第一章 不死船団来航
レイルーン西南端。勇者が作った人間達の村『スズキーランド』を、元レイルーン国第三王女エクセラは
マーグリット率いる救世十字軍のレイルーン侵攻により、スズキーランドは焼き討ちされた。
現在、確認できた死者は七人。これ以上、増えないことを祈りつつ、エクセラは小屋の扉をノックする。
「こ、これは姫様……!」
傷んだ金髪に、奴隷のようなみすぼらしい服装。だが、その服がはち切れそうな程に大きな胸を持つ女性が、驚いた顔をして
「あっ! アナタは『町で一番、胸の大きな人』ですね!」
彼女は以前、
「ご無事で何よりです!」
エクセラはそう言って、彼女と手を取り合った。一瞬、微笑んだ彼女だったが、やがて悲しげに
「でも……『町で一番ハゲた人』と『町で一番デブの人』は死んでしまいました」
「な、何てこと! 町一番ハゲた人と、町一番デブの人が……!」
その二人もまたスズキーランドに見世物として連れてこられた人間であった。そのような経緯ではあったが、当人達は魔物に食べられることから免れた幸運に感謝し、心穏やかにスズキーランドで暮らしていた。なのに……。
エクセラは歯を食いしばる。
(魔物ではなく人間の兵士によって
エクセラは分厚い名簿をめくって、スズキーランドの住人の名前を確認した。
「それで、えぇっと……アナタはシェリーさんというのですね?」
「は、はい」
「食料は足りていますか? 何か困ったことがあれば仰ってください」
何度かの質疑応答の後、シェリーはおずおずとエクセラに尋ねる。
「姫様はこのように一軒一軒、回られているのですか?」
「ええ。何か私にできることをと思いまして」
エクセラはケイトを振り返る。ケイトはクラリスをあやしながら、少し
もしも家臣のオルネオが生きていれば、テキパキと的確に指示してくれたかも知れない。しかし、彼はもういない。血だまりの中、くずおれたオルネオを思い出すと、エクセラは涙が出そうになる。
オルネオの死の後、エクセラは数日間、体調を崩して床に伏してしまった。
『エクセラ。俺の
ベッドの中で勇者に言われた言葉を思い出し、エクセラは
(勇者様は
エクセラは悔しかった。だから衰弱した心と体に
「いつまでも塞いでいたら、オルネオに笑われますから!」
エクセラはそう言って、シェリーとケイトの前で気丈に笑ってみせる。エクセラの気持ちが伝わったのか、シェリーは熱のこもった瞳を向けてきた。
「姫様! 私も、何かお手伝いを!」
シェリーの気持ちが
シェリーが加わったこともあり、住民達の安否確認は思っていたより早く完了した。
焼けた家屋の
「魔物の皆さんも手伝ってくれているんですね」
スズキーランドには警備の魔物が常駐しており、彼らは傷んだ家屋の修繕を手伝ってくれていた。こういう時、魔物達の人知を超える
「これも勇者様の努力のたまものですよ!」
魔物と人間の共同作業──レイルーンが
「魔物の皆さんにお茶を運んでは如何でしょうか?」
「いいですね! そうしましょう!」
三人は湯気の立つ紅茶と茶菓子を数名分用意して、トレイに載せて運ぶ。
(確かこの辺りに、いらっしゃいましたよね)
エクセラ達が小屋の隅にさしかかった時だった。
「……やっぱ人間って、ムカつかねえ?」
(えっ)
そんな声が聞こえて三人の足は止まる。恐る恐るエクセラは陰から様子を
「納得いかねえよなあ。俺達、救世十字軍って人間の奴らにやられた訳だろ? で、このスズキーランドにいるのも人間だ。守る必要なんてあるか?」
「そう言われりゃあそうだな」
「ウロウグル様だって大
「そういや今日、スズキが帝都から戻ってくるってさ。あの野郎、隊長補佐になってイキってるらしいぞ」
「いくら
「ああ。何だか俺は腹が立ってきたぜ。やっちまうか……!」
不穏な気配に、エクセラの持つトレイが震える。
(い、いけない! 勇者様がコツコツと築き上げてきた信頼が崩れかけています!)
