「……あのさー」

「……ん?」

さかもと、何聞いても『別に』とか『普段通り』とか言うけどさ……」

 そう前置きすると、五十嵐いがらしさんは深くため息をつく。

 そして、くわっと目を見開き──、

「さすがにそれで……『何もない』は無理があるでしょ!」

 ──叫ぶようにそう言った。

「ため息連発で顔もどんよりで、何もないわけないでしょ!」

 へきてんさい当日まで、あと二週間。

 準備期間も佳境に入り、校内がざわつき始めている、とある放課後。

 有志ステージで使う機材のレンタル品を、とりまとめている最中のことだった。

「そう……かな」

 視線を落とし、俺はつぶやく。

 確かに……五十嵐いがらしさんの言う通りなのかもしれない。

 テンションは最底辺、というかガンへこみ。

 背中は丸まってる自覚があるし、声のトーンが低くなってるのもわかる。

 これで『普段通り』は確かに無理があるのかもしれない。

「……言えばいいじゃない」

 ふっと息を吐き、五十嵐いがらしさんは言う。

「わたしじゃ頼りにならないかもしれないけど……できるだけ、頑張って話聞くから」

 あくまでさりげない様子で、彼女はそう続ける。

 その表情には、純粋に心配の色がにじんでいて。

 本気で俺のことを案じてくれているのがはっきりわかって、

「……ありがと」

 俺は素直に礼を言った。

「優しいよな、五十嵐いがらしさん……」

「は? 違うし。そんなテンションでいられるのがダルいだけだし。最近ミスばっかで、マジ迷惑だし……」

 あくまで厳しい顔を貫いている五十嵐いがらしさん。

 それでもこちらをちらちら見る目が、彼女の本心を雄弁に語っている。

 確かに──彼女に話せればどれだけいいだろうと思う。

 今……自分はめちゃくちゃへこんでいる。

 それを明かせれば、どれだけ楽になれるだろう……。

 それでも、

「まあでも……本当に、大したことじゃないから」

 笑顔を作ってみせると、俺は仕事の続きに取りかかる。

「心配させたならごめん。でも、大丈夫だから」

「……はぁ」

 あきらめたような顔で、資料の確認に戻る五十嵐いがらしさん。

 明らかに納得していない顔だけど、仕方がない。

 言えるはずがないんだ。どうして俺が、こんな風になってるかなんて。


 ──俺のせいで、が失踪することになるなんて。


 ……もちろん、その予想が確定になったわけじゃない。

 はっきりにそう言われたわけじゃないし、本人は二年半後、自分が失踪すること自体知らないかもしれない。俺の勝手な思い込みの可能性もある。

 でも──はっきりと、予感がある。

 がいなくなったのは……俺の存在が、大きく関係がある。

 これまで天文同好会を存続させるのに成功し、五十嵐いがらしさんの仲も取り持ってきた。

 ろくよう先輩との勝負の行方にも、関わろうと思っている。

 けれど……それに負けないほど。

 あるいは、そっちこそが本題と言えるほどに、俺のあり方がの未来を決めた。

 つまり──、


 ──俺が、台無しにしたのかもしれない。

 という天才を──俺みたいな凡才が、潰したのかもしれない。


 俺を心配をしてくれるのは、五十嵐いがらしさんだけじゃなかった。

「──よーし、通しの手順確認いくぞー」

 特別教室の扉が開き、ろくよう先輩が言う。

「出演者、もう会場に集まってくれてるから。みんななるはやで!」

「へーい」

 方々から声が上がって、有志ステージスタッフたちが移動を始める。

 今日はろくよう先輩の言う通り、本番の動きの手順確認をする予定だ。

 有志ステージは様々な出演者を集めたこともあり、それぞれに必要なもの、照明や音響の注意点などが大きく異なる。

 そんなステージ運営が本番当日で混乱しないよう、実際に出演者全員を集めて、通して流れを確認してみるのだ。

 俺も椅子を立ち、ろくよう先輩の方へ向かう。

 微妙につまずきかけながらドアをくぐろうとしたところで、

「……おい大丈夫かよ、めぐり

 ろくよう先輩にも、気遣わしげに声をかけられた。

「いよいよしんどそうじゃねえか、どうしたんだよマジで……」

 この人も、心配してくれていた。

 の話があったその翌日、誰よりも先に俺の変化に気付いたのがろくよう先輩だった。

 以来毎日俺に声をかけ、様子をうかがってくれるのだけど……もちろん、この人にも事情は明かせない。

「大丈夫っす」

 それだけ言って、俺は廊下に出て歩き始める。

「すいません、気を遣わせて」

「……んー」

 ドアの鍵を閉め、俺の横を歩き出しながらろくよう先輩は苦笑した。

 そして、あくまでいつものからっと明るい声で、

「お前……そういううそい方じゃないんだからさ」

 諭すような、けれど押しつけがましくない口調でそう言った。

「気持ち隠したりごまかしたり、そういうのぶっちゃけ下手だから。普通にわかるんだよ、そばで見てれば」

 ……そう、なのかもしれない。

 こと五十嵐いがらしさんやろくよう先輩に比べて、俺は「大丈夫な振り」がくない。

 そこは素直に、悔しいし申し訳ない。

「だからまあ」

 と、先輩は一度俺の背中をポンとたたき、

「いよいよどうにもならなくなる前に、俺にちゃんと話せよ」

