Part 01: 美雪(冬服): んー……マズった。どの辺りではぐれちゃったのかなぁ。 前後左右に首を振り向け、何度もそれらしき人影を探し出そうとしてみたけど全く見当たらなくて……私はため息をついて肩を落とす。 千雨たちの姿を見失い、自分がはぐれたことに気づいてからすでに1時間強。ガールスカウトで鍛えた方向感覚には結構自信があったつもりなんだけど……。 そんなスキルも、クリスマス時期の人混みの中では役に立たないということを実感せざるを得なかった。 美雪(冬服): さっきは「あんなこと」があったばかりだし、私なりに警戒していたつもりなんだけどなー……。 詩音が謎の存在に、そして謎の空間に連れ去られるという実に不可解極まりない体験をしたばかりだというのに……どうにも緊張感が保持できずにいる。 これは『ツクヤミ』退治を繰り返してきたせいで恐怖に耐性がついてしまったせいか、それともこの寒さで思考が鈍くなっていることが影響しているのか……。 いやいや、それ以上にこの銀座の街が非常に魅力にあふれていることが原因なんだと、私は強引に結論をまとめることにした。 美雪(冬服): いやー、デパートのショーウィンドウに飾られた可愛いバッグに気を取られて、ほんの数秒……いや30秒ほど足を止めちゃったのがまずかったね。 銀座は大人が歩く街で、私のような子どもが興味を引かれるようなものはないはず……なんて高をくくっていたけど、全くそんなことはなく。 時間と状況さえ許されるのであれば、はしゃぎ回っていた菜央のことが笑えないくらいに一日中過ごすことができる……そんな気がした。 美雪(冬服): さて……これからどうしたものかなぁ。 こういう時、やはり頼りになりそうなのは幼馴染みの千雨だと思うので、彼女が取るであろう今後の行動パターンを頭に思い浮かべてみる。 彼女は警察が嫌いだが、それ以上に合理的で柔軟だ。そして私が、警察に対して信頼を置いていることを知っている……つまり……。 美雪(冬服): ……まぁ、深く考えなくても交番に行けばなんとかなりそうだね。 とはいえ、問題はここが銀座ということだ。ありがたいことに(かつ忌々しいことに)、この街のエリアには交番がなんと4つも存在する。 そのどれかを選ぶことで、すぐに出会えるかしばらく待たされるかが変わってくるだろう。つまり、この選択が重要なのだ。 美雪(冬服): ……。千雨だったら、どっちに行くかな。 まず、千雨の性格を考えると新橋寄りにある8丁目の交番はまず除外していいだろう。銀座と言っても隅っこで、中心部から離れている。 同じ理由で、数寄屋橋の交番もおそらく違う。むしろあそこは有楽町で、周辺の雰囲気的にかなり離れたという感覚になるからだ。 美雪(冬服): となると、大通りの交差点にある4丁目交番か京橋側の1丁目交番のどちらかになるわけだけど、確率は五分五分なんだよねー……うぅっ……? ふいに人の流れの隙間から風が吹き込んできて、痛いくらいの冷気が私の顔を強くはたいていく。……そろそろ私、限界かもしれない。 あまりの寒さに身が震え、首に巻いたマフラーにあごを埋めながら両手をポケットに差し入れる……すると、指先に固い感触。 何かと思いながら摘まんで取り出すと、それは100円玉だった。 美雪(冬服): ……そっか。さっき缶コーヒーを買おうと思って財布から出したけど、あいにく売り切れだったからそのままポケットに入れちゃってたんだ……。 美雪(冬服): あっ……そうだ!だったらここは、こいつに決めてもらっちゃおうっと♪ 私はそう独りごちて100円玉を親指の上に載せ、ぴん、と弾いて空中で回転させる。 そして、落ちてきたそれが手の甲に接した瞬間、ぱっともう一方の手のひらを覆って受け止めた。 美雪(冬服): 表が出たら、1丁目。裏が出たら4丁目っと。さて、結果は……。 左手をどけて右手の甲に目を向けると、そこにあった100円玉は桜花の模様。表だった。 美雪(冬服): よーし、1丁目だ。もし外れてたら……まぁ、その時はその時ってことで。 なんて呟きながら私は踵を返し、銀座の街を北に向かって歩いて行く。 