「──情けない話で、マジで申し訳ねえ!」
翌日の放課後。いつもの特別教室。
集まれるだけ集まってもらった出演者たちの前で。
「どうしても俺……
自分には、起業という夢があったこと。それを今、親から断固反対されていること。
彼らがそれを認めてくれる条件は──『メインステージより有志ステージに客を集める』なんて途方もないもので、一人じゃそれを実現できないことを。
そして、彼は顔を上げ。
出演者一人一人を見ると──、
「だから……力を貸してほしい」
はっきりした声で、そう言った。
「ここにいるやつらと、今日はこれなかったやつらで、俺に力を貸して欲しい……」
……言えた。
その光景を、俺は感慨深く見守っていた。
あの
胸に熱いものがこみ上げたのを感じる。
昨日、
雨の中走り回って、ようやく打ち明けられたそれぞれの本心。
それが今、
きっと、勇気のいる選択だったんだと思う。生き方を変えるのは恐ろしい。
正直、俺だって怖いんだ。俺がぶつけた言葉が、
ぶつけてしまった感情が、彼をちゃんと前に進めてくれるのか。
だから……俺は願う。
その言葉が、出演者のみんなに届くことを。
先輩の気持ちが、有志ステージを大きく変えてくれることを。
そして──そこにいる面々は。
集められた出演者たちは、見るからに動揺していた。
こんな話予想外だろう。自分のパフォーマンスが、人の人生をそんな風に左右するなんて。
そもそも、集められた理由だって知らされていなかったはず。
戦艦ポチョムキンズも、
OBORO月夜やFLIXIONSのメンバー、その他の参加チームの面々も。
皆視線を泳がせ、仲間たちと何やらひそひそ話し合っていた。
「……正直」
そんな彼らに、先輩は言葉を続ける。
「何か恩返しを、すぐにできるわけじゃねえよ。皆がそうしてくれることで、メリットがあるわけじゃないと思う。時間と労力をもらうだけかもしれねえ……」
それは……素直にその通りだ。
それをごまかすのは、フェアじゃない。
「だから、乗り気じゃなければ無視してくれても構わねえよ。そのことで、有志ステージでの扱いを変えることは絶対にねえって約束する。これまで通り、これまで以上に皆のことは大事にするつもりだ。……でも」
と、そこでもう一度、先輩は声に力をこめると、
「ちょっとでも……やってやろうと思ったら。
そして、彼は勢いよく頭を下げ、
「どうか──よろしく頼む!」
──強い意志の
いつもの彼と同じ、深く張りのある声。
けれど──その響きはどこかかすかに、不安げな、揺らぎを帯びているような気がした。
短い間が教室に降りる。
一呼吸に満たないほどの、小さな静けさ。
けれど、声の余韻が消える前に。先輩の願いが、空気に溶けてしまうより前に、
「──わたしやるよー」
軽い声が──出演者の間から上がった。
かわいらしいアニメ調のトーン。
転がるような楽しそうなニュアンス。
見れば──、
「わたしそれ、全力でいくわー」
──
着崩した制服に、全身にちりばめられた鮮やかなアクセサリ。
そこにいるだけでポップでファンシーな空気を放つ彼女が、楽しげな表情で手を挙げていた。
「……マジか」
ちょっと意外そうに。
それでもほっとした顔で、
「ありがとう、すげえうれしい」
「どういたしましてー」
「でも、いいのかよ?
「いやいやー」
と、
そして、あくまでもかわいらしい笑みで、転がるような言い方のままで、
「わたしさー、nitoにはまあまあムカついてたから!」
──!?

「あの子さー、今年からだっけ活動始めたの?」
「それまでは、この学校でネットで評判の女の子って言えばわたしだったのに、一気に話題取られたんだよ。一部のファンはそっち流れたし。だからいっぺん、しばいてやらないとなーって思ってたんだー」
なるほど。なるほどね、そういうことか……。
……いや怖すぎんだろ!
このトーンでそういう話されるの、恐ろしすぎだろ!
