Prologue: ――平成5年 某日 魅音と再会した私は、神奈川県の南部に位置する小さな村……高天村を訪れていた。 そこは以前、私だけが元の「世界」に戻った後……過去に起きた情報を整理するべく赤坂さんとともに足を運んだ場所でもある。 そして私は、村にあった古手神社の分社を管理する西園寺絢さんという女性と出会い、彼女の協力を得て再び「過去」の#p雛見沢#sひなみざわ#rへと向かったわけだが……。 千雨: (……「戻った」つもりの雛見沢は、私たちが1回目に訪れたところとは微妙に違ってた) 千雨: (一穂と菜央、美雪も……私のよく知ってる「あいつら」じゃない感じだった。そのおかげで、結局……私は何もできなかった……) その矛盾がなぜ生まれたのかを突き止めるべく、私は魅音とともに始まりのきっかけをくれた絢さんと再び会うことにしたのだ。 千雨: (ただ、今度もアポなしでいきなり行くわけだから会えるかどうかは運次第だけどな……) せめて電話の一本でも入れておくべきだったか、と現地に到着してから気づいて後悔したが、もう遅い。 もし空振りだった時は、近くの町に立ち寄って地元のおいしいものを飲み食いしてから帰ろう……というのが魅音の提示してくれた代案だ。 以前と同じく、気遣いな性格が変わっていないのは本当にありがたい。……とはいえ私は未成年なので、もちろん酒は遠慮しておくつもりだが。 魅音(25歳): 古手神社ゆかりの神社、か……人づてに存在だけは聞いていたけど、現地に行くのは今回が初めてだよ。 千雨: ほぅ……魅音でも、雛見沢関連で把握してない場所があったんだな。ちょっと意外な感じだ。 魅音(25歳): そりゃ、次期頭首って言っても正式な引き継ぎや面通しは成人してから何年もかけて行う予定だったからねー。 魅音(25歳): 一応資料とかは前もって渡されてはいたけど、量が多すぎて目を通す気にもならなかったし。 千雨: ……まぁ、それもそうだな。15やそこらの小娘が村の裏事情だの消された過去だのを把握してたら、そっちの方が不気味だ。 魅音(25歳): いや、マフィアじゃないんだからさ。雛見沢にそこまで外に出しちゃマズい情報はなかった……と思いたいんだけど……。 千雨: 冗談だよ。……だとしたら、西園寺家についてもそこまで知識があったわけじゃないってことか。 魅音(25歳): あ、うん。古手家の遠縁に、そういう名前の家があった……ってことくらいかな。 魅音(25歳): けど、婆っちゃから聞いた限りだとかなり昔に何かがあって……それを境にして雛見沢との交流が完全に途絶えたんだって。 千雨: その「何か」ってのは、事故か? それとも……。 魅音(25歳): わからない。私も、婆っちゃが誰かと会った後にそんな話をしていたのをぼやっと覚えているだけで、詳しく確かめたわけじゃないからさ。 魅音(25歳): はぁ……今になって思うと、大失態だよ。いつか聞けばいいか、なんて後回しにしていたら千載一遇の機会を逃すことになるなんて……。 千雨: 絶好のチャンスは、たいていの場合後々になってからその価値に気づくもんだ。あんまり気にすることはないと思うぞ。 魅音(25歳): ……そうだね。ありがと、千雨。 そんなことを話し合いながら、私たちは神社の境内へと足を踏み入れる。 そして社務所らしき建物を見つけて玄関へと回り込み、呼び鈴を鳴らすが……待てども中から答える声はなかった。 魅音(25歳): 留守みたいだね……どうする? 千雨: 出直すにしても、帰りの電車が駅に来るまでまだ時間があるしな。それにあの駅舎内だと、くつろげる場所がない。 千雨: しばらく、この神社を調べさせてもらおう。以前来た時はゆっくり見て回る暇もなかったから、この機会にどんなところなのかを知っておきたい。 魅音(25歳): 了解。それまでに「例の人」が戻ってきてくれたら、ラッキーってことにしておこう。 そう頷き合った私たちは神社の境内の奥へと進み、注連縄が飾られた場所へと辿り着く。 そこには、かなり年季を感じさせる石碑があり……何かの童歌らしき歌詞が刻まれていた。 千雨: 『とおりゃんせ、とおりゃんせ。ここはどこの細道じゃ』……か。 魅音(25歳): 懐かしいね。『とおりゃんせ』なんて、子どもの頃に歌って以来だよ。 千雨: ふむ。前に来た時は気づかなかったが……どうやらこの神社は『とおりゃんせ』の発祥の地と言われてるみたいだな。 魅音(25歳): へー、そうなんだ。私はてっきり、あれって江戸時代の関所のことを歌ったものだって思っていたよ。 千雨: あぁ、その説も聞いたことがある。ただ民謡的なものを明治の頃にまとめたそうだから、実際の出所はわかってないそうだ。 千雨: ……あと、こういった童歌が長きにわたって言い伝えられてきたのは、何かのメッセージを含んでいた可能性があるかもしれない。 魅音(25歳): メッセージって……どういうこと? 千雨: たとえば、『この子の七つのお祝いに』ってところだ。七五三のお祝いにあるように、七つまでは神のうち……昔は数え7歳を迎えるまでに死ぬやつが多かった。 千雨: そして『行きはよいよい、帰りはこわい』……詳細については全くの不明だが、何らかの通過儀礼がここで行われていたとも考えられる……。 魅音(25歳): …………。 千雨: ……なんて、あくまで私の想像だ。図書館の司書をしてるおふくろが、以前そういった話をしてくれたことを思い出したんだよ。 魅音(25歳): なるほど。にしても、ここにあるのは変わった注連縄だね。輪っかになって、なにかの門みたいで……。 魅音(25歳): 千雨はこれを通って、過去の雛見沢に「戻って」きたってわけ? 千雨: あぁ。ただ、どういう力があってあの「雛見沢」へ戻ることができたのか……その原理は全く分からなかったがな。 千雨: 私たちが『ツクヤミ』と戦う時に使っていた、『ロールカード』のような不可思議な力によるものか。あるいは――。 絢: ――#p未曾有#sみぞう#rの大震災によって生じた、次元の歪み。 絢: 本人たちの意思とは無関係に命を奪われて、図らずも未来を喪った犠牲者たちの無念が生み出した超常現象によるもの……。 千雨: ……っ……? 絢: その他にも様々な説があるそうですが、そのどれもが確証が得られないままだとお聞きしております。 そう語る声を背後に聞いて私たちが振り返ると、そこには巫女服姿の女性が立っている。 記憶に残るその面立ちを見て思わず名を呼ぼうとしたが、それより早く彼女は憂鬱そうな表情を浮かべながら……静かに口を開いていった。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: やはり、ここに来たんですね……黒沢千雨さん。