4「初月給」
「全艦沈黙、周囲に異常ありません」
「警戒レベルを3から2に移行します」
『守蛇怪』のブリッジにオペレーターの落ち着いた声が響き、投影された宇宙空間には大破した海賊艦が三艦、多くの残骸に囲まれて漂っていた。と、その向こうに守蛇怪の要請を受けたGP艦がジャンプアウトして来た。
『こちらGP3327165、レスター、任務の引き継ぎを行います』
顔見知りとなった、GP艦の女性オペレーターが笑顔で言った。GP艦からはすぐさま戦闘機が発進し、海賊艦の周りを周回し始めた。そして海賊艦との投降確認の通信が交わされ、GP艦から移送用の小型艦が発進した。
「海賊艦に異常なし。投降者の収容作業終了しました」
「レスターが現場調査へ移行しました」
オペレーターの報告を聞いた西南は、小さく安堵のため息をついた。
「3327165、レスター、後はよろしくお願いします」
『お疲れ様でした』
レスターの女性オペレーターと短いやり取りをし、守蛇怪は現場を後にした。
「警戒レベル解除、通常モードへ移行します」
霧恋の声でブリッジは緊張から解放された。
× × ×
守蛇怪の食堂では、アラン達が携帯端末を手に、給与の確認をしていた。
「うおおおおお、すげえ! さすがに俺達大活躍してるだけあって、給料も大幅にアップしてるぞ」
「よーし! これからパーッと遊びに行くか!」
「おいアラン、バリー……借金で引かれた残額の方を見てみろよ」
「なっなななな、なにィ~~~~~!」
アランは先程と同じようなテンションで、今度は怒鳴った。
「なんだこりゃ? ほとんど残ってないじゃないか!」
「ああ懐かしい数字だ……覚えてるか? これって初任給と同じ額だ。ハハハ」
「ふざけるな! 俺達が危険を顧みずに戦った結果の金だぞ! それを勝手に借金に充てやがって」
アランにとって給料というのは、全部、自分の好きな物に使えるお金の事だった。生活費、公共料金、税金の為の分が必要だという考えが欠落しているのだ。まさに子供の小遣い感覚だ。
「仕方ないだろ? 借金があるのは事実だし」
「仕方なくない! 考えてもみろ。この金額ならほんの数年で借金は完済だ。ならいつでも返せるって事だろ?」
アランの悪い性癖が顔を覗かせ始めた。そしていつものように、他の二人もそれに同調しだしたのだった。
「まあ、そうだな」
「……その通りかも」
「フン! ガキじゃあるまいし、借金をどう返すかなんて俺達の自由だ! それに元手があればいくらでも増やす道はある! うまく行けば明日にでも借金とはおさらばだ」
「だけど自動的に引かれてしまうんだから、お手上げじゃないか?」
「おいおい、総合経理課に同期の奴が居るだろ? しかも係長に出世をした……」
「おお、ダンか!」
「昔さんざん面倒見てやった奴だ。嫌とは言わないさ」
アランは自信たっぷりに、ふんぞり返った。
× × ×
『ダメだ、ダメだ! お前達の給料は、最低賃金を残して、後は借金返済に充てるってのが契約だろ?』
「そこを何とか!」
先程の言葉とは裏腹に平身低頭、アランはダンに手を合わせた。
『どうせギャンブルとか投資に充てて、とか考えてるんだろ?』
「ギクッ! い、いや、だけどうまく儲けられれば、借金も返せるし、お前にだって礼をしてやるからさ」
『その自分に都合のいい考え方をするのは、学生時代から変わらないな……ったく、いつもそのパターンで失敗するのを忘れたのか?』
「あれはバリー達がヘマをしたせいなんだ」
「なっ! ヘマをしたのはアランだろ!」
