Part 01: 田村媛命: ……して、角の民の長。今日は何用にて参った#p哉#sかな#r。 羽入(巫女): あぅあぅ。実はこの前魅音から、面白い漫画を貸してもらったのですよ。その内容が、実に面白くて……。 田村媛命: ……無用な世間話をしたいのであれば、吾輩はこれで退散する#p也#sなり#rや。では。 羽入(巫女): ああっ? ちょっと待ってください、この話には続きがあるのですよ~っ! 田村媛命: ……えぇい、わかった哉。さっさと要件を話す也や。 羽入(巫女): あぅあぅ……その漫画の内容ですが、本来は敵であった怪物が主人公の子の説得によって味方になり、一緒に戦うというものだったのです。 羽入(巫女): というわけなので、#p田村媛#sたむらひめ#r命。『ツクヤミ』を使役して言うことを聞かせることができないか、実験に協力してもらいたいのですよ。 田村媛命: ……目を開けたまま寝言を申すとは、面妖かつ器用な真似をしてくる也や。 田村媛命: とっとと帰って床に入り、永遠の眠りに就くが善きと知り給え。 羽入(巫女): あぅあぅ、僕はパッチリハッキリ起きて本気で頼んでいるのです! 羽入(巫女): しかも永遠の眠りに就けとは、僕に死ねと言っているのですかー?! 田村媛命: 安心する哉。たとえ殺しても死なぬ、雑草のようにしぶとく図太いやつだと理解しているので左様な意図はそも含んでおらぬ也や。 羽入(巫女): あ、そうだったのですね。なら良かったのです……。 羽入(巫女): って、納得すると思ったのですかっ?結局僕を小バカにしていることには全く変わりないのですよー?! 田村媛命: いや……小バカどころか、大バカと思っているのが吾輩の正直な感想哉。 羽入(巫女): よーしわかったのですよ、田村媛命!売られた喧嘩を言い値で買ってやるのでそこになおれなのですッ! 田村媛命: ……とまぁ、漫談はこのくらいにして。そろそろ真面目な話を始める也や。 羽入(巫女): っ……? だったらこんな無駄な時間は、最初から費やさないでほしいのですよ……。 田村媛命: 知らぬ。いわゆる意趣返しとしてのものゆえ、そなたは普段の行いとやらを顧み給え。 田村媛命: で……角の民の長よ。そも『ツクヤミ』とは、吾輩たちの知見においても素性や発生の源に加えて背後関係などの一切合切が不明の存在也や。 田村媛命: ゆえに、それを使役しようというのはあまりにも成功の見込みが低く、さらに万一失敗した時はその危険度が計り知れないもの哉。 田村媛命: にも関わらず、地上の民どもが娯楽として興じる戯画や創作物に影響を受けて同様のことを試そうとするは、あまりにも短絡的すぎる也や。 羽入(巫女): うっ……確かに、深く考えず相談に来てしまった僕は軽率だったかも知れませんが……。 羽入(巫女): それでも僕は、ただ倒すだけでなくこれをきっかけにして『ツクヤミ』そのものの正体を知ることができるのでは、と思うのですよ。 羽入(巫女): そしてもし、その力が何かに転用可能だとしたら色々と面白くな――。 羽入(巫女): もとい、今後の僕たちの調査活動に役立つかもしれないのですよー、あぅあぅっ。 田村媛命: ……おい。何やら一瞬、聞き捨てならぬ発言がそなたの口から出かけたようにも思えたのだが。 田村媛命: まぁ、善き哉。そなたの主張は一理に及ばずとも、大目に見積もって半理くらいの価値はあるものと吾輩も感じた也や。 田村媛命: されど、使役を行うにしても「素地」となるものを集めなくては話が始まらぬ哉。……そのあたりの目処はついている也や? 羽入(巫女): もちろんなのです。この黒い「カード」を使えば、きっとできると思うのですよ。 