Part 01: 大晦日の前日、久しぶりに#p雛見沢#sひなみざわ#rへ戻る車中で魅音が持ちかけてきた相談は意外なものだった。 梨花(高校生私服): えっ……? #p綿流#sわたなが#rしの奉納演舞を、お正月でもやることになった……? 魅音(大学生私服): うん。正式名称は「年越しの儀」で、演舞自体は最後に綿を裂いたりする以外ほぼ同じものでいいんだってさ。 魅音(大学生私服): で、町会の連中からぜひとも梨花ちゃんに可能かどうか相談してくれ、って頼まれちゃって……まいったよ。 そう言って魅音は、前を見据えながら雪が積もって滑りやすくなった道を慎重に、巧みに通り抜けていく。 免許のない私が言うのもなんだけど、彼女の運転は本来の性格のゆえんかとても丁寧で乗り心地が良く、上手だ。 ……あるいは学生の時から、こっそり隠れて車の運転をした経験があったのかもしれない。まぁ私有地内であれば、別に問題はないのだが。 魅音(大学生私服): 正直私は、あんまり乗り気じゃなくてさ。あの奉納演舞は『オヤシロさま』に捧げるものだから、1年に何度も見せるもんじゃないでしょ、って。 魅音(大学生私服): けど、ここ数年は古手神社を訪れる参拝の人もかなり減って、近くの温泉宿も含めて観光客が伸び悩んでいる感じだし……。 魅音(大学生私服): 何かしら人目を引いたり、話題になりそうなものを仕掛けていかないとジリ貧だって意見もあるから、一度梨花ちゃんの考えも聞いておこうと思ったんだよ。 梨花(高校生私服): ……そうだったのね。 なるほど……久々に顔を合わせたとはいえ車を走らせながら魅音の口数が少なかったのは、私にどう切り出そうかと迷っていたためか。 確かに、『オヤシロさま』に捧げる奉納演舞を正月でも行うのは、恐れ多い行為ともいえるだろう。……頭の固そうな連中を、よく説き伏せたものだ。 ただ、それだけこの雛見沢内の産業が逼迫しているという裏返しなのかもしれない。……だとしたら、私の答えとしてはひとつしかなかった。 梨花(高校生私服): ……わかったわ。大晦日の年越しの夜に、舞台の上で同じような踊りを舞えばいいのね? 梨花(高校生私服): 振り付け自体は毎年やってきたおかげで身体が覚えているから、問題はないと思うわ。 魅音(大学生私服): ほんとにっ? いやー、助かったよ……。梨花ちゃんが嫌だって言ったら、全部アウトになるって話だったからさ。 梨花(高校生私服): くす……そんな大げさに考えなくても。だいたい昔のあなただったら、調子に乗ってもっと無理難題を押しつけていたでしょうに。 魅音(大学生私服): えっ……そ、そうだったっけ?いやー、あれはまぁ若気の至りというか……みんなには悪いことをしちゃったねー。 そう言って魅音は、照れくさそうに頭をかいてみせる。 ……もっとも私は、あの時の無茶ぶりの数々を昔も今も、ちっとも不快になんて思っていない。 むしろ、身内同然に頼って信頼してくれたあの日々のことはとても懐かしくて……思い返すだけで笑みがこぼれる、大切な思い出だった。 梨花(高校生私服): それにしても、大学に行きながら村のことにも気を配っているなんて……二足のわらじ生活、大変なんじゃない? 魅音(大学生私服): あっはっはっ、今やっているバイトも加えると三足になっちゃうかな~。……けど、大丈夫だよ。私は私なりに、満喫させてもらっているからね。 魅音(大学生私服): むしろ今は、責任が増えた分思ったことを真っ向から皆にぶつけられるようになって、逆にやりやすくなったところもあるしさ。 梨花(高校生私服): そう。……なら、いいんだけど。 ……その言葉は半分以上本音でありつつも、残りは強がった建前だとよくわかっている。 ただ、それを指摘したところで彼女の性格上簡単に弱音を吐くとも思えないので……私はあえて気づかないふりをしておくことにした。 魅音(大学生私服): そういう梨花ちゃんこそ、今は生徒会に入って頑張っているって手紙に書いてあったけど……そっちでの生活は、どんな感じなの? 梨花(高校生私服): 私はまぁ……ほどほどってところかしら。成績はともかく、自分が何に向いているのかまだ手探りの状態だしね。 