 その言葉に──どう返せばいいのかわからなくて。

 自分の情けないふがいなさに、俺は小さく息をついたのだった。



「──あーやべ、ここ大道具はけないとなのか!」

「──コントとバンドの並びは危ないですね……」

 通しの手順確認は、順調に進んでいた。

 こちらからスカウトした五組と、有志で参加することになった四組の出演者。

 彼らに組んでみた通りの順番でステージに上がってもらい、一通りパフォーマンス。

 次の出演者への入れ替えを、順番に試していく。

 やっぱり、予想外な出来事は多々起こるものだった。

 前の出演者の使ったものがステージに置かれたままになったり、マイクを使う使わないで混乱が起きたり。

 最初は、ここまで綿密にやらなくてもいいんじゃ……? なんて思ったけれど。

「よかったなー、これやっといて」

 ろくよう先輩が、こちらを振り返り笑う。

「ぶっつけ本番でこんなトラブル起きたら、さすがに崩壊してたかもしれん」

 確かに……。

 当日、本番の混乱の中でここまで事故が多発してたら、有志ステージの運営自体が崩壊してたかも。先輩の言う通り、きちんと手順を踏んで正解だった。

 それから、わかったことはもう一つあって、

「ていうか、こんな感じになるんだね……」

 客席の辺りからステージを見上げつつ、五十嵐いがらしさんがこぼすように言う。

「本番、こういう感じかあ……」

 彼女の言う通り──なんとなく、イメージができた。

 出演者たちは、本気ではないだろうものの一通り演目を実践してくれている。

 ここから本番まで十日以上あるわけで、まだまだブラッシュアップもされるだろう。

 とはいえ……大まかな完成形、当日の雰囲気が現段階で想像できた。

 だからこそ、

「……んー……」

 五十嵐いがらしさんが、なんだか渋いうなり声を上げる。

「これで……メインステージと戦うのかあ」

 彼女の前で、腕を組んでいるろくよう先輩。

 返事こそしなけれど、彼も同じあせりを覚えているのは間違いなさそうだった。

 ──決して、ステージのクオリティが低いわけではない。

 さっき見たコントも、ダンスグループのパフォーマンスも、づまきらら先輩のダンスも魅力的だ。有志グループも、思いのほかいステージを見せてくれそうだった。

 ただ……、

「あーやっべ、ブルースドライバー持ってくんの忘れた」

「マジか、じゃあ他のひずみで一旦代用するか」

「まーそうだなー」

 そう言い合っている、ステージ上のバンドメンバーたち。

 和やかに笑い合う、その表情……。

 ……緩いのだ。

 メインのステージじゃない、という気楽さからか。

 あくまで文化祭のいち出し物でしかないという立ち位置からか、出演者たちの雰囲気がなんだかぬるいのだ。

 もちろん、今日は本番でも何でもない。

 リハーサルですらなく、通しの手順確認でしかない。

 へきてんさい当日は、もっと張り詰めた空気になるのも間違いないと思う。

 けれど、

『──なーはるー』

 ステージ上に立つ、バンドのボーカル。

 彼がマイク越しに、客席のろくよう先輩に声をかけ、

『今思い付いたんだけど、当日カバー曲やるのとかあり? オリジナルより、人気曲やる方が盛り上がりそうじゃね?』

「あー、全然ありだよ。PAとか楽器とか大きく変わらなければ」

『お、マジか。じゃあ考えるわー』

 全体に……やりとりにも関係性にも緊張感はなくて。

 少なくとも『ろくよう先輩の人生がかかっている』のにふさわしい空気感だとは思えなくて。

「……これじゃ、きつくない?」

 五十嵐いがらしさんは唇をみ、そうつぶやく。

「ちょっと、まずいんじゃないの……?」

「……だな」

 隣に立つ俺も。はっきりとしたあせりが自分に芽生えるのを感じながら、彼女にうなずいたのだった。



「──やっぱり、事情を明かしましょうよ!」

 五十嵐いがらしさんがそう言ったのは──手順確認のあと。

 特別教室にスタッフ全員が戻り、解散となったあとのことだった。

 その場にいるのは、俺と五十嵐いがらしさん、ろくよう先輩の三人だ。

 事前に五十嵐いがらしさんに相談され、一緒に先輩を説得するためにも、俺はここに残っていた──。

「はっきり言いますけど」

 緊張気味の顔で、五十嵐いがらしさんは先輩に言う。

「このままだと、メインステージに負けますよ。緩い空気のままで本番になります、絶対!」

 それは、俺も完全に同意見だった。

 今のままでは、ここからクオリティの大幅アップは見込めないだろう。

 そもそも……文化祭のステージとしては普通に合格点を大きく超えている。

 バンドの演奏もダンスもコントも、高校生レベルじゃないパフォーマンスだ。

 現段階で、これまでで最高の有志ステージになるのも間違いないだろう。

 これ以上やらなきゃいけない理由が、彼らにはないんだ。

 ──ろくよう先輩が、と戦っていることを知らないから。

 高校生レベルとか、そんな次元じゃない相手とたいしていることを知らないから。

「だから……事情を話すべきですよ。俺の人生がかかってるんだって。みんなにも協力してほしいんだって。先輩、出演者と仲がいじゃないですか。きっと全力で乗っかってくれますよ!」

