Prologue: まだ夜も底まで更けていないのに、分厚い雲が空に浮かぶ薄暗い夜だった。 詩音(私服): そろそろ、寄合から戻る時間ですね……っと。 なんて独り言を呟きながら時計を見やると、まるではかったように玄関から物音。 ほどなく足音が廊下から聞こえてくる。どうやら、やっと帰ってきたようだ。 魅音(私服): あー、疲れたぁ……うん? 詩音(私服): おかえりなさい、お姉。 居間に入ってきたお姉が、湯飲みを片手に待ち受けていた私を見て目を丸くしながら驚きの表情を見せた。 魅音(私服): 詩音……? こんな遅い時間に、なんであんたがここにいるのさ? 詩音(私服): もちろん、一刻も早く結果を聞くために決まっているじゃないですか。 詩音(私服): ……で、どうでした?私からの提案、約束通り今夜の議題に上げてくれたんですよね? そういって私は、急須から可愛い花柄の湯飲みに淹れ立てのお茶を注ぎながら、ずいっと身を乗り出す。 ……だけど彼女は、きまり悪そうにため息をつきながらその首を横に振っていった。 魅音(私服): 悪いけどさ……七夕祭りを村を挙げて、大々的に行おうって例のあんたの企画……みんなの賛同は得られなかったよ。 詩音(私服): ……ダメでしたか。 湯飲みだけ残し、肩をすくめて身を引く。 そんな私の態度に魅音は若干の罪悪感を覚えたのか難しい顔でため息をつきながら湯飲みに手を伸ばし、続けていった。 魅音(私服): 絶対ダメ! ってわけじゃなかったけどね。村おこしで何かやりたいって言い出したのは向こうの方なんだしさ。 魅音(私服): ただ、村から予算を割いてまでやるのはさすがに厳しいって消極的な反対が多かったから。 詩音(私服): 仙台の方だと七夕祭りが全国レベルに有名ですし、村おこしにはぴったりだと思ったんですけど……。 詩音(私服): #p綿流#sわたなが#rしよりも、客寄せを考えるんだったら日本古来でイメージのつきやすいお祭りの方が絶対に受けはよくなると思いますよ。 魅音(私服): その綿流しと時期的に近いのが、一番のネックになっているんだろうね。 魅音(私服): なんせ、#p雛見沢#sひなみざわ#rで一番重要なお祭りの直後にまたお祭りをやろうってんだからさ。1ヶ月も経たないのにまたやるの? てな感じだよ。 詩音(私服): ……予算的に厳しいってことですか? 魅音(私服): それもあるけど、人手不足の問題も大きいよ。大きいことやるなら人手は要る。 魅音(私服): 小規模な自主的活動とかなら、私たちのツテでできそうだけど……。 魅音(私服): ……少なくとも、あんたが望んでいるのはそういうものじゃないんでしょ? 詩音(私服): えぇ……みんなで楽しむと同時に、村の外からたくさん人を集めてこそイベントには意味があると思っています。 詩音(私服): でなければ、そもそもやる意味がないですしね……よっと。 そう答えながら、私は立ち上がる。 魅音には悪いが、もう用は済んだ。これ以上粘っても、彼女の身体と心の疲労をさらに重ねてしまうだけだろう。 魅音(私服): って……今から帰るの?もう遅いし、今夜くらいは泊まっていったら? 詩音(私服): 大丈夫ですよ。外に待たせてある葛西の車で帰りますので。 気遣いを丁重に断り、踵を返そうとして。 魅音(私服): ……あっ、待って。 呼び止める声に、肩越しで振り返る。すると、魅音は私を見ず視線を庭に向けながら言った。 魅音(私服): お茶、ありがとう……あと、ごめんね。 ――色々考えてくれたのに、ごめんね、――アイデアまとめるの頑張ったのに、ごめんね。 ……全部、無駄にしてごめんね。 そんな魅音の心の声が聞こえてきて、嬉しくて……ちょっとだけ、腹立たしくなって。 詩音(私服): ……。別に、お姉が手を抜いたなんて思っていませんよ。 それだけ告げて、私は屋敷をあとにした。 詩音(私服): はーぁ。ダメだったかぁ。 #p興宮#sおきのみや#rの自宅マンションへと戻る道中、後部座席でため息をつくと車内ミラーの中で運転席の葛西がこちらに目を向けていった。 葛西: お疲れ様です。……残念でしたね。 詩音(私服): まぁ、かなり無理筋だとは覚悟していたけどね。町会の連中の頑固さは、いまだ変わらずか……。 葛西: ……詩音さんのお気持ち、お察ししますよ。 ずるずると行儀悪く横たわる私に、葛西が運転しながらねぎらうように優しい声をかけてくれる。 詩音(私服): 私が持ち込むよりも話を聞いてもらえそうだから、お姉に任せたんだけど……あの様子だと、また年寄り連中に丸め込まれたんだろうね。 詩音(私服): 仮にも園崎家頭首代行なんだから、強権発動でも虎の威でも使って全員を黙らせちゃえばいいのに……ったく。 葛西: 魅音さんも、詩音さんが村を盛り上げたいというお気持ちはよくわかっておられると思います。 葛西: ですから、あまり責めないであげてください。 詩音(私服): はいはい、わかっているって。お姉はヘタレだけど、引き受けた以上はギリギリまで粘ってくれたと思うよ。 帰ってきた時にかなり疲れた様子だったので、それくらい想像はつく。 きっと難色を示す老人たちに、企画書を片手に理詰めで頑張ったのだろう。……私も、それを感じないわけではない。 だからあんなふうに謝られると、まるで私が彼女の能力や頑張りを信じていないと思われたようで……腹立たしくなるのだ。 詩音(私服): はーあぁ……。 とはいえ、やはり失望を隠せず私は再びため息をついていった。 詩音(私服): 雛見沢だけじゃない……興宮もここ数年、どんどん人が減ってきている。移住者も、観光客も。 詩音(私服): だからこそ、とにかく人を呼べるようなイベントをたくさんやって村を盛り上げたいと思っているのに……周りに理解してもらえないのは、ちょっと悔しいな。 