第五章 もう一人の弟子
「お、お前、喋れるのか、アイナ!?」
ようやく振り絞った
「あ、アイナさんって、こんな
エクセラの呟きに
(確かに可愛い……普通に……!)
整った小顔。ふっくらとした唇。小柄だがスタイルの良い容姿──人間の目から見て、アイナはアイドル級に
見とれかけた
「ってか、何でここまでするんだよ! 勝負は付いてたろ!」
するとアイナは白い目を
「相手は魔王軍の幹部。きっちり仕留めるのは当然でしょうが。大体、この魔物が今まで何人殺したと思ってるの? 許せる訳ないでしょ」
「そ、それは……」
ヂュマがダメージを負わされたことで甲板にいるアンデッド達がざわつき始めた。しかし、ヂュマはどうにか片手を上げ、彼らを制止する。
(やっぱり、ヂュマはもう改心してる! なのに!)
アイナはヂュマに氷の視線を向けたままで尋ねる。
「一つ質問があるわ。アンタ最近、コブの町に行った?」
「い、い、行っていない……」
「本当かしら」
アイナは無表情のまま、ヂュマの頭部に剣を突き刺した。ヂュマの口から「ぎぎゃ」と声が漏れる。
「お、おい!! 何やって!?」
「襲ってこないようによ。念の為」
そしてヂュマに注意を払いつつ、
「三ヶ月前、帝都の西にあるコブという町が魔王軍に襲われた。人口ざっと五百人。全滅だったわ。小さな子供も含めてね」
「ひ、酷い……」
エクセラが口に手を当てて沈痛な表情を見せる。剣を頭部に突き刺されたヂュマは、訥々と言葉を紡いだ。
「ふ、不死船団が、お、多くの人間を、こ、殺したことは、た、大戦以来、ない……」
「ふーん。まぁアンデッドが襲来すれば、腐乱死体やら何やら痕跡が残るものよね。不死船団じゃなかったか」
一応、アイナはヂュマの話を信じたようだ。
「その町を襲った魔物を探してるのか? だから、不死船団にワザと捕まって……?」
「それもあるわ。でもね。本命はアナタ」
「え!」
本命と言われて軽くドキッとした
「確認したかったのよ。アンタがホントに勇者に
「なっ!?」
非難されて怒ったのは、
「それは聞き捨てなりません! 勇者様はヂュマの攻撃を受けることなく無傷で勝ったのですよ!」
(エクセラ! ありがとう!)
まるで彼女自身がけなされたかのように怒ってくれるエクセラに
「勇者様の戦闘は泣いたり、おにぎり食べたり、意味が全く持って分からない気持ちの悪い戦いっぷりでした! それでも勝ったのは事実です!」
(いや、フォローになってねえ!)
結果、余計に落ち込む
「覚えてる? 私が体当たりしなきゃアンタ、ヂュマに殺されてたのよ?」
「それに、私ならもっと早くヂュマを仕留められたわ」
「は、はぁっ!? いくら何でもそれはありえません!! 勇者様以外に不死身のヂュマを仕留められる者などいる筈が!!」
「此処にいるのよ。いい? レイルーンのお姫様。人間は常に進歩しているの」
不敵に笑うと、アイナは再びヂュマの頭部に剣を突き刺す。今度は頰から口腔を貫かれ、ヂュマは喋れなくなった。不意に、周囲に怖気の立つ唸り声が木霊する。
「も、もう我慢できなああああああああああい!」
「よくもヂュマ様おおおおおおおお! この人間、許せなぁいいいいいいいいいいい!」
度重なるアイナの暴挙に
(十……二十……いやもっと! 凄い数だ!)
甲板にいたアンデッドだけではない。船内にいたアンデッドや人形全てが主の危機に、はせ参じたかのようだった。「ひっ!」とエクセラが小さく悲鳴を上げた。
怯えるエクセラの前に
「俺がやる!」
「で、でも、勇者様! この数では!」
大丈夫、と言いかけて
(た、確かにこの数はマズいかも……!)