田村媛命: ふむ……『ツクヤミ』を屠った後に生み出される正体不明の『黒札』か。 田村媛命: 確かに其れは、連中の巨躯や内に秘めた力を構成していた物質哉。 田村媛命: 然して、其れは言うなれば『ツクヤミ』の残滓……抜け殻と呼んでも差し支えなきもの也や。 田村媛命: ゆえに、元の『ツクヤミ』を再構築するためには『黒札』を核として力の波動を集める必要がある哉。其の要素については、どうする心積もり也や? 羽入(巫女): あぅあぅ……そこで、田村媛命の出番なのですよ。 羽入(巫女): あなたは確か、対象物の情報を集めることで仮想的かつ擬似的に構築することができると以前お聞きしたのです。 羽入(巫女): その術を使えばきっと、うまくいくはずなのですよ。 田村媛命: ……ただの余興程度で披露しただけであったが、早速活用の可能性を見出すとは。なかなかの識見哉。 田村媛命: ふむ、よかろう。吾輩とてあの御子たちに任せきりである現状は決して善きものとは思っていなかった也や。 田村媛命: 進展なきまま膠着を続けたとて、いずれはジリ貧。そなたの策に乗ってみるのも解を切り拓く契機に繋がる可能性も否定できぬ哉。 羽入(巫女): あぅあぅ、賛同してもらえて何よりなのです。それでは早速、実験を始めるのですよ~。 Part 02: 羽入(巫女): あぅあぅ……では#p田村媛#sたむらひめ#r命、準備はいいですか? 田村媛命: むしろ其れは、吾輩の台詞#p也#sなり#rや。とりあえず、思いつく限りの対策と予防手段は用意したゆえ、まずは試技と参り奉る#p哉#sかな#r。 田村媛命: …………。 田村媛命: ……※※、※※※と交信開始。過去の記録より該当情報を解凍、然る後に転送……この地に移動させる也や。 羽入(巫女): っ……すごいのです……!黒い「カード」でしかなかったものが、だんだん元の姿に戻って……?! 田村媛命: ……少し、静かにする哉。この術は吾輩の意識を限界まで集中することで検索と抽出、転送を行う繊細な作業也や。 田村媛命: 故に、一瞬の手抜かりも許されぬ。気を散らせるような真似は控えるべきと弁え給え。 羽入(巫女): ご、ごめんなさいなのです。それにしても、確かに可能性については田村媛命ならばむべなるかなと考え、疑っていませんでしたが……。 羽入(巫女): まさか本当に、この目で見ることができるなんて……夢を見ているような気分なのですよ。 田村媛命: ……吾輩はこの地にて、古より神格を持ち続けて悠久の時を過ごしてきた存在哉。 田村媛命: 故にこの程度の知識は吾輩の中にあり、必要な術も労苦無く用いることができる也や。 羽入(巫女): なるほど……さすが田村媛命、できる女は違うのですよ~。 田村媛命: そういう言い方は止める哉!吾輩とて木石にあらず故、予め心の準備がなければどのように返すが善きか即答がしかねる也や……! 羽入(巫女): 別に照れなくてもいいのに……あっ、田村媛命。だんだん黒い影が形を取りつつあるのですよ。 田村媛命: ……間もなく哉。角の民の長、彼のモノに隷属の誓いを施し給え。 羽入(巫女): 隷属……とは、どのように行うのですか? 田村媛命: 知れたこと。古今より己とは異なるモノとの繋がりを設ける術は、血による契約が常套也や。 田村媛命: 神であるそなたの血を与え、『ツクヤミ』を我が物にするための情報を与えるが善きと知り給え。 羽入(巫女): あ、あぅあぅ……血を与えるということは、僕の指か何かに傷をつけるということなのですね。痛いのはちょっと、ご勘弁なのですよ。 田村媛命: ほぅ……? 自ら傷をつくるが厭わしと申すならば、吾輩が手を下してやっても善き哉。して、狙う箇所はその首で構わぬ也や……? 