「だったら、彼等にはこの艦にいる間だけでも、仕事だけに集中させた方が良いのは分かるわよね?」
エレベーターのドアが閉まると同時に、火煉は大きなため息を吐きながら言った。
「元々、彼等はGPの内規合わせの補充人員。本来必要ではない人達よ。それに彼等が何故、貧乏くじを引かされたかは知っているでしょう? それとも玉蓮さんは芸能界に興味がおありなのかしら?」
火煉の反応は、いつも以上に辛辣だった。
アラン達が玉蓮達を使って一儲けしようと妄想している間は、玉蓮は無害だ。彼女は自己の美のもたらす影響について熟知している。他者の妄想内容にまで、いちいち気にかけていたら身がもたない。だがアラン達がその妄想を少しでも実行に移そうとすれば、彼等──いや、それに関わる者達は地獄を見る事となるだろう。そしてその怨嗟は巡り巡って、西南に向かう可能性が非常に高いのだ。
「それはそれで……」
────面白そう。
玉蓮はそう言おうとして止めた。それはまかり間違えば、西南との接点を失う事となるかもしれないからだ。西南に実害が及ぶと知れば、霧恋が、瀬戸が、アイリも天女も目の前の火煉だって、玉蓮を西南から遠ざけようとするからである。
暇つぶしと快楽──それらと天秤にかけられるほど、西南の存在は今の玉蓮にとって軽いものではないのである。
「了解。わかったわ」
玉蓮は真面目な表情でそう言った。
× × ×
艦長室での、西南と霧恋の立ち位置はずいぶん奇妙な画であった。
まだ幼ささえ残る丸坊主の少年と、女教師か秘書かといった、落ち着きのある女性。うな垂れた西南は艦長席に座りつつ、霧恋に叱られているかのようであった。
(立ち位置逆ね)
雨音は吹き出しそうなのを堪えつつ、二人の様子を見守っていた。
「すみません」
西南はうな垂れたまま、そう言った。
「その事で艦長が謝る事はありません。あのまま撃沈に至ったとしても、あの相手の場合は問題ありませんから」
「えっ?」
西南は不思議そうな表情で顔を上げた。
「私がお聞きしたいのは、あの時、何をお考えになっていたかです」
と、霧恋がそこまで言った時、
「……霧恋」
霧恋の言葉を遮るように声をかけた雨音は、チラッと西南の方を見た。
不思議そうにこちらを見上げる西南を見て、自分の説明が性急だったのに気付き、霧恋はため息を吐いて目を閉じた。
「謝る必要はないと申し上げたのは、あの海賊艦がこちらに対し、攻撃中止を口にしているだけで、投降降伏する旨を口にせず、戦闘態勢も解除していなかったということです。つまりこちらが隙を見せれば逃亡、あるいは反撃をするつもりがあったと判断して差し支えなく、しかも相手は一級犯罪艦です。お分かりですか?」
つまりあのまま撃沈しても問題ない、ということだ。
「私が知りたいのは、最初の攻撃停止を相手海賊から言われた時に、なぜ攻撃中止命令を出さなかったか?……です。いつもの艦長でしたら、即時、攻撃中止を命令されたはず。一体、何をお考えだったのですか?」
そこまで説明されて、西南はようやく霧恋の意図が吞み込めた。
「……海賊という存在が不思議だったんです」
「不思議?」
「宇宙はこんなにも広くて自由なのに……」
艦長室全体に宇宙が投影され、西南、霧恋そして雨音の三人は、まるで宇宙に浮いているようであった。
「銀河系内……いや、銀河連盟内ですら、数え切れないくらい未開拓の居住可能惑星はあります。入植者を募集している星を入れれば、どれ程の数があるのか見当もつかないくらいなのに……」
西南はグッと拳を握り締めた。
霧恋達はすぐに西南の意図を理解した。海賊行為が行われる最大の理由は貧困だ。
『無いから、必要だから奪う』のである。
だが厳密に言えば海賊艦を持つ者達は貧困者ではない。海賊艦に僅かな惑星開発に必要な機材が手に入りさえすれば……、最初からある程度、居住可能な惑星であれば……。そこに到達する力も、そこで生きていける力も持っているのだ。いきなり大規模な開発は無理でも、徐々におのれの才覚で開発規模を大きくしていける。