エクセラに内心の怯えを見透かされないように、
(それに俺が無事でも、エクセラとアイナが!)
逃したアンデッドが二人に向かう可能性は充分にある。ヂュマ戦よりも
「……ふぅ」
アイナの溜め息が聞こえた。そして颯爽と
「アンタは下がってなさい」
(噓だろ、何で余裕!? アイナって、それほど強いのか!?)
武闘家のような出で立ちから、アイナの攻撃力を
アンデッド達がアイナの前で、ぴたりと動きを止めていた。
「許せないいい……けどおおおおおおおおお!」
「でも、でも、この女ああああああああああ!」
「「「か、可愛いなあああああああああああ!」」」
(ええええええええ!?)
揃って叫ぶアンデッド達。
確かにアイナは傍目から見ても可愛い。外見はアイドルみたいで芸能人レベル。だがそれは人間の感想である。
(魔物が俺以外の人間を見て、可愛いって言うなんて!)
アイナは、しかめ面で鼻を摘まみながら、アンデッド達を睨むように見回す。
「ああ、臭い。アナタ達って本当に臭いわ。吐き気がしちゃう」
アイナの言葉に「可愛い」と言っていたアンデッド達も怒りを見せる。
「この野郎おおおおおおおおおおおお!」
「やっぱり許せないいいいいいいいいいい!」
飛び掛かろうとするアンデッド。だがアイナは突然、顔色を変えた。アイナの頰は恥じらうようにピンクに染まっている。
「でも……その匂い。嫌いじゃないわ」
またしてもアンデッド達の動きが止まる。覆い被せるようにアイナが言葉を続ける。
「うぅん。むしろ、好きかも!」
恥ずかしそうにモジモジする。アイナの仕草にアンデッド達は一斉にデレ始めた。
「ぐひひひ! そうか、そうかああああああああ!」
「照れるぜええええええええええ!」
「ふふ。ねえ……ちょっと皆、こっちに来て……?」
「ええええええええ?」
「なんだろなんだろおおおおおお?」
アイナは手招きして、アンデッド達を甲板の端に整列させていく。無論、背後は海である。
(ま、まさか……!)
「せいやあっ!!」
アイナは気合いの入った掛け声と共に両手で押して、海に突き落としていった。
「いやアナタ、何ですかソレ!? 突き落としのスキルですか!?」
エクセラは驚いて叫んでいた。
「え、エクセラ……! こ、この子……!」
アイナはアンデッドを突き落としたせいで汚れた手を、
「四十八のプリティス・第十七の仕草『
(やっぱり!! この子、プリティスを!!)
第十七の仕草『
「そ、そんな!! 勇者様以外にプリティスを使う者がいるなんて!?」
エクセラもまた吃驚し、声を張り上げる。しかし
「つーか、プリティスって唯一無二じゃなかったの!?」
アイナは動揺する二人を前にしても、冷静な態度を崩さない。
「アナタの言う通りプリティスは攻撃力、魔力を超える唯一無二の絶技。ただ扱えるのはアナタだけじゃあない。私も授かったのよ。リールー様からね」
「り、リールー師匠が俺以外にプリティスを……?」
話の最中だったが、甲板に残っていたアンデッド達が正気を取り戻して叫ぶ。
「よくも仲間をおおおおおおおおおおお!!」
「嚙み殺してやるうううううううううう!!」
十五体を超えるアンデッド達が再び迫る。先程よりも多い魔物の群れ。だがアイナに焦燥は見られない。むしろ余裕で片方の口角を上げる。
「ご覧なさい! これが私の力よ!」
そしてアイナはアンデッドよりも
(これは! まさか!)
「四十八のプリティス・第二十七の仕草『
アイナが叫び、
隣でエクセラが少し頰を染めながら、ぼそりと呟く。
「な、何だかコレはもう可愛いというより、
「ああ……!」
エクセラの言う通りだと
それでも実際、その効果は絶大。アンデッド達は揃って興奮の声を上げていた。
「うっひょおおおおおおお!!」
「何だか、すげえええええええええ!!」
「いいもの見た気がするううううう!!」
アイナは、
「さっき偉そうにプリティスのフローについて語っていたけど、それってリールー様の受け売りでしょ? アナタ、ちゃんとプリティスの練習をしているの?」
「も、もちろんだ!」
先輩に
(まぁ……ホントは最近、練習サボってるけど……!)