ケイトが心配そうに言う。
「ど、どうなってしまうのでしょう?」
「このままでは勇者様が魔物に襲われるかも知れません! そ、そうだわ! ネフィラ様にこのことを伝えて、」
その時。サイクロプスが野太い声を上げた。
「おっ!
(ゆ、勇者様が戻ってきた!? タイミング悪いです!! このままでは大変なことに!!)
とにかく今、勇者をこちらに来させては危ない。そう思ったエクセラは、
「ダメです! 勇者様ぁっ!」
トレイを放り出し、小屋の隅から飛び出した。以前、足の
「……は?」
エクセラは目前の光景に
勇者は体に包帯を巻いたウロウグルと一緒にこちらに向かってゆっくり歩んできていた。その周りには子リスや兎などの野生の小動物が跳ねている。
ウロウグルは、包帯の巻かれた腕を掲げて、満面の笑みを勇者に見せた。
「俺、オーガだかラ、こンな傷へっちゃラ!」
「そっか。ってか『へっちゃら』とか久し振りに聞いたかも! アハハッ!」
「そ、そウ? ウフフフフ!」
勇者に釣られてウロウグルも笑う。それに合わせて、子リスや兎も嬉しそうに周囲を飛び跳ねた。
(な、何という、ほのぼの感!! ピクニック!! まるでピクニックですわ!!)
勇者はサンドイッチの入った籠などを持っている訳ではない。それでも、にこやかに歩く二人の周囲では、花弁が風に舞い『パァァァ』と漂っている──そんな幻想をエクセラは抱いた。
突如『ドサドサッ』と、連続した音が聞こえる。気付けば魔物達が、持っていた武器を草の上に落としていた。
「うわぁ……可愛い……!」
「やっぱ、スズキってメチャクチャ可愛いよな!」
「あんな可愛いスズキを襲おうだなんて……俺達、どうしてそんな物騒なこと考えてたんだろ?」
「色々あって心が
「可愛いスズキが人間ってことは、他の人間も捨てたもんじゃないってことだよな!」
「さっさと仕事に戻ろう! サボってちゃあ、スズキが悲しむ!」
急いで修繕作業に戻る魔物達を見て、エクセラは感動で打ち震えていた。
(あんなに殺伐としていた空気が一瞬で! これが世界を救う勇者様のお力!)
エクセラの隣、シェリーとケイトもまた感極まったように呟く。
「勇者様は本当に可愛くていらっしゃいますよね……!」
「ええ、ええ! 本当に!」
(……えっ?)
シェリーもケイトも少し頰を染めている。あ、あら? 人間には勇者様の力は働かない筈なのに?
それに『可愛い』ですって?
エクセラはおずおずと二人に尋ねる。
「あ、あの……勇者様って可愛い……ですか? 私にはよく分からないのですけれど……」
「えっ。普通に可愛いですよ。勇者様は」
ケイトは驚いたように言う。シェリーも「私もそう思います」と
「ああ……挟んであげたいわ……」
しばし沈黙。ケイトが口に手を当てながら、シェリーの背中をパーンと叩く。
「もー! ちょっとヤダー!」
「だってだってー!」
二人でキャッキャしている。い、一体、何を
(挟むって一体、何を何で挟むのでしょう? パンで卵を? いや違いますよね。よく分かりません……)
未亡人子持ち主婦と色香漂うセクシー女性の大人の会話は、エクセラには理解できなかった。それでもエクセラは心の中で、余裕の笑みを見せる。自分は勇者様との付き合いが長い。二人が知らない勇者様の一面を知っている。
「あっ、エクセラ!」
勇者がこちらに気付き、手を振って駆けてくる。その姿を見て、エクセラの胸はトクンと小さく鼓動した。
ノエルによるイフリート召喚時。そして、あの恐ろしいマーグリットにも
(二人共、間違っておられます! 勇者様は可愛いのではなく、格好良いのです! そう……いにしえの英雄ハルトライン様のように!)
「お帰りなさい、勇者様!!」
大好きな伝記の英雄に心を
◆
「えぇい! シャキシャキ働かんかあ!」
魔王軍直属特別攻撃隊・
スズキーランド同様、サイネス城もまた、救世十字軍の侵攻により痛手を負っていた。ネフィラが鳥頭の魔物フォルスを叱りつける。
「全く修理できておらんではないか!! 貴様ら一体、何をしていた!?」
「も、申し訳ございません!!」
ネフィラが
自分達が魔王軍決起会の為、帝都に赴いている間、フォルスに城の修繕を頼んでいたのだが、それが思ったほど
(もう! スズキってば、帰ってくるなりスズキーランドに行っちゃうなんて!)
