第三章 悪魔研修
突然の惨劇に緊張でピンと張り詰めた教室。エクセラの胃はキリキリと痛む。それでも参謀のセルフィアノと
「ほう。なかなか厳しい指導ですな」
「レオス先生は獣王鬼団出身です。先日、どうしても教師になりたいという熱い思いをぶつけられまして」
「なるほど。武闘派の獣王鬼団ですか。納得です」
(わ、私はまったく納得できませんけれど!)
雑談してただけで殺されるとか、もはや教育とか研修とかそういう問題じゃないです! だって殺されたら、反省も改心も成長もできないじゃないですか!
無茶苦茶すぎる。やはり人間と魔族は考え方が根本的に違うのだろう。そんなことを考えていて、ふと気付けばレオスがエクセラの方を眺めていた。
(ひっ!?)
慌てるエクセラだが、レオスの目は自分とアイナではなく、セルフィアノとネフィラに向けられているようだ。セルフィアノがレオスに微笑む。
「レオス先生。ネフィラと、この奴隷達が授業を見学させて欲しいとのことです。よろしいです?」
「ええ。問題はありません」
野太い声で返事する。レオスも流石に、魔王軍参謀であるセルフィアノには礼儀正しいようだ。
「では、よろしくお願いします。私は雑務があるのでこれで失礼しますね」
セルフィアノは「スズキによろしく伝えておいてくださいねー」と、ネフィラに手を振ると、教室から退出した。
エクセラが視線を戻すと、教壇でレオスが黒い名簿に目を通している。
「生徒数は総勢二十名か。いや──一人殺したから十九名だな。よし。それじゃあ出席を取る」
(な、何が『よし』なのか分かりませんが……これから出席を取るようですね!)
勇者がまだ来ていないことがエクセラはとても気がかりだったが、レオスは早速、一人目の名前を読み上げた。
「アシュタル。アシュタルはいるか?」
「へ、へぃ……」
先程の事件を見て、下級兵士達は怖じ気づいているようだった。レオスはボソッと返事をしたアシュタルと名乗る耳の
(ま、ま、まさか……!)
エクセラの不安は的中する。レオスの鋼鉄の拳が着席しているアシュタルの頭頂に振り下ろされた。グシャッと音を立てて、アシュタルの
「返事は起立してからだ! 死ね!」
(ま、また一人、殺されました!!)
「よし。出席を続ける。二人目……」
その後、何事もなかったかのようにレオスは名前を読み上げる。しかし、
「声が小さい! 死ね!」
「姿勢が悪い! 死ね!」
「床に鉛筆を落とすな! 死ね!」
「後ろの席のお前! ついでだ! 死ね!」
出席が終わる頃には、十名の生徒の惨殺死体が教室に転がっていた。
(げええええっ!? 授業開始前に、生徒数が半分に!? 何てホームルームですか!!)
恐ろしすぎる出欠確認にエクセラは呼吸を荒くする。一方、レオスは名簿を見て、顔をしかめた。
「スズキ……んん? スズキはいないのか?」
エクセラの隣、ネフィラが片手を上げた。
「スズキは今、腹痛の為、厠に行っておるのです」
「チッ」とレオスは憎々しげに舌打ちをした。だがハッと気付いたように、ネフィラに頭を下げた後、点呼を続けた。
(うう……遅刻などして大丈夫でしょうか、勇者様……!)
全ての点呼を終えた後、レオスは生徒達を睥睨する。
「それでは今から授業を始める。貴様ら! 俺の質問に答えろ!」
(つ、遂に! 一体どんな授業なのでしょう?)
教室に戦時中のような緊張が走る。水を打ったように静まり返った教室に、レオスの低音ボイスが響き渡る。
「道で人間の子供が転んで泣いている──さぁ、どうする? 一番、笑う 二番、食べる 三番、助ける……」
次にレオスは、前の席に座るカマキリのような魔物を指さした。
「お前だ。番号で答えろ」
「お、俺は笑うぜ! 『一番』だ!」
「そうか。なら、隣のお前はどうだ?」
「に、『二番』です! 俺なら即座に食ってやりますよ!」
カマキリの隣に腰掛けたゴブリンはそう言い放った。レオスは黙って二人の方に歩み寄っていく。
(どちらも残虐な答えです! で、でも一体、正解はどちら──って、えええええっ!?)
レオスが
「正解は『笑いながら食べる』、もしくは『食べながら笑う』だ! 死ね!」
(いやそんなの選択肢になかったじゃないですか! しかも『番号で』って言ったのに、番号じゃないし! 誰が分かるんですか、そんな問題!)
正答率0・001%かつ、致死率200%の問題にエクセラは心の中で絶叫する。
(こ、これほどまでに無茶苦茶で命がけの研修だとは思いませんでした! あ……あああっ!?)
その時。ガラリと引き戸が音を立てて開かれた。
「すいません、遅刻しました。お腹の調子が悪くて……」
現れた勇者は少しゲッソリして、腹に手を当てていた。エクセラは拳をギュッと握りしめる。
(遂に勇者様が来てしまいました!! しかも……遅刻っ!!)
