「──情けない話で、マジで申し訳ねえ!」

 翌日の放課後。いつもの特別教室。

 集まれるだけ集まってもらった出演者たちの前で。

 ろくよう先輩は──そう言って、頭を下げていた。

「どうしても俺……に、メインステージに勝ちたいんだ。そうしなきゃ、いけねえんだ。でも、多分このままじゃダメだ。俺一人の力じゃ、どうにもならなかった……」

 ろくよう先輩は説明していた。

 自分には、起業という夢があったこと。それを今、親から断固反対されていること。

 彼らがそれを認めてくれる条件は──『メインステージより有志ステージに客を集める』なんて途方もないもので、一人じゃそれを実現できないことを。

 そして、彼は顔を上げ。

 出演者一人一人を見ると──、


「だから……力を貸してほしい」


 はっきりした声で、そう言った。

「ここにいるやつらと、今日はこれなかったやつらで、俺に力を貸して欲しい……」

 ……言えた。

 その光景を、俺は感慨深く見守っていた。

 あのろくよう先輩が、かたくなに『一人で頑張る』ことを主張していた彼が──皆に力を貸して欲しいと言ってくれた。

 胸に熱いものがこみ上げたのを感じる。

 昨日、ろくよう先輩とぶつけ合ったお互いの気持ち。

 雨の中走り回って、ようやく打ち明けられたそれぞれの本心。

 それが今、ろくよう先輩を大きく変えた。

 きっと、勇気のいる選択だったんだと思う。生き方を変えるのは恐ろしい。

 正直、俺だって怖いんだ。俺がぶつけた言葉が、ろくよう先輩にどんな影響を及ぼすのか。

 ぶつけてしまった感情が、彼をちゃんと前に進めてくれるのか。

 だから……俺は願う。

 その言葉が、出演者のみんなに届くことを。

 先輩の気持ちが、有志ステージを大きく変えてくれることを。

 そして──そこにいる面々は。

 集められた出演者たちは、見るからに動揺していた。

 こんな話予想外だろう。自分のパフォーマンスが、人の人生をそんな風に左右するなんて。

 そもそも、集められた理由だって知らされていなかったはず。

 戦艦ポチョムキンズも、づまきらら先輩も。

 OBORO月夜やFLIXIONSのメンバー、その他の参加チームの面々も。

 皆視線を泳がせ、仲間たちと何やらひそひそ話し合っていた。

「……正直」

 そんな彼らに、先輩は言葉を続ける。

「何か恩返しを、すぐにできるわけじゃねえよ。皆がそうしてくれることで、メリットがあるわけじゃないと思う。時間と労力をもらうだけかもしれねえ……」

 それは……素直にその通りだ。

 ろくよう先輩は、あくまで自分のために皆にお願いをしている。

 それをごまかすのは、フェアじゃない。

「だから、乗り気じゃなければ無視してくれても構わねえよ。そのことで、有志ステージでの扱いを変えることは絶対にねえって約束する。これまで通り、これまで以上に皆のことは大事にするつもりだ。……でも」

 と、そこでもう一度、先輩は声に力をこめると、

「ちょっとでも……やってやろうと思ったら。ろくように、協力してやろうって思ったら……ほんの少しでもいいんだ、それぞれのやり方で、それぞれのできる範囲で……力を貸してほしい。人が集まるように、いパフォーマンスができるように、策を考えてもらいたい!」