梨花(高校生私服): むしろ目覚ましいのは、沙都子よ。あの子も生徒会に入ることになるなんて、入学した時は夢にも思っていなかったわ。 魅音(大学生私服): あぁ、そうそう! ほんと聞いてびっくりしたよ~。まさかあの沙都子が、ってさ。くっくっくっ……! 魅音(大学生私服): そういや沙都子、今年は一緒に帰ることができないって話だったけど……ルチーアであの子、ちゃんとやれているの? 梨花(高校生私服): えぇ、心配は無用よ。夏の頃ならいざしらず、今回は「帰れない」じゃなくて「帰らない」だから。 梨花(高校生私服): ある先輩のつてで、冬期講習に参加するんですって。この冬の間に少しでも私との差を縮めてやるって、いつもの高笑いと一緒に息巻いていたわ。 魅音(大学生私服): へー、そうなんだ! 勉強嫌いだったあの子が、ずいぶん変わったもんだね~! 魅音(大学生私服): ……でも、私はずっと思っていたよ。沙都子は勉強ができないんじゃない、ただやり方を知らないだけなんだって。 魅音(大学生私服): だから、ちょっとしたきっかけさえあれば地頭は結構いいんだし、ものすごく成績が良くなるんじゃないかってさ! 梨花(高校生私服): えぇ……その通りね。 もっとも、その変化のきっかけとなったのが自分じゃなかったことについては若干今でも、含むところがあったりするのだけど……。 ただ、そうやって沙都子が前向きになってくれたからこそ……私はあの子を誘ってよかったと心から思えるようになったのも、また確かなことだった。 魅音(大学生私服): 今の話を聞いたら、詩音もきっと喜ぶよ。いや……むしろ驚いて、正気を疑ったりするかな? 魅音(大学生私服): 頭が変になったのが一周して、沙都子が別人になったとか言ってさ……くっくっくっ! 梨花(高校生私服): くすくす……ひどいわね、魅音。本人がいないのをいいことに、言いたい放題言って。きっとあの子、学園で今頃くしゃみしているはずよ。 沙都子(高校生): へっくしゅんっ……。 沙都子(高校生): あ、あら……? 風邪かしら。 魅音(大学生私服): まぁ、沙都子のことはひとまず置いておいて……ごめんね梨花ちゃん、せっかく帰ってきたのにゆっくりさせてあげられなくてさ。 魅音(大学生私服): そろそろ私たちも、梨花ちゃんがいなくても雛見沢をまとめていかなきゃいけないんだけど、なかなか……ね。 梨花(高校生私服): くす……気持ちだけで、十分よ。それに私は、必要とされることが嫌いじゃないからね。 そう……私はあの時、「あの子」に誓ったのだ。たとえ離れ離れになったとしても、私は大丈夫だってことを証明してみせるって……。 Part 02: 「町会で用があるから」と去っていった魅音の車を見送ってから私は、1年ぶりに石段を登り……神社の敷地へと入る。 久々に見る古手神社は、何も変わらない。……まぁ、この短期間で一変している方が逆に驚きなのだろうけど。 梨花(高校生私服): それなのに……不思議ね。もう何十年も、経ったみたいな錯覚がするわ。 梨花(高校生私服): ……ただいま。 鍵を開けて中に入り、玄関口に立ってしばらくの間……室内をじっと巡り眺める。 こうして見てみると、意外にここは広かったのかもと錯覚めいた思いになって……少しだけ、可笑しい。 梨花(高校生私服): (2人……いえ、「3人」で生活を送るにはちょっと狭いと思っていたんだけどね……) 沙都子: 『ちょっ……梨花? 暑いからって、あんまり寝返りを打たないでくださいまし。髪が顔に当たって、気になってしまいますわ』 梨花(高校生私服): 『みー。それを言うなら羽入のいびきが耳元でうるさくて、寝苦しいのですよ』 羽入(巫女): 『あぅあぅあぅ~、濡れ衣なのです!僕はいびきなんてかいていないのですよ~っ!』 梨花(高校生私服): くす……懐かしいわね。 暑くて寝付けなかったあの夏の夜のことを思い出しながら……私は靴を脱ぎ、畳敷きの部屋を横切って窓際へと向かう。 いつもこのあたりで正座しながら、私が寝酒ならぬワインもどきを飲むことに嫌な顔をして苦言していた……あの子の姿。 