シャルロッテが嘆声を漏らす。緑色に浮かび上がる森の木々は幻想的で美しい。ミトはさっきまで怯えていたのも忘れて、思わず手を伸ばして光の一つを手の平に包み込んだ。しかし優しく握って捕まえた筈なのに、手を開くとそこには何もなかった。

「あ……」

 気が付くと、次第に光の粒は少しずつ数を減らし、仕舞にはひとつ残らず消えて、元の通りに暗がりが広がるばかりになってしまった。

 ミトは顔を上げた。木の梢の向こうに月明かりで白く光る夜空が見えた。

 アンジェリンはふふっと笑うと、二人の手を握って立ち上がった。

「よし、帰ろ……」

 ミトとシャルロッテは何が何だか分からないまま、アンジェリンに手を引かれて歩き出した。ほんの少し入っただけの所だったから、森からはすぐに出た。月明かりが変わらずに降り注いで、草原を白く照らしている。

 シャルロッテがアンジェリンを見上げた。

「お姉さま、あの光は何だったの?」

「あれはね、精霊の火……」

 アンジェリンは歩きながら言った。ミトは首を傾げた。

「精霊の火?」

「そう……わたしね、昔一人で森に入って迷子になった事があったの」

 アンジェリンは懐かしむように目を細めて言った。

「春告祭の前にね、一人で灯火草を採って来てお父さんに褒めてもらおうと思って……でも途中で疲れて寝ちゃって、気が付いたら夜だったの。暗くて、寒くて、とっても怖かったな」

「それでどうなったの?」

「怖いから動けなくて、どうしようかと思ってたら、さっきの光が浮かんで来たの……明るくなって、とっても綺麗で、その時だけ怖いのを忘れちゃった。その後、お父さんが助けに来てくれた。後で聞いたら、その光は精霊の火だろうって。わたしが一人で寂しそうだったから来てくれたんだろうって言ってた」

 ミトは目をぱちくりさせた。すると、古森で見たあの燐光は、自分を心配してくれていたのだろうかと思う。

「精霊って、優しい……?」

「……うん。子供が好きなんだって。いたずらも沢山するけど……きっとミトとシャルに気付いて欲しくて、こんな森の際まで来たのかも」

 ミトとシャルロッテは思わず後ろを振り返った。森の暗がりの奥の方で、緑色の光が一瞬だけ光って、また消えた。手を振られたような気分だった。ついさっきまでの恐怖心はすっかり消えて、ミトは興奮気味にアンジェリンの手を引っ張った。

「すごいね。綺麗だった」

「ホントね。夜の森って思ったよりも怖くないのね」

 シャルロッテもそう言ってくすくす笑った。灯火草を採りに行った時は大所帯で賑やかだったから、怖いと感じる暇もなかったけれど、こうやって三人だけで来ても、今は恐怖よりも感動の度合いの方が強い。アンジェリンはにんまりと笑う。

「精霊の火が出て来るおとぎ話があるんだよ。迷子のイゾルデの話っていって……お父さんが知ってる」

「本当?」

「聞きたい」

 それで三人は早足で家に戻った。新居には入らず、母屋の戸を開けると、暖炉の前に座っていたベルグリフとグラハムが振り向いた。

「ん? もう寝る時間かな?」

「お父さま、迷子のイゾルデの話が聞きたいわ!」

「お話しして」

 二人は駆けて行って、ベルグリフを挟むように腰を下ろした。ベルグリフはおやという顔をして、思い出すように髭を撫でた。

「あの話か……そうだな、よし。でもまずは歯を磨いて、ちゃんと寝る支度をしてからだな」

 二人は急いで立ち上がり、自分の寝巻を取りに行った。椅子に腰かけて蒸留酒をちびちび舐めていたカシムがけらけら笑った。

「子供らは元気だねえ」

「ああ……アンジェ、何かあったのかい?」

「ふふ、ちょっと、ね……」

 アンジェリンはくすくす笑った。グラハムがふっと笑って目を伏せる。

 寝巻に着替えながら、シャルロッテがミトにそっとささやいた。

「ホントはね、森に入った時ちょっと怖かったの」

「……ぼくも。でも今は本当に平気」

「ふふ、そうね。森の中って、あったかいのね。知らなかった」

 そう、森に入った時、不思議と平原よりも暖かいように感じた。空から降りて来る冷気が、頭上にかぶさる枝葉に遮られていたからだろうか。緊張していたのと恐怖心とでそんな事まで頭が回らなかったけれど、今思い起こすとそうだったように思う。

 着替えて、歯を磨いた二人はベルグリフの隣に座った。ベルグリフは白湯を淹れ、ゆっくりと話をしてくれた。道に迷った少女が、夜の森で精霊の火に導かれて村へと帰り付く、ただそれだけの話なのに、何だかとても素敵なように思えた。

 森は怖くもあるけれど、あったかくもある。今度また行ってみよう、とミトは思った。ずっとこびりついていた森への恐れは、輝く精霊の火に燃やされてしまったらしい。

 ぱちん、と音がした。暖炉の中で薪がはぜて、火の粉がはらはらと舞い上がった。