「ふふっ、フラれちゃったみたいですね、お二人共」
完徹宴会明けのちょっと気怠そうな玉蓮の笑みは、その淫靡さを倍加させ、エントランスにいたカップルの、ちょっとした不和の元となっていた。
「おのれ! こんな美女をフルなんて……。見え見えの噓ついてまでどこへ行くのか確かめちゃる!」
「NBが一緒だから、そっちで監視しましょう」
「霧恋! こういうのは現場が重要なんだ。モニター越しで何が分かる!」
「まあ、そうかもね。でもバレたりしないかしら? 西南ちゃんて結構、こういう時のカンはいいから」
「この雨音一級刑事がそんなドジ踏むかよ」
「二級でしょ。しかも降格扱いだし」
「うるさいな!…………気にしてるんだから……ほら、さっさと行かないと、見失っちまうぞ!」
雨音は霧恋から逃げ出すように走り出し、霧恋は笑いを堪えながらその後を追った。それを見送りながら珀蓮は、意外そうな顔でアイリを見た。
「あら、アイリ様は行かれないのですか? こういう事、お好きそうですのに」
「フフッ、私は西南君を信じているもの。やはり大人の女性は余裕が重要なのよ」
「と言いつつ、NBのカメラと繫いでいるのは何故?」
火煉はアイリの肩越しに、西南が映ったモニターを見た。
「雨音ちゃんと霧恋ちゃんの仕事っぷりを見ようかと思ってね。さあ朝食をとったら、私も仕入れに行きましょ」
そう言うと、モニターを消して立ち上がった。が、ふと辺りを見回し、
「……あら、エルマは?」
「まだお部屋のようです。昨夜はお疲れのようでしたから」
「そう。じゃあ、そっとしておいてあげましょう」
そう言うと、さっさと食堂の方へ向かい、徹夜で飲み食いした後だというのに、朝食バイキングを空にするかの勢いで、皿に盛りつけを始めた。
アイリと珀蓮達が食堂へ向かうのと、ちょうど入れ違いに、エルマはエレベーターから降りて来た。そして食堂に向かうアイリ達の後ろ姿を確認すると、無言のまま深く一礼をし、足早に出口に向かって歩き出した。
西南達が泊まっている宿舎から、電車で十分ほどの所に、千キロ範囲内でも最大の商業歓楽地区があった。この世界の大きさは並ではなく、地球の郊外型巨大ショッピングモールの桁が、三つほど変わってしまうくらいの規模だった。
一つの都市並みの場所は、適当に歩いて目的の物を見つけられる規模では無い。西南は昨夜、専用の案内カタログをダウンロードし、行く場所を前もってチェックしていた。しかし実際の場所に来てみると、そこは想像以上に複雑な作りになっていた。
普通、どんな大都市でも地上を基準に建物は造られている。店舗は人通りの基準である地上に集中しているものだが、ここはその基準がいくつもあるのだ。この場所に比べれば、地球の高層ビル群が林立する大都市であっても、しょせん平面でしかない。百キロ単位の立体構造の商業地区は、それなりの区画で整備されてはいるが、地図を見ながらであっても、絶望的な広さなのである。
歩道を大勢の人々が行き交う中、西南はGPSで現在位置を確認しつつ、こまめに地図をチェックしながら移動していた。
「まるでダンジョンを冒険しているみたいだな。だいたいこんな時のNBなのに、さっさとどこか行っちゃうし……一体、何の用があるっていうんだ?」
と、最初の目的地を確認すると、その方向へと走り出した。大きな生け垣を回り込んだ所で、西南の足はピタリと止まった。
「……まじ?」
西南の目の前には、高級そうなランジェリーショップがあった。リスト名からでは、どんな商品なのかは分からなかったのだ。
「あいつ、こんな所で何を買ってるんだ?」
店の前で戸惑う西南だったが、店内に二組のカップルらしき人影を見つけた。居心地悪そうにしている男性もいれば、連れの女性とにこやかに話している男性もいた。
その二人の男性に勇気を貰い、西南は店のドアをくぐった。
「いらっしゃいませ」
店に入り、足早にカウンターへ向かった西南を、若い女性の店員がにこやかに出迎えてくれた。
「あの……、こちらで商品を受け取るように言われたんですが……」
「はい、では確認をいたしますのでIDをご提示下さい」
店員に言われるまま、西南はカウンタープレートにIDを起動した。瞬時に受け取りのデータが表示され、青く変わる。
「はい、NB様の商品でございますね。ではこちらで少々お待ち下さい」
