「まあ、仕方ない。あのお姉さま方の顔を立てるとするか」
「そうですね」
顔に当たる風が先程より緩やかになり、西南は再び大きな深呼吸をした───と、鼻腔に潮の香りがしたと思った次の瞬間、風景を覆っていた木々と山が後方へと消え去り、そして西南の視界にエメラルドグリーンの海と、円錐形の都市が飛び込んで来た。
「うわ~~!」
それは以前、寮を抜け出して遊びに行った都市773であった。朝日を浴びて銀色に輝く都市は、夜景とは違った美しさがあった。
都市に着いた西南達は、エアカーを基部にある駐車場に預けると、そのままエレベーターで上部フロアにある外周モノレールの駅へと向かった。
「西南君、こっちです!」
ラジャウに言われるまま、改札をくぐり抜け、一番端にあるホームに停車していたモノレールへと飛び乗った。
と、西南の眼前には、在るはずの車体が無く、碧い海と空が見えていた。
「あっ!」
西南は反射的に入り口近くの手すりを摑む、が……、
バキッ! っと、手すりは壊れ、そのまま西南は何もない空中へと放り出されたような感覚を覚えた────だが、ゴンッ、という大きな音と頭部への鈍い痛みを感じ、西南の身体は止まった。
「おっ、やっちゃったか」
「そうか、西南君はこれに乗るのは初めてだったんですね」
ケネスとラジャウは、笑いながら西南の身体を引き起こした。
「あ……あれ?」
不思議そうに見回す西南は、今自分が乗っている車体の床の三分の一から、入り口反対の壁全面、そして天井の全てが、枠の無い一体成形のガラスで出来ている事に気付いた。そして眼下には、都市の基部と白波を立てる海が見えていた。
「!!」
一切反射光の無いガラスは、そこに存在しているかすらも判断出来ないほど透明で、引き込まれるような恐怖を抱いた西南は、後退り入り口方向の壁にもたれかかった。
「西南君、こっちです」
ラジャウは西南の服を引っ張ると、入り口側の壁にある席へ座らせる、と同時にモノレールは動き出した。
「あ~~~、ビックリした」
「この路線は一番外周を走るからな。どうだ、良い眺めだろ?」
イスに座ってようやく落ち着いた西南は、出来るだけ下ではなく、水平線の位置に視点を置いた。南国の保養地並みの美しい海と地平線から昇る巨大な入道雲に、空を飛んでいるような不思議な高揚感が湧きあがって来る。ふと気付くと、車内にモノレールの進行方向に合わせ、緩やかな空気の流れがあった。
「綺麗……と言うより気持ちいい」
「ここは建物が近いので、飛行は禁止されています。だからこれに乗らなければ見られない風景って訳です。高さを感じられる場所なので、なかなかスリルがあるでしょう?」
「年中無休で走ってるからな。日の出、日の入り、深夜の夜景とかも綺麗だぜ。ちょっとしたデートスポットにもなっている」
「へえ……確かに良い感じだね」
モノレールは都市外周を螺旋状に上へと向かっている。今、西南の目の前には陸地が、そして足元には建物が見えていた。
「……フウッ! 確かに高さを感じるね」
ふと、下を見た西南は、お尻にこそばゆいものを感じ、慌ててモノレールが向かっている、都市の頂上部を見上げた。
× × ×
モノレールは途中どこの駅にも停車せず、頂上部の終着駅へと到着した。その駅にはごく簡単なゲートしか存在せず、まるで田舎の無人駅のような感じだった。
ゲートをくぐると、目の前には左右対称の広い庭園と真っ白いドームがあった。
(まるで霊園みたいだ)
西南は直感的にそう思った。その場所には何やら厳かな空気が流れ、それなりに人が居るものの、都市部の喧噪とは隔絶された感があった。
「西南君、行きますよ」
「う、うん」
ラジャウも、あのケネスさえも、神妙な面持ちでドームに向かって歩き始めた。西南はその雰囲気で、先程の予想が当たっている事を確信した。
「西南君の星ではどうか知りませんが、アカデミーに関連する人々の多くが、太陽葬なんです」
ラジャウは小声で静かに話し出した。
「太陽葬? もしかして遺体を……」