アラン達三人は失敗の原因の擦り合いを始めた。その光景もダンにとっては見慣れた風景だった。呆れ顔で静観していたダンは、三人が殴り合いを始める寸前で口を挟んだ。
『お前ら……バレたら今度こそ首、いや、下手したら刑務所行きだぞ』
「刑務所!? 俺達は何も悪い事はしていないぞ」
『アホか! この通信自体が問題なんだ。いいか、お前らはブラックリストに載っているんだぞ。しかも機密を扱う部署にいる以上、変なトラブルでも抱えたら、即刻クビだ。GPが借金の調停をしたのだって、そのためなんだぞ。それを給料を全額よこせだと?』
「働いた報酬を受け取るのは、俺達の当然の権利だろ?」
『借金は、お前らがさんざん権利を主張した結果。次に待つのは返済の義務だ。お前ら、働いた報酬とか言ってるけどな、今回の給与に付いている報奨金や手当だって、本来、付かないものなんだ。少しでも早く借金を返せるように、というお情けなんだぞ!』
「いやぁ、それはありがたいと思ってるよ。だから俺達も、少しでも早く返せるようにって考えてだな……」
アランの言う事を信じた友人が、何人も痛い目を見た事例を、ダンは学生の頃からさんざん見て来た。そして今回は間違いなく、ダン自身にも被害が及ぶ事は明白だった。
『この交渉は、本来、上へ報告する義務が発生するレベルなんだ。そうなりゃ、間違いなくクビ! だが今回だけは、個人的な相談として、上に報告しないでおいてやる。報奨金はもともと無いものだと思え!』
「せ、せめて今回だけでも……」
『お前の無神経さには呆れるより感心するわ。……なあアラン。給料を全額管理するという事は、借金取りの対応も自分でするという事だぞ。まあ連中にかかったら、最低賃金もむしり取られる事だろうよ』
「な、なんで俺達がそんな事しなきゃならないんだよ!?」
『本当に人の話を理解出来ない奴だな! もういい、庇う気さえ失せるわ……よく聞け、今回の給料全額もらってクビになるか、諦めて最低賃金で我慢するか、二つに一つだ! さあ今すぐ決めろ!』
「ええっ!? なあ俺達友達だろ?」
『学生時代とは違って、俺もお前も立場に責任てものがあるだろ! ほらっ、さっさと決めろ!』
「……じゃあ給料全額もらって仕事は続けるってのは……」
ダンはアラン達の勝手な言いぐさを、辛抱強く精一杯、庇うように努力して来た。だがその友人の最後通告にこう答えるのは、凄いとしか言いようがないほどのバカだ。
ブチッ!
ダンはいきなり通信を切った。
「お、おいこら!」
慌てて通信を繫ぎ直そうとするが、ダンからはまったく応答が無くなってしまった。
「チェッ……なんだ、あの態度は。ちょっと立場が上だと思って、いい気になってるんじゃないか?」
「おい、あいつずいぶん怒ってたみたいだけど大丈夫か?」
「給料はどうするんだよぉ、アラン?」
友人を怒らせた理由も、自分達のバカさ加減にも気付かないまま、アラン達は愚痴を言い始めた。そこへNBが、アラン達と同じような不満顔(?)でやって来た。
「なあ、三バカトリオの兄ちゃん達ィ、ちょっと聞いてぇ。ワイに給料が振り込まれてないんや」
「誰が三バカトリオだ! だいたいお前は艦長の備品なんだから、給料なんか出るわきゃないだろ?」
「なんやて! それって差別ちゃうんかい! ワイがどんだけ働いて来たかGPの阿呆どもは何も分かってへんのや!」
「文句なら艦長に言えよ、俺達ゃ忙しい…………おお! そうだ!」
アランは嬉しそうに立ち上がった。
「艦長におごってもらおう! クルー全員で親睦会を開けば一石二鳥!」
「一石二鳥?」
「艦長は上司としてその立場上、割り勘には出来ないだろう? しかもうまくすれば玉蓮さん達とお近づきになれるチャンス!」
