に似つかわしくない豪快な笑い声を上げ、大きく頷いた。その勢いに圧されたのか、
「そうですか? 地球の物なんて珍しいし、買っちゃおうかな?」
と、エルマはにこやかな表情で、身も凍るような事を言い出した。だがエルマが手にしている物がどういう物であるかを、ズバリと言うのを躊躇った西南は、何とか誤魔化そうと必死で考えた。
「いや、エルマさん……珍しいと言っても、俺も霧恋さんも地球人だし、雨音さんやアイリ様も地球の事には詳しいし、地球での使い方とは、ちょっと外れますんで……」
「あっ、そうか。それじゃあ、やめておいた方がいいか……」
「ちょいとお兄さん、商売の邪魔しちゃ困るよ」
「邪魔もしたくなるでしょ!…………ちなみにあれって、一応、新品なんだよね?」
不満げな声を上げる少女に近寄ると、西南は小声で言った。
「うんにゃ、使用済み」
「だったら余計ダメでしょ! 君、あんなのでお茶吞みたい?」
「…………クスッ♡」
その少女は少し考えた後、頰を染めて驚くほど大人びた笑みを浮かべた。
「そうね……まだ西南殿には早いか」
「どういう意味……かな? というか、なんで俺の名前を知ってるの?」
「さっき彼女が呼んでたろ? それに地球の物を扱ってて、西南殿の名前を知らない奴はいないさ」
「ああ……、なるほど」
「フフフ、でもお茶やお酒を入れて冷やす、か……意外と流行るかもね」
その口調は商売人のものだった。だが、彼女が流行らそうとしているものは溲瓶。しかもその使用方法は地球人から、いや、さんざんお世話になった西南からすると、著しく許容しがたい内容だ。
「流行らさないで、お願いだから」
西南は手を擦り合わせながら少女に懇願した。
「え~~~っ」
「君の商売を邪魔するつもりはないけど、あれを飲料用に使うのだけは……」
「ったく仕方ないねぇ……でも、買って行った人間がどう使うか、それが結果的にどうなるかまで責任は持てないけどね、ウフフッ」
「積極的、意図的じゃなきゃいいです。…………ん?」
これ以上の説得は無理そうだと思った西南は、懐かしい匂いのする店内を見渡し、小さなリボンの先に付いた鈴を見つけた。別に何が気になった訳でもないが、西南はそれを指さした。
「じゃあ、これを」
「毎度ありぃ。ふむ、いい買い物をしたかもよ、お兄さん」
その少女はニッコリと微笑んだ。
× × ×
「あら、西南君。それにエルマも」
次の店を探しながら歩いている西南達を呼び止める声があった。西南がふり返るとそこには、パンパンに膨らんだ大きなリュックを背負ったアイリが立っていた。
「げっ! アイリさん!」
「げっ! って何?」
「あっ、いえ、まさかこんな所で会うなんて…………そうか、ここってアイリさんに教えて貰ったって……」
「アイリ様、お買い物ですか?」
アイリに絡まれそうになるのを、絶妙のタイミングでエルマは横から話しかけた。
「そうなのよ。お店の仕入れなんかをちょっとね」
アイリのリュックからは首の長い鳥のような動物が顔を出し、恨めしそうにこちらを睨んでいた。そしてそれ以外にもリュックの中からは、小さな鳴き声がいくつも聞こえて来ていた。
(途中でペットを売る店とかあったけど……もしかして……)
西南は慌てて頭を振り、その事について考えるのを止めた。
「それよりあなた達こそ、なあに? 二人して仲良さげにさ……」
「い、いや、そんなんじゃなくて…………友達にプレゼントをしようと思って」
「ほう、プレゼントとな? で、エルマにアドバイスを?」
「いやぁ~~まあ、そんなところです」
と、いきなりパンフレットモニターを起動させ、アイリはネックレスを指さした。
「私、これでいいわよ」
「……はっ?」
「じゃあ、今晩待ってるから。じゃあね」
と、リュックを軽々と背負うとスキップで去って行った。