「あの日」以来でしょうか。 千雨: 西園寺……絢さん……。 Part 01: ――昭和58年 冬 私と一穂、そして菜央とレナは魅音からの連絡で園崎本家に集まり、近々エンジェルモートで行われるバレンタインイベントに向けて盛り上がっていた。 魅音(私服): さぁっ! デザート業界における関ヶ原、あるいはトラファルガー!天下分け目の合戦の時がやってきたよ!! 魅音(私服): また色々と手伝ってもらって申し訳ないけど、バイト代は思いっきり弾むつもりだから……あんたたち、よろしく頼むねー!! 一同: おおおぉぉぉおおぉぉーーっっ!! 魅音の音頭に合わせて、私たちは怪気炎を上げる。 例によって例のごとく、園崎姉妹からの協力要請。ただ、わりと手慣れてきたこともあって……今や私たちは結構楽しい、と感じるほど余裕を持てるようになっていた。 美雪(私服): それにしても魅音、お正月の初詣の時以上に気合十分って感じだねー。……何かあったの? 魅音(私服): へっ……? いやいや、何もあるわけないじゃん!クリスマスでも大好評だったから、今回もしっかり期待に応えなきゃって考えているだけだよ! 詩音(私服): くっくっくっ……確かに。レナさんと菜央さんの手がけたクリスマスケーキは、あっという間に売り切れるほど大好評でしたからね。 詩音(私服): 今回のチョコ菓子も、口コミでさらに広がったのか予約受付の開始直後から申し込みが殺到……!当日販売分はおそらく、午前中で終了だと思いますよ。 レナ(私服): はぅ、すごいすごい……!ここまで大人気だなんて、菜央ちゃんのおかげだねっ♪ 菜央(私服): ……ほわっ?そ、そんなことないわ……クリスマスケーキの時は、レナちゃんが上手につくってくれたおかげだし……。 菜央(私服): チョコ菓子も、かなり数があってとても手が回りそうにないから……また、力を貸してもらってもいい? レナ(私服): あはははは、もちろんっ。菜央ちゃんのためならレナ、腕を存分に振るっちゃうよ~♪ そんな感じでレナと菜央は楽しげに、嬉しそうな笑顔で盛り上がっている。 とりあえず、今回も商品の出来について心配する必要は全くないと思う。あとは2人に任せて、私たちはサポートに回るとしよう。 詩音(私服): ……まぁ、お姉がいつも以上に気合が入っているのは別の#p思惑#sおもわく#rがあってのことでしょうけどね。 美雪(私服): ? どういうこと、詩音? 詩音(私服): ほら、バレンタインって意中の相手にチョコを贈るのがそもそものイベントじゃないですか。……ですが、面と向かって渡すのは恥ずかしい。 詩音(私服): そこで、イベントを名目に盛り上げつつ打ち上げと称して全員が集まっているところへ「彼」を呼びつけて……。 詩音(私服): 「ひとりだけじゃなく、みんなから」「余った材料で、ついでにつくった」なんて言い方でどさくさに紛れて渡す……なんて策があったりとか? 美雪(私服): あー……あー、なるほど。魅音の場合は、そういう思惑もあるってわけか……。 魅音(私服): っ……ちょっ、詩音と美雪……?なんで私の顔をニヤニヤしながら見てくるのさっ? 美雪・詩音: いや(いえ)、べっつにー★ 魅音の照れ隠しな段取りがいじましいというか、可笑しくも感じたが……うん、ここは武士の情けだ。からかうのはこの際、止めておこう。 詩音(私服): まぁ、それでなくても穀倉のライバル店が前回のリベンジに策を講じているようですから、私としても気合が入ります。 詩音(私服): レナさん、菜央さん。今回も手強いと思いますが、よろしくお願いしますね。 菜央(私服): 任せてっ! レナちゃんとの最強タッグは、どんな相手でも絶対に負けないんだから~♪そうよねっ、レナちゃん? レナ(私服): あははは、もちろんっ!クリスマスに引き続いて、腕を振るっちゃうよ~☆ 魅音(私服): おぉ、頼もしいねー。……って、そういえば一穂と千雨は? 美雪(私服): 絢花の見舞いに行くって言ってたよ。ほら、今日は体調を崩して学校を休んでたからさ。 レナ(私服): …………。 魅音(私服): ん、どうしたのレナ?絢花の容態なら監督もただの風邪だって言っていたし、別に心配しなくてもいいと思うよ。 レナ(私服): うん……それも気になるんだけど、なんでかな……かな。 レナ(私服): なんだか普段より、誰かが欠けているような気がして……。 美雪(私服): そういえば……、……? レナの呟きに魅音と詩音、そして私と菜央も揃って首をかしげる。 いつもと違って「何か」が足りない……でもその違和感の正体は、いったい……? ……そんな美雪たちの会話があったとはつゆ知らず、私は「一緒に行きたい」と食い下がる一穂とともに古手神社へ向かい、敷地内にある古手邸を訪れていた。 ……見舞いというのはもちろん、ただの方便だ。本当の理由については、今の美雪にだけは絶対に伝えるわけにはいかなかったからだ。 千雨: (隠し事をしないって、あいつには直接伝えて心に誓ったはずなのにな……) あっさりと再び反故にしてしまったことがとても後ろめたくて……本当に申し訳ない。 ただ、私にもそうせざるを得なかった言い分がある。それを正当化するため、何よりも求めるべきものは解決へと繋がる有力な情報だった……。 千雨: ……もう、起きててもいいのか? 絢花(私服): えぇ。ご心配をかけてしまって、本当に申し訳ありませんでした。 そう言って目の前の女性……『古手絢花』は深々と頭を下げる。 彼女は正月に風邪を引いて以来、体調を崩し気味だった。寒い日が続いているので仕方がないことかもしれないが……。 その事実を聞き、こうして実際に元気のない姿を目のあたりにしてもなお……私は違和感を拭えないままだった。 絢花(私服): ……そういえば、お正月の時に手伝っていただいたお礼を言っていませんでしたね。遅くなりましたが、本当にありがとうございました。 千雨: あんなのは大したことじゃない。それに……。 感謝されるにしても「筋」が違う……そう言いかけた本音を、寸前で飲み込む。 この「世界」は、大きく変わってしまった。本来いるべきだった梨花ちゃんが消えて……代わりに現れたのは、この絢花という女の子だ。 聞くところによると、この人は古手家の遠縁の出身で数年前に養子として迎え入れられたとのことだが……。 千雨: (この人……もしかして……?) その面影からして……私は、この人に会ったことがある……気がする。 いや、ほぼ間違いないだろう。なぜなら古手家の遠縁で私が知る人物の顔立ちと、彼女はまさに瓜二つだったからだ。 千雨: あんたには聞きたいことがあるんだ、古手絢花。……いや。 