葛西: 村の外の人間を呼び込むには、綿流しのような村独自のお祭りは少し弱い。 葛西: だからもっとわかりやすく、華やかな祭の方が興味を引きやすくなる……詩音さんのお考えには一理あると私も思います。 葛西: ……ですが、あまりに性急な変化を求めるとそれに反発する者が出るのも道理というものです。 葛西: まどろっこしい話ですが、地道にやっていくしかないでしょう。 詩音(私服): 地道に……か。 いつか実現できる……でも。 いつか、っていつ?それは何年、何十年かかるんだろう……? 詩音(私服): (ゴールの見えないマラソンを走らされているみたいだね……) 気が遠くなる感覚に目を任せ、目を閉じる。 詩音(私服): ……着いたら起こして。 そのまま少しだけ眠ろうと、深く息を吐き出した。 Part 01: 7月に入ってからしばらく経って……#p雛見沢#sひなみざわ#rにも、本格的な夏の天気がやってきた。 魅音: 今年の七夕飾りは、本格的になりそうだね~。レナが図書館で見つけてくれた本のおかげだよ! 魅音: ……と言いたいけど、ちょっと作りすぎじゃない? 幸せそうなレナさんの前には、彼女が作った七夕飾りが山のように積まれている。 レナ: はぅ~、だってだってこの本に載っている七夕飾り、どれもかぁいいから~♪ 一穂: でもこれ、一本の笹に全部飾ったらさすがに多すぎじゃないかな……。 魅音: 笹が重みに耐えかねて、折れちゃうかもね。飾るのはその2/3くらいにしておいたほうがいいんじゃない? 七夕は、いよいよ来週。 知恵先生に頼まれた私たちは、部活の代わりに七夕を祝うための下準備を手伝っていた。 一穂: (ゲームじゃないけど、これはこれで楽しいな……) そんなことを思いながら私は手を動かし、自然と自分の顔がほころぶのを感じていた。 一穂: ねぇ、美雪ちゃんと菜央ちゃんは短冊って書いた?どんなお願い事をしたの? 美雪: んー、秘密っ。こういうことは人に話したりしたら、御利益が薄れちゃうからねー。 菜央: 何言ってるのよ、初詣じゃあるまいし。 菜央: そもそも、笹につるした時点でみんな見ることになるじゃない。本番より早いか、当日の違いよ。 そう言って、慣れた手つきで短冊用に紙を裁断していた菜央ちゃんが、呆れたようにため息をつく。 このあたり、はしゃいだりしないのはさすがというか……本当に年下なのかと疑いたくもなる。しっかりしていて、こちらはとても安心だけど。 美雪: いや、まぁ……その通りなんだけどさ。まーいいや、じゃあ特別に見せてあげよう! ほらっ、と美雪ちゃんが突き出した短冊には……。 菜央: ……『立派な警察官になりたい』?隠す必要も無いくらい、普段言ってる通りじゃない。 一穂: あ、あははは……。 菜央ちゃんの言う通り、当然の内容だったので納得はできたけど……どう反応したものか、困る。 とりあえず、変な相づちもかえってまずいと思い直した私は……美雪ちゃんには申し訳ないが、とっとと話題の矛先を変えることにした。 一穂: ちなみに、菜央ちゃんは? もう書いたの? 菜央: あたしは毎年、同じ願い事よ。『一流のデザイナーになれますように』って。 美雪: おぅ、キミだってそのままじゃんか。 さっきの意趣返しのつもりか、美雪ちゃんが口をとがらせながら挑発するように言い返す。 だけど菜央ちゃんは、どこ吹く風とばかりに「そうかもね」と意に介した素振りもなかった。 菜央: 誰がなんて言おうと、あたしの夢はこれだけよ。美雪のようにブレたりなんかしないわ。 美雪: おぅおぅ、誰がブレブレだって~? 一穂: ふ、2人とも落ち着いて……! 半ばじゃれ合いだとは思いつつも、やっぱりこの2人が言い合う姿は見ていてハラハラとさせられる。 すると、そんな私たちのもとにやってきたレナさんがさりげなく間に割って入って……優しく菜央ちゃんを引きはがしていった。 レナ: はぅ~、デザイナーさんかぁ。菜央ちゃんのお願い事、素敵だね~♪ レナ: じゃあその夢が叶うように、レナも一緒に織姫様と彦星様にお願いしてあげるねっ。 レナさんは自分用のまだ白い短冊を手に取ると、その表面にさらさらと鉛筆を走らせていく。 レナ: 『菜央ちゃんの夢が、叶いますように』……って。 菜央: ほ、ほわぁっ……?!あ、ありがとうレナちゃんっ! レナ: あははは、どういたしまして。願い事、叶うといいねっ。 菜央: え、えぇ! そのための努力は惜しまないわっ! 美雪: うーん……その勢いなら、短冊にわざわざ書かなくても普通に叶う気がするけどなぁ。 菜央: じゃあ、あんたも当たり前すぎるから短冊を書き直したら?あんたの新しい願い事は、そうね……。 菜央: 『落ち着いた大人の女性になりたい』……なんてどうかしら? 美雪: お、おう……?!つまり私は、天に願いでもしなきゃ落ち着いた大人の女性になれない……ってコト?! レナ: ふふっ……大丈夫。成長したら2人とも素敵な大人の女性になれるよ。 短冊片手にじゃれ合う美雪ちゃんと菜央ちゃんを、レナさんはくすくすと笑いながら見守っている。 ……と、その一方で。 沙都子: むむむ……。 梨花: みー……。 羽入: あぅあぅ~……。 沙都子ちゃんと梨花ちゃん、そして羽入ちゃんはなぜか3人とも声をあげながら頭を抱えていた。 一穂: え、えっと……沙都子ちゃんたちは、どうしてそんなに悩んでるの? 沙都子: それが……願い事が多くて、1つに絞れませんの。 一穂: えっと……これって沙都子ちゃんが書いたの?見てもいい? 沙都子: ええ、どうぞ。 一穂: 『みんなと楽しい一年を過ごせますように』『カボチャが世界から消滅しますように』……? 