七十三 よいしょ、とかけ声を上げて、薄板を



 よいしょ、とかけ声を上げて、薄板を束ねたものが持ち上げられた。そのままロープで屋根の上の方に引っ張り上げられる。既に根太の半分には板が張られ、もう少し張れば屋根の下張りまではできるだろう。

 その時、わあと悲鳴が上がった。上で引っ張っていた大工の一人が足を滑らせ、危うく落ちそうになったのである。

 大工たちはもちろん、下で見ていたベルグリフたちも青くなったが、大工は何とか屋根ぎわで踏みとどまり、大事には至らなかった。張り立ての屋根板はひどく滑りやすいようだ。

 棟梁の怒声が響き、再び作業が始まった。さっきよりもどことなくその動きは慎重だ。

 新居は腰まで石積みの基礎に白亜の腰壁を作り、その上に木の壁、そして木造の屋根と続く。二階は作らないが、荷物置きか寝床専用の中二階を作る予定である。暖炉周りを土間にして、板で床上げした寝転がれるスペースも作る予定だ。屋根は切妻式で、角度はやや急にしてある。雪が屋根に溜まらぬようにする工夫である。

 使わない木片や端材などを片付けながら、ベルグリフは呟いた。

「別にこんなに大きくなくてもいいんだがなあ……」

 新居を造ろうと大工たちに相談した時、大工たちはすっかり張り切って計画を立てた。何せ、しばらく新しい家を造っていないのだ。精々が壊れかけた家の手直しや、納屋の新築くらいである。だから大工たちは色々とやりたがって、大きな暖炉を作ろうとか中二階を作ろうとか、土間と床上げを別にしようとか、別棟を作ろうとか、計画の段階ですっかり盛り上がり、何とかベルグリフが押しとどめてこの大きさに収まった。それでも随分広いように思うけれど、アンジェリンが嬉しそうだから、まあいいかと思っている。

 中々の速度で建築は進んでおり、このままのペースなら夏前に大体形ができそうな勢いだった。尤も、それで早過ぎてさっきのような事が起こっても困る。大事には至らなかったが、見ていてはらはらする。

 それでも、『大地のヘソ』を目指す前に新居ができているのは、やはりありがたい。ただ、これだけ広い家を早速留守にするのは何となく勿体ないようにも思われた。しかしグラハムはまだトルネラにいるつもりのようだし、安全面から見てもシャルロッテとビャクは連れて行けない。そういう点でも居心地のいい家の方がいいだろう。

 拾った木片をかじろうとしているミトを捕まえて、庭先をちらりと見やった。グラハムがビャクと組み手をしている。純粋な体術だけの筈なのだが、まるで魔法でも使っているかのようにビャクはくるくると宙を舞うように片手で投げ飛ばされていた。

「……この辺にしておくか」

「くそ……」

 ビャクは悔し気に大きく息をついた。

 彼の戦い方は立体魔法陣による遠隔からの攻撃が主ではあったが、範囲はそこまで広くない。近接戦闘を行う相手の間合いに入る事も少なくないので、こうやって体術を鍛えている。トルネラで戦う機会が出て来るかは別としても、自分の力をきちんと扱えるようになるという点においても、体と、その使い方を鍛えるというのは大事な事らしかった。

「じいじ……」

「む」

 グラハムは、ぽてぽてと駆け寄って来たミトを抱き上げた。ミトはグラハムの長い髪の毛を握って、数えるように両手で細い房に分けた。

 ベルグリフは端材や木片をひとまとめにし、幾らかを庭先のたき火に放り込み、残りを薪置場に積み上げた。

「ビャク、昼の支度をしようか」

「……何にすんだよ」

「粉を練っておいてくれ。茹でて、煮込みをかけて食べよう」

「ん……」

 手の甲で汗を拭っていたビャクは家の中に入って行った。トルネラの空気が良いように作用しているのか、ビャクの態度もかなり軟化しているように思われた。

 グラハムに肩車されていたミトが身をよじった。

「ビャッくんのおてつだい、する……」

「うむ……」

 地面に降ろされると、ミトはぱたぱた駆けて行った。ベルグリフはくつくつと笑った。

「すっかりいい子になったなあ」

「そうだな……」

 とグラハムが頷いた。

 ミトは表情に乏しいけれど感情は豊かで、それが却って面白い。また旅に出るのに置いて行くのが可哀想に思えたが、連れて行くのは流石に少し不安である。オルフェンまで出るだけとはわけが違う。