救世十字軍の襲来や何やら、色々起きたせいでプリティスの練習はおざなりになっていた。
「複数の敵に効果的なプリティスがあったでしょう? 忘れたの?」
「それは……ええっと……」
確かにリールー師匠は、そんな技を教えてくれた気がする。だが
溜め息を吐くと、アイナはアンデッド達に向き直る。デレデレとした様子のアンデッドを前に、アイナは半身になって、
「おおおおおおおおお!」と沸き立つアンデッド達。アイナは、はだけた胸の前、両手でハートの形を作る。
(あ、あれは確か!)
「四十八のプリティス・第四十七の仕草『
アイナの手からピンクのオーラが弓矢のように拡散する──かのように
十五体のアンデッドが瞬時に行動不能。この状況にエクセラが驚いて口を開く。
「い、今のは一体!?」
「複数の敵を一掃する、防御不能、不可視の
「す、すごいですわ……!」
エクセラが感嘆の声を漏らした。
「ふふ。私の
自信満々にアイナは言う。
「私は朝昼晩、プリティスの練習に励んでいるわ! そして自分のフローを編み出した!
アイナは含み笑いをしつつ、
「スズキ。このフロー、アナタにできて?」
「
「勇者様!?」
「ふふ。やっぱり『キューティ』は私の方が上みたいね」
聞き慣れない言葉に、エクセラが反応する。
「『キューティ』!? 何ですか、それは!?」
「リールー様は人間を含めた各種族が持つ能力に、新たに『可愛さ』という概念を付け加えたの。攻撃力、防御力、魔力、
「攻撃力、防御力、魔力、敏捷性、そしてキューティ……いや、何か一個だけ浮いてません!?」
「ご、語呂なんか関係ないでしょ!」
アイナは叫び、咳払いした後で話を続ける。
「ちなみに私は中級の魔物はもちろん人間の男にも、それなりにプリティスを作用させられるの」
「た、確かにアイナさんの容姿に
「そう。つまり、勇者より私の方が総合的なキューティは高いと推測できる。私のが上だと言ったのはそういう意味よ」
「勇者様以上のプリティスの使い手……!」
エクセラは呟きながら、
ち、
(恥ずかしいじゃん!!)
……
『どうした? これから【
『で、でも、その、あの、』
『まあ……良いのぞ。確かに
『だよね!? 分かってるなら、そんなんやらせないでくれる!?』
リールーとの修行を思い出しつつ、
「リールー様はアナタを大層、気に入っていたけど、たいしたことないのね。それとも私のプリティスが、いつの間にかアナタを超えちゃったのかしら?」
「ゆ、勇者様にはあんなお下品な技、必要ありませんっ!」
エクセラが怒って叫ぶと、アイナは顔を
「お、お下品!? ちょっとアンタ、何言ってんの!? これだから田舎のお姫様は!!」
「誰が田舎の可愛らしいお姫様ですか!!」
「可愛らしいなんて言ってないでしょ!!
「アナタこそフードを被ってた時の方が、しおらしくて良かったですわ!」
両者、睨み合う。
アイナは舌打ちした後で、踵を返す。そして
「はい、はーい。皆、こっちねー」
アイナはまるでバスガイドのように誘導して、先程と同じようにアンデッド達を船の端に一列に並ばせた。そして、
「どっせーい!!」
アイナはアンデッド達を、右から順番にドボンドボンと軽快に落としていく。
「「えええええええええ……!!」」
「や、や、やめ……ろ……」
剣を刺されて、身動きの取れないヂュマが唸っていることに気付く。
(ヂュマ……お前?)
