Prologue: ……それは、夏の暑さが盛りになり始めた7月のある日のこと。 名古屋への出張の後に時間ができた私は、久しぶりに旧知の大石さんのもとを訪れた。 大石: んおおおぉぉっっ、お久しぶりです赤坂さん!こんな辺鄙なところによく来てくださいましたねぇ!んっふっふっふっ! 赤坂: ご無沙汰しております、大石さん。たまたま近くを通りがかる用事がありましたので、ご挨拶だけでもと思って立ち寄らせてもらいました。 大石: なっはっはっはっ!そいつはご丁寧にありがとうございます! 大石: しかし、あなたも相変わらず几帳面なお方ですねぇ。別にこんな老体なんて捨て置いて、余った時間を家族サービスにお使いになられたらよろしいのに。 赤坂: 何をおっしゃいますか。大恩ある大石さんへの礼儀を蔑ろにするなんて、警察官としての名折れですよ。 赤坂: それに来週には、妻と娘を連れて温泉旅行へ行く計画を立てているんです。その折にはまた、ご挨拶をさせてください。 大石: おぉぉぉっ、ぜひぜひ! その時までにはこのビール腹も少しは引っ込めておきますので、楽しみにしておりますよ~。んっふっふっふっ! その後は、挨拶だけを済ませて帰る予定でいたのだが……「もしよろしければ」との大石さんの誘いに引き留められて。 私は、興宮のとある通りの一角に陣取った小さな屋台で酒を飲み、名物の焼き鳥に舌鼓を打つことになった。 大石さんと一緒に参加されたのが、部下の熊谷さんに県警本部の鑑識さんだった。 大石: いやいや、赤坂さん。こんな遅い時間まで付き合わせてすみませんねぇ。 大石: あなたにはぜひ、一度ここのオヤジの焼き鳥を食べてもらいたいとずっと前から思っていたんですよ。 赤坂: ありがとうございます。こんな若輩者が、宴の席に参加させていただけるだけでも光栄なのに…… 赤坂: こんなにいいお店を紹介してくださって、今夜は本当に最高です。 鑑識: かっかっかっ! この店はワシと大石が見つけたとっておきの穴場なんじゃよ。 鑑識: あんまりいい店なもんだから、つい最近までは部下を連れてくることでさえ控えておったんじゃよ。……のう、熊谷くん?。 熊谷: め、面目ないっす……。 鑑識さんに話を振られても、熊谷さんはぐったりと卓に突っ伏している。 ついつい私たちの飲むペースが速くなってしまったせいか、彼はすっかりグロッキー状態だった。 熊谷: あ、赤坂さんは強いっすねぇ……大石さんたち以上に飲んでいるはずなのに、なんでそんなに強いんですかぁ……? 赤坂: ははっ、それなりに場数を踏んできましたからね。 熊谷: やっぱり、量を飲んでいかないとダメなんですかねぇ……? 赤坂: えぇ。酒は飲めば飲むほど強くなる!……って、思ってたんですけど。 大石: おや? どうかしましたか? 赤坂: 実は、同じ社宅に住んでる連中とお互いの自宅でちょこちょこと飲んでいまして。 熊谷: しゃたく……? 大石: 警察官舎のこと、ですよね?ちょっと前に引っ越されたんでしたっけ。 赤坂: すみません、つい。 赤坂: 官舎って言うと勘ぐられるので、余計なトラブル回避の目的で「社宅」って呼び方を徹底していたんです。 熊谷: あぁ、なるほど……確かに公務員のそういう役得って、世間の厳しい目にさらされますからね。 熊谷: で……その社宅がどうかしましたか? 赤坂: あぁ、話を元に戻しますと飲み仲間の一人の奥さんが元看護婦さんだったんですが……。 赤坂: なんの話の流れだったか忘れたんですけど、その奥さんに……。 赤坂: 『アルコール耐性は人それぞれ!生まれつきの体質だから、量飲んでも強くならないっ!』 赤坂: ……って、その場にいた全員が怒られてしまいました。 大石: なっはっはっ! 刑事たちを叱り飛ばすとはなかなか豪胆な奥様ですなぁ。 赤坂: いや……看護婦さんの言うことの方が正しいとは思うんですけどね。 赤坂: その場にいたのが量を増やして強くなった連中ばかりだったので、どうにも素直に信じられなくて。 大石: 自分が体験した成功例は忘れがたい、ってやつですな。 熊谷: じゃあ、俺は一生強くなれないってわけですかねぇ……とほほ。 鑑識: 慣れる前に倒れたら、世話がないからの。かっかっかっ! 赤坂: なんにせよ。酒は飲んでも飲まれるな、ってことですね。 大石: んっふっふっふっ……ところで赤坂さん、その「社宅」の住み心地ってのは、どうです。普通の家よりも過ごしやすい感じですか? 赤坂: そうですね……私は正直、あまりピンと来ないんですけど。家庭持ちはメリットが多いと思います。 赤坂: 仕事ばかりであまり帰れませんが、個人的には引っ越してよかったと思いますよ。 赤坂: それに……夜に妻と子どもだけを家に残すのは、正直心配だったので。 大石: まぁ、警察官舎に侵入する気合いの入ったコソ泥はなかなかいないでしょうねぇ。 熊谷: 人間関係とかどうです?社宅だとそういうのが大変って聞きますが。 赤坂: 妻が上手にやってくれて助かっています。子どものことが一番心配でしたけど、早い段階で友達ができたみたいで……。 赤坂: あぁ、そうだ。同じ社宅に黒沢もいるんですよ。 赤坂: というより、社宅入居はあいつに誘われたようなものなんです。 大石: 黒沢……って、あの黒沢さんですか? 熊谷: すみません、どなたです? 大石: 5年前、東京に帰った赤坂さんが代わりに派遣してくれた刑事さんですよ。 熊谷: あー、前にちらっと話を聞いたような……帰り際がばたついて、ろくに話とかもできませんでしたが。 赤坂: えぇ。黒沢もそんなこと言ってましたよ。 赤坂: あいつも娘が生まれましてね。美雪と同い年で、仲良くしてくれています。 熊谷: なるほど……聞く限り社宅って、家族持ちの利点が多そうですね。 赤坂: えぇ。私も個人的な飲み仲間も増えましたし、お互いの家で飲んだりも楽しくて……。 赤坂: でも、外で飲むのはまた格別ですね。 赤坂: うん……うまい。 そう答えて私は、手に持った焼き鳥をぱくり、と食べて思わずうなってしまう。 さすが、大石さんが奨めるだけあってか……タレに加えて焼き具合、肉の下ごしらえも含めてまさに逸品と呼べるものだった。 赤坂: これほどおいしい焼き鳥は、東京でもめったにお目にかかれませんよ。 赤坂: #p雛見沢#sひなみざわ#rには何度も足を運ばせてもらいましたが、今まで知らなかったことが実に残念です。 オヤジ: へへっ、どうも。 赤坂: 雪絵たちにも食べさせてやりたいな……ここって持ち帰りはやっています?今度旅行に来た時、食べさせてやりたいんですが。 オヤジ: そう言って貰えるとありがたいですけど、タイミング的にどうだろうなぁ。 鑑識: ふむ、タイミング……? オヤジ: ……今月内にはここを畳む予定なんで、店を構えるのはあと少しなんですよ。 大石: おや、そうなんですか?これだけの腕があるのに、そいつぁもったいない。 オヤジ: いやいや、商売を辞めるわけじゃないんですよ。小金がたまってきたんで、女房と相談して穀倉に店を構えようかと考えましてね。 オヤジ: ……娘も生まれたことですし、ひとつ勝負に出ることにしたんですよ。 鑑識: ほぅ、そりゃ大したもんじゃな。 赤坂: やっぱり子どもが生まれるっていい転機になりますよね。 