羽入(巫女): ひっ……ひぃいいいぃぃっ?ちょ、ちょっとした冗談なのですよ~。 田村媛命: ……いい加減自覚する也や、角の民の長。そなたの冗談は、ときに甚だ癇に障る哉。 羽入(巫女): わ、わかったのですよ……えいっ……! 羽入(巫女): あぅあぅ……それで、どれだけ血を渡せばいいのですか? 田村媛命: 数滴で事足りる也や。……む、そろそろ覚醒の時哉。 …………。 羽入(巫女): え、えっと……田村媛命。これが、『ツクヤミ』だというのですか……? 田村媛命: #p然#sしか#rり。……と強く主張したいところだが、前例が無き事ゆえ正直なんとも言えぬ也や。 羽入(巫女): では、意識を集中してみるのですよ。あぅあぅ……っ……。 …………。 田村媛命: 如何也や、角の民の長?吾輩の言葉が届くようであれば、現状を報告する哉。 羽入(巫女): …………。 田村媛命: ……? おい、角の民の長。何か返事を……、っ? 羽入(巫女): ……。我を再び目覚めさせたのは、貴様か……? 田村媛命: っ? そなた……羽入ではないっ?何者也や、素性を教え給えっ! 羽入(巫女): くっくっくっ……急かさずとも、教えてやる。我はこの「世界」に存在する命の全てを喰らい、滅ぼすために『虚無』より生まれ出でしもの。 羽入(巫女): 口惜しきことに貴様らの手によって「世界」より駆逐されたが、まさか造物主以外の手で再び呼び出されるとは思いもしなかった……。 羽入(巫女): しかも、かように力を秘めしモノを依り代にして生まれ変わることができようとは……くくくっ、これはたまさかにして有り難き僥倖。 羽入(巫女): 礼としてこれより、かつては力及ばなかった連中を屠り、血肉に変えて造物主への供物としてやろうぞ……くくくっ……! 田村媛命: ……戯れを申すのはやめる哉。左様にも愚かな無法事、この地にて神を称する吾輩が看過するものでは断じて無きことと知り給え。 羽入(巫女): ほぅ、神とな……?我らの造物主にすら認識されぬほど下等な存在が、ずいぶんと大言を吐いてみせるものだ……。 羽入(巫女): このモノとて、我らがその気にさえなれば……ほれ、この通りに意のままに操れる。貴様らの力など、たかだか知れたものではないか。 羽入(巫女): この「世界」において我らが跋扈しようと、貴様らは何もできずにただ見ているだけ……。 羽入(巫女): 『御子』というご大層な名をかたった依り代を介してでなければ、我らに対抗することもかなわぬというのに……くくく、あはははははっっ!! 田村媛命: …………。 羽入(巫女): さぁ……まずは我が新たなる力の試しに、貴様を最初の贄として喰らってやるとしよう……ッ! 田村媛命: っ……ぐっ、うううぅぅっっ……?! 羽入(巫女): ……くっくっくっ、その程度か?我はまだ、全く力を出していないというのに……。 田村媛命: っ……これほどまでの力が、『ツクヤミ』に……?そなたらの語る造物主とは、いったい何者哉っ?! 羽入(巫女): ふむ……ならば最期への土産として、聞くがいい。我らが敬愛し畏れるあのお方は、……。 …………。 田村媛命: な……なんとっ……? まさか、そのような者がこの地に参っておったとは……?! 羽入(巫女): さて……お喋りはおしまいだ。無に帰す心の準備はできたか? ならば――。 田村媛命: ……あぁ、もう「十分」だよ。 羽入(巫女): なっ……こ、この結界は……?! 田村媛命: 高慢ちきで鼻持ちならぬ下郎ではあったが、私の疑問に答えてくれたことには礼を言っておこう……。知りたくはなかった事実だが、やむを得ぬ。 田村媛命: あと……そなたらが、言葉を話す代わりに奇声を発していた意味がようやく理解できたよ。 