 実際、五十嵐いがらしさんの言う通りだろう。

 ろくよう先輩が一言言えば、きっと皆協力してくれる。

 今日の手順確認を見ていても、先輩が彼らに信頼されているのは明らかだった。

 先輩は彼らのやりたいことを最大限尊重し、それに合わせてステージ全体を組み上げていく。パフォーマンスがしやすいように、要望があれば細かくヒアリングする。

 だからこそ、ろくよう先輩は彼らに慕われ始めていて、

「──はるー、ここの出順、やっぱり反対にした方がよくね?」

「──ねえろくようくん、衣装っていつもの動画のやつで大丈夫かな?」

「──笑い声、SEで流してもらうのあり? いやウソウソ! 冗談だから! ちゃんと俺らが自分で笑わせるから!」

 雑談混じりのテンションで、彼らは気軽に先輩に声をかけていた。

 そんな彼らが──ろくよう先輩の現状を知れば。

 nitoという、巨大な壁に立ち向かおうとしていることを知れば……確実に協力してくれるだろう。

 なんならテンションが上がりまくって一致団結。

 クオリティも上がるし積極的にお客さんを呼んでくれるかもしれない。

 つまり──できばえの面と宣伝の面。

 有志ステージが抱えている問題の解決に、大きく貢献してくれるかもしれないんだ。

 ……どう考えても、合理的な話だと思う。

 むしろ、メインステージに勝つには、nitoを越えるには出演者の協力が必須。

 それなしでは、戦いにさえならないようにしか思えない──。

 それが──俺と五十嵐いがらしさん、共通の考えだった。

 けれど……長い長い、みしめるような沈黙のあと。

「……いや」

 ろくよう先輩は、重い声でそう言う。

「あいつらには、その辺背負わせらんねえよ」

「……なんでですか」

 怒りとあきれの入り交じった声で、五十嵐いがらしさんは尋ねる。

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! なんでそこまで強情なんですか!」

 それが、俺にも理解できなかった。

 ろくよう先輩は──始めから一貫してこうだった。

 俺が「みんなに事情を話そう」と提案したときにも、あくまで彼は拒否。

 自分の力で乗り越えないとと、かたくなな態度だった。

 ……確かに、硬派な人ではあるけれど。

 物事の筋道を大事にするし自分に厳しい人ではあるけれど……これはさすがに強情すぎる。

 どうして先輩は、ここまで「頼らない」ことにこだわるんだろう……。

 特別教室に降りる、短い沈黙。

 このままでは、俺も五十嵐いがらしさんも納得しないと理解したんだろう。

 ろくよう先輩は、あきらめたように息を吐き、

「……おやには」

 悔しそうな声で、そう言った。

「俺が結果を出したところを、見せないといけねえんだよ……」

 ──おや

 ろくよう先輩の父親──起業という先輩の夢を、認めていない張本人。

「父親は、自分で一から会社をおこした人でさ……」

 遠くを見るように目を細め、先輩は続ける。

「それこそ、二〇〇〇年代の最初の頃の、ITバブルの時期な。それでもやっぱり大変で、死ぬほど努力して、人生すり減らして成功したらしい。だからこそ、息子の俺には同じ苦労はさせたくないし、そもそも無理だと思ってるみたいなんだよ」

「……なる、ほど」

 初めて聞く話に、俺はうなずく。

 先輩の父親は、そんな経験をしていたのか……。

 だとしたら、「まずは自分の会社に入れ」と言うのは、真っ当な提案なのかもしれない。

 自分がしてきたとてつもない苦労から、息子を守る。

 親として、当たり前のことをしているだけなのかもしれない。

 ただ、

「だから……見せねえといけねえんだ」

 ろくよう先輩は拳を握る。

「俺もおやに、自分が努力で壁を越えられるとこを、見せねえといけねえんだよ……」

「そう、ですか……」

 その話で……理解はできた。

 なぜ、ろくよう先輩が自分一人で全てを背負い込もうとしているのか。

 かたくなに、人を頼るのを避けようとしているのか。

 気持ちはよくわかる。なんとかできるものなら、協力したいと思う。

 けれど、現実はそう甘くもなくて、

「……限界はあるでしょう」

 五十嵐いがらしさんは、言いにくそうに口を開く。

「ここからろくよう先輩がどれだけ頑張っても、どうしようもないことはあるでしょう……」

 その通りだと思う。

 じゃあ現実に、ろくよう先輩が死ぬほど努力をして。お父さんに負けないくらいの苦労をして有志ステージを創り上げたとして……nitoに勝てるのか。

 無理だと思う。

 努力にも限度がある。できることとできないことは、確実に存在する。

 だから、どこかで周囲に頼るしかないんだ。

「……でも、やってみてえ」

 なのに、ろくよう先輩の気持ちは変わらない。

「どうしても、自分の力を試してみてえんだ」

「……もう」

 さすがに今は、これ以上説得しても無駄だ。

 そう判断したらしい、五十嵐いがらしさんがあきらめの息をつく。

「本当に強情だなあ……。でもそう言うなら、マジで覚悟決めないとダメですよ。作業は山ほどありますし、宣伝とか全然足りてないですし」

「おう、それはもちろん!」

「実行委員長の仕事もあって大変でしょうけど、やるしかないんですから」

「任せろって!」

 言うと、ろくよう先輩はこちらに腕を掲げてみせ、

「きっとどんな天才だって──努力の前にはかなわないんだからな!」

 少年漫画の主人公みたいな顔で、そんな風に言ったのだった。


 ……本当にそうなんだろうか?

 努力って、そんな風に全てを塗り替えられるものなんだろうか?



