2「慰霊と慰労と苦労」
『守蛇怪』は拿捕した海賊艦と乗組員を、知らせを受けてやって来たGP艦に任せると、アカデミーの外周リングにある専用ドックへと帰投した。
「ご苦労様、艦長」
そう言いながら迎えてくれたのは天女と珀嶺そしてエルマだった。さすがに初出航の時のようなにぎやかさは無かったが、それでも三人の微笑みは嬉しいものだった。
「じゃあ僕は船の方を」
珀嶺はそう言うと、ドックのコントロールルームの方へ走って行った。
西南は天女とエルマに連れられ、守蛇怪が見渡せる小さな医療部屋へと入って行った。守蛇怪は下方にある水槽へと向かっているところだった。それは以前、西南がアカデミーへ来た時に乗っていた輸送艦と同じ光景だった。
「西南ちゃん、ここに立って」
「あっ、はい」
西南は守蛇怪を横目で見つつ、生体スキャナーの台へと上がった。そこで西南は数時間ほどにわたって、身体の検査と数百にものぼる質問を受けた。
「どう、エルマ?」
質問が終了し、天女は素早くデータを整理しながら言った。
「はい、身体と精神に少々の疲労は認められますが、許容範囲内、異常はありません」
「OK」
エルマの言葉に、天女は西南を見て微笑んだ。
作業が終了し、安堵と開放感を覚えた西南は、窓から見える守蛇怪が、数時間をかけて無事に水槽へと沈み切ったのに気付いた。
「大丈夫よ。ここの設備は一般ドックとはレベルが段違いだから」
安堵のため息を吐く西南を見て、天女は小さく笑いながら言った。
「えっ!? あっ、もしかして……」
「もちろん知ってるわよ。ねっ、エルマ」
「珍しい事件でしたから、けっこう大きく報道されたんですよ。フフッ、もっともその時は、西南君が関わってるなんて知りませんでしたけどね」
「そ、そうですか……」
西南が少し恥ずかしそうにうつむいた時、突然ドアが開き、誰かが入って来た。
「よかった、西南ちゃん! やっと会えた」
顔は見えなかったが、声は明らかに天女のものだ。
「あれ?」
今まで天女が居た場所を確認しようとした西南の頭を、その女性は胸に抱き抱えた。豊かな胸を押し付けられ、息ができなかったが、それを忘れさせるくらい、胸の感触は艶めかしかった。
「ねえ、酷いのよ聞いて……」
天女の声をした何者かが西南の両頰に手を当て、顔を強引に自分の方へと向かせた。
ギャイィィン! それが天女の顔をしていると西南が認識した瞬間、その顔面に深々とパンチがめり込み、その衝撃で肌は見覚えのあるパール光沢へと変化した。
(ああ、やっぱりNB)
天女に変形したNBの顔面に、凶悪なパンチを叩き込んだのが天女本人である事を、西南が横目で確認したと同時に、派手に吹っ飛んだNBがドアへと叩き付けられる音が聞こえた。
「本当にアイリ様ったらしつこいわよね! みんなで寄って集って叩き潰しても、すぐに復活するんだから」
天女はNBへと近付くと、何やら黒いペンのような物を取り出した。
「西南ちゃん、しばらく目をつぶって、耳を塞いで」
「あっ、はい!」
だが西南が慌てて天女の言う通りにするより早く、
「ダメ! そんな所にそんな物突っ込ん……」
NB天女の色っぽくも苦しげな声が、少しだけ洩れ聞こえた。だが西南はそれが何かを考えないように、必死で耳を押さえつつ小さな声を口中に響かせ、外界音を遮断した。
数分後、天女に肩を叩かれ、西南は作業の終了を知った。
「ワイのせいやない。ワイは悪うないんや」
半ベソをかいたNBが西南の胸に飛び込んで来た向こうで、真っ赤になってうつむいているエルマの様子が、天女が行った作業がどういうものかを物語っていた。
「まったく、いつの間にパーソナルデータなんて採ったのやら……しかもすご~~く出来が良いから余計腹が立つわよね」
「……分かります。私や霧恋さん達も採られましたから」
「ああ、あれね……っと!」