気持ちはわかるけど、笑顔のまま『ムカつく』って……。
もう純粋な気持ちで、
「そっか……いいじゃん、一緒にぶっ倒してやろうぜ」
「うん。とりあえず、ダンスもう一回練り直すのと、今日から配信で毎日告知するよ。ネットの閲覧者もカウントにいれるんでしょ? だったら結構力になれる気がする」
「ありがとう、助かる!」
「いえいえー。打倒nitoのためですから」
そんなやりとりをする
「怖いなー女子の戦い」
「な! 俺らは巻き込まれたくねーな」
ポチョムキンズの二人が声を上げた。
面白がるような妙に楽しげな、悪巧みするような声。
それはきちんと彼女の耳にも届いたようで、
「……ふうん」
「じゃあ、二人はどうするの? 尻尾巻いて逃げたすの? 弱ーい」
「いやいや」
「俺らももちろん乗るよ!」
慌てた様子で、ポチョムキンズは主張する。
「
「それに、あのnitoさんに勝ったってなったらモテそうだろ?」
「まずはネタ選び直す。あと、YouTubeにチャンネルあるからそっちでも告知な」
「……あー、ネット告知なら」
OBORO月夜のベーシストが、思い付いた声を上げた。
「俺らがPVみたいなの作ろうか?」
「え。そんなことできるの!?」
「うん」
きゃぴっと飛び跳ねる
「これまでもPV自分たちで作ってたし、ライブの告知動画も自前だよ。素材もらえれば、動画編集できると思う」
「あーじゃあ! むしろ新しく動画撮ってさ!」
声を上げたのは、ダンスチームFLIXIONSのリーダー格の女子だった。
「有志ステージのティーザーみたいのから、PVも何本も作って──」
「──むしろ、『打倒メインステージ』ってのはっきり出しちゃっていいんじゃ──」
「──あーそれいい!」
「──観客側も盛り上がってくれるかも」
あっという間に──ブレストが始まった。
出演者、スタッフの垣根なく、その場にいる面々がアイデアを出し合う。
次々飛び出す策。それをブラッシュアップする、あるいは反対する意見。
ある程度まとまったアイデアを、志望するものが「それ、俺がやる!」「それはわたしが」と引き取っていく。
「……これは」
その光景に──はっきりと熱量を感じた。
これまで、どこかずっと平熱だった有志ステージ。
楽しければOKという雰囲気で、実際それはその通りで。『
それはそれで、悪くなかった。
そんなステージも、きっと楽しい思い出になるだろう。
けれど今……熱を帯びている。
『打倒メインステージ』という一つの意思を帯びて、全員が初めて一団となっていた。
──いけるかも。
初めてそんな実感を覚えた。
──もしかしたら俺たち、マジでメインステージと張り合えるかも。
まだ、具体的なプラン全ては見えていない。
メインステージがかなりの強敵であることは、どうやっても変わらないだろう。
それでも……この熱があれば。
この盛り上がりで当日まで試行錯誤を重ねれば……きっと、戦える。
メインステージに勝つことは、不可能じゃないはず──。
「……こうなったら」
そんなやりとりを眺めながら。
意見交換をし合う出演者、スタッフ、
「こうなったら……わたしらも、頑張らなきゃね」
「……だな」
「せっかく先輩が、こんな風に盛り上げてくれたんだもの。わたしたちも、もっと策を練らなきゃ……」
「……あ、それだったらさ」
と、俺は
「一個思い付いたアイデアがあるんだ」
「……アイデア?」
「そう。告知をしつつ、出演者のみんなも盛り上げられそうなアイデアを……」
そして──俺は話し始める。
ちょっと無謀で。でも成功すれば大きな宣伝効果を発揮する、あるアイデアを──。
*
「──というわけで、昼休みに放送するのを許可していただきたいんです」
放課後の、職員室の応接間。
目の前に座ったこの学校の教頭──
「
──ラジオ番組。
それが今回──俺が
元々これは、
これはかなり、効果的な気がしていた。
人を集めたいなら、何よりまず存在を知ってもらうことが大切だ。
その上で出演者に興味を持ってもらう。どんなパフォーマンスをするのか気にかけてもらうことが必要になる。
だから、彼らのラジオを校内に流せば──なぜか
俺も
ただ、
「──だから、その件はダメだって言ったでしょう!」
教頭先生は──高らかな声でそう主張する。