地獄の悪魔研修に遅れて入ってきた勇者の身の上を思うと、エクセラは絶望しか感じなかった。
◆
「腹の調子が悪かった、だと……?」
レオスは低い声で呟きながら、スズキを頭から爪先までじっくり
そんなスズキを見詰めていると、知らずレオスの口元は緩みかけた。レオスは他の誰にも勘づかれないように、自らの脇腹を指でつねる。
(ぐっ! やはりコイツは可愛い! しかも
「……フン。まぁ良い。座れ」
スズキの可愛さから目を逸らし、平静を装いつつ、レオスはスズキにそう告げた。
スズキは、あちこちに魔物の死体が散乱する教室を「えっえっ? ちょっと何コレ!」と驚きながらも、レオスに指示された自分の席に向かう。そして、おずおずと椅子に腰掛けた。
スズキの登場で、やにわに魔物達がざわめき出す。
「お、おい。アイツ、遅刻したのにお咎め無しかよ? 俺ら、ちょっとしたことで殺されてるのに!」
「いくら可愛いからって
二体の魔物の背後にレオスが立っていた。二人の頭部をレオスの獣の手が包む。そしてグシャッと果実を潰すように粉砕した。
「『私語は死刑』──何度も言わせるな! 死ね!」
「何ソレ!? 怖い!!」
スズキが叫んだ。そんな怯えるスズキを横目に見つつ、レオスは内心ほくそ笑んでいた。
(ククク。遂に此処まで事を進めたぜ。計画は順調だ)
魔王軍決起会で見て以来、レオスはスズキの拉致を画策していた。あの空前絶後に可愛らしい人間を手中に収めれば、団長ライガスが戦死して解体寸前の獣王鬼団を再生することができる。いや、それ以上に大きな権力を手に入れることすら不可能ではあるまい。
獣王鬼団副団長レオスは数日前を思い出す。血は
「兄者。それでどうやってスズキを拉致するんだ?」
「近く帝都で下級兵士の為の悪魔研修が開かれる。参謀のセルフィアノは、そこの教師を募集しているんだ。俺はそれになる」
「え!! 兄者が教師とか大丈夫かよ!? それに他にも魔物が立候補してくるんじゃねえか!?」
「関係ねえ。そんな奴ら全員、殺しちまえばいい。そうすりゃあ候補者は俺しかいなくなるだろ」
「な、なるほど!! 流石は兄者、頭が良い!! 実際、教師に向いてるかも知れねえ!!」
「フッ。とにかくだ。教師になってスズキの前で授業をする。そしてとても答えられない難問で、スズキを落第させる。その後、補習と称して、スズキと二人きりになる。そうすりゃお前、誰にも気取られず、安全にスズキを拉致できるって寸法よ」
「か、完璧だ!! 兄者、マジで頭が良いぜ!!」
……このような計画を胸に、レオスはまず参謀であるセルフィアノの元に向かったのだが、
「それではマスターオーク。アナタを悪魔研修の教師に任命します」
「頑張るブー!」
豚の怪物がブヒブヒと嬉しそうに巨体を揺らしている。既に教師の選別は終わっていた。
(チッ。こりゃあマズいぜ)
レオスは慌ててセルフィアノに嘆願した。
「待ってくれ、セルフィアノ殿。俺も教師になりたいんだ」
「あらら。それは困りましたね。もう決まってしまったのですよ」
「俺はどうしても下級兵士共を教育したいのです!! 魔王軍の未来の為に!!」
熱く訴えるが、マスターオークが鼻息荒く、レオスに突っかかってきた。
「何だ、お前!
レオスはギロリとマスターオークを睨むと、鋼鉄の爪を持つ右腕を大きく引いた。
「うるせえ、豚野郎! 死ね!」
「ブブ
ッ!?」
マスターオークの首が宙を舞う。レオスの爪撃は丸太のように太いマスターオークの首すら瞬時に刈り取った。転がった頭部を長い爪のある足で踏みつけて、レオスはにやりと笑う。
「ククク。教師への情熱が溢れすぎてしまいましたな」
「す、既に決まっていると言っているのに……候補者を惨殺……!?」
小刻みに震えながら呟いたセルフィアノは、次の瞬間、花の咲いたような笑顔を見せた。
「素晴らしいっ! 何て強烈な教育への熱意! 私が求めていたのは、アナタのようなやる気のある教師です! レオス先生! 亡くなった──ってかアナタがブッ殺したマスターオークに代わって、悪魔研修で
「はっ! バカな下級兵共を立派な魔王軍の兵士に教育してみせます! そう、時には殺してでも! クククク! ハハハハハ!」
……数日前、そんな経緯でセルフィアノに認められたことを思い出した後、レオスはスズキから数メートル離れた後ろで、腕組みしながら見学している
(ネフィラに勘づかれないように、事は慎重に運ばなきゃあな)
レオスは鋭い獣の目を更に尖らせた。
◇
遅刻した勇者が教室に入ってきた時、エクセラは気が気ではなかった。『遅刻!? 死刑だ!!』みたいなことになりそうで、ハラハラしていたのだ。
しかし、そこは神より授かったと言われる、勇者の魔物から愛される能力。レオスは特に勇者を罰せず、ただ席に座らせただけだった。
(ああ、よかった……!)