そこまで言いかけて天女は慌てて口を塞いだ。どうやら彼女もNB覗き見メンバーらしい。
「……あ~~~、まあ、だいたい想像出来るわ。特に雨音ちゃんや玉蓮さんとかは凄かったんでしょう?」
「はい。それはそれはもう、本当にシャレにならないくらい、同性から見てもドキドキものでした。そういえば、その時も、今の天女様と同じように、霧恋さんが容赦ないパンチを叩き込んでました」
「そりゃあ、アイリ様のキャラクターデータじゃ、西南ちゃんの教育には著しく不適当だもの。あんなので覚えた日には、まともな性生活なんか出来なくなっちゃうものね」
「もちろんその後は、NBからデータを全部削除しました。キャラクター以外のデータはものすごく出来がよかったので、各自が保存していますけど……」
「フフッ、残念だったわね、西南ちゃん……あっ、でも私のだったらいいかな?」
「はっ?」
「アイリ様の入れてた、変態キャラデータの代わりに、ちゃんとした私の簡易バージョンを入れておいてあげるから」
そのアッケラカンとした物言いは、アイリによく似ていた。
「あの、せっかくですが、ちょっとそういうのは……」
「え~~、なぜ? 本番前に、少しは慣れていた方がいいんじゃない?」
「うっ……」
たとえ慣れておく方がいいとしても、その行為を客観的に考えれば、何かもの悲しい気持ちでいっぱいになる。もちろん興味がないと言えば噓になるが、天地の母、清音との思い出に、泥を塗るような気持ちになるのも事実だった。
「……それとも西南ちゃんは私の事、嫌いなの?」
そう言って悲しげな目で見る天女が、どうしてそこまで自分のパーソナルを西南の練習相手にしたいのかが、西南には分からなかった。だがそれをどうして? と聞く事も憚られた。
「そんな事は、ありません! ただ万が一にも、データが流出したら……俺の場合は、それがありそうだから……」
「う~~~~~ん……」
さすがの天女も、アイリが調整を加えた出来の良すぎるパーソナルデータが、外部へ流出する危険を冒すのは嫌だったらしい。ただそれを西南に使わせたい思いも強く、しばらく葛藤した結果、NBからデータを削除した。
「じゃあ他の女性の人ならいいでしょ? 知り合いのカウンセラーのアクセスキーをあげるから持って行きなさい。雨音さんや玉蓮さんほどじゃないけど、VIP専用のカウンセラーだから美人よぉ」
「……いえ、お構いなく」
「どうして?」
「……あの……どうしてそこまで……えっと……その、練習をさせたがるんですか?」
あまりのしつこさに、ついに西南は思い切って理由を聞いてみる事にした。
「アイリさんもそうだったんですが……自分のパーソナルまで使って……」
「ああ、そっか……」
天女は初めて西南の戸惑っていた意味を理解した。
「そうね。地球の考え方からすれば、確かに変だわねぇ。でもエルマ。私のしようとしていた事って、そんなに変な事かしら?」
「え~~~っと……勧め方はちょっと強引かな? って思いますが……」
(……そういえば、エルマさんも同じような事を言っていたっけ)
とりあえずこの時点で、味方はいないようだった。
───もしかして、これがアカデミーでは当たり前の考え方なのか?───そう思いかけていた西南だったが、そこに違和感も感じていた。そしてアカデミーに来てからの事を、総合的に考えた結果、
(もしかして、俺の近くにいる人達の考え方がちょっと特殊というか、極端なのかもしれないな。アイリさんなんか個性が強いから、それに染まったのかも)
〝朱に交われば赤くなる〟の喩え通り、何やらアイリの関係者は、似通った極端さがあるように思えて来たのだった。
「えっと……霧恋さんにバレると、叱られますし……」
「霧恋ちゃんね……ふ~~ん、なるほど」
天女は西南の横にどっかと座って、西南の肩に手を廻した。