 それに、何よりもグラハムが反対した。彼曰く、冬の間にずっと過ごして観察した結果分かったのが、ミトはかなり凝縮された魔力の塊でもあるという事らしい。構築されている肉体こそ殆ど人間と変わらないけれど、人が魔力を宿しているのとは違って、魔力そのもののような状態だから、『大地のヘソ』のような強力な魔力溜りに連れて行っては何が起こるか分からないという。

 魔王、すなわちソロモンのホムンクルスに関する事はグラハムもまだすべてを摑んではいない。ミトの事を好いてはいても、まだ警戒を解いたわけではないようだ。

「……魔力の塊、か。魔王っていうのは何なんだろうね」

「分からぬ。ソロモンは何を考えてあれらを生み出したのか……」

「大陸を支配する為じゃないのかな?」

「それにしては妙だとは思わぬか? 単なる兵器であれば、感情など不要であろう」

「それは……確かにそうだな」

「……私には、何か寂しさを思わせてならぬ。ソロモンが手に入れられなかったものを自分で作り出そうとしたかのような……」

 グラハムは少し遠い目をして、何を見るでもなく視線を動かした。ベルグリフはその横に立って黙っていたが、やがて口を開いた。

「……なあグラハム。君は、ここにずっといてもいいのかい? 俺の我儘に付き合ってくれてありがたく思うけど……無理してないか?」

「気にするな、ベル。どの道、エルフ領で隠居するのも、ここで暮らすのもそう変わらぬ……ここは居心地がいい。骨をうずめるのも悪くない」

「そうか……」

 ベルグリフは頰を搔いた。彼にそう言ってもらえるのは、何だか嬉しかった。グラハムは目を伏せた。

「……それにだ」

「うん?」

「望む、望まぬにかかわらず、ミトの存在はまだ何かを引き起こすだろう。私はそれを見届ける義務がある」

「……いいのかい、そんなに背負ってしまって」

「……じいじだからな」

 そう言ってグラハムは微笑んだ。



 随分奥まで来た。トルネラ周辺の森は奥に行くほど鬱蒼とし、陽も当たりづらい。山の方まで上って行くと明るくなるが、山の陰になっているような所は、木々も陽の光を受けようと背高く伸び、より深く暗くなっていた。

 ここは山の裾の辺りである。少しずつ緩やかに傾斜しており、しかし一部は急に切り立ったようになっている場所もある。

 大きな岩があって、その岩を飲み込むように大木が根を這わし、小さく音を立てて清水が流れている。オニバミゼリの茎が伸びて鮮烈な匂いを漂わしていた。

 足の下は苔が絨毯のように広がっていて、踏むとふかふかと柔らかく押し返して来た。

 裸足になったシャルロッテが嬉しそうに行ったり来たりしている。

「すごい、ふかふかで気持ちいい!」

「なんだか前より広がってる気がする……」

 同じように裸足で立っているアンジェリンは、浮き出した木の根や岩、はては立ち枯れした木までも覆う苔を見て首を傾げた。記憶よりも緑色だ。考えてみれば、ここに来たのも久しぶりかも知れない。

 アネッサとミリアムも裸足になって苔の感触を楽しんでいる。

「うひゃー、ここ踏んだら水出て来た」

「おい、そっちは滑るんじゃないのか。足元気を付けろよ、まったく」

 アネッサが言いかけると、向こうの茂みががさがさと揺れた。咄嗟に弓を構えて矢をつがえると、茂みは揺れただけで何も出て来なかった。

「……兎かな?」

「動物はいっぱいいる……明るいうちは平気」

 アンジェリンは木を覆っている苔を剝がして背負っている籠に入れた。

 苔採りに来ていた。家を造る時、丸太を重ねる所に挟み込んで隙間を埋めるのに使うのである。これをしなくては隙間風で寒い事になる。しかしいずれ乾燥して来ると木は縮むから、そうなったら隙間には漆喰などを塗る事になるのだが、それはまだ先の話である。