美雪(冬服): あ、そういえば……確か1丁目の交番と道路を挟んだ向かいのところに、警視庁の広報センターがあったよね。 そこに行けば、もし千雨たちと会えなかったとしても多少の時間つぶしはできるだろう。……あと、なによりも寒さをしのげる。 そう思って私は、少しだけ足取りを軽くしながら現地に向かってみた……けど……。 美雪(冬服): ……ぇ……。 そこに建っていたのは、くたびれた雑居ビル。少なくとも子どもたちなどを招き入れるような、安全かつ綺麗な建物ではなかった。 美雪(冬服): ……そっか。警察の広報センター……博物館はまだ、この時代だと建ってなかったんだ……。 若干期待していただけに落胆を覚えて、私は大きくため息をつく。 というより……よくよく考えてみたらもしあったとしても、官公庁の関連施設がこんな夜遅くまで開いているはずがない。 結局どちらにしても、無駄足だったということか。きっと、この寒さで思考が鈍くなっていたのだろう。 仕方なく私は、道路の反対側にある交番に行こうと近くの交差点に向かいかけた――と、その時だった。 美雪(冬服): えっ……? ビルの通用口なのか、建物の横にあるドアが開いて誰かが出てくるのが見える。 それは、わりと体格のしっかりした男性で顔が暗がりに覆われていたから、一瞬誰なのかはわからなかった……けど……っ? 美雪(冬服): お、お父……赤坂さん?! 寸前で自制を取り戻した私は慌てて呼び方を変えながら、その人に声をかける。 彼は、……赤坂衛さん。この時代にまだ生きている、私のお父さんだった。 Part 02: 赤坂: えっ……美雪、さん……?どうして君が、こんなところに? 美雪(冬服): あ、赤坂さんこそ……! まさかこんな場所、そしてこんな時間に意外すぎる人と会ったことで面食らい、思考が真っ白になる。 ただ、それはお父さんも同じだったのか……若干うろたえたように視線を泳がせて、何を言えばいいのか迷っている様子だった。 美雪(冬服): っ……くしゅんっ……! ふいに、呆然と立ち尽くしていたところで鼻に違和感を覚え、思わずくしゃみをしてしまう。 途端に、一瞬忘れかけていた寒さが全身に駆け巡り……私は震えながら、身をすくめた。 赤坂: ……大丈夫?今夜は、急に冷え込んできたからね。 美雪(冬服): あ、……はい。そうです、ね……。 赤坂: ここには、ひとりで来たのかな? 美雪(冬服): いえ……#p雛見沢#sひなみざわ#rの友達と一緒に来たんですが、はぐれてしまって……。 赤坂: そうか。確かにこれだけの人の多さだと、見つけるのは一苦労だろうね。 赤坂: よかったら、少しこの建物の中で休んでいくかい?お茶くらいなら、すぐに出してあげるよ。 美雪(冬服): えっ……い、いいんですか? 赤坂: もちろんさ。向かいの交番に話をつけておくから、暖まっていくといい。寒い中で居続けていると風邪を引いてしまうよ。 美雪(冬服): っ……あ、ありがとうございます……! 申し訳ないけど、この寒さに耐えるのは私にとってもう限界点に近い。 なによりお父さん……赤坂さんからの提案を断ることなどできるわけもなく私は素直に、そして前のめりに応じることにした。 赤坂: はい、どうぞ。インスタントだから、口に合うといいんだけど。 美雪(冬服): く、口を合わせます……いただきます……! そう答えて私は赤坂さんからカップを受け取り、中に満たされたココアを少しずつ飲んでいく。 ……あったかい。よくある市販品かもしれないけど、お父さんが淹れてくれただけで味は格別だった。 美雪(冬服): (……そういえば、口を合わせるってちょっと失礼な言い方だったような……?) 冷静になってから後悔がわいてくるが、出してしまった言葉はもう飲み込めない。……うん、忘れよう。そうしよう。 そう考えて私は、場を少しでも和ませようと銀座に来た経緯と理由をお父さんに話すことにした。 赤坂: ……なるほど、クリスマスプレゼントの買い出しか。この街ならいいものを揃えることができそうだけど……予算の方は大丈夫なのかい? 