卓を挟んで目の前に座る少女を見据えながら、私は絢花の素性を確かめるべくあえて言い方を変えていった。 千雨: 私の見立て通りなら……あんたは西園寺絢さん、か……? 一穂(私服): えっ……? #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: …………。 その問いを聞いた一穂が隣で息をのむが、絢花は即答を避けるように口をつぐんで是とも非とも言ってこない。 ただ、突然そんな質問をされるとは思っていなかったのか……心なしか動揺の色がその瞳の中に感じられた。 千雨: (もしごまかしたり、嘘を言ったりしても必ず表情で見破ってやる……) そんな思いを胸に秘め、さらに鋭い視線を向ける。……すると彼女は、おもむろに口を開いていった。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: 黒沢千雨さん……でしたか。あなたには、別の「世界」の記憶があるのですね……? 千雨: ……っ……?! その返答で、私は全てを理解する。つまり絢花は、私と同じようにこの「世界」以外の記憶を有しているということだ……! #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: 千雨さん……どうしてあなたは、西園寺絢のことをご存じなのですか?もしかしてあなたも、「あの人」と会って……? 千雨: 聞いてるのは私だ、質問に質問で返さないでくれ。……話がややこしくなる。 ぴしゃりと容赦なく、脱線しかけた会話の流れを元へと戻す。 千雨: (絢花の持つ別の「世界」の記憶、そして「あの人」については確かに気になるが……) 今必要なのは、この「世界」の解明じゃない。梨花ちゃんの存在を取り戻し、元通りになったと胸を張って言えるあの「世界」への帰還の手段だ。 だから、それと関係のない情報は極力排除する。……そう心に決めて、この場に臨んでいた。 千雨: もう一度聞く。あんたは、平成5年……古手神社の分社で私をこの「世界」に送り込んだ、あの西園寺絢さんなのか? #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: その問いには、「違う」と否定します。私は、あなたに関する一切の知識や記憶を何も持ち合わせておりませんので。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: そして、10年後の「世界」であなたが出会った西園寺絢が10年後の「私」になるのかどうかは、私自身にもわかりません。ですが……。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: 私が改名する前の名前は、……西園寺絢。これは、現状でお答えできる嘘偽りのない事実です。 千雨: ……今はそれを知ることができただけで、よしとすべきだろうな。 予想が最低限の部分で外れていなかったことに、私は一応安堵を覚える。 そして大きく息をついて気持ちを落ち着かせ、思考を整えてから……言葉を繋いでいった。 千雨: じゃあ、その前提で私がこの「世界」に来た経緯についてあんたに説明させてもらう。信じられないかもしれないが、最後まで聞いてくれ。 そう念を押してから、私はどうやってここに来ることになったのかを手短に話していった……。 千雨: ……というわけだ。時間旅行なんてSF的な空想話と思うかもだが、嘘は一切言ってない。 千雨: とはいえ、証明する手段がない以上……受け入れてくれるかどうかは、あんた次第だがな。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: ……いえ、信じますよ。 驚くほどあっさり、絢花はそう答える。そして、さすがに理解が早すぎると怪訝を覚えた私が言葉を失っていると、彼女は穏やかに続けていった。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: 私の元の名前を知っているのは、この村でも数えるほどの人間のみ。その事実だけであなたが「特殊」であることの証明になります。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: なにより……『夕来帰』の門を通ってこの「世界」に来たと聞かされたら、西園寺家の者としては信用するしかありません。 千雨: ……そういうものなのか。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: はい。古手神社の分社にある『夕来帰』の門の存在は、幼い頃に聞いておりました。ある条件下で、不可思議な現象をもたらすことも……。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: そして、千雨さんはそれを通ってこの「世界」にやってきた……。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: ということは、未来の「私」はよほどの理由があり、相当の覚悟を持ってあなたをここに赴かせたのでしょうね。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: 理由……覚悟……?それはいったい、何のことだ? #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: ……すみません。先ほども申し上げた通り私は「私」ではないので、そこまでは察することができません。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: ただ、あなたの境遇や離ればなれになったご友人を助け出したい……。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: そういった気持ちにただ同情しただけで、あえて危険な行動に手を貸したわけではおそらくないのだと思います。 千雨: ……。その根拠は? #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: もし私が、本当にその「私」であったとしたら……西園寺家の戒律を骨身にしみるほど知っているはず。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: そもそも西園寺家は、あの門を不正に利用する者を近づけないように管理を任された……いわば門番。