「それにしてもまあ、よくもそのような情報が手に入ったものですね。製作はあの、柾木アイリの工房なのでしょう?」
「手に入れたのか? 入れさせられたのか?」
「意図的だと言うのですか?」
副長は、まさか? という表情を見せた。それを見たリョーコは苦笑した。
「この艦は確かに、画期的と言うべきモノよ。さすがアカデミーの哲学士ね。しかも大量生産品と考えれば、費用対効果は途轍もないわ」
と、モニターに『守蛇怪』の立体図が映し出される。
「でもこの艦は、単艦行動をするためのものじゃないの……もちろんその能力は十分に備えているけど、本来、艦隊行動時の戦闘機と駆逐艦を合わせたような艦なの」
「確かに、少し小型の艦ですね」
「ダ・ルマーギルドが供給している汎用艦と比べても三十%、我が艦の二十五%程しかないわ。問題は守蛇怪がこのサイズと形状で完結している事なの」
リョーコの言葉に、副長は少し不思議そうな顔をした。
「これを単艦で使うプランがなかなか難しくてね。襲撃時はこのままでいいけど、いざ、戦利品を手に入れた時が問題ね。ほら、たいていの積み荷はコンテナユニットごと切り離されるでしょう? 守蛇怪に、GPで一般的に使われているコンテナサイズを連結しようとすると……」
守蛇怪の横にコンテナが映し出される。それは長さで守蛇怪の倍ほどあった。
「こいつは……牽引は少し難しそうですね」
コンテナも空の状態から満載、内容の比重の問題もある。守蛇怪の能力ならば十分、それを抱えて超空間ジャンプは可能だが、これだけのサイズ差がある場合には、ある程度正確な重量配分を計測しなければ、安全で正確な超空間ジャンプは難しい。しかも獲物を手に入れたとしても、追撃艦や増援が来る可能性は高い。だからコンテナの計測は、短時間の内に終わらせなければならない。
「GPだけでなく、一般が使うコンテナも、約八十%がこのサイズだもの。それと、少し特殊な艦体形状に合うエンジンが無いのも問題ね」
守蛇怪の設計図には、エンジンのデータは無かったのだ。
「さすがにエンジン部分の設計図は持ち出せなかったから、こちらが手に入れられる物で代用しなければならないんだけれど……この空間に入る物だと、戦闘は少々、厳しいかもしれないわね」
「内部構造にはまだゆとりがあるようですから、もう少し大型の物が入れられるのではないですか?」
「そうなると、ますます単艦での行動は無理だわ。だって艦は私達の生活の場でもあるんですもの」
「生活用のユニットを接続して、仕事の時だけ切り離す」
「ふむ、当然そうなるでしょうけど、まず建造コストが跳ね上がるわ。人員も、極端に言えば二隻分必要になる。あまり長期間の稼働は難しくなるし、そうなると仕事の幅は狭くならざるを得ないでしょうね」
漁業で言えば近海での操業のみ、遠洋漁業は出来ないという事だ。
「結構厄介ですな……。使用出来るのは規模が大きい海賊か、小物狙いの海賊かになってしまいますね」
「守蛇怪は画期的な艦だけど、技術的にはさほどめぼしい物は無いの。その強度やバランスは途轍もなく素晴らしいけど、このサイズと形状でなければ意味がないわ」
「設計技術の応用が利かないという事ですか?」
「ええ、少しでもサイズを変更するだけでも、最悪、根本的な設計自体を変える必要が出て来るわ。簡単な試算も行ったけれど、僅かなサイズ変更をするだけで、市場に出回っている連盟基準サイズのパーツが使えなくなるの。全部改造するか特注するしかないわ。市販品を使えなければ、大量生産艦としての意味が薄いしね。結局、私の艦のような特注品になっちゃうわ」
「高価なオモチャになってしまうわけですね」
「もちろん、今の守蛇怪のスペックを維持しようとすれば、だけどね。でも……」
そう言うと守蛇怪の立体図を複雑そうな目で睨み付ける。
「だけどこの形状のままであれば、かなりの高出力のエンジンを載せても耐えられるわ。そうね……『ダイダロス』の出力でも軽く耐えられるわ」
「それほどまで!? ですか……。なんとか使いやすいサイズにならないのですか?」