沙都子: 『ブロッコリーかカリフラワーが世界から消滅しますように』もありますわ。あとは……。 一穂: …………。 ……最初の短冊以外はツッコミどころ満載だけど、黙っておこう。 一穂: (でも、なんでブロッコリーとカリフラワーは同時に存在したらいけないのかな……?) 短冊に書く以上はきっと切実な問題があるのだろう。……惜しむらくは、私には理解できないだけで。 梨花: みー……。 一穂: 梨花ちゃんも、願い事がたくさんあるの?……って、あれ? 小さな手に握られた短冊は、真っ白だ。 不思議に思っていると、頭を抱えていた梨花ちゃんが寝起きのネコを思わせる緩慢な仕草で私を見上げた。 梨花: みー……ボクの場合は、どう書けばいいのかわからなくて……中身がまとまらないのです。 梨花: あえて強引に言うとすれば、『世界が平和でありますように』なのですが、いざ文章にするとなんだか違う感じがして……。 美雪: ……どこかの街角でよく見かけるような文言だね、それって。 一穂: ……つまり、願い事を表すのにぴったりな言葉が浮かばない……ってこと? 梨花: そういうことになるのです……みー。 一穂: (梨花ちゃん、国語の成績はいいはずだけど……) それくらいに、梨花ちゃんの願い事は言葉にするのが難しいということなんだろうか……?事情のわからない私には、なんとも言えない。 一穂: それじゃ、羽入ちゃんは……? 羽入: あぅあぅ……僕も沙都子や梨花と同じなのです。願い事の数が多い上に、短冊一枚にまとめるのが難しいと言いますか……。 一穂: たくさんお願い事があるけど……それをまとめるぴったりな言葉が思い浮かばない……と? 羽入: はいなのですよ……うぅっ!まとまりそうでまとまらないのです……! どうやら短冊に対して3人それぞれに思うところがあるらしい。 この調子だと、書き上がるのにはまだまだ時間がかかりそうだ。 魅音: ……んんー……。 ……と、そんな中。魅音さんが何やら考え込みながら未記入の短冊を見つめていた。 レナ: はぅ……ひょっとして魅ぃちゃんも願い事が1つに絞りきれないのかな、かな? 魅音: あ、いやそうじゃなくて……ちょっと、試してみたいことを思いついちゃってさ。 一穂: 試したいこと……? 魅音: 短冊ってさ、折り紙とか紙を細長く切ったものに願い事を書くのが定番……というか普通じゃん? 魅音: けど、別にそうしなきゃダメ! って決まりがあるわけじゃないでしょ。 菜央: 言われてみれば確かにそうかも……かも。 美雪: あ、星形に切った紙を短冊代わりにして願い事書いたヤツを近所の幼稚園で見たことあるよ。 レナ: はぅ……星形の短冊って七夕っぽくて素敵だね。 魅音: へぇ、そんなのあるんだ。じゃあ、星形短冊が許されるならさ……。 魅音: 七夕の短冊に、『ロールカード』を使ってみるってのは……アリだと思う? Part 02: 沙都子: えっと……つまりどういうことですの、魅音さん? 魅音さんが今話してくれた内容を聞いたのか、頭を抱えていた沙都子ちゃんたちも顔をあげる。そして、こちらの会話に参加してきた。 美雪: 短冊に、『ロールカード』を使う……?んーごめん、どういう手順で進めるのかピンと来ないから、説明してよ。 いぶかる私たちの意見を代弁するように、美雪ちゃんが魅音さんに疑問を投げかける。すると、 魅音: ほら、この「カード」を見てよ。 魅音さんは自分のポケットから手持ちの「カード」を取り出し、かざすように見せながら説明してくれた。 魅音: これってさ、サインペンとかなら文字が書き込めるんじゃないかなって思って。 菜央: うーん、大丈夫かしら……? 梨花: ……みー。材質的には、たぶん可能だと思うのです。 梨花: では魅ぃ、これを短冊代わりにして願い事を書き込もうということなのですか? 魅音: その通り! さっすが梨花ちゃん! 美雪: いや、今の説明からだとそうとしか捉えられないでしょ……。 魅音: で、ここに思いを込めた願い事を書き込んで短冊の代わりに笹に吊るしたら……。 魅音: もしかしたら、実際に叶うんじゃないかなってさ?! 沙都子: 魅音さん……相変わらずというか、ずいぶんと奇想天外に等しいことを思いつきましたのね。 沙都子: まぁ、確かにこの「カード」には不可思議な力が宿っているようですけど……短冊代わりにするのは罰当たりではありませんの? 梨花: …………。 沙都子: な、なんですの梨花……?じーっと私を見て。 梨花: ……なんてことを言いながらこの前沙都子は、箪笥の下に入り込んだプリントを引っ張り出すためにこの「カード」を使っていたのですよ。 沙都子: ぎくっ?! 美雪: あー、あるよね隙間に紙が滑り込んじゃうことって。私は物差しを使って取ることが多いけどさ。 レナ: はぅ……でも箪笥の下に差し込むのと、直接文字を書き込むのだと意味がかなり違ってくるんじゃないかな……かな? 魅音: あ、あれ? ダメ……? ふんわりと漂う不安な空気に、魅音さんが不安そうに目をしばたかせる。私たちの反応が悪いのが、少し意外だったようだ。 と、そんな中……一同の中から梨花ちゃんがそっと手を上げ、「みー」と口を開いていった。 梨花: ……ボクは、魅ぃに賛成なのですよ。 羽入: あぅあぅ……だ、大丈夫ですか? 梨花: みー……ものは試しに、やってみるのも面白いと思うのですよ。 羽入: でも、万が一、取り返しのつかないことが起きたりでもしたら……。 梨花: ボクは試してみたいのです。このカードの謎や正体を知る、いいきっかけになるかもしれないのですよ。 羽入: あぅあぅ……。 言い返す言葉が思いつかないのか口ごもる羽入ちゃん。 美雪: じゃ、とりあえず一度多数決取ってみる?