「ウフフッ、西南君。私がアドバイスするって言ったら、プレゼント相手はどう考えても女性って事になるでしょ?」
エルマは、不思議そうにアイリを見送る西南に言った。
「うっ!?……なるほど」
「でもやっぱり、女の人にはアクセサリーが無難かもね」
「う~~~ん……やっぱりそうかぁ」
「そうそう」
西南は頷くエルマを見、そしてアイリが起動したパンフレットを見た。だがアイリが指さしたネックレスは途轍もない値段だった。
(とはいえ、これは却下だよな……)
パンフレットモニターから視線を逸らし、西南はアクセサリーを売っていそうな辺りの店を見回した。
「あっ!」
と、何かに気付いた西南は、エルマの手を取って走り出した。
「!!」
西南にがっちりと握られた手を見て、エルマの頰が僅かに赤く染まった。
「エルマさん、こっちこっち!」
「ちょ、ちょっと西南君!?」
二人の前方には、大型の二階建てバスを改装して造った、お洒落なジュエリーショップが見えていた。
「昨日ネットで調べていた時に、気になっていたんです。こんな所にあったんだ」
西南達は後部に回り込み、厚みのある円盤状の店内へと入って行った。そこには若い男女の客が大勢、ショーケースを覗き込んでいた。
店内はキャンピングカーの居間のような場所を改造したらしく、円形状の室内の壁に沿って置いてあるショーケースの下には、ソファーがあった。
「ええ、これがこんな値段?」
エルマは感嘆の声を上げ、ショーケースを覗き込んだ。凝った細工に美しい造形は、西南が見ても素晴らしい物であり、しかも驚くほど安く、今度は誰にどれを選べば良いかが分からなくなるほどだった。
「わあ、これカワイイ……」
エルマの見ているものは、動物を彫り抜いたメダルをつなぎ合わせた腕輪だった。
「ほんとだ……細かいなぁ」
「私、滅多にアクセサリーとか買わないんだけどこれだったら……あ、いけない。私のことより、早く西南君のお買い物を済ませなくちゃね」
「いいえ、ものすごく参考になります」
西南は、ショーケースのアクセサリーを誰にどれを贈ろうか具体的に考え始めた。
「フフッ……」
───エルマ。
「!」
微笑むエルマに、突然、生体通信特有の違和感と共に、男の声が聞こえて来た。
その生体通信を使ったものは傍受されにくい反面、短距離でのやり取りしか出来ない。エルマは一瞬、辺りを窺おうとしたが、すぐにそれを止めた。
───監視者か…………ご苦労な事ね。私が裏切るとでも?
───我らの役目は、お前を無事に脱出させる事だよ。
───あなた方が代わりに、というわけじゃないのかしら?
───そこまで甘くはあるまい。
───そう……無駄骨になるかもしれないけれどね。
───そうならない事を祈っているよ。
───………。
───老婆心ながら言っておくが、時間が経てば経つほど、脱出が難しくなる事を忘れないようにな。
監視者達が通信を切ったのか、距離を置いたのかは分からないが、フッと違和感が無くなった。
「…………」
「エルマさん、エルマさん……」
「……えっ?」
ハッと我に返ったエルマは、心配そうに見つめている西南に気付いた。
「大丈夫ですか? 昨夜から食事もあまり進んでなかったようですけど……疲れているんじゃないですか?」
「あっ……ああ大丈夫よ。欲しい物がいっぱい有り過ぎちゃって、ちょっと予算とにらめっこしてたの。気をつかわしちゃってゴメンね」
「そうだったんですか。じゃあ、ちょっとどこかで休みませんか? 俺も何を買おうか、考えがまとまらなくて……それにお腹も空きましたから」
「そうね……じゃあ、そうしましょうか」
エルマは心配する西南から視線を逸らし、店の外へと歩き出した。
× × ×
「おのれエルマめ~~~!」
雨音と霧恋は西南とエルマを追って、幾つもの転送ゲートを僅かな手がかりを探しつつ追いかけていた。