カウンターの前にあった、円盤状の店名入りプレートが、反転、座面を上にして西南の前に浮かんだ。西南は商品を選んでいる客達から、顔が見えない角度で座った。
と、西南の目の前に一つのモニターが起動し、下着メーカーの宣伝が流れ始めた。
「何だ?……えっ、雨音……さん?」
そこには下着姿で軽やかに身をくねらせ踊る、雨音が映っていた。顔には少しあどけなさが残るものの、研ぎ澄まされたような美貌は相変わらずで、体付きは今よりも細く、モデル体型をしていた。入れ替わり立ち替わり出て来るモデル達も、美しい女性達であったが、やはり雨音は飛び抜けた存在だった。
「うわ……」
ランジェリーショップに居るという恥ずかしさも忘れ、西南はその画面に見入った。
× × ×
霧恋は店内奥にあるフィッティングルームの中から、カウンターに座っている西南を監視していた。特殊な光学偽装サングラスをかけた霧恋の顔は、まったく別人の顔に偽装されていた。
「ねえ、どう思う?」
霧恋は西南の方を見たまま、横にいる雨音に小声で話しかけた。
「なかなかいい感じね」
雨音は自分のパーソナルデータに、商品の下着データを着させた映像を見ながら大きく頷いた。
「下着の話をしてるんじゃないわよ!」
霧恋は外していたサングラスを雨音にかけさせると、乱暴に雨音の耳を引っ張って、西南の方を向かせた。
「ちょっと、痛いじゃない!」
「シッ! 気付かれるわ。もっと真剣になってちょうだい」
「まったく…………霧恋だってしっかり試着までしているくせに。それも、いつもよりちょ~~っと大胆なやつをさ」
雨音は霧恋の下着を、軽く人差し指で突っついた。
「きゃっ! わ、私だって、たまにはこんなのも着るわよ」
霧恋は鮮やかな赤い下着を、雨音の視線から遮るように両手で隠した。美しい黒髪にきめ細やかな白い肌は、雨音から見ても神秘的で魅力のある肢体だった。
「くそ! 負けるもんか」
「ちょっと、雨音?」
引き留めようとする霧恋の手より早く、雨音は試着ボックスへ向かった。だが霧恋はやはり西南の方が気になるのか、視線を雨音から西南の居る方へと変えた。
× × ×
約十分ほど後、先程の店員が西南の元に戻って来た。
「大変お待たせいたしました」
だがその声にも気付かず、西南は映像に見入っていた。店員はそれ以上声をかけることはしないで、微笑みながら西南を見ていた。
「お気に召しましたか?」
プロモーションが終わり、その時になってようやく、店員は西南に声をかけた。
「えっ……あっ、すみません」
「さあ、どうぞこちらへ」
西南は店員の言うまま立ち上がり、カウンター奥の、京町家の格子窓に似たパーティションで囲まれた場所に通された。
「映像はお気に召したようですね、山田西南様」
「知り合いが出て来たもので……。ちょっと驚きました」
「先程の映像は、もともと店頭プロモーション用で、ネットTVには放送されなかったロングバージョンなんです。配布をしている物ではありませんが、お気に召したのでしたらどうぞ。他にも雨音様が出演しているプロモーションやCMデータは、全てございますのでそちらもお持ち下さい」
「……あ、ありがとうございます」
西南は少し迷ったが、雨音の美しさと何より映像の出来の良さに惹かれ、受け取る事にした。
「では商品のご確認をお願いします」
と、その店員は箱の中から一つ一つ下着を取りだし、西南に見せ始めた。
× × ×
「まさか西南ちゃんが、こんなお店に一人で来るなんて」
「あいつも男なんだから、下着に興味があってもおかしくはないでしょ?」
鮮やかなスカイブルーの下着を着けた雨音は、サングラスをかけて霧恋の横にやって来て、西南の様子を窺った。
「興味があるのと、実物を買いに来るのは意味が違うわよ!」
「下着ぐらい欲しけりゃ、いつでもあげるのに」
「バカな事を言わないで!」
「玉蓮だったら、その場で脱いで渡しそうだしな、ハハハ」
その手の行為は玉蓮の十八番だ。そのイメージを想像するだけで、途轍もない破壊力がある。それは男性だけでなく女性にも言えた。
「クッ!」
霧恋は真っ赤になって一瞬、口籠もってしまった。だが霧恋は頭を振り、頰を叩いてその妄想を追い払った。
「…………だっ、誰かへの……プレゼントかもしれないでしょ!」
「下着を?」
「うっ!」
霧恋は雨音の一言で、再び押し黙った。
(どうして……なぜ?)