私は賛成に1票! びっ! と美雪ちゃんが天高く右手を挙げる。 沙都子: 私もですわ。もしこれで願いが叶うなら儲けものですわ~。 梨花: ボクも賛成なのです。 魅音: 提案した私は言うまでもなしだから、4票だね。で、残りは……。 羽入: ぼ、僕は……ちょっと……あぅ。 レナ: さすがに危ないんじゃないかな……かな。 菜央: あたしもレナちゃんと同意見。もし「カード」が使えなくなったら、どうするのよ? 梨花: ……一穂はどう思いますですか? 一穂: えっ……?! 梨花ちゃんに話を向けられた私は、心臓が縮むような感覚を抱いてしまう。 そして、みんなの視線が集まる中……おそるおそる口を開いていった。 一穂: わ、私も反対……かな……。 沙都子: ひぃふぅみぃ……あら?賛成も反対派も4人ずつですわね。 魅音: 見事に分かれちゃったねー。まぁ、反対というか慎重派って感じの意見だけど。 一穂: …………。 自分の一票が決定の決め手にならなかったことに、ひっそりと胸をなで下ろす。 魅音: さて……どうしようか、この状況は。 梨花: 賛成派だけやってみるのはどうでしょうか? 菜央: それはそれで、ちょっと微妙じゃない?多数決の意味がないわ。 菜央: というか梨花、なんだか妙にやる気ね。 梨花: ボクはいつだってやる気満々なのです。 にこっ、と梨花ちゃんが微笑み……。 詩音: はろろーん。皆さんお集まりで七夕の準備ですか~? その直後に教室の扉が開き、詩音さんが顔を覗かせた。 魅音: ……あっ、いいところに!あんたも参加してよ! 羽入: そ、それはずるいのです!詩音だったら絶対絶対ぜーったい賛成するに決まっているのですよーっ! 一穂: た、確かに……! 詩音: は? あの、賛成って……いったい何の話です? 魅音: いやー、実はさ……。 珍しく困惑した様子の詩音さんに、魅音さんが手早く説明する。 詩音: あー……なるほどなるほど。皆さんがここで盛り上がっていたのはつまり、そういうことですか。 魅音: で、詩音の意見は? 詩音: もちろん賛成です。苦しい時の神頼み、って言いますしねー。 詩音: ……ん? こういう時はイワシの頭も信心から、の方が適切なんでしょうか? 詩音: まぁ#p雛見沢#sひなみざわ#rでイワシの頭って言うと逆に縁起が悪い気もしますけどねー。 美雪: あー、確か節分だと鬼を退散させるためにイワシの頭を柊に指して玄関とかに指すんだっけ。 羽入: あ、あぅあぅ……?!?!生首を玄関に掲げるなんて恐ろしいのですよ……! 一穂: ひ、ひぇええっ……?! レナ: はぅ……そういう言い方だと、なんだか吸血鬼のモデルになった人みたいだね。 菜央: ……イワシの頭って、生首って呼ぶかしら? 沙都子: 一応生首を掲げるで合っているとは思いますが、イワシですものね……。 魅音: はいはい、話が脱線しかかけているよ!というわけで各自、自分の「カード」に願い事を書くように! 魅音さんが七夕の飾り作り用のマジックペンをテーブルに置き、各々が手を伸ばす。 一穂: 本当に書いて大丈夫かな? 美雪: 端っこに小さい文字でなら支障はない!……気がする。 梨花: みー。2/3が無事なら大丈夫なのですよ。 菜央: 破れたお札じゃないんだから……。何かあった時に、誰が交換してくれるのよ。 一穂: えっ、破れたお札って交換してもらえるの? レナ: うん。銀行とかで交換してもらえるよ。 沙都子: あら、一穂さんもやってしまったクチですの? 菜央: も、ってことは沙都子もやらかしたの?……お金は大事にしなさいよ。 沙都子: ぬ、濡れたお札って折りたたみシワの弱った部分から簡単に破れるんですのよ?! 梨花: みー、お札も結局は紙なのです。 なんてことを言いながら積極的に、あるいは消極的に「カード」へと一番の願いごとを書き込んでいく。 詩音: …………。 詩音さんもしばらく考えてから何かを書き込もうとしたように見えたけど……。 詩音: ……やっぱり、こっちで。 その途中でぴたりと手を止めて小声でつぶやき、塗り潰すような動作の後にさらさらとペンを走らせて書き直していた。 魅音: どれどれ、詩音は……ってあんた、まだ諦めていなかったんだね。 詩音: いいじゃないですか。悔し紛れの腹いせってやつですよ。 そう言って詩音さんはぷぃっと顔を背ける。……何を書いたのかは、私のいる位置からだとわからなかった。 詩音: それで、この何も飾っていない笹に来週飾り付けするんですか? 魅音: そうだよ。当日の授業が終わってからね。 詩音: じゃあ……その日に参加できないかもしれない私は、一足先に吊るさせていただきますね。 詩音: あっ、しまった……紐を通す穴がない。 沙都子: 穴開けパンチならありますわよ? 菜央: でも、カードに穴を開けるのはどうかしら……。 梨花: けど、このままじゃ吊るせないのですよ。 レナ: じゃあ「カード」の裏表を長めに取ったセロテープで跨ぐみたいに繋げて、飛び出たテープ部分に穴を開けるのは? 詩音: いいですね。それ、いただきです。 そう言って、詩音さんは「カード」に張ったテープの取っ手に穴を開け、願い事を書いたそれを笹に吊るしていく。 詩音: これでよし……っと。 沙都子: あ、では私もついでに……。 梨花: みー。なくすといけないので、ボクも吊るしておくのですよ。 そう言って他の子たちも、詩音さんと同じように笹へ「カード」を吊るしていく。 ……けれど、それを見つめる私は不安でいっぱいだった。 一穂: だ、大丈夫なのかな……? 羽入: ……心配なのですよ、あぅあぅ。 Part 03: 詩音(私服): んんっ……ふわぁ。あー……。 昨夜は暑くてあまり眠れなかったせいか、気だるさを覚えながらベッドから起き上がる。 