鑑識: まぁお前さんのこの味なら、すぐに常連客ができていい商売になるじゃろう。 鑑識: 県警の連中にも紹介しておくから、今度移転先を教えてくれ。 オヤジ: そいつはありがたい。開店のあかつきには、皆さんを招待させていただきますよ。 大石: んっふっふっふっ、それは楽しみです。赤坂さんもご都合が合うようでしたら、またご一緒にまいりましょう。 赤坂: えぇ、ぜひとも。 串の最後に残った肉を、咥えて滑らせ噛みしめ……飲み込む。 適当に追加の串を注文する大石さんを横目に、辛口の酒を一口。 実にうまい。 食は腹を満たせてくれるが、酒は心を満たしてくれる。 双方満たされるのはほんの一時だが、その一時こそが大切なのだ。 満たされれば人間は自然と穏やかになる……ゆえに、本題を切り出すには最適な頃合い。 赤坂: ……で、大石さん。昼間に話していただいた例の盗賊団の一味が、この興宮に来ているというのは確かなんですか? ほろ酔いながらも、私は大石さんに尋ねかける。彼は不器用に肩をすくめながら、苦笑まじりに答えていった。 大石: あくまで、噂レベルの情報です。まぁ、3年前に連中の身柄を確保したものの盗品の一部はいまだに行方不明ですからねぇ。 大石: もしかすると、それを取り戻しに来たのかもと私は睨んでおります。 赤坂: だとしたら、その現場を押さえなければいけませんね。……どのあたりに隠したか、見当がついていたりしますか? 鑑識: んなもんがわかっておったら、とっくの昔にワシらが見つけておるわい。 鑑識: まぁ、切羽詰まった末にとっさの判断で隠すとしたら、場所は「あそこ」しかないじゃろうけどな……。 Part 01: ……そんな夜の会合が数週間前にあったなんて私たちが知る由もなかった、ある日曜日のこと。 私たちは、魅音さんからの呼び出し……というより「懇願」を受け、3人揃って園崎家に向かっていた。 菜央(私服): まったく、せっかく洗濯と掃除を一気に片付けようと思ってたのに……。おかげで予定が狂っちゃったわ。 一穂(私服): あ、あはは……あとで私も手伝うから、そろそろ機嫌を直してよ。 そう言って私は、まだむくれた様子でぶつぶつと呟いている菜央ちゃんをなだめる。 美雪ちゃんも顔にこそ出さないが……彼女も何か他の予定でも考えていたのか、口数が少ない様子だ。 一穂(私服): (き、気まずい……) 美雪(私服): ん? あそこにいるのって……。 菜央(私服): 梨花たちじゃない。それに、レナちゃん……っ! レナさんたちの姿を門の前に見つけた菜央ちゃんは、嬉々とした表情で駆けていく。 そんな彼女の後ろ姿を、私と美雪ちゃんは「やれやれ……」と苦笑とともに追いかけた。 美雪(私服): あの子も現金だねぇ……。さっきまで「行くの面倒くさいから、用件だけ聞いてきて」なーんて言ってたのにさ。 一穂(私服): ま、まぁまぁ……。 今度は美雪ちゃんをなだめる番か……そう思って私は、内心でため息をつく。 一穂(私服): (魅音さんのところへ行くことになったのは、別に私のせいじゃないんだけどな……) そんな、少し不満めいた気持ちを抱きながら私はレナさんたちに向かって「おはよう」と手を上げて挨拶を送った。 レナ(私服): はぅ~、おはようっ。やっぱり菜央ちゃんたちも、魅ぃちゃんに呼ばれてきたのかな、かな? 美雪(私服): まぁね。……っていうか魅音、相当困ってた様子だったよねー。 一穂(私服): う、うん……。 朝っぱらから、電話の受話器越しに頭を下げている様子が目に浮かぶくらいに……魅音さんの声は切羽詰まっていた。 だから私も、受話器を手にしたままどう返していいのかわからなくて……。 ただ言われるまま、「3人ともすぐに来て」という頼みを素直に聞いてしまったのだ。 一穂(私服): (あの後、食器を洗っていた菜央ちゃんに「断りづらかったら、あたしたちを呼びなさい」って呆れられちゃったんだよね……はぁ) レナ(私服): でも、魅ぃちゃん……こんな朝早くから何の用事なのかな? かな? 梨花(私服): みー。昨夜、村の寄合が行われたのでその関係なのですよ。 菜央(私服): そうなのね。どういった用件なのか、梨花は聞いてる? 梨花(私服): 一応は。……ただ、これは魅音に任された話なので中途半端にボクが伝えるよりも、本人の口から直接聞いたほうがいいと思いますのですよ。 沙都子(私服): まぁ……大方、また面倒事を持ち込まれたのだと容易に想像がつきますわ。 美雪(私服): で、さらに私たちがそれに巻き込まれる、と……。 羽入(私服): あぅあぅ……すっかり僕たちは村のなんでも屋さん扱いなのですよー。 美雪(私服): むしろ雑用係って言ったほうがいいんじゃない?そろそろバイト代を請求しても罰は当たらないと思うんだけどなぁ……。 菜央(私服): 何言ってるの。魅音さんたちにはその分、色々と便宜とかを図ってもらってるじゃない。これくらいのお返しは当然でしょ。 美雪(私服): ……今の台詞、家を出る前に聞いてたら心に響いて、印象が変わってたんだけどねー。 美雪(私服): それに……ここまで魅音にお任せ続きじゃ、町会の運営が大丈夫なのか心配になってくるよ。 美雪(私服): 次期頭首とはいえ、未成年の女の子にここまでやらせるかぁ? って感じでさ。 梨花(私服): みー……逆に未成年だから、ということもあるかもしれないのです。 沙都子(私服): あら、それはどういうことですの? 梨花(私服): 子どもの失敗は笑って許すことができても、大人が同じことをしたら大問題になる……なんて話を、聞いたことがありませんですか? 菜央(私服): 要するに……まだなんとか許される間に、対応力を鍛えてるってこと? 梨花(私服): みー。近頃の寄合の進め方を見て、なんとなくボクはそう感じたのですよ。 美雪(私服): 魅音は立場的に、何もしないわけにはいかない。むしろ子どもだからと甘く見られる今のうちに、色々と挑戦させようとしているってことか……。 美雪(私服): ……ふむ。バイト代ってかたちにしないのもケチってるとかじゃなくて、そういう事情があってのことかもしれないね。 一穂(私服): えっ……それって、どういうこと? 美雪(私服): つまりお金を払うってのは、相手に相応の働きを求めるって意味があるからさ。それこそ失敗した時の、責任とか……。 美雪(私服): まぁ、だからってボランティア活動も限度があるから……そのあたりの加減はちょっと考えてもらいたいところだけど。 一穂(私服): は、はぁ……。 今の説明だと、なんとなくわかったようなわからないような気分で釈然としないけど……。 ここまで来た以上、今さら引き返すわけにはいかないということも確かだった。 菜央(私服): とりあえず、中に入って話を聞きましょう。あたしたちがどうするかは、それからよ。 一穂(私服): うん、そうだね……。 玄関から上がって中に入り、居間に向かうとそこにはすでに魅音さんが待っていた。 魅音(私服): ごめんねみんな、急に呼びつけちゃってさ。 レナ(私服): はぅ……それは別に構わないんだけど魅ぃちゃんこそ大丈夫かな……かな? 魅音(私服): うん……まぁ、なんとか……ね。 そう答えてから魅音さんは、ふぁぁ……と大きく口を開けて欠伸をする。 