「今のところその答えは見つけられないわ……フフッ、まるでタチの悪いパズルみたいにね。どちらにしろ我々が有する技術では、ダイダロス級の出力を持つエンジンを、この艦に搭載出来るほど小型化できない。でもアカデミーなら小型で高出力のエンジンや空間圧縮技術がある……」
「なるほど、完全に宝の持ち腐れになるわけですね。そういった技術の入手は出来ないものですか?」
「そちらのガードは途轍もなく堅いわ。今のところ、取っ掛かりすら見つけられていないのよ。たとえその情報が入手出来たとしても、それを製造する技術と、それを製造するためのプラントを造る技術も必要になるわね」
「大量生産品ならば、そのうち、中古や横流し品が、こちらにも流れて来るのでは?」
「樹雷の次期主力艦よ。あまり期待は出来ないわね」
「……敵にとっては有効で、こちらにとっては使えない艦……厄介ですね」
「そうね……いえ、もっと厄介になる可能性もあるわ」
リョーコの表情がさらに厳しいものとなる。
「と、いうと?」
「忘れたの? 樹雷にはとんでもないエネルギージェネレーター兼コンピューターユニットがあるでしょう?」
「皇家の樹……。しかしそれはあまりにも……ダイダロスの比じゃありませんよ」
「上位世代なら無理でしょうけど、下位世代、第四世代以降なら搭載するには十分じゃないかしら? 樹雷の公表では、第四世代以降はあまり結実する可能性が少ないと言っているけど、本当かどうか怪しいわね。私は結構な数があると思っているけど」
「これは急ぎ、上層部へ知らせる必要が……」
「もう少し相手の意図を調べる必要があるわ。それにせっかく山田西南君がバグチェックをしてくれているんだから、それが終わってからでも十分よ。こういう大量生産の艦は、マイナーチェンジでがらりと設計が変わる可能性もあるもの。それより我が艦の整備が終わり次第、試運転も兼ねて一仕事しましょう。私も久々に身体を動かしたいしね」
リョーコは気分を切り替えるように言うと、大きく伸びをした。
「仕事の参加依頼が数件来てますので、後でチェックしておいて下さい」
「わかったわ」
その十数時間後、リョーコ・バルタは、ある合同海賊艦隊と共にGPの輸送キャラバンを襲撃していた。
「前方空間にエネルギー反応感知!」
海賊達は襲撃する相手によって、いくつかの海賊が集まって艦隊を編制する事がある。そして大抵、獲物の情報を摑んだ海賊がその集団の頭を務めるのだ。そのため今回リョーコにはこの艦隊の指揮権はなかった。
ただ、それだけの規模の輸送キャラバンとなると、正規の護衛艦が付く事も多いため、なかなか襲撃が行われる事は無かった。海賊達にとって幸か不幸か、西南の海賊大量捕縛による好景気で、物流が増加し、護衛艦の数が足らなくなっていたのだ。
「中型の民間輸送艦が三十、護衛艦二、確認! 指揮艦ならびに僚艦五、攻撃を開始しました」
今回の海賊艦隊は二十。奇襲で護衛艦を撃沈、あるいはそれなりのダメージを与えれば決着はつく───副官の報告を聞きつつリョーコはそう考えていた。
「輸送艦が分離! 偽装艦です!」
「何!?」
「艦影確認、守蛇怪です! 守蛇怪、ジャンプ!」
副官の叫びにも似た言葉をリョーコが認識した次の瞬間、守蛇怪は極短距離のジャンプを終え、襲撃の為に先行している艦隊の側面へ現れた。
× × ×
「三時方向に敵! 回避を!」
「バカ野郎! そのまま最大船速で突っ込め! 並走してなきゃ、そうそう当たりゃしねえ!」
だが次の瞬間、指揮艦のブリッジを大きな衝撃が襲った。
「バカな! どこをやられた!?」
「エンジンブロックに直撃! 危ねえ、最終装甲手前まで貫通してやがる」
「奴はどこへ行った?」
「後方の待機艦隊の方です! こちらはこの艦以外、全艦メインエンジン部分をやられて推力が落ちてます」
「あの一瞬でか!?」
「頭! 護衛艦が発砲! 二秒後に着弾!」
「回避急げ……うわっ!」
守蛇怪の奇襲に気をとられた次の瞬間、護衛艦だけでなく、輸送艦も海賊艦に攻撃を始めたのだった。海賊の指揮艦に先程以上の光と衝撃が襲った。
× × ×