昨日は分校から、バイトに向かったのだけど……帰宅して風呂を沸かしている間に寝てしまったようだ。 日は登り始めているが、まだ時間は早い。……とはいえ二度寝したら、遅刻する時間だ。 詩音(私服): なんか気も乗らないし、今日はサボっちゃおうかな……あれ……? ふと目に入った日めくりのカレンダーを見て、私は首を傾げる。 今日は、7月7日……世間で言うところの、七夕の日だ。 詩音(私服): 日付、間違えていたのかなぁ……でも……。 そういえば……昨日バイト先で、そんな話をした気がする。確か、明日は七夕だ……とかなんとか。 詩音(私服): 寝起きで、頭がボケちゃったのかな……。 となると、おそらく私の通う#p興宮#sおきのみや#rの学校でもその話題で持ちきりだろう。 ただ、提案した村おこしの企画が通らなかった以上……私にとって、7月7日は単なる平日の一日でしかない。 詩音(私服): (あの村おこし企画が通っていたら、今日はこんなふうにだらだら惰眠している暇なんてなかったんだろうけどね……) ぼんやりとまどろみながら、二度寝に入ろうとして……。 玄関のチャイムが鳴った。 詩音(私服): …………? 直後、ドアの向こうからノックの音。 詩音(私服): (宅配……の、予定は無し。葛西が起こしに来たのかな) ここ最近、籍を置いている興宮の中学を頻繁に休んでいることをどういう経由か知らないが、小耳に挟んだのかもしれない。 詩音(私服): (情報元は……誰だろ、圭ちゃんかな) あの人たらしはお姉のみならず、葛西までたらし込んでくれちゃったのだろうか。 詩音(私服): (うぅ、起きたくないな……) 葛西だって別に、意地悪で起こそうとしているわけじゃないってわかっている。 ……けど、今は眠い。ひたすらに眠い。 詩音(私服): 今日は休むからー。 ありがたさより煩わしさに駆られた私は、玄関に向かってぞんざいに返事をする。 だが、チャイムとノックはなおも諦めることなく断続的に続けられた。 詩音(私服): ったく……聞こえなかったー?今日は私、休むって言ったんだけどー! ほとんどがなり立てるように叫んだ鉄の扉。すると、その向こう側から……。 悟史: 『休むって……開けてよ、詩音……!今日は大事なイベントがあるんだからさ……!』 聞こえるはずのない声が、……聞こえてきた。 詩音(私服): ……えっ……?! 耳を疑うよりも、身体が先に反応して動いた。 それまで私の意識を支配していた眠気は即座に吹き飛び、私は突進するような勢いで玄関のドアを開ける。 悟史: わぁっ?! 開いた扉の、向こう側。 ……そこにいたのは、ずっと見たかった……顔……。 ずっと会いたいと焦がれていた……あぁ、あああっ……!! 詩音(私服): さ……悟史くんっ……?な、なんでここに……?! 悟史: むぅ……なんでって。 久しぶりに、聞いた。 詩音(私服): (「むぅ」、って、声……) ずっと……ずっと、聞きたかった。 その声が、柔らかい響きが……私の全身を、魂を奥底から震えさせる。 詩音(私服): ぅ、ぁ……。 悟史: 君が言ったんじゃないか、詩音。もし寝坊でもしたらみんなに迷惑がかかるから、念のために起こしに来てくれって。 感動で打ち震えていたけど、困った顔で続けられた言葉の意味が……よくわからない。 いや、それ以前にこれは……これは……?! 詩音(私服): (えっと、その……えぇっ……?!) 驚きながらも喜んでいいのか、それともこれは夢なのか……? 寝起きということもあり思考が真っ白になっていた私はそっと玄関の壁によりかかり――。 詩音(私服): ふんっっっ!!! 壁に向かって頭をがんっ、と叩きつけた。 激痛の直後、眼球の裏側に光が飛び散る。 頭のてっぺんからつま先まで走るような激痛。痛い、つまりは感覚がある……と言うことは?! 悟史: わぁっ?! し、詩音っ? どうし……え? 突如頭を打ち付けた私を前に悟史くんは悲鳴を上げるも、直後呆然とした表情の私に身体や顔をぺたぺたと触られ驚いたのか硬直したように動きを止める。 でも固まって動けなくなっていても肌は温かくて、柔らかくて……。 詩音(私服): あ、ぅ、あ……あ、ああああ……! これが現実だと悟った私は、ボロボロと泣きながら抱きつこうとして……。 詩音(私服): うぁああああああっっ?!?!?! 悲鳴をあげながら後ろに飛び退いた私に、ようやく動きを取り戻した悟史くんがおそるおそる腕を伸ばして。 悟史: ちょっ……詩音?い、いったいどうしたんだい……?! 詩音(私服): ま、待って! 彼の動きを、突きつけた手のひらで制止する。 詩音(私服): ご、5分でいいから待って!シャワー浴びさせてくださいっ! 昨日の夜にお風呂へ入りそこねたことを思い出した私の悲鳴のような絶叫は、二重三重に痛々しくマンション中に響き渡った……。 悟史: えっと……シャワー浴びて落ち着いた? 詩音(私服): え、えぇ……取り乱してごめんなさい。 まだ濡れている髪を肩にかけたタオルで拭きながら、すんっと鼻をすする。 そして、髪や身体を洗っているうちにようやく泣き止んだ私は……とりあえず、納得してくれそうな言い訳を並べ立てていった。 詩音(私服): 実は昨日の夜、少し熱が出て……あ、もう下がりましたけど! 詩音(私服): そのせいで、怖い夢を見てしまったんです。それで、その……びっくりして……ごめんなさい。 熱が出たなんて、口からでまかせだ。……でも悟史くんは特に驚くこともなく頷いてくれた。 悟史: そうなんだ……確かに、沙都子も熱を出した夜は急に夜中に飛び起きて泣き出したこともあるし……そういうことって、よくあるんだね。 悟史: けど、落ち着いてくれたならよかったよ。 