梨花ちゃんの話では、昨夜彼女は寄合に最後まで出ていたとのことだけど……終わりが遅かったのか、寝不足気味の様子だった。 沙都子(私服): そういえば、梨花も遅かったはずですのに……あまり眠そうではありませんわね? 梨花(私服): ボクは途中で居眠りをしていたので、まだ平気なのですよ。にぱ~☆ 羽入(私服): 梨花……それは全然、威張っていいことではないと思うのですよ……。 美雪(私服): ……んで、今回はなに?あんまり激しいやつじゃなく、のんびりと手伝えるような内容だと助かるんだけどさ。 魅音(私服): いやまぁ……そんな片手間の仕事だったら、よかったんだけどねぇ。 ……その返答だけで、申し訳ないけど嫌な予感がさらに大きくなる。 そして、それを裏付けるように魅音さんは肩を落としながら言葉を繋いでいった。 魅音(私服): とりあえず、結論から言っちゃうと……婆っちゃがあのゴミ山をどうにかできないかいい知恵をよこせ、ってさ。 菜央(私服): ゴミ山って……またなの? 魅音(私服): またなんだよ。この前片づけたばかりなのにまいっちゃうよねぇ……。 一穂(私服): あ、でも確か……みんなが総出で手伝って、かなりの量を減らしたと思ってたんだけど……また増えたってことなの? 魅音(私服): うん、それがさ……3日前くらいかな? 魅音(私服): どうやら、近くの町か村で木造住宅の解体工事が行われたらしいんだけど……その時に廃材やら装飾品やらが大量に出たみたいなんだ。 魅音(私服): で、せっかく片づけたあの区画にこれ幸いとばかりに深夜、闇に紛れて持ち込んできたんだって。 沙都子(私服): 闇に紛れてゴミ捨てなんて、実に悪質なやり口ですわね。 魅音(私服): ……白昼堂々とやられたら、それはそれで腹立たしいけどさ。 沙都子(私服): ですが、そこまで出所がわかっているのであれば業者の身元も掴めているようですし……警察に連絡してとっ捕まえてもらえばいいのでは? 梨花(私服): みー。そう考えた町会も、#p興宮#sおきのみや#r署を通じてすでに被害届を出しているのですが……。 梨花(私服): たらいまわしにされた上に突き止めた業者が行方をくらましてしまって、完全にお手上げ状態なのですよ。 魅音(私服): 裁判に持ち込んでも、時間と費用が無駄にかかるだけだしねぇ。 魅音(私服): それにこの件ばかりは、正攻法で解決しないとあとで何を言われるかわかったものじゃないし。 美雪(私服): ……むしろ正攻法じゃない対策って、どんな内容なのか非常に興味があるけどね。 レナ(私服): じゃあ、また業者さんにお願いして片付けてもらうしかないのかな、かな……? 魅音(私服): いや……そういうわけにもいかないんだよ。 魅音(私服): この前、産廃業者を頼んだ時にはとんでもない額を請求されちゃって……町会はもう予算が割けないっていうんだよ。 魅音(私服): だから、もう手詰まり! お手上げ! そう言って魅音さんは、両手をあげる。……頭を抱えた末に私たちを呼び出した訳が、私たちにもようやく理解できた。 美雪(私服): んー、町会のお財布事情はわかったけど……無い袖は振れない、ってことでボランティアで協力するにも限度はあるよ。 美雪(私服): お金というより、処理的な問題でね。魔法でも使わない限り、それだけの粗大ゴミを一気に消し去ることなんてできないんだからさ。 魅音(私服): だよねぇ……そいつもまぁ、わかっちゃいるんだけど。 レナ(私服): はぅ……でもでも、最近増えた粗大ゴミって廃材だけど、状態がいいものばかりだったよ。 レナ(私服): あれを利用すれば、何かすごいものが作れるんじゃないかな……かな? 一穂(私服): (えっと……どうしてレナさんが、ゴミ山の廃材の状態を知ってるの?) なんて疑問を抱きかけたが、すぐに納得して口をつぐむ。 あぁ、そうだ……言うまでもなく彼女は、あのゴミ山の「主」みたいな存在だった……。 魅音(私服): すごいものって……例えば、どんなもの? レナ(私服): はぅ、そうだね……何か建築物とかはどうかな? かな?! 魅音(私服): 建築物、か……発想としては悪くはないけど、どこに何をつくるかが問題なんだよね。 魅音(私服): 圭ちゃん……じゃなくて、一穂たちの住む家みたいに新築するにしても使う人間がいなきゃ、ただの無駄遣いだしさ。 レナさんの提案は良しとしつつも、魅音さんは「うーん」と頭を抱える。……と、その時だった。 詩音(私服): ちょっとお姉ー! いますかー?!いるなら返事してくださいと言うか話を聞いて下さい! 怒りながら泣きつくような勢いで居間に飛び込んできたのは案の上の詩音さん。 沙都子(私服): ど……どうしましたの、詩音さん? 詩音(私服): あっ……? よかった、皆さんもちょうどここに集まっていたんですね! 詩音(私服): ナイスタイミングです!ぜひ相談に乗ってください……! 一穂(私服): え、えっと……。 「ナイス」どころか「バッド」にしか感じられないその申し出を前に、私たちは不安な思いで顔を見合わせていた……。 Part 02: 詩音さんはどすん、と畳に座り込むとあぐらをかいて頬杖を突く。 かなりはしたない動きだけど、美人がやると可愛くも見えるから不思議だ……なんてことを、ぼんやりと考えてみたり。 詩音(私服): 以前、#p興宮#sおきのみや#rで園崎家の親戚筋の人がゲストハウスを運営しているって言いましたよね?実は、そこから相談を受けまして……。 詩音(私服): なんでも最近利用客が減ってきているので、何か改善策はないか、とのことなんですよ。 一穂(私服): えっ……? 美雪(私服): んー? どうしたの、一穂。なんで驚いた顔をしてるのさ? 一穂(私服): あ、ううん……なんでもないよ。 確か……そのゲストハウスが作られた経緯も、こんな感じの会話から始まった気がする。 でも……おかしいな。私たちが#p雛見沢#sひなみざわ#rに来たのは今年のことで、ゲストハウスができたのは……確か……。 詩音(私服): えっと、一穂さん……話を続けてもいいですか? 一穂(私服): ご……ごめんなさい!変なことを言い出しちゃって……。 詩音(私服): ……? まぁ、それはともかくとして。 詩音(私服): 最初の頃は、結婚式だのなんだのでそこそこニーズがあったそうなんですけどね。 詩音(私服): 和風の式も、古手神社をうまく活用することでできるってのも売りのひとつだったんですが……。 美雪(私服): ですが……って、何があったの? 詩音(私服): それが……穀倉の方で、大聖堂を隣接させたお洒落なパーティー施設ができた影響で、顧客層の大半がそっちに取られたらしくて……。 詩音(私服): このままだと、経営難でやばいそうなんですよ。少し前までは洋式に加えて中華風の庭園も増設する、って息巻いていたくらいだったんですが……。 詩音(私服): そのための資材を入手するお金もなくなって、現状だと設計図段階でストップするくらいに困っているみたいなんです。 一穂(私服): えっと……なんでオーナーさんは、中華風の庭園を造ろうって考えてたのかな? 詩音(私服): 深い理由はなかったみたいですよ。和洋とくれば次は中華だー、なんて感じで。 