「ええ……太陽が墓標なら、惑星の……いえ、この銀河連盟宙域のどこへ行っても、たいていは視認出来ますからね」
階段を上り、建物内に入ったそこは、少し薄暗く何もないドーム状天井があるだけだった。だがその天井には太陽光がシャットアウトされ、多くの星々が見えていた。アカデミーの太陽も、ひときわ大きな球体となって見えていた。そして恐らくそれが故郷の祈り方なのだろう、そこにいる人々はいろいろな形式で星を見上げて祈っていた。
「あっ」
ケネスとラジャウが同時に小さく声を上げる。その視線の先には、敬礼をしながらアカデミーの太陽を見上げている、美希のチームメイトのミランダとカリーチが居た。彼女達を見た西南は、これが美希のための慰霊だという事に気付いたのだった。
「……………」
西南達はミランダ達の横に立ち、同じようにアカデミーの太陽に向けて敬礼を行う。
その太陽に美希が葬られたわけではなかったが、宇宙船の事故で遺体が回収出来ない場合だってある。だから遺族や友人達は、故人をそれぞれの考えで墓標となる太陽を決めるのだ。
西南は美希に何を語ろうかと考えたが、思いっきり元気で前向きだった美希に対し、慰霊ではなく、今までの事とこれからの決意を報告しようと決めた。
(……俺、がんばります)
祈りを終え、西南達は外の庭園でミランダ達と、お互いの近況についての話をした。彼女達は西南が元気な様子であることに安堵し、艦長就任をとても喜んでくれた。そして美希の父親も元気そうにグラウンド地下の修繕と、何やら研究チームに招かれた事を教えてくれたのだった。
お互いの安否を確認すると、ミランダ達は実習訓練の用意があるとの事で、すぐさま帰って行った。西南達は、彼女達が乗ったモノレールが、視界から消えるまで手を振って見送った。
「忙しそうだよな」
「先輩達はもう卒業後の具体的なプランがありますからね。実習もそれに合わせて専門的になってますし」
「ねえ、俺達もあれに乗って行けばよかったんじゃない?」
「あれは始発駅までの直通だからな。俺達は下の各停に乗るんだ」
と、ケネス達はホーム横にある階段を降りて行った。
下部ホームに停車していたのは、ごく普通の車両だった。西南達が乗り込むと同時に、ほとんど人のいない車両は動き出した。
「ねえラジャウ……魂って、本当にあるのかな?」
席に座ると西南はふと、横に座っているラジャウに尋ねた。
「魂、ですか?」
不思議そうな顔をするラジャウを見て、西南は魂というものの概念が、地球のものだという事に気付いた。
「ああ……、つまり、なんて説明すればいいのかな? 人間に宿っているって、されているものなんだけど。肉体が死んでも無くならずに……」
「もしかして輪廻転生とかいった概念の?」
「そう、たぶんそれ」
「初期文明にはよくある考え方ですね。まあ、あるような無いような……」
ラジャウにしては珍しく、曖昧な言い方だった。
「?」
「西南君の故郷ではどう考えられているか分かりませんが、魂と呼ばれているのは、ここで言うところのアストラルの事でしょう」
「アストラル?」
「僕もさほど詳しくは知らないですし、実際、いろいろと問題があるらしくて、あまり研究が進んでいないというのが正解なんですが……」
ラジャウはチラッと西南を見、
「それに結構、他の宗教観と対立する事もあるので、説明していいものかどうか」
ラジャウは困惑気味に言った。地球の中世にあった『地動説』と『天動説』の考え方による対立のようなものだ。
「俺は別に、そういった事はないから大丈夫」
「そうですか」
ラジャウは安心したように話し始めた。
「まず我々の居る次元、いえ、ほぼ全ての次元にも存在するという説もあるのですが、その空間にピッタリ重なるように、アストラル海と呼ばれるモノが存在します。このアストラル海には変わった性質がありまして、我々の世界で物質が形成、あるいは生物が生まれると、それが人であれ物質であれ、アストラル海にも同じような場が形成され、繫がるそうなのです。そしてこちら側の、例えば人が経験する事柄、感情といった記憶がメモリーされるそうです」