困惑しながらも優しい言葉をかけてくれる彼を前に、胸がきゅんきゅんと高鳴るのを感じながら私は自分の膝をつねりあげる。 詩音(私服): (落ち着け園崎詩音! 不審に思わせるな!せっかく再会できたのに距離を置かれたら、後で死にたくなるくらい悔やむことになる……っ!) 肉をつねる痛みを感じながら自分に言い聞かせ、無理矢理笑顔を作る。 詩音(私服): ごめんなさい、まだちょっと頭がぼーっとしてて……あの、まだ時間って間に合いますか? 悟史: まだ七夕祭りの準備には、十分間に合うよ。そのために、こんなにも早い時間に起こしに来たんだからさ。 詩音(私服): 七夕祭り……? 悟史: そうだよ。#p雛見沢#sひなみざわ#rの七夕祭り。沙都子も村のみんなも楽しみにしているから、頑張ろうね。 よく知っている悟史くんの顔で、声で、告げられた祭の名前は……あれ、えっ? 詩音(私服): でも、それって#p綿流#sわたなが#rしの直後だから開催できないってことになったはずですよね? 悟史: 綿流し……?えっとごめん、それって何のお祭りの話……? 詩音(私服): は……? 訝しげに首を傾げる悟史くんの返答に、私は唖然と目を見開いた。 Part 04: レナ(私服): はぅ~! 屋台たっくさんあるね! 魅音(私服): 近くの別イベントが中止になったらしくてさ。出店計画が宙に浮いたテキ屋の連中を受け入れたら、こうなっちゃったんだよ。 レナ(私服): あははは! でも、おかげで初イベントなのにすっごく盛り上がっているね! 沙都子(浴衣): あ、あれ美味しそう! 梨花(私服): みー……一緒に食べに行くのですよ。 古手神社の境内にはたくさんの屋台が建ち並び、賑やかで華やかな世界が広がっている。 その花道のような祭会場の中を、レナさんやお姉、沙都子たちは練り歩いてとても楽しそうな雰囲気だ。 私はそれを、少し離れたところから悟史くんの腕を掴み……もとい、組みながら眺めていた。 悟史(浴衣): し、詩音……歩きにくくない? 詩音(浴衣): いえ、平気です。でも、今朝みたいに倒れたら迷惑かけちゃうので悟史くんさえよかったら、支えてくれませんか? 悟史(浴衣): ……うん。いいよ。 詩音(浴衣): ありがとうございます!悟史くんならそう言ってくれると思いましたっ。 言いながら悟史くんの腕に腕を絡める。 悟史(浴衣): え、えっと……むぅ……。 彼は照れたように頬を僅かに赤く染めつつも無理矢理ほどくような真似はしなかった。 まんざらじゃないのかもしれない……勝手な思い込みだとしても、そう信じたかった。 先を行く沙都子がはしゃいでいるのを時折たしなめる悟史くんを見ながら……私は彼の腕に、自分の腕を絡める。 詩音(浴衣): (…………夢みたい) ずっと望んでいた、幸せな時間。 いつまでもずっとずっと、この時間が続けばいいのに……。 だって私はずっとずっと……この瞬間を、待ち望んでいたのだ。 詩音(浴衣): ずっと、ずっと……ずっと……。 詩音(浴衣): …………。 悟史(浴衣): 詩音、どうしたんだい? 詩音(浴衣): ねぇ、悟史くん……ちょっと、来てもらえませんか? 悟史(浴衣): ん? うん、いいよ。 素直に頷いた彼に頷き返し、私は彼の手を取り歩き始めた。 悟史(浴衣): あの……詩音? 会場からかなり離れたところまで無言で進んでいくと、さすがに焦れてきたのか悟史くんが控えめに声をあげた。 詩音(浴衣): なんですか、悟史くん? 悟史(浴衣): えっと……どうしたの、詩音?今日は朝から変だよ。 戸惑う彼……私のよく知る悟史くんの声と顔。 詩音(浴衣): ……悟史くん。 私は彼から腕を放して距離を取ると、とびっきりの笑顔で話しかけた。 詩音(浴衣): ひとつ……聞きたいことがあるんです。 詩音(浴衣): 悟史くんは本当に、「#p綿流#sわたなが#rし」について何も知らないんですか? 悟史(浴衣): う、うん……今朝にも話したけど、詩音が何のことを言っているのかよくわからないよ。それって、君が見た夢の話? 詩音(浴衣): そうですね……夢でもあり、現実でもあるといったほうが正しいでしょうか。 詩音(浴衣): あと、もう少しいいですか? 詩音(浴衣): 古手羽入、赤坂美雪。公由一穂。鳳谷菜央……この4人の名前に聞き覚えはありますか? 悟史(浴衣): はにゅ……? ごめん詩音、なんの話? 戸惑う彼を見つめながら、私はポケットに手を入れる。 詩音(浴衣): 確信したくなかったんですけど……その反応なら、確定ですね。 詩音(浴衣): 何がどうしてそうしたのかわかりませんが……そこはとぼけるべきじゃありませんでした。 悟史(浴衣): …………? 詩音(浴衣): あの4人がここにいない時点で、おかしいと思ったんです。 悟史(浴衣): 詩音? なんの話を……。 自分でも底冷えするような冷たい声と共に取り出した『ロールカード』を武器に変え、私はその先端を突きつける。 詩音(浴衣): ……まぁ、確信したのは別のことですけど。 悟史(浴衣): べ、別……? 詩音(浴衣): いくらお姉やレナさんが一緒だからと言って、沙都子に何も言わずに私についてくるなんてあり得ない。 ……個人的には、あり得て欲しかった。 けど彼が沙都子の手を払って、私の手を取るなんてことは一度たりともなかった。 そう……彼はそんなことをしない。 そうだ。だから、だから私は、彼が、悟史くんが……!! 詩音(浴衣): 沙都子をッ! 妹をッ!!!他人に任せて置き去りにするはずがないんですッ!! 「北条悟史」に向けて凄みながら、私は改めて武器を構え直す。 詩音(浴衣): さっさと正体を現しなさい……!こういう悪い夢に惑わされるのは、何度も何度も経験して飽き飽きしてるんですッッ!!! 