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: ですから、『夕来帰』の門を開くことはまさに禁断……いえ、禁忌の行いなのです。 千雨: ……そんなに危険なことだったのか。じゃあ、もうひとつ質問に答えてくれ。 千雨: 本来の古手家の頭首だった梨花ちゃんは、どうして消えた? そして、彼女の代わりとしてなんであんたが後釜に座ることになったんだ? #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: …………。 その問いかけに対して、絢花は再び押し黙って目を伏せてしまう。 そして、しばらく沈黙が続き……さすがに話してはくれないのかと諦めかけた次の瞬間、彼女はひとつ前置きをしてからいった。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: ……これは、あくまで私の考えです。ですから、本人がそう思っているとは限らないという前提で聞いてください。 千雨: ……っ……? #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: 今の質問に対する答えですが、古手梨花が何者かによって消されたというより何らかの意思と意図を持って、自ら消えた……。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: その可能性もあることを、考慮に入れて臨んだ方がいいと思います。 千雨: は……? じゃああんたは、梨花ちゃんが自分から進んで私たちの前から姿を消したってのか? #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: 繰り返しますが、私は梨花さんではありません。ですから、彼女が何を考えて何を優先し、何を選んだのか……真実を察することは不可能です。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: ただ……。 千雨: ……どうした?何か引っかかることでもあったりするのか? #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: あ、いえ。もし彼女がいなくなってしまったら、その「世界」は秩序を失って崩壊してしまうはず。……なのに、ここは現在もなお存在し続けている。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: もしかすると、古手梨花さんはこの「世界」から出て行くことよって何らかの利点を見いだした……憶測かもしれませんが、私はそう考えます。 千雨: ……っ……? 予想もしていなかった絢花の言葉に、私は唖然となって困惑を覚える。 つまり、この「世界」を安定させるために梨花ちゃんは別の「世界」に移動した……?それはいったい、どういうことなのだろう……? #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: いずれにせよ、古手梨花という存在を消すことでこの「世界」は何かの形態へと変貌しようとしている。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: まずは、それが何なのかを探り出すべきだと思います。 一穂(私服): 探り出すって……具体的には、どうやって? #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: この「世界」は、数多ある平行世界の中でどのような位置づけになっているのか。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: ……あなた方にお願いします。どうか、その調査に協力してください。 そう言って、絢花は頭を下げてくる。こちらとしては、謎だらけのこの「世界」について情報を入手するべく彼女のもとを訪ねたのだが……。 まさか逆に依頼されるとは思わなかったので、正直困惑を覚えずにはいられなかった。 千雨: (とはいえ……こっちも何らかの行動を起こすべきだと一応思ってたわけだから、渡りに船には違いないか……) 一穂(私服): ……千雨ちゃん。 千雨: あぁ、わかってるさ。 一穂に乞われるまでもない。その頼みに対して私は断る理由もなく、「わかった」と応じることにした。 Part 02: ――そして、翌日の朝。前日に絢花から指定された時刻よりもやや早く、私と一穂は古手神社の祭具殿を訪れた。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: ……来られましたね。わざわざご足労をいただき、ありがとうございます。 千雨(冬服): 最初に相談を持ちかけたのはこっちだ。……感謝されるいわれはない。 丁寧な仕草で頭を下げる絢花に、私はことさらぞんざいな言い方でそう返す。 この「世界」にいる連中にとっては、多少なじみのある仲間なのかもしれないが……私にとってはほぼ初対面で、赤の他人だ。 彼女の人となりがわからない以上、横でおろおろしている一穂には申し訳ないと思いつつもやはり胡散臭いという印象が拭えなかった……。 一穂(冬服): あの……それで、絢花さん。私たちはこれから、どうすればいいの? #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: 古手梨花さんが「いる」と思われる「世界」を、これからお二人に訪問してもらいます。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: そこで彼女とお会いして、話をすれば……おそらく私の申し上げたかったことが、あなた方もわかってくださるはずです。 千雨(冬服): 百聞は一見にしかず、ってわけか。……まぁいい、言う通りにしてやるさ。 千雨(冬服): で……その「世界」に向かう入口とやらはどこにあるんだ? この建物の中か? #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: はい。……その前に、こちらを。お二人とも、肌身離さず持っていてください。 そう言って絢花が渡してきたのは、小さくて黒い……まるでビーズのような塊だった。 一穂(冬服): えっと……絢花さん、これは? #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: あなたたちの意識が飛んだ「世界」に同化しないよう、自律を保つものです。