「メモリーされる?」
「ええ、そしてこちら側の人が死ぬとその場は消えるのですが、メモリーされたモノは消える事無く、アストラル海に残るらしいのです。恐らく、前世とか輪廻転生という思想の原因となったのが、アストラル形態の相似による、メモリーフィードバック現象だと思うんです」
「そのメモリーを読み取れるってこと? 別の人間が?」
「つまりだ。個々のアストラルには血液型や遺伝子のように同じモノがあるのさ。もっとも、そのなんだ……はい、ラジャウ君続きをどうぞ」
自分の知識を披露しようとしたケネスだったが、明確な言葉にまとめきれず、あっさりと逃げ出した。
「はいはい。アストラル形態は遺伝子の塩基配列の組み合わせよりも遥かに複雑ですし、今の所、法則性というモノは発見されていないそうです。ですから似通っている、といってもごく僅かな部分です。アストラル形態というのはアストラル海とを繫ぐアクセスターミナルのようなもので、通信で言えば周波数だと考えると分かりやすいと思います。ですから相似部分を持つアストラル同士は、ごく僅かですがメモリーを読み取る事が出来るんです。先程言ったように、アストラル海のメモリーはこちらの肉体が消滅しても残りますから。既視感や前世の記憶といった類はこのメモリーフィードバックが原因です」
「とはいえモノは考えようだ。そのアストラル海が死後の世界と言えるかもしれないぞ」
「確かにアストラル海には、今まで生まれて来た生命全ての記憶、個性があるというわけですから、ケネス君の言う事もあながち間違いではありません」
「そうか……」
「とはいえ、誰か特定の人を甦らすのは不可能ですがね」
ラジャウは西南の考えを読み取ったかのように言った。
「えっ?」
「たとえクローニングされた個体でも、オリジナルと同じアストラルパターンにはならないんです。というより同じ部分は皆無と言っていいくらいだそうです。それにアストラルパターンを計測するのは比較的簡単ですが、問題はそれを別の肉体に再現固定するのはとてつもないエネルギーが必要なんです。どちらかというと臓器移植をした方が、メモリーフィードバックが起こりやすいくらいなんです」
「それにアストラル海をいじると祟りがあるって言うからな」
「えっ?」
その非現実的なオカルトっぽい言葉に、西南はケネスの顔をマジマジと見た。だがラジャウは苦笑しながら肩をすくめた。
「それが冗談じゃないんですよ」
「えっ?」
「アストラル海がどういう理由で出来たか、あるいは創られたという説もあるのですが、あの白眉鷲羽はアストラル海を『神を創り出すシステム』と言ったそうですから」
「神様を?」
「考えてもみて下さい。そこには宇宙創生からの全ての記憶があるんですよ。科学技術だって、現在のアカデミーにあるものが最高峰である保証はありません。宇宙のどこか、あるいは先史文明にはもっと進んだ科学があったかもしれません。それらのメモリーがあるアストラル海は、まさに『全知』である事は間違いありません」
「確かにすごそう……だね」
「だからそのアストラル海を利用しようとする人間は数多くいます。過去から現在において、宇宙で起こった全ての事柄についてメモリーされているアストラル海から、自由にメモリーを読み取れれば、その利用価値は計り知れません。未来だって予想ではなく、予知や予言といったレベルでの、シミュレーションすら可能と考えられています」
「……で、そういう事を考える奴らが、次々と不幸に見舞われているんだよ」
「事の真偽は分かりませんが、知識の集合体となったアストラル海には、何らかの意志があると考える方が自然ですから…………どうしました?」
ラジャウは苦笑している西南に気付いた。
「ごめん……その、何だか可笑しくなっちゃって」
「可笑しい?」
「ハハハッ。たぶん西南はもっと哲学的というか、まあ情緒的な質問のつもりだったんだな。それが思いっきり科学的な話になったから、面食らってんだろ」
「ああ、なるほど」