霧恋がデータを収集、雨音のカンで絞り込む。そして移動し手がかりを探す。幸いな事に白毛のワウ人は珍しいので、目撃者を探すのは比較的容易だった。しかし、それも霧恋と雨音の類希な能力によって、転送ゲートの絞り込みが正確だからこそだ。
「行ったり来たり行ったり来たり……あいつ一体、どれだけ経由してやがるんだ?」
「西南ちゃんがNBを連れていれば、もっと簡単なんだけれど……」
「そういやNBはどこへ行ったんだ? アクセスは?」
「出来ないの。それより次の候補が出たわよ」
霧恋が提示した候補を、雨音が絞る。一番怪しそうな候補を選び、二人は転送ゲートへと飛び込んだ。
西南とエルマはバザー会場からちょっとした軽食を買うと、十キロ程離れた周回公園に接した大きな木々のある公園へとやって来ていた。
そこはハイウェイを走る車の音も、人の喧噪も聞こえない静かな場所だった。二人はベンチに腰掛け西南は食事を、エルマはお茶を手に、ボンヤリと風景を眺めていた。
三十分ほど経った頃、食事を終え、飲み物を飲んで一息ついた西南は、そっとエルマの様子を窺った。
「具合の方は大丈夫ですか?」
「……ええ大丈夫よ」
微笑むエルマはまだどこか不自然な様子だった。
「ねえ、西南君。私の事はいいから、お買い物をしてらっしゃい」
「いや、でもエルマさんは?」
「昨夜はアイリ様につき合わされたから、クスッ、今ごろになって眠くなって来ちゃっただけなの。私はここで休んでるから。それに急がないと、欲しい物が売り切れちゃうかもしれないわよ」
「そ、そうですか…………わかりました。じゃあちょっと行ってきます」
「……行ってらっしゃい」
軽食の入っていたケースをゴミ箱に入れると、西南は近くの転送ゲートへと走って行った。エルマは西南を見送ると、上着のポケットから小型の拳銃を取り出し、それを悲しげに見つめた。
× × ×
「そうですか、ありがとうございます」
雨音と霧恋は、ついに西南とエルマが最後に出て来たゲートへと到達していた。そして近くの公園でエルマの目撃情報を得たのだった。
「あの先って、確か有名なバザーが行われているんだったわよね?」
「ええ、もしかしたら……とにかく行ってみましょう」
× × ×
西南が戻って来た時、あのアクセサリー屋には、結構な列が出来ていた。だが客層は先程とはうって変わって、一見して金持ち、と言った感じだった。
その人達は、それぞれがリゾート地の、店外カフェのようなイスにテーブル、大きな日傘の下でお茶を飲んでいた。
(デザインが違うから、それぞれの人が持ち込んだ物なんだろうな……)
「失礼、あの店にご用でしたら、列の最後尾はあちらでございますよ」
並んでいる客の執事らしき男が、丁寧な口調で西南に話しかけて来た。だがその主人達は明らかに西南を場違いな者として、小馬鹿にしたような目を向けていた。
「さっき来た時とはずいぶん、その、様子が違うようなのですけど……」
「この店の、オーナーの方が見えられたからですよ」
その執事の視線の先を見ると、客と親しげに話している老人と、その秘書らしき女性が居た。偶然か、その秘書らしき女性は西南の方を見て微笑んだ。
「!」
驚いた西南は反射的に彼女に一礼すると、執事に礼を言い、列の後ろへと向かおうとした。が、その時、
「お待ち下さい、山田西南様」
背後から西南を呼び止める声に振り向くと、そこには店内にいた老オーナーの秘書が、こちらに向かって小走りに駆けて来ていた。
「山田西南様ですね」
「は、はい。そうですが」
「もしかして、こちらにご用ですか?」
「はい、そうですけど……?」
「先程もお見えでしたでしょう? さあどうぞこちらへ」
「えっ?……でも」
外で並んでいる客達の、驚愕と呆然、そして刺さるような視線の中、半ば強引にその女性は、西南を店内に招き入れた。
「おや、君のお客様かい?」