「守蛇怪接近!」
「指揮艦から解隊信号は?」
「出ていません」
「そう……」
リョーコは不満げな表情を隠さなかった。艦隊を組んだ以上、指揮艦の命令は絶対だ。だがその指揮艦は本隊と切り離され、敵の集中砲火を浴びている。今の位置関係だと動けなくなった僚艦が邪魔で援護射撃も出来ない。こちらの攻撃が当たらない位置に移動しようにも、守蛇怪が近付いて来ている。
(恐らく移動しようとする艦から攻撃を食らう)
そしてすでに移動しての援護も、意味が薄くなりつつあるのだ。艦隊行動の訓練が出来ていない海賊達の、現在において最善の方策は、艦隊を解隊し、各艦の判断で逃げる事の出来る状況をつくる事だった。
「防御を優先! 迎撃は考えるな!」
「指揮艦から解隊信号!」
「遅いわよ! 初撃をかわしたら緊急ジャンプ!」
「来ます!」
守蛇怪は芸術的とも言える、こまめなジャンプで海賊艦の攻撃を回避しつつ、突っ込んで来た。
「衝撃に備えろ!」
守蛇怪の攻撃がリョーコの艦を大きく揺らし、艦のあちこちから悲鳴のような損害警報が鳴り響いている。
「超空間ジャンプ、行けるか!?」
「ちょっと待って下さいよ……」
場数を踏んでいるオペレーター達が、冷静かつ迅速にジャンプ時の被害を抑えるため、破損箇所を寸断して行く。そして回線を迂回させつつ、超空間ジャンプの為のエネルギーをかき集めた。
「守蛇怪、第二波来ます!」
「艦長、ジャンプ行けます!」
「ジャンプ!」
リョーコの合図と共に、リョーコ艦は超空間へと消えた。守蛇怪の第二波が通過したのはその一瞬後であった。
「幸い、艦の被害は一日もあれば修復出来るものでした……」
リョーコの艦は昨日整備を行っていた民間ドックに、再び収容されていた。
「……しかし無事に逃げ出せた僚艦は、この艦を含め四艦だけのようです」
リョーコの私室で、副官は報告を終えると大きくため息を吐いた。
「それにしても、まさかいきなり遭遇するとは……それにしてもとんでもない性能の艦ですね。あれなら多少、エンジン性能を落としても使用に耐えるのではありませんか?」
「……見てご覧なさい」
リョーコは先程の戦闘記録を拡大表示した。守蛇怪の指揮艦隊への攻撃は、すべてエンジンユニット付近へ直撃していた。
「ほう、敵ながら見事なものですね。あの難しい状況で、ほとんど外さないとは……」
「問題は、守蛇怪の搭載武装の威力レベルです。ほらこれが各艦の装甲スペック」
リョーコは次々と、各艦の詳しい被弾状況のデータを入力して行った。
「これは……。思ったより威力がありませんね……いや、この艦の規模からすれば、それでもかなりの威力ですが、しかし……?」
「攻撃を受けた印象と違うのでしょう? それは被弾場所が全部、急所だからよ。守蛇怪の操舵は柾木霧恋、砲撃手は雨音カウナック。他にもあの艦に乗っているクルーは……たぶん鬼姫の部下達ね」
「あの能力は搭乗者のもの、と言うわけですか?」
「貴方はどう思う? 若い頃に樹雷の艦隊と遭遇した事があるのでしょう?」
「は、はあ……」
それは今、思い出しても身の凍る思い出だった。百隻を超える海賊艦隊が、たった二十一の樹雷艦に完膚無きまでに破壊されたのだ。しかも指揮艦を除く全艦が守蛇怪クラスの小型艦だった。
「最初に突入して来た指揮艦が、こちらの動きを分断、五艦をチームとした四チームにこちらは各個撃破されて行きました。鬼姫の部下が乗っていたのは指揮艦でしたから……確かに守蛇怪からは似たような……いえ、それ以上のプレッシャーを感じましたね」
「守蛇怪の攻撃力や運動性能は、データから推測されるスペックの範囲内だわ」
リョーコは事も無げに言ったが、それは守蛇怪の設計データがあればこそ言える事で、それがなければ、戸惑うほどの性能なのである。
「つまり、あれは守蛇怪の性能限界を超えているということですか?」
「あんな操縦や射撃が出来る人間が、そうそう居るとは思えないわ。つまり最初の予想通り単艦行動ではなく、艦隊行動を考えて設計された艦なのよ。とはいえ今の守蛇怪は、単艦での行動テストを行っているから、バランスの取れた装備構造をしているけど、攻撃特化されれば、威力はもっと上がるわね。それが艦隊の利点ですもの」