「ごめん。せっかくいろいろと教えてくれてるのに……」
「いいんですよ。でもまあ、アストラル海に故人の意識や記憶がメモリーされているとはいえ、死というものが取り返しのつかないものだという事は変わりませんから」
「そう、だね」
「とりあえずだ。祈りの場での事は、俺達がGPの一員としての目的と心構えを再認識した、という事でだな、次は一個の人間としての生活に戻ろう」
「そうですね」
何番目かの駅へ到着したモノレールから、ケネスとラジャウは西南を引っ張るように降り、そして街へと向かった。
西南はケネス達に見覚えのある喫茶店へと連れて行かれた。そこはあのウィドゥーと出会った所だった。
「まずは無事な再会を祝して!」
ケネスの音頭でグラスを合わせる。
冷たいジュースを飲みながら、西南は辺りを見回した。街並みは完全に修復され、あの巨大構造物に破壊された傷跡は微塵も見えなかった。
「ところで西南、艦長業はどうだ?」
「艦長って言っても、ただの航路指示役だよ。就任期間も艦のテスト中だけだしね」
「それでも凄い事ですよ。同期の出世頭ですからね」
「あくまで研修だから、この先は分からないよ」
「謙遜、謙遜! アイドルの一日艦長とかのイベントじゃないんだから、普通だったら研修とはいえ、艦長職なんかやらせてもらえないぞ!」
「よかったですね、西南君」
「ありがとう」
我が事のように喜んでくれる、ケネスとラジャウの気持ちが西南には嬉しかった。
「またしばらく会えないんだ。今日はパ──っと豪勢に」
「そう! 豪勢に艦長、西南君のおごりで行きましょう!」
「えっ?」
二人の異常な喜びようには、ちょっとした下心があったのだ。
「もちろん俺達も少しは出すぞ! ここのおごりは俺達だ!」
「だけど西南には、ここぞという所でですねぇ……以前行けなかった例の……」
「そうそう! 例の『イムイム』とかな。ちなみに現在、新規会員募集中だそうだ! しかも会員と一緒ならふたりまでついて行ける」
ケネスは豪勢なパンフレットをドンっと机に置いた。そこに書かれている入会費と年間会費を見て、西南は軽い目眩を覚えた。それは入会金で高級車が、年会費に至っては、家が買えそうな値段だったからだ。
「あのな……そんな無茶な金額、持ってるわけないだろ。だいたい給料が出るのはもっと先なんだぞ」
「そうなのか? 西南は特別だから、もう出ているとかないのか?」
「ない!」
「チェッ……なんだ」
一気に全身をダラーッと弛緩させ、ものすごくがっかりしたように、ケネスはパンフレットをしまった。
「じゃあ西南の給料が出るまでおあずけか……」
「冗談なんだよね……それ」
西南の問いに答えるでもなく、ケネスは西南から視線を逸らすと、ブツブツと小声で何かを口籠もりつつ考え込み始めた。
「ところで西南君の給料っていくらなんです?」
「えっ?…………知らない。そういえば聞いてない」
「ええ? 条件も聞かずに研修を受けてたんですか?」
「他の選択肢なんて、無かったんだから仕方ないだろ」
「旦さんの給料ならこれだっせ」
と、今までずっと無言で、存在すら忘れかけていたNBが(もっともNBとは本来そのような存在なのだが)テーブルの上に乗っかり、ある金額を提示した。興味深げに覗き込んだケネスとラジャウは、驚いたようにあんぐりと口を開けた。だがその表情には、あきらかな落胆の色が見られた。
「うそ……俺達の三倍?」
「えっ!? そんなにあるの?」
「バカ! そんなに、じゃなくて、たったそれだけだ!」
「そうです! 下っ端の僕達とたった三倍しか違わないんですよ!」
「今後俺達は、何を生き甲斐にすりゃいいんだ? 艦長になれたとしても、給料が三倍にしかならないなんて」
ケネスとラジャウは今にも泣きそうな表情だった。
「安心しい、これはあくまで基本給やからな。上の方は、そこからいろいろな手当が付くんや。それに業績によってもボーナスがたんまり出る」
「ほ、本当か?」
「まあ旦さんは研修生やから、ぜんぜん付かんみたいやけど」