霧恋は、恐怖から逃げ出すかのように、西南がこのような場所に来る必然性を考察し始めた。出来るだけ冷静に、西南がアカデミーに来てからの行動を思い出しつつ、その言動を精査して行った。だがどんなに考えても、西南が自分からこのような場所に来る理由を見いだせなかった。
「そうだわ! 以前、海が……私の弟が、西南ちゃんの名前で怪しげな通販をした事があったわ」
「もしかして誰かの代わりにって事? まあその可能性は無くはないけど……」
「一番可能性が高いわよ! そうよ、そうに決まってるわ!」
「それにしても、ここからじゃよく見えないな」
身を乗り出そうとする雨音と霧恋の前に、店員とは違う服を着た女性が立ちはだかり、二人をフィッティングルームの中へと押し戻した。
「そのような格好で部屋の外へ出ないで下さいまし、雨音お嬢様、霧恋様」
「あっ、……いや、ごめんナナミ」
偶然にも、雨音と霧恋はナナミという、この店のオーナーとは面識があった。雨音はモデルの仕事上で、霧恋は水穂経由であった。
「すみませんナナミさん、でも……」
「でもじゃありません。このフィッティングルームの中には男性は入って来ませんが、店内には今も数名のお客様がいらっしゃいます。露出の趣味がお有りだとしても、うちの店ではご遠慮下さい」
「ハハハ……いや、悪かった。ところでナナミ……西南が買っているのって、やっぱり下着だよな?」
「ここはそれ以外の商品は扱ってございません」
「あれって、西南が買っているのか? 誰か違う奴の注文とかじゃないのか?」
「お客様のプライバシーに関わる事は、雨音お嬢様といえど申し上げられません」
「ナナミさん、西南ちゃんは……よくここへ来るのかしら?」
「お客様のプライバシーに関わる事は、いかに霧恋様といえど申し上げられません」
ナナミは事務的に答えた。
「だけど私達は西南ちゃんの保護者として、未成年の……」
「下着を買うのに年齢制限はございません」
「でもここは女性専門でしょ!」
「あら、霧恋様。お付けになる男性も結構、いらっしゃいますよ」
霧恋と雨音が凍り付くような事をナナミはシレッと言った。
「!!」
確かに霧恋といえど、西南と常時一緒にいたのは子供の頃だ。西南が性的な興味を持ち出す頃には霧恋は宇宙に上がっていて、西南とは時たま会う程度でしかなかった。
霧恋を始め、雨音、エルマ、珀蓮、玉蓮、火煉、翠簾、時たま乱入して来るアイリと、西南はアカデミーに来てから、多くの女性と同居をしている。しかも全員が芸能人か、それ以上の美女達だ。その彼女らの下着姿や、時に裸すら見ている。西南の隠された、あるいは新たな趣味が、そこで確立されたとしてもおかしくはない。
「う、噓……」
霧恋とてそれを否定出来る自信も確信も無かった。が、幼い頃の西南のイメージを心の支えに、霧恋は、
「せっせせせ、西南ちゃんにそんな特殊な趣味は……ありません!」
と心の底から振り絞るように断言した。
「要するに、誰が下着を買おうと自由だと申し上げているのですよ、霧恋様」
× × ×
「……で、こちらは……」
その店員は真っ赤になっている西南の反応を楽しむかのように、一つ一つの下着をじっくりと見せつつ解説を行った。最後の商品説明が終わった時には、西南はかなり精神的疲労感を覚え、噴き出す汗を拭いつつグッタリとイスの背にもたれ掛かっていた。
店員は満足しきった表情で、商品を丁寧に梱包し、NBが指定した場所へ転送した。
「では生体認証の封印を行いますので、この場所に掌を置いて下さい」