「おおっ! 酒をどんどん勧めて酔い潰し……クックック」
「あんさんら、艦長は未成年やで。アルコールレベルの高い酒を扱うところには行けへんやろ。まあどっちにしろ霧恋はんが許さへんやろけど」
「じゃあ艦長には一次会で、さよならア~~ンド、二次会費用を出してもらうってのはどうだ?」
「おおっ、それは名案!」
「早速提案しに行こうぜ」
と、アラン達三人が図々しい提案を持って、艦長室へ向かおうとしたその時、
「こちらです、皆さん」
珀蓮と霧恋に案内され、ドカドカと大きな足音を立てて、マッチョでいかにも体育会系と言った軍人が十名ほど、守蛇怪の食堂へ入って来た。
「いたな、アラン、バリー、コーン!」
指揮官らしい男が腕を組んで、アラン達の前に仁王立ちになった。
「ん? お前……もしかしてライアンか? なんか、ずいぶん……」
アランは目の前の男を見て啞然となった。顔は昔の面影を残しているものの、首から下はまるでコラージュでもしたように、別人のごとくマッチョとなっていたからだった。
「軍に配属されて鍛えたからな! ワハハハハ!!」
「そ、そうか。で、今日はいきなりどうしたんだ?」
「ダンから頼まれてな。だが安心しろ、我らはどんなクズでも、同期の仲間を見捨てたりはしないぞ! グワハハハハハハハハハ~~~ァ!」
ライアンは豪快に笑うと、部下達に合図を送った。
「へっ?」
屈強な男達に両脇を抱えられたアラン達は、状況が吞み込めずポカンとしていた。アラン達の確保を確認すると、ライアンはすぐさま霧恋に駆け寄り、敬礼をした。
「では正木教官殿。アラン、バリー、コーンの三名をお借りいたします!」
「きょ教官?」
「そうだ! この方は軍の中でも、特に戦闘技術に優れた教官殿でな『鬼』と呼ばれておったのだ。俺も何度、心肺停止状態に追い込まれた事か……」
「鬼はやめて、軍曹」
霧恋は恥ずかしそうに辺りを見回した。その仕草は、とてもライアンの言葉が真実だとは思えないほど、可憐なものだった。
「はっ! 失礼いたしました!」
再びライアンは背筋を伸ばし敬礼をした。
「しっ、心肺停止ィ!? じょ、冗談じゃない、何で俺達がそんな目に遭わなきゃならないんだ? 霧恋さんもこの筋肉バカに何とか言ってやって下さいよォ」
「正式な命令書があるから、仕方ないわね。少しの間、鍛え直してらっしゃい」
「そんなぁ~~~。俺と貴女の仲じゃないですかァ♡」
アランの甘ったれた猫なで声と無神経な表情が、霧恋の同情心を霧散させた。今までも霧恋だけでなく、他のクルー達にも馴れ馴れしい態度をとる事が問題になっていたため、黙認出来なくなったのも事実だ。
「軍曹、とっとと連れて行っちゃって! 手加減は一切必要無し!! そいつらの甘ったれた性根を、徹底的に叩きつぶして鍛え直してちょうだい
」
それはライアン達が見慣れた鬼の形相だった。ライアンは嬉しそうに敬礼をし、
「フハハハハ、了解であります! では全員駆け足!!」
ライアンの号令と共に、男達は叫ぶアラン達を両脇に抱えて走り出した。
「では失礼いたします!」
「ご苦労!」
ライアン達を見送る霧恋に近付いたNBは、ジッとその横顔を見た。
「……霧恋はん、戦闘教官もやっとたんか? それも鬼と呼ばれてたて……」
「分かっているわね……艦長には、内緒よNB」
NBを見下ろす霧恋の目は、まさにライアンの言った『鬼』のそれであった。霧恋の肉体にはNBを粉砕する力が有り、NBの返答次第では、すぐさまその力を行使するつもりであった。
「はうっ! も、もちろんや」