「なんだ…………ああ、俺の『イムイム』は夢だったのか」
喜んだのも束の間、ケネス達は再び崩れるように、イスにもたれ掛かった。
「自分で何とかすればいいだろ? 俺は『イムイム』なんて興味はないし、それに給料が出たら仕送りもしなきゃならないから、無駄遣いなんか出来ないよ」
「夢のない奴だな。無駄遣いは若者の特権だぞ!」
「仕方ないだろ。家は俺の怪我やら被害の補償やらで貧乏だったから」
「まあ確かに、西南君の特性を考えれば仕方ありませんね」
「う~~ん……よし、じゃあ現実に戻ったところで、当初の予定通りに貧乏な学生なりの無駄遣いをするとしよう。西南はあまり学校に来られなかったから、知らない場所も多いだろ?」
「先輩とかに教えてもらった穴場を案内しますよ」
立ち直りが早いのもケネス達の長所だ。グラスに残ったジュースを飲み干すと、ケネス達は西南を引きずるように喫茶店を出た。
学生の楽しみ方は、宇宙も地球もさほど変わりはない。気に入った店をひやかし、裏路地にある、安くてボリュームのある店での食事や、買い食いしながらのお喋り───そしてナンパだ。
西南達は途中、屋台で買ったソフトクリームに似た冷菓を食べつつ、迷路のような都市を移動し、巨木に幾つものテラスが設置された広場へとやって来た。
近くに空いていたベンチへどっかと座り、虚ろな目で機械的に冷菓をなめる。つまりナンパ失敗という事だった。
「集まる場所を間違えたなぁ。まさか西南の……」
そこまで言って、ケネスはため息を吐いた。
GPアカデミーに近いこの都市は、多くの人間が西南の事を知っていた。西南が引き起こす騒動に興味は持っても、西南に近付こうとする人間はあまりいない。日が暮れて、街が夜の顔を見せ始めれば、西南に近付く物好きな人間もいるのだろうが、残念ながら今はまだ昼前だ。
「だいたい西南! お前はどうして、そう暗~~いオーラを出しているんだ? だから女の子達も引いてしまうんだ」
「そうです。自分の確率の偏りなんて吹き飛ばすような、もっと明るい笑顔で接すれば、ナンパの成功率も上がろうというものです!」
「そうそう、何しろ西南は有名人だからな」
「……とりあえず前半の言葉には、ありがとうと言っておくよ」
慰めの言葉の後に、下心満載の言葉が続いたのでは素直に喜べない。もっとも、それを正直に口に出すのが、二人のいいところでもある。少なくとも、どんな時でもあまり深刻な雰囲気にはならないからだ。
「まっ、しゃあないやろ。平日の昼間に暇してて、金も持って無さそ~~な、ガキ三人組と遊ぼうなんて奇特な人間は少ないやろからなぁ」
「うっ!」
ケネスは正直な感想を言ったNBを睨み付ける。
「まあ残念ながら、西南君のNBの言う通りですね」
「…………そうだ、この際NBでもいいか」
NBを見つめていたケネスはポツリと呟いた。
「ですがケネス君、それは……」
「うっ、そうだな……それでは今までと同じだな。すまんケネス!」
「いいんですよ。やはり男は生身ですから」
「???」
二人のやり取りを見た西南は、前日に天女達としたやり取りとの接点を感じた。
「ねえ、NBでもいいかって、どういう意味?」
「そいつは変形機能があるんだろ? だからパーソナルデータで変身させて………………………するんだ!」
ケネスは肝心な部分の言葉を濁したが、だいたいの意味は伝わった。
「西南君は使った事はないんですか?」
「それは……」
西南は以前NBが目の前で、艶めかしい雨音の身体に変形した事を思い出した。そして昨日も一瞬だが、天女に変形した姿を見たばかりだ。
「いや、使ってはいないんだけど。その……実は、パーソナルをあげるから使えって言われたんだけど…………!!」
そう言った途端、ケネスとラジャウは目の色を変え、西南に詰め寄って来た。それはまるで、嬉しそうに飼い主に飛び付いて来る大型犬のようだった。
「そ、それはもしかして雨音先生か!? それとも霧恋先生?」
「あの二人のパーソナルなら、生身じゃなくてもいいですものね」
「違うよ、別の人だって!」