以前はアンデッドや人形を何とも思っていなかったヂュマが『やめろ』と言っている。ヂュマの変化に
「それじゃあ最後の仕上げね」
アイナはそう言ってヂュマの上半身に近付きつつ、腰の剣を抜く。そして野菜を包丁で切るくらい躊躇なく、ヂュマの首を叩き切った。
「うおっ!? アイナ、お前何してんだよ!?」
「よっせーい!」
変な掛け声と共に海に
「せいせい、せーい!」
ヂュマの体全てを海に投げ捨てた後、アイナは満足げに微笑んだ。
「これだけやれば不死身でも復活できないでしょ」
あまりの光景に
「ここまでやることないだろ!! ヂュマは、もう改心してたんだ!!」
「はぁ? 魔物が改心するなんてありえない。『籠絡した後、隙を突いて殺す』──これが正しいプリティスの使い方よ」
「師匠がそんなこと、言ったのかよ!?」
「いいえ。私の考えよ。けど、知ってるでしょ。この世界は残虐なの。やるかやられるかよ」
「だ、だからって……!」
ヂュマが投げ捨てられた海を、
アンデッドもヂュマもいなくなって、がらんとした甲板。突如、ガタンと船が揺れ、
「な、何でしょうか?」
(船が勝手に!?)
チッと舌打ちして、アイナはツカツカと船尾に向かう。
辿り着いた
「誰もいない……なのに、何で?」
不安げに
「ふむ。どうやらこの船は今までヂュマの魔力で動いていたようね。そして私がヂュマを船から追い出した。だから船が舵を失って漂流し始めたのよ」
「なるほど……って、じゃあ、アイナのせいじゃんか!! 何だ、その態度!!」
「そうですよ!! 誰彼構わず、ポイポイ放り出すからです!!」
「う、うっさいわね! 船の操縦くらいできるわよ!」
アイナはそう言って、舵を手に取る。とりあえず帝都に戻るわ、と言いながら
「……腐ってたみたい」
「ど、ど、どうすんだよコレ!? アイナ!!」
「勇者でしょ! 落ち着きなさい、これしきのことで全く!」
(これしきのことって、ホントかよ……!)
「ほ、本当に大丈夫でしょうか?」
エクセラが不安そうに
「ううっぷ!」
「勇者様!」
うずくまる
◇
リールーが計画したタルタニンとの談合の後、ザビエストは魔王軍に征服されているというリーヴェンの村に向かった。
お供の子供三人を従え、ザビエストは懐から取り出した酒を飲む。あの時、六人いた子供達は現在半分に減っているが、さして興味はない。
河川が流れる肥沃な大地を
ザビエストは酒瓶を仕舞い、作り笑顔を見せた。魔物がドスの利いた声を出す。
「おい、お前。主の魔物はどうした?」
「主なんていませんよ。でも……そうですねえ。言うならば、神でしょうか」
ザビエストは
「コイツ。野良の人間か?」
「珍しいな、今時」
堂々とした態度に魔物達は気を削がれたように、ただザビエストの後を追う。
やがて村の広場らしき開けた場所に辿り着く。ザビエストは、汚れた衣服をまとった奴隷の村人達が遠巻きにこの様子を眺めているのを確認した。
(此処で、やるか)
牛頭の魔物達が、歩みを止めたザビエストを横目に吞気に話し合っている。
「誰かこの奴隷、欲しい奴いる?」
「間に合ってるよ。つーか、オッサンの奴隷なんかいらねえ。ガキだけ貰っとこうぜ」
ザビエストを無視して、牛頭の魔物が連れている子供に向かった。
「安心しろ。殺しゃあしねえよ。お前らは奴隷扱いだ」
だが子供達はニコニコと微笑んでいる。刹那、一人の少年の背後から花弁が舞った。風に舞う牡丹は瞬く間に人型を形作り、子供の数倍の背を持つ異様がゆらりと立ち上がった。
「……あ?」
魔物達が呆然とする。彫像のような美しい女性の顔。頭上に光輪。背には白き翼。伝承にある天使の姿に酷似したソレは、少年の背後からフワリと飛び立つと牛頭の魔物の頭上を舞った。後光のような聖なる輝きが、天使から魔物へと降り注ぐ。
「が……あぐが……っ!」