このところ、スズキと二人きりの時間を過ごせていない。隊長補佐になりたいというスズキの志願を受けたのも、ひとえに自分の傍に置いておきたかったからである。そんなネフィラにとって、先般、開かれた魔王軍決起会への小旅行は蜜月の時間になる筈だった。
しかし。帝都には、
『うー。休憩、まだー?』
『我慢しろ、メル。もうちょっとで帝都だ。スズキも後少しで、おしっこできるからな!』
『いや俺、別にしたくないし……』
『ホントか? 我慢すんなよ? どうしてもしたくなったらアタシがこの瓶に入れてやるぜ!』
『大丈夫だって言ってるだろ! ペット扱いするの、いい加減やめてくれってば!』
『アタシはお前が、おしっこで
『膀胱破裂するまで我慢しねえわ!!』
『ううー! 姉様ー!』
『ど、どうした、メル?』
『ごめーん! おしっこ出ちゃったー!』
(いや、どうしてアンタが漏らすのよ!!)
幹部の失態を思い出し、ネフィラは頭が痛くなる。道中だけではない。スズキの両サイドには絶えずメルキル姉妹がいて、スズキと腕を組んでいた。何よ、アンタ達! それは私の役でしょ!
メルキル姉妹は、もう連れて行かない。ネフィラは固く心に誓いつつ、スズキに思いを馳せる。
(スズキ……隊長補佐だってのに、どうして私の傍にいないの? 私はアナタの
ちょっと涙ぐんだネフィラだったが、鳥頭のフォルスが駆けてきたので
「ネフィラ様。お部屋にて水晶玉が鳴っているようです」
「分かった。今、行く。お前は魔物達に修繕を急がせろ」
ネフィラが自室の扉を開くと、羽虫のような音が響いていた。机の上の大きな水晶玉には、魔王軍参謀セルフィアノの笑顔が映っている。
「やっほー。こんにちはー」
「はい。こんにちは」
魔王軍随一の知能を誇る三つ目の悪魔セルフィアノは、魔力を用いた遠隔による水晶玉通信にも成功していた。
「それでネフィラ。どうですか。レイルーンは?」
「ええ。ようやく落ち着いてきました」
「それは良かったです。ホント、こっちもバタバタしてましてですね……」
「もしや救世十字軍が帝都にも!?」
「いえいえ。そういう訳ではなく。現在、帝都を魔都に改装中でして」
「ああ、なるほど」
人間達が作った都を名前も変えず、そのまま利用しているのは気分の
(私もサイネス城の名前変えようかなあ。『スズキとネフィラの愛の城』なんて! うふふ!)
「……ネフィラ? 聞いてます?」
「す、すみません! 少々、考え事を!」
「帝都を改装中と言いましたよね。その兼ね合いもあって現在、新参の魔物達に教育の場を設けているのです」
「ほう。それは素晴らしいことですな」
「でしょう? だからですね。この際、スズキも三泊四日の悪魔研修に参加して
「ほうほう。それは素晴らし……は? す、スズキを……? い、今、何と言いました?」
「ですから、スズキを悪魔研修に参加させるのです」
一瞬の沈黙の後、ネフィラは水晶玉に映ったセルフィアノに大声で叫ぶ。
「スズキに悪魔研修など必要ありません!! 奴はもう充分すぎるほど、極悪な悪魔です!!」
「いやいや何言ってるんですか。スズキったら可愛い人間でしょ」
「そ、そのようなことは決して! 最近のスズキはそれはもう、私もドン引きするほどの極悪非道振りで、」
「はいはい。あのですね。こないだも彼、魔王軍決起会で何かニチャニチャ喋ってたじゃないですか? 『人間を殺さないでチョ!』とか何とか。ああいうの良くないんですよ」
(ううっ! やっぱり、スズキに発言させなきゃ良かった!)
「あ、あれは冗談とか
「いくら何でも猥談じゃないでしょう。とにかくスズキの帝都招聘は例の
(くっ! それを言われると辛い!)