「そう、ありがとう」
霧恋の表情は一変し、優しげな表情でニッコリと微笑むと、珀蓮と共にブリッジへと上がって行った。
× × ×
「なあ霧恋。さっきの連中って何の用だったんだ?」
ブリッジへ上がって来た霧恋に、雨音は待っていたとばかりに声をかけた。
「事情はよくは分からないんだけれど……アラン君達を再教育するとかで来たの。まあ、ちゃんとした命令書があったし、どうせ守蛇怪はメンテナンスチェックとソフトの書き換えでしばらく動けないから、問題はないわ」
「そういう事なら、自業自得か」
雨音も先程のダンとアランの通信はモニターしていたので、だいたいの経緯は把握していた。以前、玉蓮達をアイドルに仕立て上げ、マネージメントしようと企んで釘を刺されたアラン達は、少しの間は大人しくしていたものの、すぐさま雨音や霧恋達に同じような話を持ちかけて来ていたのだ。そしてその行為はエスカレートし、彼女達の弱みを握って、という物騒な提案も彼等の中で、話題に上り始めていたのだった。
「もっとも、ああいった連中は静竜のバカと同タイプだから、その時は反省しても、どこまで大人しくしているのか分からないけどね」
「そうなったら、またライアン君達に頼むわ」
「面倒見のいい事で…………あ~~、ところでさあ……」
雨音は霧恋に顔を近付け小声で、
「霧恋が鬼の教官って呼ばれてたなんて知らなかったよ」
と、ニンマリと笑みを浮かべて囁いた。雨音にとってアラン達の行く末より、こちらの方が断然、興味を惹かれるのだ。
「の、覗き見してたわね!」
霧恋は真っ青になって狼狽しながら、咄嗟に西南の方を見た。
「大丈夫だって。艦長は、見てない見てない」
「その事を艦長に言ったら、雨音だって許さないわよ」
霧恋は先程NBを睨んだのと同じ目で、雨音を睨んだ。霧恋の人となりを知らない者であればNBと同じ反応をした事だろう、しかし付き合いの長い雨音は、それが虚勢である事を知っていた。
「今さら取り繕う意味なんて無いだろ? 艦長には、リナミクスで大暴れして、血まみれの姿を見られたんだからさ」
雨音は笑みを浮かべ、霧恋の弱点を突いた。
「はうっ!」
一気に霧恋の威勢は腰砕けとなった。
自分の一番見せたくない部分を西南に見られた事は、霧恋にとって深いトラウマとなるはずだった。しかし西南がその事実を受け入れてくれたため、トラウマ自体は深刻なものでは無くなったものの、それは霧恋の可愛らしい弱点となったのだ。
あの一件以来、霧恋の中で西南の立ち位置は、保護するべき弟のような存在から、男性のそれへと変化しつつあった。その過程で、霧恋の『知られて恐怖される恐れ』は『知られてしまう恥ずかしさ』へ変わった。前者は痛み、後者はくすぐったさ、とでも言うか……ぶっちゃけ、良い(?)からかいのネタになってしまっているという事だ。
(可愛いなぁ)
雨音は抱きしめたくなる衝動を堪えながら、泣きそうな顔になった霧恋を見た。そんな二人の葛藤に気付かず、西南は艦長席のモニターで、自分の給与明細を見ていた。
(わあ、ほんとに給料が振り込まれてる……)
西南に振り込まれた給与は、アラン達のちょうど三倍。先日ケネス達と話したように、各種手当は付いていない額だ。しかし、自分で働いて得た初めての給料に、西南は感動していた。
「あの、霧恋さん。ちょっと相談があるんですが?」
「えっ? な、何ですか、艦長?」
霧恋は素早く滲んだ目尻の涙を拭い、平静を装った。
「ほら、今日、給料が入ったじゃないですか……」
「おっ! なんだ、飲みにでも行こうっての?」
「雨音! 艦長は未成年なのよ!」