配備される新型艦がどれほどの力を持つかは分からないが、たとえ性能限界が守蛇怪よりは低くても、三十もの海賊艦を翻弄する艦が集団で襲って来る。しかもコンビネーションによる戦闘に、定評のある樹雷が使用すれば、どれほどの力を発揮するか想像もつかない。
「私が昔遭遇した樹雷の小型艦は、守蛇怪とは比べものにならないくらい、スペックは下です。あの時の小型艦が守蛇怪と同じならば、四チームが二チームでも、あの時の艦隊は全滅するでしょう……やはりすぐにでも、守蛇怪のデータを上層部へ送るべきです!」
その重大性に、青ざめた副官はすがるような目でリョーコを見た。
「…………」
その言葉にリョーコは、ふと何かが引っ掛かって考え込んだ。
「艦長?」
「引っ掛かるの。何か気に入らないのよ」
リョーコは苛立たしげに立ち上がると、腕組みをしてウロウロと歩き始めた。
「エルマが守蛇怪の最終チェックへ呼ばれてから、山田西南の護衛による警備の変更による監視の隙……。どれもこれもタイミングが良すぎるわ。もちろん大量生産の汎用艦であれば、ある程度の情報が漏れるのは時間の問題……」
「……エルマは、どう言っているのです?」
「他国の恐怖心を和らげるために、少しくらい情報が漏れるのは計算済み、だそうだけど……。まあスペックダウンした艦を、他国にも供与するつもりもあるんでしょう。けどそれはあくまで同盟国だからよ。私達は明らかに敵だしね」
「エルマの事が知られている、と考えているのですか?」
「なにしろ相手が相手だしね…………ねえ、守蛇怪の外装データを手に入れると、上層部はどう動くのかしら?」
「考えたのですが、この艦の利点を生かすなら、まずダイ・ダルマーで使うのではありませんか? あそこならば護衛用の艦隊がありますし……」
「そうね、それが一番の使い道……!! そうか、それなんだわ!」
急にリョーコは副官の方を向いて指さした。
手に入れた情報の使い道が見えた事に喜んだ副長だったが、リョーコの不機嫌そうな表情は、それが間違いである事を告げていた。
「守蛇怪は特殊な形状工作をしなければならないパーツが多くて、専用の精密加工機器がたくさん必要になるわ! もちろん新型となれば、別に珍しい事じゃないけれど……」
リョーコは素早く、それらの機器を製造するメーカーをチェックした。
「やっぱり……」
リョーコが睨み付けるモニターには、その機器類製造のメーカーが表示されていた。
「……たった五社、ですか?」
「それだけじゃないわ……使用する建材だってそう。各部に使われている多種多様の合金も、それぞれが扱う業者数は限られているわ」
「もしそこを重点的に監視されれば……」
巧妙に張り巡らされた網に気付いた副官はゾッとした。相手が樹雷、鬼姫ならば尚のことだ。
「造るモノが分かっているんですもの……材料の入荷や製品出荷量の変動などから、すぐさまこちらの行動は知られてしまうし、監視条件がこれだけ狭いのなら、どんなに移送偽装しようとも、結局、いつかはダイ・ダルマー……ギルドの本拠地を突き止められてしまうわ」
「つまりこの艦のデータが囮というわけですか? それにしても最新鋭の次期主力艦のデータを囮に使うとは……しかし、どちらにしろ、判断は上層部に委ねるしかないと思いますが?」
「このデータは破棄します」
「しかし、それが知られたら、艦長の立場が!」
「もともと哲学士の仕事は、散らばった技術を組み合わせて、新たな使い道を創造する、いわばコーディネーターのようなもの。樹雷次期主力艦……使われている技術にさほど価値はないけど、出来上がったのは画期的な艦。さすがに柾木アイリね」
「艦長?」
言葉の意図が読み取れない副官は、困惑気味にリョーコを見つめた。
「分からない? 守蛇怪は相手にとっては、さほど重要なデータじゃないのよ。それを気付かせないようにしたのが、先程の戦闘なんだわ」
「……確かに、あれを見せられれば、多少使い勝手が悪かろうとも、何とかして使いたいと思いますが……」