美雪(私服): いや、料理のレパートリーじゃないんだからさ。 魅音(私服): まぁ……あそこのオーナーって豪快な性格で、あのゲストハウスだって初期投資をかなり大量にぶっこんで造るような人なんだよ。 菜央(私服): それって……経営者っていうより、むしろギャンブラーな気質じゃないの? 魅音(私服): で……何か目算というか、アテがあったりするの? 詩音(私服): あるわけないでしょう?そんなのがあったら、こんなところにまでわざわざ相談に来るわけがありませんよ。 魅音(私服): ……自分の実家をこんなところ呼ばわりして居直るとは、あんたもいい度胸だね。 そう言ってむっ、とジト目を向ける魅音さん。ただ詩音さんは、それに対してもどこ吹く風と流さんばかりに話を続けていった。 詩音(私服): まったく……園崎家の連中って、私とお姉のことを安くこき使える広告代理店か便利屋さんだと思っているんですかね? 梨花(私服): みー。安くて便利な広告代理店なんて、優秀で優しい警察官と同じくらいに希少で想像上の生物に近い存在なのですよ。 美雪(私服): おぅおぅ、梨花ちゃん……そいつは聞き捨てならないなぁ。 美雪(私服): まぁ、見つけるのが難しいってことは認めてもいいけどねー。 沙都子(私服): ……身内に警察官がいる美雪さんがそうおっしゃるってことは、相当少ないと考えたほうがよさそうですわね。 美雪(私服): うっ……?ま、まぁ警察官だって人間だしねー。 美雪(私服): それに、そのテの人たちと交渉する場合に舐められたら終わりだからさ。優しさ一辺倒ってワケにもいかないでしょ? 一穂(私服): ……今日って、話がよく脱線してるね。とりあえず、本題に戻ろうよ。 詩音(私服): あ、すみません……興奮して、つい。そんなわけなので、私の方も見捨てないで協力してもらえませんか? レナ(私服): はぅ……2人とも大変なんだね。でも、協力って何をすればいいのかな……かな? それぞれの難問を前に、私たちは「うーん……」と頭を抱える。 と、そんな中沙都子ちゃんが「あの……」と言って手を上げ、一同を見渡していった。 沙都子(私服): とりあえず……優先順位をつけて、対策に当たるべきだと思いますわ。まずはどちらから、片づけるのがよろしくて? 魅音(私服): もちろん、ゴミ山の処理だよ。そのために集まってもらったんだからさ。 詩音(私服): ゲストハウスの再生案だって、大事です!今なら弱みにつけ込んで、高額のバイト代をむしり取ることだって可能ですよ? 魅音(私服): ちょっ……詩音!そっちで引き抜きをかけるのは反則でしょー? 報酬の話が出たことをきっかけにして、魅音さんと詩音さんは口論を始める。 なんというか……すごく、不毛な光景だ。さすがにげんなりしながら、とりあえず2人を止めようと私が口を開きかけたその時――。 レナ(私服): あ、じゃあ……。 私が身を乗り出すよりも早く、レナさんがぽん、と手を叩きながら言葉を発していった。 レナ(私服): 沙都子ちゃんとは違う発想の転換だけど……両方混ぜちゃうっていうのはどうかな? かな? 魅音(私服): 混ぜるって……えっと、何となにを? レナ(私服): さっき、詩ぃちゃんが話していたけど……中華風の庭園を造って和洋中、っていうのが計画の途中で止まっているんだよね? レナ(私服): だったら、それをちゃんと造り上げてこっちは3種類の中から選べますよ、ってアピールしたらいいんじゃないかな……かな? 梨花(私服): みー。結婚式に使えるかどうかはわかりませんが、選択肢の数が増えるのはいい売り文句なのですよ。 詩音(私服): まぁ確かに……中華風の施設って、日本だとまだ少ない感じですからね。 詩音(私服): 10年ほど前に国交が回復した関係で、中国への話題も出てきていることですし。 レナ(私服): そうそう! 去年新しいパンダが、中国から東京の動物園にやって来たんだって! レナ(私服): テレビの中のパンダ、おっきくてふわふわでかぁいかったんだよ~はぅ~。 沙都子(私服): なるほど……それでレナさん、覚えておりましたのね。 魅音(私服): いや……問題は、それを作ることができる予算がもうないってことでしょ? 魅音(私服): 人件費は園崎家で多少融通を利かせても、建築資材だけですごい額になりそうだからさすがに実現性は……ん? 魅音(私服): 建築資材……ってことは、まさか……?! 魅音さんがはっ、と息をのんで顔をあげ、レナさんを見る。その視線を受けて彼女は、満面の笑みで頷いた。 羽入(私服): あ、あぅあぅ…レナに魅音、つまりはどういうことなのですか? 魅音(私服): さっき話していた、例の廃材だよ!木材と石材が大量にあるって話だから、転用すれば資材問題はクリアできる……! 羽入(私服): で……できるのでしょうか? 魅音(私服): 断言はできないけど……料理のメニューを決めてから材料を準備するんじゃなくて、材料から料理を作る、って考えればありじゃない? 梨花(私服): みー。つまり材料から逆算して、作れる範囲でできそうなものを提示するのです。 梨花(私服): それなら撤去のための費用も調達できて、ゴミ山の粗大問題も解決なのですよー。 沙都子(私服): をーっほっほっほっ!まさに一石二鳥の妙手でしてよ~! 魅音(私服): よし……それでいこう!ナイスアイディアだよ、レナ! 場のみんなは大盛り上がりだ。これでいける、という空気が場を支配している。 魅音(私服): となると、あとは衣装の問題だね。貸衣装で調達することは可能だけど、それだと芸がないし……。 一穂(私服): それに、中華風の結婚装束ってあまりイメージが沸かないんだけど……どういったものがあるの? 魅音(私服): それは……って、ふっふっふっ……!いいこと思いついちゃったー! 詩音(私服): いいこと……? って何ですかお姉、その不気味な笑い顔は。はっきり言って気色悪いですよ。 魅音(私服): 気色悪いって何だよ!……って、それはまぁさておき。 魅音(私服): 衣装なら、問題ないよ。ここにはフットワークが軽くてセンスのある、天才デザイナーの「卵」がいるんだからさ。 その言葉とともに、一同の視線がひとり――菜央ちゃんに集中した。 菜央(私服): な、なによ……今度は、あたしに矛先? 魅音(私服): ごめんごめん。毎回困った時の菜央ちゃん、なんて感じに頼っちゃって申し訳ないけどさ。 菜央(私服): そう言われると、悪い気はしないけど……ちなみに、材料費くらいは出してもらえるの? 詩音(私服): ご心配なく。菜央さんさえその気でしたら、出させてみせます。 見事な断言。突き立てた親指が力強い。 菜央(私服): はぁ……。 菜央ちゃんはしょうがないわね、と言いたげにため息をつく。 でも、伏せたまぶたの下からはちらりと……炎のようなやる気が揺らいでいるようにも見えた。 菜央(私服): ……いいわ。中華風の衣装と聞いて、実はやってみたかったことがあるの。 魅音(私服): ほぅほぅ……差し支えなかったら、教えてもらってもいい? 菜央(私服): それは……。 Part 03: 魅音さんの提案を受けてから、数週間後……。 ゲストハウスと隣接する場所に、見事なまでの中華風の庭園が完成していた。 