それでも、レオスに殺された惨殺死体が転がる血生臭い教室で、エクセラの不安が消えることはない。エクセラは緊張しつつ、隣のネフィラに尋ねる。
「ネフィラ様!! 勇者様は大丈夫でしょうか!?」
「う、うむ。スズキに対しても、あの厳しい指導が行われるかと思うと、流石に心配になってきたな……」
普段冷静なネフィラも勇者のこととなると顔色を変える。エクセラにはネフィラの焦燥が伝わってきた。ネフィラが真剣な目をエクセラに向ける。
「エクセラ! 万一のことがあれば止めに入るぞ! 準備をしておけ!」
「は、はい!」
エクセラは返事した後、ごくりと唾を飲み込んだ。
(そうです! いざという時は、私達が勇者様を守らなければ!)
いつの間にか命がけとなった地獄の研修。レオスが勇者をギロリと睨んだ。
「それではスズキ。お前がいなかった時に出した問題に答えて貰おう」
(なっ!? それはもしや、あの無理難題では!?)
「道で人間の子供が転んで泣いている──さぁ、どうする? 一番、笑う 二番、食べる 三番、助ける……番号で答えろ!」
(やはり、あの問題でした! 正解は、番号と言いながら番号ではなく『笑いながら食べる。もしくは食べながら笑う』です! で、でも、人間である勇者様はもちろん……!)
エクセラの予想通り、勇者は即座に問題に答えようとしていた。
「そんなの簡単だろ。答えは、三番の……」
(いけません、勇者様ぁっ!!)
「ゴホーン!! ゴホゴホッ!!」
エクセラは精一杯の声量で咳をした。教室中の視線がエクセラに集まる。もちろん勇者も自分を振り返っていた。
エクセラは咳を続けつつ、ある程度、他の生徒達の視線が自分から逸れるタイミングを見計らう。そして、レオスもエクセラから目を離した時。
(今ですわ! 勇者様! どうか、この合図を受け取ってください!)
エクセラの咳を心配そうに眺めている勇者と視線を合わせた後。エクセラは『微笑みながら片手を動かし、ものを食べる仕草』をして見せた。
隣にいるネフィラがエクセラの意図に気付き、耳元で囁く。
「おお! いいぞ、エクセラ! やはり貴様、なかなか見所のある奴隷だな!」
「ありがとうございます! でも後はこれが勇者様に伝わるかどうか……!」
エクセラはちらりと前方を窺う。すると、勇者は片方の口角を上げつつ、親指を立てていた。
「ようし、大丈夫だ! エクセラ! お前の合図はしっかりとスズキに伝わっているぞ!」
「ああ、よかった!」
勇者は座ったまま、レオスに向き直る。そしてレオスの目を見詰めつつ、自信満々に言った。
「答えは三番の『助ける』です!」
「「バカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」」
エクセラはネフィラと揃って絶叫した。全然分かってないじゃない、この人! じゃあ、どうしてさっき親指立てたのよ! 紛らわしい!
普段は元第三王女としてお
「と、とにかくこれはマズい状況だぞ!」
ネフィラの言葉でエクセラは冷静になる。レオスが明らかに不満を顔に浮かべていた。
「貴様……! 三番だと? それは……」
(ああっ!『不正解』と言おうとしています!)
「ネフィラ様!? 勇者様を助けに向かいましょう!!」
「い、いや待て、エクセラ! スズキが何かやろうとしている!」
(えっ?)
再度、前方を見る。勇者は、ゆっくりと自分の右手を自らの頭の方に持って行く。
そして、コツン。自分で頭部を軽く叩くと同時に舌をペロッと出した。
「四十八のプリティス・第三十九の仕草『
エクセラの隣。ネフィラが突っ立ったまま、ガタガタと震えていた。
「な、な、何という可愛さだッ!! 間違ってるけど、許してあげたくなるッ!!」
「そ、そうですか? 私はただただ小憎たらしいですけれど……!」
(でもレオス先生は……!?)
エクセラは呼吸を荒くしてレオスに視線を移す。
レオスは鋭い牙をギリギリと食い縛っていたが、やがて勇者から目を逸らして、
「……正解」
ぼそりと、そう告げた。
(せ、正解になりましたあああああああ!? さっきと答えが明らかに違うのに!!)
驚きと嬉しさが絡み合い、エクセラはネフィラと手を取り合って喜んだ。
「やはり勇者様のお力は凄いですね!!」
「ああ!! だって可愛いからな!! スズキは!!」
ハッと気付いたように、ネフィラがエクセラの手を払いのける。それでも、エクセラは安堵の笑みを浮かべるのだった。
◆
スズキの席から離れた場所で、ネフィラと人間の奴隷が手を取り合って喜んでいる。レオスは歯ぎしりしながら、先程の自分の行動を思い出していた。
(クソが! 正解にしちまった!)