悟史(浴衣): ちょっ……な、何を言い出すのさ詩音っ?いったいなんで、こんなことを……?! 詩音(浴衣): ……悪いですが、最初から疑っていたんですよ。 詩音(浴衣): 私が綿流しのことを聞いた時……あんた、「何のお祭りの話」って言いましたよね。 詩音(浴衣): 初めて聞く名前のはずなのに、どうしてお祭りのことだってわかったんですか? 詩音(浴衣): 綿流しって言葉に、祭なんて入っていないのに? 悟史(浴衣): ――――。 詩音(浴衣): どなたか知りませんが、ありがとうございます私に悟史くんとお祭りを楽しむ気分を味わわせてくれて! 詩音(浴衣): でも偽者でも幸せならそれでいい……なんて、そんな殊勝なことを言う女じゃないんですよ私は!! 詩音(浴衣): 教えて貰いますよ!こうして私を惑わせようとするあんたたちは何者なのかってことを! 詩音(浴衣): いったい、何を企んでいるんですか?! 悟史?: ……簡単なことだよ。 悟史くんの声で、でも悟史くんじゃあり得ない低くて冷たい声で悟史くんによく似た何かが……言葉を継げる。 悟史?: お前が一番……#p雛見沢#sひなみざわ#rを嫌っているから。 悟史?: お前の心を折れば……そこに残るは屍のみ……! 詩音(浴衣): このっ……! これ以上、悟史くんの顔と声で!彼が絶対言わない言葉を言うんじゃな……いっ?! 叫ぶ声を遮るように「悟史」の姿がみるみるうちに、不定形の「影」へと変わっていって……! 詩音(浴衣): (しまった! 判断が遅れた?!) 偽者とは言え、悟史くんの姿に一歩遅れを取った私の身体は瞬く間に「影」から巨大な「闇」へと変貌したものに飲み込まれていく……! 詩音(浴衣): ぐっ……? わ、私に何をっ……?! 闇: ……そのまま飲み込まれて、我々の駒となるといい。 闇: そうすればいつまでも終わらない、甘い夢を見続けられる。望みは叶う。理想は手に入る。 闇: ……嬉しいだろう? 詩音(浴衣): ふざ、けるなぁっ……!そんなもの、嬉しいわけがあるかぁっ……!! 詩音(浴衣): 私が会いたいのは、本物の悟史くんだけ……! 詩音(浴衣): それまで沙都子を守って、守り抜いて約束を果たして、あ、がっ……ぐ……?! むちゃくちゃに手足を振り回して振り切ろうとするも、少しずつ体が重くなって……。 詩音(浴衣): (身体が、動かない……?) 自由の聞かない全身に引きずられるように、頭がもやがかかったようにぼんやりして、意識が、ダメ……今ここで気を失ったら……!! 詩音(浴衣): 沙都子……お姉……みんな……。 必死に伸ばし続けた手が、少しずつ重くなって。 詩音(浴衣): (……あぁ、だめだこのままじゃ、力が、持たない……落ちる……!) 意識が薄らいでいくと同時に、少しずつ肩が下がり、肘が折れ、腕が、下がって……。 完全に力が抜け落ちた直後、力を失いかけた手が……力強く、掴まれた。 詩音(浴衣): えっ……?! Epilogue: 一穂: 詩音さん……しっかりして! 沙都子: お願いしますわ!目を開けてくださいまし、詩音さんっ……! 詩音: っ……沙都子……? 一穂、さん……? 目を開けた瞬間、目の前に飛び込んで来たのは心配そうに顔を覗き込んでくる沙都子と一穂さんだった。 詩音: 私はいったい……。 魅音: ……はぁ、やっと起きたね。 床に寝転がされていたようでゆっくりと上体を起こすとお姉と目があった。 魅音: あんたひとりだけずっと寝っぱなしだったから、今から診療所に運ぼうと思っていたところだよ。 魅音: まったく寝過ぎだっつーの。夜更かしした?寝不足は美容の大敵とか言ってたのにさぁ。 そう言って軽口を叩く魅音の目尻には、うっすらと涙が浮かんでいる。 私が目を覚まさないものだから、ずいぶんと心配してくれたのだろう……相変わらず、素直じゃない。 詩音: ここ、は……え? 視界に映ったのは分校の教室。そして隅には、灰になって崩れようとしている笹らしき残骸があった。 詩音: い、いったい何が……? 美雪: いやー、私もよく覚えてないんだけどさ。みんなで笹に願いごとを書いた「カード」を吊した直後から、記憶がなくて……。 一穂: え、えっとね……みんなが笹に「カード」を吊して……つまり「カード」を手放した直後に、教室に『ツクヤミ』が現れたの。 羽入: あぅあぅ……僕と一穂だけが敵が現れた直後、「カード」に手が届いたのですが……他のみんなは一斉に、倒れてしまったのです。 詩音: つまり……2人が倒してくれたってことですか? 一穂: い、一応……でも倒したと思ったら、急に笹が燃え始めちゃって。 羽入: 一穂と慌てて「カード」を外したのです……はい、詩音の……。 詩音: どうも……。 渡された「カード」を受け取り……思わず、目をむく。 確かに書いたはずの願い事が、そこにはなかった。 詩音: (敵を倒したら、消えた……?それとも一穂さんたちが消したから目が覚めた?) 梨花: みー……。 いぶかしむ私の背後で、梨花ちゃまの声がした。 梨花: 何が原因かはよくわかりませんが……。 梨花: 『ツクヤミ』を相手にして戦うにはとても頼もしい道具でも、この「カード」の力を信じすぎるのは危険かもしれないのです。 沙都子: ……ですわね。これまでに何かと役に立ってくれていたので、私たちも少々油断が過ぎたようでしてよ。 沙都子: けど梨花、あなたは今回珍しいくらいに乗り気で実験に賛成しておりましたわね。何か理由があってのことですの? 梨花: この「カード」のことを知りたかったのです……でも、少しやり過ぎてしまいましたのです。 梨花: ごめんなさいなのですよ。 魅音: い、いやいや! 最初に言い出したのは私だし!