と、店員はテーブルに浮かんだモニターを指した。西南がそこへ手を置くと、一瞬で、そのモニターは消えた。
「以上でお手続きは完了いたしました。ありがとうございます♡」
「じゃあ、俺はこれで」
「あっ、そうそう、山田様がどなたかにプレゼントなさりたい時は、いつでもご相談くださいね」
その店員は西南に名刺を渡しながらにこやかに言った。西南は名刺を受け取ると、逃げ出すように、その場から立ち去った。
× × ×
「お、おい霧恋。西南が出て行くわよ!」
「えっ、いけない!」
西南を追って飛び出そうとする二人の手を、ナナミがガシッと捕まえる。
「お二方とも、外へは着替えて出て下さい。それから試着なさった商品はお気に召しましたか?」
「あっ!」
霧恋と雨音は、自分達が下着姿だった事を思い出し、真っ赤になって試着室へ飛び込んだ。ほんの十秒も経たない内に、二人は服を着て出て来た。
「ナナミ、下着はこのまま着けて行く! 脱いだやつは請求書と一緒に送ってちょうだい」
「承知いたしました。毎度ありがとうございます。お気を付けて」
あっと言う間に姿が見えなくなった雨音達を見送った後、ナナミは脱ぎ散らかした二人の下着を手に取ると、マジマジと見つめた。
「あら、お二人ともちょっぴりサイズアップ……データを修正しなくちゃ」
「オーナー」
先程、西南の相手をしていた店員は、満面の笑みを浮かべて、スキップをしながら入って来た。
「あらご苦労様。山田西南様のご様子はどうだった?」
「もう赤くなっちゃって可愛らしいです! ああ、もっと若い男の子が買いに来てくれないかなァ」
その店員は両手で我が身を抱きしめ、腰をくねらせた。
「困った人ね。だいたい先程のような対応をしてたのでは、若い子なんて、なおさら恥ずかしがって来て下さらないわよ」
「ええっ! そうですかァ? う~~~む、何か対策を練らなければ……」
「お店の評判に支障がない程度にお願いね」
「ああ、ところで、雨音お嬢様と霧恋様はどうでした?」
「山田様がこの店に来たのが、かなりショックだったみたいよ」
先程の光景を思い出したのか、ナナミは思わず吹き出してしまった。
「でしょうねぇ……。弟のオナニーを見たようなものですから」
「喩えとしては微妙ね……でも、貴女、見た事あるの?」
「アハハ、見られた方です」
「えっ、覗かれたの? 事故?」
「家に誰も居なかったんで、居間でやってて……アハハハハ!」
「……そ、そう。弟さんも、さぞかし気まずかったでしょうね」
「パンツ一丁で正座させられて、ずいぶん怒られました。アハハハハ~~~」
店員は恥ずかしげもなくアッケラカンと笑い、逆にナナミの方が、頰を赤らめて複雑そうな表情だった。
「ではこちらで撮影した、お二人の映像と山田様の映像を組み合わせて、瀬戸様にお送りして」
「了解!」
「そうそう、ついでに林檎様にもね」
ナナミは悪戯っぽく笑うと、フィッティングルームの貸し切り表示を切り替えた。
次に西南が辿り着いたのは、赤ん坊の形をした建物だった。
「なんだろ、ここ……玩具屋さんかな?」
人通りも少なく、先程のランジェリーショップほどのプレッシャーを感じない西南は、そのままスッとその店に入って行った。
× × ×
「ちょっと! あの店に入っちゃったわよ」
西南の後を追って来た雨音は、驚いたように霧恋の方を向いた。
「ここは玩具屋さんかしら? でもだったら別に大丈夫なんじゃない?」
「じゃあ、霧恋。西南の監視は任せた」
「了解。じゃあ雨音は、他の出入り口から西南ちゃんが出てこないか確認していてね」
と、店の中に入りかけた霧恋は、真っ赤な顔をしてUターンすると、ダッシュで雨音の所へ戻って来た。