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: これがないと因果律に取り込まれて、その場所の住人となってしまいます。……くれぐれも、肌身離さないようにしてください。 千雨(冬服): ……とりあえず、信じて持ち続けることにするよ。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: ありがとうございます。 千雨(冬服): だから、礼には及ばない。私はあんたじゃなく、あんたを信じる一穂のことを信じるって言ったんだ。 千雨(冬服): こいつと違って私は、あんたと深く関わってたわけじゃないから……な。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: はい。……それで、十分です。 そして私たちは、絢花が解錠した祭具殿の扉を開けて中へと入る。 すると、室内を確かめるよりも早く周りがまばゆいばかりの光に包まれて……。 千雨(冬服): っ……?! 一穂(冬服): な、何これ……っ? 次の瞬間に浮遊感が全身へと伝わり、気が遠くなるような感覚に包まれていった。 千雨(冬服): (……また空間移動ってわけか。とりあえず鬼が出るか蛇が出るか、ここからは出たとこ勝負だな) そんな覚悟を決めているとやがて視界を覆っていた光が徐々に収まり、輪郭が浮かび上がって……私は目をこらす。 そして……視界の中に映し出されたのは――。 千雨(冬服): んなっ……?! ぎょっ、と目を見開いて言葉を失う。私たちの周りには、見渡す限り想像を遥かに超えた「イカれた」光景が広がっていた……?! 一穂(冬服): こ、ここって……どこ……?! 千雨(冬服): な……なんだ、こりゃあっ?! 一穂はもちろん、覚悟を決めて臨んだ私でさえ頭の中が真っ白になって……その場に立ち尽くす。 それもそのはず、#p雛見沢#sひなみざわ#rの面影は欠片もない……絵本の童話に出てくるようなファンタジー感満載の風景が広がっていたからだ。 一穂(冬服): え、えっと……こんなところに、梨花ちゃんがいるの……? 千雨(冬服): わからん……いや、それ以前にここがどういうところなのかを調べる方が先決だな。 必死に動揺を抑えつつ、私は辛うじて言葉を絞り出す。 ここで私が混乱した様子を見せたら、ただでさえ気の小さい一穂のことだ……パニックを起こして泣き出しかねない。 一方的に頼られるのは正直言って性に合わないが、こういう状況だ。……強がっておくことにしよう。 千雨(冬服): とりあえず、あっちに見える建物に向かうぞ。誰かがいるかもしれない。 一穂(冬服): う、うんっ……! 私がそう促すと、戸惑いながらも一穂はついてこようとする。 ……だが、うっかり足場の悪い砂地に気づかなかったのか躓いてバランスを崩し、顔からまともに突っ込んで派手に倒れた。 一穂(冬服): わぷっ……?! 千雨(冬服): おい……大丈夫か、一穂? 一穂(冬服): う、うん……って、千雨ちゃん。この砂、なんだか……甘いよ? 千雨(冬服): 甘い……? お前、何言ってるんだ。こんな砂が、甘いわけが……。 千雨(冬服): ……って、マジか。まるでざらめだな。 一穂が言った通りに砂をすくってなめると、砂糖のような甘さが舌に伝わってくる。 というか、さっきから風に乗って感じるこの甘い香り……そして、カラフルすぎる周囲の塊や造形物は……まさか……?! 千雨(冬服): おい、ちょっと待て……!この「世界」は童話にあるようなお菓子の国、とでも言うんじゃないだろうな……?! 一穂(冬服): な、なんかそんな感じがする……ね……。 千雨(冬服): ……イカれてやがる。 とりあえず私と一穂は、ここで留まっていても何も始まらない……とお互いの意見を同じくして、遠くに見えていた建物に徒歩で向かう。 ただ進めば進むほど、建物がはっきりと見えるにつれて……四方からの甘い香りはさらに強いものへと変わっていった。 千雨(冬服): なぁ、あの建物も……お菓子とかでできてるんじゃないだろうな? 一穂(冬服): ……わかんない。でも、おいしそうだよね。 そんなことを聞いたわけじゃない……と怒鳴りそうになるのをなんとかこらえる。 この困惑的な状況で強い言葉をぶつけると、一穂の心理に負担を与えることになるだろう。……やりづらいが、致し方ない。 一穂(冬服): 路面はアスファルトとかじゃなくてチョコレートで覆われてるし、岩とかはドーナツにクッキー……。 一穂(冬服): うぅ、なんだか食べ物の上を歩いてるみたいで、すごく悪いことしてる感じだよ……。 千雨(冬服): ……気持ちはわからなくもないが、我慢しろ。これをばらまいたのはお前じゃないんだから、一穂が責任を感じる必要はない。 一穂(冬服): そ、そうだね……。 千雨(冬服): とりあえず、ここがイカれた世界だってことは間違いがないってことだから、脱出する方法を見つけ出すとしよう。 千雨(冬服): にしても、あのポンコツ巫女……!せめて行く場所がどんななのかだけでもちゃんと説明しておくのが筋ってものだろうが……! 一穂(冬服): あ、あははは……絢花さんってあぁ見えて、悪戯好きなところがあるみたいだしね……。 千雨(冬服): いや、これは悪戯で済ませる範囲外だろうがっ? 一穂(冬服): う、うーん……って、あれ……?こっちに誰か、歩いてきてるみたいだよ。 その言葉に促されて、私は目をこらす。すると一穂の言葉通り、何者かがこちらへと向かってきている姿が視界に映った。 圭一:お菓子の国: おい……! お前たちは、何者だ? そう言って城らしき建物の方角からやってきたのは、甲冑姿の少年で……。 一穂(冬服): あ、私たちは、その……えっ……? 千雨(冬服): おい……お前は、まさか……?! 容貌を見て、思わず唖然と目を見開く。なぜなら彼は、私たちのよく知る……前原圭一だったからだ。 Part 03: 見覚えのある……いや、ありすぎる人物が目の前に現れて、私たちは言葉を失い立ち尽くしてしまう。 千雨(冬服): (イカれた格好をしてやがるが、こいつって前原……だよな……?) その身にまとっているのは、西洋の騎士のような甲冑……だと思うが……模様と色合いはなんだか、チョコっぽい。 だから失礼とは思いつつ、勇ましいよりも「かわいらしい」あるいは「おいしそう」といった表現の方が近しい感じのいでたちに映っていた。 千雨(冬服): なぁ……一穂。これって、誰かがドッキリか何かで私たちのことをからかってる、とかじゃないよな……? 一穂(冬服): さ、さすがに違う……と思うけど……。 語尾が自信なさげに小さくなったのは、完全には否定できないということだろう。