テヘッと笑い、ペロッと舌を出したスズキがあまりに可愛すぎて、ついウッカリ正解と口走ってしまった。そのことをレオスは激しく悔いていた。
『スズキ。問題を間違えたな。お前は補習だ』
という風に話を持って行けば、死刑を免れたことに安心してネフィラも何も言うまい。授業後、ごく自然にスズキと二人きりになり、その上で拉致できる。
綿密に練った計画──なのに、スズキの可愛さにやられてしまったのだ。
(バカが! 気をしっかり保て! スズキは目的の為に利用するんだろうが!)
『売人は草や薬は絶対にするな。あくまで道具として扱え』──レオスは腹心である虎の獣人ガーベルに常にそう言ってきた。
なのに、そんな俺がスズキに取り込まれてどうする! 草や薬と同じで、スズキは道具! 俺達が成り上がる為の単なる道具だ!
(次の問題で確実に落第させてやる!)
レオスは意志のこもった獰猛な目でスズキを睨んだ。
「スズキ! 続けてお前に問題を出す! 答えろ!」
「は、はい!」
「第二問! 『人間と魔物は共存できるか? 一番、できる 二番、できない 三番、できる訳ない』……番号で答えろ!」
(スズキは絶対『一番、できる』を選ぶ! その瞬間に不正解と言い放ち、落第にする!)
簡単な作業だ。今度は何が何でも惑わされるものかと気合いを入れて、レオスはスズキを見る──だが、スズキは席にいなかった。
(ば、バカな!? あの野郎、何処に行きやがった!? アッ────)
何とレオスの目の前に、スズキが佇んでいた。
(つおっ!? 近い!! スズキが近いッ!!)
「お、おい、貴様!! 勝手に席を立つんじゃ、」
「答えは……一番『できる』です!」
(ふ……ふははははっ!! やはり!! 思った通りだ!! 言いやがったな!!)
「バカめ!! その答えは『不正か、」
不正解と言いかけた瞬間、レオスは手に温もりを感じる。
(……あん?)
気付けば、スズキが両手で自分の手を握りしめていた。
(ひっ!? こ、こ、コイツ一体、何のつもりだ!!)
「できる……」
「ああ!? 何だって!?」
スズキは目を潤ませながら叫んだ。
「絶対!! 絶対に共存できる筈なんだ!! 人間も魔物も心を開けば、分かり合える筈なんだ!!」
(熱すぎるだろ、お前!! そして、俺の手を握るんじゃねえ!!)
レオスは、
「お、俺に触るニャ!!」
(いや『触るニャ』って何だ!! 焦って変な事、口走っちまった!!)
レオスは取り繕うように咳払いした後、
「と、とにかくお前の答えは……」
そして改めてスズキを見て──レオスは愕然とする。
動揺するレオスの目前には、自分と同じ獅子の獣人の外見をしたスズキが立っていた。しかも……。
(ま、まるで……二、三歳の獣人のガキじゃねえか……!)
レオスの瞳に、スズキは幼い獅子の獣人の姿として映っていた。しかも幼児。人間でも獣人でも一番可愛い頃合いである。
冷酷非情なレオスとて、同種族に対する愛情はある。そもそも落ちぶれた獣王鬼団を復活させようという志も、そういった感情の発露からであった。
(ああ……可愛いニャァ……! ハッ!? いかん!!)
幼い獣人のように愛らしいスズキが、レオスに向かって叫んでいる。
「先生!! 正解は!?」
(誰が先生だ! そんなのは全部、お前を
「先生!! レオス先生!!」
先生と連呼されて、レオスの心臓がトゥクンと優しく鼓動した。な、何だ、この気持ちは……!
「レオス先生ッ!! 正解を教えてください!!」
「あ、ああ。そうだな……」
レオスの心臓がドキドキと鼓動を早める。
『先生』……なんて良い響きなんだ……! もっと俺を先生と呼んでくれ! ああ……もっと、ずっと……スズキと一緒に授業がしたい!
「魔物と人間は共存できますよね!? レオス先生!!」
共存──できるような気がしてきたな。うん。頑張ればできるんじゃない? ハハハ。できる、できるさ……い、いや、俺は何を考えている!? それは不正解だ!! 言え!! 不正解だと!! 言うんだ!! 言うんだああああああああああああああ!!
「ふ、ふ、ふ、」
ヘドロのようにベットリと喉に絡み付いた言葉を、レオスは気合いで無理矢理、押し出そうとした。その結果、
「フニャ
ン!!」
『不正解』と叫ぶつもりだったレオスの口から出たのは、
「れ、レオス先生!? 今のは一体どういう意味ですか!?」
(何言ってんだ、俺はアアアアアアアアアアアアアアアア!!)
生まれて初めて出したわ、あんな声! お、落ち着け! 俺は獣王鬼団副団長レオス! 生きるか死ぬかの修羅場を無数に潜ってきた! それに比べりゃ、こんなもの!
もはやスズキを落第させるとか、拉致するとかそういう問題ではなくなっていた。レオスの心は今にも張り裂けそうだった。
(ダメだ! これ以上、スズキを直視してたら気が変になっちまう!)