「な、なんで教えてくれなかったの! ああああ……あそこ……あそこって……」
「そう。玩具屋さんよ。ただし大人のだけどね」
真っ赤になって震えている霧恋の頭を撫でながら、雨音はニヤニヤしながら言った。
「百歩譲って下着はいいわよ! 見るのも着るのも……もしかしたら誰かにプレゼントの可能性もあるし。でもあそこだけは……」
「確かに、見るのも使うのもプレゼントも、問題ありありだな」
「ああああああああ、噓よ噓よ噓! 西南ちゃんがあんな物を……」
「落ち着けよ……こういう場合、私達が取り乱しちゃお話にならないだろ? 冷静に、この先どうするかが重要よ」
「……そ、そうね」
霧恋はその場で大きく深呼吸を始めた。
「さっき霧恋が言っていた、誰かの代わりって線もあるんだしね」
「そうね、そうよね!」
深呼吸をしていた霧恋は、勢いよく雨音の方を向いて何度も頷いた。
「だけど……もし西南がこういう場所で、自分の欲望を発散させる物を買ってるんだったら、私達もちょっとは考えてやらなきゃならないんじゃないか?」
「……か、考える?」
「ほら、西南の周りって女だらけだろ? もちろん仕事上、仕方のない事だけど、西南のような若い男の子にとってはきつい話だよな」
「雨音や玉蓮が、悪ふざけを控えてくれれば問題は無いわよ」
「おいおい……玉蓮ってのは、側にいて視界に入るだけで興奮する類の女性よ。気付いてないようだけど、霧恋だってそうなのよ」
「それ嫌み? 私が玉蓮や、雨音みたいなわけないじゃない……」
「玉蓮は別格だけど、霧恋を含め、今、西南の周りにいる娘達って、今まで私が見て来た芸能人やモデルと比べても遜色無いのよ……マジでね」
「それは……さすがに言い過ぎじゃない?」
雨音は基本的にお世辞を言うタイプではない。その雨音に面と向かってそう言われた霧恋は、恥ずかしそうにはしていたが、満更でもない気分だった。
「人って、恋人、家族、友人とか、他人の接近を許す範囲ってあるじゃない? 霧恋の場合、西南の事を弟のような感覚を持ってるから、玉蓮ですら遠慮している範囲の中にあっさり入り込んでるのよ」
「えっ?」
霧恋は不思議そうな表情で雨音を見た。
「ほら、やっぱり自覚してない。傍で見ていると分かるんだけど、霧恋って結構、西南の男性的欲望をバリッバリに刺激してるのよね」
「うっ、噓?」
「常時、そうしているわけじゃないんだけど……肌が触れるとか、霧恋が胸の開いた服を着てるとか、吐息がかかるとか……この前なんか、風呂上がりにバスタオル巻いただけで話してた時があったろ? 意図的なのか天然なのかって、みんなで相談してたんだから」
「~~~~~っ!!」
霧恋は真っ赤になって狼狽えながら、標識の柱を両手で握り締めた。ギギギ、と標識の金属柱は歪み始めた。
「ありゃ拷問だな」
「なっ、なんでその時に、注意してくれなかったのよっ!?」
霧恋は恥ずかしさで涙ぐみながら、雨音の方を睨んだ。
「西南の反応が面白かったから♡」
「あのね!」
ガゴン! 霧恋の叫びと共に、標識の柱が握り潰され、柱が傾いた。幸い街路樹に引っ掛かり、標識は倒れる事はなかった。雨音と霧恋は、そんなちょっとした惨事に気付く事無く、話を続けた。
「でも下手に注意したら、霧恋の場合、必要以上に西南と距離を置きそうだし、それを私達にも強制するしね。西南って、霧恋の態度に敏感だから、反応が変わる度に何か自分が悪い事でもしたのかって、オロオロしてるのよ」
「だ、だって、海みたいなタイプだったら簡単だけど…………西南ちゃんは、難しいんだもん」