「じゃあ食事会でも」
「あら、いいですわね」
雨音と霧恋のなにやら妙な雰囲気に、少し距離を置いていた珀蓮達も、話の輪に入り込んで来た。
「ちょっと貴女達!」
「いや、あの……実は実家の方に仕送りをしようと思うんですけど……こちらでの一ヶ月の生活費の目安なんて教えて欲しいなと思って」
つまり、それ以外を全部仕送りにしようという意味だった。浮かれた会話をしていた雨音や珀蓮達は、その健気な言葉に恥じ、押し黙ってしまった。
「……あ、あのな霧恋、西南の家ってそこまで貧乏なのか?」
「確かに西南様の特性を考えれば、有り得る話ですわね」
西南の事に関してはごく真面目な玉蓮は真っ先に、遅れて火煉や翠簾も心配そうに霧恋に近付いた。ちなみに珀蓮はとっとと、連想時限爆弾のタイマースイッチを入れてしまっていた。
「雨音様の家でのように、集団生活をすれば生活費はかかりませんけど……」
「それでは西南様が納得しないと思いますよ。とりあえずそれなりの定額を生活費名目で入れていただいて、万が一のために、積み立てておけばいいのではありませんか?」
「おおっ、さすが玉蓮」
「あ、あのね、みんな」
霧恋が止める声も耳に入らないのか、雨音達は円陣を組んで相談をしていた。
「問題は遊興費と交際費ですね」
「まあ西南は、あまり金のかかる趣味は持ってないから……」
「クスッ。女性に関しては、私がお相手すれば済みますしね」
「霧恋に殺されっぞ。問題は交際費だな」
「艦長ともなれば、いろいろと大変ですものね」
「西南様はまだ学生ですし、アイリ様や美守様、美兎跳様の管轄下にあるわけですから、仕事上の交際は、その方々のお供という形になると思います」
「だったら経費扱いになるか……使うとしたら私的な交友関係だな」
「食と住は問題ありませんけど、衣はどうします? 〝着たきり雀〟という手もありますが……」
〝着たきり雀〟というのはプログラムで変形変色する衣服の事だ。基本的なデザインならば、それを買った時に付いて来るし、フリーソフトもネットにはある。上下二セットもあれば洗濯の時にも困らない。
「私達が付いていながら、そのようなものを着せるなんて恥ですわ」
「じゃあ、私の実家にある試着中古でも持って来るか。他のメーカーのサンプルもたくさんあるから、それでまかなえるでしょ」
「凄い、カウナックの試着品ですか?」
「持って来るのは日常のベーシックな物よ。あとは……」
「医療費ね」
ついに諦めたのか、霧恋が口を出した。
「おお、そいつを忘れていたわ。さすが霧恋」
「みんなの心配はありがたいし、もちろん今までのプランは実行させていただくわ。でもね……」
そう言うと、霧恋は西南の方を向いて声をかけた。
「艦長……いえ、西南ちゃん。あまり仕送りの事は深刻に考えなくても大丈夫よ。西南ちゃんの実家の方は、商売も順調だしね」
「そういう話は何度か聞いていたんですけど……なんか実感が湧かなくて。確かに向こうにいた時も、俺が居ない時は、お客さんが来ていたけど……」
西南はここしばらく、家の方に連絡をしていない。一度母親から連絡が来た時は、
──こっちはみんな元気よ。それから運が逃げちゃいそうだから、あんたから連絡はしないでいいわ。まっ、霧恋ちゃんもいるし、あんたの方は大丈夫でしょ? じゃあね──
と、一方的に喋って切ってしまったのだった。それ以来向こうから連絡も来ないし、こちらからする事もなかった。
「それに本来、西南ちゃんの給与に付くはずの、報奨金や手当の中から仕送りをするように手配しているから、西南ちゃんの給与は自分で考えて使った方がいいわ。どちらにしろ一ヶ月で最低どれほど必要かは、人それぞれだしね」