田村媛命: そなたらは、「口が軽すぎる」。造物主も同じことを考えたのであろうな……、ッ!! 羽入(巫女): ぐわああぁぁぁぁあぁぁっっ!!き、貴様……最初から、そのつもりで……?! 田村媛命: ……無へと帰す最期の土産として、聞くがいい。 田村媛命: 私を……神を、#p無礼#sなめ#rるなァァッッ!! 羽入(巫女): ぎゃあああぁぁぁぁああぁっっ!!! Part 03: 羽入(巫女): はぁ……危なかったのです。もう少しで、乗っ取られるところだったのですよ。 田村媛命: ……だから止めておけと、吾輩が注意を促した#p也#sなり#rや。大事に至る前に終えられて重畳と受け止め給え。 羽入(巫女): うぐっ……この体たらくでは言葉もないのです。止めてくれて、本当に助かったのですよ。 文句を言いたげな表情ではあったものの、今回の非が自分にあることを理解してか羽入は素直に頭を下げ、感謝を伝えてくる。 本当に、実験とはいえ無茶がすぎた。おまけに想定以上の力でもって反撃をされるなど、神としては鼎の軽重を問われる失態だろう。 羽入(巫女): でも、まさか……『ツクヤミ』の意識を従えるどころか逆に乗っ取られかけるなんて、思いもしなかったのです。あの連中の力は、そこまで強いものだったのですか? 田村媛命: ふむ……強さ以前に、吾輩の見立てでは相性の問題#p哉#sかな#r。たとえ力の格差が天地ほどにかけ離れていたとしても、おそらく同様のことになったと考えられる也や。 羽入(巫女): つまり……僕と『ツクヤミ』の相性が悪い、ということなのですか? 田村媛命: 否。むしろ相性が良すぎる、と申したほうが近い哉。角の民の長よ、そなたにとっては不本意であろうが『ツクヤミ』の構成をなす波動は、そなたと類似……。 田村媛命: あるいは、ほぼ同質であると考えても当たらずといえど遠からず、との結論が導き出される可能性が無きにしもあらず也や。 羽入(巫女): あぅあぅ……すごくわかりづらい言い方をして、うまく僕をごまかそうとしてくれているのかもしれませんが……。 羽入(巫女): 要するにあなたは、僕と『ツクヤミ』は同類……同じ穴のムジナと言いたいのですね?なんだか酷く侮辱された気分なのですよ~。 田村媛命: 角の民の長よ……だから何度も言うように、吾輩はかような実験は止めよと最初から……。 羽入(巫女): わかっているのですよ、あぅあぅあぅ~!全部僕が悪いのです、電信柱が高いのも郵便ポストが赤いのも、全部僕の責任なのですよ~! 田村媛命: ……案ずるな、角の民の長よ。吾輩は決して、そのようなことは思っておらぬ哉。 羽入(巫女): #p田村媛#sたむらひめ#r命……? 田村媛命: 電信柱が高いのも郵便差出箱が赤いのも、そなたの責任に非ず。別の理由と用途があってあのような形状と彩りを有している也や。 田村媛命: ……されどっ! 今回の一件に関しては全てそなたの軽率と浅慮に端を発するもの哉ッ!ゆめゆめ再発が無きよう慎むが善きと戒め給え!! 羽入(巫女): ひっ……ひいいぃぃぃいいぃっっ?!ご、ごめんなさいなのですよ~~っっ!! …………。 田村媛命: はぁ、まったく……あの者のアンポンタンぶりには、毎度のことながら苦労させられる也や……。 …………。 田村媛命: ……許せ、角の民の長よ。敢えて茶化した上で場をごまかし、真を伝えぬままそなたを帰したこと……いつか、詫びねばならぬ哉。 田村媛命: 神である彼の者との親和性……同調波動の類似。そこから考慮するに『ツクヤミ』なる存在とは、つまり……。 田村媛命: ……後悔先に立たず、か。知らないままであればよかったと、今さらながらに古の言葉が吾輩の中で蘇ってくる也や……。