美雪(冬服): あ……はい。菜央って友達が、母親とよくこの街に来るそうなので手頃なお店を教えてくれて……。 美雪(冬服): でも、この時期の銀座を甘く見てました。東京生まれの私が、迷子になるなんて……。 赤坂: ははっ、気にしなくてもいいと思うよ。私だって家族とはぐれて、妻に怒られたりすることが何度もあったからね。 赤坂: 「警察官なのに、尾行が下手でどうするんですか」なんて言われて、からかわれたものさ。ははっ。 美雪(冬服): ……あははは。 私を励まそうとしてなのか、赤坂さんは面白おかしく自分の失敗談を語ってくれる。 でも、……私はお母さんから聞いて、知っていた。お父さんはたとえ初めて訪れた場所でも、私たちを見失うことは一度もなかった、と。 だから、今聞いているのはお父さんなりの優しい嘘。それがわかるからこそ嬉しくて、あたたかくて……。 それ以上に、胸が潰れそうなほど切なくて……悲しかった……。 美雪(冬服): (もしお父さんが生きてたら、こんなふうにクリスマスを一緒に過ごしたりすることがあったりしたのかなぁ……いや、無理か) 私の覚えている限り、クリスマスや元日、GW……世間では休みと言われている時はたいてい、お父さんは急がしくて家に帰ってこなかった。 ただ、それは当然のことだ。休みであれば外に出る人の割合が増えるので、比例してトラブルの発生率も跳ね上がる。 それらを犯罪にまで発展させないように警戒し、行動するのが警察の役目。まして国家を守る公安であれば、なおさらだ。 お母さんはそう言っていたし、周りの人たちも代わりを務めようと私に色々と気を遣ってくれていた……けど……。 やはりこの時期、お父さんとの思い出がないことに寂しさを覚えてしまうのは……仕方がなかった。 美雪(冬服): (だから……今夜は本来ならあり得なかった、お父さんとのクリスマスの思い出……。絶対に忘れないし、忘れたくないな……) おそらく今日もお父さんは、この後何かの仕事を片付け……遅い時間になってから、あの社宅へ帰宅するのだろう。 その合間に、私のために時間を費やしてくれている……本当に、気を抜くと泣きたくなるくらいに幸せだった。 美雪(冬服): (……。あれ……?) 身体が暖まったことで思考が回り始めたのか、私はふと違和感を覚えて顔を上げる。 ここは、警察広報センターが建つ前のビルだ。よって警察組織とは関わりがないし、待機するなら目の前にある交番で十分なはず。 なのにお父さんは、このビルを使っている……?それも、無関係な一般人をあっさりと中に入れて機材を利用させて……? 美雪(冬服): (……どういうこと?規約違反とかじゃないの……?) ちょっとした違和感はどんどん大きくなって、疑念へと変わりつつある。いったいこの建物はお父さんにとって、何の場所だったのだろうか……? Part 03: 赤坂: ……美雪さん?  美雪(冬服): えっ? あ、その……なんですか? 赤坂: いや、なんだか浮かない表情をして黙り込んでいたから……ひょっとして、体調でも悪いのかと思ってね。 美雪(冬服): いえ、そういうわけじゃ……すみません。 ……どうしよう。もしここが警察関係の建物だったとしたら、職権乱用で軽い懲戒ものだ。 だから、私は何も知らない振りをしているのがお父さんにとって最適な対応なのかもしれないけど……。 美雪(冬服): 赤坂さん。このビルって……警察関係の建物だったんですか? ……思い切って、聞いてみた。もし私のせいで上の人たちから叱責されるようなことがあったとしたら、悔やんでも悔やみきれないからだ。 赤坂: あぁ、そうだよ。ここは私たちが使っていた、セーフハウスのひとつさ。 美雪(冬服): セーフハウス……つまり、隠れ家ですか? 赤坂: おや、よく知っているね。自宅に帰る前にある程度『消毒』しておく必要がある時に、立ち寄ったりするんだよ。 美雪(冬服): ……なるほど。確かに身体が汚れたままだと、奥さんに心配をかけちゃいますしね。 私はそう、本来の意味とは違う理解をしてとぼけた答えを返す。 