 そしてその日から──俺たちの、文化祭前の追い込みが始まった。

 毎日のように完全下校時間まで仕事し、家に帰っても作業の続きをする日々。

 俺のような一スタッフでさえ体力をガンガン削られて、疲労が蓄積しつつあった。

 やることは山ほどある。

 有志ステージのチラシの作成や、各所への掲示。

 学校に許可を取ったり、町内会に許可を取ったり、区に許可を取ったり……。

 当日会場に入る音響会社との折衝もあれば、出演者の皆さんとのやりとりもある。

 そのうえ、空いた時間でクラスの企画『コスプレ喫茶』の準備の手伝いだってしなきゃいけない。

 数日もてば、俺は睡眠不足と疲労でふらふら。

 五十嵐いがらしさんも、既に体力が限界らしく顔に疲れがにじんでいる。

 だけはいまだに元気でケロッとした顔をしているけど……実を言うと、あの日から。

めぐりの人生を狂わせてしまう』という話をされてから、あまり会話をできていない。

 彼女はあからさまに俺を避けていて、こっちもどう彼女に接すればいいのかわからなくて、文化祭準備を口実にほとんど話さない日々が続いている。


 そして──俺たち以上に。

 誰よりも体力を使い、限界を迎えている人が一人いて──。


***


「──はあ」

 一つ書類のチェックを終え、俺は──ろくようはるは顔を上げた。

 いつものように、有志ステージのスタッフが集まる特別教室。

 一部では当日スケジュールのとりまとめが、一部では出演者との連絡が、そして一部では宣伝のための話し合いが進められていた。

 ここにいるメンツ、マジで頑張ってくれている。

 最初はやる気の微妙なやつもいたけど、今では全体にモチベーション高め。

 こういうやつらと一緒に仕事できるのは、純粋に楽しいし心強い。

 そんな中でも──、

「──ろくよう先輩」

 宣伝を担当している、天文同好会の後輩。

 さかもとめぐりと、五十嵐いがらしがこっちに来て、俺に話を始める。

「電算部のメインステージと有志ステージの配信、出演者全員の許可が出たそうです」

「おお、じゃああとは先生に任せてる著作権系だけだな」

「ええ、そうなりますね」

 この二人は──頼もしかった。

 ビシバシ自分で問題を見つけると、粘り強くそれを解決するめぐり

 こいつらがここまで頑張ってくれるなんて、最初は一ミリも思っていなかった。

 二人がいるおかげで、俺は今も戦えている。

 ただ、

「……本当に、配信の視聴者数でも勝負するんですか?」

 はそう言って──表情を曇らせる。

「ネットなんて、が圧倒的に有利ですよ。ただでさえ苦しいのに、もっと戦いを厳しくする気ですか?」

「おう、やる」

 にそう言って、俺はうなずいてみせる。

「こっちだって、みんなそれぞれネットでの活動もしてるんだ。ポチョムキンズはYouTuberとしても活動してるし、動画上げてるやつらがほとんどだ。ファンもちゃんとついてる。それが合わされば、きっと勝てるはずだ」

 そうだ、いけるはずだって俺は信じている。

 確かに、ネット上でnitoは最強だ。

 生配信では当たり前に数万人を集めるし、固定のファンの数も多い。

 ただ──今回の配信が行われるのは、オープンな動画サイトではなくへきてんさいの特設サイト上に作られる配信ページだ。

 普段のファンが集まりやすい動画サイトとは勝手が違う。

 逆に、こっちはほどじゃないとは言え出演者の数は多いわけで。

 その知り合いや元々のファンがチェックをしてくれれば、合計の視聴者数では悪くない戦いができるはず。

 ……そう、信じている。

「……あのですね」

 俺の言葉に、それでもは食らい付いてくる。

「さすがに、やり方が雑になりすぎです」

「……雑?」

「だって先輩、出演者がみんな協力する前提で考えてるでしょ? 今の雰囲気考えてくださいよ、そうとは限らないですって」

「……んー、そうか?」

「ていうかそれ以前に……」

 と、あきれたように髪をかき、

「明らかに先輩体調ヤバいですって。全然寝てないでしょ?」

「……そんなことねえよ」

「昨日は何時間寝ました?」

「三時間くらい」

「それは、寝てないのはんちゆうに入ります!」

 ……寝てない、か。

 それは正直、まあそうなんだろう。

 実を言うと今も頭がぼんやりして、く回ってくれない。

 身体からだが重くて頭が痛いし、どうしたって本調子とは言えない。

「すまねえ、心配かけて」

 そう言って、俺はに笑ってみせる。

「でもまあ、ラストスパートだと思って、なんとか乗り切るわ」

「本番まで、あと十日ありますけどね」

 それだけ言って、めぐりは去っていく。

 はまあいいとして……めぐりは大丈夫か?