 予想以上に家が大きくなりそうだから、材料はあるに越した事はない。苔は余っても乾燥させれば焚き付けになる。採り過ぎを悔やむよりも、また採りに来る面倒の方が大きい。何せ辺り一面を覆っているから、集めるのは大変な仕事ではないし、仮に採り過ぎたところで、一年も経てば元の通りに緑色に覆われてしまうだろう。

 少女たちはあれこれと雑談に興じながら苔を集め、裸足の足裏の感触を楽しんだ。籠がいっぱいになるのにそう時間はかからなかった。

 ミリアムが籠を脇に置いて息をついた。

「やー、けどこんな所もあるんだねー。人跡未踏って感じー」

「トルネラの人たちってあんまり森には入らないんだよな?」

 アンジェリンは頷いた。

「近い所だけ……こんな山の傍までは普通来ない。お父さん以外」

「お父さまって、この辺りの森は殆ど頭に入ってるのよね? すごいなあ」

「そう……でもわたしとか、他の子供たちはお父さんと一緒によく森の奥まで来た。今でも若い人は入るのもいるんじゃないかな……」

 幼少時にベルグリフと山を歩いた若者たちは、一人でこそ森に入る事はなかったが、数人連れで森の奥まで入り込む事はあった。トルネラ付近の浅い場所でも十分に森の恵みは享受できたが、奥になるほどその恵みは豊かになった。だがその分危険も色濃くなる。深部はやはり人間の領域ではないのだ。野生動物はともかくとして、魔獣と出くわしては危険である。

 村近辺は教会の結界と柵である程度の魔物除けができるからいいが、この辺りは人間の領域ではない。しかし、魔獣の数はそれほど多くはなく、今のところ魔獣に襲われて怪我をしたという話は聞かなかった。

 普通、人里離れたような所では魔獣の数も多いのが普通だ。だからこそ冒険者という職業があり、そんな命知らずがそこまで出かけて行って、魔獣を討伐したり、そこでしか採れない素材を採って来たりするのである。多くの辺境の村や町はギルドを持ち、冒険者たちの拠点になっている事が珍しくない。

 しかし、トルネラは辺境の地にもかかわらず魔獣の数は極端に少ない。魔獣を寄せ付けない何かしらの要素があるのだろうが、それは誰にも分からなかった。

 尤も、そんな風に恵まれた場所だからこそ村が作れたというのもあるだろう。もしも魔獣が多く発生するような場所であれば、こんなに安穏とした村など作れていない。

 踏んでも水の滲まない辺りを選んで、アネッサが腰を下ろす。そうしてぐるりと見回した。

「……緑一色って感じだな。正直、迷ったらどうなる事やら」

「だねー。茸とか木の実に夢中になってたら迷子になりそう。アンジェ、帰り道分かってる?」

「大丈夫……森での動き方はお父さんに教わってる」

「そっか」

「けど、森の道ってどうやって覚えるのかしら? わたし、いくら見ても同じにしか見えなくて……」

 シャルロッテがそう言ってきょろきょろした。アンジェリンはくすくす笑った。

「まあ、分かりやすい道はない……だから道々目印を見つけておく。分かりづらければ自分で目印をつけてもいい……でも気を付けないと、同じ所をぐるぐる回ったりしちゃう」

「確かに。一度迷うと危なそうだな」

「そう。それでパニックになるのが一番危ないから、気を付けろって……」

 その時誰のものか分からないけれどお腹がくうと鳴った。森の中が無暗に静かだからやたらに大きく聞こえ、あっという間に笑い声が起こった。

「もー、だぁれ? おっきかったねー」

「ふふ……もうお昼だから帰ろっか」

「だな。もう籠も一杯だし」

 木の隙間から見える太陽は天頂に近い所にあった。

 少女たちは靴を履いて立ち上がり、苔を満載にした籠を背負った。そうして連れ立って斜面を下り、アンジェリンの先導で村に戻った。

 畑では農夫たちが芋に土を寄せたり、地面を覆うように生える草を鋭く砥いだ鍬で削ったりしている。麦畑では青々とした葉が揺れ、もうじき茎が伸びて、そうなればあっという間に黄金に色づくだろう。麦刈りが終われば、いよいよ南への旅の始まりだ。