「そう、ですか。わかりました。じゃあ仕送りの方はお願いします」
その時西南は、自分の給与額がケネス達の三倍だという事を思い出していた。
(じゃあ、最低給与額が普通に暮らしていける額って事なんだろうな……)
「あらあら、何やら私達、お邪魔のようですわね」
不満げな玉蓮達を抑えるように、
「詳しい事情は後でちゃんと説明するから。それに貴女達が考えてくれたプランは、実行するって言ったでしょ?」
霧恋は西南に聞こえないよう、そう囁くと、再び西南の方に向いた。
「いつものように天女様がお待ちですから、急いで下さい、艦長」
「あっ、はい」
考え込んでいた西南は、慌てて艦長席のイスを移動させ、階下へと消えて行った。
「まるで追い出すみたいだな。何か聞かれたくない訳でもあるの?」
「艦長……いえ、西南ちゃんには、本当の給与額を知らせたくないだけよ」
「聞かせたくない? 西南って、あまり無駄遣いするタイプじゃないだろ?」
「子供の時からなんだけど……持ち慣れない額のお金を持ってると、落としたり、たかられたりするのよ。西南ちゃんの報奨金や手当がどれほどか知っているでしょ?」
「……別に仕事に見合ってるというか、大した事はないと思うんだけど?」
「あのね、一般隊員の最低賃金が西南ちゃんの三分の一だって考えれば、それがどれほどのものか解るでしょ! このブルジョワ女!」
「おお! なるほど。そう考えると大変だな、ハハハハ」
雨音達は頭の中で素早く計算して、納得が行ったように頷いた。ちなみに珀蓮の時限爆弾は、いつものように爆発前に火煉が止めていた。
研究基地へ帰還後、いつもの身体検査を受けた西南は、天女から守蛇怪の改修の事を聞かされた。
「守蛇怪の改修ですか?」
「ええ。テストのデータもかなり蓄積されて、いろいろな不具合も見つかったし、違う装備もテストしたいしね」
「違う装備、ですか?」
「守蛇怪は使用状況に合わせてカスタマイズするように出来ているの。今の艦体は追加装備も何も無いベーシックなタイプなの。まあカスタマイズって言っても、外観はほとんど変わらないけどね」
天女はチラッとエルマを見ながら言った。だがエルマは作業の手を止めるでもなく、無言のままだった。
「ねえ、エルマ」
「…………」
「エルマ! 聞いてる?」
仕事に熱中しているのか、ボーッとしているのか、いつもとは少し雰囲気の違うエルマに、天女は少し声のボリュームを上げた。
「えっ? あっ、すみません。何ですか?」
「今度、守蛇怪の大規模な改修があるでしょ? で、一週間ほど動けないから、西南ちゃんもエルマも今のうちに休暇をとったらどう? って話」
「守蛇怪の改修でしたら、私もお手伝いを……」
「ボーッとしてミスされたんじゃ困るんだけどなぁ」
「す、すみません。気をつけます」
「いいのよ。こちらこそ、いろいろとつき合わせちゃってごめんね。でもあなた、ここ数日、ちょっと疲れているようだから……ね」
天女は言い聞かせるように、そっとエルマの肩に手を置いた。
「いえ、本当に大丈夫ですから」
「ダメダメッ! それにアイリ様からも、あなたを休ませるように言われているの」
「アイリ様が?」
「まあ正確には、秘書長だの経理だの労働基準監督課の方々からの苦情がね。いっぱいお手当の付いたお給料も出た事だし、少し羽を伸ばしてらっしゃい」
「……了解しました」
エルマは渋々頷いた。それはまるで休みが取りたくないかのようだった。
(大変なんだな……それもこれも俺のために…………そうだ!)