護衛がたった二艦、もちろん輸送艦の攻撃もあったにしろ、戦闘用海賊艦三十を全滅に近い状態に追い込んだのだ。
「貴方も知っているでしょう? ダ・ルマーの幹部には、樹雷に滅ぼされたギルド出身者が少なくない。樹雷の鼻をあかす事が出来るなら、多少のリスクは覚悟してでも実行に移そうとする可能性は高いわ……」
「面子の問題ですか……確かにその可能性は高いですね」
ダ・ルマーギルドは総帥ダ・ルマーが一代で築き上げたものだ。勢いはあるが、いろいろな思惑で寄り集まった集団であるため、そこに統一された意思のようなものはない。総帥ダ・ルマーのカリスマ性も、あまりにも巨大化したギルドの前に、最近は薄れがちになっていた。今、組織を維持しているのは派閥とその頭首幹部の思惑でしかなく、組織として盤石なモノがあるわけではなかった。そのような組織内で自らの地位の安定を求め、総帥ダ・ルマー自身がその力を求めようとする可能性も高かった。
「それにリスクを面白がる奴もいるしね」
「タラント……」
「山田西南による海賊の大量捕縛以後、戦力不足は結構深刻よ。それが慎重になる方向へ向かえばいいけど、新型艦の建造で戦力拡大の方向へ向かったら組織は分裂するわ」
リョーコの言葉に、ついには諦めたように、副官はため息を吐いた。気付いている者は少ないが、ダ・ルマーギルドを支えているのは、本拠地であるダイ・ダルマーが一度として捕捉された事がないという、神秘性であった。
「考えてみれば……あの時、山田西南を始末するべきだったのかもしれません」
「こちらが浮き足立って平常心を失えば、あの子のいいカモにされちゃうわよ」
「本当に厄介な相手ですな」
「その力に一番振り回されているのは、彼自身よ。エルマの報告にあったんだけれど、山田西南の一日を記録したデータを、危険対策の専門家チームに見せたら、血相を変えたって話よ」
「それほど酷いものなのですか?」
「あまりに凄いんで、最初はやらせかと思ったそうよ。でも意図的にやろうとしても不可能だと気付いて、それで本物だと結論付けたの。彼の日常って、結構いろいろと運が悪い部分があるんだけど、でも驚くほど被害は少ないの」
「どういう意味ですか? 専門家が血相を変えたと……」
「彼の何気ない行動をいろいろと細かく分析して、その結果を予測すると……たった一日の中で、軽傷化する事例が八五六一件、重傷化するものが六八八件あったそうよ」
「…………」
「それを本人も意識していない内に全部、回避しているの。でも逆に、事故など起こりそうにない部分で怪我をしたのが三二件あったそうよ」
「……どう表現すればいいのか、判りかねますが……凄いですね。我々はその悪運に捲き込まれただけなのですね」
「そうなるわ。極論、近付かないのが一番と言う事よ。まあ話は逸れたけれど……実際、ギルドに一番必要な汎用艦は『ダイダロス』かもね」
「艦長!」
「……ごめん」
リョーコは父親に叱られた子供のように神妙な表情で謝った。ダイダロスに関しては、ギルド内では不可侵が暗黙のルールだったからだ。ダイダロスの大量生産化は多くの幹部が提唱して来たが、その度にそれを提唱した幹部がGPに捕縛、あるいは謎の事故で死亡して来たのだった。
「いっその事……」
リョーコはある可能性を口にしようとしたが、それが実現が限りなく不可能な事であるため、大きく頭を振ってそれを止めた。
「とにかく、仕事をしましょう。予定外の出費もあった事だし」
リョーコは努めて明るく言った。だが……。
× × ×
リョーコ艦のブリッジは静かな緊張に包まれていた。
「ジャンプアウトの振動を感知しました! 至近です!」
オペレーターの声に、予想屋の表情が緩んだ。航路を決定する艦長にはいろいろな癖がある。もちろんパターン化しないように工夫をしているのだが、長い間事故や海賊被害に遭遇しない艦長は、航路設定が次第に単調になって行く事がある。そういった情報を収集し、航路を予想するのだ。だがジャンプアウトの瞬間に遭遇する事は滅多にない。