 そんな事を考えながらアンジェリンたちが家まで帰ると、大工たちとベルグリフたちが庭先のたき火を囲んでいた。

「このまま順調に行きゃ、夏本番前には何とかなるぜ」

「それは助かるな。どうもありがとう」

「なあに、お前にはずっと世話になってるからよ」

「しっかし、久しぶりに良い仕事ができて楽しいな。教育所づくり以来か」

「だな。改修ばっかりじゃ飽きるもんなあ」

 グラハムに肩車されていたミトが身じろぎした。

「おねえさん……」

 皆が顔を向けた。

「ただいま」

「おかえり。丁度良かった。そろそろ昼にするよ」

「うん……これ、苔」

 アンジェリンの差し出した籠の中身を見て、大工の棟梁が嬉しそうに笑った。

「おお、随分集めて来たな。こいつは助かるぜ」

「どうすればいい? このまま置いとく?」

「いや、少し広げて乾かしとく。その辺に……」

「ああ、それじゃあゴザを持って来よう」

 ベルグリフが立ち上がって納屋に入って行った。そうして干した茅で編んだむしろを持って来て地面に広げる。苔をその上に広げて、さんさんと降り注ぐ陽光の下に晒した。

 そうして車座になり、小麦の生地を小さくちぎって茹でたものに、兎肉の煮込みをかけて食べる。大鍋に沢山仕込んでも、屈強な大工たちは実によく食べたから、食事が終わってみれば鍋の煮込みは残り少なくなっていた。

 食べ終わって水を飲みながら大工の棟梁が言った。

「アンジェよ、この量の苔じゃ随分森の奥まで行ったんじゃないか」

「ん……山の裾の辺り」

「やっぱりか。俺たちじゃそこまでは行けないからな」

「いつもは近くの森の日陰で必死になって集めるんだけどよ、どうしても時間はかかるし、面倒なんだよな。やっぱ冒険者ってのは大したもんだなあ」

 そう言って大工たちは笑った。

 トルネラの生活には森の恵みが欠かせないが、それでも深入りする者は少ない。ベルグリフがトルネラに腰を据えてあれこれ始める以前は年かさの男が一人、よく森に入って様々なものを採って来ていたが、ある日行方不明になってしまったらしい。怪我をしてそのまま帰って来られなくなったのか、魔獣や野獣の類に襲われてしまったのかも知れない。

「森ってのは中々馴染めんよ。俺たちは木を相手に仕事するけど、太い木相手だと何だか怖くなるもんなあ。材ですらそうだから、立ってる木なんか余計によ」

「グラハムさん、エルフってのは森に住んでるんだろ? エルフの森ってのは、この辺の森と違うのかい?」

 グラハムは顔を上げた。

「そうだな……この辺りの森は大人しいだろう。エルフ領の森は森自体が意思を持っている所が多くある。エルフの自然に帰依する哲学は、そんなところから生まれたものなのやも知れんな……」

「へえ、森自体が意思を」

「それは精霊とは違うの……?」

 アンジェリンが言うと、グラハムは頷いた。

「似ているが少し違う。精霊は自然がある種の形や個別の自我を持って現れる。森自体の意思は形がない。巨大な一つの意識であり、同時に個々の集合体でもある……分かるか?」

「全然分かんない……」

 アンジェリンはもちろん、ミリアムやシャルロッテも首を傾げている。アネッサは何となく難しそうな顔をして考えている様子だったが、やがて口を開いた。

「木一本一本に個別の意思はあるんですか?」

「良い質問だな……無論ある。それぞれの意識を持っていると同時に、それらはつながっている。例えば一本の木の痛みはたちまち森中に知れる事となる……」

「個であり、同時に全である、か」

 とベルグリフが言った。グラハムが頷いた。

 アンジェリンはイマイチ分からなかったが、何となく森というのが凄いものなのだな、という風に思った。Sランク冒険者になった今でも、確かに森の中では時折得体の知れない不安にのしかかられる時がある。

 ふとベルグリフを見る。お父さんはわたしを見つける前からずっと一人で森や山を歩き回っていた筈だ。よく迷ったり危険な目に遭ったりしなかったなあ、と思う。

「お父さん……」

「なんだい?」

「お父さんは、森を歩いたりするの怖くなかった……? ずっと一人だったんでしょ?」

「ふむ」ベルグリフは髭を撫でた。「そうだな。最初はおっかなびっくりだったよ。ひとまず、今日はここまでという場所を決めて、その日は徹底的にその周辺を歩いて覚えるんだ。次はその少し先まで、次はさらに先、という風に範囲を広げて行った感じだな」