「ならば! 私も付いて行きます!」
「ダメでーす。今回はスズキだけでーす」
「えっ……? ば、ば、バカなッ! 同行が認められないなら、行かせられません! 大体、スズキ一人で行って迷子にでもなったらどうするんですか! お
「空腹になったら自分で何か食べるでしょ。ダメダーメ。いくら言ってもダメでーす」
「ぐうっ!」
「まったく。ネフィラは
水晶玉通信は発信者の魔力を大量に消費する。長時間の通話は発信者の体を
それでもセルフィアノは慣れた様子で、落ち着いた表情を見せる。
「じゃあそろそろ切りますね。ゴビュ」
「ダメです! その前にスズキとの同行を認めてください!」
「ゴビュッビュ。いやだからダメですってば」
「セルフィアノ殿!! 同行を認めてくださいッ!!」
「しつこいですねー。もう私から水晶玉、切っちゃいまーす。ネフィラばいばーい……あ、あらっ?」
「認めるまでは切らせませんよ!」
いつの間にか、ネフィラの体から金色に輝くオーラが
「つ、通信が切れない!? こんなバカな!! もしやネフィラの雷の魔力に水晶玉が反応しているのですか!? ゴビュボボボ!!」
「セルフィアノ殿おおおおおお!!」
「い、いけませーん!! アナタは
「付いていきます!」「ダメでーす!」の問答は数分間続き、セルフィアノはいつしか体中の穴という穴から血液を噴き出していた。
やがて、
「オゴッヘェ、ガバビュ! 分かりました、分かりましたよ!! もう分かりましたから! 水晶玉通信、切らせてェェェ! ガハゲヘェッ!!」
「ほ、本当ですね?」
「私の負けです、ゴビュビュのビュ! だから水晶玉を、」
「心より感謝いたします! セルフィアノ殿!」
「感謝は良いから早くゥ! これもう危険レベルで言ったら最大のレベル5ですから! ヴアアアアアアアア!! 喉が
セルフィアノは血の涙を流しながら、喉をバリバリと搔きむしっていた。安心しかけたネフィラは、ふと気付く。
いや待て! セルフィアノ殿は先程から「分かりました」「負けです」としか言っていない! セルフィアノ殿は魔王軍最高の知能であり、策士! 演技かも知れぬ! 後で決定を覆されぬよう、しっかり念を入れておかねば!
ネフィラは「レベル5ですゥゥゥ!」と、血塗れでしきりに叫んでいるセルフィアノを睨む。
「セルフィアノ殿……最終確認です。本当の本当で本当に……私もスズキに付いて行って良いんですね……?」
「耳、付いてんですか、アンタはァァァァァ!! さっきから私、
「ならば『ネフィラをスズキに同行させる』と、ハッキリとしたお言葉を!」
「ネフィラをゴボグッシャア!! スズキに同行させまビュルビューッ!! お願いだから早く切らせてええええええええん!! 死んじゃうううううううううううううううう!!」
言質を取った後、ネフィラは水晶玉から手を離す。映像が切れる瞬間、セルフィアノの三つ目が全て白目を
少しの反省と深い溜め息の後、ネフィラは自室を出た。
(はぁ。また帝都か。この間、行ったばかりなのに)
い、いや、こうなった以上、考え方を変えましょう! そう! 前回のリベンジよ! 今度こそ、スズキともっと仲良くなってやるんだから!
スズキとイチャつく想像に胸を膨らませる。すると、ネフィラはだんだん楽しくなってきた。
含み笑いしつつ、廊下を進むネフィラを見て、すれ違った魔物達が呟く。
「お、おい! ネフィラ様が笑っておられるぞ!」
「戦闘以外、滅多に笑わないネフィラ様が……!」
「きっと救世十字軍への報復に燃えているに違いない!」
「こりゃあ血の雨が降るぜ……!」
(ウフフ! 待ってなさい、スズキ! 片時も離れず、イチャイチャにイチャついてやるわ!)