 ろくよう先輩の声が、教室に短く反響する。

 そして、彼は勢いよく頭を下げ、


「どうか──よろしく頼む!」


 ──強い意志のにじむ声で、はっきりと言い切った。

 いつもの彼と同じ、深く張りのある声。

 けれど──その響きはどこかかすかに、不安げな、揺らぎを帯びているような気がした。

 短い間が教室に降りる。

 一呼吸に満たないほどの、小さな静けさ。

 けれど、声の余韻が消える前に。先輩の願いが、空気に溶けてしまうより前に、

「──わたしやるよー」

 軽い声が──出演者の間から上がった。

 かわいらしいアニメ調のトーン。

 転がるような楽しそうなニュアンス。

 見れば──、

「わたしそれ、全力でいくわー」

 ──づま先輩だった。

 着崩した制服に、全身にちりばめられた鮮やかなアクセサリ。

 そこにいるだけでポップでファンシーな空気を放つ彼女が、楽しげな表情で手を挙げていた。

「……マジか」

 ちょっと意外そうに。

 それでもほっとした顔で、ろくよう先輩は笑う。

「ありがとう、すげえうれしい」

「どういたしましてー」

「でも、いいのかよ? づまにメリット、ねえと思うけど」

「いやいやー」

 と、づま先輩は手をひらひら振ってみせる。

 そして、あくまでもかわいらしい笑みで、転がるような言い方のままで、


「わたしさー、nitoにはまあまあムカついてたから!」

 ──!?


「あの子さー、今年からだっけ活動始めたの?」

 づま先輩は、歌うように話を続ける。

「それまでは、この学校でネットで評判の女の子って言えばわたしだったのに、一気に話題取られたんだよ。一部のファンはそっち流れたし。だからいっぺん、しばいてやらないとなーって思ってたんだー」

 なるほど。なるほどね、そういうことか……。

 ……いや怖すぎんだろ!

 このトーンでそういう話されるの、恐ろしすぎだろ!

 気持ちはわかるけど、笑顔のまま『ムカつく』って……。

 もう純粋な気持ちで、づま先輩の踊りにデレデレできない……。

 ろくよう先輩は、けれどなんだか楽しげに笑っている。

「そっか……いいじゃん、一緒にぶっ倒してやろうぜ」

「うん。とりあえず、ダンスもう一回練り直すのと、今日から配信で毎日告知するよ。ネットの閲覧者もカウントにいれるんでしょ? だったら結構力になれる気がする」

「ありがとう、助かる!」

「いえいえー。打倒nitoのためですから」

 そんなやりとりをするづま先輩に、

「怖いなー女子の戦い」

「な! 俺らは巻き込まれたくねーな」

 ポチョムキンズの二人が声を上げた。

 面白がるような妙に楽しげな、悪巧みするような声。

 それはきちんと彼女の耳にも届いたようで、

「……ふうん」

 づま先輩が、じろっとそちらに目を向ける。

「じゃあ、二人はどうするの? 尻尾巻いて逃げたすの? 弱ーい」

「いやいや」

「俺らももちろん乗るよ!」

 慌てた様子で、ポチョムキンズは主張する。

ろくようくん、世話になったからな。恩返しだ」

「それに、あのnitoさんに勝ったってなったらモテそうだろ?」

「まずはネタ選び直す。あと、YouTubeにチャンネルあるからそっちでも告知な」

「……あー、ネット告知なら」

 OBORO月夜のベーシストが、思い付いた声を上げた。

「俺らがPVみたいなの作ろうか?」

「え。そんなことできるの!?