それでもスズキは答えを求めている。なのに『不正解』──その一言がどうしても喉から出ない。畜生! 一体、どうすればいい? 分からん! もう何もかも……分からニャイ!
レオスは残った理性を総動員して、拳を握りしめた。レオスの掌から血が滴る。
「こ、答えは……つ、次の授業までの……宿題だ……!」
「えっ! しゅ、宿題?」
「バカ野郎! いつもいつも先生から簡単に答えが聞けると思うな! 次回までに必死で自分で考えておけ! これが本当の勉強だ!」
「は、はい! 分かりました、レオス先生!」
「本日の悪魔研修はこれにて終了ッ!!」
叫ぶと、レオスは逃げるように教室を飛び出した。
「何やってんだよ、兄者! スズキを連れてくるんじゃなかったのかよ!」
研修所の教室から離れた所にある草むらで、虎の獣人ガーベルはレオスに声を荒らげた。
しかしレオスは、いつもとは違う透き通った目で、弟分のガーベルを見る。
「俺は今日、教育の素晴らしさに気付いたのだ……」
「あ、兄者?」
研修中、スズキに『レオス先生』と呼ばれたことを思い出し、レオスは「ハニャン」と身をよじった。そのまま、フラフラと歩き出す。
「いや待ってくれよ!! スズキを利用して獣王鬼団を再生するんじゃなかったのかよ!?」
「しない。俺はこの身を天職である教師に
「マジで教師になるの!? ……って、何処にいくんだよ、兄者!?」
「明日の授業に使う問題集を作る。あと、俺のことは兄者ではなく『先生』と呼びたまえ」
「呼びたまえ、って……ええええええ……!」
あんぐりと口を開けたままのガーベルを残して、レオスは歩き出した。
草むらを出て、帝都を一人歩く。そして、誰もいない路地でレオスは頰を染め、激しく鼓動する自らの胸に手を当てていた。
(ハァハァハァ……!! 『先生』……たまらニャイ……!!)
◆
スズキがレオスによる悪魔研修に出席している頃、セルフィアノは忙しげに羽ペンを羊皮紙に走らせていた。机にはうずたかく書類の山が積まれている。魔王軍随一の知能の元には、様々な雑事や事務作業が雪崩のように降りかかるのである。
(全く。こんな日まで仕事があるのですから、イヤになってしまいますね)
何気ない顔で教室を出てきたが、実際のところ、セルフィアノだってスズキの授業を見ていたかった。それでも溜まりに溜まった仕事を放り出すことはできなかったのだ。
(うー。私もスズキの授業風景、見たかったですー)
小さな溜め息を吐いた後──セルフィアノはにやりと顔を
(そろそろ研修が終わった頃でしょうか)
セルフィアノはドレスの胸の谷間から、ネフィラや魔王軍の幹部に渡しているのとは違う小型の水晶玉を取り出す。机の上にことりと置くと、セルフィアノは魔力を注いだ。
やがて、水晶玉に戸惑った感じのスズキの顔が映し出される。セルフィアノの胸はときめいた。
「やほー! 私の顔、ちゃんと映ってますー?」
「あ、うん。映ってる……ってかコレ凄いな。テレビ電話みたい……」
セルフィアノは前もって、こっそりスズキに水晶玉を渡していたのだった。スズキの愛らしい顔を眺めながら、セルフィアノはドキドキしながら尋ねる。
「ちょっと大事な話があるのですが……今、一人ですー?」
「あ、うん。トイレに行った帰りだから。大事な話って?」
「スズキはどんな魔物がタイプなんですー?」
「い、いや魔物にタイプとか特にないけど……」
「じゃあじゃあー。ウフフ! 私なんてどうですー?」
「ええっ!?」
(照れちゃってー! あーん! 可愛いですー!)
その後もセルフィアノは授業を見られなかった憂さ晴らしでもするように、スズキと雑談を続けた。そして……。
「オッゲェー」
いつものようにセルフィアノは吐血した。
「ヒイッ!? どうしたの、急に!?」
「ああ、平気です。長時間の水晶玉通信は発信者の体力を蝕んでいくのです。ゴビュ!」
「そんな危ない通信なんだ、コレ!? なら、もう切った方がいいんじゃない!?」
「なりません。これは魔王軍の為なのでビュ!」
セルフィアノは吐血など気にならないくらい興奮していた。ネフィラがいるというのに、スズキとこっそり水晶玉通話! 何という背徳! 何という快感でしょう!
流れ落ちる血液も気にならない。しかし、スズキはかなり気にしているようで、顔を
「いやもう、血塗れで怖いんだけど!!」
「全然まだまだ続けられまビュ!」
「語尾もおかしくなって、目から血まで出てるのに!? ……あ、あれ? ちょっと待って……」
「スズキ? どうしたのです?」
「えっと……アンデッドが呼んでる……。え……ヂュマから──だって?」
一瞬、水晶玉通信を切る為のスズキの策かと思ったが、確かにスズキの背後から、アンデッドの唸り声が聞こえた。
(ヂュマが一体、スズキに何の用でしょう? 悪魔研修中は、帝都の港で停泊を命じておいた筈ですが……)
「ごめん! じゃあ、また!」
「あっ。スズキ。お待ちくださ……」
水晶玉が暗くなる。どうやらスズキが水晶玉を服のポケットに戻したようだ。
「あーあ。切られちゃいました。もっと話したかったです……なーんてね!」
セルフィアノは一人、口元を歪める。フッフフ! 魔王軍参謀を見くびって貰っては困りますよ! この流血状態から、スズキは流石にもう通信を切っていると考えるでしょう! しかし、実はまだ通信は切れていません! 画像は真っ暗で何も見えませんが、音だけは聞こえるのですよ!