 少し前からなんか元気なくなって、ずっとどんより落ち込んでるんだけど。

「何でもないです……」って逃げてばっかりで、事情も話してくれねえし。

「ふう……」

 一度息を吐き、窓の外を見る。

 まだ四時過ぎなのに、空は暗い雲に覆われて辺りは薄暗い。

 ──嫌な雨が数日続いていた。

 大雨でもなくさめでもない、ちゆうはんな雨が連日降り続いている。

 テンションを下げるつもりも、疲れたところを見せるつもりもないけれど、それでも実際こういうのに地味にダメージは受けるから、

「……おし!」

 手を一つたたくと、俺は自分を奮い立たせて次の仕事へ向かった。



 ──が、電算部の報告へ行くと教室を出て。

 他の面々も仕事で方々へ行き──気付けば、俺とめぐりだけだった。

 雨の特別教室、午後四時半前。

 室内では、俺と元気のない後輩だけが静かに仕事をしている──。

 ……あいつも、無茶なことしてると思ってんだろうな。

 背中を丸めて仕事をするめぐりを見ながら、そんなことを思う。

 めぐりは、の彼氏だ。

 誰よりも間近でのすごさを、その才能のとんでもなさを痛感してきただろう。

 正直、苦しい経験だってしてきているはず。

 そんなめぐりからは……俺はとてつもないバカに見えるのかもしれない。

『努力』の一言で麻酔して、負けに向かって猛ダッシュしてる、愚かなやつに見えるのかもしれない。

 けれど……俺にはできるはず。

 そんな信念と、それを裏付ける経験がある。

 五十メートル走、たけしたとの勝負──。

 だから……まだまだだ。

 迷う暇があったら頭を働かせろ、手を動かせ。

 そうすれば、きっとだって敵じゃないはずで──、

「──あの」

 ──ふいに、声がした。

 顔を上げると──めぐりが。

 さえない表情のあいつが、俺を不安げに見ている。

「……大丈夫、ですか?」

 こっちが「大丈夫か?」と尋ねたくなるほどの、暗いこわいろ

「ふつーに大丈夫だけど」

 と答えると、めぐりは一層表情を暗くして、

「いや……今にも倒れそうな顔してますけど」

 ……倒れそうな顔? 俺が?

 いや、そんなつもりはなかったんだけど……。

 そこまで俺、つらそうな顔してるのか……?

「無理はせず、人に頼ったり休んだりしてくださいね……」

 ……そんなに、言われるほどなのか?

 俺、そこまで追い詰められてるのかよ……。

 ……正直、そのセリフがちょっとショックだったからだと思う。

 気付けば俺は、変に明るい笑い声を出しながら、

「いやいや、そっちこそだろ!」

 そう言うと、椅子を立ちめぐりの方へ向かう。

「お前の方が、ずっとしんどそうな顔してるだろうが! 重症だって、めぐりの方が!」

 言って、背中をたたくとめぐりは黙り込む。

 以前のこいつだったら見せなかった、苦しげな表情。

「……さすがに、話してくれてもいいだろ」

 素で心配になってしまって、そう尋ねる。

「俺、お前のこと親友だって思ってんだぞ。言ってくれてもいいだろ?」

 ──親友。

 誇張じゃない、本気でそう思っている。

 確かに、普段つるんでるようなツレとはタイプが違う。

 それでも、天文同好会でのあれこれや、へきてんさいの準備を経て、俺の中でこいつは大事な友達になりつつある。

 だからいつまでも、つらい顔でもごもご言っているのがそろそろ嫌になっていたんだけど。

 ステージのため以上に、普通に話してほしかったんだけど、

「……いえ、いいんです」

 言って、めぐりは首を振る。

「大丈夫ですし、人に話すようなことじゃないんで……」

「どう見ても大丈夫じゃねえだろ」

「いえ、そもそも何もないんで……」

「そんなわけねえだろ」

「……すいません」

 めぐりはそう言うと、ふいに椅子から立ち上がる。

 そして、かばんを手に取ると。「どうした?」といぶかる俺の前を通り過ぎ──特別教室を出て行った。

 ──逃げられた。

 話を聞こうと思っただけなのに、距離を取られた。

 ……普段だったら「おいおーい」と見逃す場面かもしれない。

「まあ、そのうち話してくれるだろ」とどーんと構えていたのかもしれない。

 けれど、

「……は?」

 反射的に──そんな声が出た。

「どういう、つもりだよあいつ……」

 続けて──そう口に出してみて、


 カッと──頭に血が上った。


 顔が一気に熱くなる。

 イラつきが胸にこみ上げて、俺も教室出口へ走る。

 ──認めよう、冷静じゃない。

 明らかに──俺は普段の落ち着きを失っている。

 の言う通り睡眠不足だったり疲れていたり。

 あるいは色々くいかなかったりそんな俺を理解してもらえなかったり。

 そういう……くいかなさが。

 ここしばらくのこと全部が──どうしようもなく! ムカつくんだよ!