美雪(私服): おぉ……これはすごいねー! 魅音(私服): レナが言っていた通り、状態のいい資材がたくさんあったからね。あとは突貫工事でなんとかなったよ。 梨花(私服): みー……予想以上の出来映えなのです。 羽入(私服): あぅあぅ……びっくりなのですよ……。 一穂(私服): ほんとだね……。まさか、この庭園を造った資材の大半が粗大ごみだなんて、とても信じられないよ。 魅音(私服): あー、……念のために言っておくけど、それはお客さんたちには内緒だよ。さすがにイメージが悪くなっちゃうからさ。 美雪(私服): ゴミからこんなにすごいものが作れたって、個人的にはいい宣伝にはなると思うけどね。 魅音(私服): あはは、確かに。けど、こういう場所はやっぱり縁起を担ぐからね。 魅音(私服): 一度捨てられたものから造った……なんて新しい門出にはどうか、ってなるでしょ? 美雪(私服): んー、なるほど。そういう配慮も必要ってわけか。 魅音(私服): まぁ……言われなきゃわからないって段階まで仕上げられたことは、さすが園崎組が手配した匠の技って感じだね。 詩音(私服): まぁ、それでも夜通しぶっ続けの突貫工事になってしまったわけですが……。 そう言って、背後からやってきたのは詩音さんだった。……が、振り返って思わず固まる。 そこには、数週間前の疲れ切った魅音さんにそっくりな顔があった……。 沙都子(私服): なんだか詩音さん、少し……じゃなく、かなりお疲れのご様子ですわね。いったい、どうしたんですの? 詩音(私服): どうしたも何も……建設のための人員確保を、父さんたちにお願いしたのはいいんですが……。 詩音(私服): その代わりに、現場責任者のまねごとをやらされていたんですよ。 一穂(私服): ……げ、現場責任者ってどんなことをするの? 魅音(私服): もっともらしく言っているけど要するにお茶くみだの、弁当の仕出しだのだよ。まぁ、エンジェルモートの延長だね。 詩音(私服): 延長なんかじゃありませんよ、あれは!ひとりひとりに気を遣わないといけませんし、遠くにパシリもさせられるし……! 詩音(私服): 職人さんたちにやる気を出して働いてもらうのって、本当に大変なことだったんですねー……。 一穂(私服): そ、そうなんだ……。 詩音(私服): ……悪いですが、今回限りです。私は人を使うよりも、誰かに使われるほうが性に合っているとわかりましたので。 魅音(私服): あははは、お疲れさん。けど大工さんたちも、結構詩音のことを評価してくれていたよ。 魅音(私服): 専門以外であれこれと気を回してくれたから、すごく働きやすかったってさ。 詩音(私服): ま、まぁ……そう言ってもらえたんでしたら、多少身体を張った甲斐はあったようですね。 魅音(私服): というわけで……施設については、これで完了だね。 詩音(私服): あとは、この背景に合致する衣装の準備ですね。お姉に任せっきりでしたが、大丈夫ですか? 魅音(私服): もちろん。おっ、ウワサをすれば……菜央ちゃん、こっちこっち! 魅音さんが手を振る先には、背後の建物から出てこちらに向かって歩み寄ってくる菜央ちゃんの姿があった。 菜央(私服): お待たせ……まだ仮縫い段階だから不安なところもあるけど、一応形にできたわ。 菜央(私服): レナちゃーん! こっちに来てーっ! 菜央ちゃんが大声で呼びかけてから、背後の建物の扉が開いて現れたのは……。 レナ(後宮): は、はぅ……ど、どうかな、かな……? そう言っておずおずとやってきたのは、中国の歴史に出てくるようなお姫様……の格好をした、レナさんだった。 美雪(私服): お、おぉっ……?! 沙都子(私服): あらあら……なかなか素敵ですわね。 羽入(私服): あぅあぅ、とっても綺麗なのですよー! 梨花(私服): みー。この衣装を着ての結婚式も、なかなか素敵なのですよー。 詩音(私服): はぁ……金が、目に眩しい……。 美雪(私服): えっと……詩音?さすがに寝不足みたいだから、控室で休んできたらどう? 豪華できらびやかなたたずまいに、みんながそれぞれに褒めそやす。 レナ(後宮): はぅ……ありがとう、みんな。 照れた表情のレナさんと、その横で小さな胸を張る菜央ちゃん。 そして、彼女たちの背後から続いて現れたのは――。 圭一(後宮): な、なぁ菜央ちゃん……これって、俺も着なきゃいけねぇのか? ……これまた中国の皇帝のような衣装を身にまとった、前原くんだった。 沙都子(私服): って、圭一さん……?本当に圭一さんですの? 圭一(後宮): な、なんだよ……。 沙都子(私服): を……をーっほっほっほっ!馬子にも衣装とはよく言ったものでしてよ~! 圭一(後宮): うるせぇ! んなこと言われなくても、俺だってそう思っているっての! そう言って前原くんは、真っ赤な顔で沙都子ちゃんに食ってかかっている。 ただ……これは私個人の意見だけど、結構似合っていると思う。 その証拠に、彼の姿を見る他の子たちもため息をつきながら……思わず目を奪われている様子だった。 美雪(私服): いやー、いいんじゃない?すっごくカッコイイよ、前原くん! 圭一(後宮): そ、そうかぁ? 美雪(私服): うんうん。買い出し先で前原くんを捕まえて、新郎役に引き込んだとは聞いてたけど……これは完全に、瓢箪から駒ってやつだね。 菜央(私服): まぁ……中国の歴史に出てくる後宮をイメージしたから、中華風の婚礼衣装とはちょっと違うんだけどね。 菜央(私服): でも……やっぱり派手なつくりの方が、見栄えがするんじゃないか、って思ったのよ。 梨花(私服): みー。まるで中国の若い皇子と、その寵姫のようなのですよ~。 圭一(後宮): あははは……そう言ってもらえると、なんだか照れるぜ。 レナ(後宮): は、はぅぅ……。 少し恥ずかしそうながらも笑顔の前原くんと、真っ赤な顔で俯くレナさん。 ただ、そんな2人を見つめる一同の中で……。 魅音(私服): …………。 一穂(私服): ……? どうしたの、魅音さん? 魅音(私服): あ、いや別に……。レナが綺麗だなー、って思っただけだよ。 詩音(私服): くすくす……なんですか、お姉?自分もちょっと着たくなっちゃいました?憧れちゃいました? 魅音(私服): んなっ? そ、そういうわけじゃ……! 両手をぶんぶん振って、魅音さんは恥ずかしそうに否定する。 すると、そんな彼女の反応を最初から見越してか……詩音さんがニヤリ、と怪しい笑みを浮かべながら続けていった。 詩音(私服): くすくす……心配はいりませんよ。お姉の衣装も、菜央さんが今作ってくれているそうですからね。 魅音(私服): は……はぁっ?! 詩音(私服): 男の衣装なんてどれも大して変わりませんけど、女性の衣装は複数あった方が見栄えしますし……。 詩音(私服): それにお姉だって、見れば着たい、って言い出すんじゃないかって思いましたから。 魅音(私服): いっ……言わない言わない!着たいなんて思っていないよ、私は?! 詩音(私服): あら、いいじゃないですか、後宮とくれば、たくさんの美人で酒池肉林……つまりモデルも、複数がいてこそですよ。 美雪(私服): んー……後宮って、アレだよね?ハーレムってやつだよね? 