「わー、だからこの辺りの森の事は大体覚えてるんですね」

「まあ、そうだね。山裾の辺りまではほぼ迷わずに歩けると思うが……けど、森は不思議だよ。突然自分の中で右と左が逆になったり、方角があやふやになる事があるんだ。そういう時は精霊や妖精のいたずらだと思って慌てずにいるけどね……一番怖いのは冷静さを失う事だから」

 ベルグリフはそう言って笑い、たき火にかけていた薬缶を取り上げてお茶を淹れた。

 そこに散歩に出ていたカシムがふらふらと帰って来た。革のサンダルがぺたぺた音を立てている。

「ただいま」

「おかえり。なんだ、どこまで行ったんだ?」

「どこって事もないけど、村の周りをぶらぶらして来たよ。羊が草食ってんの見たりしてね。いやあ、のんびりしていいなあ」

 カシムは笑いながらたき火の脇に腰を下ろした。大工の棟梁が身を乗り出す。

「カシムさんよ、ちょいと重いもんがあるんだが、上げてもらえねえか?」

「いいけど。なに? 木材?」

「ああ。人力でも上げられん事はないんだが、安全第一でな。な?」

 棟梁に目を向けられ、ベルグリフは頷いた。

「そうだな。さっきみたいな事があっちゃ怖い」

「なんだい、何があったの?」

「俺が落ちかけてさ……」と大工の一人が頭を搔いた。

「へっへへへ、熟練も油断するもんだね。まあ、まず昼飯おくれ。腹減った」

 カシムは山高帽子を指先でくるくる回した。

「で、何の話をしてたのさ」

「森のね」

「森? ああ、苔を採りに行ってたんだっけ」

 カシムはベルグリフから皿を受け取りながら、見返って干された苔を見た。アンジェリンは頷いた。

「うん……カシムさんも来ればよかったのに」

「へっへっへ、また今度行くよ。森かあ……昔依頼で行く時はサティの出番だったねえ」

「ああ、そうだったな……マリーも森以外じゃ迷ってたし、エルフは森の方が落ち着くのかね?」

 ベルグリフがグラハムに向かって言うと、グラハムは頷いた。

「そうだな……エルフは森の中では自然と木の並びや地形、葉の具合などで自分のいる場所が分かる。しかし平地やむき出しの場所ではそうはいかん……」

「でもおじいちゃんは平気だよね……?」とアンジェリン。

「私は慣れだ。最初にエルフ領を出た時は方角が分からなくなったものだ……」

〝パラディン〟の駆け出し時代の事を想像して、アンジェリンは何だか可笑しくなった。この重厚な雰囲気の老エルフは、若い時はどんな性格だったのだろう。多くの若い冒険者たちと同じようにやんちゃで、向こう見ずで、夢や希望に溢れていたのだろうか。それこそマルグリットのようだったら面白いなと思う。

 やがて大工たちが午後の仕事に立ち上がり、薄く挽かれた板を何束もカシムが魔法で持ち上げた。

 それを眺めながら、アンジェリンはわくわくした。新しい生活が始まろうとしている。

「楽しみだね、お父さん」

「ああ……さて、食器を片付けて、皆の手伝いをしようかね」

「うん」

 アンジェリンはベルグリフの腕に抱き付いた。いつもの特等席だった背中はミトが張り付いている。弟だから仕方がないとはいえ、少し寂しい。

「お父さんは新しい家で何したい?」

「んー? そうだなあ……お父さんは特にはないな。今までと変わらないよ。お前はやりたい事があるのかい?」

「わたしはね……パーシーさんとかサティさんとか、お父さんの友達をみんな呼んで、暖炉の前でお話ししたい。もちろんおじいちゃんも、アーネもミリィもシャルもビャッくんも一緒……マリーも呼びたい。それで林檎酒飲んで、クリョウの実のシチューを作って……昔の話とか聞きたいな。お父さんの若い頃の話」

「……そうか」

 ベルグリフは愛おし気にアンジェリンの髪を撫でて微笑んだ。

「そうだな。そうなるといいな」

「うん!」

 アンジェリンはベルグリフの肩に頰ずりした。

 ミトが不思議そうな顔をしてそれを見ている。