老オーナーはニッコリと秘書と西南に向かって微笑み、西南は小さく一礼を返した。
「はい。後はお願いしますね」
秘書は老オーナーとその客に一礼し、そのまま西南を連れて店の奥へと向かった。
× × ×
「どうぞ」
店の奥は圧縮空間になっているらしく、大型二階建てバスにはあり得ないほど広い、ちょっとした展示場のような空間があった。そこにはガラス柱のケースに入った、煌びやかな装飾が施されたアクセサリーが並んでいた。それはNBやアイリに強請られた物より、遥かに凝った技巧の、見事な品々であった。
「ご所望でしたら、外の品とさほど変わらない金額で、お譲りいたしますよ」
西南の不安顔に気付いたのか、その女性は微笑みながら言った。
「いえ、そんな!」
ハッキリ言って、タダより高い物はない。これだけ豪華な物を、それだけ安くするには普通、何らかの裏が在るのが当然だ。
「申し遅れました。私は立木琥雪と申します。樹雷、竜木家縁の者ですのでご安心を」
「そ、そうだったんですか」
「ここに並んでいる品も、店舗に置いてある品も、職人の本番前の試作品や、練習、あるいは売れ筋とは外れているものの、職人が作りたいと思った品なのです。使われている素材は安い品ですし、宝石類も全て合成品です」
西南の不安を察した琥雪は、安価な理由を説明した。
「でも、凄く綺麗ですね。細工も細かくて見事だし……。あっ、でもあまりこういう物を見た事は無いんですけど……」
「フフッ、作った職人達も喜びますわ。本来、ここの品は、そう仰って下さる方にお譲りしたいのですけど……失礼、ちょっと愚痴になってしまいました。ここにお呼びしたのは、こちらの物をお見せしたかったからですの」
カウンターバーで使うような、高めのイスを指し示しながら、琥雪は西南の横で立ち止まった。西南がイスへ座ると、天井から大きなガラスの板柱が現れた。
「……うわっ、綺麗だ」
その柱の中には、一センチから十センチほどの珠が浮かんでいた。それは多種多様のビー玉やトンボ玉のような感じだったが、どれも光を浴び、ホログラムフィルムやオパールのように淡い光を放っていた。
「これは樹雷でのみ、見つかっている琥珀です」
「琥珀?」
「樹木の樹脂が地中で固化、化石となったものです。琥珀は宝飾品にする時は、他の貴石と同様に加工研磨されます。しかしここにある物は、自然にこの形になった物ばかりなんですよ」
「自然に……ですか。琥珀の事は全く詳しくないんで、よく分からないんですが、それは珍しいんですか?」
「はい。かなり厳しい条件が組み合わさって出来ます。たいてい琥珀は、色の濃淡はあるものの、基本的には飴色をした物が主です。が、こちらのように多種多様の色彩や内包物のあるものは、銀河最大といわれる種類の樹木がある、樹雷ならではです。特に自然に球体、その中でも真球となった物は、昔から樹雷の皇族へ献上されてきた物で、皇玉とも呼ばれています」
「そ、そうですか………でも、そのような貴重な物はさすがに……」
「ご予算の事ならお気になさらないで下さい。皇玉は売り物ではありません。ここにある物は全て私の私的コレクションですから、基礎パーツ代の加工賃と、ケースのお代のみで結構ですよ」
「でもいいんですか? そんな貴重な物を」
そうまでしてもらう理由が分からず、西南はどんどん不安になって来た。
「商売をするには数が少なくても、知り合いにお譲りするには十分な数があります。真球は無理ですが、いびつな物なら数百単位でお分けできますよ。もちろんいびつと言っても見た目ではほとんど分かりませんけど」
「あの、知り合いと言われても、今日が初対面では……?」
「申し訳ありません。水穂様や林檎様からよくお話を伺うものですから。それに……西南様がこちらをプレゼントなさるのは多分、私も見知った方々でしょうし」
「は、はあ……」