「うん」

 きゃぴっと飛び跳ねるづま先輩に、ベーシストはあくまで落ち着いた表情だ。

「これまでもPV自分たちで作ってたし、ライブの告知動画も自前だよ。素材もらえれば、動画編集できると思う」

「あーじゃあ! むしろ新しく動画撮ってさ!」

 声を上げたのは、ダンスチームFLIXIONSのリーダー格の女子だった。

「有志ステージのティーザーみたいのから、PVも何本も作って──」

「──むしろ、『打倒メインステージ』ってのはっきり出しちゃっていいんじゃ──」

「──あーそれいい!」

「──観客側も盛り上がってくれるかも」

 あっという間に──ブレストが始まった。

 出演者、スタッフの垣根なく、その場にいる面々がアイデアを出し合う。

 次々飛び出す策。それをブラッシュアップする、あるいは反対する意見。

 ある程度まとまったアイデアを、志望するものが「それ、俺がやる!」「それはわたしが」と引き取っていく。

「……これは」

 その光景に──はっきりと熱量を感じた。

 これまで、どこかずっと平熱だった有志ステージ。

 楽しければOKという雰囲気で、実際それはその通りで。『いステージだったね』と褒め合う未来が見えていたこの場所。

 それはそれで、悪くなかった。

 そんなステージも、きっと楽しい思い出になるだろう。

 けれど今……熱を帯びている。

『打倒メインステージ』という一つの意思を帯びて、全員が初めて一団となっていた。

 ──いけるかも。

 初めてそんな実感を覚えた。

 ──もしかしたら俺たち、マジでメインステージと張り合えるかも。

 まだ、具体的なプラン全ては見えていない。

 メインステージがかなりの強敵であることは、どうやっても変わらないだろう。

 それでも……この熱があれば。

 この盛り上がりで当日まで試行錯誤を重ねれば……きっと、戦える。

 メインステージに勝つことは、不可能じゃないはず──。

「……こうなったら」

 そんなやりとりを眺めながら。

 意見交換をし合う出演者、スタッフ、ろくよう先輩を前にして──五十嵐いがらしさんが言う。

「こうなったら……わたしらも、頑張らなきゃね」

「……だな」

「せっかく先輩が、こんな風に盛り上げてくれたんだもの。わたしたちも、もっと策を練らなきゃ……」

「……あ、それだったらさ」

 と、俺は五十嵐いがらしさんを向き、

「一個思い付いたアイデアがあるんだ」

「……アイデア?」

「そう。告知をしつつ、出演者のみんなも盛り上げられそうなアイデアを……」

 そして──俺は話し始める。

 ちょっと無謀で。でも成功すれば大きな宣伝効果を発揮する、あるアイデアを──。



「──というわけで、昼休みに放送するのを許可していただきたいんです」

 放課後の、職員室の応接間。

 目の前に座ったこの学校の教頭──ひがし先生に、俺はそう主張していた。

へきてんさいの有志ステージ、この出演者が今すごく盛り上がってるんです。ですから、彼らが出演するラジオ番組を毎日放送できないかなと……」

 ──ラジオ番組。

 それが今回──俺が五十嵐いがらしさんに持ちかけたアイデアだった。

 元々これは、ろくよう先輩の発案だ。

 へきてんさいに向けて、昼休みのラジオ放送を始める。そこで有志ステージの話をすることで、沢山の生徒にその存在を知ってもらう、というアイデア。

 これはかなり、効果的な気がしていた。

 人を集めたいなら、何よりまず存在を知ってもらうことが大切だ。

 その上で出演者に興味を持ってもらう。どんなパフォーマンスをするのか気にかけてもらうことが必要になる。

 だから、彼らのラジオを校内に流せば──なぜかあまぬま高校では行われていない昼の放送で全校に流せば、かなりの宣伝効果があるんじゃないか。

 俺も五十嵐いがらしさんも、そこに期待してこんな交渉をしているのだった。

 ただ、

「──だから、その件はダメだって言ったでしょう!」

 教頭先生は──高らかな声でそう主張する。

「食事は静かに取るものでしょうが! ですから、昼の放送はダメ!」

 なんだか妙にテンションの高い、それでもどこか抜けた話し方。

 ポチョムキンズのものまねと本当によく似ていて、インパクトが強い。

 一部の生徒からはネタにされているけど、実は俺、このしゃべりが結構好きだったりする。

「実行委員長にも話したでしょう! 共有されてないんですか!?