「これぞ『盗聴の計』! フフフ……ゴビュボボボボボ!」
吐血しながらセルフィアノは笑う。こ、これでスズキのトイレの音なんかも聞けちゃいまーす! ゴビュボ! いやだ、私ったら興奮して、体中の血が無くなっちゃいそうでーす!
セルフィアノは、愛らしいスズキの声を聞こうと水晶玉に耳を近付けた。すると、
「おおおおお! す、スズキいいいいいいい! ヂュマ様から急ぎの連絡だよおおおおおお!」
(ちょ……汚らわしいアンデッドの声なんて聞きたくないんですよ! アンタは黙ってなさい、バカ! ゴビュ!)
「れ、レイルーンがさあああああ! 魔物の群れに襲われて大変らしいんだよおおおおおおお!」
「噓だろ!? だってレイルーンには、メルにキルやウロウグルだっているのに!!」
「それが魔王軍じゃない野良の魔物らしいんだよおおおおおおお! 本当だよおおおお! 早く帰らなきゃあ全滅しちゃうかもよおおおおおおお? これはもう絶対に本当だよおおおおおおお!」
(いや噓くさいです! 『本当だよ本当だよ』って、しつこいですし!)
だが水晶玉からはエクセラの焦った声も聞こえてくる。
「ゆ、勇者様! 本当ならば一大事です!」
「あ、ああ! スズキーランドも心配だ! ……おい、ネフィラは!?」
「先にヂュマ様の船に乗って待ってるよおおおおおおおおお! セルフィアノ様だって、急いで帰れって言ってたよおおおおおおお!」
(そんなことを言った覚えも、こんな話を聞いた覚えもありません! もう確実ですね……)
セルフィアノは激しく吐血しながら、三つの目を尖らせる。
(謀りましたね、ヂュマ!! ゴビュビュのビュ!!)
◆
ネフィラの元に、セルフィアノから緊急の呼び出しがあった。
ネフィラは研修所の所長室に息せき切って駆けつけ、扉をバーンと思い切り開く。セルフィアノは一人、革の椅子に腰掛けていた。
「セルフィアノ殿! スズキがいないのです! やはり迷子になってしまったのでは!」
「どうやら迷子以上に厄介なことになっているようですよ。これを見てください」
セルフィアノは溜め息を吐きながら、ネフィラに水晶玉を見せた。訳が分からず、ネフィラは水晶玉とセルフィアノの顔を二度見する。
「これと対になる水晶玉をスズキの安心の為に持たせていたのです。今から録音機能によって撮れた音声を再生しますね」
「あ、あの……意味がよく分からないのですが……?」
「すぐに分かります」
セルフィアノが操作すると水晶玉から、スズキとアンデッドが話す声が聞こえた。
(す、スズキの声だわ! ……えええっ!? レイルーンが魔物の群れに襲われて……!? そして、私がヂュマの船で待ってるって!?)
「スズキ! 違うぞ! ソイツは噓を言っている!」
「だから録音機能だって言ってるでしょう。これは数十分前の会話なのです」
「数十分前の会話……?」
台詞を繰り返した後、ネフィラはセルフィアノが言った意味をようやく理解して顔色を変えた。
「つ、つまり、スズキがヂュマに拉致されたということですか!?」
「はい。そういうことです」
「お、おのれ、ヂュマめ!! 私のスズキをッ!!」
所長室の机に激しく拳を打ち付けて陥没させると、ネフィラはすがるようにセルフィアノに尋ねる。
「それで今、スズキは!?」
「ヂュマの船に乗船したと
「ぐうっ! では、スズキの足取りを追う方法は消え、そ、そして、ヂュマと一緒にこの広い海の何処かに……!」
「少し落ち着きましょう」
一杯の紅茶をネフィラに差し出す。紅茶の入ったカップの端には、
「これは私が最近、考案したものです。ラモンネの果実を紅茶に少し入れると、酸味が普段と違った味わいを引き立てるのです」
(はぁっ!? 吞気にお茶なんかしてる場合じゃないでしょ!!)