二人を押し返すように、西南は叫んだ。と、急に二人の勢いは無くなり、
「チッ、な~~~んだ」
ケネスはそのまま溶けるように、ベンチに寝転がり、ラジャウもがっかりしたようにベンチに座り直した。
「自分のパーソナルを使わないかって、言う人が何人かいて……俺にとって、それがちょっと不思議で……」
「適当に発散しろって事だろ。学業の邪魔になるとかでさ」
「その意味は何となく分かるけど。地球でいえば、自分の写真でナニしろ、って言われてるのと一緒だからさ」
恥ずかしそうに話している西南を、ケネスとラジャウはじっと見ていたが、彼等の目には次第に、不愉快そうな感情が浮かんで来た。
「西南君……君が確率の偏りで、鈍感になっているのは分かりますが……自分が言っている意味分かってます?」
「えっ?」
「傷付いた俺達の前でよくも……」
ケネスは涙目で睨んでいた。
「えっ??」
「クソォ~~~! それはお前に好意を持っているからだ! パーソナルをくれるってのは、よほどお前に好意を持ってなければ言えない事なんだ!…………俺なんか、今まで生きて来て、そんな嬉しいイベントなんか一度も無いんだぞ……」
「僕も、叔母さんが自分の友達の人に頼んで……ククッ!…………同情なんか、同情なんか欲しくありません!」
ラジャウは拳を握り締め、涙ぐみ始めた。
「……でラジャウ、その叔母さんの友達って、美人?」
「パーソナルには、凄いデータ修正が……」
「そうか……分かる! 分かるぞラジャウ!」
肩を組んで泣いている二人に、いや、正確にはそれに西南も加わるのだが……周りの人達の好奇の視線が集中する中、西南はどう二人を止めたものか思案していた。
× × ×
ケネス達が泣きやみ、人の目が無くなったのは三十分ほど経ってからだった。
「まあ欲望の発散と、正しい女性の扱い方を学べって事なんですよ。基本的にはリードするのは男性側ですから。ただ未成年の場合、パーソナルのキャラクターには倫理キャラソフトが添付されますから……」
「ちょっと扱いが雑になったり乱暴になると、指導が入るんだぞ。学校の授業じゃあるまいし、途中でそんなの入れられたら萎えちまう!」
「結局、パーソナルのキャラクターAIは、それなりに精巧にプログラムされても、すぐに決まったパターンが見えて来るんです」
「優しく、ムーディに、かつ気持ちよくしろって……女ってのは、自分の都合ばかりこっちに押し付けて来るんだ! だいたい一律な価値観ばかり押し付けられたら、上達なんかするわけ無いんだ」
「だから生身の方が上達が早い、と考えられているというか……」
と、ラジャウは西南に顔を近付け、
「まあそれは迷信のようなものです。それとケネス君の言う事は極端ですから、話半分に考えた方がいいですよ。女性用のパーソナルも、男性用と似たような倫理ソフトが入ってますからね」
「ああ、そうか。ラジャウはもう成年扱いだから……」
「ただ、やはり基本的なバリエーションというのは、単調ですから、どうしても外観データでバリエーションを付けたいんですよねぇ」
ラジャウはそう言うと、苦笑しながら西南から顔を離した。つまり天女達が、自分のパーソナルを渡そうとしたのは、単調な基本バリエーションに飽きないようにと、ちゃんと基本をマスターしろと言う親心(?)のようなものだという事だった。
(とはいえ、それを積極的に渡そうとするのは、ちょっと普通じゃないのかも)
西南は一応、そう結論付けた。
「……なあ、結局、西南はそのパーソナルを貰ったのか?」
「この世界の、そういった考え方がよく分からなかったから、貰ってないよ」
「もったいない……で、くれるって言った人って誰なんだ?」
寝転がっていたケネスは、興味深げな表情で起き上がって来た。
「そんなの話すわけにはいかないだろ?」
「雨音先生と、霧恋先生以外となると…………まさかアイリ理事長か?」
「えっ!?」
「おっ、正解か? アハハハハッ! だったらくれるって言われても断るよなァ。あんなの貰ったんじゃ…………グウォッ!!」