× × ×
宿舎に戻った西南は、すぐさまモニターを起動し、ネットに繫いだ。女性へのプレゼントを紹介するHPにアクセスした西南は、とりあえずアクセサリーのページを開いた。
「せっかく初月給が出たんだ。今までお世話になった人達に何かプレゼントをしなくちゃな。とりあえず予算は……」
「何しとるん、旦さん? ほお、アクセサリーなんかに興味が有るんか?」
と、いつの間にか後ろにいたNBが覗き込む。
「み、見るなよNB!」
「…………女やな」
「うっ!」
「男がアクセサリーを選ぶちゅう事は、女へのプレゼント以外あらへん! だいたい旦さんアクセサリーちゅう柄やないやろ?」
NBは自慢げに西南の肩に乗った。西南は諦めたように、話し始めた。
「…………初月給が出たから、今までお世話になった人達に何か贈ろうかって、思ってるんだ……」
「で、誰に渡すかは決めとんのか?」
「うちの家族は物より金って言いそうだし、それ以前に、下手にここの物なんか贈ったらどうなるか……」
「加工技術とか素材とか、オーバーテクノロジーの可能性があるさかいな」
「とりあえず霧恋さんが仕送りをしてくれるから、それでいいかなって。次は天地先輩の所だけど……」
「そこは結構微妙なんちゃうか? 天地はんだけに渡すんならともかく」
「砂沙美ちゃんとか阿重霞さん…………う~~ん、そうか、付き合いの度合いも全然違うし、一律って訳にもいかないだろうし……確かに難しいな」
天地の家にいる人達には、それこそ子供の頃から知っている人から、一度もあった事が無い人までいる。
「天地はんって幼馴染みなんやろ? 初月給の贈り物なんて貰うても、気ィ遣わせるだけなんちゃうか? どちらかというと、みんなで使える、お歳暮みたいなモンを贈った方がええんとちゃうか?」
「なるほど……確かに、その方がいいかもな。そうなると海も同じように……あっ、でも月湖おばさんには、ちゃんとしたいな」
「そっちはそれでええんとちゃう? 後は当然、霧恋はんやろ」
「うん。あと…………ダイおじさん?」
「あのスチャラカ親父は、海はんと一纏めでええんちゃう? 天地はん家のように月湖はん家にお歳暮ゆう形で贈って、月湖はんだけ別にでええやろ」
「そう、だな」
海の父親といっても、ダイは月湖とは結婚はおろか同居もしていない。たまに海に会いに来ているだけで、月湖の家に来てもほとんどゴロゴロするばかりで、一緒に遊んで貰ったとか、何かをしたという思い出は殆ど無い。息子の海と女の子にはマメだが、それ以外の者にはほとんど興味を示さないのだ。
「あと正木の村の人達……」
「それは月湖はんから報告して貰うでええやろ? そこまで入れとったら切りないで」
「まあ、そうか……えっと次に雨音さん、エルマさん、珀蓮さん達もだな」
西南は、空で暗記するように言った。
「そこら辺は、霧恋はんだけやと角が立ちそうやからな……で?」
「瀬戸様と、水穂さんもだな……」
「うわ、樹雷の鬼姫に初月給のプレゼントかいな……。旦さん、なんか凄い事しようとしとらへんか?」
「でも、俺が宇宙に居られるようにしてくれた恩人だしな。外すわけには行かないよ」
「ふむ……で、お次は?」
「そうだな…………」
「おるやろ! 一番の恩人が!」
考え込む西南の頭を、ペチペチと細いマニュピレーターで叩く。
「一番の恩人?…………ああっいけない、天女さん忘れてた!」
「なっ!」
× × ×
「なっ! なんであんな小娘が一番なのよ!」
理事長室でNBネットに繫いでいたアイリは、大声で叫んだ。その様子を不思議そうに見ていた美守は、そっとアイリの後ろへと近付いた。
「もっと居るでしょ! 美人で大人の色気があって」
『美人で大人の色気があって?』
「そうそう!」
考え込む西南が映ったモニターに、アイリは苛立たしげに顔を近付ける。
『ああ、そうだ! 美守校長にも贈らなきゃ』