 そんな声で、かたくなにそう言いつのる教頭先生。

 そう──ろくよう先輩も、断られていた。

 食事は静かに取るもの、という教頭先生の個人ルールによって、却下されてしまっていた。

 うん、まあ……何つーか勝手だよなあ。

 そんな自分の好みで、生徒のやりたいことを止めるなんて。

 多分……うちの高校で昼の放送がないのも、これが理由なんだろうなあ。

 ポチョムキンズのコントの通り、この人はルールを守ったり守らせるのが大好きだし。

 そのうえ、自分でも永遠に決まりを作り続けるものだから、生徒としては苦笑いだ。

 ただ、

「いえ、ろくよう先輩からはもちろん聞いてまして」

 隣の五十嵐いがらしさんが、そう言って『一枚の紙』を差し出す。

「なので今日は、ちょっと色々用意してもう一度相談に来ました」

 そう。今日はとある準備をしてここに来ている。

 教頭先生の意見をくつがえせそうな、『ある味方』をつけて二度目の交渉に来ているのだった。

「……ふむ、これは」

 五十嵐いがらしさんの渡した紙を、じっと見る教頭先生。

「えっと……『コミュニティFMすぎなみ』での、特設コーナーが決定した……」

「そうなんです」

 身を乗り出し、紙を指し示しながら俺は説明する。

「ほらよく、街中で流れてるでしょう? 杉並区が運営してる。地域のラジオ局みたいなの。このおぎくぼだけじゃなくて西にしおぎとか、西武線の方でも流れてるんで、結構沢山の人が聞いてるはずなんですけど」

 言いながら、俺は思い返す。

 例えば学校への行き帰り、遊びに出かける途中、買い出しの最中。

 街にはいつも、薄くそのFM放送の番組が流れていた。

 確か、最初にクラスの買い出しに出かけたときもそうだった。に「有志ステージスタッフになった説明」をしながら、俺は片耳でその放送を聞いていたんだ。

「で、実は先日、区役所に相談に行きまして」

 俺は説明を続ける。

「その『コミュニティFMすぎなみ』で、あまぬま高校有志ステージの番組をやらせてもらえないかと相談したんです。へきてんさい当日までの、期間限定で」

「……え。ええ!?

 あまりに予想外だったらしい。

 教頭先生は一度メガネを外し、まじまじと手元のプリントを見る。

「区役所で……番組の、相談……」

「ええ」

「そ、それは」

 と、顔を上げこちらを見ると、

「ちゃんと、誰か教師に言ったんですか!? 生徒たちだけで勝手にやっちゃダメでしょう!」

「ああもちろん、先生にも言いました。文化祭統括の御手洗みたらい先生と、担任の先生に。先生は、当日区役所にも付いてきてくれました」

「……な、なるほど」

「それで──」

 うなずく教頭に、俺はずいと身を乗り出して、

「──OKもらえまして」

 声に力をこめて、はっきりそう言った。

「番組を、やらせてもらうことが決まりました」

 ──担当者も、非常に乗り気だった。

 俺たちの持っていった企画を、大喜びで受け入れてくれた。

 元々、若年層にも聞いてもらうため、地域の学生に出演してもらう番組をやりたいと考えていたらしい。そのタイミングで、文化祭の企画とからめた番組。そのうえ『メインステージに勝ちたい』というわかりやすい目標まである。

 断る理由が思い付かない、とまで言ってもらえた。

 そんなわけで、出演者の登場する三十分番組が、これから毎日『コミュニティFMすぎなみ』で放送される予定だ。実を言うと既に初回二回分……づま先輩が出演する回は収録済み。あとは、放送を待つのみだったりする。