魔物の全身から煙が溢れ出す。やがて、燃えると言うより蒸発でもするように──魔物はその姿を完全にこの世から消した。仕留めた後、天使はもう一体の魔物の頭上に飛来する。
「……福音『
ザビエストが呟き、天使が優しげに笑う声が町に響く。
『ほほほ。ほほほほほほほほ』
数体の天使が、魔物の支配下にあるリーヴェンの村の中空を舞っていた。逃げる魔物を発見するや頭上に飛来。聖なる光によって即座に消滅させる。
消えていく魔物の群れ。遠巻きに見ていた村人達がぞろぞろと集まりだした。
「て、天使様……!」
「救世主! 救世主だ!」
リーヴェンに駐屯していた魔王軍を全て殺害した後、村人達に周りを囲まれて、ザビエストは恭しく頭を下げる。
「私は神託を受けた救世主。天力の御使いザビエストと申します」
「おおおっ!」と歓声が上がる。男も女も涙ながらにザビエストを
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
「ああ、ザビエスト様! どうか世界をお救いください!」
「ええ、ええ。任してください」
「神は我々を見捨てなかったのじゃ!」
(カカカ。神、ねえ)
ザビエストは苦笑いしつつ、天力を授かった時のことを思い返していた。
強盗団から足を洗ったザビエストが、辺地の町の教会で神父になって一年。霊を清めるなどと称し、老人を騙して得た金で酒をあおっていた時──ザビエストは神の啓示を受けた。
『この乱世にあって、神に仕える純粋なる心を持つ者よ……』
荘厳な女性の声を、ザビエストは
(あー? 俺が純粋? んな訳ねーだろ)
『もしアナタが強大な力を得たら何の為に使いますか?』
もう一口、酒を飲んだ後、赤ら顔でザビエストは言う。
「もちろん、魔物だらけの世界を救いますよー。わたしゃ、神職ですからねー」
『素晴らしき心がけ。やはり救世主の器に相応しい。それではアナタに世界を救う力の一端を与えましょう。天元のオーラを受け取りなさい』
「あい、あーい。ありがたき幸せー」
『魔物以外の生物から、生命力を少しだけ分けて貰い、攻撃、或いは防御に転じる慈愛の力──これが【天力】です』
「了解っすー」
女性の声がその後も説明を続ける。ザビエストは内心「うっせーな」と思いながら、話半分で聞いていた。
……酔ったせいで妙な夢を見たと、重い頭に手を当てながら──ザビエストは自らの腕を見て驚く。入れ墨のような花の模様が両腕に現れていた。
まさか、と思いつつ、ザビエストは教会を出る。月夜に照らされた路地を野良猫が歩いていた。
ザビエストは猫に手を向けた。ザビエストの腕から出た花のオーラは天使に変化した後、猫に向かう。やがて猫は歩くのにくたびれたように、その場に寝そべってしまった。代わって、ザビエストの体に力が
(生命力を分けて貰う、か)
女の話は面倒くさくて、最後の方は適当に聞き流していたのだが、どうやら説明通りだったようだ。自分は本当に、何者かから強大な力を授かったらしい。
(慈愛の力『天力』ねえ)
ふと思い立って、ザビエストは疲れたように
「……今度は全部吸い取っちまえ」
天使が不気味に微笑む。猫がけたたましい鳴き声を上げた。
「おおおっ!」
全身に漲る凄まじい力にザビエストは歓喜する。先程とは比べものにならない。
「おいおい。猫一匹の命でこれなら、人間一人ならどーなんだよ……」
絶命した猫を見下ろしながら、ザビエストは口角を歪めて「カカカ」と笑った。
涙を流すリーヴェンの村長の手を、ザビエストは笑顔のまま、しっかと握る。
「世界を救って欲しいんですよね? それでは、世界の為に犠牲になってください」
「……え?」
呆気に取られた顔の村長。ザビエストの背後から、ぬっと現れた天使が村長に覆い被さった。天使の抱擁に安堵の笑みを見せた村長だったが、次の瞬間、天使はガパァッとその口を耳まで裂いた。
『ほほほほほほ』