……たとえば、部活の罰ゲームとかだ。 千雨(冬服): まぁ園崎姉妹あたりなら、こういった無意味かつ頭のネジが外れた催しをやりかねないしな……。 千雨(冬服): とはいえ、この「世界」に来させたのは例の絢花だから、その可能性は低いだろう。 一穂(冬服): …………。 千雨(冬服): ? どうした、一穂。 一穂(冬服): あ、えっと……さっきも言ったけど絢花さんって普段はあんな感じでも、意外にノリが良かったりするから……。 一穂(冬服): ひょっとしたら、実はこういう企画を考えてあとで「冗談でしたー」なんて言い出すかもしれないかなー……って。 千雨(冬服): ……。もし本当にそうだったとしたら、戻った後であいつの顔面にあつあつのピザを叩きつけてやる。タバスコ入りでな。 千雨(冬服): もちろん、そのスチャラカな企画に参加したやつ全員にもだ。……止めるなよ? 一穂(冬服): ひいっ? わ、わかりました……! 私の一睨みを受けて、一穂は身をすくめながらぶんぶんと首を縦に振り続ける。 と、そんな私たちを前原(?)はまじまじと見つめ、怪訝そうに首をかしげながら口を開いていった。 前原圭一?: なんだ、お前たち……?見たことがない格好をしているが、どこから来たんだ? 一穂(冬服): み、見たことのない格好?これって一応、私たちの普段着なんだけど……。 一穂(冬服): 前原くんこそ、なんでそんな格好を……?また魅音さんたちから何かのイベントか、宣伝のバイトを頼まれたりしたの? 前原圭一?: イベント? センデン?いや、何を言っているのかさっぱりなんだが……。 前原圭一?: っていうか、なんでお前らが俺の名を知っているんだ。どこかで会ったことがあったか? 千雨(冬服): いや、会ったことがあるも何も……どういうことだ? 一穂(冬服): わ、私に聞かれても……。 わけがわからなくて隣の一穂に状況を尋ねてみたが、彼女も困惑した表情で首を横に振るのみだ。 すると前原(?)は「あっ?」と何か思い当たることがあったのか、ふいにぽんと手を叩いていった。 前原圭一?: そうか……!俺が女王陛下に頼んでいた例の道案内兼助っ人、傭兵の2人組ってのがお前らなんだな? 一穂(冬服): 傭兵の、2人組……? 千雨(冬服): だから……いったい何のことだ?そもそも、女王陛下って言われても全く心当たりが無いんだが……。 前原圭一?: あれ、違ったのか? おっかしいなぁ……。 前原圭一?: 国境近くの岩場に住む怪物の退治を任せるから2人の傭兵をここによこす、って連絡を聞いて俺たちはずっと待っていたんだぞ。 前原圭一?: お前らがそうじゃなかったら、他に誰がいるんだ?いつになっても来やしねぇし、待ちくたびれたぜ……。 千雨(冬服): だから、私たちに愚痴るな。こっちもわけがわからん状況なんだから……ん? 千雨(冬服): なぁ、前原。今俺「たち」って言ったが、その依頼を受けたのはお前以外の他にもいるのか? 前原圭一?: あぁ。ちょいと気になるものを見つけたってんで、あっちの丘の方に……。 前原圭一?: おっ、ちょうど戻ってきたぜ。 そう言って前原(?)が指さした先には、こちらへと駆けてくる女の子らしき姿が見える。 ただ、なぜかその表情は引きつっていて……。おまけに後ろから何かが、土煙を上げながら追いかけてきている様子だった。 千雨(冬服): っていうか、おい……あれってまさか……?! 一穂(冬服): り……梨花ちゃんっ?! その女の子の顔がはっきりと見えるところに来た途端、またしても私たちは驚いて息をのむ。 走ってくる彼女の容貌は、梨花ちゃんと瓜二つ……どころか、まさに彼女そのものだった。 一穂(冬服): ど、どうして梨花ちゃんがこんなところに……?! 千雨(冬服): ……っていうか、あの後ろのやつはなんだ?! 土埃の正体を見て、私たちはさらに「ぎょっ?」となる。 なぜなら、梨花ちゃん(?)を追いかけていたのは土色の塊で全身が構成された巨大な怪物だったからだ……! 前原圭一?: お、おい……あれって、クッキーゴーレムだぞ?! 千雨(冬服): ゴーレムっ?……って、クッキー……?? 『#p魔法人形#sゴーレム#r』と聞いて一瞬身構えかけたが、そこに奇妙な言葉が付随しているのを聞きとがめた私はあんぐりと口を開けながら思わず前原(?)に振り返る。 そして再び顔を戻し、目を瞬かせながら凝らすと確かに巨人の四肢や胴体は、ただの岩というよりも人工のブロックか何か……。 ……いや、もう素直に認めよう。それは茶菓子として市販されているような、かわいい模様のクッキーだった……! 古手梨花?: み、みー!調べるのに邪魔な小物を軽く蹴散らしていたら、親玉が呼ばれてきたのですよ~?! 前原圭一?: ちょっ……あんな中ボス級がこの平原に現れるなんて、聞いてねぇぜ! 千雨(冬服): 中ボス級……クッキーの怪物が、ボスか……。 さらに、その怪物の周りを護衛するようにわらわらと群れて集まっている小さな魔物たちは……キャンディーか、ゼリーのような色形をしていて。 聞こえてくるのは「きゃー」だの「きゅー」だのと叫びとも思えない……どうにも力の抜ける鳴き声だった。 古手梨花?: け、ケイイチー!助けてくださいなのですよ~っ? 前原圭一?: おぉっ、任せておけ!俺のこの、『聖剣ショコラカリバー』さえあればどんな敵でも恐るるに足らねぇぜ! そう威勢良く前原(?)は言い放つと、腰から剣……といってもチョコ細工にしか見えない武器を引き抜き、勇ましく身構える。 そして肩越しに私たちに振り返り、にやりと笑みを浮かべながら告げていった。 前原圭一?: 行くぜ、お前ら!女王陛下が直々によこしたっていう腕前、ここで見せてくれよっ!! ……あれだけ違うと私たちが否定したのに、どうやら彼は全く聞いていなかったらしい。その耳は飾りか? 引きちぎるぞこの野郎。 一穂(冬服): う、腕前って言われても……どうすれば……? 千雨(冬服): どうあっても、戦わざるを得ないってわけか。ったく、面倒臭ぇ……! 一穂(冬服): ど……どうするの、千雨ちゃんっ? 千雨(冬服): なし崩しに傭兵扱いされるのは不本意だが、あいつらの巻き添えにされるのはもっと御免だ……!とにかく、「カード」で戦うぞ! そう言って私たちは『ロールカード』を手に取り、武器を出現させる。 そして怪物に向けて突進する前原(?)に続き、2人揃って半ばやけくそ気味に駆け出した――。 Part 04: ゴーレムを倒し、その取り巻き連中を一掃してから私たちはほっ……と一息をつく。 見かけによらず、甘いのは香りと味だけだった。特に魔物キャンディーどもはすばしっこい上に固く、全部片付けるまでかなり手間取ってしまった……。 一穂(冬服): あ、あの……千雨ちゃん。