ほ……ほら詩音! あんたも何か言いなよ! 詩音: ……どうやって全員、目を覚ましたんですか? 魅音: いやそうじゃなくて! いつものヤツ!言い出しっぺはお姉じゃないですか、ばかー……とか! 美雪: いやいや、それを言ったら多数決で賛成した私とかにも非があるからね。 レナ: はぅ……みんな無事に帰ってくることができたんだし、魅ぃちゃんも自分を責めないで欲しいな。 レナ: けど、みんなどうやって幻の世界から戻ってくることができたのかな、かな……? 菜央: 覚えてないの、レナちゃん?あたしは確か……あれ? あれ……? 魅音: ……おかしいな。脱出する時に強烈なインパクトがあったはずなのに。 魅音: なーんかきっかけがあった気がするんだけど、思い出せないな……なんでだろう? 羽入: あぅあぅ、とりあえずみんなが無事で本当に良かったのですよ。 羽入: だから、頭が痛くなるほど考える必要はないのです。 詩音: ですね……。 苦笑気味に答える私も、脱出の時のことはよく覚えていない。 ……ただ、悟史くん「のようなもの」が自分に対して告げた言葉だけは。 ブラウン管の焼き付きのように、私の中に残っていた。 詩音: 私が一番……か……。 一穂: ? どうしたの、詩音さん。 心配そうな表情で尋ねてきた一穂さんに、私は何でもない、と返す。 詩音: こんなんじゃ、今年の七夕は中止ですね。書いたはずの願い事に殺されそうになるなんて、七夕直前に悪い夢を見ちゃいました。 おどけたように笑った直後、背後でピリッと空気が張り詰める気配。そして――。 魅音: はぁっ?! あんた何言ってるの?! 魅音: バカ言うんじゃないよ! あんたがぜひにも、って提案するから、町会の連中に無理を言って村挙げての七夕祭りを開催することになったのにさ! 魅音: 今さら全部無かったことになんてできるわけないでしょーがっ! 不機嫌そうに口をとがらせた魅音が怒りの形相のまま告げた言葉は、えっと……あれ……? 詩音: は……? あの、それはどういう……? 私は唖然とする私を美雪さんとレナさんが不思議そうに見つめる。 美雪: えっと……来週の七夕祭りって、そもそも詩音が言い出したんじゃなかったっけ? レナ: はぅ……レナもそう聞いていたけど……。 魅音: 聞いているもなにも、そうだって!詩音、あんた大丈夫? まだ寝ぼけているんじゃない?! 詩音: …………。 詩音: (七夕祭りの提案は、寄り合いで却下されたはず) なのにお姉の言葉を信じるなら、寄合の賛成を得て来週に開催される……そういうことに、なっている? 詩音: まさか……?! 魅音: えっ、詩音?! 私は燃え尽きた笹の残骸である灰の中に手を入れて中を撫でる。 熱くはないものの、全て細かな灰になってしまいさらさらとした砂のような感触が続く中……。 指先がわずかに灰よりも固いものに当たった瞬間、それを中から抜き取った。 白い灰にまみれたそれは、「#p雛見沢#sひなみざわ#rで七夕祭りを開催したい」と間違えるはずのない私の字で書かれた「カード」……?! 詩音: あっ……?! 直後、「カード」は指の中でぼろりと崩れて一瞬にして砂と化し灰色の山を構成する一部になった。 でも、確かに見た……今の「カード」は、私が書いた……!! でもさっき羽入さんが私の「カード」だって何も書いていない「カード」を手渡してくれた。それは今、私のポケットに入っている。 だとしたら、今の「カード」は……?いや、それよりも……。 詩音: (どうして、私の願い事だけが叶って……?) 再び灰の中に手を突っ込むも、もうそこに先程と同じような固い物は存在してなかった。 梨花: 詩音? どうしたのですか? 詩音: あ…………。 傍らに立つ梨花ちゃまが、やや不安そうに尋ねてくる。 どうやらさっきの「カード」は、私の身体が死角となって他の誰にも見えなかったようだ。 みんな不思議そうな顔をして……私を見ている。当然だ、突然叫びながら灰に手を突っ込んだのだから。 詩音: いえ……なんでもありません。来週のこともありますし、そろそろ帰りましょうか。 美雪: にしても今日で一つ学んだよ。「カード」を肌身から剥がすのは危険! レナ: はぅ……それも大事だけど、「カード」は大事に扱わないとね。 菜央: 「カード」が原因とは限らないけど、物を大事にするのは大切なことよね。 魅音: ぐぅううっ?! 一穂: み、魅音さんしっかり?! 菜央ちゃんっ!! レナ: 魅ぃちゃん、菜央ちゃんは責めるつもりはないから……。 詩音: ……………………。 盛り上がるレナさんたちの声を遠く聞きながら、私は両手にこびりついた灰の粉を見下ろす。 あの夢は……なんだったんだろう。 詩音: (わからない……だけど、一つ言えることがある) 詩音: (あんなニセモノの夢じゃ、私は満足なんてできない) 詩音: ……ねぇ、沙都子。 沙都子: なんですの、詩音さん。 声をかけると、沙都子が不思議そうに私を見上げてくる。 ……悟史くんに似た瞳が、私を見ている。 詩音: ……お祭り、楽しんでくださいね。今回の七夕祭りも、そのために頑張っているんですから。 沙都子: ? えぇ、もちろんですわ。全力で楽しませていただきますわ~! 詩音: そうしてください。 手についた灰を軽く払い、笑う沙都子の頭をくしゃりと撫でる。 沙都子: わっ! な、なんですの? 詩音: いいじゃないですか……そんな気分だったんです。 私は進む。進み続ける。 ……悟史くんと再び巡り会える日まで。 彼が残した大切な宝物を、守りながら。 詩音: (待っててね、悟史くん) この思いは……七夕なんかに願ったりしない。己の手で、叶えるのだ。 そのためなら……。 詩音: 私は、何でもしますよ。