 勢いよく扉を開ける。

「──いやちょっと待てや!」

 こちらに背を向け、昇降口に向かうめぐりの姿が見える。

「事情くらい話せよ!」

「……ヒッ!」

 ビクリと身を震わせると、めぐりはこちらを振り返りおびえた顔をした。

 マジで怖がってる表情だ。

 どうやら俺、本気でマジギレ顔をしているらしい。

 けれど、

──っ!

 そんな俺を置いて──めぐりは走り出す。

 これまでのぼんやりした動きがうそだったような、機敏な動きで。

 一瞬反応に遅れつつ、

「……待てっつってんだろ!」

 そう叫び、俺は走り出す。

「どういうことだよ! 逃げんなや!」

 こちとら、走りには自信があるんだ。

 小学生の頃からさらにタイムは縮んで、今は五十メートル6秒台前半で安定している。

 すぐに──追いついてやる。

 キッと前を見て、全力で脚を駆動する。

 両手を大きく振って、ぐんぐん前に進んでいく。

 めぐりとの距離はあっという間に縮んで、もう少しで手が届きそうというところで、

「──ああッ!?

 ──急カーブした。

 まっすぐ廊下走っていためぐりが──突然急カーブ。

 脇の階段を飛ぶようにして下りていく。

「お前っ……!