「食事は静かに取るものでしょうが! ですから、昼の放送はダメ!」
なんだか妙にテンションの高い、それでもどこか抜けた話し方。
ポチョムキンズのものまねと本当によく似ていて、インパクトが強い。
一部の生徒からはネタにされているけど、実は俺、このしゃべりが結構好きだったりする。
「実行委員長にも話したでしょう! 共有されてないんですか!?」
そんな声で、
そう──
食事は静かに取るもの、という教頭先生の個人ルールによって、却下されてしまっていた。
うん、まあ……何つーか勝手だよなあ。
そんな自分の好みで、生徒のやりたいことを止めるなんて。
多分……うちの高校で昼の放送がないのも、これが理由なんだろうなあ。
ポチョムキンズのコントの通り、この人はルールを守ったり守らせるのが大好きだし。
そのうえ、自分でも永遠に決まりを作り続けるものだから、生徒としては苦笑いだ。
ただ、
「いえ、
隣の
「なので今日は、ちょっと色々用意してもう一度相談に来ました」
そう。今日はとある準備をしてここに来ている。
教頭先生の意見を
「……ふむ、これは」
「えっと……『コミュニティFMすぎなみ』での、特設コーナーが決定した……」
「そうなんです」
身を乗り出し、紙を指し示しながら俺は説明する。
「ほらよく、街中で流れてるでしょう? 杉並区が運営してる。地域のラジオ局みたいなの。この
言いながら、俺は思い返す。
例えば学校への行き帰り、遊びに出かける途中、買い出しの最中。
街にはいつも、薄くそのFM放送の番組が流れていた。
確か、最初にクラスの買い出しに出かけたときもそうだった。
「で、実は先日、区役所に相談に行きまして」
俺は説明を続ける。
「その『コミュニティFMすぎなみ』で、
「……え。ええ!?」
あまりに予想外だったらしい。
教頭先生は一度メガネを外し、まじまじと手元のプリントを見る。
「区役所で……番組の、相談……」
「ええ」
「そ、それは」
と、顔を上げこちらを見ると、
「ちゃんと、誰か教師に言ったんですか!? 生徒たちだけで勝手にやっちゃダメでしょう!」
「ああもちろん、先生にも言いました。文化祭統括の
「……な、なるほど」
「それで──」
うなずく教頭に、俺はずいと身を乗り出して、
「──OKもらえまして」
声に力をこめて、はっきりそう言った。
「番組を、やらせてもらうことが決まりました」
──担当者も、非常に乗り気だった。
俺たちの持っていった企画を、大喜びで受け入れてくれた。
元々、若年層にも聞いてもらうため、地域の学生に出演してもらう番組をやりたいと考えていたらしい。そのタイミングで、文化祭の企画と
断る理由が思い付かない、とまで言ってもらえた。
そんなわけで、出演者の登場する三十分番組が、これから毎日『コミュニティFMすぎなみ』で放送される予定だ。実を言うと既に初回二回分……
「それで……区の担当の方も、是非
教頭先生に、俺は話を続ける。
「一緒に盛り上げていけるとうれしい、とのことでした。どうやら区長さんも、この企画のことを褒めていたそうで」
「区長まで……」
「ですから、どうでしょう?」
ずいぶんと揺れている様子の教頭に、俺はもう一度尋ねる。
「昼の放送で、流せませんか? うちの高校でも、この企画に乗ってもらえないですかね?」
──こういうのが、効くはずだ。
ルールを守るのが好きな教頭は、つまるところ上からの指示に弱い。
決められたものを守ることに快感を覚えるタイプは、『区』みたいな自治体の希望を断れないはず──。
……こういう
真正面からぶつかりがちなあの人は、教頭みたいなタイプとすこぶる相性が悪い。
だからこそ……俺みたいなやつが。
それが今回の、俺のアイデアだった。
そして、案の定。じれったい数秒間の間を置いたあと、
「……わかりました」
ため息をつき、教頭は俺たちにそう言ったのだった。
「昼休みの……番組の放送を許可します」
*
昼の放送の許可を得た、その翌日。
さっそく番組第一回が、昼休みに流された放課後。
「……久しぶりだな」
「うん」
しばらくぶりに待ち合わせをして、俺と
「最近、お互いバタバタしてたもんな」
「そうだね」
こんなに話すのは……あの日以来。
ふう、と息を吐き周囲を見回した。
駅へ続く見慣れた通り。日は沈み、東の空はすっかり