梨花(私服): みー……日本風に言うなら、大奥でしょうか。 美雪(私服): いやー……それこそ、縁起が悪いんじゃない?浮気がデフォルトなのをアピールしていいの? 菜央(私服): っ……それは、えっと……。 詩音(私服): まぁ、気にしなくてもいいと思いますよ。いつの時代でもどんな場面でも、「可愛いは正義!」ってやつですから♪ 美雪(私服): あ、うん……わかった。そこまで開き直ることが前提だったら、もう何も言わないよ。 魅音(私服): 言ってよ、美雪! あんたしかこの状況で、異議を言ってくれる子がいないんだからさ~! 梨花(私服): 別に美雪は、異議とまでは言っていないと思うのですよ。 美雪(私服): うん……そうだね。魅音が着飾るのは、むしろ賛成の立場だし。 魅音(私服): んがぁっ?! レナ(後宮): はぅ……魅ぃちゃん用の衣装はね、レナもお手伝いをしているんだけどとーっても綺麗なんだよ! 圭一(後宮): えっ……さっき見せてもらった、作りかけのあれがそうなのか?菜央ちゃん、やっぱ天才だよな……。 魅音(私服): えっ……それ、ほんとに?私の分、もうすぐできあがるところなのっ? 詩音(私服): というわけで本番では、レナさんとお姉のそろい踏みで圭ちゃんの隣に並んでもらいます。……くっくっくっ! 魅音(私服): いや、だから私は、別に……って、本番? 詩音(私服): あれ、言いませんでしたか?これだけ大掛かりに準備して、手間もかけましたし……。 詩音(私服): メディアも呼んで、撮影イベントをやろうってことになっているんですけど。 魅音(私服): はぁっ? なにそれ、聞いてないって!っていうか、私も衣装って……まさか……?! 沙都子(私服): ……魅音さんもモデルとして、撮影対象になるってことですわね。 魅音(私服): 無理無理無理、絶対無理っ!……あだっ? 首を振りながら、魅音さんは後ずさる。……ただ、その勢いがつきすぎて背後の柱に激突し、頭を抱えてうずくまった。 梨花(私服): ……魅ぃ。 魅音(私服): り、梨花ちゃん……。 梨花(私服): もう、決まっていることなのですよ。 魅音(私服): ひ……卑怯者ーっ!!!! Part 04: ……数日後。 予定通りに中華風施設のこけら落としとして、結婚式を模したイベントが新設の中華庭園で執り行われることになった。 みんな、いつ本番が始まるかとウキウキしている様子だ。 魅音(後宮): うぅ……また流されたぁ。 ……約一名を除いて。 魅音(後宮): こういうのは詩音の方が適任だってのに……なんであんたがやってくれないのさ? 詩音(私服): あー、お生憎様ですが私、こういう衣装を着るのは好きな相手が隣にいる時と決めていますので。 魅音(後宮): わ、私だってそうだよ! 詩音(私服): おやぁ……? ということはお姉、圭ちゃんは好きな相手ではないと……? 魅音(後宮): そ、それは……レナぁ!ちょっとなんとか言ってやってよ! レナ(後宮): はぅ……魅ぃちゃんの衣装もかぁいいね~。 魅音(後宮): そうじゃなくて……って、ひゃぁぁぁあっ?その顔でにじり寄ってきちゃダメだって~?! レナ(後宮): お・も・ち・帰りぃ~♪ はぅっ☆ 一穂(私服): え……えっと美雪ちゃん、あの……。 美雪(私服): 一穂、お口チャックして。下手に関わると、命が危ないよ。 梨花(私服): しー、なのですよ。 一穂(私服): う、うん……。 沙都子(私服): あら、このお菓子美味しいですわね。 羽入(私服): あぅあぅ、まったりともったりとなんとも言えぬ甘さなのですよ~。 下手に邪魔をしてはとばっちりを食らいかねないと、みんな渦中から離れた場所で遠巻きに見守っている。 と……そんなふうに微妙な感じで盛り上がっていたその時、控え室のドアがトントンとノックされた。 一穂(私服): あれ……誰だろ? 美雪(私服): んー、別室で菜央と前原くんが衣装の調整をしているはずだから、それが終わったんじゃない? 美雪(私服): はーい、どちら様ですかー……えっ? 一穂(私服): どうかしたの、みゆ……ぇ? 扉を開けた美雪ちゃんとともに、私も驚いてその場で固まる。 そして、そんな私たちを押しのけるように控室の中に入ってきたのは……。 大石: はいはい、お邪魔しますよぉ。 一穂(私服): お……大石さん? ひとりは、#p興宮#sおきのみや#rの刑事の大石さんだ。そして、隣のもう一人は……。 赤坂: あぁ……すまないね、君たち。ちょっとお邪魔させてもらうよ。 一穂(私服): 赤坂さん……っ? 突然現れた2人の刑事を前にして、控え室の空気は違和感と困惑で急に淀んだものへと変わっていった。 一穂(私服): (えっと……なんで?どうしてこの2人が、こんなところに……?) 誰もがどう反応していいものかわからない中、最初に口を開いたのは美雪ちゃんだった。 美雪(私服): っ……入室してもいい、って答えてなかったと思うんですけど。ここ、レディーの控室ですよ? 大石: いや、それはそれは失礼しました。それにしても華やかですねぇ……んっふっふっふ! 美雪(私服): それに、おと……じゃなかった、赤坂さんまで一緒だなんて。どういったご用なんですか、大石さん? 大石: いや、すみませんねぇ皆さん。せっかくこれだけご準備をされていたところに申し訳ないのですが……。 大石: 今回のイベントは、中止にさせてもらえるとありがたいです……んっふっふっふっ。 詩音(私服): はぁ? 何を言っているんですか。 詩音(私服): メディアも呼んで大々的にアピールしようとしているのに、今さら止められませんよ。 大石: 止められますよ。警察が許可を取り消せば、それで済む話なんですからね。 そう言って、大石さんは意地の悪い笑みを浮かべて私たちをねめつけるように見る。 太々しい態度の横やりに、反発を覚えた私たちだったが……それを制しながら説明を補足してくれたのは、赤坂さんだった。 赤坂: 大石さん……ちゃんと事情を話せば、この子たちならわかってくれるはずです。別に、悪者ぶる必要はないと思いますよ。 大石: ……いや、すみませんねぇ。今回は、悪人に屈したような感じのせいでどうにも気が立ってしまったようです。 そう言って大石さんは「失礼しました」と頭を下げてくれる。それを見て私たちも、いったん矛を収めることにしたのだけど……。 一穂(私服): ……? つまり、どういうことなんですか……? なぜ、今日のイベントを中止するように警察が言ってきたのか。それを知らないままでは、とても収まりがつかなかった。 赤坂: 実は昨夜、警察署に脅迫状が届けられたんだ。今日のイベントを実施したら、この会場のどこかに仕掛けられた爆弾を作動させる……ってね。 羽入(私服): ばっ……爆弾をっ? それは本当なのですか?! 大石: えぇ。ただ、どうにもその脅迫はイタズラというか、ブラフっぽいものでして。 大石: とはいえ警察に届けられた以上は、こちらも動かざるを得ないというわけなんですよ。 詩音(私服): っ……タチの悪いイタズラですね。ただ、強行して万が一のことがあったらここのオーナーに責任が行きますし……。 今回のイベントは、あくまでゲストハウスの経営の立て直しだ。