◇
陥没した石畳の道に、倒壊した建物の瓦礫が散らばっている。
エクセラと一緒にサイネス城に向かう
何だかいたたまれなくなって、
「ホントごめん。こんな大変な時にレイルーンを離れちゃって……」
「い、いえ! そんなことは!」
救世十字軍襲来の後、魔王軍は
「それで決起会は如何でしたか?」
「うん。まぁ一応……言いたいことは言った……けど……」
歯切れ悪く、
「ぶっちゃけ、何も変わってないと思う」
「で、でも! 人間が初めて魔王軍決起会に参加したのです! それだけでも大変に意義のあることかと!」
「そう言って貰えると助かるよ」
そのまま二人、無言で歩く。
ふと、
「何もたついてんだよ! このクソ女!」
そう言って、悪魔は女性の腹を蹴り上げる。
「お、おい! 奴隷を虐待しちゃダメだろ!」
「あっ、スズキ……」
バツの悪そうな顔をした悪魔の脇腹を、隣にいたスケルトン兵が肘で突く。
「バカ!『スズキ様』だ! 隊長補佐になられたんだからな!」
「そ、そうでした! すいません、スズキ様!」
ヘラヘラ愛想笑いする魔物達から女性を引き離す。
「なぁアイツ、いつもあんな感じなのか?」
「い、いえ。救世十字軍の侵攻以降、ご機嫌が悪くて……」
(クソッ! ようやく人間に対しての見方が変わろうとしてたのに!)
「あの……勇者様。少しだけお時間よろしいですか?」
「ん? あ、ああ」
エクセラは笑顔で
「こちらが私の部屋です」
エクセラが案内したのはサイネス城内二階にある、かつての自身の部屋だった。
エクセラはベッドまで歩いて、埃を手で払うと、にこりと
「勇者様。どうぞこちらへ」
(え。な、何だろ?)
潤んだ目でエクセラは
「私……勇者様に元気になって頂きたくて……」
「い、いや! でもそれは流石に!!」
「だから、これを」
エクセラは
「この本を勇者様に読んで頂きたくて!」

(だ、だよね! ビックリした……!)
勘違いしかけた
「こういった類いの書物は禁書扱いになると思い、ベッドの下に隠しておりました」
「『英雄ハルトライン伝説』か」
「はい。ハルトライン様は、かつて竜王に支配されていたこの世界を救った英雄です。ハルトライン様は片腕を落とされても立ち向かい、竜王を倒して世界を救われたのです」
「へぇ……」
エクセラの話を聞きながら、
『
「何コレ、かっけー……!」
「ですよねっ!」
エクセラもまた胸の前で両拳を握りしめて、顔を紅潮させている。
「ハルトライン様の剣は、海を真っ二つに裂いたと言い伝えられているのです! とにかくもう、格好良くって最高ですよね!」
あまり見たことのないエクセラの興奮した様子に
(そっか。エクセラは、男らしくて格好良い男が好きなんだな)
「ハルトライン様が実在しなかったなどと言う学者もいますが、私は信じません! ハルトライン様は絶対に存在したのです! 三百年前、グランバレル帝国の基礎を作ったのもハルトライン様だと言われてましてですね、」
テンション高めに、まくしたてるエクセラ。
「俺もそんなカッコいい英雄になりたいな……」
「もちろんなれますとも! いえ! 勇者様はもう既に格好良いです!」
「ほ、ホント!?」
「はい!」
満面の笑みを見せるエクセラ。少し気恥ずかしくなり、
「どうされたのです?」
先日、ネフィラに「格好良い」と言われた時も
(うん! やっぱり可愛いより、格好良いって言われた方が嬉しいな! ようし、俺も英雄って呼ばれるように頑張ろう!)