それが、幻のように浮かんでは消え……面影をしのぶ思いから私は、何もなくなった畳の上をそっと撫でた。 梨花(高校生私服): そういえば、あの日も……ここでワイングラスを傾けながら、夜空の月を見つめていたんだっけ……。 梨花(高校生私服): 『……この景色も、しばらく見納めか。そう考えると、なんだか感慨深い気分になってくるわ』 羽入(巫女): 『そうですね……』 いつもと違い、私の年不相応な振舞いに咎めるようなこともなく、「あの子」……羽入は同じように窓の外へと目を向ける。 私たちの背後には、寝息を立てながら布団の中で眠る沙都子。……そして、まとめられた大きな荷物の数々。 明日、私たちはここを発つ。……そして聖ルチーア学園の寮に入り、新生活を始めることになっていた。 梨花(高校生私服): 『お盆と年末年始には帰ってくるつもりでいたんだけど……羽入、あんたの決心はやっぱり変わらないの?』 羽入(巫女): 『はい。ここに僕がいたのは、梨花……あなたの生活を見守る目的があってのこと』 羽入(巫女): 『その必要がなくなった今は……僕もあるべき場所に、戻ろうと思うのですよ』 梨花(高校生私服): 『そう……。もしかしたらって思っていたけど、そうなってしまうのね』 ……正直、#p雛見沢#sひなみざわ#rを出ることを考えた時から何度もその可能性を考えていた。 そしていつも、羽入に聞こうと思っていた。「私がいなくなった後、どうするの?」と。 ただ……ずっと、聞けなかった。だって、答えが想像できるものだったからだ。 羽入(巫女): 『あなたが夢に向かって努力を始めた時から、僕は少しずつ準備をしてきました』 羽入(巫女): 『事実、レナや魅音、詩音に沙都子……他の子たちはみんな、僕の存在を少しずつ忘れつつあると思うのですよ』 梨花(高校生私服): 『……そうね』 中学生になる直前までは、よく聞かれたものだ。「あれ? 今日は羽入って休みなの?」と。 だけど……それから半年もしないうちにレナたちはもちろん、沙都子でさえ羽入のことを話題にしなくなっていった……。 梨花(高校生私服): 『私が戻るまで、待っていてほしい……なんてお願いするのは、さすがにわがままかしら』 羽入(巫女): 『はい。わがままと同時に……未練だと思うのです』 梨花(高校生私服): 『ずいぶんはっきり言ってくれるものね……。これで最後かもしれないんだから、少しは言葉を選んでもらいたいんだけど』 羽入(巫女): 『最後だからこそ、心残りがあってはいけないと思うのです。あなたの人生は、これから始まるのだから』 羽入(巫女): 『本当の意味での、あなた自身の人生が……』 梨花(高校生私服): 『羽入……』 羽入(巫女): 『……梨花。あなたが雛見沢を出ることを、僕は歓迎します。そして祝福して、送り出したいと思っています』 羽入(巫女): 『あなたはここに来るまでに、幾千幾万の苦難を乗り越えてきました。何度も心がくじけて絶望し、それでも未来に向けて進んできました……』 羽入(巫女): 『これは、あなた自身が……あなたの意思で掴んだ未来なのです。ですからどうか、その道を進むことを躊躇しないでください』 羽入(巫女): 『あなたの幸せこそが、僕の幸せ。僕はいつでもどこででも、あなたのことを見守っているのですよ……』 梨花(高校生私服): 羽入……。 私は、あなたに会えなくなって、とても寂しい。あなたの姿が見えなくなって、とても悲しい。 でも……きっとあなたなら、さっきの魅音の話を聞いてこう言うのだろうう。 羽入(巫女): 『みんなの役に立つことなら、大丈夫なのですよ~。あぅあぅ☆』 梨花(高校生私服): えぇ……わかっているわ、羽入。私がやるべきこと……そして……。 Part 03: 魅音(大学生私服): それじゃ、そろそろ儀式に入るよー。……梨花ちゃん、準備はいい? 梨花(高校生着物): えぇ。いつでもいいわ。 魅音(大学生私服): よし。んじゃ演奏の皆さん、よろしくっ。 魅音の合図と同時に……太鼓の音が高らかに響く。そして楽器演奏が続き、厳かな旋律が冷たい空気を切り裂くようにして流れた後……。 梨花(高校生着物): ――――。 