「それで……区の担当の方も、是非あまぬま高校でも放送を、と」

 教頭先生に、俺は話を続ける。

「一緒に盛り上げていけるとうれしい、とのことでした。どうやら区長さんも、この企画のことを褒めていたそうで」

「区長まで……」

「ですから、どうでしょう?」

 ずいぶんと揺れている様子の教頭に、俺はもう一度尋ねる。

「昼の放送で、流せませんか? うちの高校でも、この企画に乗ってもらえないですかね?」

 ──こういうのが、効くはずだ。

 ルールを守るのが好きな教頭は、つまるところ上からの指示に弱い。

 決められたものを守ることに快感を覚えるタイプは、『区』みたいな自治体の希望を断れないはず──。

 ……こういうからは、ろくよう先輩の苦手分野だろう。

 真正面からぶつかりがちなあの人は、教頭みたいなタイプとすこぶる相性が悪い。

 だからこそ……俺みたいなやつが。

 そくに色々動くこともできるタイプが、ここを突破する。

 それが今回の、俺のアイデアだった。

 そして、案の定。じれったい数秒間の間を置いたあと、

「……わかりました」

 ため息をつき、教頭は俺たちにそう言ったのだった。

「昼休みの……番組の放送を許可します」



 昼の放送の許可を得た、その翌日。

 さっそく番組第一回が、昼休みに流された放課後。

「……久しぶりだな」

「うん」

 しばらくぶりに待ち合わせをして、俺とは一緒に帰っていた。

「最近、お互いバタバタしてたもんな」

「そうだね」

 こんなに話すのは……あの日以来。

 に『あなたの人生を狂わせる』なんて言われて以来だろうか。

 ふう、と息を吐き周囲を見回した。

 駅へ続く見慣れた通り。日は沈み、東の空はすっかりぐんじよういろだ。

 西の空ではだいだいの残光が複雑ににじんで、の髪がその色合いに映えている。

 そんな景色を眺めながら、ぽつぽつと言葉をこぼし合う。

「本番まで、一週間か。ちょっとは落ち着いたのかよ?」

「うん。わたしは自分の演奏が、やっぱりいまひとつって感じだけど」

「えーほんとかよ。そうは言っても、普通にすげえんじゃねえの?」

「どうだろ。でも納得はいかないかな。もう一歩先に行けないと、不安なまま本番になっちゃうかも」

 あくまで軽い声色だった。

 いつも通りのなんてことのない会話だった。

 けれど……はっきりと、距離を感じた。

 俺と、肩がぶつかるほど近くにいるのに、薄皮を隔てて話すような感覚。

 の声に、言葉に、かすかににじんでいる小さな緊張。

 ……やっぱり、は自分を許せずにいる。

 ろくよう先輩を傷つけるかもしれない、最終的には俺の人生を狂わせるかもしれない自分に、罪の意識を覚え続けている。

 だから──俺は、伝えようと思う。

 俺が今思っていること、したいと思っていることを。

 にも……楽しんでほしいから。

 へきてんさいを、何度目かわからないこの高校生活を、できればいいものにしてほしいから。

「俺は……」

 ──一歩ずつ歩きながら。

 小さく息を吸って、そう切り出した。

「……幸せになるよ」

 ふいを突かれたように、がこちらを見る。

 その目をまっすぐ見返しながら、なんだか笑ってしまいながら、


「俺は──何があっても絶対に幸せになろうって決めた」


 宣言するように、に言う。

「確かに、からすれば人生を狂わされたように見えたのかもしれない。実際不幸だったのかもしれないし、正直言えば……微妙に心当たりもある」

 一度目の高校生活。

 何もできないままだらりと過ごしてしまった三年間。

 あれがのせいだったとは思わないし、百パーセントごうとくだと思う。

 けれど……はたから見れば、不幸にしか見えなかったのかもしれない。からすれば『自分に人生を狂わされた』なんて思えるのかもしれない。

「だから、俺決めたんだ」

 視線を前に戻すと、駅近くの繁華街が見える。

 何度も通った見慣れた街並み。街灯のともり始めた、ごく当たり前の光景。

 けれどそれは──、

「俺が変わろうって。まずは俺自身が、俺自身を幸せにしようって」

 ──一度目の高校生活よりも、鮮やかな景色に見えた。

 のすごさにおののいていたあの頃より、離れていく彼女を見送ることしかできなかったあの頃より、目の前の景色は高精細だ。

 そんな風に──見ることができる。

「考えてみれば俺なんて恵まれてるんだよな」

 言って、笑顔をに向けた。

「両親はまともだし、金持ちとは言えないけどちゃんと生活できてるし。都内に住んで、高校にまで通わせてもらえてる。い友達までいる。世の中、そうじゃない人だっていっぱいいるのに」