「ありがとう、エクセラ! ちょっと元気出たよ!」
世界を救った男らしい英雄の話を聞き、
「まずはスズキーランドの立て直しから始めなきゃな!」
「ええ!」
その途端、扉がバーンと大きく開かれる。双子悪魔のメルキル姉妹が、ズカズカと部屋の中に雪崩れ込んで来た。
「わっ!? メルとキル!?」
「スズキ! こんな所にいたのか! 探したぜ!」
「ネフィラ様が呼んでるよー!」
二人は笑顔で
「ま、また帝都!? 帰ってきたばかりなのに!?」
ネフィラから悪魔研修の話を聞いて、
「仕方あるまい。魔王様のご命令だ。お前は三泊四日の悪魔研修に参加せねばならん。これは決定事項だ」
(スズキーランドを立て直そうと思ってた矢先に、また面倒なことに……ってか……)
「研修なんてあるんだ? 魔物のくせに……」
「おいおい、スズキ。アタシらをケダモノみてえに思ってねえか?」
「そーそー。私と姉様も、ちゃんと研修課程を終えてるんだよー?」
メルも少し頰を膨らましている。
「あ。ごめん」
「ともかく、悪魔は強くないといかんからな。私はあえてお前を魔物達の巣窟に叩き込む。しっかり鍛えられて帰ってこい」
荘厳な口ぶりのネフィラとは逆に姉妹は嬉しそうに叫ぶ。
「よーし、メル! 旅行の準備しようぜ!」
「うんうんー!」
そんな二人をネフィラが睨んだ。
「ダメだ。お前達は残れ」
「「ええ
ッ!!」」
「前回より滞在期間が長い。幹部二人がレイルーンに不在はまずかろう」
「うう……マジっすか……」
「ちぇーっ」
「じゃ、じゃあ、ネフィラ。帝都には俺一人で行くのか?」
「お前は隊長補佐。つまり隊長である私とは一心同体だ。なので私は仕方なく同行する」
メルがプクーッと頰を大きく膨らませる。
「ネフィラ様だけズルイー!」
「愚か者。ズルくなどない。私とて全然行きたくなどないのだ。帝都にはこの間行ったところだというのに全く。ふふふ。ああ面倒くさい。ああイヤだイヤだ。ふふふふふふ」
(楽しそうじゃん……!)
ネフィラに少し白い目を向けた後、
けど悪魔研修か。だ、大丈夫かな? 何かちょっとヤバそうな感じだけど。俺、無事に帰ってこれるんだろうか?
気付くとネフィラもまた真面目な表情をしている。張り詰めた雰囲気に、
「スズキ。悪魔研修は途方もなく厳しい。一つ、お前に忠告しておいてやる」
「あ、ああ」
「研修を受けている最中『どうしても辛い』『無理かも』『今日は頭が痛い』などと思うことがあれば、すぐに私に知らせよ。休息、
(すっげえ、ゆとり教育!!)
子供をダメにしちゃうような過保護振りだが、それでも一応、ネフィラが傍にいてくれれば大事にはならなそうだ。そう思い、
「それでは、スズキの荷を持て」
ネフィラがパンパンと手を叩く。三名の魔物が大きな革袋を抱え、よっせよっせと運んできた。
「す、
「ほとんどがお前のおやつだ」
「いや俺、こんなにおやついらねえけど!?」
「だ、だが……おやつを無くせば、片手で持てる荷物だけになってしまうぞ?」
「だったらそれで良いよ!」
「そうか。だが、
「飴ちゃんって……!」
ネフィラに幼児のように思われていることに、
「ネフィラ様! 帝都より不死船団団長ヂュマ様、到着されてございます!」
「な……! もう来たのか!? しかもヂュマだと……!!」
ヂュマと聞いて、ネフィラは顔色を変えた。ネフィラの周りの空気が急激に張り詰める。この状況を見て、
(一体、どんな魔物が来るんだよ……?)
ギギギと王の間の扉が開く音がした。一直線に伸びた
メルキル姉妹を始め、王の間にいた
そんな中、ヂュマはひょこひょことぎこちない動きで歩いてくる。遠くで見ると小さくて、か弱げな少女だが、近付いてみれば、皮膚の色が所々違い、つぎはぎになっているのが分かった。ドレスより露わになった肘の関節は球体だ。
(に、人形の魔物! そういや決起会にいたっけ!)
「きけ! ききけけけ!」
そして甲高い声で
(ひっ!? 何か俺のこと見て笑ってる……!!)
ヂュマはネフィラと軽く会釈を交わすと、
「お、お前がスズキだね。わ、わ、私、ヂュマ……」
(よし! 今後の為にプリティス、一発かましとこ!)
「ヂュマ! よろしくな!」
「四十八のプリティス・第四の仕草『
リールー師匠に教わった、
(冷たっ!)
体温のない手に、
(で、でも、これで俺に敵意を持たない筈、って……え……?)