入植が始まっている星ならば、地球の先進国に近い環境が整っていると考えてもいい。本来、他者から奪う必要は無いのである。
「それなのに、なぜなんです?」
「理由はいろいろありますが、一番の理由は、その方が手っ取り早いから……です。『猿蟹合戦』の猿と同じ、苦労して作り上げるより木に登れる、この場合は武力ですが、その特性を生かして奪う方が楽だからです。しかもこれまで捕らえた海賊達の、海賊になった理由の第一位は『家業』を受け継いだから、なんですよ」
「そんな理由で!」
西南の顔は怒りで紅潮した。
「もちろんタラントのような連中は特別です。……艦長。我々と海賊の間に、ある種のルールがあることはご存じですね?」
霧恋は西南の頷きを確認して言葉を続ける。
「こちらが本気になれない程度のおこぼれをいただく……。大して特別な理由もなく、家業を継いだから海賊をしている彼等の、罪の意識は驚くほど低いんです。本人達もごく普通の人間が多く、その証拠に捕まった海賊の再犯率は意外と低いのです」
「海賊が……家業……」
それは銀河連盟が組織される以前からの名残だ。その頃は、まだ敵対する星々も多く、敵の輸送船を襲い物品を奪うという事が、敵にダメージを与え、こちらが潤うという国益に適っていたのだ。それがそれぞれの国の軍だけでなく、民間にも奨励されたのはごく当たり前の流れだった。それがいつしか家業として定着したのだった。
「もっとも、その奇妙なルールが海賊を増長させる一因となっているのは確かです。でも全ての船に護衛を付けていては、こちらも商売としては成り立たない」
「必要悪……だと?」
西南の嚙み締めた唇から血が滲む。
「それを打開するための、この艦と艦長です」
「!!」
西南は驚いたように顔を上げた。
「今までは伸びすぎた芽を刈ってきました。でもその根本自体を無くせる可能性が出て来たのです。艦長がきっかけで捕らえられた海賊や犯罪者がいなくなったおかげで、今、銀河連盟の経済活性化率は、ここ数百年の最高値を記録しています。恐らくそれはもっと伸びるでしょう。詳しくは私も知らされてはいませんが、艦長がお考え以上に、これは大きな計画なのです」
「俺と……この艦が?」
どこか沈んでいた西南の表情が輝きだし、それを見た霧恋は満足げに頷いた。
「では少し時間は早いですが、艦長はお休み下さい」
それだけ言うと霧恋は一礼し、さっさと部屋を出て行った。
「やれやれ、淡泊だねぇ。他の連中に見られたくないからここを選んだんだろうにさ」
それを見ながら雨音は残念そうに笑い、艦長席の肘掛けに腰を下ろした。
「じゃ、じゃあ俺は食事をしてきます」
何やら艶っぽく見つめる雨音の目を避けるように、西南はイスから立ち上がろうとしたが、雨音に襟首を摑まれてイスに引き倒された。西南の肩に手を廻すように寄りかかった雨音は五分刈りの頭を撫でながら、
「ねえ、どうしてあんな事をしたの、西南ちゃん?……とか、いつもの調子で言えばいいのにな。アハハハ!」
と、それまでの艶っぽさを打ち消すように、雨音は豪快に笑い出した。
「雨音!」
飛び込むように艦長室へ戻って来た霧恋は、今度は雨音の襟首を摑むと、猫の子でも運ぶように雨音を引きずって部屋の外へ連れ出そうとした。
「そうだ! 霧恋さん。あの艦に乗っていた赤ちゃんは無事ですか?」
西南は霧恋を呼び止めるように言った。それは西南が攻撃中止命令を言う、きっかけにもなった事だった。
「あの艦に赤ちゃんなんて乗ってません」
「えっ? でも……」
「よくある手なんですよ。コマーシャルでも電話の呼び鈴とかノック音とか、他人の意識をこちらに向けたい時に流すものがあるでしょう? それと同じです。攻撃を中止させるためにわざとああいう声を流すんです」