「初めては霧恋ちゃん本人と、っていうわけね」
天女の言葉に、西南は耳まで真っ赤になってうつむいた。
「ウフフッ、可愛いなぁ西南ちゃん。いいわよ、もう無理に勧めないわ。西南ちゃんがもっと、自分が宇宙に上がった事がどういう意味を持つのか分かって来たら、改めて教えてあげる」
「宇宙に上がった意味?」
「そんなに大した事じゃないけど、今の西南ちゃんにとっては、知らない方がいいかもって事。大丈夫! どちらかというと霧恋ちゃんの方の問題だから。このお姉さんがバッチリ叩き込んでおいてあげる」
「????」
天女の言葉がどういう意味を持つかは分からなかったが、未熟な知識で判断しない方がいい事柄なのは理解出来た。それに恥ずかしい話題を、これ以上されなくて済むのはありがたい。雨音や玉蓮とは違って、天女相手では生々しさが別だ。
「……そうそう、西南君のチームメイトから連絡があったわよ」
「えっ、ケネス達ですか?」
「守蛇怪のチェックとメンテナンスに少しかかるから、明日一日はお友達と遊んでらっしゃい。それと西南君の宿舎はNBが知っているから、今日はもう帰ってゆっくりお休みなさい」
調整の終わったNBを西南に渡しながら、天女もニッコリと笑みを浮かべた。
「はい。あの、霧恋さん達は……」
「彼女達は他に仕事があるの。西南ちゃんのスケジュールは、もう知っているから大丈夫よ。ゆっくりしてらっしゃい」
「分かりました」
西南は一礼すると、まだグズっているNBを抱えて部屋を出て行った。と、入れ替わるように、天女の側にひとりの女性が亜空間迷彩を解いて実体化した。
(何度か見た人だけど……九羅密の関係かしら?)
エルマは少し距離を置くと、作業をするフリをしながらその女性を観察した。金髪に褐色の肌、青い瞳のその女性は、以前、霧恋がタラント達と戦った時と同じような服を着ていた。雨音より髪を短く刈り込み、ちょっとした仕草からも、全身がバネの塊である事が分かった。
(まるで黒豹みたい……でも……)
エルマが九羅密家関係と判断したのは、外見の特徴だけではなく、厳しい表情の中にもどこか愛嬌のある、おっとりとした雰囲気を持っていたからだ。
魅入られる───アイリの秘書になってからというもの、普段では滅多にお目にかかれない女性を数多く目撃した。彼女はそんな女性達の中でも、トップクラスに位置する瀬戸やアイリと同じような雰囲気を纏っていたのだ。いつしか作業の手が止まり、その女性を見つめていたエルマの方を、彼女がチラッと見て微笑んだ。
「!!」
まるでスターに見つめられたファンのように、エルマは真っ赤になり、金縛りにあったように動けなくなった。その吸い込まれそうな青い瞳から視線を外せなくなっていた。
「よろしくお願いしますね」
天女の言葉にその女性は微笑み、そして再び亜空間へと消えた。吸い込まれるように見つめていたエルマは、支えが無くなったかのようにバランスを崩し、慌ててコンソールの端に手を置いた。
「あ、あの……今の方は……?」
エルマは女性が消えた方を見つめ、上気したまま呟いた。
「クスッ、そのうち分かるわよ」
天女はエルマをシャキッとさせるように、強めに肩を叩いた。
「それよりさっきの話の続きなんだけど、私はエルマでもいいと思ってるのよ」
「はっ? さっきの話というと……」
「西南ちゃんの性教育の話。ねえエルマ、教えてあげてくれない?」
「ええ!? しばらく放置するんじゃなかったんですか?」
「そうは言ったけど、やっぱり多少の外圧は必要だと思うのよね」
「私を当て馬にしようという事ですか?」
エルマはちょっと不満げな表情をした。
「あら、それは西南ちゃんに本気だと、解釈していいのかしら?」
「本気かどうか……。正直、私にもよく分かりません。だいたい西南君は、まだ未成年ですし……」