もう一度、拳を机に叩き付けようとしたネフィラだったが、セルフィアノのティーカップを持つ手が震えていることに気付く。セルフィアノもまた、自身を落ち着けようとしているのかも知れない。深呼吸して、ネフィラはできるだけ心を落ち着かせた。そして、紅茶を飲むセルフィアノに真剣な目を向ける。
「スズキの悪魔研修は魔王様のご命令でした! ヂュマはそれに背いたのです! これは反逆罪と言っても過言ではありません!」
「何が言いたいのですか?」
「魔界に連絡を! 魔王様の許可のもと、全軍を以てスズキを探しましょう! 海上とはいえ、ワイバーンやドラゴンなどの魔王軍急襲飛行部隊が上空から探索すれば発見できます!」
「知っているでしょう。魔王軍急襲飛行部隊は緊急時でなければ動かせません」
「今がその緊急時ですよ! 魔王様の命令で帝都に来たスズキがさらわれたのですから!」
すると、セルフィアノは黙ってしまった。何やら気まずそうに両手の人差し指をチョンチョンと合わせている。
「セルフィアノ殿?」
「……実は魔王様はこのことは知らないのです」
「ですから! スズキが拉致されたことを今から魔王様に伝えて、」
「そうではありません。『魔王様はスズキが悪魔研修の為に帝都に来ていることをご存じない』のです」
「……は?」
一瞬の沈黙後、ネフィラは声を張り上げる。
「ば、バカな!! スズキの悪魔研修は魔王様の勅令だった筈では!? セルフィアノ殿!! アナタは私にそう言いましたよね!?」
セルフィアノは飲んでいた紅茶を机に静かに置いた。
「もはや隠しきれませんね。スズキを悪魔研修の為、帝都に呼ぼうと考えたのは魔王様ではありません。この私なのです」
「そんな!! 一体、何故!? り、理由をお聞かせください!! 事と次第によっては……」
「……会いたかったんです」
「えっ」
セルフィアノは切ない顔で、振り絞るように叫ぶ。
「私だってスズキと会いたかったのでーす!! もっともっと話したかったのでーす!!」
「そ、そんな理由で?」
「イエス!」
顔の傍で人差し指を立てたセルフィアノを見て、ネフィラはプルプルと震えていた。
(それじゃ、元の原因はアンタじゃないの!!)
しかし仮にも魔王軍参謀にそんなことは言えない。ネフィラの
「最初は、水晶玉盗撮したスズキの姿を眺めるだけで満足していました。けれど、ネフィラはリアル・スズキといつも一緒にいます。なのに私は水晶玉に映るフェイク・スズキ。私だってスズキと直接会ってお話がしたい。以前、水晶玉通信でスズキにチュッとされたと自慢げにアナタが語っていた時、実は私は嫉妬で狂いそうだったのです。平静を装いつつ『ネフィラのばーか! うんこたれ!』と心の中で毒づいていました」
「子供ですか、アナタは!!」
「フッ」と薄ら笑いを浮かべた後、セルフィアノは立ち上がった。紅茶のカップを片手に、所長室をゆっくり歩き回りながら独りごちるように語る。
「帝都から北西にある人間の村『リーヴェン』では穀物の栽培が盛んです。リーヴェンで採れる特殊な穀物をこねてできる粘り気のある食べ物を、村人達は『餅』と呼ぶそうです。その餅を焼くと、ぷっくりと膨らむのです。まぁ私達魔物にとってはあまり
(い、一体、何を言って?)
セルフィアノは天才。何かのたとえ話をしているのかも知れない。だが、ネフィラには言わんとする意味が全く分からなかった。セルフィアノは話し続ける。
「前述の通り、私はスズキと懇意のアナタが羨ましかった。嫉妬で真っ赤に燃えた私の頰は、焼かれた餅のようにぷっくりと膨らんでいたのです。『スズキを帝都に招聘してアナタの元から奪う』──つまりこれが、」
「こ、これが……?」
セルフィアノは、知的で鋭い眼差しをネフィラに向けた。
「『焼き餅の計』です!」
(さっきから何言ってんのよ、この人! くだらないことを長々と! もう一周回ってバカなんじゃないかって気がしてきたわ!)
あまりの苛立ちを抑えられず、ネフィラはセルフィアノにズイッと迫る。
「セルフィアノ殿! これだけは言っておきますよ! スズキは
するとセルフィアノは打って変わって、憎たらしい顔を見せる。
「はぁー? それってネフィラが勝手にそう思ってるだけですよねー? 魔王軍に属する全ての存在は魔王様のものですけどー?」
「そ、それは
「詭弁を言ってるのはアナタです。言うならばスズキは皆のもの。独占しないでください」
「くっ!」
「フン。悔しいですか? 正直、ざまぁみろって感じです」
そしてセルフィアノは長い舌をベロベローンと出した。
「やーい。この間の水晶玉通信のお返しです。ばーか! うんこたれ! ざまぁ!」
「こ、この……!」
(何よ、この女! メッチャ腹立つ! 言い返したい! でも相手は魔王軍随一の知能! 口じゃ絶対に
ネフィラは怒りで震える己の拳を見た。そ、そうだ! これだわ!