笑うケネスの顎に、NBのアッパーが叩き込まれた。
ドサッ! ケネスは派手にベンチから後方へ倒れ込む。
「いきなり何すんだ! この球体!」
「あんなのとは誰の事じゃ~~~いっ! アイリはんは、え~~え女やで!」
「ええ女ぁ? 本気で言ってるのか?」
「ああ、ケネス君。このNBってアイリ理事長の工房作ですから、たぶん……」
ラジャウは、NBに食って掛かるケネスを、なだめるように言った。
「うわ~~~、タチ悪っ! 自分の悪口に反応するようにしてるのか?」
「事実を言うとるだけじゃ! アイリはんは美人で頭が良うて……」
「美人で頭が良いね……まあそれは認める。確かにお前の言う通りだけどな……」
「その良さを損なって余りある、性格の無茶苦茶さですからねぇ」
「…………」
ケネスとラジャウ、そして西南も一様に深く頷いた。西南達の会話が聞こえていたのであろう、周囲からは失笑が洩れ聞こえていた。その状況とラジャウの意見に反論出来ないNBは、不機嫌そうに黙り込んだ。
「で、これからどうします? もう少しがんばってみますか?」
ラジャウは倒れているケネスに手を差し伸べた。ケネスはその手を摑んでヨロヨロと起き上がると、気怠そうにベンチへ腰掛け、拗ねているNBをジ──ッと眺め始めた。
「はあ……やっぱりこの際、NBでもいいかな?」
「ケネス君?」
「確かNBには、俺とラジャウ秘蔵のコレクションを多数入れていたはずだったな……よくよく考えれば、NBの表面素材は、俺様秘蔵のエロファイルに出て来る、巨大アンドロイドエロ女優と同じ素材だ」
「なるほど……普通のアレよりは遥かに高性能ですから……」
二人のリビドー全開の目で見つめられ、むくれていたNBは、驚いて後退った。
「な、なんやお前ら……気色悪い目で見ィなや」
「じ~~~~~」
ケネス達は更にNBに詰め寄る。
「あ~~、もう、分かった分かった。まあ、ワイは別に構へんけど……あんさんら、それでええんか? 男のプライドっちゅうもんはええんか?」
「何とでも言え! この際、それでいい!」
「考えてみれば、最新技術をこの身で試せるんですから本望です! ねえ、西南君!」
二人はまともとは思えない表情で、今度は西南に詰め寄った。
「ええっ!?……いや、でもケネス達のデータは、霧恋さん達に見つかって全部削除されたんだけど……」
「なっ何ィ! 全部か!?」
「……うん。全部」
最終的に全部削除したのは西南だが、どちらにしろケネス達が使おうとしていた、違法なパーソナルデータは、エルマがチェックした段階で削除されていたので同じ事だ。
「くっ! じゃあ、今から俺のサーバーにアクセスして入れ直して……」
「あっ、それは無理やで。正式起動した以上、持ち主が未成年やからインストール制限かけられとるし、前に入れとった違法ソフトは全部削除対象になっとるはずや。せやけど倫理委員会推奨、基本ソフト『こんにちわ子猫ちゃん』なら大丈夫やで」
「今更そんなもん使って何が嬉しいんだっ!!」
「ああ……終わりました」
NBの説明に、ケネスとラジャウはガックリと肩を落とし、うな垂れた。
(天女さんのデータを削除してて良かった)
と、その時であった。西南達のちょうど真上にあるテラスで、何やら怒号と叫び声が聞こえ、葉擦れの音が聞こえた。
───あっ、まずい。
西南がそう思った瞬間、凄い衝撃を感じ西南の意識は途切れた。
「…………えっ?」
目を覚ました西南のすぐ眼前には、じっと自分を覗き込んでいる女性の顔があった。彼女は昨日、西南の身体検査を行った部屋に現れた女性だったが、もちろん西南当人はそんな事を知る由もなく、混乱したまま彼女から視線を逸らすように辺りを見回した。
その結果分かった事は、自分がどこかホテルの一室のベッドに寝かされている事、そして自分を覗き込んでいる女性が、足をからめてのし掛かって来ている事、何やら豊満な出っ張りが押し付けられている事だった。
「どこか痛む所は無い?」
その女性は、右手を西南の頰に当て、強引に自分の方を向かせて言った。