西の空では
そんな景色を眺めながら、ぽつぽつと言葉をこぼし合う。
「本番まで、一週間か。ちょっとは落ち着いたのかよ?」
「うん。わたしは自分の演奏が、やっぱりいまひとつって感じだけど」
「えーほんとかよ。そうは言っても、普通にすげえんじゃねえの?」
「どうだろ。でも納得はいかないかな。もう一歩先に行けないと、不安なまま本番になっちゃうかも」
あくまで軽い声色だった。
いつも通りのなんてことのない会話だった。
けれど……はっきりと、距離を感じた。
俺と
……やっぱり、
だから──俺は、伝えようと思う。
俺が今思っていること、したいと思っていることを。
「俺は……」
──一歩ずつ歩きながら。
小さく息を吸って、そう切り出した。
「……幸せになるよ」
ふいを突かれたように、
その目をまっすぐ見返しながら、なんだか笑ってしまいながら、
「俺は──何があっても絶対に幸せになろうって決めた」
宣言するように、
「確かに、
一度目の高校生活。
何もできないままだらりと過ごしてしまった三年間。
あれが
けれど……
「だから、俺決めたんだ」
視線を前に戻すと、駅近くの繁華街が見える。
何度も通った見慣れた街並み。街灯の
けれどそれは──、
「俺が変わろうって。まずは俺自身が、俺自身を幸せにしようって」
──一度目の高校生活よりも、鮮やかな景色に見えた。
そんな風に──見ることができる。
「考えてみれば俺なんて恵まれてるんだよな」
言って、笑顔を
「両親はまともだし、金持ちとは言えないけどちゃんと生活できてるし。都内に住んで、高校にまで通わせてもらえてる。
「それは……そうだね」
「そういうとこで苦労してないんだから、ここからは俺自身の責任だ。俺は自分の人生を、ちゃんと自分の責任で進んでいきたい。本当に目指したい場所に、近づく努力をしようと思う。そこで起きることは──
本心から、そう思う。
俺は自分の意思で、
その責任は誰のものでもない、俺自身のものだ。
誰にも渡したくない。
「で、それは多分……
その名前が出て──
「あの人はあの人の責任で、自分の未来を
気付けば──俺たちは駅前に着いている。
都心の寮に住む
周囲の
そんな彼女に──、
「
──俺は、そう言う。
背中を支えるように。
どこか小さく突き放すように。
「それがきっと、俺たちの幸福にも
「……そう」
視線を落とし、
「それが、
「……というかさ」
と、そこで俺は声のトーンを上げる。
「正直……有志ステージ、やべーことになってきたから。盛り上がりまくってるし、告知もバンバンしまくってるから!」
そうだ──俺たちはこれから、対決しようとしているんだ。
いつまでも、湿っぽい感じで励まし合っている場合じゃない。
ここからは、良きライバルとして。
「ぶっちゃけ、マジで勝てる気がし始めてる。俺たちで、
その言葉に──
本気で驚いたような、それこそ
──きっと、こんなセリフを聞くの、初めてなんだろう。
彼女が何度も繰り返してきたループ、繰り返してきた高校生活。
その中で、俺がこんなことを言うのはきっと初めて──。
そのことに、俺は内心拳を強く握る。
けれど──
「……へえ」
らしくもない表情を引っ込めると、彼女は
「わたしに、勝つ、ねえ……」
「ああ。むしろ
「ふうん……」
俺のあからさまな挑発に、
「そんなに自信あるんだ。寄せ集めのメンバーで、わたしたちに勝つなんて」
「ああ」
俺は、はっきりと彼女にうなずいてみせる。
「寄せ集めのメンバーだからこそ、頑張れてるんだよ。天才じゃないからこそ、俺たちは戦えてる」
──天才じゃないからこそ。
そうだ、そんな戦い方があると、今回気付くことができた。
一つ一つのパフォーマンスのクオリティは、メインステージに
精密さも美しさも技術力も、
でも──熱量。
そんな相手に、なんとかして挑もうという俺たちの熱。
それがきっと、戦いの行方を大きく変えてくれるはず。
だって、舞台は
「それは楽しみだね……」
薄い笑みでそう言う
その表情には、高揚とほんの少しの
そして彼女は胸を張ると、
見るもの全てが恋してしまいそうな表情で、
「わたしが──全員まとめて倒してあげるよ」
ラスボスみたいなことを言ったのだった──。
「──次元の違いを、見せてあげる」