呼応するように村長の口から出たエクトプラズム状の気体が、天使の口腔に吸い込まれていく。途端、糸が切れたように崩れ落ちる村長。そのままピクリとも動かない。
ザビエストは懐から酒瓶を取り出す。天使はザビエストの元に戻ると、口から唾液のような光る液体を一滴垂らした。ザビエストの顔が曇る。
「やっぱダメだな。ジジィは生命力がねえ」
「ざ、ザビエスト様!? 一体、何を!?」
「何をって? 飯を食うには金がいる。悪魔を倒すにゃ命がいる。世の中は交換で成り立ってんだ」
怯える村人を前に、ザビエストはにたりと両の口角を上げる。
「この村の命、全部寄越せ」
「ひ、ひいぃぃぃぃっ!?」
逃げ惑う村人達。ザビエストは笑顔のままで呟く。
「福音『
ザビエストの背後、牡丹が一斉に咲き乱れる。そこから数十体の天使が生まれて上空を舞った。そして村人を見つけては飛来し、命を吸い取る。
『ほほほほほほほほ』
天使が微笑みながら、
(天使が人間を襲う──カカカ。なかなか滑稽だよなあ)
人々の叫び声と天使の笑い声、それに酒気が混ざり合い、ザビエストは良い気分になって村を千鳥足で歩いた。
しかしザビエストの足は、村中央にあった汚れた石像の前で止まる。剣と盾を持った英雄の石像を見て……。
(クソが……!)
ザビエストは打って変わって不機嫌になった。
竜王を倒して世界を救った英雄ハルトラインの伝説。その神剣エクスカリバラスは海をも真っ二つに切り裂いたと言う。誰でも知っている絵本の英雄だ。そして、幾つかの町や村では、英雄ハルトラインを神格化して守り神として
(ふざけんじゃねえ。そんな野郎がいるなら、どうしてお袋は魔物に犯されて殺された? どうして人魔大戦で人間は魔王軍に敗北した? どうして俺は堕ちるところまで堕ちた?)
ザビエストは怒りに任せて石像を蹴り倒す。魔王軍の侵攻で傷んでいたせいもあって、石像は簡単に崩れ落ちた。ハルトラインの首が地面を転がる。ザビエストは石像の頭部を足で踏み付けた。
(この世界を支配するのは暴力だ。力の強ぇえ奴が一番なんだ)
そして今、自分は『天力』を得た。昔話や
(俺が、なってやる! 救世主──いや、混じりけのない本当の英雄にな!)
ふと、背後から悲痛な女性の声がした。振り向くと、天使に
「お願いします! この子は! この子だけは!」
「オーケー、オーケー」
ザビエストは子供を見定める。五、六歳くらいだろうか。自分で歩くことはできそうだ。
(少なくなってきたしな。道中の護身用に使おう)
リーヴェンの村に来るまでの間に襲ってきた魔物を、ザビエストはお付きの子供の命を代償に得た天力により退けてきた。
生物の中では人間が一番、生命力が強い。特に年端もいかない子供や処女からは、最高の力を引き出せた。無論、魔物でも試したが、流石に魔物を殺した力を代償に魔物を殺す──そんな都合の良い話はなかった。魔物を殺すには、人間や動物の持つ生命力を、聖なる力に変換する他はない。
(代償。この世はいつも代償が必要だ)
いつしかザビエストの周りに、放った天使数十体が集まっていた。村中の命を吸い取ったようだ。
ザビエストが今し方飲み干した酒瓶を向けると、天使達は順番にそこに光の液体を注いだ。
酒瓶が重たくなるのを感じて、ザビエストは笑う。
「リーヴェンの酒の完成、っと」
懐に仕舞う。その隣にはコブの町から吸収した酒瓶がある。
「んー。そろそろ頃合いかな」
ザビエストは呟いて、二本の酒瓶を愉快そうにチンと鳴らせた。
◇
(座礁──いや難破って言うんだっけ、コレ)
そんなことを考えながら、
「一時はどうなることかと」
「全くだよ」
ヂュマの船は一晩かけて、何処かの海岸に流れ着いた。船酔いと不安で仮眠する暇もなく、疲れ切った
「ずいぶんと西に流されたみたいね」
(
吞気なアイナに、
(そもそもヂュマを追い出さなきゃ、船で帝都に帰れてたのに!)