「よくやったぞ! 艦長、エネルギー質量比から、目標のGPの貨物船に間違いないようです!」
「よし、捕獲準備!」
リョーコが副官の報告を受け、緊張の中にもにこやかな笑みを浮かべてそう言った次の瞬間、目標のGP艦の次にジャンプアウトして来たのは守蛇怪だった。
「か、守蛇怪!?」
「艦長! 重量振感知、他にもジャンプアウトして来ます!」
驚くリョーコの声と重なるようにオペレーターが叫び、リョーコ艦の前方に次々と、同じ目標を追って来た海賊艦がジャンプアウトして来たのだった。
× × ×
「どうして? なぜ? 念には念を入れて情報収集して、山田西南の絶対に、居ない宙域を慎重に選んでいるのに……」
リョーコ・バルタの声にはもう力は無く、憔悴しきったようにイスに深々ともたれ掛かっていた。
この一ヶ月、修理のために民間ドックに入るのはこれで五度目。そしてその全てが守蛇怪と遭遇した時の戦闘が原因だった。
「……幸い、今回の損傷も全て、軽微なものですから、今日一日あれば修理は完了するとの事です」
「幸い?」
珍しくリョーコは不機嫌そうに副官を睨んだ。
「申し訳ありません、失言でした」
「いいわ……修理屋のオジちゃんに『ツケでいいから』って優しく言われるより全然、マシだから」
「……はあ」
リョーコの言葉に副官は、一瞬、次の用件を切り出そうか迷ったが、このまま停滞した空気のままでいるのもよくないと考えたのだ。
「実は、その修理屋から仕事の依頼が……」
「仕事?」
「ええ、その…………GPの輸送クルーのバイトです」
「……………」
リョーコは本当に悲しかった。ここに誰も居なかったら、大声で泣き喚きたいほど切ない気分だった。それを誤魔化すためにリョーコはイスから勢いよく立ち上がると、クッションを摑んであちこち振り回し叩き付け始めた。
「お金くらいあるわよ! この程度の修理だったら百回でも二百回でもキャッシュで一括払い出来るくらいあるわよ!」
「艦長、つまり修理屋の言いたい事は、ツキが戻るまで休んだら、という事かと」
副長のその言葉に、リョーコの動きはピタリと止まった。
「そうね。それも一つの解決方法よね。でも………GPのバイトというのはちょっとシャレがきつ過ぎるわよ」
「あちらさんは今、景気がいいですから」
意外な話だが、海賊達も素性を隠してGPで働く事もある。もちろん宅配便業務に限っての事だが、ある程度素性が怪しくても、一度登録して勤務態度が真面目なら、その後はあまり素性に関して詮索はされない。昇給もあるし金払いも良いバイト先だ。海賊の中には、そのまま就職してしまう者も居る。
「私達がこのざまですものね。いいわ、GPの偵察目的で許可しましょう。がんばって働いて、少しでもGPからお金を取って来てちょうだい。………ん?」
と、リョーコは直通の通信が入っている事に気付き、副官に目で出て行くよう合図を送った。
「では、失礼します」
一礼して副官が出て行くと同時に、部屋はシークレットウォールが張られ、真っ暗な空間へと変わり、コマチ・京が現れた。
「リョーコ、緊急の幹部会が招集された。三時間後だ」
「もしかして……」
「あのボーヤの事だろうね」
それだけ言うと、コマチの姿は消えた。
× × ×
「……ん? どうした?」
リョーコの部屋から出て来た副長は、ブリッジ要員のランバがこちらの様子を窺っているのに気付いた。
「!」
いったん逃げだそうとしたランバだったが、数歩走ったところで立ち止まり、身体を震わせながら副長の方を見た。そのただならぬ様子に、驚きつつも副長は柔らかな口調で声をかけた。
「どうしたのだ、何があった?」
その優しげな言葉に、ランバは涙を浮かべて、その場にくずおれた。
その空間は満天の星が映し出され、宇宙に浮いているようであった。そこには大きくUの字を描くようにギルドの幹部達の立体映像が並んで立ち、その前方に議長、そしてその後ろには巨大なシルエットの総帥ダ・ルマーが居た。
「被害は減るどころか、増える一方のようだな?」
ダ・ルマーの重々しい破鐘のような声が響く。少し衰えたとはいえ、さすがに総帥の威厳はまだ十分にあった。