もしもの事態が起きて悪評が立ったりしたら……それこそ本末転倒になる。 悔しいけれど、ここは大石さんたちの判断に従うしかないだろう……。 赤坂: 市民の安全を守る立場である以上、私たちも見過ごすわけにはいかないんだ。……すまない、わかってくれ。 詩音(私服): そういうことでしたら……仕方ありませんね。まぁ、そいつらを捕まえたあかつきには今回の賠償請求をしたいところですけど。 梨花(私服): みー、残念なのです……。 美雪(私服): ……菜央がこの場にいなくて、よかったね。聞いたらきっと、怒り狂って暴れ回ってたよ。 美雪(私服): あ、あのさ……レナ。面倒なことを押しつけて悪いけど、菜央には、その……。 レナ(後宮): ……うん、大丈夫。菜央ちゃんにはもう少ししたら、レナからちゃんと伝えておくよ。 そんな感じに話し合ってから、私たちは大石さんと赤坂さんからの要請に対して了承の意を伝える。 すると彼らは、安堵と申し訳なさを表情に見せながら……さらに話を続けていった。 大石: ご協力、感謝しますよ。あなた方のご無念、察して余りある思いです。 大石: ただ……卑怯な連中の#p思惑#sおもわく#r通りに動くのも忌々しい限りですし……ちょいと私たちの憂さ晴らしに協力していただけませんか? 一穂(私服): 憂さ晴らし……? 大石: えぇ。積年の恨みをここで、ってやつですよ。そして……。 大石: できれば、こんな結末にはしたくなかったんですが……もはや仕方がありませんねぇ。 一穂(私服): ……? そう言って天井を仰ぐ、大石さんの横顔は……なぜか少し、寂しそうに見えた。 Part 05: ……その日の深夜。 爆弾騒ぎのせいで誰もいなくなったゲストハウスの中華庭園に、警備の目を潜り抜けて忍び込む複数の人影。 それはかつて、関西地方で宝石や貴金属を扱う店を荒らしまわっていた強盗グループだった。 手下A: あの、アニキ……本当にこの庭園に、お宝が隠れてあるんですか? アニキ: あぁ、間違いねぇ。宝石を隠した人形がこの中に持ち込まれた、って「あいつ」からの情報だ。 アニキ: へっ……どさくさ紛れに仲間に引き込んだが、意外に使えるやつだったな。自供でもやつの名前を出さなくてよかったぜ。 手下B: たとえ盗んだとしても、その証拠のブツが発見できなければすっとぼけられる……アニキの土壇場での機転、お見事でした。 アニキ: あの時はサツの捜査網に包囲されて、とても逃げ切れる状況じゃなかったからな。 アニキ: まぁ、捕まった全員が実刑を食らったのはさすがに予想外だったが……こうして無事に、全員で集まることができた。 アニキ: でもまさか、お前らの中から抜け駆けするやつが誰ひとりとして出なかったとはな……正直そっちの方が、驚いたくらいだぜ。 手下C: へっへっ……そりゃ俺たち、捕まってからもアニキの子分なわけですから。裏切るなんて、滅相もありませんよ。 そう言って兄貴分におもねりながら……部下のひとりは内心で、悪態をつく。 何が、驚きだ……自分たちが変な気を起こしたりしないように、隠し場所は自分が出所するまで黙っていたくせに。 唯一隠し場所を知っている「見張り」でさえ、口止めをされている様子だった。どれだけ聞いても、頑として話さなかった。 実のところ、教えなければ妻子の命はない……と一度脅してやったのだが、だったら兄貴分にバラす、と逆に凄む始末。 そんな事態になっては、兄貴分が出所してから自分たちの身が危うくなる……そう思って彼らは、今日まで待ち続けたのだ。 手下A: あ、でも……いいんですかい?あいつにも分け前をやるって話で、見張りを引き受けてもらっていたわけですが……。 アニキ: 別に構わねぇよ。あいつとの付き合いも、そろそろ潮時だ……終わった後は、しっかり口を閉じねぇとな。 そう言って兄貴分は、誰もいなくなった庭を歩き回る。 と……やがて一角に場違いな存在感を出して仁王立ちしている、とある人形を発見した。 アニキ: おい……たぶん、あれだ。お前ら、腹のところを調べてみろ。 手下B: へいっ。 兄貴分の命令を受け、手下の数名が大人の男と同じくらいの背丈をした人形にとりついて、腹部を丹念に調べ始める。 そして、何らかの操作によって開き……中にたくさんの宝石が収められていることを確かめ、ほくそ笑んだ。 手下C: へへっ……確かにありましたぜ、アニキ。 アニキ: よし……どうやら「あいつ」は約束通り、中身に手をつけていなかったようだな。 アニキ: 3年ばかりのムショ暮らしは長かったが、それまでの間誰にも見つからずにすんでよかったぜ……ん? と、その時背後に気配を感じた強盗グループたちは、ふと振り返る。 見ると周囲には、異様な形相をした少女たちがいて……。 しかも数人は、なぜか場違いな衣装を着ている様子だった。 アニキ: な……なんだ、お前ら?どうやってここに入ってきた? 圭一(後宮): くっくっくっ……これは異なことを。この庭園は、余のもの。ならば余がここにいるのも、当然であろう。 アニキ: はぁっ?おいお前、ふざけたことを言っていると……! 圭一(後宮): しかし……この庭園に賊が忍び込むとは、実に酔狂なものよ。 魅音(後宮): いかがいたしますか、わが君?国の法では、盗人はひとつの例外もなく死罪と定められておりますが。 圭一(後宮): 知れたこと。ただ一人も残さずひっとらえて、地獄を味わわせてやるといい! レナ(後宮): 御意にございます……あはははは、あーっははははははは!! その笑いとともに襲い掛かるひとりを合図にして、少女たちは攻撃を開始した――! 手下A: な……っ?このガキが、俺たちに何を……ぎゃぁぁぁっ? 手下B: う……嘘だろっ?こいつら、なんか強――ひぃぃいいぃっ?! 手下C: ど、どうなっているんだっ?こんなの、聞いてな――ぐべえぇぇえっっ! アニキ: なっ……ななな、なんなんだっ?お前らいったい、何者……?! 圭一(後宮): くっくっくっ……まぁ、冥途の土産だ。耳をかっぽじって聞くがいい、余は――。 レナ(後宮): はぅううううぅぅっっ!! アニキ: ぎゃ、ぎゃああああああっ?! 圭一の語らいを最後まで聞くよりも早く、兄貴分はレナの一撃を受けてその場に沈黙した。 圭一(後宮): お、おいレナ……せめて最後くらいは、俺が決めてからにしてくれよなぁ。 レナ(後宮): はぅ……ご、ごめんね。ついついレナ、夢中になっちゃって……。 詩音(私服): お姫さまってより……レナさんとお姉、くのいちか御庭番衆って感じでしたね。ものすごい暴れっぷりでしたよ。 美雪(私服): ……中国の後宮の中から女帝になった、恐ろしい美女がいたって話を歴史小説とかで読んだことがあるけどさ……。 美雪(私服): さっき暴れ回ってたレナと魅音って、生まれてきた時代が違ったらそんな感じになってたのかなぁ、なーんて。 菜央(私服): あんただって盛大に暴れ回ってたじゃない。そもそも、レナちゃんは立場が変わっても悪女なんかになったりしないわ。 詩音(私服): ですねー。お姉も悪女か、って言われるとちょっと違う気がしますよ。 美雪(私服): んー、でも意外に似合うと思うけどなぁ。悪女というか悪堕ちした、レナと魅音って。 美雪(私服): まぁ、もしあの2人が暴走した時は前原くんの腕の見せどころってやつだね! 