「どっちかと言うと、霧恋の方が面倒よ。西南自身には意外と心理的なブレは無いもの。全部、霧恋の影響だから」
霧恋にとって西南という存在意味が、弟と男性の間を行き来しているのだった。
「……悪かったわね」
「昔ッから知ってるってのも善し悪しだよな。仕事でもプライベートでも、大勢で一緒にいる場合が多いから、どこかで適度に自由にしてやらなきゃな。まあ西南への過度の干渉は程々に、アイリ様みたいなのを排除する保護は必要って事」
「そう……ね。確かに。だとすれば、こうやって監視しているのはまずいのかしら?」
霧恋は、表情を曇らせつつ建物の方を見た。
「でもあの店で買う物が、他人の代わりに買っているのか? それとも自分用に買っているのか? そしてそれは自分に使う物なのか、他人に使用する物なのか? て事を知らなきゃならないわ」
「……でも、もし他人に使うとしたら、一体相手は……誰?」
と、二人は訝しげにお互いを見た。
「私は、違うわよ……もしかして雨音?」
「私がそうなら、こんな所に霧恋と一緒にいないわよ!」
「うっ、そうね……じゃあ一体……」
「可能性が高いのは、アイリ様だな」
「それと玉蓮……」
「でも最近の玉蓮見てると、あまりそういうイメージと結び付かないんだよなァ………昨夜の食堂でのあの場面、覚えてるだろ?」
「!!」
と、その時に感じた強烈な感動が蘇り、霧恋は全身に鳥肌が立つような衝撃を覚えた。そして彼女の頰は紅潮し、次第に全身が熱くなって来た。
「…………そう、ね……認めたくないけど」
「まあ西南がやりたいって言うなら、喜んでやりそうだけど……」
「西南ちゃんの方から言う訳ないでしょ!」
それこそ雨音の言うイメージとは結び付かない。もっとも、だからこそ目の前の現実に戸惑っているのだ。
「とにかく、ここであれこれ想像してても始まらないからな。やっぱり、西南をとっ捕まえて、荷物検査と事情聴取するしかないか」
「そうね…………って、いけない! 西南ちゃん!?」
霧恋は通りの先を曲がる西南の後ろ姿に気付いた。二人が話し込んでいるうちに、西南は玩具屋から出て来ていたのだ。
「ヤバッ!」
二人は慌てて西南の後を追いかけ走り出した。
× × ×
「NBの奴、一体、普段何をしてるんだ? やっぱり『オヤジ百選』てソフトのせいなのか? こんな所を霧恋さん達に見られたらどうすりゃいいんだ?」
一人ブツブツと次の目的地に向かっていた時、
「君、もしかしてそこへ入ると言うんじゃないだろうね?」
若いGPの巡査が、丁寧だが威圧的な声で西南を呼び止めた。西南は慌てて地図を確認するが、道は間違ってはいなかった。
「はい、ちょっと用があって」
「おい君ィ……まったく、若い内からこんな趣味を……!」
あきれ顔で西南を見る巡査は、西南が着ている制服の階級章に気付いた。
「か、艦長殿でしたか! し、失礼いたしました!」
その巡査隊員はスッと道を空けると敬礼をした。
「さすが艦長殿! なかなかマニアックな趣味をお持ちで。ささっ、どうぞ」
「はっ? はあ、ありがとうございます……」
西南はその路地を入って行き、雑居ビルの階段を上って行った。そしてある一室のドアの前に立った西南は、そこが目的地である事を再三確認した。
「マニアックって言ってたな……さっきの巡査さん」
だがドアには看板はおろか表札もなく、そこがどういう場所なのか、皆目見当もつかなかった。
「行くしかないか……」
コンコン───呼び鈴も見あたらなかったため、西南はドアを軽くノックした。と、いきなりドアが開いて、中から強面の男が姿を現した。