場内に居並ぶ群衆の耳目が集まる中、張りつめた空気を押しのけるようにして私は……足音を忍ばせつつ壇上へと向かった。 梨花(高校生着物): ――――。 夜の闇で煌々と四方で燃え続ける、かがり火。それが私の姿をとらえて像を紡ぎ出していく。 ちなみに、私が身にまとっている衣装は今夜の儀式のために仕立てられたものだという。 ……もし私が断っていたらどうするつもりだったのかとつい意地悪く考えて、吹き出してしまいそうなのをなんとかこらえた。 梨花(高校生着物): ――――。 壇上の中央にまで至った私は、裾を軽く払いその場にゆっくりと膝を曲げて……正座する。 興味。好奇。……そして、畏敬。たくさんの人の視線が注がれてくるのを感じながら……そっと深く、一礼した。 魅音(大学生私服): ……ただいまより、「年越しの儀」を執り行います。皆さま、どうかご静粛にてお見届けをいただけますようよろしくお願い申し上げます――。 頭上から、おそらくスピーカーだろう……アナウンス役を務める魅音の声が、いつもよりも固く事務的に響いてくる。 それを合図にして、私はもう一度皆に向けて頭を下げ……そして立ち上がると、おもむろに両手を上げて演舞を始めた――。 魅音(大学生私服): ……ちゃん、梨花ちゃん。 梨花(高校生着物): ……っ……? ふいに呼びかけられる声を感じて、私はゆっくりと瞼を開け……反射的に漏れたあくびに、口元をおさえる。 ここは、車の後部座席。……どうやら、乗り込んでから間もなくしてぐっすりと寝入ってしまったようだ。 魅音(大学生私服): あ、起きた? もうすぐルチーアに着くから、そろそろ準備してくれるかな。 梨花(高校生私服): えぇ、わかったわ。……ごめんなさい魅音、あなたに運転させたまま思いっきり寝てしまって。 魅音(大学生私服): あっはっはっはっ、別にいいって。むしろ梨花ちゃんには、急に大仕事をお願いして申し訳ない限りだったんだからさ。 魅音(大学生私服): ……助かったよ、ほんとに。あの儀式のおかげで大盛り上がりだったって、町会連中も上機嫌だったからさ。 梨花(高校生私服): そう……なら、よかった。 心の底から安堵を覚えて……私は背もたれに身体を預け、目を閉じる。 梨花(高校生私服): (……大丈夫よ、羽入。あなたがいなくなってからも、私は……私たちはちゃんと、やっていくつもりだから) そんな呟きをした次の瞬間、不意に耳元で……。 羽入: 『応援しているのですよ、あぅあぅ☆』 そんなあの子の声が、どこからともなく聞こえてきた気がした――。 梨花(高校生私服): 沙都子……もう帰っている? 沙都子(高校生): 『梨花……? どうぞ、開いてますわよ』 沙都子の返事を聞いてから、私は扉を開ける。 どうやら彼女は、机に向かって勉強の真っ最中だったようだ。……本当に見違えたものだと、嬉しさが込み上げる。 沙都子(高校生): ずいぶんお早いお帰りでしたのね。もう少し、ゆっくりしてきてもよろしかったのに。 梨花(高校生私服): もう、そんな意地悪なことを言わないでよ。今回は帰らずに残るって言ったのは、あなたなのに。 沙都子(高校生): そりゃまぁ、確かにその通りですけど……強引にでも誘ってくれたのであれば、一応検討しないでもありませんでしたのよ。 おそらく、それは真実だろう。あの会長にも直前まで「……いいのかい?」と何度も念押しをされたほどなのだから。 だけど、今回は……今回だけは、とりあえず一人で帰ることにしたのだ。あの子と、最後の挨拶をするために……。 梨花(高校生私服): そうだ、沙都子。#p興宮#sおきのみや#rに新しくできた洋菓子屋さんで、ケーキを買ってきたわ。よかったら一緒にどう? 沙都子(高校生): ……なんだか甘いものでごまかされた気がして、嫌な感じですわね。そんなもので私のご機嫌が直るものと、本気でお思いで? 梨花(高校生私服): あら……いらないの?だったら会長と一緒に食べてくるわ。じゃあね。 沙都子(高校生): い、いらないとは申しておりませんわ!ちょうど一休みしようと思っていたことですしっ! 梨花(高校生私服): はいはい……くすくす……。