「それは……そうだね」

「そういうとこで苦労してないんだから、ここからは俺自身の責任だ。俺は自分の人生を、ちゃんと自分の責任で進んでいきたい。本当に目指したい場所に、近づく努力をしようと思う。そこで起きることは──のせいでも何でもないよ」

 本心から、そう思う。

 俺は自分の意思で、のそばにいることを決めた。

 その責任は誰のものでもない、俺自身のものだ。

 誰にも渡したくない。

「で、それは多分……ろくよう先輩も、同じなんだよ」

 ろくよう先輩。

 その名前が出て──は小さく唇をむ。

「あの人はあの人の責任で、自分の未来をつかもうとしてるんだ。それでつかんだものは成功であっても失敗であっても、あの人のものだよ。だから──」

 気付けば──俺たちは駅前に着いている。

 都心の寮に住むを、何度も見送ってきたおぎくぼえき

 周囲のあかりに照らされて、は白い光を乱反射して見える。

 そんな彼女に──、


は──のやるべきことをやってくれ」


 ──俺は、そう言う。

 背中を支えるように。

 どこか小さく突き放すように。


「それがきっと、俺たちの幸福にもつながるから」


「……そう」

 視線を落とし、みしめるように言う。

「それが、めぐりたちの幸福に……」

「……というかさ」

 と、そこで俺は声のトーンを上げる。

「正直……有志ステージ、やべーことになってきたから。盛り上がりまくってるし、告知もバンバンしまくってるから!」

 そうだ──俺たちはこれから、対決しようとしているんだ。

 いつまでも、湿っぽい感じで励まし合っている場合じゃない。

 ここからは、良きライバルとして。

 あなどることのできない敵として、の前に立ちたい。

「ぶっちゃけ、マジで勝てる気がし始めてる。俺たちで、に」

 その言葉に──はぽかんと口を開く。

 本気で驚いたような、それこそはとが豆鉄砲を食ったような表情。

 ──きっと、こんなセリフを聞くの、初めてなんだろう。

 彼女が何度も繰り返してきたループ、繰り返してきた高校生活。

 その中で、俺がこんなことを言うのはきっと初めて──。

 を本気で驚かせることができた。「知らない未来」を見せられるかもしれない。

 そのことに、俺は内心拳を強く握る。

 けれど──もやられてばかりじゃない。

「……へえ」

 らしくもない表情を引っ込めると、彼女はどうもうな笑みを浮かべた。

「わたしに、勝つ、ねえ……」

「ああ。むしろがいつまでも落ち込んでるなら余裕だな。祭りの空気、全部かっさらってやるよ」

「ふうん……」

 俺のあからさまな挑発に、ひどく楽しそうには目を細める。

「そんなに自信あるんだ。寄せ集めのメンバーで、わたしたちに勝つなんて」

「ああ」

 俺は、はっきりと彼女にうなずいてみせる。

「寄せ集めのメンバーだからこそ、頑張れてるんだよ。天才じゃないからこそ、俺たちは戦えてる」

 ──天才じゃないからこそ。

 そうだ、そんな戦い方があると、今回気付くことができた。

 一つ一つのパフォーマンスのクオリティは、メインステージにかなわないかもしれない。

 精密さも美しさも技術力も、はるかに及ばないのかもしれない。

 でも──熱量。

 そんな相手に、なんとかして挑もうという俺たちの熱。

 それがきっと、戦いの行方を大きく変えてくれるはず。

 だって、舞台はへきてんさい。コンクールでも賞レースでもなく──祭りなんだから。

「それは楽しみだね……」

 薄い笑みでそう言う

 その表情には、高揚とほんの少しのいらち、何より期待がにじんでいる。

 そして彼女は胸を張ると、れんな笑みで。

 見るもの全てが恋してしまいそうな表情で、

「わたしが──全員まとめて倒してあげるよ」

 ラスボスみたいなことを言ったのだった──。


「──次元の違いを、見せてあげる」