苛立つが、勝ち気なアイナにそんなことを言えばケンカになることは間違いない。体も疲れているし、言い争いはしたくない。
アイナの後を追うように砂浜を歩き、海岸を抜けて、あぜ道を行く。馬車の
しばらくすると、大きな川沿いに田園風景が広がっているのが見えてくる。
(田んぼだ!)
稲作でもしているのだろうか。日本を思い出して、
「どうやら此処はリーヴェンの村ね。穀物の栽培が盛んで、餅が名産品だと聞いてるわ」
「へぇ! 餅かあ!」
ますます日本っぽい。久し振りに食べてみたいなあ、などと考えていると、エクセラが血相を変えて立ち尽くしている。
「ん? どうしたの、エクセラ?」
「あ、あれは……!」
エクセラの震える指の先を見て、
「こ、これって!?」
遠目にも、眠っているのでないことは明白だ。警戒している
「……死んでるわ」
「ひ、酷いです……!」
エクセラがそう言って言葉を詰まらせる。
「一体この村に何があったんだ?」
「もっとよく調べてみるわ」
アイナはそう言って、小走りで広場の方に駆けていった。
「怪我などしている様子はありませんね。皆さんまるで眠っているみたい……」
「あ、ああ……」
確かに眠っているように見える。だが、仰向けに倒れている者の顔は一様に、怪物でも見たかのような恐怖を刻んでいた。
ギギッ、と扉が開かれ、
「お、驚かすなよ!」
「皆、死んでから二日程、経過しているわ。外傷はない。生気を抜き取られたみたい」
突然、アイナが
「ねえアナタ、どう分析する?」
「えっ! 分析?」
いきなりそんなこと言われても、と
「『全員、餅で喉を詰まらせた』──なんて考えてるんじゃないでしょうね?」
「そんなこと思ってねえよ!! 何で村の名産品で、村の人全員が死ぬんだよ!!」
アイナは、しかめ面でそっぽを向く。何だよ、もう! どうしてそんなケンカ腰なんだよ!
アイナが正体を現してからというもの、
「『生気を抜き取る』──ドレイン系の魔物でしょうか?」
「そうね。私もそう思うわ。帝国領に向かっている時にも、同じようにして滅んだ町を見たし」
「それがコブの町、ですか?」
「ええ。おそらくコブの町とリーヴェンの村を襲ったのは、同じドレイン系の魔物。生命力を吸い取って養分にしてるのよ」
「そんな魔物がいるのかよ……!」
そう考えると、アイナが不死船団を疑ったのは仕方がない気がした。
「とにかく日が暮れる前に、この村を出ましょう」
「そ、そうですね。不気味ですし……」
「当てはあるのか?」
「此処がリーヴェンの村なら、ザビエスト様の拠点が近いと聞いているわ」
「ザビエスト?」
「救世主の一人。天力の担い手よ」
女神が
「ど、どんな奴なんだよ?」
「高度な治癒魔法を使う神父よ」
「神父……か」
それを聞いて少し安堵する。エクセラも緊張していた顔を緩めた。
「ヒーラーで神職ですか! 優しそうな人ですね!」
「一回、見ただけだけど、物腰穏やかな感じだったわ。タルタニンなんかより全然まともよ。コブの町の身寄りのない子供をお供に連れていたしね」
(子供好きに悪人はいないよな)
とにもかくにも、こんな危なげな所で野宿はしたくない。