「オッラァ
ッ!」
右腕を大きく後方に引くや、ネフィラはセルフィアノの腹部に鉄拳をめり込ませた。
「ハオッ!?」
鈍い音と共に、くの字に折れるセルフィアノ。胃液を吐き出した後、目をパチクリさせる。痛みよりも驚きの方が勝ったようだ。
「えっ、えっ!? ちょっと何すんの!? 私、魔王軍参謀なんですけどー? 言葉で負けたからって、暴力とか最低なんですけど!?」
「いや私、悪魔なので! 最低で結構! 暴力します!」
「『暴力します』て……! あー、そう! はいはい! そんな感じで開き直るんですね! はーい、もう分かりましたー! それじゃあ私も攻撃しちゃいまーす!」
セルフィアノはネフィラを見据えながら、武術の演舞のように両手で弧を描く動きをする。
(せ、セルフィアノと戦うのは初めてだわ! 知将と名高い彼女は、一体どんな攻撃を?)
少し緊張するネフィラ。そんなネフィラの胸部にセルフィアノは手を伸ばして、オッパイをギュウとつねってきた。
「痛った!? いや、どこ触ってんの!?」
オッパイをつねられるという予想以上に最底辺な攻撃に、ついネフィラの口調は素に戻ってしまう。
「ってか、それが知将の攻撃!? アナタ、バカなの!? ねえ!?」
「いやバカって言う方がバカなんですよ。だからバカはネフィラなんです。ばーか、ばーか!」
「さっきからもうホント腹立つんだけど!」
「私は随分前から腹立ってますけどー!」
「何よ、もう! このバカ!」
ネフィラもまた片手でセルフィアノのオッパイを摑む。そして、先っちょをつねり返した。乳首を摘ままれ、セルフィアノが「アヘッ」と
「いやいやいや!! 先っぽはダメでしょ!! そういうのは暗黙の了解で……あだだだだ!? 乳首、取れるゥ
!! やめてくださ
い!! 降参!! 降参で
す!!」
降参としきりに叫ばれ、ネフィラは手を離した。涙目でドレスの胸元を覗き込み、乳首の辺りをフーフーするセルフィアノ。意味があるのか分からない処置の後で、ネフィラをキッと睨んだ。
「ネフィラ……アナタは魔王軍参謀である私を本気で怒らせたようですね……!」
「そっちからやってきたんでしょうが!」
「うっさい、バカ。とにもかくにも、近未来すら予知できる私に
(セルフィアノを本気にさせちゃったみたいね! けど上等よ! 私だってメッチャ、ムカついてんだから!)
先手必勝、何か策を練る前に叩き潰してやる──そう考えるネフィラに対して、セルフィアノは余裕の笑みを見せる。そして長い爪のある人差し指で床を指さした。
「足下を見なさい。
「それはどういう……」
「分かりませんか? お得意の雷撃は封じられたということです。もはやアナタには、私を倒す手立ては物理攻撃しか残っておりません。そして、次はその物理攻撃を第三の目で封じます」
(ううっ! バカだと思ってたけど、やっぱり頭、いいのかも!)
「第三の目発動ッ!」
セルフィアノの額にある
(あらゆる攻撃が無効化されちゃう! 完全に発動する前にどうにかしなきゃ!)
「さ、させるか!」
「ふふふ、愚かな。アナタと私との距離は目算で3・68メートル。この距離では私に攻撃は届きません。第三の目が完全発動する方が先です」
しかしネフィラとて無策で突っ込んだ訳ではない。ネフィラの手には先程、セルフィアノが紅茶に入れていた酸っぱい果実ラモンネが握られていた。ネフィラは突進しながらラモンネを握り潰し、
「喰らえっ!」
その汁を手刀でセルフィアノに向けて放った。ラモンネの汁がセルフィアノの顔面に飛散する。
「ア
ッ? ラモンネの汁が目に染みまーす! 第三の目が開かな、イグガボオッ!?」
ネフィラは喋っている途中のセルフィアノの鼻面にハイキックを食らわせた。ゴッと鈍い音と共に、爪先がセルフィアノの頭部にめり込む。あまりの威力にセルフィアノの頭部がブチッと音を立てて別離した。ピンボールのようにセルフィアノの頭が部屋を何度も跳ね返り、バウンドする。
(あ……やば……!)
最後に、部屋にあった観賞用の水槽に、セルフィアノの頭部はドボーンと落ちた。「ガボガボ」と苦しそうな頭部。首を無くしたセルフィアノが慌てて救出に向かう。セルフィアノは水槽から自分の頭部を取り出すと、そのまま首にグリグリと押しつけた。
「す、すみません。セルフィアノ殿。やり過ぎました……」
流石に申し訳なくなって頭を下げると、セルフィアノは口から熱帯魚をピュッと吐き出す。
「全く。私が天才じゃなきゃ死んでますよ?」
(だから天才とか関係なくない!? ってか、この人も不死身よね!!)
「ですが、私も頭部が水槽に入ったお陰で少し冷静になりました。とにかく今は喧嘩などしている場合ではありません。スズキのことが心配です」
「た、確かにその通りです!」
「ネフィラ。協力してスズキを探しましょう」
セルフィアノが差し出した手をネフィラが、しっかと握り、互いに無言で頷く。
とりあえず仲直りはしたが、ネフィラの心は依然、絶望で真っ暗だった。
(でも、探すって言ったってどうすれば良いのよ
!! こんなことしてる間にも、スズキが人形にされちゃううううううううう!!)