 全力で方向転換、俺も階段を下り始める。

 四階から三階。続いて二階へ、転がるように脚を運ぶ。

 けれど──、

「……ちっくしょ!」

 ──追いつけない。

「何だこれ……息が上がって……」

 く走れなかった。

 普段だったら、こんな距離秒で走り抜けてみせる。

 めぐりは多分、決して足が速い方じゃない。俺が後れを取るような相手じゃない。

 それでも──、

「クッソ……」

 ──睡眠不足。全身にまった疲労。

 ずっと続いているストレス──。

 まとわりつくそれらに邪魔をされて、普段の速度が出ない。

「待てって!」

 昇降口に駆け込むめぐりに、もう一度叫ぶ。

「話聞くだけだっつってんだろ!」

「言えるわけないでしょう!」

 靴を履き替えることもないまま、めぐりは校舎を飛び出した。

「今のあんたに、これ以上背負わせるわけないでしょう!」

「言わねえ方がうぜえって言ってんだよ!」

 続いて、俺も校舎を飛び出す。

 全身に、雨がざっと銃弾のように降りかかる。

 周囲にいた生徒たち、下校途中だったらしいやつらが驚いてこっちを見た。

 けれど──そんなん気にしていられない。

 身体からだじゆうずぶれになりながら、俺はめぐりに叫ぶ──。

「そんなに俺が、信頼置けねえかよ!」

「人の種類が、違うんですよ!」

 校庭に走り出ながら、めぐりは叫び返した。

「俺と先輩では、全然人のタイプが違う! 住んでる世界が違うんです!」

 その言葉に──。

 住んでる世界が違う、という言葉に──ぎくりとした。

「だから、先輩にはわかんないですよ! 俺みたいなやつがどんなことで悩んで、どんなことで苦しむのかなんて!」

 そうかも──しれない。

 走りながら、頭の中でそう思ってしまう。

 確かに、俺とめぐりは住んでいる世界が違うんだろう。

 普段口には出さないし、態度にも出さないけれど……それくらい俺だって自覚している。

 元々目立つタイプで、周りにもそういうやつが多かった俺。

 勉強も運動もそつなくこなしてきたし、教師からの評判もよかった。

 正直、内心そんな自分に誇りを持っていた。

 対するめぐりは──はっきり言えば、目立たないタイプだ。

 目を引くルックスがあるわけでも、強烈な能力があるわけでもない。

 内向的で、インドアな趣味が好きな大人しいやつら。

 あまり俺の好きじゃない言い方を、流行の言葉を使えば『陽キャ』と『陰キャ』ってことになるんだと思う。

 天文同好会を通じて一緒にいるけれど、事実そこには壁がある。

 めぐりが言う通り、俺はめぐりの気持ちがわからないだろうし、めぐりは俺の考えを理解できないだろう。

「話しても、意味ないんですって!」

 めぐりが、もう一度叫ぶ。

「俺は──先輩みたいにできないんだから!」


***


「俺は──先輩みたいにできないんだから!」

 叫びながら、脳裏に三人の顔が浮かぶ。

 ──

 ──五十嵐いがらしさん。

 ──ろくよう先輩。

 天文同好会で、俺には沢山の友達ができた。

 一度目の高校生活では、親しくなれなかった彼ら。

 今回の高校生活では、奇跡みたいに仲間になることができた三人。

 近くで接してみて、やっぱりそれでも「タイプの違い」は思い知ってきた。

 俺たちは、全然違うんだ。

 興味のあることや自己肯定感、考え方の違いから何から何まで──。