将来、共に歩む者になるかを判断するには時期尚早だ。エルマは少し戸惑いながら言った。
「嫌いって訳じゃないのね?」
「もちろんそうですけど、そこまで期待されるとちょっと……それに私も霧恋さんが怖いですし……」
「エルマだったら、大丈夫だと思うんだけどなぁ」
「西南君の育った星は単一種族なんですよね? だったら最初は同じ形態の種族の方がいいんじゃありませんか?」
亜人種タイプとの行為は、アカデミーに住む人間ですら、知識として持っているものと現実とのギャップに戸惑う者も少なくないのだ。ましてや地球生まれの西南にとって、それがある種のトラウマになる可能性が考えられるのだ。
「う~~~ん、そうか………確かにその可能性はあるか……」
天女は残念そうに頭を搔きながら、イスにもたれ掛かった。
「だけどアイリ様が相手をするって事になったら、貴女が代わりにって思うでしょ?」
「そ、それは……、まあそうかもしれません」
エルマは思わずそう言ってしまった。
「じゃあ、そうなったらお願いね」
天女は契約の判を押すように、エルマの肩をポンッと叩くと、仕事に戻った。
西南はNBを伴い、数ヶ月ぶりにアカデミー本星に帰って来た。
外周リングから本星の転送ポートを経由し、GPアカデミー内にある転送ポートへと到着したのは、まだ早朝のことだった。
「お~~い、西南! ここだ、ここ!」
転送ポートのある建物の裏手、小さな駐車場に、ケネスとラジャウが待っていた。再会の挨拶もそこそこに、西南はラジャウに引っ張り込まれるように小型のエアカーに乗せられた。
「よし、じゃあ行くぞ!」
「うわっ!」
西南の身体が、急発進したエアカーの後部座席に押し付けられる。
「無茶するなよケネス!」
「ハハッ、俺達の時間は今日一日だけだぞ! 一瞬でも無駄には出来ないからな」
ケネスはスピードを落とす様子もなく笑った。慣性にも慣れ、西南は身体を起こし、シートへと座った。と、エアカーの屋根が折りたたまれ、早朝のまだ冷たい風と湿った木々の匂いがただよって来る。
「やっぱり地上はいいな」
西南は思いっきり手を上げ、伸びをしつつ深呼吸をした。宇宙船の中は、西南が思う以上に快適に調整されてはいたが、やはり地上と宇宙船の中では、身体に感じるモノはまったく違った。それを感じさせなかったのは、今の所、瀬戸の『水鏡』だけだ。
薄い朝靄と、道路の上を覆う木々からの、スポットライトのような木洩れ日はとても美しく、幻想的ですらあった。西南は広いお風呂で、手足を思いっきり伸ばしたような開放感を感じていた。
「ケネスはん、後方一キロにパトロールカーやで。速度出し過ぎたようやな」
と、NBがケネスに近付いて言った。
「ゲゲッ! 何でこんな朝早くに……」
ケネスが速度を落とした数秒後、GPパトカーが接近して来た。そこに乗っていたのは以前、寮を抜け出した時に出会ったキャロル巡査、アメリ巡査であった。
「こら~~~! このガキ共~~!」
窓から上半身を乗り出すように怒鳴るキャロル巡査は、そこに山田西南が乗っている事に気付いた。
「ゲゲッ! 山田西南っ!」
「ええっ!?」
運転していたアメリ巡査は、身を乗り出しているキャロル巡査を車中に引きずり込みつつ、急ブレーキをかけUターンをした。
『チクショウ、このガキ共! 今日は見逃してやるが、法定速度は守れよ!』
キャロルは大音量のスピーカーでそう怒鳴ると、二人の乗るGPパトカーは法定速度を軽くオーバーするスピードで走り去った。
「何なんだったんだ……あの婦警さん?」
「ハハッ! あの乱暴な口ぶりと声は、前に寮を抜け出した時、僕達に発砲して来た婦警さんですよ」
「おおっ、確かにそういう事もあったっけな。相変わらずよく分からん人達だな」
笑うケネスとラジャウの横で、詳しい事情を知っている西南は、少し気まずそうな表情で走り去ったGPパトカーの方を見ていた。