「気にしなくてもいいわよ。新人の艦長は、知っていてもたいてい引っ掛かるから、まあちょっとした通過儀礼みたいなものよ」
霧恋の言葉に被せるように、雨音は笑いながら言った。
「そう……ですか。よかった」
さすがの西南も、複雑そうだった。今さら撃沈したいとは思わないものの、一級犯罪艦にまんまと一杯食ったのだ。場合によっては、相手に反撃を許す結果になったかもしれないのだ。
「艦長、そのために私達が補佐として付いているんですよ」
「そうそう。連中の反撃食らうほど間抜けじゃないって」
雨音と霧恋は西南が深刻にならないように、明るく笑いながら言った。
「どう思う? もう少し引きずってるかと思ったけど……」
アイリは霧恋からの報告を見ながら、向かいに座る美守と水穂に言った。
「あれだけの確率の偏りを抱えて、生きて来ただけのことはある……と言うところでしょうね」
「もう少し子供っぽくてもいいと思うんだけど」
「つまらない……ですか?」
美守は困ったように、膨れっ面のアイリをチラッと見てそう言った。
「傷付いた心を癒してあげるのは、年長者の務めですもの」
アイリは何かを抱きしめるような、艶っぽい仕草をした。
「別のトラウマを抱えそうですけど。ホホホ」
「トラウマって……あのね! これでもいろいろと自信はあるのよ」
「過剰に投与される薬は、毒にもなりますよ。それに……、それは霧恋さん達の役割でしょう?」
「だって。じれったいのよ! とっとと行くところまで行っちゃえばいいのに!」
その様子を美守の隣で見ていた、アイリの言うところの、行くところまで行っちゃった結果の水穂は、大きなため息を吐いた。
「出しゃばると嫌われるわよ、お母さん」
冷たい視線でアイリを一瞥すると、水穂は美守に向き直った。
「美守様、西南君に関しては今の所、問題は無い、でよろしいですか?」
「そうね……海賊に対する反応も考え方も稚拙ではありますが、ちゃんと理性的なものですし、感情の揺らぎも、こちらが想像しているより少ないわ」
と、美守は水穂に顔を近付け、アイリに聞こえないよう小声で、
「でもアイリ様の言う通り、それがいい事かどうかは、私も複雑なところですけどね」
と、少し悲しげに囁いた。水穂もそれに答えるように、苦笑した。
「アイリ様。守蛇怪の方はどうですか?」
水穂のきつい一言でいじけているアイリに向き直ると、美守はひどく事務的に言った。それは落ち込むアイリを構う気は無い、という事だ。
「……フン! いちばん起きにくい状況の実戦データが、あっさり取れるんだから言う事なしよ。テストデータの収集も順調よ……」
アイリは膨れっ面のまま、机に寝そべるようにデータを見ていた。
「……今のところはね」
「ではすぐに帰投させて、船体をチェックしましょう」
不機嫌そうなアイリを無視し、美守と水穂はモニターを閉じて立ち上がった。……と、突っ伏していたアイリは、先程とはうって変わって嬉しそうな表情で立ち上がった。
「そうだ! ついでだから例の計画、ちょっと予定が繰り上がるけど、やっておきましょう!」
「例の……というと、あれですか?」
「そう! あれよあれ! もう仕込みは出来上がって、後は仕掛けるタイミングだけだったんでしょ?」
「しかし……」
美守は少し困惑気味に、水穂に目配せをする。水穂は先程閉じたモニターを起動し、スケジュールをチェックし始めた。
「ねえ、やろうよォ。ねえねえ」
お菓子かオモチャをねだる子供のように、アイリは口を尖らせながら言った。それを横目に、水穂はモニター上のデータをチェックし終えると、美守の方を見て頷いた。
美守は少し考え込んでいたが、
「了解しました。ではすぐに準備を始めましょう」
それだけ言うと、足早に転送ゲートへと向かった。
「そうそう、彼女によろしくね♡」
その美守の背中に向け、アイリは嬉しそうに手を振った。