 そして──それでも構わないと思えた。

 むしろ、そんな違いを楽しいと思えた。

 。いくつもの面があって、その全てがかわいらしい彼女。

 振り回されるのも驚かされるのも全てが新鮮で、一緒にいて退屈をしない。

 そのストイックさには、俺自身背筋の伸びるところがあった。

 五十嵐いがらしさん。彼女は俺を信頼してくれている。

 はっきりと、卑下することもなくわかる。彼女と俺は──今、い友達だ。

 だからこそ、俺は彼女と自分の違いを楽しむことができる。

 お互いの差を、お互いに大切にすることができていると思う。

 そして、ろくよう先輩。

 明白に、憧れてしまうところがあった。

 強くあること、そんな自分を誇ること。努力を続けさらに高みを目指すこと。

 俺にはできない、そんな生き方。

 彼が人気なのは、当然のことだと思う。そんな先輩に天文同好会に入ってもらえたことは、今でも俺の誇りだ。


 けれど──『本当はわたし、あなたの前からいなくなるべきなのかも』。


 の言葉で、現実を知った。

 人に近づけば、相手を傷つけてしまうことがある。

 誰にも悪気がなくても、お互いに好意を向けていても、不幸な未来に向かうことがある。

 いつか俺が潰してしまう天才──

 だとしたら……彼女だけじゃない。

 俺たちの違いは、いつか俺たちを深く傷つけるかもしれない。

 その事実を前にして、俺はおびえ始めていた。

 彼らの間の距離に。その理解できなさに。

 五十嵐いがらしさん、ろくよう先輩との──人としての違いに。

 だから、

「もう──来ないでくださいって!」

 俺を追いかけるろくよう先輩。

 ふらふらになりながら食い下がってくる彼に、俺は叫ぶ。

「こんなことしてる暇ないんだ! だからもう、放っておいてください!」


***


「こんなことしてる暇ないんだ! だからもう、放っておいてください!」

 その言葉に──俺は一瞬めぐりを追う脚を止めかける。

 ……めぐりの言う通りなのかもしれない。

 そんな風に、小さく思う。

 例えば。

 はっきり言えば──俺はを理解できない。

 あいつが何を抱えて、何を考えて、何を苦しんでいるのか理解できない。

 圧倒的な才能を持って生まれた、その上で努力を重ねる

 俺はあいつに、おびえている部分がある。

 ビビってさえいると思う。

 めぐりにとって──俺もそういう存在なのかもしれない。

 だとしたら、確かに理解できないんだろう。

 自分のことじゃなく、他人のことだからよくわかる。

 客観的に、事実をみ込むことができる。

 それはもう、努力の問題じゃない。

 俺たちの間にあるのはもっと根本的な差だ。

 本当にわかり合えたり、共感し合えたり、そんなことは不可能なのかもしれない。

 そうか……だとしたら、認めざるをえない。

 努力でどうにもできないことはあるんだと。

 どうやったって、届かないものがあるんだと──。

 ……それでも。

 それでも──、

「──うわっ!」

 ふいに──目の前を走っていためぐりが大きくつんのめる。

 そのままバランスを崩して、勢いよく校庭にもんどり打った。

 続く雨で、地面はひどくぬかるんでいる。

 めぐりは制服やら髪の毛やら身体からだじゆうを泥だらけにして、地面にぐったりと倒れ込んだ。

 乱れた呼吸で、背中が大きく上下している。