『消毒』は、公安の用語で「尾行をまく」という意味だ。つまりここを訪れるのは、そういった捜査員たちの目をくらますためなのだろう。 ……だとしたら、ますますわからない。そんな重要施設の中に、なぜ私を入れたんだろう……? 美雪(冬服): でも……赤坂さん。仮にも警察の施設に、一般人の私を入れても大丈夫なんですか……? 赤坂: 問題ないよ。ここの建物は、もうすぐ解体だ。重要な資料などはほとんど運び出した後だし、特に見られて困るようなものは何もない。 赤坂: 何より、警察にとって重要なことは市民の安全を守ることだからね。遠慮なくくつろいでくれて大丈夫だよ。 美雪(冬服): ……よかった。 なぜ、銀座の一等地とも呼べるここでお父さんとばったり会うことになったのか……そのわけを、ようやく理解する。 ある意味、公安警察には感謝するべきだろう。こんな素敵な日に、たとえ偶然でも素敵な時間をこの人と過ごすことができたのだから……。 赤坂: ん……? ふいに部屋の隅にあった電話が鳴り響き、赤坂さんは「ちょっと失礼」と言ってから席を立って受話器を取る。 そして少し、やり取りをしてから……受話器を切った彼がこちらへ振り返り、にこやかに笑っていった。 赤坂: 美雪さん、いい知らせだ。君の友達は今、4丁目の交番にいるそうだよ。 美雪(冬服): ……あっちでしたか。 コイントスはどうやら、間違いだったらしい。……いや、ある意味で大正解だ。 千雨たちには申し訳ないが、おかげで私ははからずもお父さんと会って……つかの間の一時を過ごすことができた。 これだけでもう、何十年分のクリスマスプレゼントだ。だから……これ以上は、もう……。 赤坂: 身体は暖まったかい?それじゃ、4丁目の交番まで送っていくよ。 美雪(冬服): ――いいんですかっ?! ……大丈夫かな、私。ひょっとして、今年一年分の幸運をここで使い切ったんじゃ……? あ、そういえば今年はもう終わりだった。だから願わくば、この揺り戻しが来年にまで持ち越しになりませんように……! 赤坂: ……相変わらず、すごい人の多さだね。大丈夫かい、美雪さん? 美雪(冬服): あっ……は、はい……! お父さんと手を繋ぎながら、銀座の街を歩く……こんな至福があるなんて、思ってもみなかった。 赤坂: えっ……どうしたんだい、美雪さん? 美雪(冬服): まだちょっと寒いから……着くまでこうしてて、いいですか? 赤坂: いや、別に構わないけど……こんなところを妻に見られたら、すごい形相で怒られてしまうかもしれないな……。 美雪(冬服): 大丈夫です。その時は、私がちゃんとフォローしますから♪ 顔を赤らめるお父さんの腕に、私は自分の両腕をぐいと絡めて抱きつく。 ……4丁目交番まで、歩いて数分。いや、この人混みの中だったら10分以上はかかるかもしれないけど……。 美雪(冬服): (ごめん千雨、一穂と菜央も。もう少しだけ、待っててくれるかな……?) 美雪(冬服): ……赤坂さん。今夜のお礼に、いいお店を紹介しますよ。すぐそこなので、ついてきてもらえますか? 赤坂: えっ? あぁ、少しなら構わないけど……友達の方は大丈夫かい? 美雪(冬服): ほんの数分ですから♪ さっ、こっちです。 美雪(冬服): ほらっ、ここです。結構可愛いグッズが揃ってるでしょう? 赤坂: あ、あぁ……でも私には、ちょっと場違いかもしれないね。 美雪(冬服): 何言ってるんですか。ここなら奥さんと娘さんが喜んでくれそうなものがありますよ、って教えてあげたんです。 赤坂: あっ……そ、そうか。クリスマスプレゼントの準備のこと、すっかり忘れていたよ。 美雪(冬服): どんなに忙しくても、忘れちゃダメですよ。こういうのは一生に残る出来事なんですからね。 赤坂: あ、あははは……確かに。明日にでも時間を作って、もう一度来てみるよ。 美雪(冬服): しっかり選んであげてくださいね。ちなみに、私のお薦めは……。 うん……私はきっと、忘れない。今夜お父さんと一緒に過ごした、この大切なひとときのことを……。