「だ、大丈夫……です。それより、ちょっとどいていただけませんか?……その……」
モジモジする西南の言葉を無視するように、その女性はジ~~ッと西南を見つめたままだった。彼女の体重のかけるポイントがまた絶妙で、起き上がる事はおろか身体をずらす事すら出来ない。
「あの……もしかして九羅密家の方ですか?」
とにかく何とか会話を継続し、突破口を開こうと西南は必死だった。ハッキリ言って、美貌や色気だったら、雨音や玉蓮達で多少の耐性は持っている。だが目の前の彼女の、雨音達とは異質な、やわらかな肉感というか色気というか匂いといったものが、西南をとてつもなく刺激していた。雨音にはオヤジ属性が、玉蓮には恐怖が、西南のトラブル回避の本能を呼び覚ますが、彼女に関してはそれが無い。
───天然だ……。
西南はそう直感した。美兎跳や美星が備えている、西南の危機回避のフィルターを通り抜けてしまう、あの恐るべき能力だ。
「あ、あの!」
少し音量を上げて声をかけるが、その女性は何やら考え込んでいるようで、全然、西南の方を見る様子はない。
「…………ん?……ああ、ごめんね」
西南の本能が爆発しそうなまで高まり、泣き出しそうな表情になった頃、ようやくそれに気付いた女性は、ゆっくりと優雅に西南から離れ、近くにあったイスへ座った。解放された西南は、慌てて上半身を起こすと、薄くて肌触りの良い掛け布団を引き寄せつつ前を隠し、その女性から距離を置いた。
「あああああ、あの! ここはどこで、貴女は誰です?」
「男の子ですもの、恥ずかしがる事はないわ。そうなるような体勢だったしね」
西南の問いを無視し、彼女はニンマリと笑みを浮かべて、西南の下半身を見つめた。
「クスッ、そのまま襲いかかって来てもよかったのに……我慢強いのね、君。それとも私にはそこまで魅力がないのかしら?」
(絶対、アイリさんか瀬戸様の関係者だ)
西南はそう断定した。
その女性は、西南の少し呆れたような表情に気付き、顔を曇らせた。
「……君に嫌われるのは本意じゃないわ。では状況を説明しましょう」
表情を引き締めた彼女は、覇気のあるよく通る声で話し始めた。
「西南君が気絶した原因は、私をナンパして来たしつこい男を殴ったのが発端よ。あまり強く殴った覚えはないんだけど、その男がよろけて落下、君に直撃したの」
「そこら辺は、何となく分かるんですけど。俺が聞きたいのは、なぜここなのか? なんですけど……。大抵こういう場合、どこかの病院とかで目が覚めるのが、普通というか、いつものパターンなんですけど……」
「もともと、西南君にはここへ来てもらう予定だったからよ。NBのチェックでは軽い脳震盪だったから、心配はいらないわ」
「そうですか……で、あの……ここって一体……」
西南は視線を左右に、辺りを詳しく確認する。どう考えても室内装飾は、俗に言うところの『ラブホテル』としか思えないものだった。だが、もちろんそれは地球の基準に当てはめての事だ。
(きっと、こういうホテルもあるに違いない。なにせ宇宙は広いからな)
「西南君が想像している通りの場所♡」
その女性は西南の淡い期待を打ち砕き、ニンマリと笑みを浮かべた。
動けるよう回復した(?)西南は、咄嗟に出口へと走り出そうとする。しかし、女性は、素早く反応した西南の進行方向をあっさりと塞ぎ、抱きしめた。
「咄嗟の反応は合格だけど、もう少し意図を隠す工夫をなさい。それに最短距離を移動するのがベストとは限らないわよ、西南君」
その女性は西南に息を吹きかけつつ、顔をすり寄せながら言った。そして再び西南が動けなくなったのを太ももで確認すると、ポイッとベッドに放り投げた。
「うっ!?」
西南はその女性が追い打ちをかけて来るものと、先程の掛け布団を引き寄せて身構えたが、彼女はそれ以上ベッドに近付くでもなく、どこかへ通信を始めた。
「……そちらの状況はどう?」
『目標の全てがエリア内に入りました。これから檻のドアを閉めます。それから、もう一つの方もエサに食い付いたそうです』