「あ、あの」
「当店は会員制になっております。どなたかのご紹介ですか?」
「NBの……」
「おおNB先生の。お待ちしておりました ささっ、こちらへ」
「NB、先生?」
と、引っ張り込まれるように中へ入った途端、ドアが重い音を立てて閉まり、それと入れ替わるように、目の前の装甲シャッターが開いた。だがそこは目の前も左右にも壁が在るだけの行き止まりだった。と、西南は突然、軽いショックを感じた。
(あっ、転送だ)
それも民生用の安い機械特有の振動だった。その感覚を数度味わった後、西南は安っぽいホテルの待合室のような部屋に出た。
「さあこちらでお待ちを」
強面の男が指し示すソファーに座ると、イスに座ってこちらを見ていた、ガウン姿の女性が西南に近寄り、隣に腰を下ろす。虎に似た奇妙な化粧をしていて、顔立ちはあどけなさが残るものの、ちょっとビックリするほどの美人だった。
「おい、その人はそっちの客じゃない」
女性が西南の隣に座ったのを見た強面の男が、彼女を追い払うような仕草をしつつ言った。
「そうなんだ……残念」
その時、奥からピッタリとしたボンテージ風の服を着た女性が二名出て来た。
「初顔のお客さんよ。出迎えるから手伝って」
「は~~~い。じゃあね、可愛い坊や」
ワウ人がするように、西南に軽く頰ずりをすると、その女性は他の二人と転送ゲートへと消えた。
× × ×
「噓…噓……」
霧恋は西南が入って行ったドアを凝視したまま、金縛りにあったように微動だにせず、呟くだけだった。
「こいつは予想外だったな……下着や玩具は、他人の物って可能性もあるけど、風俗店じゃあ、他人の代わりって可能性は無いからな」
雨音は複雑そうではあったが、霧恋とは違い保護者意識はさほど強く無いため、どこか面白がっている風さえあった。
「だとしたら西南め。おとなしそうな顔して、意外とディープなとこにまで、はまってやがるな」
「夢よ…これは夢なんだわ………」
「そう、ここはひとときの夢を見る場所よ」
霧恋の呟きに被せるように女性の声がした。
「誰!?」
素早い動きで振り返った雨音が見たものは、ムチを手にして微笑んでいる三人の女性達だった。三人はそれとなく通路を塞ぐような形で立ち、持っているムチからは小さな振動音が聞こえていた。と、先程西南の横に座っていた、虎のような化粧をした女性が一歩前に出た。
「あら、雨音?」
「えっ?」
訝しげにその女性の顔を覗き込んだ雨音は、驚愕の表情で後退った。
「……ゲッ! もしかして……夢乃!」
「当ったりィ! 久しぶりね雨音」
夢乃と呼ばれた女性は、雨音に飛びかかるように抱き付いた。
「夢乃ちゃんの知り合いって事は、やはり彼女、本物の雨音カウナックなの?」
他の二人は警戒を解き、ムチのエネルギーを切った。
「嬉しいなぁ、やっと遊びに来てくれたんだ。私、ずっと待ってたのに、全然来てくれないんだもの」
「違う! 遊びに来たわけじゃないって!」
「ダ~~メ! 逃がさないんだから」
夢乃は雨音に抱き付いているだけではなく、霧恋の手もしっかりと摑んでいた。他の女性二人も素早く、雨音達を逃がさないように取り囲んだ。
「夢乃ちゃんの知り合いなら、たっぷりサービスしなきゃね」
「あら、こちらの彼女も凄い美人さんね。モデルさんかしら?」
「い、いや、せっかくですけど、私はそっちの趣味はありませんから……」
霧恋は近付いて来る女性から、顔を背けるように後退った。
「ウフフッ、お二人共、自分の知らない自分を見てみたいと思わない?」
「そうそう。雨音はきっと才能があるわ」