「だあああああああああああああああああああっっっっっっっっ!」
「私が何なのですか?」
机に突っ伏したアイリに、美守は不思議そうに声をかけた。
× × ×
「何なのって……初月給が出たから、お礼の品を贈るって言ったろ?」
「お礼? はあ、なるほどな……そういう事でっか」
NBは納得が行ったように頷いた。
「変な奴だな? 壊れたのか?」
「ちょっと他の事を考えとったさかい。それより美守はんは立場上、旦さんのプレゼントは受け取れないんとちゃうか?」
「そうか……う~~~ん」
公的立場の校長が、一学生からのプレゼントを受けるのは少々問題がある。美守とはプライベートな付き合いがあるとはいえ、それはアイリや美兎跳を通してであり、今回の基準からいえば、候補に入れるのは微妙な所だ。
「なんや? それともこないだ会うた、あの若い方の美守はんへのプレゼントか?」
× × ×
「……このスケベ!」
NBのコントロールを取り戻したアイリは、シッシッと、手で美守を追い払いながら怒鳴った。
『違うって!』
「あ~~らあら、赤くなっちゃってさ。フン! そんな事よりさっきの続き! 他にもプレゼントを贈らなきゃならない人がいるでしょ?」
『え~~~っと…………お前がいろいろ話しかけるから、どこまで言ったか忘れたじゃないか』
そう言うと西南はメモ用の小さなモニターを起動して、リストの作成を始めた。
『俺の家は仕送り、天地先輩の所はお歳暮のようなみんなで使える物、海とダイおじさんも同じ……で、月湖さんに霧恋さん、雨音さん、エルマさん、珀蓮さんに玉蓮さん、火煉さん、翠簾さん……』
「チッ! 影の薄い女は思い出せるのに何で私を……」
アイリはブツブツと独りごちたが、いつの間にか声が大きくなっていたらしい。
『はあ? NBもアクセサリーなんか欲しいのか?』
「違う! いいからリストの続き!」
『何を怒ってるんだ?…………えっと、瀬戸様、水穂さん、天女さん。でもやっぱり美守校長にも貰ってほしいな』
「フフッ……あちらの美守なら構わないかもしれませんね」
美守は少し恥ずかしそうに微笑み、勝ち誇ったような目をアイリに向けた。
「くっ! このっ!」
アイリは横目で美守を睨むと、悔しそうに拳を握り締めた。
「ほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほら、次よ次!」
『急かすなよ…………おお! 美兎跳さん忘れてた! いけない、いけない』
「くっ! で、次!」
『案内人さんと美瀾様もだな。GP艦、壊しちゃったもんなぁ』
「オッサンやジジイがアクセサリーなんか欲しがるか!」
『アクセサリー限定じゃないぞ!』
「ええい! いいから次!」
『本当に今日は変だな、お前。一度チェックして貰った方がいいのかな?』
「そんな事より次ぃ…………ん?」
その時、アイリは自分を思い出させる、うまい口実を見つけた。
「そうそう、チェックよチェック、それよそれそれ! NBをチェックするのは誰!?」
『そりゃあ、もちろん…………………ああっ! そういう事か。そういえば忘れてた。アイリさんだ!』
× × ×
「そうや、それやそれ! 美しゅうて、え~~え女のアイリはんを忘れとるんやがな、旦さん!」
NBは西南の肩をポンポンと叩くと、小躍りするように言った。そのあまりの浮かれっぷりに、西南は訝しげにNBを見た。
「ケネス達と会った時もそうだったけど、お前、変なプログラムが入ってないか?」
「ワイは事実を客観的に言うとるだけや」
「美しいというのは認めるけれど、あの性格がなぁ…………水穂さんのお母さんとは思えないよ。水穂さんは絶対、お父さん似だな」
「なっ! どういう意味や!?」
「天地先輩のお祖父ちゃんて、ちょっとお茶目なところがあるけど、いたってまともだもん。清音おばちゃんも、天女さんも穏やかで優しい人だもんなァ……」