その格好と、手に持ってる武器って……? 千雨(お菓子の国): ん? あぁ……苛立ち紛れにあいつらを存分にぶっ飛ばしてやりてぇ、って願いながら「カード」をかざしたら……こうなってた。 一穂(冬服): そ、そうなんだ……あははは……。 口元を引きつらせた表情のまま、一穂は私の手に持った「武器」を見つめてくる。 一応、これもチョコ細工のようだが……見た目はかなり禍々しく、棍棒というより釘バットだ。少なくともかわいらしさはない。全然ない。 前原圭一?: いやー、助かったぜ。さすがは王家から派遣された傭兵ってやつだな。 古手梨花?: みー。助けてくれてありがとうなのですよ、ぺこり。 そう言って前原(?)と梨花ちゃん(?)は、にこやかに親しげな笑顔を浮かべながら歩み寄ってくる。 あくまで降りかかった火の粉を払っただけで、別に助太刀に入るつもりはなかったのだが……とりあえず感謝は素直に受け取っておこう。 千雨(お菓子の国): とりあえず、今後の予定について教えてくれ。同行するにしても断るにしても、まずは話をちゃんと聞いてからだ。 前原圭一?: あぁ、わかったぜ。んじゃ、まずは俺たちが女王陛下に依頼を受けた内容について……。 …………。 千雨(お菓子の国): ふむ。とりあえず、話をまとめると……。 千雨(お菓子の国): お前たち2人は女王陛下の依頼を受けてこの王国の奥地にある洞窟へと向かい、中に巣くっている怪物を倒すってわけだな。 ケイイチ: あぁ、そういうことだ。今後も、さっきみたいな活躍を期待しているぜ! 一穂(冬服): だ、だから私たちは、傭兵なんかじゃ……! 千雨(お菓子の国): ……諦めろ、一穂。あれだけの相手をコテンパンに叩きのめしたんだから、今さらお前が一般人を主張しても説得力がない。 一穂(冬服): こ、コテンパンって……千雨ちゃんだって、結構な数をなぎ倒してたでしょ? 千雨(お菓子の国): あぁ。……だが、お前ほどじゃない。クッキーゴーレムも、とどめを刺したのは一穂だ。 素直に認めるのはいささか不本意だが……やはり「カード」を使ったバトルになると、一穂に一日どころか三日ほどの長がある。 とにかく彼女は能力を使うというより、引き出すのが巧みなのだ。持てる力を余すところなく攻撃に送り込み、最大級の効果をもたらしていた。 千雨(お菓子の国): (そういえば、こいつの正体については結局のところ有耶無耶のままで終わってたな……) いつか解明しなければならない謎のひとつだと、私だって決して忘れたわけではないのだが……今はそれ以上に、梨花ちゃんのことだ。 ここにいるのが、本人かどうかはまだ不明だとしても……あの「世界」から彼女がいなくなった理由を、突き止めなければならない。 リカ: ……。みー……? ただ、直接梨花ちゃんに尋ねたところで正直に答えてくれるとは思えない。……ならばここは、彼女たちに話を合わせて同行すべきだろう。 そう考えて私は立ち上がり、まだ戸惑いを見せている一穂に向けて「……行くぞ」と促した。 そして私たちは、前原……ではなくケイイチたちに従い、国境近くにあるという洞窟を目指して歩き出した。 眩しいほどに、地表を照りつける太陽。おまけに見渡す限りの砂漠を徒歩で進むということで、目的地まで相当難儀するものと思われたが……。 一穂(冬服): んー、おいし~♪お菓子を食べながら冒険の旅なんて、最高だよ~。 リカ: みー。ここに落ちているのは果物なのです。甘くて瑞々しくて、喉の渇きが癒やされるのですよ~♪ 千雨(お菓子の国): ……。なんだ、この気の抜ける行程は。 それなりの真剣度で臨んだはずなのに……張り詰めていた空気は、道ばたに転がった甘味によってあっさりと霧散してしまった。 『甘いものは、世界を笑顔にする』とはどこかの偉い人の格言だったか、あるいはお菓子屋のフレーズだったかは忘れたが……。 あれだけ傭兵扱いされることを嫌がっていた一穂は今やすっかりご機嫌で、「ラスボスってどんな味がするんだろう……?」と物騒なことを呟く始末だ。 ひょうひょうと先頭を歩くケイイチは、あまりお菓子には興味がなさそうな様子だったが……。 それと反比例するようにリカは「調査なのです★」を水戸黄門の印籠よろしく免罪符代わりに乱用し、ひょいぱくと拾い食いを続けている有様だった。 千雨(お菓子の国): (梨花お姉ちゃんのこういう姿は、本物じゃなかったとしても見たくなかったな……) そんな呟きを私は内心で、ため息とともに吐き続けていた……。 そんな感じに、甘味と水分を思う存分摂り放題で歩き続けること……およそ数時間後。私たちは、岩場だらけの場所に到着する。 そして先が見えないほど深い洞窟を発見し、いきなり怪物たちが現れても対処できるよう慎重に足を踏み入れていった……が……。 千雨(お菓子の国): って……ここもかよ。 中に入って数分もしないうちに脱力を覚えて、がっくりと肩を落とす。 ごつごつとした壁面には、氷砂糖がそこかしこに生えていて……やはり甘い香りが充満していた。 千雨(お菓子の国): ここまで全面甘ったるさに満ちてると、目眩がするというか息が詰まりそうだな。……大丈夫か、一穂? 一穂(冬服): う、うん。またおいしそうな匂いがして、なんだかお腹が空いてきたよ……。 千雨(お菓子の国): ……ここに来るまでに、結構食ってなかったか? 一穂(冬服): そ、それは……途中で何度か襲われて身体を動かしたからその分のエネルギーを使ったというか……。 千雨(お菓子の国): ……。この状況下で食欲を優先できるお前は、本当に大物感満載なやつだな。 一穂(冬服): えへへ……そんなふうに褒められると、ちょっと照れくさいよ。 千雨(お菓子の国): いや、今のは皮肉で言ったんだがな……。 照れたように顔を赤らめる一穂を、私はしらけた気分で見つめ返す。 そしてふと、壁のあちこちを調べて回っている梨花ちゃんに尋ねかけていった。 千雨(お菓子の国): 圭一……じゃない、ケイイチはこの王国の騎士のひとりって話だったが……あんたは何者なんだ、リカちゃん? リカ: みー、ボクは魔法学者なのです。世界のあちこちを不思議なものを調べて回りながら探検したり冒険したりするのが大好きな……。 リカ: 早い話が、どこにでもいる普通の魔法学生なのですよ。 千雨(お菓子の国): ……もはや、どこから突っ込んでいいのかわからん。 一穂(冬服): あ、あははは……。 理解の範疇を超えて頭を抱えると、一穂が私の隣で苦笑いを浮かべている。 すると、梨花ちゃん……いやリカは調べる手を止め、ぽつりと呟くように言った。 リカ: 幾百、幾千もの繰り返しを続けていると……飽きて、思考も感情も鈍くなってくるのよ。 