「きき……けけけけけ……!」
ヂュマは大きく目を見開くと、
「ち、ち、血の通った腕ェェェェェ!!」
握った
「うわあっ!?」
そしてヂュマは
「あ、
「お、おい! ヂュマ!」
ネフィラが慌てた声を出し、
「ぢゅ、ヂュマ様、ご乱心ッ!!」
スケルトン兵達が叫んで、やにわに周囲がざわついた。だが、ヂュマは王の間の騒然に、ハッと気付いた顔をすると、
「す、すまん。と、取り乱した……ききけけ……」
乱れたドレスを直しながら、取り繕うように笑った。
(な、な、何だ?)
乾いた笑い声をあげるヂュマを見ながら、
(今、プリティスがむしろ逆効果になったような……?)
「じゃ、じゃあ、スズキ……い、行こうか?」
早速、帝都に向かおうとしているヂュマを、ネフィラが片手を上げて制する。
「そう
しかし鳥頭のフォルスが、恭しくネフィラとヂュマの間に割って入った。
「ネフィラ様! ご心配には及びません! 既に準備は整ってございます!」
「な、何……?」
「へー、やるじゃん! フォルス!」
キルに褒められ、フォルスは大きなくちばしを手で誇らしげに擦った。
「城の修繕が遅れていましたからな! これにて名誉
そんなフォルスをネフィラは激しく睨んだ。
「フォルス……! 貴様は格下げだ……!」
「ぎげぇっ!?
「ききけけけ。な、なら早速、スズキを、わ、私の船に案内しよう」
ヂュマは
「わ、私の船内コレクションを、み、見せてあげるからね」
「せ、船内コレクション……?」
ネフィラは忌々しそうに黒髪を搔きむしった後、玉座から立ち上がった。
「それでは私も行く」
「あ、あれ? スズキだけだと、き、聞いていたけど?」
「スズキは私の補佐。そして私はスズキの保護者でもある」
有無を言わさぬようキッパリと告げると、ネフィラは扉に向けて颯爽と歩き出した。
ネフィラとヂュマの後に続き、
(……ん?)
背後から服の裾が引っ張られていることに気付く。振り向くとエクセラが切羽詰まった表情で
「え、エクセラ?」
そしてエクセラは
「私も同行させてください! 私は勇者様の奴隷ですから!」
「……ああ?」
ネフィラがあからさまに機嫌悪そうに、眉間に皺を寄せた。
「貴様、前はそんなことを言わなかったではないか!」
「こ、この間はオルネオが亡くなり、心身共に衰弱しておりました! しかし今は体調も回復しております! 何より、
近くで話を聞いていたメルとキルが顔を見合わせて頷く。
「まぁ幹部クラスにゃ、荷物持ちの奴隷は必要だよな」
「だねー」
「ぐっ!」
歯嚙みするネフィラ。
「け、けどエクセラ。ホントに大丈夫なのか?」
「私はもう平気です。それに……何だかイヤな予感がするのです……」
エクセラも神妙な顔で
(た、確かに、エクセラが付いてきてくれた方が心強いかも)
「あの……奴隷、連れてっても良い?」
意外にも、ヂュマは機嫌よく笑った。
「きけけけ。い、良いよ。ざ、材料は多い方が良いからね……」
「材料?」
「な、何でもない。ききけけけ」
ヂュマの言ったことが気に掛かったが、とりあえず
「私は反対だ! スズキの世話なら私がする!」
エクセラがそんなネフィラの前に立ち塞がり、意志の宿ったエメラルドの
「隊長が隊長補佐の世話をされるのですか? 逆のような気が致しますが?」
「何だ、エクセラ!! 貴様、奴隷の分際で私の決定に文句があるのか!?」
ネフィラから醸し出される強烈な威圧感。バチバチと周囲に爆ぜる雷のオーラに、
しかしエクセラは負けていなかった。ネフィラに余裕の表情を向ける。
「あの、もしかして……ネフィラ様は、勇者様のことがお好きなんですか? だから二人っきりになりたいと……?」
途端、ネフィラのオーラと威厳はシュボーンと消失した。ネフィラは顔を真っ赤に染める。

「は、はあああああああああっ!? そ、そんな訳ないでしょー!! 何言ってんの!? ねぇ、この子、何言ってんの!?」
「じゃあ付いていっても良いですよね?」
「か、か、か、勝手にしたら!!」
ネフィラはプイとそっぽを向いた。エクセラが
(へぇ! やるじゃん、エクセラ!)