一穂(私服): 前原くんでも、抑えきれなかったら……? 美雪(私服): ……。さーて、あとは警察の人たちに任せてーっと。 一穂(私服): (話を露骨に反らした?!) 美雪(私服): ってあれ? 大石さんたちはどこに? 一穂(私服): さぁ……どこに行ったんだろ? Epilogue: ゲストハウスで大捕り物が行われていた、ちょうど同じ頃。 犯人グループの連行を熊谷さんに任せ、大石さんはひとり馴染みに通っていた焼き鳥屋の屋台を訪れていた。 オヤジ: あ……大石さん。 大石: どうも、オヤジさん。確か、ここで店を開く最後の日でしたね。 大石: はなむけ代わりと言っては何ですが、今日はこいつを持ってきました。……サシで一献、どうですか? オヤジ: あぁ、いいですねぇ。私も今日だけは、少し飲みたい気分だったんですよ。 焼き鳥屋の店主は嬉しそうにうなずき、大石さんの持ってきた清酒で乾杯をする。 オヤジ: ……いい酒ですねぇ。これは、どこで買ってこられたんですか? 大石: 私の古い馴染みが、茨城の方で懇意にしている酒造店から手に入れてくれた逸品なんです。なかなか手に入らないやつだそうでして……。 オヤジ: あぁ、そうでしたか。そんないい酒を、私なんかのために開けてくださって……ありがとうございます。 大石: いえいえ。こいつはお祝いでしか開けないと決めていたんですが……今日は特別ですよ。 大石: …………。 オヤジ: …………。 大石: オヤジさん。飲みながらで結構ですので……ちょいと聞いてください。 大石: 今夜、ゲストハウスに押し入った強盗グループですが……全員お縄についたと先ほど無線で知らせがありました。 大石: せっかくショバに出てきたというのに、欲をかいて逆戻りなんて……気の毒な連中です。 オヤジ: へぇ、そうですか。……でも、なんでその話を私に? 大石: 聞いてもらいたいことだったからです。強盗グループの手引き役をやっていた、あんたに……ね。 オヤジ: …………。 大石: ずっと、疑問に思っていました。強盗グループの犯行が、ある時期からやけに手際良くなったってね。 大石: そして、捕まった強盗グループの中に、鍵開けの技術にたけたやつがいない……。 大石: ただ、連中の供述内にも仲間として出てこなかったので、捜査の対象とはなっていませんでしたが……。 大石: 私は、気づいていたんですよ。その鍵開け担当のひとりが、#p雛見沢#sひなみざわ#r近辺にひそんでいることにね。 オヤジ: …………。 オヤジ: やっぱり……そうでしたか。さすがは、大石さんですね。 大石: ……。なんで、連中の仲間になったんですか? オヤジ: ……最初は、ただの偶然でした。私は焼鳥屋の前、警備員としてとある宝石商に勤めていたんですが……。 オヤジ: 強盗グループだと気づかずに、忘れ物をした従業員だと思って……親切心から裏口の鍵を開けてやりましてね。 オヤジ: 以前鍵屋に勤めていたおかげで、鍵開けは得意だったんですよ。 オヤジ: で……その腕をリーダー格に見込まれて、ずるずると付き合わされてきたってわけです。 大石: 爆弾を仕掛けた、と騒ぎを起こしたのは、犯行の決行前に施設内から人を退散させて被害を最小限に抑えるつもりだった……。 大石: もし誰か残っていれば、連中に襲われるかもしれないと思って……違いますか? オヤジ: その通りです。聞いた話だと、その日は子どもたちが集まって何かイベントをやると聞いていましたからね。 オヤジ: ……連中にもその旨を、伝えました。決行するなら、誰もいなくなった夜がいいと。 大石: ……。そんな真似をしなければ、正体がバレることもなかったはずです。どうしてそんなことを? オヤジ: 正直言うと……いい加減、疲れてきたんです。 オヤジ: ずっと見張り役を任されてきたものの、いつも次は自分が捕まる番じゃないか、と気が気じゃありませんでした。 オヤジ: 常連になってくれた大石さんたちが刑事だとわかった時なんて……これが最後になる、って毎度覚悟していたほどですよ。 大石: ……だったら、そうと分かった時点で私の目の届かない場所に行けばよかったんです。どうして逃げなかったんですか? オヤジ: こんなことを言って、罪を軽くしてもらおうとは思いませんが……あんたのこと、気に入っちまったんですよ。 オヤジ: できるなら、あんたたちに捕まえてもらいたい……ただ、自分から名乗り出る勇気を出せなくて、面目ない限りです。 大石: ……。奥さんのことは、どうするつもりですか? オヤジ: 実は少し前に……全部、話してきました。貯めた金を慰謝料代わりに、全部渡してね。……移転の話も、実のところ嘘です。 オヤジ: あぁ……念のために言っておきますが、その金は本当にまっとうに働いて得たものです。だから、ご心配には及びません。 そう言って焼き鳥屋の主人は火を止め、神妙な表情で両手を差し出す。 それに大石さんは手錠をかけ……物陰に控えていた同行の刑事のひとりに彼の身柄を引き渡した。 大石: …………。 無言で酒をあおり、大きく息をつく大石さん。……その一部始終を見ていた私は、彼に歩み寄って背後から話しかけた。 赤坂: ……大石さん。 大石: ……。熊ちゃんだけに伝えてこっそり抜け出してきたつもりだったんですが、やはりあなたには気づかれてしまいましたか。 大石: …………。 大石: ……いっそ、知らなかったことにしておけばよかったのかもしれませんね。つくづく自分の融通のなさが、嫌になりますよ。 赤坂: …………。 大石: 善人なら、守ってやればいい。悪人なら、とっ捕まえて反省させればいい。 大石: ……でも、人間ってやつはそう簡単に分けられるものじゃありません。 大石: 一番辛いのは、その中間にいて道をうっかり間違えたやつを捕まえる時です。 大石: せっかく反省して、生まれ変わろうとしているところを邪魔して……私は疫病神なんじゃないか、という気分にさせられて……辛いもんです。 赤坂: 大石さん……。 辛さを押し隠すように酒を飲み干す大石さんの横顔を見ながら……私は、複雑な思いをかみしめる。 彼が抱くその苦悩は、まさに刑事にとって「呪い」のようなものだ。時には友人や隣人、親族でさえ弾劾することを課せられる……使命。 もちろん、願わくばそんな経験などはしたくない。だが、もしもの時は法の番人として情を挟むことなく粛々と職務を全うせざるを得なくて……。 こうしてひとり悩み、正義の在り方について自問自答を繰り返すしかないのだろう。 ……。それでも、私は言わなければいけない。たとえ嘲笑われたとしてもこの人を励まし、そして人を憎みきれないその優しさを讃えたかった。 赤坂: 大石さんは、何も間違ってはいませんよ。それに……。 赤坂: あのまま焼鳥屋の主人を見逃していたら、きっと彼は救われなかったと思います。 赤坂: だから大石さんが区切りをつけてやったことには、確かに意味がある……いえ、あったと思いますよ。 大石: ……。ありがとうございます、赤坂さん。 そう小さく呟いてから、大石さんは……空いたグラスを赤坂さんに差し出していった。 大石: 付き合っていただけませんか、赤坂さん。今日はもう少し、飲みたい気分なんです。 赤坂: えぇ。どこまでも付き合いますよ、大石さん。