リカ: 心が刺激と変化を渇望して……誰のことを想っていたのか、誰を憎んでいたのかもわからなくなって……。 リカ: 善と悪、現実と夢の区別をつけるのが億劫に感じて……こんな冗談みたいな「世界」でも足を踏み入れたくなってしまうの。 そう言って振り返った彼女の瞳は、人形のように虚無に彩られていて……間近で見て思わず、息をのむ。 千雨(お菓子の国): リカ……いや、梨花ちゃん。あんたは、まさか……? そう言って私が尋ねようとした次の瞬間、洞窟の奥から恐ろしい#p咆哮#sほうこう#rが響き渡ってくる。 目を向けるとそこには、やはり菓子で構成された怪物が彼らを襲わんと姿を見せていた。 千雨(お菓子の国): くっ……とにかく、倒すぞ!一穂、手伝え! 一穂(冬服): う……うんっ! Epilogue: 千雨(冬服): っ……ここは……? 目を開けて辺りを見回すと、祭具殿の建物が視界に飛び込んでくる。 ここは古手神社の敷地内で、近くにはすやすやと眠り込む一穂と……。 そんな彼女に膝枕をしている絢花の姿があった。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: ……目を覚ましましたか、千雨さん。 千雨(冬服): 絢花、さん……? 私たちは、いったい……? #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: ……あなたがたが先ほど覗き込んだ、「世界」。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: あれは古手梨花の無意識下の自我が生み出した……平行世界のひとつなのです。 ――再び平成5年 某日 西園寺絢さん……もとい、成長した古手絢花と向き合って、私と魅音は静かに佇む。 話し込んでいるうちに、ずいぶん時間がたってしまった。今の時間だと、帰りの電車は何時頃だろうか……なんて心の隅で考えながら、私は絢花に告げていった。 千雨: ……あえてこう呼ばせてもらうよ、絢花。あの時あんたは、確かに言ってた。 千雨: この平行世界が生まれる原因になったのは、梨花ちゃんが望んだからだ……と。 千雨: つまり、彼女がいなくなったのはどこか気に入った世界を見つけてそこから動かなくなったせいだと……そうだよな? #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: ……10年前の私は、そんなことをあなたたちに言ったのですね。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: いらぬ口出しをして混乱をさせてしまったこと、ここでお詫びいたします。 千雨: 話をそらさないでくれ。絢花……実際のところ梨花ちゃんは、どこに行ったんだ?あんたは居場所を知ってるんじゃないのか? そう言って咎めた私の指摘に、絢花は無言のまま苦笑で返してくる。 年上に対して、タメ口は無礼だと理解している。だけど、以前の「世界」ではほぼ同年代ということで私は無理やり押し通すことに決めていた。 千雨: あの「世界」では結局、あの子を連れ戻す前に元の「世界」に引き戻されてしまって……どこに行ったのかを見つけることができなかった。 千雨: そのせいなのか、私と魅音の間でも記憶の混乱が生じている…… 千雨: この状況を解消するには、梨花ちゃんを連れ戻すしか方法がない……そうなんだろう、絢花? #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: ……その答えは、あなた自身で見つけるしかないと思います。私とあなたとでは、この「世界」に存在する意義が違う。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: ですから私がどんなに言葉を尽くしても、きっとお二方が欲する答えにはならないでしょう。 魅音(25歳): ちょっ……?いったいあんたは、何を知っているのさ?! #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: どうぞ……お引き取りください。聞きたいことも、申し上げられることもこれ以上はありませんので。 そう言ってから絢花は、私たちに背を向ける。 そして、これ以上話すことはないと言いたげに社務所へと向かう彼女に、私は声をかけていった。 千雨: 絢花。……悪いが私は、あんたの存在を認めるわけにはいかない。 千雨: なぜなら、あんたがいて梨花ちゃんがいない「世界」は……美雪のいない「世界」だからだ。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: ……っ……? 絢花は背を向けたまま、立ち去りかけていた足を……止める。 その様子から、耳だけはこちらに向けてくれていると勝手に理解した私は、さらに言葉を繋いでいった。 千雨: 梨花ちゃんの助言によって、赤坂夫妻は救われて……その娘の美雪はこの世に生を受けることができた。 千雨: つまり、梨花ちゃんがいなければ美雪はこの世に存在することができない。だとしたら――。 千雨: 絢花が存在する「世界」だと、美雪は……いない。生まれてくることができないんだ。 千雨: そしてあんたは、実はそのことをあの時点でわかってたんだろう……?! #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: ……。気づいていたんですか……。 千雨: あぁ……そうさ。なのに、どうしてあんたは自らの存在が消える危険を冒してまでも私をあの「世界」に送り込もうとしたのか……。 千雨: その意図にこそ、全ての謎の答えがあると私は信じてる。……だから解き明かしてみせるよ、絶対にな。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: …………。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: だったら……確かめてみますか? 千雨: えっ……? #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: ……消えようと考えた、古手梨花の意思。そしてどちらが正しかったのか……その判断の答えを。 そう言って絢花は振り返り、私を意思を込めた眼光で見据えてくる。 そこに含まれた感情は怒りなのか、あるいは全く別のものなのかは察することができなかったけど……。 千雨: ……あぁ、上等だ。 その勝負を受けることに、私は一切の躊躇いを感じなかった……。