「はい……いろいろ対策は立てているのですが……なにぶん、海賊を引き寄せる力などという、不確かなモノ故に、その……」
西南対策にあたっていた幹部は小役人のように、噴き出る汗を拭いつつ言った。
「まるでオカルトだが、九羅密美兎跳の例もある」
「そういえば山田西南については、タラントも動いていたはずでは?」
「ふむ、何やらずいぶん派手にやっていたと記憶しているが」
幹部達はダ・ルマーの追及をかわすかのように、普段であれば絶対言わないような、侮蔑に近い口調で、嘲るような表情を一斉にタラントの方へ向けた。
「?」
リョーコは一瞬、そこにいるのがタラントであると分からなかった。いつもであれば、重要な席に参加するのに相応しくない薄手の服を着、その場を小馬鹿にしたような傲岸不遜な態度のタラントが、黒いプロテクターを纏い、まるで幹部の前に呼び出された一兵卒のように縮こまっていた。
『誰かに手酷くやられたらしいよ』
個人通信で話しかけるコマチの言葉で、リョーコはタラントのプロテクターの意味に気付いた。
『一体、誰が奴をそんな目に? もしかして鬼姫?』
『鬼姫なら、奴を生かしておくはずはないだろうね。情報では、奴のダイダロスが大破させられたそうだけど、致命傷は無かったそうだ。まるでいたぶるように急所を外していたらしい』
『ダイダロスを!? だがそんな事が出来るのは、樹雷しか……』
『まあ、それが誰かとは分からないが、あまり出会いたくない相手なのは確かだね』
コマチとの話に集中している間も、幹部達のタラントへの嘲笑は続いていた。
「聞いた話では、山田西南の生まれた星へ行ったそうだな」
「ほう、ではお得意の人質の捕獲に失敗したというわけだ」
「こちらの情報員を犠牲にしてまで手に入れた情報なのにな」
「クッ……」
幹部達の嘲笑に耐えているかに見えたタラントは、自分をこんな目に遭わせた者達の幻影に怯えていた。そして山田西南の存在は、その時の記憶をフラッシュバックさせる。屈辱、怒り、怯え───彼の中では全ての元凶が山田西南に帰結するのだ。それを排除するためには、幹部達の嘲笑などどうでもよかった。
「議長! 僭越ではありますが……」
と、タラントの横に控えていたまだ年若い男が声をあげた。普通、幹部会議に他の者は入る事が出来ないが、幹部の代理、あるいは補佐が必要な場合は許可された。だがこのように直接発言をする事は珍しかった。
「いいだろう。発言を許可する」
「ありがとうございます。こうなった以上は、直接、山田西南に手を下すのが一番かと思います」
その男の発言に、一斉に幹部達の反発の声が上がった。
「バカな! 奴の周りにはアカデミーと樹雷の手の者が居る。それをどうやって暗殺をしようというのだ?」
「奴に関わって捕らえられた者が、どれほどの数に上るか知っているだろう?」
「出会えば全滅というタラントの『死神』伝説を山田西南に破られたのは、つい最近の事だろう? それを忘れたのか?」
「それとも銀河連盟と全面戦争でもしろというのか?」
「何か策があるのか?」
と、議長は幹部達の発言を制した。
「リョーコ・バルタ様です!」
その言葉に一同からどよめきが起こった。
「ふざけるなっ! 自分の私怨を他人に押しつけるなど、みっともないぞ!」
だがタラントの部下は、コマチを無視して発言を続けた。
「リョーコ殿には切り札がおありでしょう……エルマというね……」
「!! それは貴様が知っていいレベルの情報ではないぞ!」
コマチは血相を変えて怒鳴った。エルマの事は、上層部の一部しか知らない超極秘情報だった。
「もうよい! やめよ!」
と、議長はタラントの方を一瞥し、次にリョーコの方を見た。
「確かに一番確率の高い方法ではある。どうかね、リョーコ・バルタ?」
「エルマにやらせましょう」
その言葉と共に、総帥ダ・ルマーのシルエットが立ち上がった。
「リョーコ・バルタ……期待しておるぞ」
ダ・ルマーは重々しい声でそう言うと、消えた。
「はっ!」
× × ×
