「……馬鹿にしないでもらいたい」

 きっぱりと答えてやった。

 この王を、引っ張り倒してやりたくなるほどの怒りがこみ上げている。

「あの程度のことでこの私が──我らダークエルフがへこたれるとでも?」

「…………」

「国家が戦争に備えるのは当然の行為。そして、このオルクセン最大の仮想敵国はエルフィンド。かつて貴方自身が既にそう言ってくれていた。包み隠さず、あの山荘で。そのエルフィンドは、シルヴァン川流域国境線から南には何の興味もなく引き籠ってばかりいるから、決着をつけるには攻め込むしかない。これもまた当然の論理的帰結。そして侵攻計画を練りに練ってきたのなら、私たちダークエルフもいままで仮想敵になっていて当然。なっていなかったのなら、それこそ我らを馬鹿にしているのかと怒り狂うところだ」

「…………」

「王。オーク王。貴方、これは試しているのだな? 我らに武器を与え、軍の一部と成し、本当に白エルフどもと戦う気があるのか。オルクセンとエルフィンド、どちらの側に立つ気なのか。本当にこの国の民になる気があるのかと我らにご下問いただいたわけだ。並の者ならきびすを返すだろう、確かに」

「…………」

 王の表情、態度はまだ崩れない。

 彼の思慮はその先にある。

 それがわからぬ我らではない、貴方を引っ張り倒したくなっている原因はその先にあるものだと、ディネルースは言葉を紡ぐ。

「これが貴方の気遣い、我らへの気遣いなのだとわかっていないとでも?」

「…………」

「シュヴェーリン上級大将やラインダース少将と私を引き合わせたことも含めて、だ。試した上でなお、我らが旅団編成に奮起邁進すれば、如何なコボルトやドワーフたちと言えども我らを受け入れる。例え我らを内心嘲り道具とみなそうと、安っぽい騎士道精神で同情しようと、我らを受け入れる。この国の一部として受け入れる。貴方が本当に試しているのは、我らではなく軍の高官たちだと気づいていないとでも?」

「…………」

「貴方は我らが降りるとは最初から露ほども思っていない」

「…………」

「そしてそれに気づかぬ我らだとも思ってもいまい。本当に馬鹿にしている」

「……すまん。いや、本当にすまない」

 グスタフは、その瞳をまるで子供のようにしょんぼりとさせて、実に呆気なく詫びの言葉を口にした。巨躯が、縮こまってさえ見えた。

「……ふ。ふふふふ」

 ディネルースは微笑んだ。

 勝利を得た気がしている。偉大な勝利。

「貴方、前から言おうと思っていたが。優しすぎる。優しさの発露方法が、他者からわかりにくいほどといってもいい。そこまで相手のことを考えている。一匹の牡としては素晴らしいこと。感謝もしている。でも、王としてはもう少し、堂々とされるがいい。傲慢になるといい。それでも臣下はついてくる。この私もそうだ。こんなものは傲慢のうちに入らない。慈悲深い。深く、深く、底が見えないほど深い」

「……そんなものかな」

「そんなものだ」

 確信がある。

 あの山中で彼女を見つけ、彼女とその同族を救い出す決意を固めたとき。

 この王は半ば勢いで、見捨てられなくなってそれを為したに違いない。

 冷静狡猾な王なら、エルフィンド国内エルフ同士の種族間闘争など、どれほど凄惨なものだろうともこれを見捨て、全てのダークエルフを白エルフどもに殺害させ、そうしてからこれを利用し、周辺国に喧伝してしまえばよかったのだ。

 ──あの場で必要になったのは、生きた我らではなく、私の死体だけで十分だったはずなのだ。

 ダークエルフ旅団が、純粋に軍事的要求だけでなく、そのような政治的手段の代替であることまでディネルースは理解していた。

 旅団を編成し、これを内外に喧伝すれば。

 エルフィンドは、いったいなぜそのようなものがオルクセンに誕生したのか、周辺国にあれこれ言い訳しなければならない羽目に陥る。

 エルフィンドという国家が人間族の国々から抱かれている心象である、清廉さ、可憐さ、せいひつさ。神話的色彩を帯びた光輝。そんなものは一気に吹き飛ぶに違いないのだ。

 それは我らも望むところ。

 そう、望むところなのだ。

 もはや我らに白銀樹ふるさとはない。

 悲しむべきかな、故国だった国こそが世でいちばん憎き相手だ。

 そしてグスタフ王はそれを知っている。

 あの夜、憤怒と憎悪に燃える我らの姿をまざまざと見て、この国の誰よりもそれを知り抜いている。

 そのうえで、降りる選択肢までも提示してくれたのだ。

 この新たな生存の地もまた、決して妄想家の抱くような理想郷などではないのだと、包み隠さず見せてくれたのだ。

 生き残るためには何でも利用する、悪事も巡らせている、日々爪と牙を研いでいると。

 ディネルースには、やはり確信がある。

 この王は、降りるかと尋ねた。軍になど入らなくとも、あのヴァルダーベルクの地で平穏につつましく暮らしていくことはできるのだと、我らに掲示したのだ。

 この国では農業に従事することも立派に国に尽くすことだ。

 牡に兵役はあっても、牝にはない。

 降りてもなお、決して彼は我らを見捨てはしないだろう。

 性格から言っても、王としてのきようとしても、オルクセンという国からしても。

 そのうえで、地獄に付き合う気があるのかと尋ねたのだ。

 ──糞くらえ。糞くらえだ。

 今更なにを。

 上等だ。

 それが、それこそが我らの望みなのだ。

 我らの大願はただ一つ。

 矢をつがえ、エルフィンドという得物を射抜くまで歌い続けること──

 ディネルースは駄目押しの答えをした。

「それで。我が王」

「うん?」

「この演習、ここからも何か驚くようなものを見せていただけるのでしょうか?」

「……ああ。請け合うよ。我が軍は──君の、君たちの軍は強い。エルフィンドなど一撃で滅ぼしてやれるぞ、少将」