リョーコ艦の艦長室に明かりが灯り、シークレットウォールが解除された。そこにはリョーコの他にコマチの立体映像と副官が立っていた。
『タラントが恥をさらしてまで出席したのは、やはり裏があったか……』
「申し訳ありません。私の監督不行き届きで……」
副長は唇を嚙み締めた。
幹部会議が始まる前、副長はランバから驚くべき事実を知らされた。彼が以前からタラントのスパイをしていたというのだ。もちろん自分の意志ではなく、家族を人質にとられての事だった。
当初は、ほとんど情報の要求もない状態だったが、この数日で事情が変わった。リョーコ達の家族が住む小型のコロニーが乗っ取られ、ある人物と他数名が連れ去られたのだ。詳しく調べた結果、ランバと同じく数名の者がスパイとなり、情報を複数に分散して収集されていたのであった。
『ギルド員のコロニーを襲うとは……』
「たぶん、私を脅す決定的な情報が無かったからでしょう。新型艦のデータを破棄した事は、今の段階ではどうとでも言い訳が可能ですし」
『だとしたら、あいつもずいぶん焼きが回ったもんだ。エルマの情報に対するペナルティーは不問にされたわけではない。もう少し待てば勝手に自滅するパターンだが……』
「コマチ様、タラントのバックはあまりにも未知です。たとえ自滅するにしても、周りの被害が大きくなる可能性があります」
『そうだな。面子を守るためには、家族すら手にかける男が、あのような失態を晒したのでは、もう形振り構わない、ということか』
「だがもし、他に急がなければならない理由があるのだったら?」
そうポツリとリョーコは呟いた。
『何か心当たりでも?……連れ去られた者達に関係が?』
「それは……」
リョーコは何かを隠すように、言い淀んだ。
『まあいい。まだまだ奴を軽く見るのは危険だな。だが奴の力を削ぐチャンスであるのも確かだ。問題は、エルマが使命を果たせば人質が帰って来るか、だが……』
コマチの言葉に、リョーコの表情が歪んだ。人質が帰ってくるか来ないかは、タラントの気分次第だが、リョーコは人質達が帰って来ない事を確信していた。
「会議の場で宣誓したからには、使命を全うしなければなりません」
使命を全うしなければ、今度はクルー達に被害が及ぶのだ。
『幹部の何人かには極秘裏にあたっている。なあに、今のタラントの状態なら、協力をしてくれる者も多いだろう』
「お願いします」
リョーコと副長はコマチに向かって深々と頭を下げた。
「それから……クルーとその家族の事を……」
『分かっている。これ以上、奴の好きにはさせないさ。すぐにでも全員、ダイ・ダルマーへと避難させてくれ。後は私が責任を持つ』
そう言うとコマチの立体映像は消えた。
「エルマの事について……タラントはどこまで把握しているのでしょう?」
リョーコは崩れるように、イスに腰掛けた。
「フオ・バルタ様をチームごと連れて行ったのよ……全部、知っているのでしょう」
「やはりタラントの目的はフオ様の……」
「ええ、あの方の技術はアカデミーにも劣らない……何しろ、あの白眉鷲羽の教え子だった方ですものね。エルマがアカデミーでアイリの秘書となれたのは、幼い頃よりフオ様に教育を受けたからよ。でも……」
「リョーコ様を追い落とせるチャンスを窺っていたのでしょう。タラントという男は、ただ粗暴な男ではありませんから」
「私を追い落として何の意味がある? バルタを名乗っていても、私はバルタギルドとは何の関係もない」
「タラントの思惑など、普通の者には……。ただ気に食わない、それだけで理由としては十分なのでしょう。それに、山田西南の家族を人質に取ろうとして、あれだけの被害を負ったと考えれば、山田西南という存在自体を、許せないのかもしれません」
「そう……かもね。今日は疲れた……少し眠る」
そう言って立ち上がると、リョーコは寝室へと続く螺旋階段を上って行った。
うっすらとした間接照明に照らされた寝室は、広い屋根裏部屋と言った感じだった。リョーコは気怠そうに、マントとプロテクター、ブーツや手袋を脱ぐとランドリークローゼットの中へ放り込んだ。そして最後にピッタリとしたボディースーツを脱ぐと、